大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)

名作漫画の紹介 ・・・個人的な旅の記録

手塚治虫(53) 「サンダーマスク」

手塚治虫作品より、「サンダーマスク」(秋田書店刊)。
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初出は1972年から翌年の週刊少年サンデー(小学館刊)で、単行本は全1巻。
単行本はこのサンデーコミックスの他にも出ていますが、秋田文庫版では我らが大槻ケンヂさまが解説を担当しています。
TVで同時期に放映されたオリジナルの特撮ヒーロー番組があったのですが、本作はそのコミカライズとして手塚治虫先生が描いていたのです。自作がアニメ化された事は数え切れないほどありますが、TV版を原作にしての漫画担当というのはかなりレアな事。とはいえ漫画の神様のプライドゆえか、内容はTV版とはかけ離れた物になっているようです。TV版は私が生まれる前の作品であり、ソフト化も再放送も全くされない封印作品なので確認する術はありませんが…主要キャラのネーミングとサンダーマスクのデザインは一応同じみたいですね。

本作は主要登場人物として人気漫画家・手塚治虫がいる事が嬉しい。そりゃ手塚作品は自作に作者がよく出てきますが、ここではチョイ役じゃないし最初から最後までずっと登場し続けの準主役です。この設定時点で手塚ファンにとって嬉しい作品となっています。

197X年の名古屋青少年ホールで開催されていた日本SF大会の帰り道に、手塚先生がキングコングのような巨大な猿に襲われるプロローグで幕を開けます。
その時に世話してくれた少年が主人公の命光一。再び現れた巨大猿を、自身も巨大な謎の生物と化して始末しました!
ちなみにこのサルは"犬山モンキー・センター"から逃げ出した奴が巨大化したものですが、愛知県犬山市には"日本モンキーセンター"という施設が実在するようです。

この命光一は、本名が飯田光一。
工場地帯に住んでいたために公害で胸を病んで死期が近づいた少年で、ヤケになって『命売ります』というプラカードを持って街を歩く…この行為は三島由紀夫の小説「命売ります」が元ネタだと思います。で、その命を一千万円で買ったのは高瀬博士
博士は地球(岐阜県の養老山)に落下してきた宇宙生物を発見して自分の研究所に保存しているのですが、そいつはガス状の生物で肉体が無い。そこで命光一の体を貸して欲しいというわけです。その生物こそはサンダー。それから光一の体を使って活動出来るようになるのですが、博士に
『十分たってその肉体から出なければ きみの分子と地球人の肉体の組織が拒否反応をおこして爆発する』
と釘を刺されており、「ウルトラマン」と同じく時間制限の弱点が設けられています。
またサンダーが命光一の肉体を借りて実体化すると鱗と羽毛に覆われた姿になるのですが、それが『ちょっとおっかなくて…あのかっこうじゃ人に見せられないよ』というわけでタダでマスクとコスチュームをデザインしてくれたのは手塚先生自身!
それを着用すると、サンダーがスーパーヒーローのサンダーマスクになるわけです。

ヒーローには当然敵対する悪者の怪人がいなくてはなりませんが、それが本作ではデカンダー
サンダーもデカンダーも1万年かけて地球に着た地球外の宇宙生命で、それ同士が地球で戦いを繰り広げる事となるのです。デカンダーもサンダーと同様に気体生物なので他の生物の体に宿らなければ活動出来ず、冒頭のサルだったりそこら辺のクモだったりの体を使って巨大化しているのですね。

さてさて、本作にもヒロインが存在するのですが…それが高瀬博士の娘・まゆみ
横浜のミッションスクールに通う美少女で、初登場時がオールヌード姿と、読者サービスしています。ヌードになっていた理由は本人も全然思い出せないという事ですぐにネタバレしているようなものですが、そうです悪玉のデカンダー側が自分に合った体として探し当てた少女だったのです。
つまりヒーロー(命光一)とヒロイン(高瀬まゆみ)の惹かれ合っていく二人が、サンダーVSデカンダーの戦いに体を貸していて、憑依されている間の意識は無いので本人達も知らぬ間に対決しているという悲しい物語。しかもこの敵対関係はどちらかが倒されるまで続く…

わりとヒーロー物の定石通りの展開ではありますが、これを初めて読んだ若き日に驚いたのがデカンダーが珪素型生命体であるという設定。この宇宙には、その珪素型生命体と炭素型生命体の2種類があるそうなんですね。我々地球の生物は後者で、本作の悪者・デカンダーは地球人より強いとかでかいだけの話ではなく、そもそも生物の型が違うという。
だから『炭素型生物なんてケシズミになってしまえ』とか言うし、『人間なんて』ではなくもっと大きいくくりで別種の生命体による侵略を描いているのです。

よってデカンダーの地球に対するあいさつは、こうです…
『地球の全生命体よ きくがよい!われはデカンダー!!
 われは宇宙の果てしなきかなたからただよいつづけ この星へたどりついたのだ
 この地球という星を わがすみかにきめた!
 わが身は珪石(シリコン)より生まれた! われはフッ素を吸いメタンを飲みアンモニアを食らうのだ
 酸素を吸い水を飲み有機物を食らう 地球の生物よ!
 なんじらは かわるべし!』

そう宣言されて、地球の生物が人間だけでなく虫や植物までもデカンダーと同じ石みたいな生物に変えられていく!!
生物が珪素生命体か炭素型生命体かなんて考えた事も無かったし、前述の通りサンダーは気体(ガス状宇宙生命体)ですが炭素生物側。何か…この設定には度肝を抜かれた覚えがあるなぁ。

悪魔崇拝的にデカンダーを崇める怪しいミッションスクールの存在とか、ある黒幕の存在、手塚先生が大宇宙の歴史を書いた文字盤・バイブル(まぁ、映画「2001年宇宙の旅」のモノリスですな)からある謎を解明し…と、ラストまで凄い勢いで展開していきます。このスピードは明らかに打ち切り指示による連載終了の時に見られるそれですが、きっちり決着を着けています。それからヒロインのまゆみの体に起こるあるオチも、これは見様によっては秀逸なのか。

手塚治虫史に詳しい方ならすぐ分かった通り、本作が描かれたのは絶不調期。しかも落ちぶれた身だから受けたのであろうTV番組が原作の仕事…手塚先生が何を思ってこのSFヒーロー漫画を描いたのか、作品の端々から想像するのも楽しいですね。
長い不調期の作品だってやはり天才の描く物なので、どこか他の漫画家にはない面白さがあって私はどれもけっこう好き。もちろん翌年には「ブラック・ジャック」で起死回生のヒットを飛ばすのだから、安心してください。


夜の名神高速道路は事故が多いってえから心配だな
だいいち ぼくは無免許運転なのだ



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  1. 2016/05/20(金) 23:00:52|
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手塚治虫(52) 「ノーマン」

手塚治虫作品より、「ノーマン」(朝日ソノラマ刊)。
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初出は1968年の少年キング(少年画報社刊)で、最初の単行本はサンコミックス版で全3巻。
物語は33才になる主人公が体験した20年前の出来事の回想という形で紹介されるのですが、つまり13才の少年だった主人公は、中条タク
軍事物資を扱っていたために『死の商人』と怨まれている父の仕事の都合で、タクも両親と共に夜逃げ同然に東南アジアへ飛ぶのですが…一家で命じられた『北緯1度13分東経102度5分』の場所に向かうと、荒れ地の小屋に2人の男が待っています。彼らの1人はマルセイユの船員でルイ・ブードル、もう1人は英国人のデービッド・フライト。合計5人が揃うと、骸骨から肉体を得た男によって別の土地へ連れて行かれるのですが、それが現代の地球から時は5億年前、場所は月という、とんでもない所にワープさせられていたのです。

ちょっとやそっとのタイムスリップではなく、5億年前って…地球はカンブリア紀で、霊長類の出現よりはるかはるかに昔の事ですからね。ええ、何ともスケールのでかい話でしょう。
とはいえ当時の月は自然豊かな美しい星で、見慣れない生物も多いものの人類が存在して都市も作り上げていて、タク達は普通に会話も出来るのですが。彼らが連れて行かれたのはモコ帝国のカルカン砦で、何と着くなりタクの父親は毒矢で殺されて塩になってしまう。やったのは銀河の果てから来た爬虫類系の宇宙人・ゲルダン人のスパイだったようで、月はこのゲルダン星人からの侵略に脅かされており、それを阻止するために未来の地球から超能力者(エスパー)達を呼び寄せたのです。
そう、タクもまだ弱いながら超能力者で、念動力(テレキネシス)の使い手なのでした。ちなみに父がすぐさま殺されたのに加え、母は訓練中に心が乱れないため冷凍保存されています。

月でこの帝国を収める王子が、瞬間移動(テレポーテーション)能力を持つノーマン
この星では子供は試験管で生まれるため『親』という概念も愛情も知らず、タクとの初対面でいきなり『気ちがい』呼ばわりされていますが、それは環境の違いでしょうがない事です。
そしてこの名前!作品のタイトルになっている人物名ですが、ノーマン王子は決して主人公ではなく出番もさほど多くない。いわばサブキャラなのにタイトルになっちゃった珍しいパターン。今回載せてる単行本の表紙も、全てがタクの絵ですしね。

さてタク達地球人の他にも様々な星から、月の都で宇宙一美しいアローデ市に集まった超能力者達は"特殊訓練所"で修行をさせられるのですが、ここの同僚で紅一点のルーピというのが本作の可愛いヒロイン。スピカ出身で長い尻尾を持っており、細胞分裂で一瞬にして自分の分身を作り出す能力を持っています。
辛い特訓の中でも、タクとルーピのやりとりは微笑ましい。

敵の醜いゲルダン人ですが、これが…強すぎる。爬虫類の見た目のくせに科学力も高くて残忍なのに、分裂能力・変身能力・毒ガス能力・念動力・仮死ボールと5つの超能力を自由に扱うのですね。
現代の我々が見る月は穴だらけの死の世界ですが、こうなったのも原因はこの時代にゲルダン人が侵略してきたため月で大戦争あ起こり、その際に核爆発と放射能でいっぱいになって全滅したから…と、この事はノーマン王子も未来を映すタイム・ビューアーで見て知っているのです。主人公側が負けると始めから分かっている戦い、しかしそれでも決定されているモコ帝国の敗北と月の死滅を食い止め歴史を変えたい。そのための『ノーマン計画』として様々な時代・星から超能力者を集めており、タクもそれに巻き込まれた一人。

ノーマン王子が集め、特殊訓練所で腕を磨いている超能力者達を見てみると、
・所長のベガー少佐(月人) 再生能力
・ブッチ隊長(ハウンドロ星人) 音速能力
・メルス隊員(ブザール星人) 体が平たくなる能力
・ゴブラン隊員(ミゼル星人) サイボーグ二十万馬力
・ザロモン隊員(フォルン星人) 破壊脳波能力
・ルーピ隊員(スピカ星人) 分身能力
・ブードル隊員(地球人) 誘導能力
・フライト隊員(地球人) 透視能力
・中条タク隊員(地球人) 念動力
と、バラエティ豊かな人とそれぞれ違った特殊能力、これは正に戦隊モノですね。
しかも、9人の戦士達か…となるとすぐに石森章太郎先生の「サイボーグ009」が思い出されますが、手塚治虫先生は「ナンバー7」「白いパイロット」等、009よりずっと以前にチーム・ヒーロー物を描いていたのですよね。しかし本作はかなり後年に描かれた作品である事や知名度が低い事を考えると、当時としてもちょっと古かったのでしょうか!?
いや、でも初出から実に50年近く経った今読んでも面白い冒険活劇ですよ。もうちょっと評価されて欲しいものだと思うのですが。

単純に武力で押してくるだけでなく、巧妙に内部からズル賢く攻めてくるゲルダン人の手口、そして味方側からも敵のスパイに転ずる者も出るし…わりと複雑な展開でスリリングに進みます。
タクが一度敵の手に落ちた時、ゲルダン人の拷問を受けるのですが、それが酷い…気持ち悪い虫攻めとか、しかも何度も治療して繰り返すという!あとタクは、ある戦いで全身メチャメチャになって死にかけ、首から下をサイボーグに手術しています。主人公の少年が首チョンパしている絵はちょっと衝撃。

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特殊訓練所の超能力者達は"ノーマン・レインジャー"という精鋭部隊になり、当初はまだまだ弱かったタクの念動力も強くなっています。
そしてゲルダン人の前進基地に乗り込む等、最終決戦に備えて大きな動きを始めるのですが、ゲルダン星攻撃軍のグズボ総司令官なんてとんでもない化物が出るし、ゲルダン星軍への指令を出す中枢のコンピューターに捕らわれて対話する事になります。知識を求め続けている中枢は、タクの頭から母親の愛情を知るのですが、この事が後に物語に大きく影響します。

それからはクライマックスへと続く大攻防が開始されるのですが、これが一進一退、いやあきらかに不利な状況が続く戦いでノーマン・レインジャーも死者が続出するし、緊張感が高まります。本作は敵が強すぎますからね…それも滅びの未来を知っているからこその設定でしょうが。
ゲルダン人は月に攻め入るや非戦闘員の女や子供もなぶり殺しにして吊るしたりする冷酷さで、街が廃墟になって死体が転がる様は地球で言えば人体実験の意味も強く非戦闘員に原爆まで落としたアメリカ軍を連想します。宇宙でも名高い美しい都・アローデ市の史跡や文化財などは戦争とはいえ破壊するに忍びないと壊さないよう配慮しているあたり、アメリカ軍より良心的とさえ言えるか。
そういえばグズボ総司令官とベガー少佐の問答で、どちらが侵略者とかは立場によって違うのだし軍人は偉い連中が決めた事に文句言わず戦っていれば良いのだと、それが軍人の悲しさなのだと語っていましたが、確かにその通り。

もうゲルダン人に対して打つ手はゲリラ戦的なものしかなくなった月人ですが、ノーマン王子は非戦闘員達をまだ人類の誕生する前の地球に送る事にして、その護衛としてノーマン・レインジャーを付けました。よって、タクもついに地球に戻れるのです。
さらに都合よくタクと母は現代の地球にワープしますが、サイボーグの体になってるのはどう説明付けるんだろ。作品プロローグ部で、少なくとも33才まで普通に生きている事が分かっているし。
あと、そこでその時に地球へ降り立った月人たちが現在の地球人たちの祖先ではないか等の珍説も出て…
『地球人は月へいこうとしている なぜなら 月へいかなければならないからだ』として作品を〆ているのですが、くしくも本作が描かれた翌年にアポロ11号で本当に人類が月面着陸するのだから、面白いものです。


最終巻である3巻の巻末には1970年の短編「ドオベルマン」が収録されています。
これは1989年…つまり手塚治虫先生が亡くなった年に、朝日ジャーナルが藤子A先生の表紙にて追悼の臨時増刊したB5判の本「手塚治虫の世界」(朝日新聞社刊)の中で唯一再録された手塚漫画でもありました。
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当時はまだほとんど生きていた漫画界の大御所達がこぞって漫画を寄稿、もちろん他ジャンルの有名人達も寄稿しまくり、貴重な内容であると同時にいかに手塚先生の逝去が事件だったかも物語る増刊でしたが、「ドオベルマン」が再録されたのは手塚先生自身が登場人物となっているから、そして傑作短編だからでしょう。
新宿に現れたイングランド人で下手な絵描きのコニー・ドオベルマンと、その絵に秘められた恐ろしい法則を描いた傑作SFでした。

あとここの『手塚治虫〔ベスト20作品〕』のコーナーで漫画評論家の呉智英氏が「0マン」を紹介していて、その中で
『マンガは、連載と並行してリアルタイムで読むのが一番いい。次が、連載から少し遅れて、単行本にまとめられたものを読む読み方である。歴史上の作品となったものを後に読むのは、読まないよりはいいだろうが、それは知識を得たというに近い。作者と読者の時代の三者の相互関係が作品を形成している面があるからだ。』
と書いています。これは私も自分が読んできた漫画と照らし合わせても全く同感で、それだけに手塚作品をリアルタイムで一つも読めていない世代に生まれた(小学生の時は存命でしたが、手に入る児童誌や少年誌では描いてなかった)、そんな我が身の不幸を嘆いています。


かっこうだけでは抵抗はできんですぞ スン
要塞ができたって 武器がそろったって 負けるときは負ける!
かんじんなのは………………心じゃ
月を守り敵と死んでも戦うファイトだ
それがなければ どうしようもないわ



  1. 2016/05/15(日) 23:30:13|
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手塚治虫(51) 「ザ・クレーター」

手塚治虫作品より、「ザ・クレーター」(秋田書店刊)。
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初出はまだ週刊誌化される前の少年チャンピオン、1969年の創刊号から翌年まで連載されたもので、単行本は少年チャンピオンコミックスで全2巻。
これもいわば連作短編シリーズですが、前回の「ブラック・ジャック」のように登場人物や舞台など共通するわけではなく、それぞれが完全に独立した短編で17作品が描かれ、この単行本にはそのうち14作品が収録されています。となると当然未収録の3作品が気になりますが、手塚治虫漫画全集(講談社刊)等で簡単に読む事が出来て特にレア作品というわけではありません。

一応は怪奇系の作品で揃えている感じで、あと奥野隆一(オクチン)少年が多くの作品で出てきますが、これは普通にスターシステムのやつであって、別作品のオクチンは全く別設定の人。
実は短編漫画の名手でもある手塚治虫先生がこうして手がけた本作ですが、同時期に同じ秋田書店の青年誌の方・プレイコミックで描いていた短編連作の「空気の底」と比べてもキレがない感じは否めません。
悪くはないのですが、少年誌で全く売れなくなった不遇の時期に描かれた作品だからか…内容も暗くて悲惨な結末の話が多い。でも手塚治虫先生自身が本人役で何度も出てくるのは嬉しいポイントですね。

サスペンス作品でけっこうな傑作もありますが、私はこの中では『オクチンの奇怪な体験』が好きですね。
学校で何でも引受け屋をして金稼ぎに精を出しているオクチンが、急死(死因は原爆症!)した女の子の魂を何日か預かる事になる話で、少年漫画らしい設定でユーモラスに進みながらほんわかした感動を味わえる作品でした。

死んだと思われた臆病者が英雄に祀り上げられてしまう話は『墜落機』。
生きて基地に帰ったのに(発見者に『こじきみたいな男で自分はオクノだオクノだといっています キチガイのようですが どうしましょうか』とか言われててウケます)、もう一度死にに行かせて…という反戦漫画。

短編集のタイトル「ザ・クレーター」は手塚先生いわく『別に意味は無いのです』との事でしたが、最後の話は『クレーターの男』という題でした。
月面調査に行った男が月で動けなくなったまま身体がミイラ化しても生き続けて地球の最後を見守る悲しい話ですが、ブラッドベリ的な余韻の残るSFで、これも傑作。


しあわせ
それは時間とは関係ないもんだ
たった一しゅんの しあわせをつかむために
何十年も苦しむ人間もいる
しあわせって いったいなんだろう?



  1. 2016/04/29(金) 23:00:53|
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手塚治虫(50) 「ブラック・ジャック」

手塚治虫作品より、「ブラック・ジャック」(秋田書店刊)。
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初出は1973年から1978年の週刊少年チャンピオン(秋田書店刊)で、単行本はオリジナルの少年チャンピオンコミックスで全25巻。
主人公は奇蹟を生むと言われるほど神業的な技術を持ちながらも医師免許を持たないモグリの外科医ブラック・ジャック。いつも殺し屋のような黒マントをまとっており(真夏でも、沖縄でもハワイでも)、顔の左半分は皮膚の色が違ってツギハギになっている…て、超有名キャラクターなのでほとんど説明不要でしょうか。
それでも一度も読んだ事が無い方もいるでしょうし、チャンピオンコミックス単行本には『恐怖コミックス』と書かれているので、このちょっと前に同誌で描かれた「アラバスター」的に怖くて陰惨な内容かと思われるかもしれませんね。9巻まで行ってさすがに違うと気付いたのか(遅い!)、『ヒューマンコミックス』に直されましたが。

人気のピーク時をリアルタイムでは知らない我々後追い世代からしたら、『マンガの神様』と評されている手塚治虫先生といえば誰もが認める実績を持ち、そもそもが今も皆が読んでいる漫画の様式を作ったような偉大な方であり、ずっとヒット作を描き続けていたのかと思いがちです。しかし実はそんな事なくて1960年代後半くらいから人気に陰りが出来ており、当時の漫画の潮流から取り残されて編集者や読者からも『昔は人気があった漫画家』といった評価になっていたのですね。
そのまま数年の辛い時代を経て、虫プロ商事と虫プロダクションが倒産してしまった年…1973年に『漫画家生活30周年記念作品』を銘打った本作が、起死回生のヒットとなりました。
とはいえ連載開始時にはこれも人気は低かったのですが、回を重ねるにつれ評判になり、現在では膨大な数がある手塚作品全体で見ても1、2を争うほどの代表作となったのはご存知の通り。手塚治虫先生が得意としたスター・システムも最大限に利用されてほとんどオールスター出演がされていて、そこも手塚ファンにはたまりません。
それに実際に医者の免許まで取得していた手塚先生がついに描いた医学・医療漫画であり、生まれるべくして生まれた名作なんですね。膨大な量がある手塚治虫ヒストリーの中でも、最も人気が高い作品となったのではないでしょうか。

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1話完結の読み切り作品を連作方式で進めているのでどこからでも読みやすく、これがまた上手い短篇の見本みたいな話ばかりなので、とにかくまずは読んでみて欲しいところです。
最初は謎の医者として登場しており、エピソードの最後に
『ブラック・ジャック 日本人である以外 素性も名まえもわからない
 だがその天才的な手術の腕は神技とさえいわれている
 このなぞの医者は 今日もどこかでメスを持ち 奇跡を生んでいるはずである』

とか書かれていたのですが、徐々に正体が判明してきます。

本名は間黒男(はざま くろお)で、ブラック・ジャックを日本語に直すとブラックは黒・ジャックは男で黒男というわけです。
彼はまだ8歳の時に米軍演習跡地の不発弾爆発事故で死にかけるも、将来的にも恩師になる医師・本間丈太郎による手術で助かり、すさまじいリハビリで身体能力を回復した過去を持ちます。
体がほとんどちぎれたのを手術でつないだので全身には事故の傷跡が残り、髪の毛の右半分が白髪なのも事故の恐怖心から。顔の皮膚の左半分だけ色が違うのは、黒人との混血児だった親友のタカシが皮膚を提供してくれたから。その時の友情を大事にしているため、後にも別の皮膚と取り替える事は絶対にしなかったのですね。
実は正規の医科大学…三流大学らしいですが進学して教育を受け卒業していて、しかし様々な理由から無免許のまま、ガケの上の一軒家で外科医として開業します。ちなみにここの初めての入院患者は、広島で被爆した原爆症の大工・丑五郎。
スピードも正確さも外科医として世界一の技術に加え、人間の体の中で血管一本・神経一本でもどこを走ってどう絡みあっているか分かる頭脳と感覚、とにかく唯一無二の天才医師に成長した事は確か。そしてその腕の対価として法外と言える治療費を請求する。

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ブラック・ジャックの家族構成についても触れておくと、まず母親はブラック・ジャックと共に爆発事故に巻き込まれ、少なくとも息子は世界で一番美しい人だと思っていたその顔、そして両手足と声を失う状況になった上で後に死ぬという悲惨な人生でした。
しかも、その夫であるブラック・ジャックの父はそんな家族を捨てて愛人の蓮花を連れてマカオ(香港と記載の時もあり)へ逃げた…そんな彼は会社で成功を収めて蓮花と再婚しますが、息子の手術の腕に頼る事になります。
ブラック・ジャックにとって義母となった蓮花は後にハンセン病にかかり、崩れた顔をブラック・ジャックがある理由から実母の顔に整形するという、何ともドロドロした展開に。
蓮花の娘・小蓮はブラック・ジャックにとって異母妹。彼女は非業の死を遂げるのですが、まぁ1話完結で続く作品の性質上、登場人物が死ぬ事はやたらと多いのです。
元々没交渉だった父も後に死んで、ブラック・ジャックは正真正銘天涯孤独の身になります。

ブラック・ジャックが全編を通して母親に似ている女性を手助けしたり、母親を大事にしない者に厳しくしたり(逆に母親を大事にする者には優しい)といった描写で、冷血人間と誤解される彼の本当の人間性を現しています。
何度も襲われて銃弾に爆弾にと受けているし天災等で死に掛けたりもしているブラック・ジャック、騙された事も数え切れないほどありますが、
『おれは今日ほど 腹の虫がにえくりかえったのは はじめてだ』
と発言しているのは『もらい水』というエピソードで、患者が来ると母親を追い出してその部屋に入院させている手瀬間胃腸病院の家族に対して。最後は、
『わたしなら 母親の値段は百億円つけたって安いもんだがね』
のセリフで〆ます。
ちなみにこの話では『東北一帯にマグニチュード7.5の地震発生』して凄い事になっていて…この当時は2011年の東日本大震災など起こると予測出来たわけもないのですが、今読むとちょっとゾッとします。

そのように血のつながった家族は途中からいなくなったブラック・ジャックですが、一緒に生活していて本当の家族以上の存在であり、ただ1人の助手でもあるのが、ご存知…ピノコ
単行本第2巻の『畸形嚢腫』で初登場以降は、ずっと主要キャラとして登場しているヒロインでもありますが、その誕生は衝撃的。双子で産まれるはずだった片方が出来損なってもう片方の体内に包まれたまま産まれてしまい、脳や手足に内臓といった人体の部位が腫瘍のようになって成長する事があるらしいのですが、脳髄まで持ちながらも人間になれなかった肉体のクズを集めて、足りない部分を合成繊維で組み立てブラック・ジャックの持つ技術を駆使して誕生したのがピノコです。世に奇形児などは数あれど、ここまで奇形中の奇形は他にそう居ないでしょう。同じ手塚作品では「どろろ」の百鬼丸なんかも同レベルの奇形でしたが…
でもこれが舌足らずなしゃべりと『アッチョンブリケ』で有名なピノコ語、愛らしい見た目もあって手塚漫画屈指の可愛すぎるキャラとなったのです。合成繊維で作った顔のモデルは、医学雑誌に載っていたかわいい女の子の写真でした。勝手な行動や無茶をするピノコに振り回されながら一緒に暮らす事でブラック・ジャックは顔の表情も豊かになり、人間味を増しています。

そういえば体内に包まれていた時のピノコ。この世に誕生する前は念力やテレパシー能力を持っていて医師等を狂わせたりして手術を妨害していましたが、ブラック・ジャックの手によって摘出され人間として産まれてからはその超能力を失っています。『畸形嚢腫パート2』でその相手とだけテレパシー能力は使っていますが…
ああ、医師免許を持つ手塚先生の漫画なのでリアルな手術シーンとか医術知識が使われている事で知られる本作ですが、このようなリアリティのない超能力も複数のエピソードで出てるんですよね。

もっと言えばグマという伝染病の元になるクラゲみたいな地球外生物らしきヤツも出るし、イウレガから来た宇宙人、古代人のミイラを手術したり、霊魂が出る話もあるし…
ロボトミー手術から、頭がくっついているシャム双生児だの人面瘡、公害病で一つ目に指が三本だのといった奇形…「北斗の拳」のサウザー のように心臓その他の位置が通常の人間と左右逆になっている人まで手術しちゃってますが、そんなのは序の口か。明らかに人間の力では達成出来ないであろう手術も多々ありました。他人の腕の移植、脳の移植手術(馬の脳を人に移植するのもあった)、さらには人を自力で飛べる鳥人間に改造するとか、いくらなんでも荒唐無稽な手術を成功させています。
とはいえ失敗もあるし、『医者は人のからだはなおせても ゆがんだ心の底まではなおせん』というわけで、治したために破滅を呼ぶ事なども少なくありません。
それでも、『オペをやりおえたあと 登頂不可能な山を征服したように 満足感と快感で軽いメマイを感じるんですよ』と語っていた回もありましたから、望んで前人未到の手術に挑戦し続けるのでしょう。

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ピノコの他で重要な登場人物を見てみると、これが読みきり形式の作品なので複数話で登場するキャラはかなり少ない事が分かります。2話でも登場したら相当に貴重な存在と言えましょう。
そんな中でわりと何度も出ているのがドクター・キリコ
本作において外科手術の腕ではブラック・ジャックが世界一でライバルなどいないに等しいですが、それでもあえて本作中でライバルを挙げるなら彼でしょうか。ブラック・ジャック同様に黒マントの殺し屋スタイルで、左目に眼帯をした男。
ブラック・ジャックは大金を貰って患者の命を助けますが、ドクター・キリコは大金を貰って患者の命を奪う…というか希望者を安楽死させてあげるのですね。ずっと後の1998年に起こった『ドクター・キリコ事件』は、もちろんこのキャラクター名からきています。
妹のユリというのも登場しますが、こちらは安楽死に対する意見は兄と違っています。

そうだ、ブラック・ジャック本人が手術の腕で自分以上かもしれないと認めた人物が出た話もありました。
大体20ページくらいの短篇だった本作では珍しく90ページ越えの中編で『過ぎ去りし一瞬』。ある手術をした人にどうしても会いたくてエルサルバトルの村を突き止めて会いに行くと…引退した神父で神の声がどうこう言う腑に落ちない話でしたけどね。
あと、『音楽のある風景』で出てきたD国のチン・キ博士の腕もブラック・ジャックが素晴らしいと認めてましたね。

『B・Jそっくり』で出てきた、ブラック・ジャックが外科医であるのに対して、内科医版のブラック・ジャックと言える医師の黒松。こいつは風貌が「ドン・ドラキュラ」の伯爵でしたが、患者として出てきたチヨ子という少女がチョコラだったのもファンとして嬉しい。

あと盲目のハリ師(座頭医師)の琵琶丸は、手術という行為そのものに反対していてハリ一本で患者を治す…こいつはブラック・ジャックより凄いかも。
彼のハリを鍛えている鍛冶師はブラック・ジャックのメスと同じ憑二斉という共通点もありました。

もっと重要な人物としては、やっぱり体がバラバラになったブラック・ジャックを手術した命の恩人の医師・本間丈太郎。ブラック・ジャックが医者になるきっかけも彼であり、医者になってからもずっと憧れ尊敬していた人物でした。本作では早めに死んでしまいますが回想シーンで何度も出てくるし、遺族を陰ながら助けたりもしてました。
『人間が 生きものの生き死にを自由にしようなんて おこがましいとは思わんかね……………』
のセリフでもメチャクチャ有名な、この本間丈太郎をスターシステムで演じたのは「火の鳥」でも重要人物として複数の編に登場していた猿田。

あとブラック・ジャックに関わった女性関係を見てみると、まぁピノコは色んな意味で別格ですがそれ以外では何といっても如月めぐみの名がまず挙がるでしょう。
ブラック・ジャックの医大の後輩で、同じ医局で勉強しながら彼は全く気持ちを伝えないどころか冷たい態度を取っていましたが、めぐみが夜道を歩く時は必ずBJが100メートルほど後ろに付いて守っていた…って今だとストーカーとか言われるでしょうが、そのくらい大事にしていた女性。
しかし子宮癌のため医局員時代のブラック・ジャックが手術して、子宮と卵巣まで取って女性としての機能を失ったため男性として生きる悲劇が待っています。その涙の手術の前に、ようやく恋人として…(泣)

その後のブラック・ジャックは女性に興味を失くしたのか!?
いえいえ、女性版ブラック・ジャックだからブラック・クイーンだと呼ばれた女医の桑田このみ。あのブラック・ジャッククリスマスに"ジャックからクイーンへ"なんて書いたラブレターらしきものを渡そうとししていたのですが、わけあってその恋は成らず破り捨てますが。
次に彼女が登場する『終電車』で、二人は西武新宿線の上石神井駅行きの最終電車で再会します。このみは下落合にある病院に勤めていて、近くに住んでるマンションもある設定でした。

そういえば『スター誕生』では杉並井草なんていう、そのまま当時手塚先生が住んでた東京都杉並区井草から名付けたキャラが登場し、彼女もブラック・ジャックとすれ違ったロマンスを演じる事となるのですが…井草も西部新宿線(駅では下井草駅、井荻駅、上井草駅)ですからね、西武鉄道はブラック・ジャックと関連ありです。

あとあれか、可愛いガン患者の青鳥ミチル。これは手術させるために必要な事と判断して芝居でではありますが、あのブラック・ジャックが新郎衣装を着て結婚式を挙げ、終生愛することを誓う宣言して指輪まではめてあげているシーンは驚きましたね…

モグリの医者なので医師連盟などからは嫌われていますが、他に手塚先生本人がモデルの医者としてブラック・ジャックの医大時代からの対等な友人として出てくるし、他にも医者は複数いますね。兵庫県の遠阪峠に友達の山小屋があるし。

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さてこの「ブラック・ジャック」、初出の週刊少年チャンピオン誌で描かれたのは全242話だそうです。
最初の少年チャンピオンコミックスでしか収録されていない作品、その少年チャンピオンコミックスでも版を重ねる際に削除された作品、そもそも単行本化をした事がない作品もあります。
私はこのチャンピオンコミックスの他にも文庫版でも愛蔵版でも集めた(文庫のみ収録されているエピソードがあったりするし)、昔から大好きな作品なので1話1話見てどう面白いか語っていきたいくらいですが、さすがにそれは労力のわりに求められていないだろうからやめておき、友達と呑みながら語ったりするにとどめておきましょう。
そういえば2003年にブラック・ジャック生誕30周年記念企画でアタッシュケースに大型本グッズも入った仕様の「BLACK JACK LIMITED EDITION BOX」が発売されたのを覚えている方もいるでしょうか。あれでのみ収録されているエピソードもあって気になったのですが、値段が値段だったので当時は涙を飲んで諦めました。

そんなわけで読めてない作品も含めた全242話の中には、『ハローCQ』みたいに何度読んでも泣いてしまう作品から、はっきり言ってどうでもいいクソエピソードまでありますが、作品にムラのある手塚作品にしては総じてレベルが高い、既に書いたように良い短篇の見本みたいな仕上がりになっています。

『報復』では医師法違反で逮捕されたブラック・ジャックにピノコがカップヌードルとボンカレーばかり差し入れに持って行くのですが、ブラック・ジャックに『ボンカレーはどう作ってもうまいのだ』という無駄なセリフをしゃべらせています。
これは日清食品と大塚食品に宣伝費を貰っての事だったのかな!?そうだとしたら、このように世紀を越えて残る名作に入れた見事な宣伝という事にもありますが。天才医師が食べるのだから、体に悪いというマイナスイメージも払拭されたかもしれません。

『古和医院』で、目玉がでっかくギョロリと飛び出している少女・ツユ子が登場し、『おらァまた日野日出志のマンガかと思った』というセリフも出てきましたが、その日野キャラそっくりになってしまう病気はパセドー氏病という事で、現在ではバセドウ病と呼んでいる甲状腺機能亢進症でした。XのYOSHIKI様もこれに患った事をニュースで見た時はこのエピソードを思い出してドキリとしましたが、日野キャラみたいにならなくて良かった…

珍しい例が『ある老婆の思い出』というエピソード。
何と50年前にニューヨークでブラック・ジャックと出会い、彼の手術に立ち会った看護婦が当時を回想する話で、その時にブラック・ジャックが命を助けた新生児がアメリカの大統領になっているオチなのですが、残念ながら50年後のブラック・ジャックは登場せず。年齢的にはまだ生きててもおかしくないですが、さすがにオペはしてないだろうな…
ブラック・ジャックの過去を描くエピソードは多々ありましたが、未来は全然無いですね。

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あとちょっと語りたいブラック・ジャックと医師免許について…
本人が肩書きが苦手だからとか法外な治療費を請求するからとか、他にも様々な理由があるのですが、恩師の本間丈太郎先生を追放した日本医師連盟に敵対心を持っているのは大きいように思います。日本医師連盟会長が医師免許を差し出して手術をお願いしてきた時は、会長の目の前で免許をビリビリ破いてしまったし。

法外な治療費の件は、確かに安くても数百万円で億の単位に届く事も何度もありますが、相手が弱者だったり親孝行者だったりすると一円も貰わなかったり後で返したりしていて、本当にお金を稼ぐために手術しているのか疑問に思う事すらあります。患者や家族を試しているだけの事も多いんですよね。
手塚医師にがめついと言われて、
『がめつい?ほかの分野ならいざしらず…患者(クランケ)のいのちをかけて手術する医者が じゅうぶんな金をもらってなぜ悪いんだ!!』
と返したり、日本医師連盟に呼び出された時も
『わたしは医師連盟できめた料金なんてばかばかしくて あいてにしませんね
 わたしは自分のいのちをかけて患者を治しているんです それで治れば一千万円が一億円でも高くはないと思いますがね』
と言って平然としています。
それだけ信念を持って高い技術を使った手術をしていて、求められてやっているのだと。
患者が死にそうな時はいくらでも払うと言って料金も決めておきながら、治ってしまうと払おうとしない奴もごまんといて…まぁそれで人間性を描いて漫画のネタになるわけですが。

それでも確かに普通の医師より稼いでいますよね。
人間、ただ稼ぐ事自体が目的でそんなに頑張れるわけありません。それで稼いだ金の使い道が重要になってくるのですが、これまた様々な理由が判明していますね…
メインは、美しい自然が残っている島をあちこち買い取っている事かな。

あとはあれか、過去の事故の復讐!!
14巻になってようやく出てくる、ブラック・ジャックの重要な目的として復讐ですよ。早くから事故で大変な体にされて愛する母親も手足を全部もぎ取られて下腹に穴が空き、声もでなくなって死んでいった事は描いてましたが、実はその関係者『ひとりひとりに さりげなく慎重に計画した刑罰を与える』と決意していたのですね。
ブラック・ジャックは襲われたりして闘う必要がある場面では黒いコートの中に隠し持った道具で百発百中のメス投げをしていますが、これも学生時代から復讐を目的にダーツ投げで腕を磨いていたから。
で、そのずさんな不発弾処理で終わらせた事件の関係者というのは5人いる事を突き止めて、当時不発弾処理にあたっていた自衛隊の特別作業班だった井立原、現場責任者の姥本琢三まで処理しました。これで残りは三人…

あれ?そうです、この名作に難点を挙げるとしたら作者がこの復讐を忘れている事。この後その話は無かったかのように、全然出てこないまま作品は終わるのですから。
うーん、これって全くの他誌ですがちょっと前に連載されていて映画化もした「修羅雪姫」の影響で作っちゃった話だったりしますかね?復讐というテーマはもちろんのこと、二人目はやっと見つけたと思ったらとても復讐するような状態じゃなかったり、似ている部分もありますし。

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そんなわけで復讐は途中で放り出されてしまった本作。良く解釈すれば、ブラック・ジャックが二人目の時にその空しさに気付いて止めたのかもしれませんが、では最終回はどうだったのか。
この作品は毎度読み切りで連作になっているので、毎回最終回に出来るという所もあるかとは思いますが、それでも一応〆は欲しいじゃないですか。
あえて言うなら5年目の1978年に描いた『人生という名のSL』か。これが一旦週刊連載を終了させるための1本。
その後もたまに読み切りを描いて13話が追加され、実質は1983年まで続いた事になるのですが…その内容からしても『人生という名のSL』は最終回っぽい。

その前の『台風一過』で、あの丑五郎がどんな潮風にも台風にもいたまないようにとこしらえた石造りのブラック・ジャック邸がついに吹っ飛んでるし…
ちなみに最後にピノコが淹れてくれた朝のお茶を、何もなくなった家の残骸の所で頂くラストは後の1984年に公開された石井聰亙監督&小林よしのり原案・脚本の名作映画「逆噴射家族」とかぶります。

『人生という名のSL』の内容といえば飛行機内でうたた寝をしながら、ヒゲオヤジからドクターキリコに如月恵、もちろん本間先生などが登場し、最後に八頭身美女版のピノコが出てくる夢を見る、しかも死ぬ前に見た夢っぽい形で紹介されたエピソードだったので、まさに最終回っぽかったのです。ピノコとの会話も素晴らしく良かったし。
翌年からまた不定期で描き続けられたブラック・ジャックですが、作中の時系列はあてにならないのであの後で死んだのかどうかは全く分かりません。

チャンピオンで最後に掲載された243話目は『オペの順番』、チャンピオンコミックスで最後の25巻の巻末に載ったのは『流れ作業』で、共に全然最終回っぽくないですね。
この点は本当に残念だなぁ…その後、同じ少年チャンピオンで手塚先生が連載した「ミッドナイト」は個人的にあまり好きではないのですが、何度かブラック・ジャックが設定そのままで出てくるのは嬉しいポイントでした。その「ミッドナイト」の最終回(1987年)が、そのまま「ブラック・ジャック」の最終回でもあったと見る事も出来ますね。
結局はハッキリとしたブラック・ジャックの晩年とか末路は描かなかった事で、読者それぞれの心の中にそれぞれのブラック・ジャックが居るのです、と。

本作から生まれたリメイク漫画にドキュメンタリー漫画、オマージュの要素がある漫画など関連作品、それに漫画以外のメディア化した作品には触れませんが、偉大すぎる作品ならではの影響力は連載開始から実に40数年が経った今も残っています。


神さまとやら! あなたはざんこくだぞ
医者は人間の病気をなおして いのちを助ける
その結果 世界中に人間がバクハツ的にふえ
食糧危機がきて 何億人も餓えて死んでいく……………………
そいつがあなたのおぼしめしなら………


医者はなんのためにあるんだ


  1. 2016/04/24(日) 23:59:59|
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手塚治虫(49) 「アドルフに告ぐ」

手塚治虫作品より、「アドルフに告ぐ」(文藝春秋刊)。
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初出は1983年から1985年までの週刊文春なので手塚治虫作品としては後期にあたり、漫画主体でない週刊誌にて長期連載したのですね。単行本は、恐らくは一番出回っている文春コミックスで全5巻。
どこの図書館でも置いてる漫画としても、中沢啓治先生の「はだしのゲン」に次ぐ多さじゃないでしょうか。かくいう私も町の図書館に置いてあったおかげでかなり若い時に読めて、確か小学校の高学年だったと思いますが…まだ子供ながらに、本作の綿密な構成力や伏線の回収など、設定の凄さに驚いて感激したものです。
そのように不特定多数の目に触れる図書館で置いてある漫画のわりには、殺人にレイプに人種差別、拷問に陰謀等々と、人間の持つ負の側面がしっかり描かれたダークな内容ではありますが…それでもこれは広く読まれるべき名作だと識者が判断したのでしょう。
残念ながらゲンと同様に本作でも、日本軍の蛮行として何千何万もの一般市民を串刺しや試し斬りで惨殺していったとか、証拠も無い左翼の宣伝を事実のように決め付けるている描写があるので、そこが利用されただけだったら悲しいですが。

物語は第二次世界大戦前に始まり、狂言回しの日本人…ほとんど主役と言ってもいい峠草平がとして加わり、タイトルにある『アドルフ』の名を持つ三人を描いた作品。
現実の歴史と共に架空の人物を絡めて進む形式の物語なので、となると当然そのうち一人は世界一有名なアドルフ、つまりアドルフ・ヒットラー。ただしヒトラーは中心にはほとんど出てこなくて、主となるのはアドルフ・カウフマンと、アドルフ・カミル。手塚先生が創作した人物で、当初は日本の神戸に住む少年。
カウフマンはドイツ人外交官でナチス党員の父と日本人の母・由季江の間に生まれた子で、カミルは亡命して神戸に来たユダヤ人の両親を持つパン屋の子…二人は親友ですが、このナチスとユダヤ人、そしてこの時代では当然事件が起こるわけです。

作中一番のキーとなる一つの大きな秘密が、『ヒットラー総統はユダヤ人』だというもの。
強固な反ユダヤ主義を唱え、『ユダヤ人を地上から抹殺することが優れた人類社会を築く原則だ』などと演説し、もちろん本気で信じていたヒットラーがまさか…!?
その証拠となる機密文書は冒頭で峠草平の弟・勲がベルリンで入手したためにゲシュタポに殺されたのですが、それが日本に渡ったためにそれを巡って様々な事が起こるのです。

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成長したカウフマンはドイツのアドルフ・ヒットラー・シューレ(AHS)…つまりヒットラー学校へ入れられてナチ党の思想を叩き込まれ、ヒットラー・ユーゲント パトロール隊に編入されてユダヤ人の家や住人にマークを付け、さらには破壊や処刑までしています。そこでユダヤ商人の娘であるエリザ・ゲルトハイマーに一目ぼれするのは、日本育ちだからでしょうか。その後、日本へ亡命させます。
一方のカミルは小学校の恩師である小城典子先生から例のナチスの機密文書を預かる事となります。
この小城先生は特高からアカの疑いをかけられて、女性ながら何度も拷問されたりして作中で一番酷い目に遭ってたんじゃないですかね。全然美人じゃない地味な顔立ちな所がまた健気さを誘いますが…小城先生の事は省略しましょう。
そしてますます、機密文書を巡った陰謀が激しさを増してきます。

ここで一つ特筆しておくと、ナチスの思想(ナチズム)は当時の同盟国の事ながら日本人には理解出来ない所が多いじゃないですか。これを読んだ当時の私も反ユダヤ主義どころか、何で人種差別する人がいるのか全く分からなかったのですが、本作で最初に教えてもらいましたね。
正しかは分からないまでも、とにかくアーリア人種とは正反対の最低であるユダヤ人はドイツ国内に堕落と退廃を持ち込み、スパイをやってドイツを敵国に売って破壊を狙うとか信じていたのです。しかもその攻撃手段は堂々たる戦いではなく、ウソと中傷という卑劣な武器で大きくなる悪魔だとか。あとは以前の第一次世界大戦を引き起こし、ドイツを混乱に陥れた黒幕だとも思われていたようだし、ユダヤ人を世界から抹殺するのが正義だと信じていたのです。
いずれも、あまり他民族の脅威にさらされる歴史を歩まなかった島国・日本とはかけはなれ過ぎている感覚ですね。

そのナチズムの洗礼を受けてカウフマンは何と、ドイツで巡り会ったユダヤ人の親友・カミルの父親をその手で撃ち殺したりして、もう引き返せない所へ行っちゃってますが…ある活躍がヒットラー総統の耳に入って何と、謁見して一緒に食事、それからヒットラーの秘書に取り立てられて近くで仕えるのです。
その際にヒットラーのいい所を少しだけ見て、そして彼を精神異常者じゃないのかと疑わざるを得ない場面にも多々遭遇します!
カウフマンが秘書の見習いになってすぐに日本のママに宛てた手紙の中では、『総統は偉大すぎます あの方は世界最大の革命家で…偉人で天才で…近寄りにくい所があります』等々と書いてますね。恋人のエヴァ・ブラウンの事も普通に手紙で書いてますが、いいんですかね。彼女の存在はドイツ国民も大戦が終わるまで知らなかったと言われています。
それからカウフマンの手引きで無事に亡命して日本の神戸に到着したエリザは、同じユダヤ人のカミル一家が世話する事になります。そしてすぐにカミルとエリザは惹かれあうようになり、それが元で後にカウフマンとカミルの間にも確執が生まれる、と。

あとは細かい事は省略しますが本多大佐や息子の芳男、仁川三重子の事などドラマチックに話は進み、現実の歴史方面でもゾルゲ事件も発覚して、アメリカは日本人資産の凍結と石油の対日輸出禁止していわば兵糧攻めにし、日本を戦争に突き進めるよう操作しています。
それでいよいよ、1941年12月の歴史的な真珠湾攻撃です。ちなみにここでは真珠湾攻撃に関してはいわゆる陰謀説が採用されていて、つまりアメリカに日本の動きが全て察知されていたので、真珠湾はあえて奇襲攻撃をさせるためおとりの艦船をルーズベルトの命令で置いていた事になっています。
それを言ったら物語の核であるヒットラーのユダヤ人説もそうだし、議論されてる余地がある…真偽が定かでない謎の部分を、確証は無くともどれか使わなくては作品として成立しないのでしょう。

そのうちに峠草平とカウフマンの母・由季江が惹かれ合い、神戸のカウフマン宅で"ドイツ料理店ズッペ"をオープン。後に二人は再婚するのですが、そこに今やナチスに忠誠を誓って反逆者を狩りまくったので中尉にまで出世している息子、アドルフ・カウフマンが日本に帰ってきます。
しかもその目的は例のヒットラーの秘密文書を持っている峠草平だったのですが、まさか自分の義父になっているとは何という運命のいたずらででしょう。

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かつて親友だった2人のアドルフ少年…もう青年になっていますが、歴史の流れの犠牲となった彼らは神戸で劇的な再会を果たすも、かつてのような立場ではない。やはりナチスとユダヤ人、しかも2人共が愛するエリザをカウフマンが犯すに至り、もはや憎み合い殺し合う関係になってしまいました。

彼らは知りませんが、カウフマンが日本に帰った1945年(昭和20年)は終戦の年。アメリカ軍の爆撃機が日本本土を飛び回るようになり、一般市民達を無差別に虐殺しまくっています。
神戸も当然空襲を受けて、カミル家のパン屋"ブレーメン"は壊された上に母親も殺されてしまいました。アドルフ・カミルは叫ぶ、
『アメ公!! おまえらン中にもユダヤ人がおるやろ おったら聞け!! ようも同じユダヤ人を殺したな 最後に地獄の火で焼かれるのは おまえらやぞッ』
と。

もはや枢軸国の運命は風前の灯。
ナチスの最後も描かれますが、世界史における重要事項でもあるアドルフ・ヒットラー総統の最後に何と手塚治虫先生は脚色を加えていて、手塚スターシステムでおなじみのあのキャラが殺した事になっています!まぁこれはご愛嬌で、ちゃんと自殺に見せかけているので変化ないのですが。
「はだしのゲン」のようにページ数はかけずに淡白に終わっているものの、日本も連日爆撃されまくって国民が的にされて焼き尽くされている描写もあります。峠草平は崩れたカウフマン邸から由季江を救い出しましたが、隣人の焼死体を見て『お…となりの奥さん! よく焼けたなあ…』とか言ってますね。

物語の登場人物達を散々翻弄し殺してきたヒットラーの秘密文書は絶妙なタイミングでただの紙切れとなり、世界史上でも人類が犯した最大の罪業でしょう…アメリカ軍は日本へ原子爆弾を投下!
中心的に描かれた日本やドイツはもちろん敗戦国としての戦後が待っているのですが、全36章からなる本作の最後の2章はパレスチナに舞台を移します。パレスチナといえばナチス崩壊後にユダヤ人難民達が自分達の祖国だとしてイスラエル共和国を建国した地…そしてその地には既にアラブ人という全く異なる民族がいたために、これから長い長い紛争が始まる。
それは歴史の通りでご存知でしょうが、ここで問題はまだ生き残っている2人のアドルフ。アドルフ・カウフマンはナチの残党狩りから逃れてパレスチナ解放戦線に加わり、アドルフ・カミルはイスラエル側の将校になっていて、お互いが肉親を殺された憎しみを持って最終決着の場に向かうのです!

…三人のアドルフは全員死んで最後に峠草平が残っている事は、実はオープニングの時点でも分かっています。彼らの劇的な最後を見届けると、エンディングで1巻冒頭の墓参りに戻る構成でした。
今回はこれでも短めにまとめまたので書き足りない所も多いのですが、改めて「アドルフに告ぐ」は凄い作品だと思います。実は一度、この人物の背景にはこの生い立ちがあって云々とか心理描写がどうとか峠草平のロマンスについてとか、細かく書いたのを全部削除しました。作品が凄すぎるので、私のつたない文章で表現出来るわけもなく余計な事は書かなくていいな、と。

作中ずっとナチスの非道な迫害を受けてきた可哀相な被害者としてのユダヤ人が、戦後はパレスチナで『今じゃナチス以上に残虐行為をくり返し』ている事を書いているのもさすがです。『ユダヤ兵は笑いながら一人一人女を撃ち殺していったそうだ』とかね。ナチス残党狩りについても有名ですが、彼らも決してよく流されるイメージのような弱者ではない。

最後にタイトルの『アドルフに告ぐ』ですが、この言葉はラスト近くなってようやく2回出てきます。
まずはカウフマンがカミルとの最終決戦を呼びかけるビラで。2回目は、峠草平が執筆している彼らの思い出についての本のタイトルとして。その本で、『正義ってものの正体』を考えてもらいたいと。


たいがいの人間はいいヤツなんだよ 南洋の土人だってつきあってみると なかなか話せるっていうじゃないか
どの人種が劣等だとか どの民族が高級だとか…
あおりたてるのは ほんのわずかなひとにぎりのオエライさんさ…



  1. 2015/03/06(金) 23:59:21|
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BRUCEです。あだ名は大悟(DieGo)です。
大悟…つまり悟りを開くに至る道程にある事を表し、かつ神の映画「ドラゴンへの道」から頂いてのブログタイトル。同名の秘密結社も運営しています。

名作漫画紹介の形を借りて、自分の記録用に使っています。

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