大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)

名作漫画の紹介 ・・・個人的な旅の記録

藤子不二雄(80) 吉田忠 1 「藤子不二雄物語 ハムサラダくん」

今夜は吉田忠作品、「藤子不二雄物語 ハムサラダくん」(小学館刊)です。
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前回まで「ココ」「ココ」で、大好きな藤子不二雄先生の自伝的漫画「まんが道」を紹介しているので、次は当然これになるでしょう。
『藤子不二雄物語』を銘打っている作品なので、タイトル通りだとすれば藤子不二雄Ⓐ先生の目線以外から偉大な2人の人生を追う事が出来るわけですね。
作者の吉田忠先生...ヨシダ忠名義で児童向け漫画を数多く描いている方ですが、1944年の福岡県生まれで、何と藤子スタジオのアシスタント第一号でもあった人物という事で、この作品を描くにはふさわしいですね。アシスタントを辞めた後も藤子不二雄関連作品はけっこう描いていて、私も「ドラえもん全百科」等のドラ物くらいは買っていました。

初出の連載は月刊コロコロコミック(小学館刊)で、1977年の創刊号から1980年まで。
という事は連載開始時は藤子不二雄Ⓐ先生の自伝作品である「まんが道」のあすなろ編(少年チャンピオン版)が終わっていた時ではありますが、すぐに立志編(少年キング版)が追いかけて始まってしまっていますね。つまりご本人が描く藤子不二雄物語と同時に連載していた事になります。
もちろん藤子不二雄の2人以外の目線からなる『まんが道』にも、ファンなら興味がないはずがありません。むしろもっともっと色々な方々が藤子不二雄物語を描くべきだ!
単行本は、てんとう虫コミックスで全2巻。まだ連載途中の部分までしか収録されておらず、『第3巻につづく』と書かれているのに続巻が出なかった残念なパターンです。しかもある採用試験に作品を持ち込みした、いい所で切られて...

こちらはてんとう虫コミックスの裏ジャケ。同じ漫画家のライバルの影に追われていたり、2人の生み出したキャラクター達が銀河を渡っていたり。
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そんな尻切れのままだった「藤子不二雄物語 ハムサラダくん」の完全版(マガジン・ファイブ刊)が出たのは、てんとう虫コミックスの2巻が出てから何と27年後の2007年!今度も上下巻で同じ全2巻ですが、本の厚さは倍くらいになっています。
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この時は嬉しかったですよ...本作連載開始年に生まれた私はコロコロで描いてた時にはちょいと間に合わず、ハムサラダくん好きを公言しながらも旧・単行本収録文までしか読めていなかった私にとって正に幻の回が、最後までたっぷり読めたのですから。
しかも嬉しい事に、連載終了後の1981年と1982年に読みきりで描かれた『特別編』の2話も収録されているのですから!巻末にはヨシダ忠・ロングインタビュー&作品リストも載っています。
今度の裏ジャケ、上巻は旧1巻と同様に藤子キャラ達が銀河のやつが使われていて、
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下巻は、あの漫画の神様を背景にハムサラダくん達...って上巻の表紙とほとんど同じだ。
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さらにさらに!2010年3月には松文館からも全1巻の形で『豪華ワイド愛蔵版』として再復刻されました。
小学館から刊行していた藤子・F・大全集と判型はもちろん、装丁を表紙・裏表紙・背表紙の全てを模して出てきたこれの売りといえばマガジン・ファイブ版では原稿紛失していたため初出雑誌から複写していた特別編が、後に発見された原稿からちゃんと印刷出来ている事か。さすがにもうマガジン・ファイブ版が出た時のようなインパクトはありませんね。
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そんなわけで「藤子不二雄物語 ハムサラダくん」
内容を見てみると、主人公はもちろん2人の藤子不二雄。『こちらが藤本弘 そんでもってこちらが安孫子素雄』と、いきなり「まんが道」では出なかった本名での登場!
『偉大なまんが家 藤子不二雄とてきみたちと同じ ごはんも食べればトイレにだって行く。
 ……だが、今のようになるには きみたちとちがう何かがあったはずである………。』

として、すぐに少年時代の回想シーンに入ります。

やはりスタートは2人の藤子不二雄の出会いから、というわけで藤子不二雄Ⓐ(安孫子素雄)先生が富山県高岡市の藤子・F・不二雄(藤本弘)先生がいるクラスに転校してくる所です。
安孫子、藤本の本名が使われたのはほとんど連載開始当初だけで、すぐに安孫子は野菜好きなのでサラダくん、逆に藤本はハムとか肉ならいくらでも食っちゃうというわけでハムくんとあだ名も決まり、2人合わせてハムサラダくんになるのです!(その後は実の親までハムくん・サラダくんと普通にあだ名で呼んでいます)

それから2人は一緒に漫画家を目指し、オリジナル雑誌のマンガ少年を創刊したり、手塚治虫先生の「新宝島」で衝撃を受けたり手塚先生にファンレターを書いたり、毎日小学生新聞に自分達の作品「天使の玉ちゃん」が掲載されてデビュー作になったり...といった「まんが道」と同じ話が出るのですが、これは単純に同作を原作に使っているからというだけ。
それも別人からの視点で見れる良さはあるのですが、せっかく作者はアシスタント出身というのに「まんが道」で描かれなかった知られざるエピソードなんてのはほぼ無し。というか復刻単行本の巻末インタビューで、藤子不二雄先生に取材すらしていない事を告白しています。
そんなだからか、すぐに『藤子不二雄物語』だなんて言えないフィクションに作り替えてしまうのです。

そうだ、待ちに待った憧れの手塚先生からのハガキが届いた時は、ハムくんの母親がエプロン姿のまま走ってきて、授業中のクラスまで飛びこんでくるのですが、この話はこの後のゴリラ先生の対応も含めて感動エピソードでした。
それから兵庫県の宝塚にある手塚治虫先生の自宅を訪ね、仕事中の姿を見ると目の中に炎をメラメラと燃やしているのですが、この表現は「巨人の星」から来てますね。実際に吉田忠先生は梶原一騎ファンであった事もインタビューで告白しています。

はい手塚先生宅の訪問。ここまでで、これ以前に出ていた「まんが道」のあすなろ編に追いついてしまいましたね。あすなろ編は、すでにブラックな味わいの作品を描き始めていた藤子不二雄Ⓐ先生のクセが出ていてむしろ暗い絵柄だったのを、幼年向けなので絵を圧倒的に可愛いくして明るくテンション高く描き直した、といったのがこれまでの「藤子不二雄物語 ハムサラダくん」でしたが...
作者に取材せず「まんが道」を原作にしていたのだから、まだあすなろ編までしかなかった当時は続きを描けない!そこであとはオリジナル・ストーリーですよ。状況して墨田区三丁目の○○荘に住んだハムサラダくんを、梶原ファンなりのスポ根要素が襲います。メチャクチャ厳しい編集者と渡り合い、ハムくんが病気で血を吐いても原稿に付いた血をホワイトで修正して漫画を描き続けたり、またハムくんですが右手に釘が刺さった時だって血まみれで執筆を続けました。

『藤子不二雄物語』ならば、漫画家仲間たちも大事でしょう。
1番最初に登場した重要人物はジャンボ漫作こと細井万作。こいつは石森(石ノ森)章太郎先生がモデルかな。全然似てないけど、白雪姫のような美少女の姉(細井幸香)がいて、しかも亡くなるし...ちなみに彼女をジャンボ漫作の恋人と誤解した2人は、
『恋人がなんだ!恋人が!!』
『ぼくらの恋人は まんがだけじゃ!!』

と開き直ってました。

他に、ギャグ漫画の名手である風車かん平は、順当に考えれば赤塚不二夫先生がモデルでしょうか。 他に畑大輔...あれ、幅広い才能を持ちギャグ物SF物少女物と、次々に発表しているって、こいつも石森先生がモデル?
そしてアメリカ帰りのミスター竜こと福富竜太郎。こいつは誰がモデルかまるで分からない...いやそりゃそうだ、インタビューで勝手に作ったキャラだと告白していました。
あとは細井みち雄、春丘ゆり、ミッキー絵川といった漫画家たちが登場します。主役の2人が本名で出てくるのに、他は手塚先生以外は実名無しと、「まんが道」の逆パターンでした。

『がははは、なやみがふっとんだら、えらく快調だ!!』と言いながら描きまくるシーンは印象深い!このキャラで笑い声が『がははは』はないでしょう。
復刻版が出てついに読めた最終回は、ハムくん・サラダくんの母親が絡んだ感動エピソードでした。共に町内の団体旅行で伊豆へ行くので、上野駅で息子の元気な顔を見たいという手紙が来たのですが、漫画の仕事が迫っていて行けない。しかも編集長の命令で旅館にかんずめにされて描きまくる事になるのですが、実はその旅館はハムサラダくん達のお母さん達が乗る列車が窓のそばを通過する線路沿いの立地なのでした。
旅館の窓と列車の窓で、ハムサラダくん達は『日本一の漫画家になります』という横断幕をかかげて大粒の涙を流しながら手を振り、お母さん達は『ハム~~。』『サラダや~~。』と、やはりあだ名で息子達を呼びながら手を振る。短時間ながらの母子の再会で、物語は幕を〆るのでした。

既に書いたように連載終了後に描かれた読みきり『特別編』も2話が存在します。
最初のは、もう売れっ子漫画家になったハムサラダ先生の元に押し売り弟子が来る話。サラダくんは坊主にメガネで風貌同じですが、ハムくんの方は後のトレードマークであるベレー帽をかぶっていますね。
最後に小学館漫画賞に新設された児童部門で、記念すべき第1回に審査委員全員一致で受賞するまでに出世した藤子不二雄(ハムサラダ)先生が、過去のあるシーンを回想する話でした。
物凄い激情型になっていてやたらと大粒の涙を流しまくる、もう一つのまんが道!「藤子不二雄物語 ハムサラダくん」...これも読むべきです!!
(作中何度も2人が力を合わせれば...という描写が出てくるのですが、1987年のコンビ解消は吉田忠先生もショックだったでしょうね)


先生たちは まんがなんてと思うかもしれません、……でも。 でも ぼくにとっては!!
まんがは生きがいなんです。だれでも何かに挑戦するように、
ぼくは まんが家に挑戦したいんだ!! それがなぜ いけないんです!!
東京へ行って まんが家になるんです。



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  1. 2017/07/25(火) 23:59:35|
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藤子不二雄(79) 「まんが道」 2

藤子不二雄作品から、今夜は「まんが道」(中央公論社刊)の続きです。
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どういう作品かは前回の「ココ」で書きましたが、漫画家を目指す若者達を描いた『漫画家漫画』で、藤子不二雄Ⓐ先生の自伝的な青春漫画。
続きのストーリーを追っていきましょう。主人公である満賀道雄(=藤子不二雄Ⓐ、安孫子素雄)と才野茂(藤子・F・不二雄、藤本弘)の2人は富山県高岡市で高校卒業を間近に迎え、今後は2人で合作して『足塚茂道』のペンネームで漫画を描いていく事にした所から。

いよいよ学生生活最後となる卒業試験が終わり、2人でSF漫画「ユートピア」の100ページ原稿を完成させると、夜行列車で東京へと旅立ちました。9時間かかって上野駅に着き、西郷隆盛像の所で記念撮影していると浮浪者風のおじさんにカメラを盗まれそうになったりして、怖い所...東京の洗礼を受けるのでした。
次は飯田橋駅から少年画報社を目指し、今回の上京の目的である原稿の持ち込みに行くのですが、途中で最初で最後の福井英一先生との邂逅。到着した社内では馬場のぼる先生にも会っています。肝心の原稿を持ち込んだ結果は、編集長に作品の出来を感心されながらも雑誌に載せる漫画じゃないと言われ、プロとしての心得などを教えてもらいます。
さらに学童社を訪ねるのですが、学童社といえば2人の作品が載った唯一の雑誌である漫画少年を発行している所。今度は車内で永田竹丸、山根青鬼&山根赤鬼という同世代の少年漫画家達と会って。それからここの編集者に連れられて行ったのは豊島区椎名町...といえばそう、あのトキワ荘です!
ここで手塚治虫先生の部屋を訪れて、この神様に殺人的スケジュールの合間をぬって真剣に「ユートピア」の原稿を読んで頂けた上に、『とってもいいよ!!』と評されて感激の涙を流す2人。さらに単行本の出版社へ紹介してくれるとの言葉を頂くのですが、それが後に「UTOPIA 最後の世界大戦」として鶴書房より刊行されて、彼ら初の単行本となる事は藤子不二雄ファンには有名な話。

さて県立高岡高校を卒業した満賀と才野。漫画ばかり描いていた少年達がいよいよ社会に出るのですが、プロの漫画家になる夢を持ちながらも満賀は伯父の紹介で富山市の立山新聞に、そして才野も高岡市内にある製菓会社に入社するのです。しかし才野の方は、何と入社初日にその1日だけで自分は勤め人には向いていないとハッキリ分かって辞めてきたのでした!
ここからしばらくは、本作では貴重な満賀道雄のサラリーマン編です。初めての列車通勤と働く事の不安、同世代のイジワルな先輩、初日から取り残されて1人で立って涙を浮かべ...それでも変木という先輩と2人きりの図案部に回されると、一応は漫画にも関係ある図案の仕事なので実力を発揮し始めるのでした。

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満賀道雄は行く先々で女性に惚れているので、環境が変わるごとにヒロインが登場するのですが、この立山新聞時代のヒロイン1人目は同僚の芳野君江。満賀より1つ年下ですが、中卒で働いているので新聞社では先輩の、元気良くて優しく可愛い娘です。
仕事も徐々に任されるようになって自分が描いた広告カットが新聞に載るし、変木さんにも気に入られて初めての飲み屋街、そしえいきつけの"ふくや"にも連れて行かれて酒も覚えるのでした。まだ背広は抵抗あるようで学生服で通勤していますが、すっかりサラリーマン。図案の仕事は順調に上達していますが、一方で漫画専門で頑張っている才野とでは漫画にかける熱意の差が出てしまうです。

それでも電車内で自分を応援してくれていたのに死んでしまった桜井涼子に似た人を見かけたり、色々あって漫画の方でも才野だけに負担をかけてはいられないと休前日である土曜日の夜は徹夜してこの時期に仕上げた作品の1つが、「西部のどこかで」。これは冒険王(秋田書店刊)で採用されて、2人の記念すべき少年雑誌デビューとなりました。その後は冒険王の方から原稿依頼があって描いた「三人兄弟と人間砲弾」(三人きょうだいとにんげん砲弾)は、初めての長編読み切り別冊として発行されました。
それからついに、連載作品として「四万年漂流」が開始される流れになるのですが...そうそう、この「まんが道」は単行本化されていなかった初期の藤子不二雄作品を読む事が出来るのも嬉しいポイントです。

さて立山新聞の図案部で漫画の才能を活かして順調に働いていた満賀ですが、学芸部へ移る社命が下ります。
今度は賑やかな部署で、新たな先輩達との仕事…ここでまた色々とありますね。ラジオ欄を担当すると、初めて自分の書いた漫画でない原稿も新聞に載るようになりますが、この仕事で大ミスをしてギュウギュウにしぼられて泣いたり。
でも明るい方では、ここ立山新聞時代のヒロイン2人目・竹葉美子の登場!新入社員として学芸部へ来たのですが、稲妻走る背景に続いて入るナレーションから、この娘が満賀の初めての恋人にでもなるのか!?という盛り上げぶりです。高岡市を案内する初デートみたいな事もして舞い上がりますが、しょせんはチビでメガネの満賀道雄...後に、立山新聞社を辞めてもう一度勉強すべく早稲田大学に入学した竹葉さんが恋人にしたのは、同じく早稲田に通うため上京していた満賀の高校時代の同級生でしかも嫌な奴・武藤四郎でした。こりゃきついわ…

あとこの時期のヒロインといえば電車で見かけていた桜井涼子に似た人。彼女が車内に忘れて行ったヘルマン・ヘッセの短編集「旋風」(高橋健二が訳した新潮文庫版)に名前が書いてあった事から、名前は榊原良子である事が分かりました。同じ『リョウコ』とも読める彼女に運命的な出会いを感じる満賀だったのですが…
この女性は、いつの間にか物語からフェイドアウト。

学芸部ではラジオ欄の仕事を竹葉さんに引き継いだ満賀、今度は映画記者になります。映画を観て感想を書く、映画好きな満賀には嬉しい仕事ですね。私もクラシック映画(もちろん「まんが道」の当時は新作)が大好きなので、本作における楽しみの1つに映画紹介部分もあるのです。私も若い時に、ここで紹介される映画で知らない作品は探して観てました。
「駅馬車」「第三の男」といった映画史上の名作がどれだけ重要だったかとかはさすがに誰でも知っているでしょうが、今ではB級SFのカルト映画的な扱いになっている「遊星よりの物体X」が当時はこんなに扱い良くて傑作扱いされていたんだ…とか、勉強にもなります。

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さて、足塚茂道初の連載マンガとして「四万年漂流」を冒険王で掲載し、定期収入も得るプロの漫画家になった2人ですが...
満賀道雄が東京まで呼び出されて担当編集者の東山に会った所、人気がない事を理由に連載打ち切りを宣言されてしまいました!
この時の上京でまたトキワ荘の手塚治虫先生に会えて、そこからついに運命の出会いともいうべきテラさん、こと寺田ヒロオも紹介されるのです。このテラさんは、本作で満賀らの良き兄貴分として導いてくれる大切な存在。漫画家としてのテラさん自身の作品は現在では漫画マニアにしか知られていませんが、1950年代の「背番号0」「スポーツマン金太郎」等を連載していた当時は大人気の売れてる漫画家だったようです。
ちなみに「背番号0」は少年野球を初めて漫画に取り入れた記念すべき作品だと本作で説明されていますが、あれ?日本で最初の野球漫画といえば1947年から描かれていた井上一雄先生の「バット君」であると言われているし、後でテラさんの口から同作に大きな影響を受けている事が語られていますけどね。

それから才野と共に、漫画に専念するため地元の大新聞社である立山新聞社を退社。仕事に不満もないどころかやりがいもあったのに、安定した収入や大好きな女性よりも『まんが道』を選んだわけですね。
"ふくや"で送別会をしてもらって盛大に送り出された満賀、今度は今までサラリーマンとして使っていた時間を漫画に費やす事が出来るようになりました。年齢的には社会人ですが、才野と高岡古城公園で雪玉をぶつけあったりしてキャッキャキャッキャと騒いでる姿は子供そのもの...この童心が漫画家にとっては大事なんですかね。

で、次の段階としては上京です。やはり出版社の集中する東京へ行って勝負しなくてはなりません。そのために当面の住居として母・文子の親戚である両国の家…と、言っていますが住所は江東区森下町2-6。普通は両国といえば墨田区なのですが、区の堺で近いし森下より両国の方がメジャーな土地なのでそう呼んでいたのでしょう。当時は両国駅から、路面電車(都電)で森下へ行っていますが、あそこら辺に路面電車など今はありませんよね!
下宿代は2人で3食付き1月に1万円。漫画を描きながら新生活の準備も進め、昭和29年1月…いよいよ高岡から上野行きの列車へ乗り込みました。朝に東京へ着いた2人がまず向かったのは椎名町のトキワ荘で、早速テラさんに会って『フランスパンのメンチカツはさみ』をご馳走になりながら、有望な新人が次々と出てきているこの漫画維新の時代について語り合うのでした。(このフランスパンにはさむ具は、後に出る時はコロッケだったりもします)

この満賀と才野の上京を機に、テラさんは漫画少年に作品を載せている若手漫画家達を集めて『新漫画党』を結成!
最初のメンバーは寺田ヒロオの他に永田竹丸、坂本三郎、森安なおや、そして足塚茂道(満賀道雄+才野茂)で総勢6人。しかしノンフィクションに近い作品なで実在の人物が次々と登場してくるので、主人公の藤子不二雄(安孫子素雄+藤本弘)だけ本名でない事にだんだん違和感も生まれてきますが、まぁ気にしないでください。

訪ねたその日にトキワ荘のテラさんの部屋で頼まれた漫画の仕事を進めていると、目の前の"松葉"から出前のラーメンが届きました。彼らは東京のラーメンを大絶賛するのですが、今後この松葉のラーメンは何度も出てくるし、『ンマーイ!』と喜ぶ姿は、まんが道ファン以外にまで知れ渡っていますね。
『ここのラーメン いつ食べてもうまいなあ』『うん!ラーメンは松葉にかぎる!』とか、いつもベタ褒めなので椎名町に現存するお店にとって相当な宣伝効果があるのではないでしょうか。未だに再発され続けている名作に登場するという事は、何十年もず~っとタダで宣伝してもらえているようなもんですからね。
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そういえば、未だに腑に落ちない部分として新漫画党のメンバー達が松葉のラーメンを食べた後で腹ごなしにとトキワ荘(椎名町)から中野の哲学堂公園に散歩に行く話があります。でもこの距離は、軽く歩けるものじゃないと思うのです!
この時はメンバーが足りない野球チームに誘われて試合をすると、新潟で野球やってたテラさんが時速130キロの剛速球を投げたりしてメチャクチャ上手い事を紹介しているのですが...そこが気になってしょうがない。

トキワ荘で手塚先生にも会えて、そのまま池袋駅前の映画館に誘われてロバート・アルドリッチ監督の西部劇「ヴェラクルス」を観に行った事もありました。それから足塚茂道の2人には初めての立派なレストランに連れて行かれるのですが、この"WHITE BEAR"という店で漫画の神様と映画談義をしながら、出された料理が…まさかのビフテキ!肉と魚が全く食べられない満賀ですが、手塚先生にも馳走してもらった料理を残すわけにはいかないと、初めて飲み込むのでした。
手塚先生の部屋で1泊してから、ようやく向かった下宿先となる両国の家。そこで案内されたのは何と2人で2畳の部屋!この2畳の小さい城が、東京生活の出発点になるのですね。机に向かって座るともう背中が壁にくっつきそうになるので、ひっくり返って寝てしまう心配はありません。本当に寝る時は、机を廊下に出して布団を敷いて並んで寝るという塩梅ですね。
料理の話もまだありまして、この下宿で初めて出された朝食でアサリの味噌汁と納豆が出された事で衝撃を受ける2人。アサリも納豆も富山県では食べた事が無かったのですね…本作は藤子不二雄先生が過ごした昭和史を学べる書でもあるのですが、こういった歴史の影、流通が悪かった当時の食事事情なんかも楽しく知る事が出来ます。
この家の辺りは地盤が低くて大雨が振ると道路が水没していた、とかは下水道の発達以前だからでしょうか。

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順調に漫画家としての仕事を重ねて成長している足塚茂道。ついに当時の少年誌で最も古くて伝統があり、満賀と才野にとっても最高の権威と栄光ある憧れの少年クラブ(講談社刊)の編集部からも声がかかって漫画を描きます!
この少年クラブと漫画絵本の仕事依頼が急ぎでかぶった時に、上京以来初めて2人が別作品を分担して描くのですが…これが後に藤子不二雄が2つに分裂した小さなきっかけではあったかもしれません。

夏は蒸し風呂のようになる2畳の部屋で仲良く漫画を描き続ける2人ですが、ある時にトキワ荘を訪ねてテラさんにチューダー(ショーチューのサイダー割り)をご馳走になっていると、手塚治虫先生が暮らしていた部屋を出るという話を聞きます。
そして、その手塚先生が引っ越した後の4畳半、『トキワ荘14号室』に藤子不二雄先生が入れ替わりで入居する事になるのは有名な話ですね。(手塚先生は雑司ヶ谷の鬼子母神の近くにある"並木ハウス"に行きます)
お金が無くて敷金が払えず諦めかけた2人のために敷金をそのまま残してくれたり、漫画を描いてた愛用のテーブルもそのまま残してプレゼントしてくれたり…本作における手塚先生は人間的にも神様です。満賀は、こんな神様が自分達と同じようにパンと牛乳で食事をとる姿を見て、不思議に思うのでした。
その神様の言葉は重みのあるものが多いのですが、イメージと違い手塚先生は完徹はしない主義だと言います。
『完徹というのは長い目でみると けっして能率的じゃないんだ からだのためにもよくないしね……
 だからぼくは 2時間でも3時間でも 必ず寝るようにしているんだよ』

と仰っていて、分かっちゃいるのでしょうが満賀たちは完徹している描写が多い。

さて、5ヶ月住んだ2畳の城からトキワ荘の4畳半に引っ越して、その広さに感動する2人。
テラさんに引越しそば替わりのラーメンをご馳走してもらったら、
満賀『ンマ~イ! テラさん このラーメンどこのですか?』
テラさん『ああ これは松葉って すぐ近くの店からとったんだ 安くてうまいからラーメンは ここに決めてるんだよ』

と、またも松葉の宣伝をしているのですが...松葉のラーメンが美味い事は既出なのに、満賀道雄、というか藤子不二雄Ⓐ先生は忘れてたのかな。
トキワ荘といえば漫画界の梁山泊とかも言われて伝説になっているように、有名漫画家が数多く居住するようになるわけですが、もちろん漫画家以外の普通の住人も居て、最初の挨拶回り時点では左隣にかわいい姉妹が、右隣に水商売系のおばさんがと住んでいました。

初めての1人暮らし、いや2人暮らしネタで自炊してみたりの描写も楽しそうで良いですが、肝心の漫画の方はトキワ荘に引っ越しての初仕事が新雑誌・ぼくら(講談社刊)での連載用に描いた「海底人間 メバル」
仕事で出版社を訪れているうちにさらに仕事を呼んで、連載の他に同じ講談社の幼年クラブでは62ページ、さらには少女クラブで64ページの共に別冊マンガという大仕事も頼まれたり、もちろん今まで通り漫画少年の仕事もあるしで、売れっ子漫画家に近づいてきました。

トキワ荘の近所に菊菓堂というパン屋があって、そこでフランスパンと甘食を買った後で
満賀『さっきの菊菓堂のコ かわいかったなあ』
才野『おまえ 誰でもかわいいんだな』
なんて言ってたり、隣の部屋の姉妹ではどちらが好みだなんて話したりのほのぼのしたシーンの後で...売れっ子漫画家につき物ではありますが、かつてない締め切り地獄が2人を襲います。上記の仕事に加えてさらに増えてるし、62ページの下書きを全部書き直すように言われたりと苦難の道を歩むのですが...この状況にも負けずに『ぐわんばろう!』と2人で誓うシーン、乾杯みたいな感じでGペンをチーンと合わせています!
恐ろしい編集者の重圧に耐えながら丸3日も寝ずに漫画を描き続ける足塚茂道(満賀道雄+才野茂)は、ついに締め切りが迫った原稿を完成させるのでした。

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この頃になると、つのだじろう石森章太郎赤塚不二夫といった誰でも知ってる漫画家も作品に登場してきて楽しくなり、彼らのエピソードも興味深いですね。
しかし、こんなビッグネーム以上に鈴木伸一の印象が強い。風田朗のペンネームで漫画少年にも常連入選者だった彼が、下関から上京してきて仲間になるのですが、初対面の満賀と才野に向かってディズニーについて語りまくります。
『ぼくはディズニーのことを 好きだなんて気楽にいえないんです! ディズニーはぼくにとって神なのだから! 神様のことを気楽に好きだなんていえますか! ファンだなんてそんなミイちゃんハアちゃん的なんじゃないんです! ぼくはディズニーを崇拝してるんですよ』
といった具合です。彼も後にトキワ荘へ入居して森安なおやと同居生活をしますが、漫画を捨ててアニメーターへの道に進む事になる人物です。そして、藤子不二雄の両先生が使っているキャラクター、ご存知ラーメン大好き小池さんのモデルとなった方なので、本作でもそれっぽい顔で描かれていますね。
後にトキワ荘周辺に集まった彼ら、つまり鈴木伸一、つのだじろう、石森章太郎、赤塚不二夫、それに園山俊二も新漫画党のメンバーにも加わりました。その一方で、坂本三郎(坂本サブロー)は、漫画家を引退して新漫画党を抜けてしまいましたが。

満賀と才野が編集者に連れられ、トキワ荘を出た手塚治虫先生が住む雑司ヶ谷の並木ハウスを訪れる話があるのですが、この時に彼らが行った近くの鬼子母神・大鳥神社は、私もかつてまんが道の聖地巡礼として行ってみたら本作そのままに残っていて感動した覚えがあります。もちろんここで紹介されている参詣土産、東京では珍しい郷土玩具でもある『すすきみみずく』もありました。このように自伝的作品で実在する場所も出まくりですので、実際に行ってみるのも楽しいと思います。
ちなみに並木ハウスの手塚部屋にはピアノが置いてあって、ショパンの「雨だれの前奏曲」を弾いてくれてピアノの名手ぶりも披露していました。手塚先生が医師免許を持つ医学博士でもある事は有名な話ですが、編集者に『まんが家の余技をこえていますよ』と言われるピアノの腕前については知らない方も多いのではないでしょうか。

さて、足塚茂道として毎月の連載が5本にもなった満賀と才野ですが、1年半ぶりに田舎の高岡へ帰省する事に決めます。そう決めたそばから64ページの別冊を描く仕事まで引き受けてしまいますが、大丈夫なのか!?
上野発の急行夜行列車で10時間19分かかったという高岡に帰って懐かしがる2人。かつておなじみだった本屋の文苑堂に行くと店員さんが代替わりしていて、あのタコ顔の主人は体を壊している事が判明します。他の高岡大仏、古城公園と中にある射水神社と二つ山、銭湯の養順湯などは何も変わらず安心しますが...この帰省でネジがゆるみ、仕事が出来なくなるという現象が起きてしまいます。
各社から次々と原稿催促の電報が届くのですがどうしても間に合わず、ついに大量の原稿を落としてしまいました!自分のペースも分からず仕事を引き受けすぎた事を反省するも、時すでに遅し。もう足塚茂道は出版社から相手にされないだろうし、漫画家として終わってしまったのか。

ここでテラさんから暖かい手紙が届き、ようやく東京のトキワ荘へ戻るのでした。
もう漫画家に戻る事は出来ないだろうと諦めた2人は、テラさんに
『ばかっ!! きみたちのまんがに賭けた情熱はそんなにアマッチョロイものだったのかーっ!!
 きみたちはまんがに 命を賭けたのではなかったのかーっ!!
 それなのにたった一度の失敗で かんたんにあきらめてしまうのかーっ!!』

と説教され、励まされてどうにかふんばるのでした。

各誌の仕事を失った足塚茂道でしたが、ホームグラウンド的な存在の漫画少年がカムバック第一弾となる仕事依頼をしてくれました。依頼は漫画ではなくこの当時も既に下火だった絵物語の仕事ですが、西洋古代史(特にローマ史)に興味をもって資料を集めていた才野茂を中心とした史劇「十字架上の英雄」を描き上げるのでした。
この時、ついでに才野が高校時代に「ベン・ハー」を漫画化していた事を紹介していますが、その時の作品実物は現在"高岡市 藤子・F・不二雄ふるさとギャラリー"で公開しているので、観る事が出来ますよ。もちろん私も行きました。

もちろん本作では出来上がった「十字架上の英雄」を読む事も出来て嬉しいですが、これが漫画少年に載る事は無かった…
良心的な漫画雑誌で愛されてきた漫画少年ですが、売上げは伸び悩んで返本だらけになっており、ついに発行していた学童社が不渡りを出して倒産。漫画少年も廃刊してしまったのです!
森安なおやなど、その報を聞いて『キャバ キャバ キャバ キャバ』と狂ったように笑いますが、それもそのはず、森安氏は単行本を止めて漫画少年1本に絞ろうと決意して原稿を描いた矢先だったのです。
そして、他の新漫画党のメンバー達も...我々の世代では全く知らない漫画少年ですが、この雑誌がどれだけの存在だったのかは「まんが道」を読めばよく分かります。

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一から出直して持込をやる事にした足塚茂道、これを機にペンネームも手塚先生の影響から脱却して2人の名前から満才茂道と改名しました。
アンソニー・ホープの小説を原作にした「ゼンダ城の虜」を四年ブックに載せて再デビューし、今度こそ漫画界へカムバックしました。
ぼくらに満才茂道で連載も出来る事になり、新漫画党メンバーでの合作も頼まれて…皆でひと仕事終えた後に外へ出ると、夜中の上空に輝く飛行物体が現れて、まんが道の同志たちは驚くと、ここで藤子不二雄ランド(FFランド)版の全23巻、つまり週刊少年チャンピオン→週刊少年キングで連載した分が終了です。巻末には『まんが道 未完』と書かれているのですが、連載していた少年キングが休刊したために中途半端な所で終了した形なのですね。

この名作が、こんな所で終わってしまうのか…当時の読者はヤキモキしたでしょうが、1986年にNHKで「まんが道」が全15話の実写ドラマ化される事となり、4年ぶりの復活!
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1986年から1988年の藤子不二雄ランドの巻末連載で、「第二部 まんが道」の『春雷編』として全24話が描かれました。単行本は藤子不二雄ランドスペシャルで全2巻。
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内容はちゃんとキング編の最終回からの続きで、最後に頼まれていたぼくらの連載は「宇宙少年団」というSF作品で決まりました。当初は人気が出なかったこの連載ですが、途中からタイトルを「ロケットくん」に変えて成功するのです。
石森章太郎、赤塚不二夫の両氏と共に初めての寿司屋へ、それも銀座で行ってとんでもなく高い勘定を取られたり、いつも通り松葉にラーメンを食べに行ったらクラウディア・カルディナーレ似のグラマー・しのぶちゃんが店員になっていて憧れたり、鈴木伸一がトキワ荘を出て行くいく、等のエピソードが描かれます。

で、春雷編も終わって続きはまたずっと先の「愛…しりそめし頃に…」まで待たなくてはならないのですね。愛しりまで紹介するとまだまだかかるので今夜はここまでにします。
「第二部 まんが道」まででこれだけの巻数をかけても昭和史を丁寧にスローペースで追っているので、藤子不二雄のあれだけ数多いヒット作がまだ1つも登場していないんですよね。
あとはページ数の都合などで仕方ないポイントでもあるのですが、本作に漫画家になるための技術的な指導はありません。満賀と才野もいわば最初から絵が上手なので、どうやって画力を上達させるかとか漫画の描き方などより、漫画家がどれだけ忙しいかとかの描写が中心なんですよね。一般の読者はほとんどが漫画家を目指してるわけじゃないのだろうから、あえてそうしたのか。だからこそ、目指す夢が何の人であろうとも関係なく感動出来る、美しい青春物語になったわけです。

前回も書いたようにFFランド版の単行本だと本編の後に「藤子不二雄まんがスクール」が載っていて技術的な指導もありますが、これだけまとめて藤子不二雄ランドスペシャルから単行本化もされているので、そちらを入手するのもお薦めです。
あとFFランド特有の巻末マンガは、ここで連載の『新作まんが』が1~6、8~10、12巻で「ウルトラB」。13巻~23巻が「チンプイ」
それらは単行本で容易に読めるので、もっと嬉しいのは7巻の『特別読切 名作まんが』で「トキワ荘物語」。11巻の『スペシャル大読切!!』で「元祖 ウルトラB」ですね。

あと本作、「まんが道」はフィクションを交えた作品。
しかし藤子不二雄先生自身の手による純然たる自伝作品が活字本で存在します。それが「二人で少年漫画ばかり描いてきた 戦後児童漫画私史」(毎日新聞社刊)、これは後に文春文庫、日本図書センターからも復刊しているのですが、藤子ファンなら絶対に読んだ方が良い貴重な書です。
それと「トキワ荘青春日記」(光文社刊)、後に復刊ドットコムからも復刊した本も合わせて読むのが良いでしょう。
さらにトキワ荘関連の本は他の様々な方が書いていたりするので、それら藤子不二雄Ⓐ先生目線と違う角度から見たトキワ荘や漫画史と「まんが道」の内容を比較したりするのも楽しいと思います。

また、何故か今年(2017年)になって「まんが道大解剖」(三栄書房刊)というムック本も出ましたね。
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こちらは「まんが道」の歴史を分かりやすくまとめているだけでなく、大きなサイズでカラー絵や発掘資料に写真が見れて、藤子不二雄Ⓐ先生や本作では居ない事になってた実姉、担当編集者、さいとう・たかを先生などへの重要なインタビュー、代表作の「TOKYO TRIBE2」でテラさんというキャラを登場させている井上三太先生や他の方々によるトリビュート企画等々、さらに今まで単行本未収録だった「ぼくたちの夏休み絵日記」再録まである良い本だったので、まんが道ファンとして喜ばせて頂きました。


才野 おれたちはよかったねえ
まんがっていう こんなに熱中できるものを持てて……



  1. 2017/07/19(水) 23:59:20|
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藤子不二雄(78) 「まんが道」 1

藤子不二雄作品から、今夜は「まんが道」(中央公論社刊)です。
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二人の藤子不二雄のうち、今でいうでいう藤子不二雄Ⓐ先生側の作品。
自分が何でこんなに藤子不二雄作品が好きなのかって色々理由はありますが、その一つとして確実にこの「まんが道」があるから、とは言えますね。本作とは思春期に出会って何度も何度も読み返した、愛しの作品です。
藤子不二雄Ⓐ先生の自伝的作品なので、当然漫画家を目指す若者達を描いており、これが『漫画家漫画』の金字塔のような傑作となりました。青春漫画としてあまりにも美しい傑作なので、特に漫画家を目指していない方でも関係なく楽しめると思います。

初出の連載は複数の雑誌にまたがっているのですが、まずは1970年から1972年までの週刊少年チャンピオン(秋田書店刊)。ここで「チャンピオンマンガ科」という漫画家入門の連載を始めたのですが、それが4ページあるうち後半の2ページ分だけ、この時はカタカナで「マンガ道」のタイトルでした。そう、当初はこんなオマケ漫画みたいな扱いで掲載していたのですね。
ちなみにもう1人の藤子不二雄、つまり藤子・F・不二雄側はライフワークにして1番の代表作になった「ドラえもん」もほぼ同時期に連載開始しています。
また同ジャンル、つまり『漫画家漫画』としてはこのブログで大昔に紹介した梶原一騎原作&川崎のぼる作画の「男の条件」「まんが道」より2年ほど前に登場している作品ながら、このジャンルのクラシックになる事は出来ませんでしたね...

週刊少年チャンピオン版、後に『あすなろ編』と名付けられた部分は急な打ち切りとなった内容で中途半端な部分で終わるのですが、そこから5年ほども経ってからの1977年、週刊少年キング(少年画報社刊)でついに続編の連載が開始されるのですね。時代が変わって藤子Ⓐ先生の絵もポップになり、チャンピオン版とキング版における絵の違いも比べると良いと思います。
内容も自伝的要素が強くなって人気を博すのですが、これも1982年に掲載誌が休刊したために未完で終わり...ここまでのキング版が単行本では『立志編』と『青雲編』となり、今回の画像で使っている藤子不二雄ランド(FFランド)版で全23巻になります。チャンピオン版のラストは初めての手塚治虫宅訪問の部分なのですが、キング版の最初にここは重要シーンだからか5年後の絵柄で描き直しています。この内容が重複している箇所を、FFランドの単行本だと両方収録しているのも素晴らしいです。
ちなみに最初に出た単行本はチャンピオン版が新入門百科シリーズの1冊として出た「漫画家修行 まんが道」(秋田書店刊)で全1巻、キング版がヒットコミックスの「まんが道」(少年画報社刊)で全19巻。やはり、両方が読めるFFランドの単行本が良いですよね。本編が終わった後に『藤子不二雄まんがスクール』も連載されていて、本作の内容にもピッタリだし。(もちろんさらに後には、FFランドの特徴でもある巻末マンガもあります)
さらに4年ほどの時が経ち、1986年から1988年にそのFFランドの巻末における新作連載でキング編の続きが始まるのですが、これは『春雷編』。「第二部 まんが道」として藤子不二雄ランドスペシャル(中央公論社刊)で全2巻にて単行本化もされています。ここになるともうは絵の違いが一目瞭然で、主人公2人のビジュアルすら初期の面影がありません。背の高さや頭の形に尖った口等々、変わっています。

現在では第二部までも含めて全て読める単行本も出ていて、それだと中公文庫(中央公論新社刊)版の全14巻が一般的によく普及しています。ただし私のお薦めはGAMANGA BOOKS(小学館クリエイティブ刊)版の全10巻。これは初収録のカラーページも多いし、貴重なインタビュー等を収録した決定版ですね。絶版の単行本でなく新刊で良いという方なら、これを買えば全てOKです。
私の場合は旧版も複数種揃えているというのに、GAMANGA BOOKS版は素晴らしい内容なのでまた買いましたが…購入者プレゼントなども用意されていて、例えば1巻に封入されていたのは藤子不二雄Ⓐ先生が手塚治虫先生の住む並木ハウスを訪れて撮った記念写真。昭和29年...2人共、メチャクチャ若いです。
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さらにさらにの続編!「愛…しりそめし頃に…」というのがビッグコミックオリジナル増刊(小学館刊)で読み切りにて1989年と1990年に掲載。またここで長い時間が空いて...1995年から2013年までは連載作品として続いたのですが、この藤子不二雄史上で最長連載作品となったシリーズもこれで完結。
単行本は「愛…しりそめし頃に… 満賀道雄の青春」のタイトルで全12巻。巻末に収録されている当時の貴重な資料とかも嬉しいのですが、これはまたいつかにするとして、今回と次回くらいまでかけて紹介するのは「第二部 まんが道」までにしておきましょう。

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2人の藤子不二雄の歴史書でもある本作は主人公も2人居る事になりますが、それでも描き手は藤子不二雄Ⓐ先生なので安孫子素雄...ここでは満賀道雄が中心。まんが好きで絵が得意ですが、チビで暗くて赤面恐怖症で当然ながらクラス内のヒエラルキー最下層。そんな彼が疎開先の富山県下新川郡の細野村(ここは実在するのかな?)で昭和20年の終戦を迎え、同じ富山県の高岡市にある小学校へ転校すると、そこで自分より漫画が上手い藤子・F・不二雄こと藤本弘...じゃない、才野茂に出会うのです。初期はフィクション部分も多かったのもあるし、後に実在する人物が実名で登場しまくる本作ですが、この主人公2人が本名でないのは特筆すべき所。
満賀は高岡古城公園で才野に『将来かならず まんが家になる』という夢を聞かされたり、彼の描いている物などを見せてもらって大いに触発され、意気投合するのでした。昭和21年には高岡中学校へ進学して記念に2人で84ページの同人誌(肉筆回覧誌)・マンガ少年を創刊。近所の30人以上の子供達という読者を獲得するのでした。
昭和24年、2人は県立高岡高校へ進学し、いつもの高岡古城公園の二つ山に行くと...『おれたちの場所』で先に寝ている奴がいます!そいつが顔にまんが本をかけていたので取ってみると、そこで読んだその本こそが2人の運命を決めた一冊のまんが単行本でした。そうです、となれば手塚治虫先生の「新宝島」(新寶島)ですよね。この歴史的名作とされる漫画は史実通りにいけば昭和22年の作品ですが、発表から2年も経ってから富山県という田舎に届いたのか?いや、作者の記憶違いとかもあるだろうしフィクションも交えた作品なのでその辺りの細かい部分は気にしない方が良いでしょう。
あとここで「新宝島」を持っていた人物、このデブは大阪から高岡高校へ転校してきた激河大介。彼もまんがを、いやリアル・まんが...後に劇画と呼ばれる作品を描いている男でした。となればモデルはご存知、さいとう・たかを先生でしょうね。当時の富山県で藤子先生がさいとう先生と会っていた事実は無いでしょうが、繰り返しこの「まんが道」も初期はフィクション要素が強かったのです。

手塚治虫という目標というのもおこがましい、神様の作品に出会った満賀はある日、高岡市内の本屋・書籍 文苑堂に行くと…ああ、この本屋は本作で繰り返し出てくるのですが、仲良くもなって満賀を『まんがくん』と呼ぶようになるそこのタコ顔な主人がですね、
『あー たしかあんただったね コガネ虫とかサナガ虫とかいう まんが家の本 さがしとったのは……
 そのナントカ虫ちゅうまんが家の新本が はいったよ』
と声をかけてくれました。
そうです夢にまで憧れた手塚治虫先生の新刊で、1948年の「ロストワールド 前世紀」ですね。大あわての大興奮しながらこれを入手した満賀と才野は神聖なる儀式のようにこの本のページをめくるのでした。その後、まだ見ぬ手塚先生の姿を想像して描いた似顔絵と共にファンレターを出したら、何と直筆のハガキで返事が来た!手塚キャラと共に、文字がぐるっと外から中心に近づくように書かれたハガキ、これは現存しており藤子ファンの間で現在でもメチャクチャ有名です。2人の喜ぶ様があまりにも可愛くて読者も嬉しく思いますが、高岡古城公園の二つ山でこのハガキに誓ったのが、『おれたちも まんが家に!! なろう』という事。ここで本格的に漫画家になる志を高めて、その後は人生をかけてまんが道を邁進するのです。

高岡新聞の募集に応えて別々に描いた4コマ漫画を応募したら、満賀と才野共に入選。写真入で新聞掲載されるのですが、これが2人の生まれて始めて印刷された作品になりました。
それからあの伝説の『漫画少年』が創刊されたのを文苑堂で入手し、これにも漫画作品を応募するのですが…今度は才野だけが入選して作品も掲載され、満賀は敗北感に敗北感に打ちのめされる。これで2人の間に格差や軋轢が生じるのか!?
確かに1度は溝が出来た2人の関係ですが、まぁある事から解決。こんなので別れてしまっては後の藤子不二雄も無いのだから、良かったですねぇ。
それから高岡市政新聞の佐輪剛介社長に依頼されて原稿を描く事になり、ここで高校生にして初の原稿料をもらうのですが、その中身は映画の招待券でしたが。しかもここの社長が2人の目の前で警察に逮捕されて、初めての連載の話は立ち消えになりました...
本当のデビュー作は、毎日小学生新聞(毎日新聞社刊)。手塚治虫先生の4コマ漫画連載「マァチャンの日記帳」が終了したのを機に後釜で自分達の作品「天使の玉ちゃん」を送りつけて連載され、今度こそきちんとした原稿料もゲットしたのです!
その貴重すぎるデビュー作もこの「まんが道」で見れれば良かったのですが、これは当時のオリジナルではなく藤子Ⓐ先生によるリメイクですね。よって幻の作品だった「天使の玉ちゃん」ですが、2012年に上梓された『藤子・F・不二雄大全集』版の「UTOPIA 最後の世界大戦」に併録されており、私もその全貌を見る事が出来ましたよ。そしたら、玉ちゃんの姿が全然違っていたのに驚きました。
満賀は自作が掲載された新聞を教室でわざと落として2人が本職の漫画家になったとクラスでも話題になるのですが、10回目以降は載らなくなり、あっけなく打ち切られてしまいました。

そして高校生活最後の夏、2人は大旅行を決心して兵庫県の宝塚にある手塚治虫先生の自宅まで行くのです。
その時に旅行カバンに詰め込んでいった物なども記述があるのですが、のりまきずしのおりづめだとか、おかし一箱とか、細かい。腹痛・頭痛のクスリまで持って行く用意周到さですが、実際に藤子Ⓐ先生がこれらの記録を日記に付けていたので、遠い昔の記憶でしょうが作品に活かす事が出来て本作が生まれたのだし、自身が体験した昭和史、そして手塚治虫史としても価値があって勉強になります。
『手塚治虫!!その人こそ、このふたりの少年にとっての"神"であった!いや!このふたりだけでなく、日本中のまんが少年たちにとっても神であった!』
というように、何度も神、神と崇めているのですが、現在では誰もが知る手塚先生の称号・漫画の神様というのはこの「まんが道」の影響が大きいと言われています。
その神、こと手塚先生とついに会えた満賀と才野。その緊張、喜び、感動の描写が可愛いのですが、この辺りがチャンピオン版とキング版で重要する部分。両者を比べる事にもなりますが、キング版なんて手塚先生を想う所と初めて会う所で、手塚先生の御尊顔の背景が宇宙の銀河です!
初対面は果たしますが、手塚先生が新作「ジャングル大帝」の執筆にかかっていたため忙しくて会話はほんの少しのみでしたが、その仕事場を見学させてもらって感激。またその間に「来るべき世界」の原稿を見せてもらうのですが、400ページ作品だったその作品の原稿が1000ページもある。つまり1000ページの中から凝縮して削ったからこそあの傑作が生まれたのだと...大天才の陰の努力を知りショックを受け、大いに触発された2人は他の旅程は捨ててすぐに高岡へ帰って漫画を描きまくる決心をします。その際、慌てて間に合わせて描いた「ユートピア」他で30枚の原稿を手塚先生に見せなくてよかったと反省し、列車の窓から原稿を投げ捨てるのでした。

本作はキング版に移行し、ページ数が増えたので満賀道雄の漫画を描く以外のエピソードも増えてきます。中学に入学したばかりの時に教師による心無い言葉でチビである事への劣等感に傷付き、体力の無さを笑い者にされ…だからこそ才野茂との登下校や2人で漫画の事を話したり描いたりする時間が救いだったのです。
一方の才野も、小学生時代からノッポとバカになれてクラスのボスに殴られたりしており、その悔しさは漫画を描く事で晴らしていたのです。
『おれたちには まんがってすばらしい武器がある!
 ケンカには負けても まんがを描けば だれにも負けはしないんだ!』

と意気投合する場面なんかは、毎度胸が熱くなります。
ちなみに運動オンチの満賀は弟の鉄郎とテニスボールで野球をする事だけが只1つのスポーツなのですが、かなり年下の弟よりも下手。そして、
『満賀道雄のいばれる相手は、弟の鉄郎だけだった……。』
というナレーションが悲しくも可笑しい。

この「まんが道」を語る上で、避けて通れないのはヒロインの存在。いや、もちろん恋愛だのがメインの作品ではないのでページ数は少ないし、いきなりフェイドアウトするキャラもいますが、印象的な女性は何人か登場します。
最初のヒロインといえば、やはり高岡高校の同級生・桜井涼子(後の版では何故か霧野涼子に名義変更されました)でしょう。彼女はクラスの女王的な目立つ存在の美少女であり、当然満賀とは対極にある存在なのですが、卒業間近になって急接近。最初は口を聞いてもらえただけで舞い上がっていましたが、徹夜して描いた桜井さんの似顔絵を渡そうとしてワクワクして学校へ行くと、他のイケメンと一緒に下校する彼女の姿を目の当たりにして初恋は消えてゆくのでした…
ああ、桜井涼子のエピソードはこれだけでは終わりません。普通なら、地味でモテない男をからかっただけという展開になるのでしょうが、桜井さんは恋愛対称にはなるわけもないながらも、一生をかけた夢を持つ男として満賀を尊敬していたのは確かなんですよね。それで漫画に関係するある事を薦めてくれたり、卒業試験前にはクラスのいけてるグループが酒飲んでる所にも連れてってくれて初めての酒とタバコを経験したりもするのです。満賀の応援団長になる宣言もありましたね。
でも...高岡大仏の所で桜井さんが知らない男とキスしている所を目撃した満賀は、それはショックを受けて泣いたりもして…おかげで、
『そや!おれの恋人はこれや!おれの恋人はまんがや!!』
と目覚めて机に向かう、本作屈指の名場面が生まれるきっかけにもなったのです。(たま~に、このように富山弁と思われる言葉も出てきます)
その後、桜井涼子は卒業直前にある理由から自殺してしまいます。満賀は古城公園で泣きまくり、それが『少年時代に別れをつげる涙』となるのですが…

ところで満賀が場違いな、いけてるグループの宴会に参加した件には後日談があり、その時に一緒にいた武藤四郎がある脅しをかけてお金を請求してきました。それは、学校全体の支配者で影の校長とまで言われる牙沢騎八に口止め料を払うという名目だったのですが、当の牙沢はそんな事を知らず、つまり武藤という小物が大物の名前を使って立ち回っていただけだったのですね。
この危機を回避するため奔走してくれたのは、牙沢と同じクラスの才野。
『悩みがあったらいえよ!おれとおまえは まんがだけの友だちじゃないはずだ!』
という名言が記憶に残ります。歳と共にますます涙腺が緩くなった私には、何十回と読んだ「まんが道」をこうして読み返しても落涙しちゃうシーンだらけですよ。

こういった学校内でイジメられたりの人間関係エピソードは抜群に面白いのですが、満賀と才野の2人、本題の漫画の方ではどうなっているか。
久しぶりの肉筆少年雑誌・少太陽を創刊し、また商業誌である漫画少年へ、それから稿料が出る大人向け雑誌に投稿したりしながら腕を磨いていくのですが、ある時に才野からの申し出で彼らは別々の漫画を描くのではなく2人で1つ、合作をする漫画家としてやっていこうと決めるのでした。
そして、これこそが藤子不二雄という世にも珍しい漫画家誕生の瞬間ですよね。2人で1つのペンネームでも原作と作画に分かれて作業する人達ならいくらでもいるでしょうが、2人が同じような絵柄で一緒に作業を進めて1つの作品を描くのだから...これは何十年も経った今にいたるも見当たらないレベルの珍しさであり、それが数々のドラマを生む事になるわけですね。
合作するとなったら、2人で使うペンネームも必要です。そこで彼らは1番の憧れの人(いや神か)、手塚先生の名前から手を足に換えて足塚、下の名前は2人の本名から1字ずつ取って『足塚茂道』に決定するのでした。
(これは現実世界の藤子不二雄も同じ流れで、最初は何と手塚不二雄名義で漫画を投稿していましたが、さすがに手塚は止めて足塚不二雄のペンネームで単行本まで出していますね)

それから後は漫画家としての道を突き進んで行けば良いだけなのですが、この時代の富山県という田舎で漫画家だなんて道が普通は許されるわけもない。
まして長男で学校を卒業したら家計を支えなくてはならない2人...満賀には地方新聞社ですが立山新聞の代表取締役社長である鍋河大策という伯父がいて、卒業後はその新聞社に入るように命じられるのでした。あの時の誓い通り、プロの漫画家を目指して突っ走る才野との温度差が生じる事になってしまいますが...
彼らはプロの漫画家になれるのか!?

まぁ、あの藤子不二雄をモデルにしている作品である以上隠してもしょうがない、後に日本一と言える漫画家になるのであり、様々なジャンルに様々な影響を与え続けるのです。数あるヒット作の1つかもしれませんが、この「まんが道」だけを取っても影響を受けた作品なんて私がこれまで見ただけでもどれだけあったかわかりませんよ。
そうだ、派生作品の1つとしてこれを紹介しておきましょうか。大槻ケンヂと内田雄一郎による...ユニット名もそのもの、まんが道。これがリリースされた1989年当時としてはメチャクチャ珍しかった12cmCDシングル「ボヨヨンロック」。懐かしいと同時に未だにオーケン史上でも有数の有名曲ですよね。
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大槻ケンヂと内田雄一郎の他に、ボヨヨン1号から3号というサポートメンバーが参加しているのですが、あれこのギター音って橘高さんの...ああ、もうインタビューとかでバレているので書いちゃうと、1号から3号は橘高文彦と本城聡章と太田明。それじゃあ完全に当時の筋肉少女帯そのいままじゃないですかって?その通りです。
でも今になって思う所は大槻ケンヂと内田雄一郎、中学校時代からの付き合いで未だに一緒にバンドをやっている彼らこそまんが道、満賀道雄(藤子不二雄Ⓐ)と才野茂(藤子・F・不二雄)の関係を音楽の置き換えて地で行ってる人達なのかな。
いや、何か説明説明だけで長くなってしまいましたが、大傑作「まんが道」紹介の続きは次回に持ち越します。


これは まんがの持つ 不思議な魅力にとりつかれ、まんがに自分の未来を賭けて、
まんが道という、終わりのない道へ踏み込んだ ある、ふたりの少年の物語である。



  1. 2017/07/09(日) 23:00:25|
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藤子不二雄(77) 「切人がきた!!」

藤子不二雄作品から、今夜は「切人がきた!!」(集英社刊)です。
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二人の藤子不二雄のうち、今でいうでいう藤子不二雄Ⓐ先生側の作品。
前回の「ココ」で予告した通り、今回は「魔太郎がくる!!」の登場人物である『切人』を主人公にしたスピンオフ作品です。タイトルも「魔太郎がくる!!」に対して「切人がきた!!」なので期待できるのですが、実は表と裏の顔を持つ幼児・切人が出てくる以外に関連はないかな...
初出は1994年から1996年までのスーパージャンプ、とはいえ不定期連載だったので数は7話しかなくて単行本はジャンプ・コミックス デラックスで全1巻。

偉大なる藤子不二雄Ⓐ先生が描いてきた偉大なる魔太郎の歴史を見てみると、
・「魔太郎がくる!!」、1972年~1975年の週刊少年チャンピオン(秋田書店刊)
・「魔太郎が翔ぶ」、1981年のヤングマガジン(講談社刊)
・「切人がきた!!」、1994年~1996年のスーパージャンプ(集英社刊)
ですから、時代は1970年代~1990年代、しかも少年誌の主要3出版社で描いている事が分かりますね。あとは是非いつか4社目・小学館の雑誌でも続編とかスピンオフを…

で、今回の「切人がきた!!」では切人が出ていながら魔太郎と関連がない事を書きましたが、しかも苗字も阿部から須麻に変わっているんですよ。つまり今回主人公に抜擢された切人は、須麻切人。
母親の名前は出てきませんが、阿部姓でなければ阿部真理亜、つまりアベマリアにならないじゃないですかね。それでもキリストと聖母マリアの関係は変わらないか。切人のパパも本作では単身赴任しているとの事で登場は無し。しかし、その友人で切人の正体も知ってるらしい『足長おじさん』というのが出てきて、その権力・財力でサポートする事があります。
あと「魔太郎がくる!!」時代に3歳だったのが、今回は1歳3ヶ月という設定になっているので、もしかしてこの後に何らかの事情で姓が変わり、魔太郎に会う...つまり本作は前日譚となっている事も考えられますか。
それか、ただ単にスターシステムで使用されたキャラというだけなのか…

背景の説明はこれくらいにして、本作「切人がきた!!」です。まず魔太郎時代から20年も経ってからの藤子Ⓐ作品なので、あの時代の禍々しさは消え失せておりまして、90'sの藤子Ⓐ絵になっています。って、我々ファンは一瞬で違いが分かるのですが、イメージ出来ない方もいるかと思います。
まぁ「笑ゥせぇるすまん」における週刊漫画サンデー版と中央公論版の絵を比較してもらうと時代的にも「魔太郎がくる!!」、と「切人がきた!!」の関係に近いかな。

オープニングで切人の家を訪ねてきた青年は、切人のいとこに当たる甘井一雄。24歳の平凡な新人サラリーマンですが、おばさんの団地に下宿させてもらうため来たわけです。ちなみに切人らが住むその部屋番号は『666』なのだから、いいですな~。ここで切人ママの旧姓が甘井だという事が判明しましたね。
この甘井一雄が、名前の通りアマちゃんなので社会の荒波、クズの洗礼でやられている所を、切人の魔力で助けてもらうのが通常パターン。ええ、切人の陰湿な性格は一応そのままなのですが、親戚だからか甘井一雄に対しては守護神のようにふるまっています。
藤子不二雄Ⓐ先生の持論というか人間観というか、大抵の社会的地位のある人々が裏では卑怯なカス人間じゃないですか。それを分からずに貶められる甘井一雄、それを見抜いて助ける切人。これだと魔族の能力を正義に使うアンチヒーロー物ですね。

あと切人といえば「魔太郎がくる!!」におけるヒロイン・南由紀子の妹である由津子に恋してメロメロだったじゃないですか。それが本作でも南家のユッコ、という風貌も同じ幼稚園児が出てきて…のエピソードがあります。
魔太郎でにおける『こ・の・う・ら・み・は・ら・さ・で・ お・く・べ・き・か』的な決めセリフは、毎回同じじゃない上に話数が少ないのもあり定着してませんが、『インガオーホー オモイシレー ウーラー』とか出しています。
悪い偽善者はハッキリとぶち殺していますが、これは魔太郎の殺人エピソードのように改編されないかな。まぁ、元より青年向け雑誌に描いているのだから大丈夫かな。


ヒ・ト・ニ・ア・ダ・ナ・ス・ウ・ツ・ケ・モ・ノ
ウ・ラ・ミ・ツ・ラミ・ノ オ・モ・イ・シ・レ!!
ウーラー



  1. 2017/06/15(木) 23:59:47|
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藤子不二雄(76) 「魔太郎がくる!!」 4

藤子不二雄作品から、今夜は「魔太郎がくる!!」です。
かつて...ああ、日付を見ると驚くべき事に11年も前ですが「ココ」「ココ」「ココ」で、既に紹介していますね。でもこれは私のバイブルみたいな作品なので、設定や絵の良さはもちろんの事、大好き過ぎてどこもかしこも語りたい、1話ずつ解説していくかとも思う所ではあります。
こんなに好きになると、この回は手を抜いているとか話のオチがイマイチだとか、そういう事は関係無しに魔太郎が出て動くだけでもうOK。思い入れがあればキャラと雰囲気だけで漫画はこんなに楽しいんだと分からせてくれる作品でもあるのです。
描き直されている箇所も目立つ作品なので初出時と改編時の比較とかもしてデータベースなんか作りたい気持ちもありますが、でもやっぱりまだ、そこまで細かい事はしません。ただ、前の紹介時には小さくちょっと載せるだけだった単行本の画像をちゃんと載せておこう、というだけです。

まず背表紙で見せると、重要な所でこの4種類だけアップしましょう。
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最初はこれですね…1973年から刊行された秋田書店のチャンピオンコミックス、全13巻。
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これがほぼ初出時のままのオリジナル版なので、最重要の最強コミックス。少年向けのマンガとしては殺害の手口や凄惨さがヤバかったのでしょう、これ以降の再発版では描き直されたり欠番となったりしている話があまりにも多いですからね。
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次に1987年から出た、おなじみ中央公論社の藤子不二雄ランド(FFランド)版。
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ここから『新編集 魔太郎がくる!!』として、そうです新編集で内容を改変しまくっちゃったんですね…比べると修正や、丸々削除されたエピソードもあまりにも多い。
でもFFランドなので巻末の新作連載漫画などがあるし、同時収録の作品も入れて全14巻と増えています。基本的に改悪といえる新編集ですが、わずかながらチャンピオンコミックスに入らずこちらに入っているエピソードもあるのが憎い所。完全版等が出ていない現在、少なくともこの2種類は持っておく必要があるでしょう。
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その次が1997年に中央公論社より出た中公文庫コミック版で、全8巻。
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ついに出ちゃいましたよ文庫で…という以上に、ここからは私も刊行時にリアルタイムで買っていたのでよく覚えているのですが、上記の2種類はとっくの昔に絶版になっていて、この時代には「魔太郎がくる!!」自体が激レア作品だったのですね。
古本屋巡りが趣味の私はそれなりに金かけて入手していたものの、普通は私の世代以降だと読めなかった作品が名作マンガの文庫ブームがあったおかげで普通の人にも読めるようになったのです。
小さい版型になった不満はともかく、内容はFFランド版に準じていて、しかも数々のエピソードが削られたFFランド版よりもさらにちょっと削られての全8巻でしたけどね...私はこれも毎度新刊で買いましたよ。
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それから4度目の単行本化が、1999年。オリジナルの秋田書店・チャンピオンコミックスからなのに、『新装版 魔太郎がくる!!』として改悪されて出た全12巻。
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FFランド版だけで読めたエピソードすらも削除されていて、オリジナルのチャンピオンコミックス版を持っている人には特に価値がないといえばないのですが、一応はチャンピオンコミックス版をいじったデザインの表紙になっていて、コレクター気質がある方ならば買う気になるでしょうね。
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で、その後…5度目の単行本化は2002年に嶋中書店のアイランドコミックスPRIMOで全12巻。これが廉価版で、いわゆるコンビニコミックになっちゃったんですね。
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それほど魔太郎が身近になったというわけで嬉しい事ですが、すぐに痛む読み捨て本のイメージが強いペーパーバック本なので、悲しさもあります。しかも私みたいなファンは当然それも買い直すわけですが、メジャーなタイトルじゃないのでそのうち近所のコンビニにも入らなかったりで入手出来なかった巻もあります。まぁ、内容は全部知っているので焦ってもいなかったのですが、こうしてブログでまとめるとなると今さらながら欲しくなってきました。

次の2004年にブッキングから出た藤子不二雄Ⓐランドの全14巻なんて、FFランドと表紙デザインも同じだしいわば改悪のみの本で買う気がしなかった...
それからも秋田書店の秋田トップコミックスW、小学館のMy First Big SPECIALと、コンビニコミックの形で何度も再発されて、ますます容易に入手出来るようになりました。
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でもまだ、上記のどれにも収録されていない『魔太郎の生い立ち』という番外編エピソードが存在していて、読むには今の所初出誌である少年チャンピオン1975年46号を手に入れるしかありません。なのでそれを含めて全作品を収録し、改変された箇所も両バージョン共に入れた完全版の出版を、私はず~っと待ってますよ!
あと1981年になって何とヤングマガジン(講談社刊)で描かれたのに、たった2回での打ち切られた続編「魔太郎が翔ぶ」。これは1990年に「愛蔵版 藤子不二雄ブラックユーモア短編集 第2巻 ぶきみな5週間」(中央公論社刊)に収録されていますが、これもまとめて欲しいですね。
そして「魔太郎がくる!!」の登場人物である切人を主人公にした1994年のスピンオフ作品「切人がきた!!」ですが、これは単独で単行本化もしているので、次回にでも紹介しましょう。


メラメラメラ
こ・の・う・ら・み・は・ら・さ・で・ お・く・べ・き・か……



  1. 2017/06/10(土) 23:00:25|
  2. 藤子不二雄
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Author:BRUCE
BRUCEです。あだ名は大悟(DieGo)です。
大悟…つまり悟りを開くに至る道程にある事を表し、かつ神の映画「ドラゴンへの道」から頂いてのブログタイトル。同名の秘密結社も運営しています。

名作漫画紹介の形を借りて、自分の記録用に使っています。

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