大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)

名作漫画の紹介 ・・・個人的な旅の記録

日野日出志(1)

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さあさあ予告通り今回は、地獄の似合う漫画家No.1の日野日出志先生で逝きますよ!

まずは単行本のカバーで公表されている、プロフィールを見てみましょう。
1946年、満州チチハル生まれ。
満州の荒野で九死に一生を得て、内地に引き返した後も各地を転々とし、小学一年で三回も学校を変わり、この頃から異常な孤独癖と空想癖に取り付かれるようになる。

とありますが、いかにもですね。
もしも子供達の輪の中で、明るくワイワイ騒いでるような少年時代だったなら、後年あの傑作の数々は生まれなかったはずです。

映画好きで、自身も映画監督か撮影カメラマンになりたかったという少年時代を経て、1967年に雑誌COMの第5回月例新人入選作「つめたい汗」でデビュー。
以後、ガロ少年画報等を活躍の場として、数々の傑作を発表し続けました。

後から見たら順調のようなこの漫画家生活ですが、実は怪奇漫画以前にはギャグ漫画を描いていた日野先生ですので、試行錯誤し、無理に絵柄を崩したそうです。
ギリギリの生活の中で精神的に追いつめられ、
『最後に自分の納得いく作品をひとつ描いて漫画家をやめよう』
と決意までしたのだとか。
そこである一つの作品を、何度も何度も何度も描き直して、ついに完成させた…
それがあの「蔵六の奇病」なんですね。

作品をいくつも読んでると日野作品には、どこか懐かしく、そして不安を呼ぶ原風景がある事に気付くでしょう。
本人が、どこかで自作には怪奇叙情というのを大きなテーマにしていると、そう語っておられましたが、そう、叙情を感じさせる所に、単なるスプラッターではない凄さを秘めています。

登場人物には、異形の物(フリークス)、精神異常者(パラノイア)、ヤクザに怪物、社会から虐げられし者達が多くいるものの、あきらかにそちらの方が健常者以上に優しいまなざしを向けて描かれている事も、読み返してるとよく分かってきます。
かつて日野先生と親しい友人でもある歌手の友川かずき様の著作において、
『交通事故で三人の子供がありながら植物人間同様になってしまった彼の弟への思いが、やはり彼のマンガのコマコマに見え隠れするのである。』
と書いてましたし、とにかくいろいろ乗り越えてこの悲しい目線を身に付けたのでしょう。

もちろん単なる、ショックやグロを求めて、日野作品の世界に入るのもいいと思います。
それだけでもホラー界トップの気持ち悪さを持ってるので、内臓好き、腐乱死体好きの貴方にもオススメですよ!!
なにしろ化物ではない、むしろ被害者側の登場人物の顔まで怖いです。
目がギョロッとして血走り、普通の人には見えないのです。
さらに、家屋から畳の目の描写にいたるまで怖いのです。

あと映像部門。
日野先生はホラービデオの制作もしてるのはご存知ですか?
1985年に作った監督作の「ギニーピッグ2 血肉の華」は、幼女連続殺害事件の容疑者・宮崎勤の部屋にあったとされて、即絶版!
以降未だにソフト化されていないので、有名レア作品になってしまいました。
(しかも、実際に宮崎のヲタク部屋にあったのは、別監督で、しかもコメディ調の「ギニーピッグ4 悪魔の女医さん」だったそうですよ。)
それにいい大人が、『あいつは残酷な物を観てるから残酷な事をしたのだ』とか、本気で信じてしまうのはいかがなものでしょうか。

武道(居合い)をたしなむようになったからか、心身が健康的になるとおそらく同時に、作品も随分前から毒が薄れている日野先生の近年の作ですが、これはこれで悪くないです。

"暗黒童話"といった作風が多くなっていて、それは日野先生に憧れて漫画を描き出した犬木加奈子先生の作品世界に影響を受けているようにも思え、傑作の影響力はループするのかと考えてみたり…
今回の画像は、ここにもいました日野リスペクト!って事で、犬神サーカス団が'99に発表したアルバム「地獄の子守唄」です。

最後に一つ。
何度も出版社やサイズを変えて復刻されている日野作品ですが、これから購入するという方には、やはりオリジナルである事とジャケのカッコよさを考えても、ひばり書房から出ている黒背表紙の版をオススメします。

では次回から作品そのものの紹介にいきますね。


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  1. 2006/04/30(日) 12:52:48|
  2. 日野日出志
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ホラー漫画(1)

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『恐怖は人間の最も古い、最も強い情感だ』
(H・P・ラヴクラフト)

さて、新たにホラー漫画を語るコーナーの誕生です。

実は私、BRUCEが一番好きな漫画を"ジャンル"で答えろって言われたら、このホラー漫画(恐怖漫画)になるのかもしれません。
当然コレクションの数も多くなってるわけですので、それを少しずつ紹介していきましょう。

今でこそ漫画でも映画でも"ホラー好き"を公言する私ですが、幼少時代の怖がり方は半端じゃなかった。たまに立ち読みに行ってた近所の本屋の一角にひばり書房、そして立風書房などという出版社から出ていた黒い背表紙のホラー漫画コーナーがありましたが、怖くてその近くには近寄りたくなかったのを覚えています。
それでも読んでしまったり、TVなんかでも怖い番組を見ると、ずっと忘れられなくなり、嫌だったものです。

まぁそれは別に大した話ではなく、小学二年くらいになって思い切ってそこの黒背表紙ホラー漫画と戦ってみたら(ただ中の一冊を立ち読みしたってだけですが)、これが意外と大丈夫になっていて、それから逆に愛好するようになってしまったのです。
恐怖もトラウマも、手なずけてしまえば心地よく楽しめるって事でしょうか。

数を読んで慣れ、また大人になると、昔は怖かったはずの物がお笑いの対象にしかならないという事がありますよね?
先ほど名前を出したひばり書房立風書房の漫画群には、とにかく質の悪い…というか、『これ描いてるの素人だろっ!』と突っ込みを入れたくなる下手くそ漫画が多かったりして、今は笑って読むしかないのです。あれらの出版社は簡単に次々と、質より量で出版してたのですね。
まぁおかげで私のホラー物への異常な怖がり方は尾を引かなかったのかもしれません。

もっとひどいのになると、同じ漫画のジャケとタイトル変えて、さも新作のようにして再発したりもしてるから、お茶目とでもいうのか…。
少ないこずかい握り締め、買った新しい漫画が前に買ってた物と同内容では…子供は泣きますね。
大人になると、そんな事も分かっていながら、集めてる漫画家作品はジャケ違いなだけでも買わなくてはならないのだから、コレクターって大変です。

それでも、その"質の悪い"作品が多い黒背表紙のホラー漫画群の中にも、凄い傑作がたまにありました。
別の意味で傑作、というか快作みたいなのも愛すべき漫画ではありますが、本当に誰も真似のできない、ちゃんと『恐怖』の部分で凄い境地に行っちゃってる漫画家が一人いました…その名は日野日出志先生!
次回からは、その日野日出志特集でいきましょう。記念に今回の画像は日本が誇るノイズバンド・非常階段が、日野先生の作品をそのままジャケに使って1982に発表した1stアルバム「蔵六の奇病」です。

他に多分、ホラー漫画家と聞いたら思い出す名前で一番多いのは楳図かずお先生でしょうか?
はたまたつのだじろう先生?古賀新一先生?いばら美喜先生?好美のぼる先生?もちろんこの人達も大好きです。著作を集めてもいますし。
しかしずっと世間から注目され、一流の出版社から出してる先生方より、愛着を持てるのは日野日出志先生。
ただでさえ一般的には気持ち悪いとしか言われない漫画を描いてるのに、例の幼女連続殺人事件犯人の宮崎も読んでたって事で、世間からバッシングを受けまくってた時期もあります。

他には水木しげる先生、諸星大二郎先生、花輪和一先生といった名前も出てきますか?
ええっ?藤子不二雄A先生、永井豪先生も忘れるなですって?
これまた私は大好きな漫画家達ですが、しかし彼らはホラー漫画も描いてるものの、ホラー漫画家と言う事はできません。
他のカテゴリーでちゃんとやりますよ。

もっと近年だと、ホープは犬木加奈子先生、伊藤潤二 先生、御茶漬海苔先生あたりって事になるでしょうか。
彼らは凄いですよね!
ホラーかける情熱と個性でも群を抜いていて、ずっと注目してますよ。
これらも、そのうちこのコーナーでやりましょうね。

ちなみに、呼び名が怪奇漫画だとか、あとサイコホラーもスプラッター系も、全部ここに入れていきますね。

乞うご期待!!
  1. 2006/04/28(金) 01:39:58|
  2. ホラー漫画
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週刊少年ジャンプ(2) 漫☆画太郎 1 「珍遊記-太郎とゆかいな仲間たち-」

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先週は週刊少年ジャンプそのものについて語らせていただいたので、これからはそこで掲載された名作の数々を、読んでいきましょう。

まずは…漫☆画太郎先生の「珍遊記 -太郎とゆかいな仲間たち-」に決定!

いきなりジャンプとしては超異色作品の登場ですが。
この「珍遊記」の連載開始時、私は中学生でした。
当時のジャンプは、「ドラゴンボール」でフリーザが出てきたばかり時期。
つまり、週間漫画誌の人気ではジャンプの完全なる一人勝ち時代で、何と毎週毎週600万部以上売れていたという、とんでもない発行部数を誇っていた時期だったと記憶します。

そんな時に…そう、日本出版史上でも類を見ない売れ行きの雑誌に、このきったない絵(笑)の漫画が始まったわけです。
そこらへん、いつも新人を次々と使って勝負をかけるジャンプの偉い所だと、高く評価したいと思います。

漫☆画太郎先生も、そんなモンスター雑誌の黄金時代でも物怖じせずに、この「珍遊記」で絵の汚さ下手さ、ふざけたストーリー展開を炸裂させます。
その実験精神溢れる原稿は、時に鉛筆だけで一話描いてみたりするし、連続見開きのページ使って何も話が進まなかったり、そして何より下品!!

『えっ!?ジャンプでこの漫画載ってていいの??』
という疑問の声が、全国から上がった事でしょう。

さらに画太郎コピー…とは私にしか呼ばれてないかもしれませんが、買ったばかりのコピー機を使った、コピーコピー、またコピーの手法も、このデビュー作で確立させております。
全く同じ絵のコピーページを、セリフだけ変えて繰り返し使うこの画太郎コピーは、決して手抜きではなく、漫画の新しい"効果"として使っているのですね。
実際本当に可笑しいし、多分スクリーントーンはまともに使えないからでしょうが、大変なペンでの描き込みを意外と熱心にする漫画家である所を見ても、コピーは手抜きではない…はず。

"漫画本"とは、原稿をコピーして何百万人でも、何百年でも楽しめるという意味において、複製芸術と呼ばれるわけでありますが、こういうコピー方法は手塚治虫先生でも思いつかなかったでしょう。いや、思いついてもやろうとは思わなかたでしょうが(笑)。
それを実際やっちゃうのが、画太郎先生の凄さでもあるのですね。
とにかく画太郎漫画ってのは、今も昔も漫画の定石をぶち壊してくれております。

反復の不思議な効果は、テクノやミニマルミュージックだけにあるのではなく、漫画でもそれは…ある!
(そんなに大げさなもんでもないか)

私のこの「珍遊記」ブログはシリーズにしないので、細かいストーリーや面白いコマに触れるのは止めておきます。
というより、この漫画はストーリーだけを文章で説明しても意味が無いし、それぞれのコマが擬音の一つまで面白いので、未読の方には読んでもらうしかないのです。

ただ惜しむべきは、この漫画は掲載誌であるジャンプで、しかもリアルタイムで読んでもらいたかった…

他の漫画を愛すべき方法でパクりまくってるのですが、それが先週号のフリーザのセリフが早くもそのまま使われてたり、連載一周年記念号ではとんでもなく下手クソな絵で、当時ジャンプに連載されてた漫画の主人公達が山田太郎(注・この「珍遊記」の主人公です。)を胴上げしてる扉絵使ってたりするのです。
これには当時、声を上げて笑ってましたよ。

しかし新人漫画家が、何でこんなにやりたい放題やれたんですかね~。
余談ですが、ずっと後に週間少年チャンピオン(秋田書店刊)では、ピエール瀧を原作者に迎えて、更にアバンギャルドな漫画「樹海少年ZOO1」を掲載するものの、さすがにここでのあまりの暴れっぷりに、最初は『何でもやってください』と言ってた編集者からも遂にストップがかかったんだとか。

もっと最近では、「珍入社員金太郎」という、「サラリーマン金太郎」(本宮ひろ志・作)のパロディ漫画をヤングジャンプ誌上にて連載開始したものの、やはり抗議が来て打ち切り。
単行本化もされないだろうから、後世では"幻の作品"扱いになる事間違い無しですね。

おっと、「珍遊記」に話をもどします。
この作品では、何と単行本全6巻のうち4巻にまたがり、天竺に向かう途中の"酒場バトル編"をだらだら描き、この長くなりすぎなのも前衛だと(笑)面白がる読者は少なかったようで、掲載順を巻末の方に追いやられていきました。
(注・ジャンプでは、掲載順が人気のバロメーターの一つなのです。)

そして、天竺には到着することなく連載終了。
もっともこの漫画ですから、画太郎先生も天竺なんかどうでもよかったようにも思えますね。

あ、ちゃんと「珍遊記」の後もそれほど間を空けずに画太郎先生は連載をもらい、「まんゆうき」というのを始めますが…"ちん"の次は"まん"かよ画太郎!!

画太郎作品は、頭をカラッポにしてただ笑えばいいという所も魅力ですね。
メッセージ色の強いギャグ漫画なんて嫌らしいですもの。

今回は、作品の背景を重点的に語りましたが、それも全て、画太郎作品だけは内容の解説もレビューも読む前に、作品を読んで欲しいという、私の気持ちの表れなのです。
決して眠くなったから、途中まで書いた文を削除、そして放棄した…のではないですよ(汗)

『うそくせー なーんかうそくせー』

ではおやすみなさい。
ぐー ぐー


  1. 2006/04/25(火) 00:31:55|
  2. 週刊少年ジャンプ
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週刊少年ジャンプ(1)

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はい、このカテゴリーも作っておかなくてはなりません。
思い出した時など、たまに週刊少年ジャンプ(集英社刊)で連載されていた漫画、またはジャンプ出身漫画家の作品なんかも紹介します。

今回の文章では"ジャンプ=週刊少年ジャンプ"として扱ってますが、もちろんヤングジャンプや、他の兄弟誌の作品もここにいれてもいいですね。

おっと、このブログでジャンプって聞いてビックリした人もいるのではないでしょうか。
大人になってから出会った人は皆、私の事をサブカルチャーの旗手だとかって捉えてくれてますが(泣)、私にだって「北斗の拳」「キン肉マン」の続きが楽しみでワクワクしていた子供時代は…ある!
それにジャンプは今考えても、『あれは名作だった』という作品は多いのです。
誰もが知ってる作品から、人々の記憶から完全に消えている名作までが、この雑誌で出てきています。

私がジャンプを読み始めたのは、まだ回りはコロコロココミック派だとかコミックボンボン派(どちらも小学生向けの月刊漫画雑誌)だとか騒いでた、小学一年の頃から。
(余談ですが、この話題では私はコロコロココミック派でして、「あまいぞ!男吾」「獅子王伝」「高橋名人物語」あたりに胸を熱くしていた世代で、まだしばらくはジャンプとも併用して読んでいたのですが、それはまた別のお話。)

ちなみに、発売日(火曜日)に本屋で立ち読みして、あとで近所のラーメン屋から一週遅れのジャンプを貰い、読者はがきコーナーの「ジャンプ放送局」までじっくり読むって事をしていたので、考えたら集英社の売り上げには貢献してないですわ。
いや、単行本をかなりの量買ってたからいいか…

連載は終わってる作品でも、JC(ジャンプコミックス)まで大好きでしたので、世代では無い「男一匹ガキ大将」「リングにかけろ」といった、過去にジャンプを引っ張ってきた作品の単行本まで探して集めてた辺り、後に漫画コレクターになる要素の片鱗はあったのかもしれません。
まだまだ"初版"って言葉も知らない、覚醒前夜でしたがね。

忘れもしない、小学三年生時に大好きな「ジョジョの奇妙な冒険」が連載スタートしたのですが、このあたりの時期に掲載されてた作品としては、さっきも挙げた「北斗の拳」「キン肉マン」の他にも「聖闘士星矢」「魁!!男塾」「銀牙-流れ星 銀」あたりも大好きでしたし、「ドラゴンボール」「キャプテン翼」「ハイスクール!奇面組」「ついでにとんちんかん」「CITY HUNTER」「燃える!お兄さん」等のTV化作品目白押しだった記憶があります。

それにジャンプは有名な、そして悪名も高いアンケート至上主義ってやつで、マニアの目から見て名作の予感がする作品でも、大衆性が無いとすぐに打ち切られてしまうので、いくつか単行本化されてない、思い出の作品もあります。

アンケート至上主義とは、本誌に付いてるアンケートはがきで作品の人気を調べてて、しかもその結果を異常なほど重視する主義の事。
そのアンケートで票を取れない漫画は、すぐに打ち切りとなります。

しかしストーリー漫画家は、じっくり伏線を貼って後にそれが生きてくる作品を作りたいだろうに、本題に入る前に『人気が無い』の一言の元、中途半端な場面で打ち切りではやってられませんね~。

他にジャンプの特徴としては、やはり悪名も高い専属システムがあります。
とにかくジャンプ専門で描かせ、人気のあるうちは絶対に他誌では描かせないという、強固な姿勢を持ってるんですね。
創刊時から部数アップに貢献してきた本宮ひろ志先生が他で描こうとした時の妨害は凄かったみたいで、結局最後は編集者が土下座までして止めてもらったとか。

こういった姿勢は漫画家つぶしとまで言われたのですが、私の世代ではあまりに巨大なヒット作である、「ドラゴンボール」「SLAM DUNK」「幽☆遊☆白書」が全て、編集部の引き伸ばし対策(名作として完結させたくとも、人気があるうちは止めさせてくれない)で、ついに漫画家が嫌になって突然連載終了した形ですからね…

発行部数や人気等のために、そういった独自のやり方を確立した、歴代の編集者達は凄い!とも言えるわけですが、そもそもジャンプの創刊は1968年。
他の有名少年漫画雑誌に比べてかなりの遅れをとっているので、人気漫画家はほとんどライバル誌で描いてました。
そこで連載陣が全て新人という荒業を使い、後の人気漫画家を自ら育ててここまで来た雑誌なのですね。

他に特筆すべきは、ライバル誌は漫画だけでは勝負できないのか、表紙と巻頭が女の子の水着グラビアばかりじゃないですか。
でもジャンプは未だに"漫画雑誌は漫画が表紙!"という姿勢で頑張ってますよね。
(実はほんの一時期、グラビア表紙を使ってましたが…)

私自身の話に戻しましょう。
実は中学時代くらいには、ひねた読者に育ってまして、ジャンプに対する愛情は薄くなってました。中学生当時の人気作品といえば…

「ドラゴンボール」はいつまでもワンパターンになってたし、バスケを嫌悪してたため「SLAM DUNK」なんか読まなかったし、「幽☆遊☆白書」もパクリが多いし…なんて、ケチばかりつけて。
そもそも皆が読んでるヒット作なんて、意地でも読まないって時代だったのかな。
ジャンプ三原則「友情・努力・勝利」ってもう、中学生としては許せるわけもありません!(まぁその頃はそんな作品も減ってましたが)

しかし、「ジョジョの奇妙な冒険」
長期で連載していたこれのためにジャンプを大人になっても読み続けるのであります。
ただし、どんどん読むのが無くなってきて…
「ジョジョ」のみの立ち読みでしたけどね。
単行本も小学生時代からずっと買い続けてるなんて、この作品だけでしたよ。

そんなわけで、ジャンプの思い出と歴史を、ほんのちょーっとだけ語りましたが、また今度ジャンプ漫画を個別で紹介していくので、よろしくお願いします!!


  1. 2006/04/21(金) 01:01:30|
  2. 週刊少年ジャンプ
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劇画(4) さいとう・たかを 2 「ザ・シャドウマン」

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こんばんは。

今夜はさいとう・たかを先生のヒーロー物作品「ザ・シャドウマン」を紹介します。

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世界征服をたくらむ悪の組織・レリッシュの実験によって超人にされた片桐毅だったが、実は片桐は新聞記者で、特ダネのために組織に潜入していた…

彼は不死身に近い肉体とすさまじい怪力を与えられるが、実験は半分失敗だった。
力を出せる状態の時は肉体が真っ黒になり、髪の毛は真っ白になるのだ。
太陽光線を浴び続けると元に戻るが、力も人間並みになってしまう。

片桐はシャドウマンとなり、世界平和協力機関・通称エンゼルと共に、レリッシュと戦う事を決め、他の超人(シャドウマンに裏切られたため、次の超人は頭がカラッポの単細胞男が作られた)や、透明人間にも立ち向かう…
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・・・と、こんなお話です。
どうです?
「仮面ライダー」と同じような設定で、世界平和のために戦う正義の組織(笑)まで出てきては、完全に子供漫画でしょう。
しかし絵はさいとう・たかを先生の劇画であるし、化物にされた男の悲しみもあり、なかなかの名作です。

子供なら素直に作品世界にはまるでしょうし、大人の視点で見るとまた面白いのです。

化物になった片桐が、レリッシュに命を狙われた友人を助けるシーンなど、正体を隠すために仮装パーティで使った変なアイマスク、マント、マフラーをまとって登場するわけですが…その姿が本当に滑稽で、敵にも
『な なんだ あいつは!?』
『チンドン屋じゃないのか!?』

などと言われ、恐れゼロ。私も苦笑してしまいます。

とにかくシャドウマンは、レリッシュの日本侵略をふせぎ、これからもエンゼル部員として活躍するため、恋人を残して去っていく…
で、ENDてなわけです。

同じ私としてはヒーロー物のヒット作「バロム1」より、「ザ・シャドウマン」にこそ愛着があるのですが、こちらが特撮やアニメ化されてたらどうだったんですかね。
主人公が真っ黒だから、黒人問題がどうとかで人権団体が騒いだりして、放映もソフト化も出来ないレア作品になってたでしょう。

著者さいとう先生の当時の言葉が、単行本のカバー見開きに入ってます。

『黒人、私はいつも彼らには恐れのようなものを感じる。それは彼らがあまりにもすばらしい体力と直感的な感覚をもっているからだ。彼らのその黒い膚を見ていると、そのエネルギーは膚の黒いがゆえにあるのだ、という気がするのは私だけだろうか?
私は黒人問題うんぬんを描こうとしているのではない。黒人のすばらしさを別な形で賞賛し、私のあこがれ、スーパーマン、を、描きたかったのである。』


なるほど、その『別な形』というのが、黒く、強くなった時の主人公だったのですね。
もちろん主人公は日本人だし、黒人は一人も出てきませんよ(出たらまぎらわしいし)、念のため。
はたして、その黒人賞賛の裏メッセージは読者に通じたでしょうか!?
敵に"できそこない"とか言われ続けてるし、それは無いな(笑)

それでは、次回からはまたしばらく劇画と離れて、別ジャンルの作品を紹介してみましょう。
おやすみなさい。


  1. 2006/04/19(水) 00:37:55|
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劇画(3) さいとう・たかを 1

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もともと子供のための物でしかなかった漫画に対して、大人向け漫画として劇画が登場した事は前回に述べました。

劇画衰退の後もその精神は受け継がれていき、大人の間でもどんどん漫画が浸透していったのです。
80年代後半には子供向けと大人向けの漫画雑誌の比率が半々にまでなったと言われ…
日本は子供から普通の大人まで熱心に漫画を読みふける、世界でも類を見ない国に成長したわけですね。

こと"大人に漫画を広めた"という点において、この方の存在はあまりにも偉大でしょう。
その名も…さいとう・たかを先生!

1968年から現在までの32年、ビッグコミック(小学館刊)誌上において一度も休まずに連載を続けている(もちろん日本漫画史上最長記録を更新中)、「ゴルゴ13」を知らない人はほとんどいないですよね。

そのさいとう先生が設立したさいとう・プロダクションでは、映画的とも言える、各スタッフの分業体制を確立。
今ではさいとう先生自身がペンを取るのは「ゴルゴ13」の、あのするどいを描く時だけだという、都市伝説(?)もあるくらいです。

他に特筆すべきは、さいとう先生は出版部門までも独自に手がけ、1974年にリイド社設立した事。
他社誌連載の作品でもここから出版してますね。

さいとう・たかを先生と言えば「ゴルゴ13」
このイメージは、もうさいとう先生に生涯付いて回るのだろうし、自身も誇りに思っている事でしょう。
しかし、やはり他にも歴史物・忍者物・SF等でも、傑作は数ありますよ!

今回はここで細かく挙げる事はしませんが、私が『これは凄い!』と思える物に子供向けヒーロー物作品もあります。

ズッコーン!!
(あ…今まで散々、大人向け漫画の立役者だなんて言ってたから、ズッコケた人がいますね?)

しかしさすがはさいとう先生、ヒーロー物を描く時も、例えば白土三平先生のように全く別の丸い絵とで描き分けているわけではなく、言うなれば「ゴルゴ13」のような人間の描き方で、ダイナミックに描きます。アメコミのいい所取りでしょうか。
スパイとか出てくるのがピッタリな絵柄で、日本人と外国人の違いを描くのも上手い。

「バロム1」は、特撮やアニメにもなっているので一部で有名…といっても古いから知らない人が多いのかな?
でも私は、「ザ・シャドウマン」(秋田書店刊)を紹介します。全3巻の、隠れたヒーロー物の名作なので。

しかし時間が無いので、また次回に!


  1. 2006/04/18(火) 01:09:57|
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劇画(2)

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こんばんは。
今日は"劇画"の勉強時間です。

まず、劇画とは一体何なのか。
その名が初めて使われたのは、辰巳ヨシヒロ先生が昭和32年に発表した作品「幽霊タクシー」だと言われております。
当時の辰巳ヨシヒロ作品というのが、またどれも素晴らしすぎるわけです。
まぁそれはさておき、彼は後にさいとう・たかを先生、佐藤まさあき先生らと劇画工房を設立しました。

当時の漫画シーンは少年漫画が主流で、ほとんど手塚治虫先生のような、丸っぽい絵のかわいらしいキャラが使われる作風ばかりだったわけですね。
それに対して登場した劇画は、写実的で大人向けのシリアスなストーリーが中心だったのです。

そもそも当時は漫画なんて大人が読む物では無かったわけですが、だんだん読者の年齢層が上がってくるにつれて、劇画の登場は必然だったと言えるでしょう。

読み捨ての雑誌と違い、"貸本屋"の作品として始まった事で、時間をかけてよく練られた作品、しかも長編作品が数多く誕生したのですね。
そう。劇画発展の背景として、レンタル専用に漫画作品を制作していた"貸本システム"というものがあった背景は外せません。

こうして一時期はブームを巻き起こした劇画ですが、週刊の漫画誌が発展するにつれて貸本屋は衰退し、今では過去の遺物のようになってしまいました。
ご存知のように、劇画という言葉自体がほとんど死語になっているのですから。
(『○○って人の劇画は面白いよ~』とか、言ってる人いないですよね。)

現在では、先に挙げた劇画工房に関わった人達の作品こそが劇画である!というイメージは色濃く残ってます。
実は今も数多くの漫画家達に、この先達が切り開いた手法は受け継がれているのですが、ほとんど"劇画"と"漫画"の境界線が無くなった…というよりは、漫画の中の一分野として、劇画が組み込まれたのですね。

「劇画調の画風」の特徴と言えば、まず"写実的"である事です。
ギャグ漫画や少女漫画のように、異様に頭だとか目だとかのパーツがでかかったり、足が異様に長かったりはしません。
そして動線・表情・筋肉など書き込みの多さでもリアルさを追求してます。

要は一見して"大人向け"な作品を指すのですが、これに加えて話がすごく暗かったり、ハードボイルドだったりして、殺し屋でも出てきちゃうともう、往年の劇画を思い起こして、私などニヤリとしてしまいますよ。
実はギャグ漫画が苦手な私にはピッタリのジャンルであったわけですね。

今でも"劇画的"だとよく言われる作家としては、"もう一人の漫画の神様"白土三平先生(の、大人漫画を描く時)とか、かわぐちかいじ先生、池上遼一先生、叶精作先生あたりが有名でしょうか。

もっと若者にも有名な作家だと、「北斗の拳」原哲夫先生だとか、「ジョジョの奇妙な冒険」荒木飛呂彦先生(特に初期。アシスタントではなく自分で描いてた頃)なんかも劇画だと言ってしまいましょう。

さて次回は、現在の劇画のドンといえばこの先生。
さいとう・たかを先生の作品をどれか紹介しましょう。
なので今夜は「ゴルゴ13」のセリフでお別れです。

『あんたが死刑になるまで待てないというやつがいたんだ・・・・
これがおれの仕事でね』



  1. 2006/04/15(土) 14:57:42|
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劇画(1)

dangantarou.jpg

最近考えたのですが、深い内容のブログを書く前に、それぞれのカテゴリー(ジャンル)をいっぱい作っておき、その中身を後から少しずつ埋めていく形にしていきます。

"中身を作る前に、それを入れる箱を作る"方式です。

というのも、このブログを始めてすぐに梶原一騎の事を長々と毎日語ってしまった事に後悔してるのですね。
あれで、二度と読みにきてくれない方をかなり作った事だろう…

アルクのHPユーザーには女性が多いと、サイト製作者にも言われちゃいましてね、肩身が狭くなってきてるのですよ。
そりゃそうだよね、この内容じゃ。
文も長いし、暑苦しいし。

で、今回作るジャンルは"劇画"

しかしまたこうゆうの取り上げて。全く女性向けでないという…
ネタとして狙ってるわけでは無くて、やっぱり私はこうなのです。

もっとさわやかな作品でとか、岡崎京子南Q太魚喃キリコやまだないと、それに「NANA」「ナルト」「ワンピース」あたりを取り上げたら、どうかとも考えました(笑)が、あれはあれで素晴らしいけど…やはり私とは無縁の世界だから無理だし、俺は魂までは売らねーよ(梶原一騎・談)って事で。

うん、思い出した。
過去に私と同じ「映画が好き」と称する女性とお話して、それではと映画の話題をどんどん出していったら、途端に引かれた事もあります。

な~んでかっ♪ (←ここ、なんでかフラメンコのメロディで)

それは、私が映画と言ってもホラー、SF、カンフー、といった映画の話しかしなかったから!
誰も知らない低予算のB級映画を、いかに素晴らしいか!って語っても、当時流行ってた「タイタニック」とか好きな女性に理解されないって!

まぁ今時私のような漫画を読む者は、オタクなどと呼ばれたり、暗い奴とか思われるでしょう。
「変な漫画に詳しい」という理由でモテた人なんて見たことないし。

それは世の女性がそういう漫画を好まない事に起因するわけですが、『それは違うぞ』と、微力ながら訴えていくためにも、これからどんどんと名作漫画や、世間から埋もれているB級漫画も取り上げていきますぞ!

もちろん私は『コアなファンだけ読んでくれればいい』とかは全く思わないし、カルト漫画初心者も大歓迎なので、喜んでもらえる面白い漫画を紹介していきますよ!
(なんて偉そうですが、私の知らないオススメ漫画とかある方も、どんどん書き込みくださいね)

と、今夜は全然時間無いのにこんな無駄話してたら、終わりの時間になりました。
"劇画"についての説明は次回に持ち越しです。ごめんなさい。


  1. 2006/04/14(金) 02:24:20|
  2. 劇画
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フランスの漫画(バンド・デシネ)

B.D.jpg

Bonsoir.

そろそろ、海外の漫画を紹介するコーナーを作りましょう。

『漫画なら日本が群を抜いて世界一でしょ!』と叫ぶ、"漫画国粋主義者"の私に、そんな資格があるのか!
実はほとんど興味の無かった海外の漫画で『これは凄いっ!』などと唸ってしまった事があるのです。
それは数年前、ちょこっとフランスに住んでいた時に!

正確にはフランスの漫画はBande Dessinee(バンド・デシネ)と言われていて、その性質も日本のとは違うのですが、括りはやはり"漫画"で良いでしょう。略してBD(ベー・デー)。
ただ単に漫画のフランス語版などではなく、どれも豪華にオール・カラーで、サイズもでかいので絵本の要素もありますね。
しかしアメコミと違って絵柄は緻密で、あたかもフランス映画のように難しい話が多いのも特徴です。当然現地でも値段が高いので、集める事の困難さに拍車をかけてます。

日本の漫画が完成させた、線による"動き"の表現はほとんど無く、コマ割りはちゃんとあるものの、どのコマもカッコいいイラストのようです。その分不親切というか、読者が自分で考える要素が多いし…表現の方法というか文法が違う似て非なるものなので、日本の漫画読者にとっては慣れるまで読みづらいと思いますけどね。

これを紹介しようと思ったのは、ちょうど今フランス人の親友が来日していて、今夜会ったら画像のBDをおみやげにくれたからです。エンキ・ビラルですよ…
ビラルは両親ともにフランス人では無くて移民ですが、フランスBD界の第一人者であるばかりか映画監督もしていて、「ゴッド・ディーバ」「ティコ・ムーン」といった作品が日本でも公開されていますね。映画の方で知ってるという人の方が多いのではないでしょうか。
BDの方も、日本版も出ていて日本でも一部で人気があり、私はそれで先に読んでました。

そのフランス人の親友はパリ在住で、私も部屋に遊びに行った事があるのですが、類は友を呼ぶというか、彼のBDや日本の漫画(フランス語翻訳版も日本オリジナルも有り)で埋め尽くされた本棚には同胞の匂いがしました(笑)
フランスのアニメや漫画おたく達が集うイベントにも連れてってもらいました。
(日本からのゲストとして、アニメ監督の森本晃司がいた!)

我が親友を始め、そこでコスプレしている男女なども見て、日本の漫画やアニメがフランスでここまで市民権を得ている事実に感動したものです。
対して、私が現地で見て初めて気に入ったBDは、日本でほとんど知られていのは残念だと思いましたね~。

なのでここで私が、おフランス(国名の頭に"お"なんて付けられるのはフランスだけだよね)、そして他の国の漫画も紹介して行きましょう!
だからブログのジャンル名も海外の漫画としました!

ただ私もBDや、他の海外漫画シーンについての知識レベルは…
相撲で言えば幕下、いや褌担ぎ(ふんどしかつぎ) くらいのレベルでしょう!
まだまだ勉強が必要なのです。

お金が貯まったら海外漫画巡りという企画もやりたいのですが、どう考えてもこの東京一人暮らしで、しかもコレクター、社会の底辺の低所得者である私に、そんなお金が貯まるわけはなく…
10年越しの計画になりそうです。それか誰か、取材費を寄付してください。

Au revoir !


  1. 2006/04/13(木) 22:57:09|
  2. 海外の漫画
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月刊漫画ガロ (1)

ようやくここに月刊漫画ガロ(青林堂刊)、そしてこの雑誌に登場していた作家達を語るコーナーを作りました。

garo-hayashi-1970.jpg

私の文章では、どうしても何度かその名前が出てきしまう月刊漫画ガロ(以下ガロ)とは何か。
月刊の漫画雑誌なのですが、私が人生で一番影響と衝撃を受けた物であり、他の全ての雑誌と一線を画する特別な存在です。

思春期にサブカルチャーに興味を持ち出す人って、いますよね。学生時代…何となく周りに流されて流行物に惑わされたり、普通に野球とか見て、カラオケ行って、バイク好きで、恋だとか何だとか言ってデートしてと、そういう事に反発を持ち出す人がいますね、世の中には。
それで読書するなら寺山修司江戸川乱歩夢野久作澁澤龍彦だったり(海外文学だとバロウズとかP・K・ディックとか・・・)、
カルト映画を片っ端から観まくってみたり、音楽でもインディーズバンドを追っかけたり、洋楽のマニアックなレコードを集め始めたり・・・ね。私、またはもう少し上の世代だと大槻ケンヂ好きが多いですか。

↑の例は、いかにもなサブカル少年少女のたどる道の例ですが、全て私に当てはまるような…
もちろんこれは入り口なので、もっと深く追求する前夜ですが、ちょっと恥ずかしくもある思い出です。

そんな寺山修司の文庫本と同じように、ガロもこういった人達のバイブルとして機能してたかに思えます。
ガロの最新号を買う(私は田舎の本屋に毎月取り寄せで定期購読してた)、または古本屋でバックナンバーを探す。
いやそれどころか、その出版社である青林堂から刊行された単行本も目に付くのは全部買うように心がけてました。
こういった周りと違う、誰にも評価されない日陰者的な行為が誇らしかったのですね、きっと。しかも内容自体が他の雑誌でも絶対読めないとんでもないのだから、たまりません!

ガロは、東京オリンピックの1964年9月に創刊されました。
恐らく日本一有名な編集長にして漫画家の尊敬を集めていた長井勝一氏が、白土三平先生の「カムイ伝」を連載するために創刊した漫画雑誌だったと言われていまして、それ以前の白土作品「やませ」の登場忍者である『大摩のガロ』から誌名を取りました。
他にも1960年代、ガロ黎明期に水木しげる先生、つげ義春先生、滝田ゆう先生、林静一先生、永島慎二先生、池上遼一先生、上村一夫先生、日野日出志先生なんかも参加していて、他で載せられない前衛漫画を意欲的に描いてました。全くもって凄いですよ、これらの作家の当時の作品は!

長井勝一著・「『ガロ』編集長/私の戦後マンガ出版史」(筑摩書房刊)。
NAGAI-garo-chief-editor.jpg
これは名著であると同時に、ガロの勉強になります。

ガロ年表みたいなのを見れば、きっと「カムイ伝」が連載終了して、移行は売り上げは低迷云々と書いてあると思うのですが、とんでもない。内容はその後も強力新人作家陣が次々出てきて、落ち目の時代にも、この雑誌ならではの戦いをしていたように思えます。
時が経ち私がリアルタイムで買い始めた高校時代('90s初頭)にも、まだまだ伝説の作家だっていたし、新人も凄かった。
その頃には文章や写真(荒木経惟沼田元氣)の占めるページがかなり増えていて、ますますサブカルチャー情報誌でしたが、それはそれでどのジャンルも凄い人を使ってたし、力がありました。雑誌と言っても内容的に全く読み捨てできない物なので、実家はガロの山ですとも。

TVでおなじみの蛭子能収先生、みうらじゅん先生、内田春菊先生なんかも'80s以降にガロで漫画家としてデビューした人達ですよ!みうら先生は日本の漫画家が大きく分けて2種類しかいないと言い、『それは"ガロ系"と呼ばれる者と、それ以外です』との事でした。
あと花輪和一先生、丸尾末広先生、根本敬先生、山田花子先生、ねこぢる先生、花くまゆうさく先生、魚喃キリコ先生とか…知ってる方も多いのではないでしょうか?
さらにここでデビューじゃなくても、参加した漫画家陣の名前を出していったら、凄い人達が出てきますよ。
お金ではなく(しばらく原稿料も出てなかったのですから)、ここで作品を発表する事にメリットも友情もあったのでしょう。

ともかく売れてはいなくても毎月毎月、30年以上に渡って出版されてきていたガロでしたが…1996年に、編集長からは身を引いて会長職についていた長井勝一氏死去。
その後もガロは刊行され続けますが、インターネットの説明書みたいなデジタルガロなんてのが出て、
digital-garo.jpg
まぁエビスさんこと蛭子能収先生の表紙は良くて、私は買いましたが…

とにかく末期のガロもずっと買っていたのですが、社内の争いで全社員が退社する騒動などあって悲しい休刊。復刊してはまた休刊。隔月刊になり、季刊になり。
数年前にオンデマンド出版として一回だけ出たけど、それから音沙汰がありません!

しかし青林堂を一斉に退社した元社員達は青林工藝舎を設立し、隔月で漫画雑誌アックス(AX)を発行してます。
これの執筆陣は旧ガロの漫画家が中心だし、単行本の毛色も含めて、ガロの精神をまだ保っていると言えるでしょう。
manga-ogre.jpg
(こちらは、その創刊準備号とも言うべきマンガの鬼)

私も、未だにガロの夢を追ってか今や本当に杉並区阿佐ヶ谷に住んじゃってます。
ここは初代編集長・長井氏が愛して、数多くの傑作をガロで発表した永島慎二先生も住み、舞台にも多用した古い街であります。
忘れてはいけない、安部慎一先生は「美代子阿佐ヶ谷気分」を、やはりガロで発表してましたね。

では、このブログに新しい"ジャンル"としてガロが追加されましたので、ここでガロ作家の漫画を紹介して行きますからね。

おやすみなさい。


  1. 2006/04/12(水) 23:40:11|
  2. 月刊漫画ガロ
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手塚治虫(4) 「三つ目がとおる」 3

mitume3.jpg

みなさん、こんばんは。
今日の古本屋巡りも終わり、近所のBarで一杯だけ呑んで帰宅した私はBRUCEです。
いつもならBarでRockを聴きながら、酔いつぶれる事も頻繁だった私が、このブログのためにお店から早く切り上げてるのですよ。
偉いぞBRUCE!!

さてさて。
「三つ目がとおる」特集は今回で終わりなので、裏話を中心に書いていきますね。
前回まででストーリーは分かって頂けたと思いますので。

主人公の名前に関して気付いた方はいますか?
写楽保介(しゃらくほうすけ)と和登サンで、コナン・ドイルの有名推理小説の主人公シャーロック・ホームズと、その友人ワトソンのもじりになってるのですね。

こういう漫画的な名前の付け方は、手塚治虫先生が好んでやってたわけですが、こんな所からもミステリーがやりたかったのだと想像できます。とはいえこの作品を本気でミステリーとして読んじゃうと、その要素は弱いですけどね。

さて、最初に「三つ目がとおる」KC(講談社コミックス)で全6巻と書いたのですが、実はこの作品、やっかいな事にいろんな種類の復刻が出ていて、それぞれで収録話数や内容も違っているのですよ。
何ともマニア泣かせです。
そもそもオリジナル版のKCで最終となった6巻が出てからも、実はまだまだ連載が続いていたというのに続刊が発行されなかったのです。もっと言うと、これはオリジナルでありながらダイジェスト版でしかないのです。
『ちゃんと全部読みたい!』という方には手塚治虫漫画全集版がお勧めで、何と全13巻です。
(もっともオリジナル版にこだわる私は、こういった再発の全集モノにはなかなか手が伸びないのですが)

しかもこの全集版にしても、全話収録にはほど遠いのです。
そう、「三つ目がとおる」は単行本未収録が多いという事でマニアに知られる作品。
つまり完全に読みたい方は、当時の掲載誌を揃えなくてはならない…そこまでのマニアならば私は尊敬しますが。
復刻されまくった手塚先生の作品というのに、この状況はどうなってるんですかね!?

だって単行本だけ読んでても、初めて出てきたキャラを以前何かあったように描かれてたり、写楽がいつの間にか転校してたりするんですけど、これはみんな未収録になってる部分で描かれてるのです。

さらに、時系列もバラバラなのが痛い!
さらにさらに、版の種類によって、同じ作品でも結末が違ったりする!

アニメでも幻の作品と言われる「悪魔島のプリンス」があって、昔ビデオ化だけされました。
当然激レア作品なので、これは現在の市場価格で万単位の値が付いてますよ。ま、私はアニメにはそんなに興味無いですけど…
いや、興味無いなんて言いながらも、去年手塚先生の息子が関わってるアニメの「ブラックジャック」を観ていたら、たまたま「三つ目がとおる」編でした。
両作品のキャラを絡めた一話だけのエピソードなのですが、写楽のバンソウコウは一度も剥がれていないのに、何故かあの三つ目時の悪魔顔写楽でした。
あー!しかも写楽と和登サンが姉弟になってるし、剣持教授が父になってましたとも!!

長くなりましたが、最後にこれを紹介しましょう。
漫画の方で、「ガイコツ・ショー」という話があるのですが、写楽を三つ目だと聞きつけたTV局の人達が、視聴率のために出演してくれと頼んでくる話で…
そこでTVの視聴率競争に触れて、こんなセリフが!!

『ぜったいまけられない 男の世界なのだ』
梶原一騎なのだっ・・・わかってくれっ』


と!
そのコマも話も取るに足らない回なのですが、手塚治虫漫画に梶原一騎先生登場!これは大の梶原好きである私でなくとも事件ですよ。
手塚先生といえば、「巨人の星」「あしたのジョー」「空手バカ一代」等の梶原スポ根漫画に対して、はっきりと嫌悪を示してたらしいじゃないですか。
あまりにも手塚漫画の世界とは相容れないこの作家が大ヒットを続出し、手塚先生の方はスランプで駄作ばかり描いてた時期だからなのですが。

そしてこれ、あの手塚伝説の中でも有名な、
突如アシスタントを集めて、『この漫画のどこが面白いのか、君達おしえてくれ』と泣きべそをかいたような表情で、「巨人の星」を握り締めながら聞いたという…この伝説が思い出されるではないですか!

それだけなのですが。
もうこの時期には、嫉妬深い手塚先生もちゃんと梶原先生の才能を認めてたんだろうな、とか考えて嬉しくなってきただけです。
(何だその〆は!)

それでは、他の手塚漫画に関してもまた次々と取り上げていきますが、「三つ目がとおる」特集はこれでおしまい。
いつかまた、可愛い写楽、そして和登サンと会える日もくるでしょう。

それではご一緒に!

アブトル・ダムラル
オムニス・ノムニス
ベル・エス・ホリマク



  1. 2006/04/11(火) 02:19:19|
  2. 手塚治虫
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手塚治虫(3) 「三つ目がとおる」 2

mitume2.jpg
今夜は写楽保介(しゃらく ほうすけ)でおなじみ、「三つ目がとおる」(講談社刊)での続きです!

写楽はバンソウコウを剥がして三つ目になると、つまり本来の天才が目覚めると、呪文を唱えます。
前史時代の出土品に書いてあり、人間は誰も読めなかった文字なのですが、それが

アブトル・ダムラル
オムニス・ノムニス
ベル・エス・ホリマク


で、『われとともにきたり われとともにほろぶべし』という意味です。
重要な場面で何度も唱えられるのですが、全然キャッチーじゃなくて覚えられない!

だんだん分かってくる事なのですが、写楽は古代の人類三つ目族最後の末裔。
(という事になってるけど、実際には他の三つ目族もでます)

三つ目オープン時には、ガラクタから人間の力を超えた機械を作るし、どんな古代文字も解読するってのに、三つ目を何かで塞がれると幼稚園児並の知能にまでなっちゃう。
それでは塞がれないための処置をしようとか思わないのですかね。そしたら無敵なのに。
興奮するとその三つ目から涙(ヨダレらしいですが)を流して、可愛いですよ

その三つ目族。
我々とは違う種類の人類であり、その祖先はかつての地球で数千年にわたり富み栄え、文明ははてしなく進んでいた。
しかし欲によって文明もゆがみ、だまし、憎み、戦い、生き物を殺し、自然を破壊した…

つまり現代の人間と全く同じ道を歩んで滅びた種族だとして、手塚治虫先生は人類への警告を交えたのでしょうね。
しかし『人類は間違った道を進んでいる』とか、そういう警告はありがちすぎて、今では『またか…』なんて思ってしまいますが、これは連載開始が高度経済成長の数年後なので、まぁいいでしょう。

あと映画「エクソシスト」等のホラー映画や、つのだじろう先生の「恐怖新聞」大ヒット等で巻き起こされた'70sオカルトブームの影響も色濃く見受けられます。
その時に多感な時代を過ごせれば、怪奇・幻想・恐怖モノ大好きな私には毎日住み良かったのでしょうが、今ではこの素晴らしい時代に発表された漫画・映画なんかを後追いで求めるBRUCEです。

超古代文明を興していた三つ目族は、須武田博士によれば、その文明は呪術と超自然力と魔法とで成り立っていたと予想されるのですが、実際に写楽は精神のエネルギーであるオーラを使いこなす。
(彼のオーラは並みの人間の数万倍は強い!)

三つ目になると今回挙げた呪文が唱えられ、オーラの力で一万年以上前に出土された、全滅戦争の案内書にもなる棒(画像で写楽が持ってる物)をどこからでも呼び寄せます。
これは人を溶かすし、それどころかビームが出て何でも破壊しちゃいますよ。

この「三つ目がとおる」は、
琵琶湖の底に眠る三つ目族の財宝を巡る話、アメリカ西南部のインディアンの街に現れた三つ目族の遺跡の話、岩手県の"浄土が浜"で知性のある霊長植物ボルボック(かつての三つ目族はこれに滅ぼされた)と戦う話…
そういった傑作長編の間に一話完結の短編を挟みながら進む形式の漫画です。
不思議な事件の前でさんざんバカな所を見せておいて、三つ目になった写楽が謎解きをするというのがパターンでしょうか。

写楽が心を許してる和登サンだけが、彼のバンソウコウを上手く剥がせるのですが、
それを時に自分の剥がして、用が済めばまた貼って悪魔の力を封印するって…
可愛い顔して彼女、まるで悪魔メフィスト・フェレスを自由に使うファウストのようではないですか。

和登サンいわく、
『バンソウコウはがしたキミってミリョク的・・・
 悪のミリョクっていうか・・・そんな時の写楽クン すごくカッコいい』


なんて惚れられてる三つ目オープン時の写楽ですが、後半は特に悪魔ぶりがひどい。
ストレートに『人類の征服者になってやるぞ。それが三つ目族の力だ』とか言っちゃってたり、なんでも溶かしてウンコにしてしまうピーナッツを香港マフィアに配り、地球上をウンコだらけにした上に人類を滅亡させるべく画策したり。

そんな三つ目時の写楽が、また世界をぶっつぶすべく暴走して『生きがいをかんじるよ』とか言った時に、和登サンが返したセリフが
『生きがいじゃない キチガイだ』
です。そんな時に全く上手くない洒落が出るのが笑えますね。

では、次回で「三つ目がとおる」は終わりです。


  1. 2006/04/09(日) 04:12:22|
  2. 手塚治虫
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手塚治虫(2) 「三つ目がとおる」 1

mitume1.jpg

私のブログで最初に紹介する手塚治虫作品は、「三つ目がとおる」で決定です!

1974年から1978年にかけて週刊少年マガジン(講談社刊)で連載され、単行本はオリジナル版であるKC(講談社コミックス)だと全6巻。

過去に二度アニメ化されてて、だいたいの人がタイトルは知ってるでしょうが、手塚作品の中ではちょっと地味な印象がありますよね。だからいいのです。
超有名作品を私の視点で語るとかもやりたいのですが、それは後回しで。
だって、ファンとしては主人公の名前がとおるだと思われたりしてる現状は見過ごせません!彼の名前は写楽保介(しゃらくほうすけ)です!

ヒロインに和登千代子(わとちよこ)、通称和登サンって娘がおるのですが、この娘は女子というのに一人称を、ボクで通しますよ。
女性なのにボク。これは、あの'70sにデビューして、いつしか消えていった天才歌手・森田童子の影響を受けている事を表します。
…っていい加減な事を言うなBRUCE!!
嘘です!森田童子デビューより、「三つ目がとおる」連載開始の方がわずかに早いです。

とにかくこの和登サンは、読者サービスなのか、よく脱ぎます。または脱げてしまいます(笑)
'70sに少年時代を送ったマガジン読者は興奮したことでしょう。
可愛い子なのに、学生服を着ただけで男装成立して、周りも簡単に男だと思ってしまうのは、手塚漫画では何度か見られる光景ですね。

他に主要登場人物として、写楽の養父で医者(内科・外科・小児科)の犬持医師
彼はある時、いきなり訪ねてきた婦人に病気の赤ん坊を預けられた。そしてその婦人には、額に第三の目があり、赤ん坊を預けて外に出ると、落雷に打たれて死んだ。もちろんその時の赤ん坊が写楽。2,3年経つとあら不思議、写楽にも第三の目が現れた。

他に大学の考古学教授・須武田博士、雲名警部、そして写楽を住み込みで働かせて預かるのが中華料理屋「来々軒」のヒゲオヤジ
彼はバカ田大学出身です(笑)。
もっとも大学に入ってるのだから、私よりは学歴が上ですけどね。

さてストーリー紹介に移りますが、まず三つ目族の子孫である写楽保介は、養父・犬持医師の考えにより、でっかいバンソウコウをばってんに貼り、額の第三の目は隠しています。
別に犬持医師は意地悪しているわけでも、三つ目が原因でイジめられるからってわけでもなく、第三の目を出すと写楽の脳が異常に発達してしまい、人間のレベルを遥かに超えた頭脳で人類にとって危険な思想を持つのからなのですが…

残念な事にバンソウコウで第三の目を隠しているわけなのですね。そして、その時はまるでおバカさんになっちゃうんです。

そんな時の写楽は知能も見た目も幼稚園児だけど、中学二年生。
中学生は弱い物にはどこまでも残酷です。
机の中に毎日、ゴミや猫の死体を入れられてたり、特大ボールの中に押し込められてサッカーされたり(つまり蹴られまくり)、もう手塚の少年漫画タッチじゃなければひっどいよ!と叫んで死にたくなるようなイジメが続くのですが…写楽は白痴になってるので、気にしない。

しかし不良が写楽のバンソウコウを剥がしてしまった時、復讐によるカタルシスの始まりですよ!
まさしく古代マヤ民族の壁画と同じ種類という設計図を屋上に描き、それを基にしてガラクタを組み立ててグロテスクな、脳みそをトコロテンにする装置を作ってしまうのです。

人間の脳みそはトコロテンになったほうがいいと思う
人間のやってることは みんなわるヂエのせいだろ
このままだと公害やら事故やらで地球は滅亡しちまうだろ
人間がみんなバカになれば滅亡がふせげるだろう


と、ごもっともな意見を述べて、本当にイジめっ子達をパーにしちゃう。
さぁ次は世界中の人間にって所で、また写楽はバンソウコウを貼られ、そのトコロテン装置の記憶も無くすというのが、やっと一話目。
この後は不思議な力を使って、写楽は古代史の謎と絡めた事件に立ち向かうSFミステリーが続くのだけど、続きはまた今度。

CIAO!!


  1. 2006/04/05(水) 23:40:37|
  2. 手塚治虫
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手塚治虫(1)

TEZUKA-manga40nen.jpg


はい、皆さまこんばんは。
今回から新シリーズで、手塚治虫先生を紹介します。
何で私のごときが今更あの神様を…って?
もちろん私だって本領発揮とばかりに、ガロ系とかのマニアックな方へ向かいたいですよ。
でも、漫画マニアとしては、その漫画の方法論をほぼ作り上げた方を素通りってわけにはいきません。

ストーリー漫画の開祖と言われ、『戦後の漫画は全て手塚治虫のパクリともいえる』

とまで言われたりする神様手塚様の功績は偉大!
生涯に15万枚とも言われる原稿枚数がそれを物語りもしますが、決してその量で偉大さが語られるわけではありません。面白いからなのです!

実際に私自身が手塚先生を大好きで、中三くらいから手塚漫画を集め始め、10代終わりの頃には主要作品全部をはじめ、かなりの量になってましたね。
いくらなんでも描き過ぎな原稿に追われてて、確かに量産の爪あとというか、やっつけ仕事みたいな漫画もあるし、個人的に全く好きになれない漫画を描いてた時期もありますが。

何と1946年に17歳で新聞連載の「マアチャンの日記帳」にて漫画家デビュー。その後漫画を描き続け、20歳の頃には「前世紀 ロストワールド」などの傑作を医学生のかたわら(!)で描いて…
みなさんは手塚治虫先生の代表作といえば何を思いつくでしょうか。
「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」「海のトリトン」「どろろ」「火の鳥」「ブラックジャック」「リボンの騎士」「ブッダ」「アドルフに告ぐ」・・・・
有名作品が、まだまだいくらでも思いつきますよね。

しかし!後追い世代の私が少年時代に衝撃を受けたのは、
「きりひと讃歌」「奇子」「一輝まんだら」「シュマリ」「ばるぼら」「MW」・・・・・

そんな'60s~'70sに描かれた大人漫画で、ほとんど大都社から出版されてました。
はまりましたよ~、これらには。震えながら読んでました。
もちろん他にも数ある、ブラックな短編も大好きでした。

当時はそんなに手に入らなかったのですが、今の若者には嬉しい事に(オリジナルで集めたいコレクターとしては正直複雑ですが)、手塚漫画は文庫でも愛蔵版でも復刻されまくってて、今挙げたのはどれでも現在読めます。
なのでまだ未読の皆さんには是非読んでもらいたいのですが、ただセリフは変えられてたりするので、こだわる人は古本屋でオリジナルを探しましょうね。
手塚漫画は復刻ブームの影響で、現在あまりプレミアは付いてないですから。

そうそう、滅多に復刻本は買わない私ですが、珍しい本が出版されると買ってしまったりします。
しかし手塚先生の没後に、とある団体に抗議を受ける事件があり、それから単行本には差別描写についての弁明が巻末に必ず付いてますね。
あれには冷めます。
そんな事言わなくても分かってるよ!とは思いますが、当時の背景も作品の内容も全く理解できてない人が、またいつ抗議してくるかもしれないとの出版社による配慮なのでしょうね。
しかし手塚作品を…ハァ。

さっき触れた大都社から出てた一連の作品はどれもお勧めなのですが、あらゆる出版社から、いろんな作品が出てますよね。
会社名は挙げてたらキリが無いのですが、私の好きな青林堂からも豪華な本がいくつか出てるというのは嬉しい事です。ガロの会社ですからね!

ここでもうちょい詳しく手塚治虫先生のプロフィール等を振り返ろうとも思ったのですが、誰もが知ってるあの日本で一番有名な漫画家の事ですのでね、ざっとの紹介にしましょう。
1928年11月3日に手塚先生は大阪で生まれましたが、育ちは兵庫県宝塚市です。
現在はその宝塚に"手塚治虫記念館"というものがあります。まぁ言うまでも無いでしょうが、私も数年前に既に訪ねてきましたよ。

漫画の神様・手塚先生でありますから、当然ネタや伝説で話も尽きないのですが、特に有名な話はどれでしょうか。
昆虫好きが高じてペンネームにの字をあててしまったとか?初期は"おさむし"という振り仮名付きだったようですが、すぐに読み方を"おさむ"に改めたそうです。
それに、あのベレー帽をかぶったご本人の顔自体が有名ですね。常にかぶり続けたものだからハゲてしまい、カツラがわりだったとか。ついでに50代で総入れ歯だったみたいですよ。
あそこまでの漫画人生では、自身の健康など重要では無かったのでしょうか。

戦争体験もあります。そこで生命の尊さを考え、後年医者の資格を取ったというのも広く知られてます。
でも自身の漫画の中でも描いてますが、彼は戦中、そして医学大学の授業中にも漫画ばかり描いてたみたいですね。
彼にとっては訓練や授業より漫画の方が遥かに大事だったのでしょうが、漫画家になって良かったですね~。漫画界にはもちろんですが、医学会にとっても良かった(笑)

実はちゃんとした美術の勉強をした事はなく、後続の漫画少年達にはかりしれない影響を与えたあの「新宝島」ですらも、当時の漫画界で大御所だった島田啓三新関健之介にデッサン力の無さを指摘されてしょげかえったとか…
(その後の活躍や現在の漫画シーンを見れば、漫画家に必要なのは決してデッサン力でないのは証明されましたが)

しかも漫画や医学だけの方であるわけもなく、アニメーションにも造詣が深かった。
ただ自身の作品がアニメ化あれるだけでは飽き足らず、アニメーション専門の会社手塚動画プロダクションを作った。
この後に虫プロとなる会社が、なかなか優秀なアニメ作品を作り始めるわけですが…

私の興味があるのは、やはりアニメではなく漫画。
虫プロから分離した虫プロ商事が、やはり手塚のフィールドである漫画雑誌を創刊します。

その名もCOM(コム)。

1967年から1973年まで、"まんがエリートのためのまんが専門誌"をキャッチフレーズに出版されていたのですが、これは月刊漫画ガロのライバル誌として争いました。
(ガロとライバルと聞いて「なーんだ」と思った貴方!!違うんです!今はマイナー誌イメージしか残ってないガロも、当時は物凄かったのです!)

しかし…虫プロ商事は倒産。
手塚先生をその後の長い期間に亘って苦しめる借金を作ってしまいました。

しかしCOMの功績は大きい。
手塚先生自身は「火の鳥」発表の場として使ってたのだし、石森章太郎先生、永島慎二先生、松本零士先生、藤子不二雄先生らが名作や実験作を毎月書き上げてたわけですよ。
さらに!COMデビューの新人作家も凄い!!
能条純一先生、青柳裕介先生、岡田史子先生、宮谷一彦先生、竹宮恵子先生、あだち充先生あたりはかなり意外じゃないですか??
さらにさらに!日野日出志先生、諸星大二郎先生なんて、私が思わずニヤリとしてしまう、大好きな作家も。

おっと、手塚先生の話からちょっと脱線しましたね。
そのまま手塚先生の人生についてもそれ以降は省略しますが、とにかく1989年2月9日、60歳で神様死去です。
もうどこでも使われまくってる文なので恥ずかしいけど、やはり名文なので…
この逝去の翌日に朝日新聞に掲載された社説の一節を引用して終わりましょう。

 日本人は、なぜこんなにも漫画が好きなのか。
 なぜ、外国の人はこれまで漫画を読まずにいたのだろうか。
 答えの一つは、彼らの国に手塚治虫がいなかったからだ。


合掌。
次回から漫画作品の紹介に移りますね。
(これまたどれから行こうか選ぶのが困難だ。)

おやすみなさい。


  1. 2006/04/03(月) 21:52:20|
  2. 手塚治虫
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プロフィール

BRUCE

Author:BRUCE
BRUCEです。あだ名は大悟(DieGo)です。
大悟…つまり悟りを開くに至る道程にある事を表し、かつ神の映画「ドラゴンへの道」から頂いてのブログタイトル。同名の秘密結社も運営しています。

名作漫画紹介の形を借りて、自分の記録用に使っています。

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