今夜紹介する作品は、
田中憲先生の
「妖怪人間ベム」(
講談社刊)です。

おっと、どうせほとんどの人が
「妖怪人間ベム」といえば、あの
『早く人間になりたい!』のテレビアニメを思い出すでしょう。
あれは私も少年時代に再放送で観る事が出来て、アニメ作品としては私のNO.1じゃないかってくらい好きだったのですが、主人公達が人でも怪物でもない異形の生物…つまり妖怪人間!
まだ小学校低学年の時に胸をときめかせたアニメでしたが、考えてみたらあの当時から私は異形の者を愛していて、
日野日出志マニアになる要素があったという事ですかね。
それか逆に、アニメの
「妖怪人間ベム」によってそういう精神を学んだのかもしれません。
彼らは醜い顔はともかく、主人公達が三本指なんですね。それが現在は再放送されず、カルト化している理由でしょうか。
もちろん、差別の意図じゃなくても現在では差別用語になっているセリフもたくさんあるでしょうし…
第四話目はタイトルが
「せむし男の人魂」で、その通りにせむしな男が精神異常者でもあり、ベラに倒されるのです。
このアニメ版に関しては私も子供の頃の記憶でしかなく、しかも当時はコンプリート意識もないので観てない回も多いでしょうし、そもそも記憶が薄れています。
しかし、最終回が衝撃的だったので覚えてますが…
醜い姿をしていながらも人間より美しい心を持ち、そして人間を守ってきた主人公達は、最後まで報われず最終回で人間に焼き殺されるのですよ!!
いや、もしかしたら助かっていたのかもしれないと思わせてはいましたが…衣服だけ残して姿を消す謎の多いラストでした。
今や放送されないアニメーションより、名曲な主題歌の方が有名でしょう。
♪闇に隠れて生きる〜俺達妖怪人間なのさ〜
人に姿を見せられぬ〜獣の様なこの体〜♪
というあれですが、わりと近年に
大槻ケンヂ氏も
電車(ってバンド)の2nd アルバムでカバーをしてました。
一般的には
嘉門達夫氏によるパロディ曲
「業界人間ベム」の方が、より有名ですかね。
--------
そんな
「妖怪人間ベム」ですが、実は漫画版が存在するのです。
だからこそここでアップしているのですが、しかも今回のジャンルを見て下さい。
その漫画版を描いた
田中憲先生というのが、何と
ガロ出身なんですよ!!
1965年に投稿作品がガロに掲載されたのを機に漫画家になる事を決意して、それからは3年後に講談社漫画賞佳作入選から、
週刊少年マガジンでプロデビューの
「御犬様地獄」連載開始という肩書きなので、まぁ多少強引ではあるのですが…一度でも載ってしまったらガロ出身の烙印を押しちゃっていいでしょう。
この田中憲先生は、現在も
田丸ようすけとペンネームを変えて、しかも青年向け漫画家に転身して活躍されているというから、嬉しいではないですか。
最近の作品は全然知りませんが…絵が上手く、当時は期待の新人として扱われていたようです。
この漫画版
「妖怪人間ベム」は、月刊漫画誌として人気を誇った
ぼくらの別冊ふろくとして1968年〜1969年にかけて全9話が掲載されたのですが、何と初めて復刻して全1巻の単行本となったのが2002年。
それまでの年月を伝説の名作として語り継がれていたのですから、アニメ以上のカルト作品と言えるでしょう。
それも、これは単なるアニメ作品のコミカライズではなく、アニメとほぼ同時期に、むしろ放送に先駆けて掲載したメディアミックス戦略だったのです。
基本設定の資料しかないままに想像で描くから、アニメと全く違う作品になる危険性が高いのも面白い…この手で作家性が強すぎたのが
永井豪先生の
「デビルマン」でしょうか。
では、とにかく物語を追ってみましょう。
まず主人公達は、リーダー格で大人の男性姿の
ベム、大人の女性姿で鞭を使うのも性格もサドっぽい
ベラ、そして子供の姿そのままに好奇心が強く、事件に巻き込まれがちな
ベロ。
ベム、ベラ、ベロですね。
普段は人間に近い姿をしていますが戦闘時は変身し…いやこちらが本来の姿ですが、三本指で指先には鋭い鉤爪を持つ爬虫類系の醜い姿になると、様々な超能力を使えるのです。
一話目でベロは誘拐事件から救い出した少年と仲良くなり、友達の誓いをします。
しかし誘拐犯人から彼を助けるために、人間姿の二倍の力が出せる妖怪人間姿に変身して戦ったため、ベロも怖がられてしまう…いきなり悲しい話。
それだけ不遇なキャラクターを全面に押し出した物語なんですよ。
次に、アニメ版では描かれる事のなかった妖怪人間達の
『誕生の秘密』が分かります。
ベム、ベラ、ベロの三人が
スタンレー博士の研究所を訪ねると、ちょうど博士は
"ゴーレム一味"に新しい妖怪人間を作れと脅迫されているようで、困り果てていました。
このスタンレー博士とは、先の対戦中にドイツ軍の命令を受けて
マンストール博士と共に兵器として使える新しい生命の開発をしていた人で、マンストール博士亡き後も秘密を守って生き続けていたようです。
ついに生まれた妖怪人間達は、人間より醜い姿をしていながら、優れた超能力と正しい心がある人造生物。
大人の男女と子供という妖怪人間達なので無理もありませんが、ベム、ベラ、ベロは夫婦とその子供だとよく間違えられますね。
実際は、培養液の中でアミノ酸核細胞分裂して、最初からその姿で生まれた生物。
ただ、博士達の技術があるのに、妖怪人間の姿を醜くした必然性は分からないのですが…その方が、差別される側に立った方が人の心が分かるから、という配慮でしょうか?
彼らは撃たれても死なない不死身の体に復元能力も持っていますが、脳を破壊されたら生き返れないのようです。
銀のステッキを持ったタキシードの紳士であるベムは力が強く、ローブに赤いマントを身に着けたベラはムチと鉄を引き裂く爪を持ち稲妻を吐くし、首から下が赤い全身タイツの可愛いベロは実は走るのが一番速い。
妖怪人間を悪事に利用しようとしたゴーレム一味は倒し、不気味さでは作中一番の
"恐怖の人くい女"、幽霊船の亡霊達…
1話完結で各地を旅しながら、妖怪や悪霊等を退治していく形式で進むのですが、ある時出てきたベムの命と超能力を狙う博士は、犬の姿から鉄球の変身して凄い力を持つロボットの
"デストロ"、妖怪人間の超能力を吸い取る首なし一つ目の
"電人"といった強敵をぶつけてきて…2話の出演で出番も多いというのに、名前は一度も出ませんでした。
私が特に好きな
「雪の怪物キンキラ」の回では、何とベロが転校生として小学校に入ります。
そう、ベロは今までずっと人間社会への憧れを強く持っていて、つまり子供なら小学校に入って、夢の友達なんかもできるかもしれない。
そんなベロを不憫に思ったのでしょう、実際に行かせてあげるベムとベラの心使いに感謝したいですね。しかもベロが心配で学校の屋根の上から覗いてる二人です。
雪深い農村が舞台なのも私のノスタルジーを呼び起こしますが…
最初の国語の時間に、先生が『みんなは おとなになったら どんな人になりたいかな?』という質問した時、ベロは
『はやく人間になりたーい』と答えます!
これはアニメのオープニング主題歌で毎回叫ばれる有名セリフなので、それを受けて
田中憲先生が使ったのでしょうけど、この3人の合言葉のように思われているセリフは実際にはアニメで1度だけしか使われていない、とも聞いた事があります。
しかしそんなに強くて正しい心も持っているのに、外見は良くても中身が醜い奴ばかり、しかも無力な人間なんかになろうとしなくていいのに…
この話では糸ちゃんというヒロイン女子が登場して、
『だんぜんベロくんのおよめさんになる』とか言ってくれるのです。
ベロはかつてないほど喜んで、花を摘んで糸ちゃん思い出したり…
しかし、やはりここでも!!
冬になると山からおりてきて子供をさらうバケモノ、
"キンキラ"(その姿は河童!)から糸ちゃんを守るために、ついには変身して助けます。
『糸ちゃん とうとうみてしまったね……
これがおいらの ほんとうの すがたなんだ さようなら……』と、自ら去って後で泣くベロ。そして学校の窓からベロに摘んでもらった花を眺め、ベロを思い出す糸ちゃんでした。
最後のエピソードは2話使っていて、ここで初めてベム、ベラ、ベロ以外の妖怪人間が登場します。
翼を持ったこいつは、A国が仲の悪いC国を破壊するために生んだ生物。彼の体には水素爆弾が取り付けてあってC国を滅ぼすつもりでいるのですが、C国はC国で捕まえて逆に利用しようと企む。
ここでもやはり、一番醜いのは悪い人間の心!!
ベム達は助けようとしますが、その妖怪人間は自分にそんな仕打ちをした人間達の迷惑にならないよう、宇宙基地からロケットを乗っ取って宇宙の果てへ死にに生きました…いつも描かれるのは、異形の者の悲しい愛!
一応この漫画版では、アニメ版よりはハッピーエンドに近くて、助かった人たちが手をふってくれます。
『みにくいすがたの おれたちだが……人間達もやっとわかってくれたんだね
ねえベム いままでおいら 人間になりたい人間になりたいと思ってたけど……
姿はみにくい妖怪人間のままでも おこないやこころでは りっぱな人間なんじゃないだろうか!
たしかにそうだ! すがたかたちだけ人間にならなくてもいいんだね
ただしくりっぱな妖怪人間として これからも人間のためにたたかっていこう!』
と、納得して去っていく三人の姿で、作品は終了しました。
--------
余談として、
「月刊少年ガンガン」(
スクウェア・エニックス刊)にも、1993年から二年弱、
津島直人先生によって
「妖怪人間ベムRETURNS」というのも描かれていました。
その出来がどうだったとかは時間が無いので省略しますが、ビックリするのは何といっても、ベム、ベラ、ベロが五本指になっている事でしょう!
その確認の意味だけでも、
「妖怪人間ベムRETURNS」の方も是非読んでいただきたいですね。
……この中でいきづいている……きこえるかね いのちのいぶきが!
やがてあらわれてくる 生物のすがたを そうぞうでいるかねゴーレム はっはっははは
それはすがたこそみにくいが 正しいこころをもった……
正義のためにしかはたらかない りっぱな生命なのだ
- 2008/10/05(日) 23:37:03|
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東真一郎、
武良いさむ、
関谷すすむ、
猿飛佐一、
なんでも屋三平…
これでピンと来る人は少ないでしょうが、これは全て
水木しげる先生が貸本漫画時代に使っていたペンネーム。
本名である
武良茂名義の作品くらいは知ってる人も多いでしょうが、こんなに使っているのですね。
で、今夜の
水木しげる作品は、貸本デビューした1958年に当時は
東真一郎名義で発表した
「地獄の水」(
小学館刊)です。

漫画家デビュー作の
「ロケットマン」も
東真一郎名義でしたので、ファンなら聞いた事があるでしょう。
そして、あの神戸児童連続殺傷事件の"少年A(酒鬼薔薇聖斗)"の本名がそのペンネームと全く同じだったと知った時は戦慄しましたが、それはまぁ忘れていいですね。
これまで一生読めないのかもと諦めかけていた
「地獄の水」ですが、先月(2008年8月)に復刊版が出まして、しかもカバーを裏返すと貸本時代のオリジナル仕様になっている洒落た作りでして、今後もこうして初期作品の復刻を続けるというからありがたいです。
そりゃ古本コレクターとしてはオリジナル版で欲しいのですが、初期
水木しげる作品っていったらもう、その値段の高さたるや…ねぇ!
そして、知ってはいた事ですがデビュー年の作品にして圧倒的な魅力がありますし、当時凄い仕事量だったというのに、後の作品に通じる描きこみを見せてくれたり、怪奇スリラー劇画というのに出てくるユーモアなんか、やはり感激してしまいます。
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それでは
「地獄の水」のストーリーを追ってみましょう。
最初の16ページはカラーページで、深夜二時近くの静かな家…
東大教授の
北原武史邸ですが、ここの庭に突如出現したのは巨大サイコロ!そしてここで本書のタイトル・
地獄の水(ぢごくのみず)がデーンと!!
スペクタルを感じる冒頭のつかみシーンで、既にビックリしました。
この巨大サイコロ、人夫を雇って壊してみるとその中にまたサイコロ、そしてその中にもまたサイコロで続き、ついには人の大きさくらいになったので部屋に入れました。
その中には恐ろしいヒマラヤの
"チョコリザの水"が入っていたのですが、別にサイコロだった事は大して重要ではなく、ただの入れ物としての機能しかありませんでした。
あんなにカッコよくオープニングで登場しているのに!
そしてチョコリザから来た、片目が潰れて出っ歯の醜い男が現れて、北原教授をチョコリザの水入りサイコロに投げ入れます。
すると北原教授、巨大ナメクジに目玉が飛び出たような醜い化物に変化。
息子の
北原勇もそれが父だとは信じられずに、
『エーイ この怪物め』
なんて言って投げ飛ばしてしまい、すると北原教授は溶解していき…
溶けずに残っているのは、片方の目玉だけでした!!しかも何故かそこに手足があり。
ンン?この姿は…

そう、誰でも分かりますね!!
何とこれ、
「墓場の鬼太郎」が描かれる以前の
目玉親父登場シーン。
なので、もちろん鬼太郎シリーズとは関係無いのですよ。
チョコリザの片目出っ歯の男は少し鬼太郎に似てて…老けた鬼太郎といった感じですが、これも気にしなくていいでしょう。
ちなみにこの手の目玉キャラが最初に出たのは
「マメ博士の冒険」という作品で、その時は"目玉星の人"としての登場なのですが…
それはさておき、その目玉親父となった北原教授が勇に語った事によって、今までの不思議の理由が分かるのです。
昨年ヒマラヤのチョコリザへ、雪男(イエテイ)の生態を探る探検のため出かけた北原教授らは、ネパールの怪しい門の近くで人間の形をした雪崩に襲われました。
次の日に警告を発してきたのが、あのチョコリザの片目出っ歯で、あの雪崩というのは水神様だったというので、
『神様は水だから 気温によって雪にでも雲にでもなられるさ……勿論なだれにだって……
そして生きもの食べて 大きくもなり小さくもなり 何千年と生きながらえておられるのだ』
と、こんな風に説明します。
そして北原教授が発した言葉が…
『生命をくいつつ生きる水!
生きたみず おそるべき……水人間!!』でした。
チョコリザの男は完全に神様だと思っているその生命を、北原教授は『水人間』と、あくまで人間とか、せいぜい液体生物と扱う所が日本人っぽくていいですね。
まぁ神にしろ人間にしろ、その存在の概念も面白い…ビックリです。
それから水人間に追われて探検部隊も全滅しましたが、北原教授だけは生き残ったばかりか、水人間を捕らえて研究しようとします。
水人間が住んでる穴に乗り込むと、何と当然液体の水人間は…棺おけの中で『グーグーグー ムニャムニャ』といびきとかかきながら寝ているんですよ!
その水人間を起こしてしまった北原教授でしたが、ねむり薬を液体にふりかけるとまた寝始め、急いで大量の風船を結びつけて無事にカルカッタまで逃げ、それから日本へ船で帰れたわけです。
しかし日本は暖かいから、水人間は水蒸気になって逃げ、怒ったチョコリザの男も日本まで追ってきて…
ここで、話は最初のシーンまできたわけですね。
その後は北原教授が目玉親父になってしまったのは既に書いた通りですが、秘密を聞いた勇が今度はチョコリザの男にしつこく追われるわけです。
これからの水人間の行動、暴れっぷりはかなり面白いのですが割愛しまして…
あ、そうそう。被害者は数千人にものぼる事になるのですが、その中に大スターの
青空ひばり、そして警視総監の
毛塚秀虫(けずかはげむ)という方がいますよ!!
しかもひばりちゃんのパンツに付いた水を浴びて醜く溶けていってしまうのですが…
まさか
手塚治虫に読まれてはいないですよね。
ラストは水人間が一年に一度眠るチョコリザの祭りの日に、勇は自衛隊の爆撃機で石油五十トンをまいてもらいます。
これは油だと水に浮くから浮き上がられても燃えるという頭脳作戦でして、最後まで悪あがきした水人間も燃えてしまいました。
かくして地獄の水として世間を騒がせた水人間事件は終わり、勇は父の墓前で
『お父さん よろこんで下さい
やっと水人間をやっつけました』そう晴々とした顔で報告して、完。
-------------
いやー最初期作品も追ってみていると、既に今に通じる
水木しげる作品の味という物はあって、後に出てくる芽が少しずつ育っているのも分かります。
そりゃ突然変異であんな名作群が出てくるわけないですからね。
ちなみにこの
「地獄の水」、
水木しげるお得意のリメイクで後にも描き直していまして、鬼太郎シリーズの中で水神様として出てきたり、同名の
「地獄の水」として短編にもなっています。
そちらとも比べてみると面白いでしょう。
きのどくだが…………
水神様のことをしって いきのこったためしがないのだ
それが何千年来のおきてなのだ
- 2008/09/29(月) 23:59:28|
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今夜の
水木しげる作品は、また
サンコミックスで続けて
「一陣の風」(
朝日ソノラマ刊)です。

ここでは9編の短編が収録されています。
まず
「不死鳥を飼う男」。
これは既に紹介した
ダイヤモンドコミックスの
「日本奇人伝」に収録されていた
「鳥かご」以前に描かれ、元になった同じ話。
水木しげる先生は、このさらに元ネタになった
ヘンリイ・カットナーの小説
「住宅問題」を、よほど好きだったのでしょうね。
より古い、昭和39年の作品である
「不死鳥を飼う男」の方はより長く、しかも貸本漫画時代特有の絵柄ですし、カゴを持ってた少年役が老人に、宿主はサラリーマン山田役がただの顔長メガネになり、さらに神社の神主に長々と"神様"という概念や存在についての話をさせていたりして…
より読者にやさしくない、しかしその分
水木先生の思想を反映した傑作になっていると思います。
続いての
「あるフーテンの思想」「受験と人生」というのは、共にたった2ページの作品。
これは後に長く広げて作品として完成させたりしていますが、
水木しげる先生の思想を文字多めに語った、大人向け風刺漫画。
次に
ねずみ男が"幸福"の種を渡してくる
「幸福という名の怪物」。
続いて、やはり既に紹介したダイヤモンドコミックスの
「墓場の鬼太郎」にも収録されていた
「マンモスフラワー -巨大な花-」「いぼ」「ああ無情」「勲章」「ねこ忍」と5編が続き…
死者が死にきれず死霊となって町をさまよい、人を誘う
「禁断の女」。
続いて
「よみのくに 最初の米」は縄文時代を舞台にした作品で、同じ縄文時代漫画の
「縄文少年ヨギ」より深刻でもある姉妹作と言っていいでしょうか。
ヨギと
モギという両親のない双子が、ある旅人に聞かされた
『その種を手に入れて沼に植えさえすれば
猟でなにもとれないときでも が死することもなし
部落はとても助かるという話じゃ』という話により、その"草の実"を取りに旅立つ話。
その種とはもちろん米のことで、そりゃ米を知らない部落からしたら、神の実みたいな物と思えた事でしょう。
危険なよみのくにという亡者の国まで何ヶ月も歩くヨギとモギ。
それから二人はよみのくにでの、目には見えない亡霊との攻防を経て…
モギは
天地命という霊にその体を乗っ取られ、しかしヨギは命からがら村に帰ると、持ち帰った草の実の種を沼にまき、やがて芽が出て収穫となりました。
『収穫は満月の日がよかろう 部落総でで 草の実をとるのじゃ』そうしてヨギは草の実を手にし、このために永久に帰ってこれなくなったモギのために、彼の功績を称える意味でモミと命名された…
て、そうだったんですか!私もこれを読むまで、米どころ新潟で生まれ育っていながら知らなかった事を反省したものでした。
『大むかしの人は なにげない食糧にも 大きなぎせいをはらった』次の
「吸血鬼」は、高松の殿様が非人(ネコの死体を集めに来るネコ係!)の夫婦に対してした酷い仕打ちから生まれた、吸血鬼の赤ん坊が現代に蘇る所まで描き…お地蔵さんを粗末に扱わないようにとの教訓につながる有難いお話。
最後に
「一陣の風」…これは主人公が
サラリーマン山田である事からも分かるように、食い物にされる貧乏人の辛い話。もちろん、フハッと虚しい笑いが出てしまいます。
人生も この受験生のように なにものかにおわれ
なにものかの準備で終わってしまうものである………
人間は そのようなことを大昔から くりかえしてきたのである
- 2008/08/31(日) 23:48:22|
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今夜の
水木しげる作品は、
「死者の招き」(
朝日ソノラマ刊)。もちろん
サンコミックスです。

17編も収録した短編集なのですが、いきなり傑作の
「妖怪魍魎の巻 死人つき」で幕を開けます。
例によって海外の怪奇小説である、
ニコライ・ゴーゴリの
「妖女(ヴィイ)」に良く似た話なのですが…
舞台を私の故郷にほど近い、越後の柏崎市鯨波に実在すし、人魚のミイラを所蔵しているので有名な
"妙智寺"を舞台にしているのが、個人的に嬉しいです!
冒頭のナレーションでは『ここは越前の国ー』と間違えていますが。
七十年前に
慧海という坊主が、"もうりょう"に関する伝説に怯える柏崎へ流れてきて、無知な田舎の迷信だと信じていたら本当に夜中に甦る死体に追い回され、次の日から八角円を作って数多くの妖怪…もうりょう達と対決するはめになるのです。
この妖怪たちがまたイイのですが、こいつらは格闘に夢中になるうちに朝が来て太陽の光にさらされてしまい、慧海が失神から覚めると、もうりょう達は死体になっていました。
当時の和尚が
『こういうものがいたという証拠に これらの死体をこのまま後世に残し 後世の進んだ頭脳でこれを解明してもらおう』
といって死体を残しとく事にしたのですが、何百年かたって現在では何のためにあるのか分からなくなったそうです。
それでも現在でも柏崎妙智寺に寺宝として、その残骸の一部が残されているのだとかで、
『やはり、奇妙なおばけは ほんとうにいたのだ』として作品を〆るのですが…あの妙智寺の人魚ミイラが、実はもうりょう(魍魎)だったとは!
この短編集
「死者の招き」には、他にもいくつも名作はありますが…
私が特に普段から友達に薦めたりしているのが、まず
「暑い日」。
たった8ページながら、ホラー色が強く暗い絵柄の幻想的な作品で、暑い夏の日の狂気を描いてます。
石屋の親父が包丁を研いでるラストの顔のインパクト!
「やまたのおろち」は、まず妖怪がたくさん出てきて楽しいのもありますが、見た目はダイヤモンドのような"解放石"という石の中の不思議な世界の描写が、悪夢のようなシュールさで凄い。
表題作の
「死者の招き」は、珍しく巻末に収録されていますが、これもわずか8ページの名作ホラーに仕上がってます。
とある宿の部屋で眠ると、悲観的、厭世的な感情が襲ってきて…
『「精神一到 何ごとかならざらん」というが、最後のゴールなぞ、誰も知ってやしない。
努力……、鍛錬……、労苦の何という愚かしさ……。
快楽の空しさ 高尚な生活のくだらなさ……。
すべては空しいのだ……。宗教はこどもだましにすぎない…
人生はおそろしい。まやかしにすぎないのだ……。
真実なものは、死だけだ。そこにはガンもなければ歯痛もない。
食う心配もなければ絶望も不安もない。
さあいこう。幸福な死の世界へ。』という説得力のある声が聞こえてくるのですが、これは押入れでこっそり首を吊っていた先客が招く声だったという話。
私はこれも大好きな話で、しかも死者に同感しちゃって大変なのですが、まぁこの死者は都合いい事だけ都合よく言ってきている、という事に大人なら気付かなくちゃダメですね。
他に収録されている作品は、
「死人つき」「一万人目の男」「合格」「惑星」「陸ピラニヤ」「マチコミ」「丸い輪の世界」「木枯し」「妖精」「風の神」「海じじい」「怪自動車」「見世物小屋」…
と、いくつか有名作もあるのですが時間の都合で紹介はしません。
あともう一つだけ、これまた名作の
「錬金術」における、
ねずみ男の風刺的な名言で今夜は終わりましょう。
まどわす?ばかな。
お前たちが幸福になったのは錬金術をはじめたからじゃないか。
瓦が金になりはしないかという果てしない希望、
それによってもたらされる充実した日々……
錬金術は金を得ることでなく、そのことによって金では得られない 希望を得ることにあるんだ。
人生はそれでいいんだ……………
この世の中にこれは価値だと声を大にして叫ぶに値することがあるかね。
すべてがまやかしじゃないか。
- 2008/08/29(金) 23:54:39|
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今夜も
水木しげる先生の
サンコミックス作品で続けて、
「猫又」(
朝日ソノラマ刊)。

主に
ガロで描かれた作品を中心にして、14編収録した短編集です。
これは昭和41年の初版と、その後の改訂版とで少し収録作品が違っているのですが、私はまだ初版で手に入れてないので改訂版を参考に、ざっと見ていきます。
(しかもカバー裏、そして中身の目次に載っている収録作品名が間違っていて、本編の中身と合っていないので紛らわしい)
まずは表題作
「猫又」からですが、この猫又というのは30年あまりも生きてる野性の老猫がなるヤツなのですが、尾の先が二つに分かれていて人をばかすのだそうです。
二人の若者が金儲けを考えて"沖の島"へ行くと、嵐が続いて…餓えたため、尾が二つに分かれている猫を喰った方が体中いろんな部位から猫の頭が生えてくる、という化け猫怪談モノ。
足の指まで猫の頭になっていたり、胸から生えた猫が宿り主の顔を『ビビビン』と叩く図は可笑しくもありますが、怪奇色を意識して描かれた作品で、やはり海外の怪奇小説が元になっています。
「河童をみた、ある少年の話」は…既に
「ココ」で紹介した、
「忍法屁話」(
KODAMA PRESS刊)収録の
「河童」と全く同じ話を、少しだけアレンジ変えてリメイクした作品。
「神変方丈記」は、最初だけ
ねずみ男が出てきますが、もう一人
水木しげる作品の常連である、あのめがね出っ歯が忍者として登場し、とある坊主になりすまします。
すると、その坊主の借金、そして地獄のエンマ様から借金した時の担保である命まで代わりに取られてしまうという、コントみたいな作品。
「宇宙虫」は、月へ行ったアメリカの宇宙飛行士から流れて凡太の爪の間にもぐりこんできた卵から見たこともない虫…宇宙虫が生まれ、両親に飼う事を反対された凡太が池の真ん中の島に捨てると!
凄いスピードで進化を続けていた宇宙虫は、人類の進化の過程を歩み、ついには虫サイズながら製鉄所や戦艦、飛行機まで作るレベルになって、原爆まで保有するようになった後、最後には月へ戻るロケットを完成させて故郷へ帰って行くラストでした。
これ、
藤子不二雄先生にもほぼ同じ内容の短編があるのですが、元々は
フレドリック・ ブラウンの短編小説
「虫」が元ネタでして(どちらも原作クレジットは無し)、
水木先生と
藤子先生という偉大な巨匠がいかにアレンジしたかは、それぞれの特色が出ていて面白いです。
そして
「テレビくん」。
これこそが
水木しげる先生の転機となった一般商業誌である
「別冊・少年マガジン」(
講談社刊)掲載作品で、子ども向けの絵柄に変えて載せたら何と
講談社児童漫画賞まで受賞しちゃって、40歳過ぎて人気作家となる開運記念作品なのです。
それでも作中、大恩ある
長井勝一編集にして創刊号から描いてるホームグラウンドだった
「ガロ」(
青林堂刊)への恩返しを意図した宣伝か、いきなり
『新発売!!青林堂の新チョコレート「ガロ」』なんてテレビでCMしてるシーンから始まるのです。
テレビに自由に出入りできるようになった
山田くん(テレビくん)と
三太の、夢が溢れる作品です。
「未来をのぞく男」「昭和百四十一年 -希望にみちた未来像-」と、めがね出っ歯がひどい不幸を受難するSF話が続き…
「すりかえられた肉体」。
この資産家の老人と貧乏な若者が肉体を取り替える話なのですが、これも
藤子不二雄作品でそっくりなのがありましたね。
あまりにも似ている、共通のアイデアでありながら…
水木しげる先生の方はラストに希望が無く、しかし自殺用の薬瓶に『解放』などと書いてある所が風刺が効いています。
「となりの人」は、ねずみ男が若い時に人妻と関係を持とうとしていたら、夫がピストルを持って現れて、ねずみ男は激しい恐怖心の作用から太古の人類が持っていた原始本能が甦り、カメレオンのように保護色が出て逃げ切ったという話。
これは、しかもその時の夫が現在まで間男を追い続けている所まで、
ギョーム・アポリネールの怪奇小説が生んだ名作
「オノレ・シュブラックの消滅」にそっくり!
「古道具屋の怪」は、
『私は怪物である 形はまだない 時に応じて食料のえやすい形を取ることにしている』などという謎の生物が化けていた本に、白紙部分まで読むと喰われてしまう話。
喰われるのは、やはりあのめがね出っ歯。そしてその妻も喰われますが、彼が必ず巻き込まれる不幸は、もう笑っていいんですよね…
「こどもの国」と、それに続く
「くさった国」は、大人達から独立して団結して国を造った子供達の、そこで結局大人達と同じのように起こる権力闘争やあれこれ。
政治や貧乏に対する批判も見られて面白いです。
「カモイ伝」は、タイトルはもちろん
白土三平先生の
「カムイ伝」をもじったものですが、内容は国や政治、文明に対する批判的なパロディ作品の傑作。
人跡未踏の山奥で
花井が見つけた山男は縄文人だったと分かるのですが(カモイとは縄文語でコワイということ)、そこに税務署の特捜班がやってきて、
『すると縄文時代から日本の富を勝手にむさり食っていたわけだ』として、国家の存在すら知らない山男に18億円ほど脱税していると言って毛皮を差し押さえ…
今度は警官が登場すると
『ワイセツの現行犯だ!! 大きなチンポ出してるゾ』と叫んでブタ箱に放り込む…
一年後、花井は山奥で原人と一緒に暮らしています。そして最後に言う事が、
『ああ あの魔の東京ジャングルを抜け出してから一年になる
あそこではお互いに品物をほしがらせ 欲望を刺激し 神経をすりへらし
お互いに頭をなぐりあっているような世界だった……
一日として恐怖なしにはくらせない世界だった
それにひきかえ この山男の生活に帰化してからの おおらかな生活はどうだ…
花は咲き 鳥は歌ってるではないか
胃のはたらきはスコブル順調で まずいものでもすごくうまい…………
文明って一体なんだ
文明は果たして人間を幸福にしているのだろうか
わしは山男に東京をみせたのがはずかしい』でした。
短編集
「猫又」は以上です。
ジャンルが幅広いせいでしょうか、
水木しげる作品は短編ばかり何作読んでいても全く飽きませんよ。
この時期は風刺モノが多いのですが、それもとぼけていて可笑しいし、当たり前ですが何より絵にミリキが詰まってますからね。
- 2008/08/28(木) 23:43:14|
- 月刊漫画ガロ
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