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大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)

名作漫画の紹介 ・・・個人的な旅の記録

旅行・紀行・街(244) 東京都大田区 2

今年に入ってこのブログは梶原一騎先生ネタばかりになっていますが、今回もそれに絡めて、ついでに東京都大田区の旅ネタを…

まずは今年も、梶原一騎先生が若かりし頃に兄弟で経営したバー、モンテクリストの跡地で命日近くに催された『梶原一騎を偲ぶ会』にお邪魔してきました。
昨年も同様にお邪魔してきた様子は「ココ」で書きましたが、現在その場所は"カラオケスナック 亜利"になっていて、こういったイベント以外でも蒲田に寄るといつも見に行っています。
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偲ぶ会の日は早くから営業開始していて、
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いきなり梶原兄弟(高森兄弟)の末弟・高森日佐志さまが迎えてくださいました!
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モンテクリスト経営時の状況などを色々と教えて頂きましたが、この公明党のポスターが貼ってある部分、ここが当時は入口扉だったそうですね。
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現在は塗り固めてカウンターの位置その他の内装もリニューアルしていますが、建物はそのまま残っているのだから貴重ですよ。

店内に入って、梶原一騎先生の遺族達と命日前の献杯。今年は33回忌命日であり、これまた偉大な実弟・真樹日佐夫先生の7回忌でもありました。
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酒もご馳走になりましたが、
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やはり今年も一騎先生が好きだったI.W. Harperのソーダ割りなど、頂きました。
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今年は流している映像が、BS朝日にてこの直前に放映されたばかりの
昭和の劇画王 梶原一騎
~巨人の星・あしたのジョー・タイガーマスクを生んだ男~

で、出演している実弟の日佐志さまや息子さま達を目の前に見て…ちなみに私はBS見れないのですが、秘密結社員に録画をお願いして後でじっくり鑑賞しました。
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それから、極真会館のレジェンド達が次々と…それもホームビデオで撮られた激レア映像だ!
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前年の偲ぶ会で私が日佐志さまから著作へサインを頂いた事を書きましたが、今度は秘密結社員の恵ちゃんが同じ「昭和兄弟模様」(東邦出版刊)にサインしてもらいました。
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梶原一騎先生のご子息ともお話させて頂いて感激する事しきりですが、まぁ酔っていたし話の内容は反省する事もあったり…で、昨年は長男の高森城さまと記念撮影させて頂いたので、今年は次男の高森一誓さまと!
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梶原一騎関連の仕事をしていた漫画家の先生方、それにカジワラー達が次々と集まってすぐに店内は入れなくなったので表でもワイワイやってましたが、
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いつも閑散としているこの柳通り、たまたま通りかかって見た人は驚いただろうなぁ。
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完全に日が暮れました。
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当時を知る関係者に若き日の梶原兄弟が電柱を伝ってあの窓から部屋に入って…なんて貴重な話を聞きながら呑んで。
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それから登場したこのオーラある美しい女性たち…凄いです、何とマス大山こと大山倍達総裁のお嬢様とお孫様です!総裁の次女にあたるグレース様はイベントでお見かけした事はあったのですが、私なんかともお話してくださってかなり気さくな方だと分かりました。
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そしてブロンドヘアのお孫様は大山桃加林さま…学生にして会社経営もする才女という事で、素手で牛を殺す男の遺伝子を受け継ぎながら話しているだけで知性の高さも感じさせる方でした。
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空手界で歴代最高の知名度を持つ偉大過ぎる祖父を持った宿命、みたいな話も少しだけ聞き出せたかな?
数奇な事に大山総裁の命日が誕生日とかで(という事は4月26日)、自分の誕生日はいつも祖父の法要が行われていて嫌だった思い出とか…あ、こちらは見せて頂いた誕生時の写真。可愛すぎる、赤ちゃんサイズの空手着も用意されていたのですね!
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そしてこれが、ゴッドハンド…の孫の拳。
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そう神のコブシの遺伝子を継ぐそれを目の当たりにして、緊張のあまり写真はブレてしまいました。
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それから店内では、梶原(高森)一族+大山一族でこうして交流し盛り上がっている姿。
梶原一騎作品では劇画「空手バカ一代」で主人公として登場した大山倍達総裁が有名ですが、その他多くの梶原作品で実名やモデルとして登場しているものの…義兄弟だった2人の蜜月関係もずっと続いたわけではなくてですね、とにかくカジワラーなら誰でも知っている2人の関係を思えばこんなに嬉しい事はないです。
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そこに登場したのが、この迫力あるお方。おお、晩年の梶原一騎先生の面影にソックリだが?
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そうです。昨年、月蝕歌劇団によりまさかの舞台化が成された「一騎人生劇場 男の星座」の舞台に語りや晩年の梶原一騎(梶一太)役で出演されたあの俳優さんです。
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一太と桃加林さま…
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こちらは高森城さま。
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また、1ヵ月ほど前に「ココ」でアップした井上コオ先生との邂逅というのは、この日の出来事だったのです。
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こうして宴は夜遅くまで続き、梶原一騎作品縛りのカラオケ大会にも発展したようですが、関係者ではなくただのファンのくせにスタートの献杯時からお邪魔しているので、さすがに頃合いを見て帰りました。
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ここで豆知識を一つ…あのブルース・リー(李小龍、Bruce Lee)も、マス大山の教えを学んでいます!
いや、「空バカ」でも極真マークの付いた空手着を着ている若きブルース・リーの姿が出ていましたが、それは『ブルース』の名が極真会ハワイ支部のブルース・オテナから取られているなどという記述も含めて梶原一騎先生の嘘というか創作。
しかし、事実としてブルース・リーの蔵書の中に大山総裁が書いた空手技術書の「What is Karate?」があった…これはホント。もちろん世界の格闘技を研究していたリーが各国でベストセラーになっていたこの本を読んでいないわけもないですね。

はい今回は、そのまま蒲田のある大田区の旅を続けます。
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駅で置いてた大田区のガイド冊子、
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こちらは蒲田のみに特化したガイド冊子。
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蒲田マップも見たりして…これは随分前に貰ったやつで、当時朝ドラでやってた「梅ちゃん先生」の舞台である事をアピールしています。
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それではJR蒲田駅より、仕切り直しましょう。
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夜の蒲田駅。
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この蒲田駅西口側、地名は西蒲田と言うのかな、
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アーケード商店街のサンライズとサンロードがあり、
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蒲田も意外と朝飯を頂ける店が少ないので、早い時間には"サブウェイ"(SUBWAY)のサンライズ蒲田店に入ったり。
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反対の東口側ですがあとで見つけた立ち食いそば屋が朝飯に良かったか、いかにも昔からある店であり飲み屋としても使えそうな"信濃路"の蒲田店。
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その東口側は、中央通りとか…
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こちらの飲食店で気になる所をまず1軒ピックアップすると、この常に凄い行列になっている先、
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"とんかつ 丸一"です。こんな行列に並びたくないのでもちろん未入店ですが、どれだけ美味いんですかね。
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蒲田のラーメン店は…まず新潟県の実家に住んでいた昔に長岡市で食べたりしていた『新潟燕三条系背脂らーめん』の店、"らーめん 潤"の蒲田店があるので、入店。
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中華そば、大油で頂きました。
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メジャーなチェーン店も寄りますと"日高屋"の蒲田東口店で、
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餃子、中華そば(味玉トッピング)。
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こちら大好きな"元祖ニュータンタンメン本舗"の、蒲田店。
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タンタンメン、1番辛い『メチャ辛』ですが…
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卓上には市販の唐辛子は置いているのでさらに辛さ増ししながら、完食。
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京浜蒲田の方にも古いアーケード商店街・あすとがあり、
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これは惹かれる看板です…
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"パンダ乾杯楼"
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ここではビールに、
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マーボーヤキソバ、
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〆には、菜担々麺。
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夜も蒲田東口中央通りからガード下の方も歩き回りましたが、良いなぁ。
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やはり蒲田は夜の街ですね。
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歩いていたら外にGuns N' Rosesの曲が大音量で漏れ出している店あり…それが"居酒屋侑禅"。ハードロックがBGMで楽しめるようです。
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ここは有名な"松家カレー"で、もちろんあの牛丼チェーン店とは違う蒲田の名店です。
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"壱番隊 蒲田食堂 昔懐かし定食や"。
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こちら"大衆割烹 三州屋 本店"。昼間からやってる飲み屋だし味も良いのですが、それこそ今夜の冒頭からやってる梶原一騎ゆかりの地巡りだ。かつてこの店で、梶原3兄弟が頻繁に昼飲みしていたそうなのです。60年ほども前の話になりますので、この改装のされ方だとさすがに当時の面影は無いと思いますが…
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ビールと、頂いたつまみの数々。
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17時になればここが開きます、素敵すぎる立ち飲み居酒屋"最後の楽園 レバーランド"
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うむ最高だ…ドリンク、
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つまみ。
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ここは前の大田区紹介の時に来ました、居酒屋"鳥万 本店"で、
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ドリンクと、つまみ。
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全品300円の大衆居酒屋"升本"、ここは先日通ったら閉店しちゃってたな…
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ここも気に入って何度か行っている、"大衆酒場 ビートル"(BEETLE)。
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ビートル、有名バンドじゃなくてカブトムシから取った屋号。
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ドリンク、
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超炭酸ハイボールが数種類あり、値段とサイズはチンチロリンで決める。
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もうこればっかり…イェイ!
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つまみ。うんめぇなぁ、おい。
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もつ煮込み、赤と黒。
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〆のシジミ汁。
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"中国料理 金春新館"で、
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青島ビール、
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紹興酒。
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そして中華なつまみを...
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餃子類は特に美味いですが、そうだ蒲田は餃子の街でもあるのです。
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有名な"歓迎"(ホアンヨン)の本店に行った様子は4・5年前の「ココ」でアップしていますが、今回は同じ蒲田にある西口店へお邪魔しています。
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ビールと餃子、
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湯麺(野菜入りタンメン)、
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台湾拉麺(特製台湾風辛口ラーメン)。
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次は"スパ串酒場 うまいける"で、
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色々と呑んで…
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羊肉中心のつまみ。かなり安いし、羊串・ラム串の美味い店なんです。
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蒲田駅近くの蒲田八幡神社。よくあるこんな神社の名前すらも、梶原一騎ゆかりの地だと「侍ジャイアンツ」の八幡太郎平先輩を思い出しますね。
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隣には、妙安寺。
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都内在住の身ですが、蒲田の夜を楽しむためにまたここで1泊しています。今回は、"蒲田黒湯温泉ホテル末広"
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ここはちょっと特別に行ってみたかった所で、岩井俊二監督の映画「リップヴァンウィンクルの花嫁」のロケ地なのです。主演を務めた黒木華が、ここで住み込みで働く設定でした。
男の世界を描き続けた梶原一騎ネタが多めの今回、オシャレなイメージの先行する岩井俊二の事を書くのはどうかとも思いますが、自分が10代後半の時に「スワロウテイル」が公開されて次の「四月物語」も観に行ったし、さらに次の「リリイ・シュシュのすべて」も凄い話題になっていました…まぁこちらはリアルタイム世代として好きだった監督でして。
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古いビジネスホテルであり、部屋の窓からの景色はこんなでしたが…
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そうそう、ホテルからも見えた手芸品で有名な大企業のユザワヤ、これは蒲田が発祥・本店であり店舗もたくさんあります。
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それから蒲田といえば黒湯温泉、もちろんホテル末広でも入れます。
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食堂が1階にありまして、
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朝食を頂きました。
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本棚にまさかの平田弘史作品、「叛逆の家紋」(青林工藝舎刊)があって、
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窓の外にはここのアイドルと思われる、ネコちゃん居ました。
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はい、これで蒲田を後にしまして…
ちょっと移動しら先はJR京浜東北線の隣駅、大森駅。
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当地は稗田礼二郎が出てきそうな『日本考古学発祥の地』という事で、駅に碑もあります。
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ここで西口を出るとすぐにある、立ち食いそば・うどん屋の"麦の城"が好きです。
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朝食ぶっかけうどん、
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きつねうどん、
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天ぷらうどん、
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スパイシーチキンカレーそば、
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和風ラーメン。
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大森でラーメンだと、まずは前にも紹介しましたが"一風堂 SHIROMARU-BASE"の大森店、
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ここでシロマルベース(半熟煮玉子トッピング)。
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一風堂といえば日清食品から出たカップ麺の『IPPUDO 香港スパイシー海老豚骨』は、よく食べたなぁ。
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"三三㐂"(さんさんなな)で、
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中華そば。
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↑の通り蒲田でも行っている歓迎(ホアンヨン)の大森店で、
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餃子と、
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ジャージャー麺、
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台湾ラーメン。
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"中華料理 喜楽"。いかにも昭和なこの店で、
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チャーハン。
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さらに駅近くを歩いていますと…
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新潟産コシヒカリを使用した"東京にぎりめし 米専"。コシヒカリの本場出身でありながら実はそこまで米を喰わない私は未入店です。まぁ、米は酒のつまみになりにくいので酒飲みの私にはね。
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"牛八"の大森店で、
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カレーライス。
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ここ、好きな喫茶店の"珈琲亭 ルアン"
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ゆっくり時間がある時にたまに入るんですけどね…
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珈琲は美味いし、この雰囲気…そりゃ好きになる店ですよ。
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普通のアーケード商店街に、明らかに素敵な店である"大衆酒場 富士川"が出てきますが、ここの所は大森で呑める機会がなくて未入店。
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ここも同じ大田区になります、北千束駅の近くに住んでる友人が居て訪ねたりもりましたが、
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その道すがら通りかかった"ふるほん現代屋"という、何と古本と中古自転車を扱う形態の店がありました。
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台湾まぜそばの名店である"麵屋 こころ"は、ここが大岡山本店。
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あとは何より、大田区といえば日本最大の空港である羽田空港こと、東京国際空港がある土地じゃないですか。
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旅好きの私は飛行機をわりと頻繁に使うわけですが、成田空港に行くのが遠くて嫌でね…いや旅から帰って成田から帰宅する方がもっときついですが。だから羽田からも出ている行き先なら多少料金が高かったりとかしても、確実に羽田発の便を探しています。もうホント、東京都内に羽田空港があって良かった!そう感謝して今夜は〆たいと思います。
こちらは第1旅客ターミナルの待ち合わせ場所、B1Fにある太陽の塔・月の塔。
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レストランもいくつもありますが、今回はフードコート『東京シェフズキッチン』で、
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"浅草ヨシカミ"へ。
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洋食屋といえば、私にとってはオムライス!
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飛行場で、飛び立ったり着陸する飛行機を見ているのは好きです。
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自分も飛行機に乗り、
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飛び立つ。
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上空から見る、この何物にも代えがたい景色。
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雲の世界…美しい。でも初めて国際線の飛行機に乗った時の感動を、今はどうしても取り戻せない。
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こないだ実家に帰った時に大昔に読んでいた本を大量に持ってきたのですが、その中の1冊…島田雅彦「預言者の名前」
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旅のスタートに寄るのだから必ずワクワクした気分で行く羽田空港。でもかわりに、帰ってきた時の寂しさもでかい場所ですね。翌日からまた仕事だと…サザエさん症候群のように。
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哀しくなってしまうので、最後はまたゴッドハンドの子孫・大山親子と記念撮影した写真を見て元気を出して、今夜はお別れです。
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  1. 2019/02/17(日) 23:59:41|
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一騎に語れ!#1~完結45年!侍ジャイアンツの巻~

2019年1月27日、この日は"新宿ネイキッドロフト"で行われた…
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梶原一騎先生関連のトークイベント、一騎に語れ!#1~完結45年!侍ジャイアンツの巻~へお邪魔してきました。
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会場に入るなり、まずI.W. Harperのソーダ割り+アジフライの『一騎セット』を注文。
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梶原一騎先生の大好物だったという組み合わせだったのだと「ココ」でのイベント時に知ったのですが、梶原本は活字本まで出来る限り読んできた私もその記述は確認出来なかったので…とうとうイベント主催者であり日本一有名な梶原一騎サイト『一騎に読め!』の管理人でもあるBONさんに確認したら、これは文献では残っておらず遺族からの言葉で知った事だったそうです。

あとはオリオンビールを呑みながら…
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BONさんの「侍ジャイアンツ」に対する思い入れや考察語りと、ゲストでをそれを描いた漫画家の井上コオ先生が登壇してからのトークを楽しみました。先生の漫画家になるまでの苦労となった時の喜び話なんかは涙モノでしたし、もちろん梶原先生との話は全聴力を集中さけて聴きましたけどね、
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井上コオ先生がこうして公の場に出てくる事も珍しく、連載当時にデパートの屋上で子供向けのイベントをやって以来とか言ってましたかね。
八幡先輩の読み名が梶原先生の原作で書かれた当初は『はちまん』ではなく『やはた』だったのを当時の少年ジャンプ編集長による助言で変えさせたのだとか、その他も貴重な話ばかりの中で…あとはこれだけ書き記しておきますか、あれです井上コオ先生が野球を観ていたら後ろの奴が邪魔だとか小突いてきて、それを聞いた梶原先生がそいつに対して大目玉を食らわしたという話。それって斎藤貴男の名著「夕やけを見ていた男―評伝 梶原一騎」…その後、何度もタイトル変えて再発されたあの本の中でも出てきていたので有名なエピソードだと思います。しかし、その相手はあの本を読む限りでは梶原先生取り巻きのチンピラかと思っていましたのが、極真から派遣された運転手の方だったそうです。

主催者側が用意して来場したファンに公開していた扉絵コレクション…他に見ている人はいませんでしたが、これが私のように後追い世代で単行本でしか読んでない読者にとっては見た事のない絵がたくさん載っていないて嬉しい。
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最終話の切り抜きは、丸々ファイリングされていました。
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今回のクイズ企画で、BONさんが「侍ジャイアンツ」キャラクターの誰に扮して登場するかってのは答えが長嶋茂雄でして。私も実在の人物のコスプレとは思わず外しましたが、正解者は満席の会場で唯一人だけでした。
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その当てた人が井上コオ先生からのサイン色紙をゲットしたのですが、
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こちらは逆にファン達から、井上コオ先生への寄せ書き。
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BONさんはその長嶋ヒゲ取ると、八幡太郎平だ!
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貴重なトークが終わり、記念撮影。
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1番後ろの方に、オーパーツの水晶髑髏のように輝く御仁と共に私も収まっていました。
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あと悔しかったのは、イベント終了後はアナウンス無かったにもかかわらずサイン会になったのです。しまった、それならちゃんと色紙を用意しとくのでしたが…最初から用意している方にイラストまで描いていているのを羨ましく横目に見ていた私。
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それでも今回も単行本は持参していたので、1週間前に「ココ」でサインをして頂いたばかりながら、再度別の巻に描いて頂きました。
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井上コオ先生はこうしてサインを求めて並ぶファン1人1人への対応も素晴らしくてね。私はイベントで語られなかった江原伸先生のアシスタント時代の事を少しお聞きしました。いや、40数年前の話なのでほとんど覚えていらっしゃらなかったのですが…とにかくカジワラーにとってのレジェンドと実際にお話させて頂いたりして、最高に嬉しい気分にさせて頂けたのでした。
そうそう、私はこの通り梶原一騎作品のコアなファンをカジワラーと呼んでいますが、BONさんら上の世代の方々は一騎ストと呼んでたかな?これは私がアムラーとかシノラー世代だからですね、はい。


  1. 2019/02/09(土) 23:59:17|
  2. 古本 番外編
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梶原一騎(75) 井上コオ 2 「侍ジャイアンツ」 2

前回に続いて、梶原一騎原作、井上コオ漫画による「侍ジャイアンツ」(集英社刊)です。
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2回目となる今回は、単行本でいうとジャンプ・コミックス(JC)全16巻のうち9巻からで、ちょうど真ん中からです。
時は巨人軍(読売ジャイアンツ)がV8を狙う昭和四十七年(1972年)のシーズン中。投手・番場蛮が投手生命に関わる欠点を露呈し、それでも立ち上がって八幡太郎平と共に蛮いわく『キチガイそのものの猛特訓』をした結果編み出したのが…ハイ・ジャンプ魔球!
今までは一応常識的な野球のゲームをしていましたが、ここからは荒唐無稽になり過ぎて、一気に子供向けになったとも言えますが、最も少年ジャンプ連載ですから当時の小学生に向けて描いているわけだし、面白さはむしろ増した部分もあると思います。
そのハイ・ジャンプ魔球、ピッチャーのプレート上から助走も無しで真上に1.5メートルもジャンプし(絵ではそれよりはるかに高く見えますが)、空中で投球する速球です!この落差を利用する事で意外なほど打ちにくいというのですね。

この魔球を引っさげてプロ入り2年目でオールスター戦にも出場出来た番場蛮は、普段は激戦を繰り広げているセ・リーグのライバル達をバックにつけて、パ・リーグのスター選手達を相手にしても三振の山を築くのでした。張本や野村といった名選手も仕留め、誰も打てないハイ・ジャンプ魔球でした。

また通常のセ・リーグ戦に戻り、阪神の強打者・田淵との死闘も三振で制するのですが、その試合を1人で土手に座りながらラジオ放送で蛮の活躍を聞き、
『サ…サ…サムライ
 侍ジャイアンツに栄光あれ…………』

を涙する八幡の姿にこちらも泣けます。

ONこと王貞治と長島茂雄は同じ巨人軍なので、この当時で実在する打者の中では田淵が最強の敵だったと思いますが、あとは梶原一騎先生が生んだライバル達。
彼らもハイ・ジャンプ魔球を研究し、対策を練って再対決するのですが、まずはウルフ・チーフ。彼は蛮がジャンプすると同時に自分もジャンプし、魔球の落差を無くして打つ空中打法に出たのでした。しかしこれは、ボールよりバットの方が重いだめに振り遅れる等の理由から蛮の勝利。
次に大砲万作。以前は蛮に弱点を見抜かれて二軍落ちしたものの、這い上がってきた彼は投手に尻を向ける背面打法で勝負。これは必ずファールを打つのが狙いで、ハイ・ジャンプ魔球は普通の投球の10倍は体力を使うために限界まで追い込まれますが、長島の発案で打者が後ろ向きなのだからとバットを狙って球を投げる…「巨人の星」の大リーグボール1号に近いですが、まぁこちらは打者が棒立ち後ろ向きのバットに当てるのだから楽なものか。とにかくこの方法で蛮の勝利。

そうするうちに巨人軍は蛮の投球でV8…つまり連続8年目のセ・リーグ優勝を決めますが、あとはまだ眉月光との対決が残っていました。そして『野球センスの天才』である彼によって、蛮のハイジャンプ魔球は見事に破られてしまうのです。その方法ですが、この魔球投球後に着地した時は重心が下にかかりきっているため軽いバントでピッチャー前に凡フライを飛ばされると絶対に捕れない弱点を突かれもの。
これは長島がカバーに入る策で対抗するも着地時の土煙が煙幕になってボールが見えず、これも捕れない!最後の手段で蛮が命を張り、足からではなく腹から着地して土煙を防ぐ事で勝利に導くのですが、これを繰り返して負傷したためにこの後の日本シリーズには出れなかったし、こんな事はもう続けられません。
それがまた次なる魔球の開眼につながるのですが…ああ、この時まだ10巻にして川上哲治監督が
『番場はいずれマウンドで死ぬかもしれん…』
と言っており、これがあの最終回につながる伏線となっているとは連載中に読んでいた読者は気付くわけもなかったでしょうね。

しばらく故郷の土佐に帰った蛮。番場家は母親のキクが病弱でなくなっており、太って全然違う容姿になっていますが、これは作者が初期の設定を忘れたのでしょうか?
また、妹のユキがたくましくなって海女の仕事で家計を支えています。失意の中で荒れる蛮は家族に八つ当たりするし、街でチンピラとケンカした上で海に投身自殺しようとしますが、ユキに助けてもらった上で励まされ、蛮も再起を誓うのでした。

同郷の八幡も土佐に来てから番場家の食卓で共に食べている『土佐湾でとれるイキのいい魚介類をぶちこんだ かあちゃんとくいのチャンコナベ!!』ってのは美味そうだなぁ。私も1月ちょい前に高知県旅行したばかりですが、あのカツオ等の美味さは忘れられないし。
そんな貴重な団欒シーンもはさみながら、ここ土佐の海でまたも『キチガイそのもの』としか言いようのない秘密特訓を重ねる蛮…

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次はいよいよ昭和四十八年(1973年)、巨人軍がV9を狙うシーズンに突入します。
ここでライバル勢にも変化あり。まずウルフ・チーフが帰国して大リーグに戻ってしまい、代わりにドジャースが同じ阪神タイガースへ送り込んできたのがポポ・エンリコ、今度は黒人。
新ライバル紹介の回では大きく取り上げられたものの、結果を言ってしまえば意外にも上手い使い道がなかったのかあまり登場しなかった…

大洋ホエールズに入団した怪力打者のジャンボ、こと不二立彦はニコニコ顔がトレードマークで、ジャイアント馬場からプロレス界にも誘われています。
広島東洋カープに入団したヒット製造機、明智学はメガネのチビですがT大学卒のインテリで、数理的な独特の打撃理論をバッティングに持ち込みました。同じ梶原一騎原作では「柔道一直線」の東儀冬樹と同じタイプ。

これらの新ライバルに加えて、やはり大砲万作と眉月光という強敵とで蛮が魔球を開発し、ライバルが攻略する…この「巨人の星」と同様でお決まりの展開です。
とまれ、番場蛮がハイ・ジャンプ魔球の次に送り出した魔球2号は、大回転魔球!
今度はマウンド上で体全体をコマのようにクルクル高速回転してから投球する技で、打者からは蛮の左手1本が8本にも10本にも見えるという…これまた荒唐無稽すぎるもの。どの手からボールが飛んでくるか分からないので打てっこないのだと。

新魔球・大回転魔球をひっさげて開幕した新シーズンでは、ハイ・ジャンプ魔球も織り交ぜてくる『サムライ番場の魔球二刀流』でやはりどの打者も手が出せない!
いや、わりと早い段階で田淵に打たれてしまいますが、これはその直前で打席に立った時に江夏から死球を受けたケガが響いたからでした。その後もケガの治療のため1ヵ月半も戦線離脱し、その間も巨人軍は負け続ける…病院のベッドで蛮はゆっくり考えていますが、この時で既にV8を達成している巨人は8年間ほとんど同じメンバーだったらしいのですね。そりゃ各々が歳は取るし研究されるし、ずっと王者でいる事など不可能。
この「侍ジャイアンツ」「巨人の星」と大きく違う事の1つに、本作はもう巨人が絶対的な強さでは無くなっている時期の連載であり、実際にすぐ優勝出来なくなる日が来るのです…

ケガを治して復帰してきた番場蛮は、治療中にスタミナをため込む事に専念したため以前よりパワーアップしており、また巨人の戦績も盛り返します。
お、後楽園球場の選手食堂で蛮は先発日にラーメンを食べています。八幡はカレーか…この2品は多分、現在に至るも日本人男性の好きな物ベスト2ですよね。特に蛮は前回書いたようにヤカンでラーメンを食べたり、またこの後でもカップヌードル(日清食品の登録商標ですね)を食べるシーンが出てきますし、かなりのラーメン好きと見るべきでしょう。
さてそんな好調の蛮が投げる大回転魔球。大砲万作がバッターボックスで蛮と同じくクルクル回転して対抗してきたのにやられそうになりますが、蛮はハイ・ジャンプ魔球と組み合わせた…ネーミングもそのままハイ・ジャンプ大回転魔球をその場で開発して勝利!ちなみに後で『大回転ハイ・ジャンプ魔球』と名前の順番が変わっていたり、しかも投げ方まで変わっていたりしますが、これは作者が忙し過ぎて前のを忘れたからかな!?

次に打ち取りそうになるのは、明智学。オールスター戦で大先輩の大打者である張本勲に、開発したテコの原理打法を伝授して大回転魔球を打たせるのですが、それは何と張本を実験台として使っただけでした。
これでデータが揃ったために自らが攻略すべく蛮と対決し、打つ事は出来ました!大回転魔球が初めて外野に運ばれた!しかし…走塁中にマウンド上で嘔吐して倒れて出塁できず。明智の身体が衝撃に耐えきれないという計算違いがあったのです。

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では誰が大回転魔球を打ち取るのか?
それは…ジャンボ、不二立彦でした。あのニコニコ顔が大魔神のようにマジメ顔でギラッと鋭い目になり、バットを短く持って魔球をミートし、連続ヒット。球質の重い豪速球を短く持ったバットで何故打てたのか?それは特訓で鍛えた怪力で特製の重いバットを使用したからでした…

苦労を重ねて得た魔球を、またも攻略されて二軍落ちした蛮ですが、そこに久しぶりのヒロイン・美波理香が登場。2人でちょうど巨人の宿舎近くにある"よみうりランド"に行き、デートです!本作では非常に珍しい恋愛コーナーですが、理香は失意の蛮が再び立ち上がるよう発破をかけに来たのでした。
影ながらずっと蛮を気にかけている理香、もちろん蛮は理香の事が大好きなのですが…この後、理香は"黒潮銀行"頭取の息子と政略結婚させられて去る悲しい末路が待っています。

ともかく蛮は立ち上がって次の対決では不二立彦にも勝ち、また不二の方もジャイアント馬場からプロレス界に誘われていたためプロレス転向の意志を固めていましたが、敗れた為再び野球を続ける事になるのでした。
それからチームの方、つまり巨人軍も歴史的なV9を決めました。本当、当時の巨人は凄かったんですね…9年も連続で優勝するなんて後にも先にも聞いた事ないですもんね。ちなみにV9ってセ・リーグ優勝だけでなく続く日本シリーズでも勝ち続けて日本一にもなっているんですよね。
この9年目は南海ホークスと対決しますが、巨人の大先輩である王や堀内が真の男の姿を蛮に見せてくれ、蛮自身もここで新魔球に開眼するのでした!

次なる魔球は…ハラキリ・シュート!
これは今までのように命がけの特訓などせず、怪我した右足の指をかばいながら投球したのが偶然にも生んだナチュラルシュート。
打者に向かってくる球が激しく曲がってハラキリのように?食い込む変化球です。今までのハイ・ジャンプやら大回転は、実は魔球というより魔投球であって球自体は普通だったのですが、今回のは一応魔球と言えるでしょう。まぁ、シュートなので現存した変化球ではあってちょっと地味かもしれませんけどね。

シーズンオフは理香との衝撃の失恋に苦しむ蛮でしたが、立ち直らせたのは眉月光。彼はわざと嫌な奴を装って土佐の崖っぷちで蛮と野球対決し、
『いま その燃えくるうきみの姿こそ サムライ番場蛮のほんとうの姿だよ
 この眉月が宿命のライバルとした男の姿だ!!』

と言ってライバルである蛮を目覚めさせ、優しい目でニコッと笑う…良いシーンです。
悲しい初恋は目の前の海に捨てた蛮、ますます野球に打ち込む事を誓うのでした。

次はいよいよ運命の昭和四十九年(1974年)、V10を目指す年にこそ巨人軍は初心にかえる事を誓って猛練習をしますが、キャンプ地の宮崎で有料紅白試合で蛮は本気モードの王・長島と対決。ここで王らはハラキリ・シュートのある致命的な弱点を発見してしまいました。蛮の足は投球後無防備になるので猛ライナーが襲ってくると防げないというものですけどね…
それが本場の大リーグでホームラン王にもなったという、それまで来日したメジャーリーガー史上では最高の実績を持つフランク・ハワードに見破られて打たれました。

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そうそう、このように当時マスコミで大騒ぎされていたフランク・ハワードが早速登場したりもそうですが、本作はフィクションながら週刊連載にて現実の出来事や人物も同時進行で織り交ぜてリアル感を増す手法を取り入れた作品。
後半は特にその傾向が強く、投球練習中の蛮に向かって八幡が
『おい 蛮よ……おまえの伝記を漫画やテレビにしてる梶原一騎と井上コオの両先生が取材にみえて ホレむこうでONと話してるぞ』
とか言ってるシーンもあるのです。
正に、後の梶原一騎原作が生む名作「四角いジャングル」以前に疑似ドキュメンタリーのような路線を走ってもいたのですね。 

かと思えばハラキリ・シュート返しに対抗するため、蛮はオープン戦たけなわの時に何と空手道場へ入門して連日ボコボコにされる、現実ばなれした展開にもなります。
連載時はブルース・リー映画ブームだったので、世間から蛮はそのブームに子供っぽく浮かれたのだと思われながら…ここで八幡も『ブルース・リー主演の「燃えよ!ドラゴン」はおもしろかったのう』とか言ってて井上コオ先生が描くリーの絵も見れますが、似てないなぁ。
また入門した道場は極真会館ならぬ"極心館"で、館長は大山倍達総裁に似せたりはしておらずごついハゲのちょびヒゲですね。
とにかくシーズン開幕して判明するこの空手修行の目的は、不自然な体勢でも猛ライナーを食いとめられる空手のキックをものにするためでした。

この足を目がけたライナー攻めは大砲万作も狙ってきており、しかも彼の怪力打法だと川上監督も
『おまえはへたすると 大砲万作のためにマウンドで一生カタワにされるか へたするとブッ殺されるんだぞ!!』
などと心配していますが、蛮は彼の強烈な打球をも回避して逆にトリプルプレーに取りました。この謎解きの解説で、いよいよ『空手八段 大山倍達』の名が登場しますが、つまり蛮は空手道の極意である交差法を利用していたのです。
さらにここで太刀風兵庫などという天才的剣道家が登場して剣道の技術を取り入れた打法でプロ野球入りし、蛮と対決する事になるのですが…何だこの野球のゲーム上で戦う異種格闘技戦は。彼の打法・介錯人殺しは捕手を狙う方法で目の付け所が面白かったですが、蛮による真剣白刃取りの応用が勝って太刀風はあっさりと引退。

しかし巨人軍自体は調が続き、10連覇に暗雲が立ち込める。大ピンチです。
蛮は逆転優勝を諦めずにチーム全体の気合を高めますが、頼りのハラキリ・シュートは衣笠(+明智の頭脳)の二段打法に敗れてしまいました。これが種を明かせば二度打ちしててルール違反ですが、その場で審判か巨人側が気付かなければ有効なのだとか。これは後に封じ込め成功しますけどね。
ただし、やはりどんな魔球も完全に破られる日は来るわけで…オールスター戦で野村監督に見破られた弱点でハラキリ・シュートはもう使用不能な状態。それでも、もう最終巻の終わり間近になってから最後の魔球を開発しました。

それは…分身魔球!

名前の通りボールが分身する魔球で、連載終了も見えてページ数の問題でしょう、約1ヵ月したという秘密特訓の描写も魔球の説明も省略。とにかく蛮の球は分身し、これは誰も打てない。
投げる方のダメージ、体力の消耗も酷いようですが、巨人がV10達成するためには蛮がこれを投げ続けるしかなく、中日との3連戦を全部彼の3連投で戦い、最後は大砲万作を打ち取って全て勝ちました!しかしその代償は…死。
そう、限界を無視して命を削った投球を続けたために最後の一球を投げた時点で心臓マヒを起こし、マウンド上で絶命してしまいましたよ!

本人の希望がどうあろうが、これほどの才能をたった1つのシーズンで勝つために酷使して、わずか19歳で死なせた川上哲治監督の罪は深い…って、フィクションの出来事で実在の人物を恨んではいけませんね。
最終巻のラスト近くは物凄い駆け足な展開で進んだ上に、唐突な主人公の死で物語の幕を閉じるのですが、これは現実の出来事とシンクロさせるドキュメンタリー風の路線を取ったがために本作は急いで終わらせる必要に迫られたのだと思います。
振り返れば「侍ジャイアンツ」は1970年のオフからスタートして、1974年のシーズン終盤までを舞台にした物語です。これはかつて絶頂にあった王者・巨人軍の末期である事が不幸ではあったでしょうか。そう蛮が死ぬ、1974年に巨人は優勝を逃すのです。
また魔球の荒唐無稽さに見れるように「巨人の星」と比べて子供向け作品である事も、後続世代読者からの評価を得られにくい要因になっていますね。

しかし野球漫画で死ぬか…悲劇的なラストを迎える事が多い梶原一騎作品ですが、これは決定的に辛い結末。同じ少年ジャンプ連載で同時期に連載もしていた遠崎史朗原作・中島徳博作画の「アストロ球団」はもっとエスカレートした展開の野球漫画で、もちろん死者も出してましたけどね。
とにかく連載スタート時の番場蛮はモリ師の丹次のように内部から巨人軍を食い破るのかと思わせておきながら、結局は巨人軍の栄光の為に命を投げ出し、これから待っていたはずの明るい未来を投げ出して死んでしまうわけです。 クジラの腹をかっ捌いて生還するも胃液により体はドロドロに溶けていたモリ師の丹次より、もっと酷いと言えます。

最終ページを飾る蛮の葬儀で、蛮の遺影を持っているのは相棒の八幡太郎平。そこに母と妹が続き、後ろに蛮の遺体が入った棺。それを見て泣いているライバルは、眉月光・大砲万作・明智学・不二立彦。2つだけ見える葬儀用花輪には、『選手一同』と『車田』の文字が見えます。これは後期のアシスタントをしていた車田正美先生が自分の名前を入れたのでしょうか。そうそう、本作では観客席に明らかに車田キャラと思われる女子が居たりするし、車田ファン目線でどこを描いているか探すのも面白いと思います。

あと本作は連載3年目の時点で人気が低迷して打ち切りの危機があったそうです。そこにアニメ化決定の話が決まって人気も上昇したため助かったというのですが、そのせいで私の好きな小室孝太郎先生の「ワースト」が打ち切られたと言われており、複雑な気持ちではあります…
で、そのアニメの方です。最終回も「タイガーマスク」の伊達直人と同じく原作は死にアニメは死なずで漫画のような悲劇は迎えないし、原作漫画以上の人気作品と言えるのではないでしょうか。
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さらにこのアニメは主題歌など音楽が良くて、
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個人的にも10数年前によくライヴに行っていた戸川純&山本久土のデュオ、東口トルエンズが『東口トルエンズのテーマ』として替え歌にして「侍ジャイアンツ」の最初のオープニングテーマをカヴァーしていたのも忘れられません。
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最後に、ジャンプ・コミックス巻末に登場して作品を激励してくれるのは1巻が原作者の梶原一騎先生だと既に書きましたが、それ以降の人々を紹介して終わりましょう…
2巻・川崎のぼる、3巻・金田正一、4巻・石橋正次、5巻・荒川博、6巻・村山実、7巻・豊田泰光、8巻・浅田美代子、9巻・長島茂雄、10巻・王貞治、11巻・川上哲治、12巻・別所毅彦、13巻・牧野茂、14巻・関根潤三、15巻・宮田征典、16巻・井上コオ
と、プロ野球の関係者が多めのラインナップとなっていました。


背番号4…………
死んだ気の すさまじい気迫が全身からみなぎっとる…………
野球いのち!!
きこえる きこえる 大噴火まぢかの地鳴が!!



  1. 2019/02/06(水) 23:59:00|
  2. 梶原一騎
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梶原一騎(74) 井上コオ 1 「侍ジャイアンツ」 1

梶原一騎原作、井上コオ漫画による「侍ジャイアンツ」(集英社刊)。
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初出は週刊少年ジャンプで、1971年から1974年までの連載。つまり本年で連載終了から45年目…って、今年は冒頭から何周年とやっていましたがそれ言い出すと果てしなく出てくるのでやめておきますか。
本作の単行本はジャンプ・コミックス(JC)で全16巻です。 タイトルの『ジャイアンツ』とはプロ野球球団の巨人軍(読売ジャイアンツ)であり、そこで投手として活躍する主人公・番場蛮を描いた漫画になります。
連載開始年を見て分かるように、同じ梶原原作にして一世を風靡した大ヒット作「巨人の星」の終了から約半年しか経たないうちに、また巨人軍を舞台にした作品を描いているのです。
掲載誌を週刊少年マガジンから週刊少年ジャンプに移していますが、同様にチームメイトの長島茂雄(長嶋茂雄)や王貞治、他にも金田正一ら実在の野球選手や監督などを主要キャラクターとして登場させており、現実と類似した時間経過もしているので、無理矢理に考えれば「巨人の星」の後の話として読む事も出来ます。あれから少し時が経ち巨人はさらなる躍進を続け、何と1965年から1973年の9年間連続セントラル・リーグ優勝を果たした通称『V9時代』の作品になりますね。

作画担当の井上コオ先生は1949年生まれの神奈川県出身で、望月三起也先生のアシスタント時代に漫画のかなり漫画の描き方を習ったそうで、その後は江原伸先生のアシスタントも経てから1969年に少年ジャンプで読み切りデビュー、そして本作「侍ジャイアンツ」が初の連載となりました。
この時に車田正美先生がアシスタントをしていた事も車田ファンの間では有名ですが、井上コオ先生自身はその後はヒット作品に恵まれておりません。梶原一騎原作では他に、TVアニメのコミカライズという形ではありますが「新巨人の星」を1977年から翌年のTVマガジンで連載、及び増刊テレビマガジンで読み切りを描いたりもしています。
「侍ジャイアンツ」の作者が「巨人の星」の関連作も描いている、つまり梶原一騎先生の二大巨人漫画の両方に関わっている、この事実は特筆すべきでしょう。

さて当時のジャンプ・コミックスは巻末に有名人の写真と文章が載っていましたが、本作は第1巻に原作者である梶原一騎先生自身が登場し、
『このマンガの主人公、番場蛮によって、『巨人の星』にまさるともおとらない、マンガを書こうと思う。いや、書けると思う』
と、気合充分に語っているのですが…
それではどんな作品なのか、内容を追ってみましょう。

物語は昭和四十五年(1970年)だから巨人がセ・リーグ6連覇を成し遂げた時点の試合からスタート。現役時代は弾丸ライナーの『打撃の神様』で、現役を退いても最多優勝監督を記録する巨人の偉大なる川上哲治は、堅実な野球で勝利を重ねてきたものの、『石橋を叩いてもまだ渡らぬ』慎重な試合回しばかりのため人気が無かったそうです。
豪傑な野武士のようなサムライが必要考え、祝勝会の席で川上監督と長島選手が相談している所に、2軍選手の八幡太郎平が首を突っ込んで言った言葉は…バンババーン!

驚く2人にもう1度、バンババーン!

どうやらそれが人名で正確には番場蛮、八幡の地元"土佐嵐高校"の後輩が正にサムライだと言って紹介するのですね。
それを聞いてシーズンオフに高知県まで見に行くと、打手としては図太い神経と豪快なフォームの強打者で、投手としては凄い球威の剛速球を持ちながらも『殺人ノーコン』という欠点があるのでした。
しかし彼を見た長島選手は『においますな監督 きちんとした理論でははかりしれないハミダシ野郎 それだけに またスケールのどでかい可能性をひめるサムライの条件が!!』と、川上監督も『瀬戸内海をむだにはわたらなかった!!』と言い、巨人は番場蛮を獲得する意思を決めるのでした。
ちなみに、蛮が驚くシーン等で背景擬音に『バンババーン』というのが多用されます。こんな漫画、他で見た事ありません。

ところで蛮には星一徹のような厳しい父親や星明子のように献身的な姉もいません。それどころか病気で倒れて苦しんでいる母親・キクと、まだ幼い妹・ユキの面倒を見る立場であると、これは比較されざるをえない「巨人の星」とは意図的に逆の設定にしたのでしょう。
主人公の正確も真面目でストイックな星飛雄馬から、明るくお茶目でギャグシーンも多い無頼派の番場蛮…とキャラクターが全然違います。
母子家庭の番場家は生活保護を受けるようにすすめられますが、蛮が他人の世話になって生きるぐらいならいっそ一家心中と主張し、学生ながら1人で小船を出して漁をして生活の糧を得ていました。

さて、巨人が番場蛮を欲しいと言っても、蛮はまだ高校1年生。
そこは都合よくというか甲子園大会で自身が大ホームランを打ちながらもノーコンのため四球を繰り返して予選で敗退し、貧しい家庭なので学校も中退しました。あとは漁師になって家を支えるつもりが…甲子園に行けなかった無名の選手である番場蛮を巨人が指名したものだから世間は大騒ぎ。
しかし蛮には巨人にだけは入団出来ない理由がありました。6歳のときに漁師の父をクジラに殺されたためにクジラ、さらに
『どでかくバカ強い かさにかかった力ってものが
 あのときからオレは がまんできなくなったらしいぜ』

と言うわけですね。強くてでかい物には異様な憎しみを持って闘志を燃やすタイプなわけですが、それ完全な逆恨みだろうと大槻ケンヂ(オーケン)様がエッセイでネタにしていた事もありました。

よって当初は巨人を宿敵ととらえており、巨人に入団するなど考えられなかったのですが、ヒロインで蛮と同じ土佐嵐高校の先輩である美波理香の言葉で入団する意思を決めます。彼女いわく、
『この土佐の生んだ英雄ふたりあり!』
というわけで、1人はもちろん坂本龍馬ですが、もう1人はモリ師の丹次。クジラ猟師の丹次という奴は、クジラに飲まれたものの内部からクジラの腹を破って生還し出てきた事で英雄になったというのですね。
つまり蛮も丹次のように、大巨人軍を内部からやっつければよいじゃないかという考え。

貰った背番号は4。
4は死、というわけで普通日本では嫌われるナンバーですが、
『男が"死"をしょってなくてなにができるってこと!武士道とは死ぬこととみつけたり!!』
と、蛮は自らこの番号を自らせがんだのでした。

入団してまずは八幡太郎平のいる2軍入りした蛮ですが、生意気な態度で他の2軍選手達から忌み嫌われます。
そんな状態で行った、ある重要な紅白試合。野球のゲームは普通9対9でやるわけですが、味方チームも敵というケンカムード状態のため実質17対1の試合を決行します。、それでも勝負は蛮が制するのですが、その方法は殺人ノーコンな蛮の球がデッドボールで相手を次々と退場させてゆき、メンバーが9人以下になり足りなくなったために相手側の失格で勝利する、というものでした。そのデッドボール描写もけっこう激しくて、こんな練習試合で顔面に硬球ぶつけて歯が何本も飛んでたりしますね…
また蛮の先輩を先輩とも思わない失礼な態度ですが、既に選手としては引退して評論家になっていた金田正一が暴いた所によれば、ちやほやされては己のためにならぬと自ら周りからの憎しみを買ったのだと。『われに七難八苦をあたえたまえ』とわざわざ祈った戦国の武将・山中鹿之助に例えられています。
内側から巨人を叩き潰すような事を考えているのかと思いきや、実は既に自分を受け入れてくれた巨人を愛するようになっていたのです。

巨人を潰したいのか助けたいのかイマイチ分からない言動を取っていた番場蛮ですが、どうやら命がけで球団に尽くす心積もりも得たようで、他の選手が冬休みを取る中の正月も帰省せずに八幡と野球の特訓。
他に誰も居なくなった寮で年越しソバ代わりのインスタントラーメンを作っていますが、お湯を沸かしたヤカンの中にそのまま麺を入れて作っています。『おつゆはこうのむ』なんて言って注ぎ口から直接飲んでいますが…熱したヤカンを堂々と触っているし、これは現実には難しいのではないでしょうか。こんなのも巨人軍の選手なら平気なのか?

とにかくこの正月期間の特訓で、蛮はどうにか投球のコントロールもどうにか克服しました。破天荒なイメージですが、元より打てば『一本づり打法』で打撃は上手いし走塁や守備にも優れており、投手としても投げれば剛速球なのでコントロール制御さえ完成したら何でも出来る万能型の選手です。
いわゆる二刀流…梶原一騎漫画で二刀流選手の野球選手といえば後の「巨人のサムライ炎」、主人公・水木炎が思い浮かびますが、それよりまずは彼、「侍ジャイアンツ」の番場蛮でしたね。この二刀流設定は、後半は投手としての物語が主になってほとんど忘れられた感じになりましたが…
また現実の世界でもこの時から何十年と経ってついに大谷翔平選手という投手で野手、しかも大リーグでも通じる一流選手が誕生しました。梶原漫画のファンではあっても申し訳ない事に現実のプロ野球には全く興味がないため1秒も見ていない私でも名前と活躍のほど知っているくらいだから、相当凄いらしいじゃないですか。

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「侍ジャイアンツ」はいよいよ番場蛮がプロ野球界に入り、昭和四十六年度(1971年)のペナントレースも開幕。となればもちろん、野球漫画では重要なポジションになる強力なライバルも次々と登場してきます。

まずは、ヤクルトの眉月光
蛮と同じ高知県出身で、理香を巡る恋のライバルっぽい所もあり…容姿端麗な天才打者、しかも大企業である眉月電器の御曹子。それ、まるっきり「巨人の星」の花形満みたいなもんか。

次にアパッチ族の末裔であるウルフ・チーフ。彼との出会いはアメリカ遠征編です。
この時は日本プロ球界の王者として誰もが認め君臨していた巨人軍ですが、実は球団結成以来の大目標は日本一ではなく世界一だったそうで、いつの日か日米ワールドシリーズで大リーグの優勝チームに挑み、勝つ事を夢見ているのだとかで…
実際にそのテストケースとなる試合がマイアミ球場で行なわれます。オープン戦ながら世界最強チームだというボルチモア・オリオールズとの対戦となり番場蛮もバッターとして出場。チビなのででかい構えでバッターボックスに入った蛮はそこで右手を負傷し、それでも続けて立った次の打撃でヒットを打ち、説明は面倒なので省きますがケガのおかげでさらなる打撃開眼。
その後にドジャースとの対戦で、いよいよウルフ・チーフと出会うのです。登場シーンでは腕にナイフを突き刺し、蛮がホームベース上に流した血の上に自分の血を流す儀式もやっていました。
こいつは凶暴な『殺人スライディング』の使い手で、アメリカでは蛮がサムライ・ガッツでそれを防いだためにライバル視します。蛮を追って日本のプロ野球界入りし、阪神タイガースに入団して今後も戦う事になるわけです。
ちなみにウルフの代名詞とも言える危険な殺人スライディングは、後の「新巨人の星」で流用されていましたね。
まぁ外人選手のライバルなので、こちらは「巨人の星」でいうアームストロング・オズマの役割か。

そしてあの超強力なライバル・大砲万作が居ますが、次のシーズンから登場なので後で紹介しましょう。

「巨人の星」で言う味方側のキャラで伴宙太に当たるが、高校時代からの先輩である八幡太郎平です。
試合の合間には蛮の殺人ノーコンを直すため自分の身を犠牲にする方法で動きますが、その時に
『かたわになるのも かくごの上!!』
と発している言葉は現在では自粛用語になっているあれですが、自分より友の活躍を真っ先に考える男です。
しかも八幡はこの時には番場専属の練習台としてクビがつながっている状態。蛮のノーコンが治ってスターになってしまえば用済みでクビになるのにと、2軍仲間たちがあきれるほど天然記念物ものなお人よし。蛮の事で逐一涙を流し、本当に良い奴すぎるんです!
そんな八幡先輩は2軍にも居られずいよいよクビ通知が来ましたが、投手としての素質が無かったものの蛮の練習台として豪速球を捕手として、また打手の役でも受け止め続けた為に選球眼が養われ、また恐怖心も克服しており、それを川上監督に見抜かれて打者として生き残る事になりました!良かった~。

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注目の一戦は巨人VS阪神戦で、見所はやはり番場蛮VSウルフ・チーフ。日本のプロ野球界を恐怖に陥れた殺人スライディングを、蛮がいかにふせぐか!?
それから巨人VSヤクルト戦で、番場蛮VS眉月光。最初の対戦は作戦におぼれたヤクルトが自滅する形で蛮の勝利。番場蛮VS眉月光の対戦はまだ続きますが、次の巨人VSヤクルト戦。試合前にヒロインの美波理香を含めた三角関係でボーリングに行きますが、ああ蛮は理香の指がちょっと触れたら『ドッキン』として目玉を飛び出しているし、『シアワセ~』とか言って間抜け面でヨダレ垂らしちゃって、ギャグ漫画描写です。
ここで眉月は蛮がストライクを投げる時のクセを確信して打ち込みますが、結局また策に溺れる結果となりこのシーズンは蛮の勝利で幕を閉じました。

初年度の番場蛮、投手としての戦績は六勝一敗。勝ったり負けたり色々ありましたが、プロの世界は1回限りの勝負じゃないのでシーズン中もその次の年も延々と続くわけで…
来シーズンからの給料は月給18万円と2倍になるよう代表から言われますが、蛮はそれを拒否。
『たった六勝ぽっちで 男一ぴき 給料あげてもらってホイホイよろこべるかってんだ こっぱずかしくって!!』
と、日本プロ野球史上で空前絶後の給料アップを断った選手となるのでした。

野球選手はシーズンオフがあり、つまり冬期間は長い休みがあるのですが、番場蛮と八幡太郎平は『冬眠しない野獣計画』として雪深い飛騨の山中にこもって激しい特訓をします。本作はいわゆるスポ根モノの野球漫画ですので、ありえないくらいハードな特訓シーンも見ものとなっているのです。
また、この飛騨で偶然にも永遠のライバル・大砲万作と運命の出会いをします。
この後、代打専門で中日ドラゴンズに入団する巨漢の強打者で、大家族の生活を支えるため木こりをする内に鍛えられた屈強な肉体は凄い。この体系と幼い弟や妹たちを育てる設定、名前まで似ていますが・・・そう「巨人の星」でいえば左門豊作キャラ。
蛮は彼を仇であるクジラに見立て、
『ついにクジラをみた!! 阪神のウルフ・チーフはフカだ!! ヤクルトの眉月光はサメだ!!
 そして………そしてよ……大砲万作こそクジラだあ!!』

と叫んでいます。そう、6巻でようやく登場した彼こそが本作における最強最大のライバル。

これで「巨人の星」の役割を担うライバルたち、つまり
花形満→眉月光
左門豊作→大砲万作
アームストロング・オズマ→ウルフ・チーフ
味方では伴宙太→八幡太郎平
と、役者が揃いました。

KAJIWARA-INOUE-samurai-giants7-8.jpg

続いては大砲万作も参戦した、蛮にとってプロ入り2年目となる昭和四十七年度(1972年)のペナント・レース開幕。
最初の巨人VS中日戦、つまり番場蛮VS大砲万作では蛮が打たれた上にベースカバーすれば吹き飛ばされて落球という負け。
しかし…大砲万作には致命的な弱点がありました。秘密に気づいてみたら何と、木こり時代に斧を振るっていた位置である外角低め以外のコースは打てないのでした!
この事に気付いた蛮は深夜の多摩川グラウンドで火の玉を使った特訓をし、大砲万作が出てきた時にリリース起用されるのですが、それまで絶好調でマウンドに立っていた堀内恒夫投手が監督命令を拒否して続投を願い、蛮も堀内の男心を受けて自分が編み出した大砲封じ策をすぐに堀内に授ければ良いとアイデアを出します。個人のためでなくチームのために…
今度は蛮の男心を受けた堀内が泣きながらマウンドを譲る。その際に2人で泣きながら肩を抱き、
『ウフフフ……巨人(ジャイアンツ)の先輩!!』
『ウフフフ……巨人(ジャイアンツ)の後輩!!』
と友情を確かめ合うシーンが良いのです。本作屈指の名シーンと言えましょう。そして大砲を倒した蛮。
大砲の方は、こんなとんでもない弱点がバレてしまったら強打者とて役に立たずに二軍落ち。あれ、大砲万作は最大の敵じゃないのかと思うでしょうが、本作は主人公だけでなく、ライバル達も成長していく物語。
あとで万作もまた弱点を克服して再登場して蛮を追い詰める事は言うまでもありません。

とにかくこの時点では絶好調の我らが番場蛮ですが、しかしここで眉月光によって自分も思わぬ弱点が暴かれてしまいました。
剛速球投手である蛮の投球はあまりにも速くて重い…あれ、「巨人の星」で主人公の星飛雄馬は小柄で体重が軽いために『球質が軽い』という致命的欠陥が暴かれて一時はプロ野球生命を断たれたかと思われたじゃないですか。同じくチビ(身長160cm・体重60kg)の蛮の場合は何故に重いんだ、と不思議に思う読者も多いと思いますが、重い球を投げるために天と地を一直線に指すほどに右足を跳ね上げる投球フォームがあるから全体重をボールにかける事が出来ていたのです。それを言うなら飛雄馬もあれだけ足を上げていたのですが、そこは別作品という事で…
これがランナーからすれば盗みやすいモーションであり走者が居れば必ず点を取れると気付いた眉月により、見事にやられただけでなくピッチャーとしての死刑宣告となったのでした。

シーズン途中ながらいさぎよく巨人を去ろうとする蛮を言葉と行動で引き止めたのは王貞治選手。まぁ星飛雄馬が球質が軽いとバレてプロでは通用しないと判明した時の流れに似て、蛮も大リーグの誰かが考えた変化球ではなく自分だけの新魔球を生み出すべく発奮するのでした!
普通の変化球すら投げられない蛮の練習は苦労に苦労を重ねます。またも八幡と共にやる特訓はキチガイじみていて、八幡が振り回すバットを垂直ジャンプでかわす蛮、次は両腕を背中で縛ったままの身体でオートバイの突進をジャンプでかわす蛮…これがいよいよ生まれるあの魔球の開眼につながるのです。

この時点で全16巻のうちちょうど半分である8巻の終わり。アニメ化もされた「侍ジャイアンツ」は魔球を使う野球漫画として知られているので意外に遅いとも言えますが、ここからは魔球を駆使して対決するようになり、魔球対決を始めてからはやはり「巨人の星」をなぞるような展開になってしまうのですけどね。
ついに魔球が登場する9巻目からの紹介は、次回に続きます。


サムライはおのれを しるもののために死す!!
おれの敵意も欠点もひっくるめ のみこんだ巨人ってクジラにホレた
ホレたらそこが 男の死場所よ!!



  1. 2019/01/26(土) 23:59:36|
  2. 梶原一騎
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梶原一騎(73) 影丸穣也 4 「復讐記」

梶原一騎原作、影丸穣也(影丸譲也)漫画による「復讐記」(マンガショップ刊)。
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初出は1969年から翌年の週刊少年キング(少年画報社刊)で、つまり本作も今年で執筆から50周年を迎える作品。
長らく単行本化はされていなかったので幻の激レア作品となり読むのも困難だった所を…やってくれたのが、やはりマンガショップですよ。2007年に全1巻で、影丸穣也短編集も併録した形で復刻してくれました。

本作の内容は、フランスの文豪であるアレクサンドル・デュマの代表作で旧邦題は『巌窟王』、つまり「モンテ・クリスト伯」を劇画化した物です。
モンテ・クリストといえば梶原一騎先生自身が蒲田でバーを開いた時の屋号にも使った名前でしたし、思い入れの強い作品である事は間違いありません。
よって本作では梶原一騎先生は原作扱いながら、1968年に同じく影丸穣也先生が劇画化したハーマン・メルヴィルの「白鯨」と同様、正確には『構成』の役割ですね。掲載誌は違うものの、その「白鯨」に続いて梶原・影丸コンビでの古典文学劇画化第二弾と言えましょう。

影丸穣也先生は後年、梶原一騎原作で他にも「空手バカ一代」の後半、「あゝ五高 武夫原頭に草萌えて」「巨人のサムライ炎」「新カラテ地獄変」のラスト部分を代筆もしたり、梶原先生の死後に完結した「ピストン堀口物語」まで手がける名パートナーになるし、梶原先生の実弟である真樹日佐夫先生とコンビを組んだ「ワル」で大ヒットも飛ばした実力者ですね。

フランスはマルセイユの船乗りである主人公エドモン・ダンテスは若くして船長になれる事となり、美しいメルセデスとは婚約披露パーティーを…という幸せの絶頂の時。突如警官隊に無実の罪で逮捕され、その後はマルセイユ沖のシャトー・ディフに投獄されて生涯出所できない拘束された生活が始まる…と、地獄に突き落とされました。
獄中で絶望的な長い年月を過ごしますが、隣の独房に投獄されていたファリア神父という老人に出会うと、自分をこのような目に陥れた人物を看破してもらい、ダンテスはそいつらへの復讐を誓う。また様々な学問を学びます。
そしていよいよ脱獄を成し遂げたダンテスは、ファリア神父に教えられたモンテクリスト島の財宝を手にするとパリの社交界に入り込み、イタリア貴族のモンテ・クリスト伯爵を名乗って仇敵達やその周辺に近付き、復讐を開始する…

帯文には
『妬み・偽り・謀略・裏切り・慟哭・怒り・怨念・復讐そして悲哀……!
梶原一騎&影丸穣也コンビが 臨場感あふれる復讐劇の古典を演出する!!』

とありますが、復讐劇としてあまりにも有名な古典作品であるデュマの「モンテ・クリスト伯」。この小説の壮大さや心理描写はページ数の制限もあり本作では表現出来ておらず、物語はダイジェスト版を読んでいるような感じになってしまいますが…代わりに劇画が持つ視覚化された迫力を楽しめば良いでしょう。
ただし、「白鯨」の時と同じく梶原一騎オリジナル作品ではないので梶原イズムは薄い、というか短くまとめた以外どこに手を加えたのかよく分かりません…

今回の単行本化で復刻された影丸穣也先生のレア短編作品は、1966年の西部劇「墓場からきた男」と1968年の日本を舞台にした残酷時代劇「巨人面」で、ラストに収録された『復讐記 扉絵コレクション』も嬉しい。


ああっ 神よ!
いまほど いまほどエドモン・ダンテスは
自由を求めたことはありませんっ

他人を地獄のどん底におとしいれ
のうのうとのさばる悪魔どもに
正義の復讐をうちくだすために!!



  1. 2019/01/23(水) 23:00:26|
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BRUCEです。あだ名は大悟(DieGo)です。
大悟…つまり悟りを開くに至る道程にある事を表し、かつ神の映画「ドラゴンへの道」から頂いてのブログタイトル。同名の秘密結社も運営しています。

名作漫画紹介の形を借りて、自分の記録用に使っています。

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