
さあさあ予告通り今回は、地獄の似合う漫画家No.1の
日野日出志先生で逝きますよ!
まずは単行本のカバーで公表されている、プロフィールを見てみましょう。
1946年、満州チチハル生まれ。
満州の荒野で九死に一生を得て、内地に引き返した後も各地を転々とし、小学一年で三回も学校を変わり、この頃から
異常な孤独癖と空想癖に取り付かれるようになる。
とありますが、いかにもですね。
もしも子供達の輪の中で、明るくワイワイ騒いでるような少年時代だったなら、後年あの傑作の数々は生まれなかったはずです。
映画好きで、自身も映画監督か撮影カメラマンになりたかったという少年時代を経て、1967年に雑誌
COMの第5回月例新人入選作
「つめたい汗」でデビュー。
以後、
ガロや
少年画報等を活躍の場として、数々の傑作を発表し続けました。
後から見たら順調のようなこの漫画家生活ですが、実は怪奇漫画以前にはギャグ漫画を描いていた
日野先生ですので、試行錯誤し、無理に絵柄を崩したそうです。
ギリギリの生活の中で精神的に追いつめられ、
『最後に自分の納得いく作品をひとつ描いて漫画家をやめよう』と決意までしたのだとか。
そこである一つの作品を、何度も何度も何度も描き直して、ついに完成させた…
それがあの
「蔵六の奇病」なんですね。
作品をいくつも読んでると
日野作品には、どこか懐かしく、そして不安を呼ぶ原風景がある事に気付くでしょう。
本人が、どこかで自作には
怪奇と
叙情というのを大きなテーマにしていると、そう語っておられましたが、そう、
叙情を感じさせる所に、単なるスプラッターではない凄さを秘めています。
登場人物には、異形の物(フリークス)、精神異常者(パラノイア)、ヤクザに怪物、社会から虐げられし者達が多くいるものの、あきらかにそちらの方が健常者以上に優しいまなざしを向けて描かれている事も、読み返してるとよく分かってきます。
もちろん単なる、ショックやグロを求めて、
日野作品の世界に入るのもいいでしょう。
それだけでもホラー界トップの気持ち悪さを持ってるので、内臓好き、腐乱死体好きの貴方(笑)にもオススメですよ!!
なにしろ化物ではない、むしろ被害者側の登場人物の顔まで怖いです。
目がギョロッとして血走り、普通の人には見えないのです。
さらに、家屋から畳の目の描写にいたるまで怖いのです。
あと映像部門。
日野先生はホラービデオの制作もしてるのはご存知ですか?
1985年に作った監督作の
「ギニーピッグ2 血肉の華」は、幼女連続殺害事件の容疑者・
宮崎勤の部屋にあったとされて、即絶版!
以降未だにソフト化されていないので、有名レア作品になってしまいました。
(しかも、実際に
宮崎のヲタク部屋にあったのは、別監督で、しかもコメディ調の
「ギニーピッグ4 悪魔の女医さん」だったそうですよ。)
それにいい大人が、『あいつは残酷な物を観てるから残酷な事をしたのだ』とか、本気で信じてしまうのはいかがなものでしょうか。
武道(居合い)をたしなむようになったからか、心身が健康的になるとおそらく同時に、作品も随分前から毒が薄れている
日野先生の近年の作ですが、これはこれで悪くないです。
"暗黒童話"といった作風が多くなっていて、それは
日野先生に憧れて漫画を描き出した
犬木加奈子先生の作品世界に影響を受けているようにも思え、傑作の影響力はループするのかと考えてみたり…
今回の画像は、ここにもいました
日野リスペクト!って事で、
犬神サーカス団が'99に発表したアルバム
「地獄の子守唄」です。
最後に一つ。
何度も出版社やサイズを変えて復刻されている
日野作品ですが、これから購入するという方には、やはりオリジナルである事とジャケのカッコよさを考えても、
ひばり書房から出ている黒背表紙の版をオススメします。
では次回から作品そのものの紹介にいきますね。
- 2006/04/30(日) 12:52:48|
- ホラー漫画
-
| トラックバック:0
-
| コメント:9
『恐怖は人間の最も古い、最も強い情感だ』(
H・P・ラヴクラフト)
さて、新たに
ホラー漫画を語るコーナーの誕生です。
実は私、BRUCEが一番好きな漫画を"ジャンル"で答えろって言われたら、この
ホラー漫画になるのかもしれません。
当然コレクションの数も多くなってるわけですので、それを少しずつ紹介していきましょう。
今でこそ、漫画でも映画でも"ホラー好き"を公言する私ですが、幼少時代の怖がり方は半端じゃなかった。
今でも良く覚えてますが、たまに立ち読みに行ってた近所の本屋の一角
にひばり書房、そして
立風書房という出版社から出ていた、黒い背表紙のホラー漫画コーナーがあったのです。
そして、その近くには近寄りたくなかったくらいです。
それでも読んでしまったり、TVなんかでも怖い番組を見ると、ずっと忘れられなくなり、嫌だったものです。
まぁそれは別に大した話ではなく、小学二年くらいになって、思い切ってそこの黒背表紙ホラー漫画と戦ってみたら(ただ中の一冊を立ち読みしたってだけですが)、これが意外と大丈夫になってて、それから逆に愛好するようになってしまったのです。
恐怖もトラウマも、手なずけてしまえば心地よく楽しめるって事でしょうか。
数を読んで行ったり、また大人になると、昔は怖かったはずの物がお笑いの対象にしかならないという事がありますよね?
先ほど名前を出した
ひばり書房と
立風書房の漫画群には、とにかく質の悪い…というか、『これ描いてるの素人だろっ!』と突っ込みを入れたくなる下手くそ漫画が多かったりして、今は笑って読むしかないのです。
実際に、簡単に次々と、質より量で出版してたのですね。
まぁおかげで私のホラー物への異常な怖がり方は尾を引かなかったのかもしれませんが。
もっとひどいのになると、同じ漫画のジャケとタイトル変えて、さも新作のようにして再発したりもしてるから、お茶目とでもいうのか…。
少ないこずかい握り締め、買った新しい漫画が前に買ってた物と同内容では…子供は泣きますね。
大人になると、そんな事も分かっていながら、集めてる漫画家作品は
ジャケ違いなだけでも買わなくてはならないのだから、コレクターって大変です。
その、言っちゃ悪いですが"質の悪い"作品が多い、黒背表紙のホラー漫画群の中にも、やはり傑作がたま〜にあります。
別の意味で傑作、というか快作みたいなのも愛すべき漫画ではありますが、本当に誰も真似のできない、凄い境地に行っちゃってる漫画家が一人いました。
その名は
日野日出志先生。
次回からは、その
日野日出志特集でいきましょう。
記念に今回の画像は、日本が誇るノイズバンド・
非常階段が、
日野先生の作品をそのままジャケに使い、'82に発表した1stアルバム
「蔵六の奇病」です。
他に多分、ホラー漫画家と聞いたら思い出す名前で一番多いのは
楳図かずお先生でしょうか?
はたまた
つのだじろう先生?
古賀新一先生?
いばら美喜先生?
好美のぼる先生?
もちろんこの人達も大好きです。著作を集めてもいますし。
しかしずっと世間から注目され、一流の出版社から出してる先生方より、愛着を持てるのは
日野日出志先生。
ただでさえ一般的には気持ち悪いとしか言われない漫画を描いてるのに、例の幼女連続殺人事件犯人の
宮崎も読んでたって事で、世間からバッシングを受けまくってた時期もあります。
他には
水木しげる先生、
諸星大二郎先生、
花輪和一先生といった名前も出てきますか?
ええっ?
藤子不二雄A先生、
永井豪先生も忘れるなですって?
これまた私は大好きな漫画家達ですが、しかし彼らはホラー漫画も描いてるものの、ホラー漫画家と言う事はできません。
他のカテゴリーでちゃんとやりますよ。
もっと近年だと、ホープは
犬木加奈子先生、
伊藤潤二 先生、
御茶漬海苔先生あたりって事になるでしょうか。
彼らは凄いですよね!
ホラーかける情熱と個性でも群を抜いていて、ずっと注目してますよ。
これらも、そのうちこのコーナーでやりましょうね。
ちなみに、呼び名が
怪奇漫画だとか、あとサイコホラーもスプラッター系も、全部ここに入れていきますね。
乞うご期待!!
- 2006/04/28(金) 01:39:58|
- ホラー漫画
-
| トラックバック:0
-
| コメント:5

先週は
週刊少年ジャンプそのものについて語らせていただいたので、これからはそこで掲載された名作の数々を、読んでいきましょう。
まずは…
漫☆画太郎先生の
「珍遊記 -太郎とゆかいな仲間たち-」に決定!
いきなりジャンプとしては超異色作品の登場ですが。
この
「珍遊記」の連載開始時、私は中学生でした。
当時のジャンプは、
「ドラゴンボール」でフリーザが出てきたばかり時期。
つまり、週間漫画誌の人気ではジャンプの完全なる一人勝ち時代で、何と毎週毎週600万部以上売れていたという、とんでもない発行部数を誇っていた時期だったと記憶します。
そんな時に…そう、日本出版史上でも類を見ない売れ行きの雑誌に、このきったない絵(笑)の漫画が始まったわけです。
そこらへん、いつも新人を次々と使って勝負をかけるジャンプの偉い所だと、高く評価したいと思います。
漫☆画太郎先生も、そんなモンスター雑誌の黄金時代でも物怖じせずに、この
「珍遊記」で絵の汚さ下手さ、ふざけたストーリー展開を炸裂させます。
その実験精神溢れる原稿は、時に鉛筆だけで一話描いてみたりするし、連続見開きのページ使って何も話が進まなかったり、そして何より下品!!
『えっ!?ジャンプでこの漫画載ってていいの??』
という疑問の声が、全国から上がった事でしょう。
さらに
画太郎コピー…とは私にしか呼ばれてないかもしれませんが、買ったばかりのコピー機を使った、コピーコピー、またコピーの手法も、このデビュー作で確立させております。
全く同じ絵のコピーページを、セリフだけ変えて繰り返し使うこの画太郎コピーは、決して手抜きではなく、漫画の新しい"効果"として使っているのですね。
実際本当に可笑しいし、多分スクリーントーンはまともに使えないからでしょうが、大変なペンでの描き込みを意外と熱心にする漫画家である所を見ても、コピーは手抜きではない…はず。
"漫画本"とは、原稿をコピーして何百万人でも、何百年でも楽しめるという意味において、
複製芸術と呼ばれるわけでありますが、こういうコピー方法は
手塚治虫先生でも思いつかなかったでしょう。いや、思いついてもやろうとは思わなかたでしょうが(笑)。
それを実際やっちゃうのが、
画太郎先生の凄さでもあるのですね。
とにかく
画太郎漫画ってのは、今も昔も漫画の定石をぶち壊してくれております。
反復の不思議な効果は、テクノやミニマルミュージックだけにあるのではなく、漫画でもそれは…ある!
(そんなに大げさなもんでもないか)
私のこの
「珍遊記」ブログはシリーズにしないので、細かいストーリーや面白いコマに触れるのは止めておきます。
というより、この漫画はストーリーだけを文章で説明しても意味が無いし、それぞれのコマが擬音の一つまで面白いので、未読の方には読んでもらうしかないのです。
ただ惜しむべきは、この漫画は掲載誌であるジャンプで、しかもリアルタイムで読んでもらいたかった…
他の漫画を愛すべき方法でパクりまくってるのですが、それが先週号のフリーザのセリフが早くもそのまま使われてたり、連載一周年記念号ではとんでもなく下手クソな絵で、当時ジャンプに連載されてた漫画の主人公達が
山田太郎(注・この
「珍遊記」の主人公です。)を胴上げしてる扉絵使ってたりするのです。
これには当時、声を上げて笑ってましたよ。
しかし新人漫画家が、何でこんなにやりたい放題やれたんですかね〜。
余談ですが、ずっと後に
週間少年チャンピオン(
秋田書店刊)では、
ピエール瀧を原作者に迎えて、更にアバンギャルドな漫画
「樹海少年ZOO1」を掲載するものの、さすがにここでのあまりの暴れっぷりに、最初は『何でもやってください』と言ってた編集者からも遂にストップがかかったんだとか。
もっと最近では、
「珍入社員金太郎」という、
「サラリーマン金太郎」(
本宮ひろ志・作)のパロディ漫画を
ヤングジャンプ誌上にて連載開始したものの、やはり抗議が来て打ち切り。
単行本化もされないだろうから、後世では"幻の作品"扱いになる事間違い無しですね。
おっと、
「珍遊記」に話をもどします。
この作品では、何と単行本全6巻のうち4巻にまたがり、天竺に向かう途中の"酒場バトル編"をだらだら描き、この長くなりすぎなのも前衛だと(笑)面白がる読者は少なかったようで、掲載順を巻末の方に追いやられていきました。
(注・ジャンプでは、掲載順が人気のバロメーターの一つなのです。)
そして、天竺には到着することなく連載終了。
もっともこの漫画ですから、
画太郎先生も天竺なんかどうでもよかったようにも思えますね。
あ、ちゃんと
「珍遊記」の後もそれほど間を空けずに
画太郎先生は連載をもらい、
「まんゆうき」というのを始めますが…"ちん"の次は"まん"かよ
画太郎!!
画太郎作品は、頭をカラッポにしてただ笑えばいいという所も魅力ですね。
メッセージ色の強いギャグ漫画なんて嫌らしいですもの。
今回は、作品の背景を重点的に語りましたが、それも全て、
画太郎作品だけは内容の解説もレビューも読む前に、作品を読んで欲しいという、私の気持ちの表れなのです。
決して眠くなったから、途中まで書いた文を削除、そして放棄した…のではないですよ(汗)
『うそくせー なーんかうそくせー』
ではおやすみなさい。
ぐー ぐー
- 2006/04/25(火) 00:31:55|
- 週刊少年ジャンプ
-
| トラックバック:0
-
| コメント:4

こんばんは。
昨夜4月22日(土)の話。東京都は高円寺にある、志の高い古本屋さん
『アニマル洋子』のオフ会、その名も
『第4回アニマル会』でした。
このお店は、レア漫画から文学作品、UFO本とかの怪しい物までいっぱい揃ってるので、高円寺に来られた際には、是非お寄りください。
さて、アニマル会。
第4回って言うくらいですから、もちろん過去にも3度やっていて、昨夜のは半年ぶりに行ったのですよ。
私・BRUCEが呼びかけ人となり、二人の店員さんと、お店のファン達とで行う飲み会なのです。
今回は場所移動が少なく、二次会までで居酒屋を二軒使ったのみでしたが、幹事の私は当然最後まで残り、朝まで呑んでました。
ちょうど今、フランス人のおたく友達が来日しているので、中野ブロードウェイのおたくショップ数々を案内した後(フィギュアをいくつか買ってました)、彼も連れて参加しました。
高円寺の人ばかりではなくて、けっこう遠くからの参加者もいるのがありがたい限りですが、累計で18人が参加しました。
そこでこのブログのネタ用に全員から"一番好きな漫画家"アンケートを取ってきましたよ。
挙がった名前を順不動に、全部書き出してみましょう。
森由岐子、
小林よしのり、
荒木 飛呂彦、
水木しげる、
手塚治虫、
諸星大二郎、
水木しげる、
小林よしのり、
日野日出志、
梶原一騎、
桜玉吉、
大友克洋、
宮崎駿、
平田弘史、
細野不二彦、
根本敬、
新井英樹・・・で、以上18名分。
(クイズ・私の票は、この中の誰でしょう?)
おっ。二名同じ名前が挙がってますね。
結果、一番人気は同数票で(といっても2票ですが)で、
水木しげると、
小林よしのりに決定しました〜!!
こんなに変な漫画好き達が集まって、水木はともかく、よしりんが一位になってしまうのは意外な結果です。
私もよしりん漫画はずっと好きでしたけど。
「東大快進撃」、
「どとーの愛」、
「異能戦士」あたりは何度も読んだものです。
同時に、サブカル高円寺のこのメンバーで、
花輪和一、
丸尾末広あたりが出ないのも意外だって意見が出てましたね。
そうだフランス人の友達は、自国のBD作家なんかを差し置いて、我らが日本の、
大友克洋へリスペクト票を入れてくれました。
他の友達ですが、アニメじゃなくて"一番好きな漫画家"と聞かれて
宮崎駿だなんて、普通は出てこないし通好みですよね〜。
マニアックな漫画をかなり読んでるであろう参加者達が、
手塚治虫とか、他の商業誌で連載してる有名漫画家を挙げてて、それが面白かったりもしました。
BEST 3とかだったらまた違うのでしょうが、No.1の一人だけとなると、著作を2,3作しか出してないような漫画家は挙げにくいですしね。
いい大人が漫画の話を真剣に語るってのは、面白いものです。
いや、もちろん漫画の話ばかりしてるわけではないのですけどね!
気が向いた方は、気軽に次回のこの
『アニマル会』へ参加してみてください。
…今回はどうでもいい雑談でしたが、たまには息抜きで生き抜き目指すBRUCEでした。
では、また会いましょう!!
- 2006/04/23(日) 22:31:56|
- 古本 番外編
-
| トラックバック:1
-
| コメント:5

はい、このカテゴリーも作っておかなくてはなりません。
思い出した時など、たまに
週刊少年ジャンプ(
集英社刊)で連載されていた漫画、またはジャンプ出身漫画家の作品なんかも紹介します。
今回の文章では"ジャンプ=週刊少年ジャンプ"として扱ってますが、もちろん
ヤングジャンプや、他の兄弟誌の作品もここにいれてもいいですね。
おっと、このブログでジャンプって聞いてビックリした人もいるのではないでしょうか。
大人になってから出会った人は皆、私の事をサブカルチャーの旗手だとかって捉えてくれてますが(泣)、私にだって
「北斗の拳」や
「キン肉マン」の続きが楽しみでワクワクしていた子供時代は…ある!
それにジャンプは今考えても、『あれは名作だった』という作品は多いのです。
誰もが知ってる作品から、人々の記憶から完全に消えている名作までが、この雑誌で出てきています。
私がジャンプを読み始めたのは、まだ回りは
コロコロココミック派だとか
コミックボンボン派(どちらも小学生向けの月刊漫画雑誌)だとか騒いでた、小学一年の頃から。
(余談ですが、この話題では私はコロコロココミック派でして、
「あまいぞ!男吾」や
「獅子王伝」、
「高橋名人物語」あたりに胸を熱くしていた世代で、まだしばらくはジャンプとも併用して読んでいたのですが、それはまた別のお話。)
ちなみに、発売日(火曜日)に本屋で立ち読みして、あとで近所のラーメン屋から一週遅れのジャンプを貰い、読者はがきコーナーの
「ジャンプ放送局」までじっくり読むって事をしていたので、考えたら
集英社の売り上げには貢献してないですわ。
いや、単行本をかなりの量買ってたからいいか…
連載は終わってる作品でも、
JC(ジャンプコミックス)まで大好きでしたので、世代では無い
「男一匹ガキ大将」や
「リングにかけろ」といった、過去にジャンプを引っ張ってきた作品の単行本まで探して集めてた辺り、後に漫画コレクターになる要素の片鱗はあったのかもしれません。
まだまだ"初版"って言葉も知らない、覚醒前夜でしたがね。
忘れもしない、小学三年生時に大好きな
「ジョジョの奇妙な冒険」が連載スタートしたのですが、このあたりの時期に掲載されてた作品としては、さっきも挙げた
「北斗の拳」、
「キン肉マン」の他にも
「聖闘士星矢」、
「魁!!男塾」、
「銀牙−流れ星 銀」あたりも大好きでしたし、
「ドラゴンボール」「キャプテン翼」「ハイスクール!奇面組」「ついでにとんちんかん」「CITY HUNTER」「燃える!お兄さん」等のTV化作品目白押しだった記憶があります。
それにジャンプは有名な、そして悪名も高い
アンケート至上主義ってやつで、マニアの目から見て名作の予感がする作品でも、大衆性が無いとすぐに打ち切られてしまうので、いくつか単行本化されてない、思い出の作品もあります。
※
アンケート至上主義とは、本誌に付いてるアンケートはがきで作品の人気を調べてて、しかもその結果を異常なほど重視する主義の事。
そのアンケートで票を取れない漫画は、すぐに打ち切りとなります。
しかしストーリー漫画家は、じっくり伏線を貼って後にそれが生きてくる作品を作りたいだろうに、本題に入る前に『人気が無い』の一言の元、中途半端な場面で打ち切りではやってられませんね〜。
他にジャンプの特徴としては、やはり悪名も高い
専属システムがあります。
とにかくジャンプ専門で描かせ、人気のあるうちは絶対に他誌では描かせないという、強固な姿勢を持ってるんですね。
創刊時から部数アップに貢献してきた
本宮ひろ志先生が他で描こうとした時の妨害は凄かったみたいで、結局最後は編集者が土下座までして止めてもらったとか。
こういった姿勢は
漫画家つぶしとまで言われたのですが、私の世代ではあまりに巨大なヒット作である、
「ドラゴンボール」、
「SLAM DUNK」、
「幽☆遊☆白書」が全て、編集部の引き伸ばし対策(名作として完結させたくとも、人気があるうちは止めさせてくれない)で、ついに漫画家が嫌になって突然連載終了した形ですからね…
発行部数や人気等のために、そういった独自のやり方を確立した、歴代の編集者達は凄い!とも言えるわけですが、そもそもジャンプの創刊は1968年。
他の有名少年漫画雑誌に比べてかなりの遅れをとっているので、人気漫画家はほとんどライバル誌で描いてました。
そこで連載陣が全て新人という荒業を使い、後の人気漫画家を自ら育ててここまで来た雑誌なのですね。
他に特筆すべきは、ライバル誌は漫画だけでは勝負できないのか、表紙と巻頭が女の子の水着グラビアばかりじゃないですか。
でもジャンプは未だに"漫画雑誌は漫画が表紙!"という姿勢で頑張ってますよね。
(実はほんの一時期、グラビア表紙を使ってましたが…)
私自身の話に戻しましょう。
実は中学時代くらいには、ひねた読者に育ってまして、ジャンプに対する愛情は薄くなってました。中学生当時の人気作品といえば…
「ドラゴンボール」はいつまでもワンパターンになってたし、バスケを嫌悪してたため
「SLAM DUNK」なんか読まなかったし、
「幽☆遊☆白書」もパクリが多いし…なんて、ケチばかりつけて。
そもそも皆が読んでるヒット作なんて、意地でも読まないって時代だったのかな。
ジャンプ三原則の
「友情・努力・勝利」ってもう、中学生としては許せるわけもありません!(まぁその頃はそんな作品も減ってましたが)
しかし、
「ジョジョの奇妙な冒険」。
長期で連載していたこれのためにジャンプを大人になっても読み続けるのであります。
ただし、どんどん読むのが無くなってきて…
「ジョジョ」のみの立ち読みでしたけどね。
単行本も小学生時代からずっと買い続けてるなんて、この作品だけでしたよ。
そんなわけで、ジャンプの思い出と歴史を、ほんのちょーっとだけ語りましたが、また今度ジャンプ漫画を個別で紹介していくので、よろしくお願いします!!
- 2006/04/21(金) 01:01:30|
- 週刊少年ジャンプ
-
| トラックバック:1
-
| コメント:2

こんばんは。
今夜は
さいとう・たかを先生のヒーロー物作品
「ザ・シャドウマン」を紹介します。
--------------------------
世界征服をたくらむ悪の組織・
レリッシュの実験によって超人にされた
片桐毅だったが、実は片桐は新聞記者で、特ダネのために組織に潜入していた…
彼は不死身に近い肉体とすさまじい怪力を与えられるが、実験は半分失敗だった。
力を出せる状態の時は肉体が真っ黒になり、髪の毛は真っ白になるのだ。
太陽光線を浴び続けると元に戻るが、力も人間並みになってしまう。
片桐は
シャドウマンとなり、世界平和協力機関・通称
エンゼルと共に、レリッシュと戦う事を決め、他の超人(シャドウマンに裏切られたため、次の超人は頭がカラッポの単細胞男が作られた)や、透明人間にも立ち向かう…
--------------------------
・・・と、こんなお話です。
どうです?
「仮面ライダー」と同じような設定で、世界平和のために戦う正義の組織(笑)まで出てきては、完全に子供漫画でしょう。
しかし絵は
さいとう・たかを先生の劇画であるし、化物にされた男の悲しみもあり、なかなかの名作です。
子供なら素直に作品世界にはまるでしょうし、大人の視点で見るとまた面白いのです。
化物になった片桐が、レリッシュに命を狙われた友人を助けるシーンなど、正体を隠すために仮装パーティで使った変なアイマスク、マント、マフラーをまとって登場するわけですが…その姿が本当に滑稽で、敵にも
『な なんだ あいつは!?』
『チンドン屋じゃないのか!?』などと言われ、恐れゼロ。私も苦笑してしまいます。
とにかくシャドウマンは、レリッシュの日本侵略をふせぎ、これからもエンゼル部員として活躍するため、恋人を残して去っていく…
で、ENDてなわけです。
同じ私としてはヒーロー物のヒット作
「バロム1」より、
「ザ・シャドウマン」にこそ愛着があるのですが、こちらが特撮やアニメ化されてたらどうだったんですかね。
主人公が真っ黒だから、黒人問題がどうとかで人権団体が騒いだりして、放映もソフト化も出来ないレア作品になってたでしょう。
著者
さいとう先生の当時の言葉が、単行本のカバー見開きに入ってます。
『黒人、私はいつも彼らには恐れのようなものを感じる。それは彼らがあまりにもすばらしい体力と直感的な感覚をもっているからだ。彼らのその黒い膚を見ていると、そのエネルギーは膚の黒いがゆえにあるのだ、という気がするのは私だけだろうか?
私は黒人問題うんぬんを描こうとしているのではない。黒人のすばらしさを別な形で賞賛し、私のあこがれ、スーパーマン、を、描きたかったのである。』なるほど、その『別な形』というのが、黒く、強くなった時の主人公だったのですね。
もちろん主人公は日本人だし、黒人は一人も出てきませんよ(出たらまぎらわしいし)、念のため。
はたして、その黒人賞賛の裏メッセージは読者に通じたでしょうか!?
敵に"できそこない"とか言われ続けてるし、それは無いな(笑)
それでは、次回からはまたしばらく劇画と離れて、別ジャンルの作品を紹介してみましょう。
おやすみなさい。
- 2006/04/19(水) 00:37:55|
- 劇画
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0

もともと子供のための物でしかなかった漫画に対して、大人向け漫画として
劇画が登場した事は前回に述べました。
劇画衰退の後もその精神は受け継がれていき、大人の間でもどんどん漫画が浸透していったのです。
80年代後半には子供向けと大人向けの漫画雑誌の比率が半々にまでなったと言われ…
日本は子供から普通の大人まで熱心に漫画を読みふける、世界でも類を見ない国に成長したわけですね。
こと"大人に漫画を広めた"という点において、この方の存在はあまりにも偉大でしょう。
その名も…
さいとう・たかを先生!
1968年から現在までの32年、
ビッグコミック(
小学館刊)誌上において一度も休まずに連載を続けている(もちろん日本漫画史上最長記録を更新中)、
「ゴルゴ13」を知らない人はほとんどいないですよね。
その
さいとう先生が設立した
さいとう・プロダクションでは、映画的とも言える、各スタッフの分業体制を確立。
今では
さいとう先生自身がペンを取るのは
「ゴルゴ13」の、あのするどい
眼を描く時だけだという、都市伝説(?)もあるくらいです。
他に特筆すべきは、
さいとう先生は出版部門までも独自に手がけ、1974年に
リイド社設立した事。
他社誌連載の作品でもここから出版してますね。
さいとう・たかを先生と言えば
「ゴルゴ13」。
このイメージは、もう
さいとう先生に生涯付いて回るのだろうし、自身も誇りに思っている事でしょう。
しかし、やはり他にも歴史物・忍者物・SF等でも、傑作は数ありますよ!
今回はここで細かく挙げる事はしませんが、私が『これは凄い!』と思える物に子供向け
ヒーロー物作品もあります。
ズッコーン!!(あ…今まで散々、大人向け漫画の立役者だなんて言ってたから、ズッコケた人がいますね?)
しかしさすがは
さいとう先生、ヒーロー物を描く時も、例えば
白土三平先生のように全く別の丸い絵とで描き分けているわけではなく、言うなれば
「ゴルゴ13」のような人間の描き方で、ダイナミックに描きます。アメコミのいい所取りでしょうか。
スパイとか出てくるのがピッタリな絵柄で、日本人と外国人の違いを描くのも上手い。
「バロム1」は、特撮やアニメにもなっているので一部で有名…といっても古いから知らない人が多いのかな?
でも私は、
「ザ・シャドウマン」(
秋田書店刊)を紹介します。全3巻の、隠れたヒーロー物の名作なので。
しかし時間が無いので、また次回に!
- 2006/04/18(火) 01:09:57|
- 劇画
-
| トラックバック:0
-
| コメント:2

こんばんは。
今日は
"劇画"の勉強時間です。
まず、劇画とは一体何なのか。
その名が初めて使われたのは、
辰巳ヨシヒロ先生が昭和32年に発表した作品
「幽霊タクシー」だと言われております。
当時の
辰巳ヨシヒロ作品というのが、またどれも素晴らしすぎるわけです。
まぁそれはさておき、彼は後に
さいとう・たかを先生、
佐藤まさあき先生らと
劇画工房を設立しました。
当時の漫画シーンは少年漫画が主流で、ほとんど
手塚治虫先生のような、丸っぽい絵のかわいらしいキャラが使われる作風ばかりだったわけですね。
それに対して登場した劇画は、写実的で大人向けのシリアスなストーリーが中心だったのです。
そもそも当時は漫画なんて大人が読む物では無かったわけですが、だんだん読者の年齢層が上がってくるにつれて、劇画の登場は必然だったと言えるでしょう。
読み捨ての雑誌と違い、"貸本屋"の作品として始まった事で、時間をかけてよく練られた作品、しかも長編作品が数多く誕生したのですね。
そう。劇画発展の背景として、レンタル専用に漫画作品を制作していた"貸本システム"というものがあった背景は外せません。
こうして一時期はブームを巻き起こした劇画ですが、週刊の漫画誌が発展するにつれて貸本屋は衰退し、今では過去の遺物のようになってしまいました。
ご存知のように、劇画という言葉自体がほとんど死語になっているのですから。
(『○○って人の劇画は面白いよ〜』とか、言ってる人いないですよね。)
現在では、先に挙げた劇画工房に関わった人達の作品こそが劇画である!というイメージは色濃く残ってます。
実は今も数多くの漫画家達に、この先達が切り開いた手法は受け継がれているのですが、ほとんど"劇画"と"漫画"の境界線が無くなった…というよりは、漫画の中の一分野として、劇画が組み込まれたのですね。
「劇画調の画風」の特徴と言えば、まず"写実的"である事です。
ギャグ漫画や少女漫画のように、異様に頭だとか目だとかのパーツがでかかったり、足が異様に長かったりはしません。
そして動線・表情・筋肉など書き込みの多さでもリアルさを追求してます。
要は一見して"大人向け"な作品を指すのですが、これに加えて話がすごく暗かったり、ハードボイルドだったりして、殺し屋でも出てきちゃうともう、往年の劇画を思い起こして、私などニヤリとしてしまいますよ。
実はギャグ漫画が苦手な私にはピッタリのジャンルであったわけですね。
今でも"劇画的"だとよく言われる作家としては、"もう一人の漫画の神様"
白土三平先生(の、大人漫画を描く時)とか、
かわぐちかいじ先生、
池上遼一先生、
叶精作先生あたりが有名でしょうか。
もっと若者にも有名な作家だと、
「北斗の拳」の
原哲夫先生だとか、
「ジョジョの奇妙な冒険」の
荒木飛呂彦先生(特に初期。アシスタントではなく自分で描いてた頃)なんかも劇画だと言ってしまいましょう。
さて次回は、現在の劇画のドンといえばこの先生。
さいとう・たかを先生の作品をどれか紹介しましょう。
なので今夜は
「ゴルゴ13」のセリフでお別れです。
『あんたが死刑になるまで待てないというやつがいたんだ・・・・
これがおれの仕事でね』
- 2006/04/15(土) 14:57:42|
- 劇画
-
| トラックバック:0
-
| コメント:5

最近考えたのですが、深い内容のブログを書く前に、それぞれのカテゴリー(ジャンル)をいっぱい作っておき、その中身を後から少しずつ埋めていく形にしていきます。
"中身を作る前に、それを入れる箱を作る"方式です。
というのも、このブログを始めてすぐに
梶原一騎の事を長々と毎日語ってしまった事に後悔してるのですね。
あれで、二度と読みにきてくれない方をかなり作った事だろう…
アルクのHPユーザーには女性が多いと、サイト製作者にも言われちゃいましてね、肩身が狭くなってきてるのですよ。
そりゃそうだよね、この内容じゃ。
文も長いし、暑苦しいし。
で、今回作るジャンルは
"劇画"。
しかしまたこうゆうの取り上げて。全く女性向けでないという…
ネタとして狙ってるわけでは無くて、やっぱり私はこうなのです。
もっとさわやかな作品でとか、
岡崎京子、
南Q太、
魚喃キリコ、
やまだないと、それに
「NANA」「ナルト」「ワンピース」あたりを取り上げたら、どうかとも考えました(笑)が、あれはあれで素晴らしいけど…やはり私とは無縁の世界だから無理だし、
俺は魂までは売らねーよ(
梶原一騎・談)って事で。
うん、思い出した。
過去に私と同じ「映画が好き」と称する女性とお話して、それではと映画の話題をどんどん出していったら、途端に引かれた事もあります。
な〜んでかっ♪ (←ここ、
なんでかフラメンコのメロディで)
それは、私が映画と言ってもホラー、SF、カンフー、といった映画の話しかしなかったから!
誰も知らない低予算のB級映画を、いかに素晴らしいか!って語っても、当時流行ってた
「タイタニック」とか好きな女性に理解されないって!
まぁ今時私のような漫画を読む者は、
オタクなどと呼ばれたり、暗い奴とか思われるでしょう。
「変な漫画に詳しい」という理由でモテた人なんて見たことないし。
それは世の女性がそういう漫画を好まない事に起因するわけですが、『それは違うぞ』と、微力ながら訴えていくためにも、これからどんどんと
名作漫画や、世間から埋もれている
B級漫画も取り上げていきますぞ!
もちろん私は『コアなファンだけ読んでくれればいい』とかは全く思わないし、カルト漫画初心者も大歓迎なので、喜んでもらえる面白い漫画を紹介していきますよ!
(なんて偉そうですが、私の知らないオススメ漫画とかある方も、どんどん書き込みくださいね)
と、今夜は全然時間無いのにこんな無駄話してたら、終わりの時間になりました。
"劇画"についての説明は次回に持ち越しです。ごめんなさい。
- 2006/04/14(金) 02:24:20|
- 劇画
-
| トラックバック:0
-
| コメント:5

Bonsoir.
そろそろ、海外の漫画を紹介するコーナーを作りましょう。
『漫画なら日本が群を抜いて世界一でしょ!』と、叫ぶ"漫画国粋主義者"の私に、そんな資格があるのか!
実はほとんど興味の無かった海外の漫画で
『これは凄いっ!』などと唸ってしまった事があるのです。
それは数年前、ちょこっとフランスに住んでいた時に!
正確にはフランスの漫画は
Bande Dessinee(バンド・デシネ)と言われていて、その性質も日本のとは違うのですが、括りはやはり"漫画"で良いでしょう。
略して
BD(ベー・デー)。
ただ単に漫画のフランス語版などではなく、どれも豪華にオール・カラーで、サイズもでかいので絵本の要素もありますね。
しかしアメコミと違って絵柄は緻密で、あたかもフランス映画のように難しい話が多いのも特徴です。
当然現地でも値段が高いので、集める事の困難さに拍車をかけてます。
日本の漫画が完成させた、線による"動き"の表現はほとんど無く、コマ割りはちゃんとあるものの、どのコマもカッコいいイラストのようです。
つまり、その分不親切というか、読者が自分で考える要素が多いように思えます。
これを紹介しようと思ったのは、ちょうど今フランス人の親友が来日していて、今夜会ったら画像のBDをおみやげにくれたからです。
しかし
エンキ・ビラルか…
彼は日本でも一部で人気があるので、何と日本版も出ていて、私はそれで先に読んでしまっていた。
ビラルは両親ともにフランス人では無く、移民です。
が、フランスBD界の第一人者であるばかりか映画監督もしていて、
「ゴッド・ディーバ」や
「ティコ・ムーン」といった作品が日本でも公開されていますね。
映画の方で知ってるという人の方が多いのではないでしょうか。
そのフランス人の親友はパリ在住で、私も部屋に遊びに行った事があるのですが、類は友を呼ぶというか、彼のBDや日本の漫画(フランス語翻訳版も日本オリジナルも有り)で埋め尽くされた本棚には同胞の匂いがしました(笑)
フランスのアニメや漫画おたく達が集うイベントにも連れてってもらいました。
(日本からのゲストに、アニメ監督の
森本晃司がいた!)
我が親友を始め、そこでコスプレしている男女なども見て、日本の漫画やアニメがフランスでここまで市民権を得ている事実に感動したものです。
対して、私が現地で見て初めて気に入ったBDは、日本でほとんど知られていのは残念だと思いましたね〜。
なのでここで私が、おフランス(国名の頭に"お"なんて付けられるのはフランスだけだよね)、そして他の国の漫画も紹介して行きましょう!
だからブログのジャンル名も
海外の漫画としました!
ただ私もBDや、他の海外漫画シーンについての知識レベルは…
相撲で言えば幕下、いや褌担ぎ(ふんどしかつぎ) くらいのレベルでしょう!
まだまだ勉強が必要なのです。
お金が貯まったら
海外漫画巡りという企画もやりたいのですが、どう考えてもこの東京一人暮らしで、しかもコレクター、社会の底辺の低所得者である私に、そんなお金が貯まるわけはなく…
10年越しの計画になりそうです。それか誰か、取材費を寄付してください。
Au revoir !
- 2006/04/13(木) 22:57:09|
- 海外の漫画
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
ようやくここに
月刊漫画ガロ(
青林堂刊)、そしてこの雑誌に登場していた作家達を語るコーナーを作りました。

私の文章では、どうしても何度かその名前が出てきしまう月刊漫画ガロ(以下ガロ)とは何か。
月刊の漫画雑誌なのですが、私が人生で一番影響と衝撃を受けた物であり、他の全ての雑誌と一線を画する特別な存在です。
思春期にサブカルチャーに興味を持ち出す人って、いますよね。
学生時代…何となく周りに流されて流行物に惑わされたり、普通に野球とか見て、カラオケ行って、バイク好きで、恋だとか何だとか言ってデートしてと、そういう事に反発を持ち出す人がいますね、世の中には。
それで読書するなら
寺山修司、
江戸川乱歩、
夢野久作、
澁澤龍彦だったり(海外文学だと
バロウズとか
P・K・ディックとか・・・)、
カルト映画を片っ端から観まくってみたり、音楽でもインディーズバンドを追っかけたり、洋楽のマニアックなレコードを集め始めたり・・・ね。
私、またはもう少し上の世代だと
大槻ケンヂ好きが多いですか。
↑の例は、いかにもなサブカル少年少女のたどる道の例ですが、全て私に当てはまるような…
もちろんこれは入り口なので、もっと深く追求する前夜ですが、ちょっと恥ずかしくもある思い出です。
そんな
寺山修司の文庫本と同じように、ガロもこういった人達のバイブルとして機能してたかに思えます。
ガロの最新号を買う(私は田舎の本屋に毎月取り寄せで定期購読してた)、または古本屋でバックナンバーを探す。
いやそれどころか、その出版社である青林堂から刊行された単行本も目に付くのは全部買うように心がけてました。
こういった周りと違う、誰にも評価されない日陰者的な行為が誇らしかったのですね、きっと。
しかも内容自体が他の雑誌でも絶対読めないとんでもないのだから、たまりません!
ガロは、東京オリンピックの1964年9月に創刊されました。
恐らく日本一有名な編集長で、漫画家の尊敬を集めていた
長井勝一氏が(彼の著作
『「ガロ」編集長 』は名著であると同時にガロの勉強になります)、
白土三平先生の
「カムイ伝」を連載するために創刊した漫画雑誌だったと言われていますが、他にも、
水木しげる先生、
つげ義春先生、
滝田ゆう先生、
林静一先生、
永島慎二先生、
上村一夫先生なんかも初期から参加していて、他で載せられない前衛漫画を意欲的に描いてました。
全くもって凄いですよ、これらの作家の当時の作品は!
ガロ年表みたいなのを見れば、きっと
「カムイ伝」が連載終了して、移行は売り上げは低迷云々と書いてあると思うのですが、とんでもない。
内容はその後も強力新人作家陣が次々出てきて、落ち目の時代にも、この雑誌ならではの戦いをしていたように思えます。
私がリアルタイムで買い始めた高校時代('90s初頭)にも、伝説の作家だっていたし、新人も凄かった。
その頃には文章や写真(
荒木経惟や
沼田元氣)の占めるページがかなり増えていて、ますますサブカルチャー情報誌でしたが、それはそれでどのジャンルも凄い人を使ってたし、力があった。
雑誌って言っても内容的に全く読み捨てできない物なので、実家はガロの山ですとも。
ともかく売れてはいなくても毎月毎月、30年以上に渡って出版されてきていたガロでしたが…
1996年に、編集長からは身を引いて会長職についていた
長井勝一氏死去。
新社長との争いで全社員が退社しする騒動のため、悲しい休刊。
復刊しては休刊。
隔月刊になり、季刊になり。
数年前にオンデマンド出版として一回だけ出たけど、それから音沙汰がありません!
しかし青林堂を一斉に退社した元社員達は
青林工藝舎を設立し、隔月で漫画雑誌
アックス(AX)を発行してます。
これの執筆陣は旧ガロの漫画家が中心だし、単行本の毛色も含めて、ガロの精神をまだ保っていると言えるでしょう。
TVでおなじみの
蛭子能収先生、
みうらじゅん先生、
内田春菊先生なんかも'80s以降にガロで漫画家としてデビューした人達ですよ!
あと
花輪和一先生、
丸尾末広先生、
根本敬先生、
山田花子先生、
ねこぢる先生、
花くまゆうさく先生、
魚喃キリコ先生とか、知ってる方も多いのではないでしょうか?
さらにここでデビューじゃなくても、参加した漫画家陣の名前を出していったら、凄い人達が出てきますよ。
お金ではなく(しばらく原稿料も出てなかったですから)、ここで作品を発表する事にメリットも友情もあったのでしょう。
かくいう私も、未だにガロの夢を追ってか今や本当に杉並区阿佐ヶ谷に住んじゃってます。
ここは初代編集長・
長井氏が愛して、数多くの傑作をガロで発表した
永島慎二先生も住み、舞台にも多用した古い街であります。
忘れてはいけない、
安部慎一先生は
「美代子阿佐ヶ谷気分」を、やはりガロで発表してましたね。
では、このブログに新しい"ジャンル"として
ガロが追加されましたので、ここでガロ作家の漫画を紹介して行きますからね。
おやすみなさい。
- 2006/04/12(水) 23:40:11|
- 月刊漫画ガロ
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0

みなさん、こんばんは。
今日の古本屋巡りも終わり、近所のBarで一杯だけ呑んで帰宅した私はBRUCEです。
いつもならBarでRockを聴きながら、酔いつぶれる事も頻繁だった私が、このブログのためにお店から早く切り上げてるのですよ。
偉いぞBRUCE!!
さてさて。
「三つ目がとおる」特集は今回で終わりなので、裏話を中心に書いていきますね。
前回まででストーリーは分かって頂けたと思いますので。
主人公の名前に関して気付いた方はいますか?
写楽保介(しゃらくほうすけ)と
和登サンで、
コナン・ドイルの有名推理小説の主人公
シャーロック・ホームズと、その友人
ワトソンのもじりになってるのですね。
こういう漫画的な名前の付け方は、
手塚治虫先生が好んでやってたわけですが、こんな所からもミステリーがやりたかったのだと想像できます。
「三つ目がとおる」をミステリーとして読んだら、ちょっとその要素は弱いわけですが。
さて、最初に
「三つ目がとおる」は
KC(講談社コミックス)で全6巻と書いたのですが、実はこの作品、やっかいな事にいろんな種類の復刻が出ていて、それぞれで収録話数や内容も違っているのですよ。
何ともマニア泣かせです。
私が全6巻の版で紹介して写真も載せたのは、これが
オリジナルだからですよ、もちろん。
しかし!最終の6巻のが出てからもまだまだ連載が続いていたというのに、続刊は発行されなかったのです。
もっと言うと、これはオリジナルでありながら、ダイジェスト版でしかないのです。
『ちゃんと全部読みたい!』という方には
手塚治虫漫画全集版がお勧めで、何と全13巻です。
(もっともオリジナル版にこだわる私は、こういった再発の全集モノにはなかなか手が伸びないのですが)
しかもこの全集版にしても、全話収録にはほど遠いのです。
そう、
「三つ目がとおる」は単行本未収録が多いという事でマニアに知られる作品。
つまり完全に読みたい方は、当時の掲載誌を揃えなくてはならない…そこまでのマニアならば私は尊敬しますが。
復刻されまくった
手塚先生の作品というのに、この状況はどうなってるんですかね!?
だって単行本だけ読んでても、初めて出てきたキャラを以前何かあったように描かれてたり、写楽がいつの間にか転校してたりするんですけど、これはみんな未収録になってる部分で描かれてるのです。
さらに、時系列もバラバラなのが痛い!
さらにさらに、版の種類によって、同じ作品でも結末が違ったりする!
アニメでも幻の作品と言われる
「悪魔島のプリンス」があって、昔ビデオ化だけされました。
当然激レア作品なので、これは現在の市場価格で万単位の値が付いてますよ。
ま、私はアニメにはそんなに興味無いですけど。
興味無いなんて言いながらも、去年
手塚先生の息子が関わってるアニメの
「ブラックジャック」を観ていたら、たまたま
「三つ目がとおる」編でした。
両作品のキャラを絡めた一話だけのエピソードなのですが、写楽のバンソウコウは一度も剥がれていないのに、何故かあの三つ目時の悪魔顔写楽でした。
あー!しかも写楽と和登サンが姉弟になってるし、剣持教授が父になってましたとも!!
長くなりましたが、最後にこれを紹介しましょう。
漫画の方で、
「ガイコツ・ショー」という話があるのですが、写楽を三つ目だと聞きつけたTV局の人達が、視聴率のために出演してくれと頼んでくる話で…
そこでTVの視聴率競争に触れて、こんなセリフが!!
『ぜったいまけられない 男の世界なのだ』
『梶原一騎なのだっ・・・わかってくれっ』と!
そのコマも話も取るに足らない回なのですが、
手塚漫画に
梶原先生登場!
これは大の
梶原好きである私でなくとも事件ですよ。
手塚先生といえば、
「巨人の星」「あしたのジョー」「空手バカ一代」等の
梶原スポ根漫画に対して、はっきりと嫌悪を示してたらしいじゃないですか。
あまりにも
手塚漫画の世界とは相容れないこの作家が大ヒットを続出し、
手塚先生の方はスランプで駄作ばかり描いてた時期だからなのですが。
そしてこれ、あの
手塚伝説の中でも有名な、
突如アシスタントを集めて、
『この漫画のどこが面白いのか、君達おしえてくれ』と泣きべそをかいたような表情で、
「巨人の星」を握り締めながら聞いたという…この伝説が思い出されるではないですか!
それだけなのですが。
もうこの時期には、嫉妬深い
手塚先生もちゃんと
梶原先生の才能を認めてたんだろうな、とか考えて嬉しくなってきただけです。
(何だその〆は!)
それでは、他の
手塚漫画に関してもまた次々と取り上げていきますが、
「三つ目がとおる」特集はこれでおしまい。
いつかまた、可愛い写楽、そして和登サンと会える日もくるでしょう。
それではご一緒に!
アブトル・ダムラル
オムニス・ノムニス
ベル・エス・ホリマク
- 2006/04/11(火) 02:19:19|
- 手塚治虫
-
| トラックバック:0
-
| コメント:4

さて
写楽保介でおなじみ、
「三つ目がとおる」の続きです!
写楽はバンソウコウを剥がして三つ目になると、つまり本来の天才が目覚めると、
呪文を唱えます。
前史時代の出土品に書いてあり、人間は誰も読めなかった文字なのですが、それが
アブトル・ダムラル
オムニス・ノムニス
ベル・エス・ホリマクで、
『われとともにきたり われとともにほろぶべし』という意味です。
重要な場面で何度も唱えられるのですが、全然キャッチーじゃなくて覚えられない!
だんだん分かってくる事なのですが、写楽は古代の人類
三つ目族最後の末裔。
(という事になってるけど、実際には他の三つ目族もでます)
三つ目オープン時には、ガラクタから人間の力を超えた機械を作るし、どんな古代文字も解読するってのに、三つ目を何かで塞がれると幼稚園児並の知能にまでなっちゃう。
それでは塞がれないための処置をしようとか思わないのですかね。そしたら無敵なのに。
興奮するとその三つ目から涙(ヨダレらしいですが)を流して、可愛いですよ
その三つ目族。
我々とは違う種類の人類であり、その祖先はかつての地球で数千年にわたり富み栄え、文明ははてしなく進んでいた。
しかし欲によって文明もゆがみ、だまし、憎み、戦い、生き物を殺し、自然を破壊した…
つまり現代の人間と全く同じ道を歩んで滅びた種族だとして、
手塚治虫先生は人類への警告を交えたのでしょうね。
しかし
『人類は間違った道を進んでいる』とか、そういう警告はありがちすぎて、今では『またか…』なんて思ってしまいますが、これは連載開始が高度経済成長の数年後なので、まぁいいでしょう。
あと映画
「エクソシスト」等のホラー映画や、
つのだじろう先生の
「恐怖新聞」大ヒット等で巻き起こされた
'70sオカルトブームの影響も色濃く見受けられます。
その時に多感な時代を過ごせれば、怪奇・幻想・恐怖モノ大好きな私には毎日住み良かったのでしょうが、今ではこの素晴らしい時代に発表された漫画・映画なんかを後追いで求めるBRUCEです。
超古代文明を興していた三つ目族は、
須武田博士によれば、その文明は呪術と超自然力と魔法とで成り立っていたと予想されるのですが、実際に写楽は精神のエネルギーである
オーラを使いこなす。
(彼のオーラは並みの人間の数万倍は強い!)
三つ目になると今回挙げた呪文が唱えられ、オーラの力で一万年以上前に出土された、全滅戦争の案内書にもなる棒(画像で写楽が持ってる物)をどこからでも呼び寄せます。
これは人を溶かすし、それどころかビームが出て何でも破壊しちゃいますよ。
この
「三つ目がとおる」は、
琵琶湖の底に眠る三つ目族の財宝を巡る話、アメリカ西南部のインディアンの街に現れた三つ目族の遺跡の話、岩手県の"浄土が浜"で知性のある霊長植物ボルボック(かつての三つ目族はこれに滅ぼされた)と戦う話…
そういった傑作長編の間に一話完結の短編を挟みながら進む形式の漫画です。
不思議な事件の前でさんざんバカな所を見せておいて、三つ目になった写楽が謎解きをするというのがパターンでしょうか。
写楽が心を許してる
和登サンだけが、彼のバンソウコウを上手く剥がせるのですが、
それを時に自分の剥がして、用が済めばまた貼って
悪魔の力を封印するって…
可愛い顔して彼女、まるで悪魔メフィスト・フェレスを自由に使う
ファウストのようではないですか。
和登サンいわく、
『バンソウコウはがしたキミってミリョク的・・・
悪のミリョクっていうか・・・そんな時の写楽クン すごくカッコいい』なんて惚れられてる三つ目オープン時の
写楽ですが、後半は特に悪魔ぶりがひどい。
ストレートに
『人類の征服者になってやるぞ。それが三つ目族の力だ』とか言っちゃってたり、なんでも溶かしてウンコにしてしまうピーナッツを香港マフィアに配り、地球上をウンコだらけにした上に人類を滅亡させるべく画策したり。
そんな三つ目時の
写楽が、また世界をぶっつぶすべく暴走して『生きがいをかんじるよ』とか言った時に、和登サンが返したセリフが
『生きがいじゃない キチガイだ』です。そんな時に全く上手くない洒落が出るのが笑えますね。
では、次回で
「三つ目がとおる」は終わりです。
- 2006/04/09(日) 04:12:22|
- 手塚治虫
-
| トラックバック:0
-
| コメント:3

こんばんは。
いきなりですが、みなさんはどのような音楽を聴かれてますか?
他の漫画好きの方が聴く音楽、気になります。
私は…え?アニメの主題歌だろって?
それが私、小学2年生の時に我が家からTVが消えて、アニメどころか全くTVを見れない暗い子供時代を送ったのでね(その辺のいきさつも機会があれば語ります)、本当にアニメには思い入れが薄いのです。
まぁいろいろ聴くのですが、大好きな一つとして、
GOTHIC METAL(ゴシックメタル)があります。
それはどのような音楽かと言いますと…あ、その前に!
名前にMETALと付くので、"!バトルスーツに斧と楯"だとか、"ぴったりスパッツに★マーク入り"だとか、そんなヘビメタさん(笑)を想像してしまう方もいるのでは!?
それは違いますよ〜。
まずゴシックな雰囲気と言ったら想像つきます?
中世欧羅巴の教会にオルガンとか、怪奇・幻想、黒い衣装、耽美的??
それに音楽のMETALが組み合わさると…難しい。
GOTHIC METALとは。
DEATH METALやDOOM METALより派生してるので、
暗い・遅い・重いってよく言われました。
それが男性デス声と、それに対比する女性ソプラノ声のデュエット形式が定番スタイルとなり、
美しいという要素が強くなります。
さらに最近は壮麗でシアトリカル、そしてオペラティックな、スケールの大きい作品が多くなっております。
現在進行形で名盤が続々登場してるし、似た要素が多い事から
PROGRESSIVE ROCK(プログレ)から流れてくるファンも多く、かくいう私もその一人です。
一応はMETALなのに女性ヴォーカルのみで、あまりに美しい作品を作り上げてるバンドもいます。
まだまだ日本ではマイナーなこのジャンルですが、未聴の方にも是非この良さを味わってもらいたい!
何故今回
GOTHIC METALについて語ってるかと言うと、理由は二つありまして。
まず、一週間後の4月15日(土)に、私の友人でもあるDJ達のイベント
「GOTHIC METAL GATHERING Vol.6」が開催されるので、今から楽しみでならないからです。
私は一回目から足を運んでいるこのイベントも、今回で六回目。
ここに行けば私もいますので、一緒に音楽を聴き、漫画談義をしたいという方も是非来てくださいね。
会場は東京の三軒茶屋で、料金も安いですよ!
もう一つの理由として、最近友人と
ゴシック漫画という話になったからなのです。
やっと漫画ブログの内容っぽくなってきた!(ホッ)
音楽については触れましたが、ゴシック映画、ゴシック小説、絵画に建築…
そんなのは溢れているというのに、
ゴシック漫画といえば思いつかないじゃないですか!
私はホラーの老舗、
ひばり書房から過去に出版されていた、B級漫画群が頭によぎったのです。
しかしとにかく作品の完成度が低いし(もちろん
日野日出志先生は別格ですよ!)、
白川まり奈、
さがみゆき、
浜慎二、
高園寺司と…こういったカルトな人気だけを誇る漫画家の名前を出しても誰も賛同してくれないでしょう。
今回のブログに挙げたイベントのDJでもあり、OTK(おたく)カルチャーに詳しい友人は、最近のコ達が好きな
「ローゼンメイデン」 を紹介してくれましたが、これは私が全くもって受け付けない(ファンの方ゴメンなさい!)。
なので誰か、
私にこれが"ゴシック漫画だ!"という作品を教えてください!それが今日の宿題です。
- 2006/04/08(土) 02:36:55|
- 古本 番外編
-
| トラックバック:0
-
| コメント:4

私のブログで最初に紹介する
手塚治虫作品は、
「三つ目がとおる」で決定です!
連載は週刊少年マガジン(
講談社刊)にて、1974年から連載されました。
KC(講談社コミックス)で全6巻の中篇です。
過去に二度アニメ化されてて、だいたいの人がタイトルは知ってるでしょうが、
手塚作品の中ではちょっと地味な印象がありますよね。
だからいいのです。
超有名作品を私の視点で語るとかもやりたいのですが、それは後回しで。
だって、ファンとしては主人公の名前が
とおるだと思われたりしてる現状は見過ごせません!
彼の名前は
写楽保介(しゃらくほうすけ)です!
ヒロインに
和登千代子(わとちよこ)、通称
和登サンって娘がおるのですが、この娘は女子というのに一人称を、
ボクで通しますよ。
女性なのに
ボク。これは、あの'70sにデビューして、いつしか消えていった天才歌手・
森田童子の影響を受けている事を表します。
…っていい加減な事を言うなBRUCE!!
嘘です!
森田童子デビューより、
「三つ目がとおる」連載開始の方がわずかに早いです。
とにかくこの和登サンは、読者サービスなのか、よく脱ぎます。または脱げてしまいます(笑)
'70sに少年時代を送ったマガジン読者は興奮したことでしょう。
可愛い子なのに、学生服を着ただけで男装成立して、周りも簡単に男だと思ってしまうのは、手塚漫画では何度か見られる光景ですね。
他に主要登場人物として、写楽の養父で医者(内科・外科・小児科)の
犬持医師。
彼はある時、いきなり訪ねてきた婦人に病気の赤ん坊を預けられた。そしてその婦人には、額に第三の目があり、赤ん坊を預けて外に出ると、落雷に打たれて死んだ。もちろんその時の赤ん坊が写楽。2,3年経つとあら不思議、写楽にも第三の目が現れた。
他に大学の考古学教授・須武田博士、雲名警部、そして写楽を住み込みで働かせて預かるのが中華料理屋「来々軒」の
ヒゲオヤジ。
彼は
バカ田大学出身です(笑)。
もっとも大学に入ってるのだから、私よりは学歴が上ですけどね。
さてストーリー紹介に移りますが、まず
三つ目族の子孫である写楽保介は、養父・犬持医師の考えにより、でっかいバンソウコウをばってんに貼り、額の第三の目は隠しています。
別に犬持医師は意地悪しているわけでも、三つ目が原因でイジめられるからってわけでもなく、第三の目を出すと写楽の脳が異常に発達してしまい、人間のレベルを遥かに超えた頭脳で人類にとって危険な思想を持つのからなのですが…
残念な事にバンソウコウで第三の目を隠してるわけなのですね。そして、その時はまるでおバカさんになっちゃうんです。
そんな時の写楽は知能も見た目も幼稚園児だけど、中学二年生。
中学生は弱い物にはどこまでも残酷です。
机の中に毎日、ゴミや猫の死体を入れられてたり、特大ボールの中に押し込められてサッカーされたり(つまり蹴られまくり)、もう手塚の少年漫画タッチじゃなければ
ひっどいよ!と叫んで死にたくなるようなイジメが続くのですが…写楽は白痴になってるので、気にしない。
しかし不良が写楽のバンソウコウを剥がしてしまった時、復讐によるカタルシスの始まりですよ!
まさしく
古代マヤ民族の壁画と同じ種類という設計図を屋上に描き、それを基にしてガラクタを組み立ててグロテスクな、
脳みそをトコロテンにする装置を作ってしまうのです。
人間の脳みそはトコロテンになったほうがいいと思う
人間のやってることは みんなわるヂエのせいだろ
このままだと公害やら事故やらで地球は滅亡しちまうだろ
人間がみんなバカになれば滅亡がふせげるだろうと、ごもっともな意見を述べて、本当にイジめっ子達を
パーにしちゃう。
さぁ次は世界中の人間にって所で、また写楽はバンソウコウを貼られ、そのトコロテン装置の記憶も無くすというのが、やっと一話目。
この後は不思議な力を使って、写楽は古代史の謎と絡めた事件に立ち向かうSFミステリーが続くのだけど、続きはまた今度。
CIAO!!
- 2006/04/05(水) 23:40:37|
- 手塚治虫
-
| トラックバック:0
-
| コメント:3

さてさて、
手塚治虫先生の続きですが、あの日本で一番有名な漫画家の事ですので、プロフィール等はざっとの紹介にしましょう。
1928年11月3日に
手塚先生は大阪で生まれましたが、育ちは兵庫県宝塚市です。
現在はその宝塚に
"手塚治虫記念館"というものがあります。
まぁ言うまでも無いでしょうが、私も数年前に既に訪ねてきましたよ。
漫画の神様・
手塚先生でありますから、当然ネタや伝説で話も尽きないってものですが、代表的なのはなんでしょうか。
昆虫好きが高じてペンネームに
虫の字をあててしまったとか?
初期は
"おさむし"という振り仮名付きだったようですが、すぐに読み方を
"おさむ"に改めたそうです。
それに、あのベレー帽をかぶったご本人の顔自体が有名ですね。
常にかぶり続けたものだからハゲてしまい、カツラがわりだったとか。
ついでに50代で総入れ歯だったみたいですよ。
あそこまでの漫画人生では、自身の健康など重要では無かったのでしょうか。
戦争体験もあります。そこで生命の尊さを考え、後年医者の資格を取ったというのも広く知られてます。
でも自身の漫画の中でも描いてますが、彼は戦中、そして医学大学の授業中にも漫画ばかり描いてたみたいですね。
彼にとっては訓練や授業より漫画の方が遥かに大事だったのでしょうが、漫画家になって良かったですね〜。漫画界にはもちろんですが、医学会にとっても良かった(笑)
しかも漫画や医学だけの方であるわけもなく、アニメーションにも造詣が深かった。
ただ自身の作品がアニメ化あれるだけでは飽き足らず、アニメーション専門の会社
手塚動画プロダクションを作った。
この後に
虫プロとなる会社が、なかなか優秀なアニメ作品を作り始めるわけですが…
私の興味があるのは、やはりアニメではなく漫画。
虫プロから分離した
虫プロ商事が、やはり
手塚のフィールドである漫画雑誌を創刊します。
その名も
COM(コム)。
1967年から1973年まで、"まんがエリートのためのまんが専門誌"をキャッチフレーズに出版されていたのですが、これは
月刊漫画ガロのライバル誌として争いました。
(ガロとライバルと聞いて「なーんだ」と思った貴方!!違うんです!今はマイナー誌イメージしか残ってないガロも、当時は物凄かったのです!)
しかし…
虫プロ商事は倒産。
手塚先生をその後の長い期間に亘って苦しめる借金を作ってしまいました。
しかしCOMの功績は大きい。
手塚先生自身は
「火の鳥」発表の場として使ってたのだし、
石森章太郎先生、
永島慎二先生、
松本零士先生、
藤子不二雄先生らが名作や実験作を毎月書き上げてたわけですよ。
さらに!COMデビューの新人作家も凄い!!
能条純一先生、
青柳裕介先生、
岡田史子先生、
宮谷一彦先生、
竹宮恵子先生、
あだち充先生あたりはかなり意外じゃないですか??
さらにさらに!
日野日出志先生、
諸星大二郎先生なんて、私が思わずニヤリとしてしまう、大好きな作家も。
おっと、
手塚先生の話からちょっと脱線しましたね。
でもそのまま、
手塚先生の人生もそれ以降は飛ばします。
とにかく1989年2月9日、60歳で神様死去です。
もうどこでも使われまくってる文なので恥ずかしいけど、やはり名文なので…
この逝去の翌日に朝日新聞に掲載された社説の一節を引用して終わりましょう。
日本人は、なぜこんなにも漫画が好きなのか。
なぜ、外国の人はこれまで漫画を読まずにいたのだろうか。
答えの一つは、彼らの国に手塚治虫がいなかったからだ。合掌。
次回から漫画作品の紹介に移りますね。
(これまたどれから行こうか選ぶのが困難だ。)
おやすみなさい。
- 2006/04/04(火) 23:33:54|
- 手塚治虫
-
| トラックバック:1
-
| コメント:0

はい、皆さまこんばんは。
今回から新シリーズで、
手塚治虫先生をやります。
何で私のごときが今更あの神様を…って?
もちろん私だって本領発揮とばかりに、
ガロ系とかのマニアックな方へ向かいたいですよ。
でも、漫画マニアとしては、その漫画の方法論をほぼ作り上げた方を素通りってわけにはいきません。
ストーリー漫画の開祖と言われ、『戦後の漫画は全て
手塚治虫のパクリともいえる』
とまで言われたりする
神様手塚様の功績は偉大!
生涯に15万枚とも言われる原稿枚数がそれを物語りもしますが、決してその量で偉大さが語られるわけではありません。面白いからなのです!
実際に私自身が
手塚先生を大好きで、中三くらいから
手塚漫画を集め始め、10代終わりの頃には主要作品全部をはじめ、かなりの量になってましたね。
いくらなんでも描き過ぎな原稿に追われてて、確かに量産の爪あとというか、やっつけ仕事みたいな漫画もあるし、個人的に全く好きになれない漫画を描いてた時期もありますが。
みなさんは
手塚治虫先生の代表作といえば何を思いつくでしょうか。
「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」「海のトリトン」「どろろ」「火の鳥」「ブラックジャック」「リボンの騎士」「ブッダ」「アドルフに告ぐ」・・・・
有名作品が、まだまだいくらでも思いつきますよね。
しかし!私が当時衝撃を受けたのは、
「きりひと讃歌」「奇子」「一輝まんだら」「シュマリ」「ばるぼら」「MW」・・・・・
そんな'60s〜'70sに描かれた大人漫画で、ほとんど
大都社から出版されてました。
はまりましたよ〜、これらには。震えながら読んでました。
もちろん他にも数ある、ブラックな短編も大好きでした。
当時はそんなに手に入らなかったのですが、今の若者には嬉しい事に(オリジナルで集めたいコレクターとしては正直複雑ですが)、
手塚漫画は文庫でも愛蔵版でも復刻されまくってて、今挙げたのはどれでも現在読めます。
なのでまだ未読の皆さんには是非読んでもらいたいのですが、ただセリフは変えられてたりするので、こだわる人は古本屋でオリジナルを探しましょうね。
手塚漫画は復刻ブームの影響で、現在あまりプレミアは付いてないですから。
そうそう、滅多に復刻本は買わない私ですが、珍しい本が出版されると買ってしまったりします。
しかし
手塚先生の没後に、とある団体に抗議を受ける事件があり、それから単行本には差別描写についての弁明が巻末に必ず付いてますね。
あれには冷めます。そんな事言わなくても分かってるよ!とは思いますが、当時の背景も作品の内容も全く理解できてない人が、またいつ抗議してくるかもしれないとの出版社による配慮なのでしょうね。
しかし
手塚作品を…ハァ。
さっき触れた
大都社から出てた一連の作品はどれもお勧めなのですが、あらゆる出版社から、いろんな作品が出てますよね。
会社名は挙げてたらキリが無いのですが、私の好きな
青林堂からも豪華な本がいくつか出てるというのは嬉しい事です。
ガロの会社ですからね!
はい、今日はこれまで。
おやすみなさ〜い!
- 2006/04/03(月) 21:52:20|
- 手塚治虫
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
今夜のお話は、
プレミアコミックの誕生についてです。
今は普通の本屋で手に入る本も、10年経ったらお宝になる場合があるのです。
当時は定価500円くらいだった漫画本が、現在古本専門店では3万円で売られているなんていう場面に遭遇した人もいるでしょう。
もちろんそうなる物はほんの一部だし、なるにはいろんなパターンがありますが、代表的な例を挙げて行きましょう。
とある
売れない漫画家が後にブレイクした場合。
初期に書いてた作品を読みたくなる人が多数いますよね。
でもそれはとっくに絶版になっている…そんな時にその初期作品の値段は古本屋で高騰します。
売れてない時の作品だから、それに比例して出版された冊数も少ないわけですし。
さぁ、今からでも本の先物買いを始めましょう!
ほとんどが大した名を残せずに消えていく出版業界において、後に売れる作家を見抜くには、鋭い先見の明が必要です。
今までただ読むだけだった漫画に、ギャンブルの楽しみも加わるってものじゃないですか!
出版社によって、すぐ絶版にする会社と、いつまでも版を重ね続ける会社とがありますし、あきらかに一回一回の刷る冊数が少ない弱小出版社もありますので、そこら辺を覚えて、好きな作家ですぐに絶版になるであろう本は、必ず買っておきましょうね
分かりやすく言うと簡単な一言で済んでしまいますが、
市場に出回ってる数の少ない本が古本界では高くなるのです。だからベストセラーになった本なんかは、まず駄目ですね。
補足すると、いくら出回っている数が少ないとか初版だとか言っても、全く人気のない、もっと言うと
誰も知らない漫画家の本はその時点では絶対に高くならないのです。
欲しがる人が少ない(またはいない)のですから、当然ですね。
初版が高いというのは周知の事実でしょうが、版を重ねるにつれて改定されてる内容があったりすると、ますます初版がありがたくなってくるわけですね。
例えば
「デビルマン」「あしたのジョー」「ドラえもん」…そんな誰でも知ってる漫画史上の大名作でも一巻の初版を刷った数はそんなに多くないはずです。
それが何十年経っても刷り続け、ロングセラーとなってるわけですが、そこでマニアが欲しがるのは初版です。
他にもいろいろ価格高騰のパターンはありますので、『面倒な事を書き始めちゃったな』と後悔し始めた私、BRUCEでありますが、続けると…
作家の思惑とは別の力が働いて、
作品が回収や即絶版、または改定される場合がありますね。
[有名な例]として、
手塚先生の
「ブラックジャック」4巻(秋田書店刊行)で"ロボトミー"を扱った作品
「植物人間」が収録されてて、これは抗議を受けて即作品を差し替えられ、よってそれを読むことのできる初版のみがマニアの間で値段高騰しました。
原作・
梶原一騎&絵・
矢口高雄の
「おとこ道」は、あの偉大な原作者の作品にして、
「釣りキチ三平」の
矢口先生のメジャー誌デビュー作というのに、戦後の日本で暴れまわっていたK国人達を描いたため、抗議を受けて打ち切られた(人気もイマイチだったみたいですが)。
当然単行本も絶版となり、値段高騰。
(ちょっと話がそれますが、この時に元銀行員・高橋高雄は、
矢口高雄というペンネームを
梶原から頂くのである!矢口の渡に住んでたからなのですが、名付け親が
梶原だと知らない人は多いでしょう。)
こういうのは、他にもいーっぱいあります。
あと大事なのは、冊数の長い作品においては
終わりの方、特に最終巻(または最終近くの巻)が高いという事です。
単行本は、みんなが一巻から集め始めるわけですが、後半飽きたり面白くなくなってきたりで買うのを止めるわけですよね。
それに1巻は連載中はずーっと刷られ続けているわけで、初版が刷られてから絶版になるまでのスパンが長いわけです。
既に絶版になっている漫画を買い始める時は、決して1巻だけ見つけても買ってはいけませんよ。
最終巻を購入してから、安心して最初の方を買い始めましょう。
それか少し割高でも、全巻セットになっている物を買いましょうね。
かく言う私も、最後の方だけ無い漫画はいっぱいあって、それは最初の方だけで買ってしまっていた過去の失敗の遺物であります。
さらに続けると、いくら有名な先生の初版作品でも、近年の復刻版では値段が付かなかったり、帯が付いてるかとか、焼けてないか、研磨されてないか…といった状態によっても違ってきますからね。
こんなもんで、古本道はなかなか深い事だけでも伝わりましたかね。
ではごきげんよう。達者でなァ。
- 2006/04/02(日) 23:58:43|
- 古本 番外編
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0