大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)

名作漫画の紹介 ・・・個人的な旅の記録

永井豪(1)

NAGAI-GO.jpg

さあ、いよいよ永井豪先生の登場です。

1945年9月生まれの彼は、石森章太郎先生のアシスタントからそのキャリアをスタートさせました。つまり実年齢でも漫画界でもトキワ荘グループのちょっと下の世代です。
そしてもちろん個人的にも大好きな漫画家なわけですが、漫画界全体からも永遠の殿堂入りを決定されているのです。その理由は、永井先生があの漫画史上に残る金字塔「デビルマン」の作者だという事。

他にもアニメ化されている作品も多いため、多分ほとんどの日本人は知ってますよね。
それに、海外での人気も高いのですよ!イタリアにでも行って、日本人なのにGO NAGAIを知らないなんて言ったら馬鹿にされちゃうかも!

有名作は「デビルマン」の他にも、「ハレンチ学園」「マジンガーZ」「ドロロンえん魔くん」「キューティーハニー」「バイオレンスジャック」「凄ノ王」「あばしり一家」「けっこう仮面」etc...
あたりでしょうか。
これらを見たら分かるように、永井豪作品のジャンルは多岐に渡ります。
バイオレンス、エロ、ギャグ…ロボットが出るSF物もけっこうありますね。私はロボット系がどうにも苦手なのですが、それでも永井作品だと熱心に読まされます。

それに永井先生独特の絵のタッチは、ギャグもシリアスも画風をそれほど変えずに描けてるのが凄いですね。
シリアス漫画かと思って読んでいたら、ギャグ漫画でしかありえないようなキャラが出てきたり、またその逆も有りで、中盤から別物になる事もあるほどですから。

まぁ永井漫画はそんなに深く考えず、楽しんで読めばいいと思います。
ちょうどハリウッド製の頭からっぽアクション映画のように、ダイナミック(※)で派手なセックス&バイオレンスを楽しめますよ!
(※1969年に設立し、数々の優秀なアシスタントを率いる、永井豪先生のマンガ制作プロダクションはダイナミックプロ。作者名義も永井豪とダイナミック・プロ表記の作品も多い。)

いや、そんな風に書くと語弊があるかもしれません。
永井作品にもテーマは哲学的だったりはする物はあるし、絵の面でも実験的だったり芸術性の高い技法が使われていたりします。しかしそういった作品にしても、そこらへんの小難しい漫画と違い、ちゃんとエンターテイメント作品としても抜群に面白いのです!

しかも彼のストーリーは"先を決めずに描く"というアバンギャルドさを併せ持っているため、たいてい驚愕のラストが用意されます。
その代わりか、唐突に終了して尻切れで終わる残念な作品も本当に多いのですが。

…まだ読んだ事のない人もいるかもしれないのに、ごちゃごちゃと余計な事を言ってしまったかもしれませんね。

絵師とかイラストレーターとしても人気が高いのでしょう、数々の画集・ムック本などが出続けてもいます。
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画像左はマンガ家生活30周年記念の1997年に出た「Go Nagai all his works」(辰巳出版刊)、右は2000年の「永井豪 扉絵傑作選」(勁文社刊)。

次に、永井豪先生その人はというと、その漫画作品と同じく作者自身も戦う宿命にあるのでしょう。圧力団体や、編集者、先輩漫画家達とまで何度も衝突し、武勇伝を作ってたのが有名です。

例を挙げると、それはデビューの翌年に描いた初の大ヒット作「ハレンチ学園」から既に始まっています。
漫画の力で"スカートめくり"を流行らせたために、PTAの抗議活動に遭い、作品の打ち切り(※)にまで発展したわけですが…
ただ止めるのではなく、怒った永井は「ハレンチ学園」の作中にて学園対PTAでの戦争をやらかし、これが激しい殺し合いなわけですよ。こういう反抗はカッコいいですね~。
(※ごめんなさい!ここは指摘があり、"打ち切り"という事実は無くて、私の10年来の思い込みだと判明しました)

こういった経験のためか、他作品でも糾弾活動や権力、差別に抵抗するという図式を持つ漫画があまりに多い。
永井先生の暴力描写は本当に激しく、ここまでやる人は現在の漫画界でもそうは見当たらないですね。

近年ではTV番組の、軟派でぬる~いアニメの主題歌特番なんかに出てにこやかに昔の事をコメントしてたりする永井豪先生ですが、別のとある番組では永井先生に物申す発言をしたゲストに対し、次の日に猛烈抗議している映像を流させてました…。しかも別漫画を特集してる時間に割り込ませてまで。

現在は歴史上の人物をマンガ化したり、過去の名作を汚す(笑)続編を描いてたりする永井先生。
そんな作品こそ、私には興味を持てないのないですが、ある時期までの作品は、とにかく描く作品描く作品、ほとんどどれもが凄くてビックリします。
皆 に呼びかけたい。

永井豪作品を読もう!


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  1. 2006/05/30(火) 21:02:31|
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月刊漫画ガロ(4) 山田花子 3 「山田花子自殺直前日記」

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山田花子先生の命日は過ぎてしまいましたので…
そしてこれ以上、傷付きたくないので、しばらく作品を読むのはお休みします。
(また機会があればやりますが)

一応、既に紹介した「神の悪フザケ」の他に出された単行本名を挙げておきますね。

1990年 「嘆きの天使」
1993年 「花咲ける孤独」
1998年 「からっぽの世界」 (これは死後の出版)

漫画作品はこれだけです。

今回の締めくくりに、彼女の死後4年ほど経ち、雑誌「クイック・ジャパン」(大田出版刊)の
特集などで彼女が再評価された際、出版された本

「山田花子自殺直前日記」

から、私のお気に入りの言葉を、ほんの少しだけ抜き出して終わりにしましょう。

これは、もちろん出版目的に記録されていた文章では無く、記録魔だった山田花子先生の生の声・哲学を、死後発見された日記から抜粋したものです。
本人が生きていたら決して読む事はできなかった貴重な記録であり、これが人気雑誌での宣伝効果もあり、彼女の名義本では一番売れる結果となりました。

画像左が最初に出た版で、右のは完全版(インテグラル)として、未発表部分をわずかに追加、そして読者からの手紙併せて収録した再発版。
それではどうぞ。


苦しいよォ、助けて(ムダ)。

誰が何の為に私をこんなに苦しめるのか?

「ピンチになったら落ち着いて考える」「イジメられたらはっきりイヤだと言う」それができれば苦労しない。とっくにやってる。もっとやられるのが怖くて何も言えない。言っても通じない。

「いい人」「やさしい人」=その人にとって都合のいい人。

いくら寂しくてつらくても周りのバカに合わせる必要なし。もっと傷つく。

他人に情けをかけてはいけない。自分以外は敵。

一つの苦しみが終わればまた次の苦しみがやってくる。幸せはこない。

弱い者にとってのこの世は空しく、やるせない、理不尽なもの。

人間のままで幸せになりたい。

自我をねじ曲げるので魂が泣いている。

こんな所一日だって居たくないよォ。

一人ぼっちで生きていくんだぞ。



いかがでしたでしょうか。
単純な私は、まだ若い彼女の言葉を読むと胸をえぐられますよ。

生きていても仕方ないなら死んだ方がいい…
そんな考えを実践した彼女。
思春期に似たような事を考えてても、私は生き残ってしまいましたが…
どちらが正しいのかは誰にも分かりませんし、少なくとも彼女にとっては自殺が正しい選択だったのかもしれません。

やはり、今も生きていたら、なんて勝手に想像してしまいますが、それは考えてもしょうがないので、明日のために今日も寝ます。


  1. 2006/05/25(木) 21:54:20|
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月刊漫画ガロ(3) 山田花子 2 「神の悪フザケ」

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ついに今年も、特殊漫画家山田花子の命日がやってきましたね。
先ほど彼女の著作を立てかけて、その本の前に彼女の分のお酒をお供えしました。
それで、一緒に酒を呑むのです。

立てかけた本は「神の悪フザケ」

これは山田花子の人生初となった単行本で、1989年に講談社より上梓されました。

それが今回の画像ですが、
左は青林堂より、おまけの内容付きで復刻された本で、右がオリジナルの講談社刊行による山田花子初の単行本。
他にも、青林工藝社からも別のカバーで復刻されてますね。
ファンなら全部買いましょう。

この作品、掲載誌のヤングマガジンで連載中は、読者アンケートでワースト1位を獲得したとか!?
それでも、この特殊漫画家の作品がヤンマガに載ってたという事を評価したいと思いますね。

連載終了後もヤンマガでは、「山田花子のバッチリ行こうぜ!!」と題して、2ページ担当した活字の仕事もしています。
内容は乗馬体験やストリップ観賞レポから、女優・映画監督へのインタビュー、ダウンタウンの浜ちゃんに会ったり、戸川純へのファンレター等々。
ここらへんのも面白いです。

さて、「神の悪フザケ」の内容です。
全編がおそらくは著者自身の体験を基にして、学校やバイト先で体験した不条理な体験や、知恵遅れの子を観察して漫画にしただけ。
いや、その随所に彼女のネガティヴな哲学が語られてます。

ストーリー漫画と違い、ただ淡々と描く日常。

これを読んで辛い思い出がよみがえり、
『私も同じだ』
と思った方は多いのではないでしょうか。
読むと辛くなる短編が一冊まるまる繰り返されるのですが、どんな感じかといいますと、例えば…

彼女の漫画においては、クラスや社会で全く目立たず、イヤと言えない大人しい女の子が主人公になる事が多いのですが、今作においては、まず大槻たまみ。(この名前、筋肉少女帯ファンだったのが一目瞭然すぎ・・・)

部屋に"ファミコンがある"というだけの理由から、クラスの目立つ女子二人が遊びに来る話があります。
たまみを無視して勝手にゲームに没頭したあげく、飼い猫のシロを虐めだしちゃうのだけど、たまみは嫌われたくないから
『エヘッ』
と笑って終わる。

…どうでしょう。

ん?ああっ!
たまみの部屋にある本で猫を叩いてるけど、その本は良く見ると日野日出志の漫画「地獄の子守唄」だ!
普通は『猫が可愛そう!』って思うのでしょうが、いや、私ももちろん思いますが、途端に『本が傷む!』って心配に比重が置かれました(笑)

他にも同じ猫のシロネタでは、猫が居なくなったと思ったら近所の中学生にいたずらされてたり、
子猫が生まれるってので嬉しくて微笑みながら歩いてたら、イライラしてるキ○ガイ顔の男が自分が笑われてると思い、たまみを殴ったり。

たまみは『生きていても 苦しくて つらいことばっかり・・・』と空を仰ぐ。

復刻版のみに収録されてる「ナチュラル・キッド」も秀逸です。
知恵遅れの女の子を主人公にして、クラスメートや教師のくだらなさを描いた作品。

一般常識に支配され、キレイ事ばかり語る人に、
『もともと人間は不平等。宿命(能力等)の違いを認め合うのが本当の意味でよい社会。』
という、ありがたい教えを諭してくれます。

嗚呼、対人恐怖は地獄だ。
殺人なんかよりも現実的すぎて痛いのですね。

コマの外等の随所に小さく、
『このマンガはとってもくだらないです』
『全く内容が無い、へのようなマンガ』
『三流ガラクタまんが』
とか、作者による書き込みがあるのですが、当時まで誰も漫画のテーマになるとは考えなかった"くだらない"事を、ここまで執拗に描き上げたからこそ、後に特殊漫画家として持て囃されたのです。

読み込むとますます辛くなるので、今夜はここまで。
あとは山田花子とゆっくり酒を呑み、寝るとします。


  1. 2006/05/24(水) 00:05:34|
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月刊漫画ガロ(2) 山田花子 1

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明日、5月24日は漫画家・山田花子の命日であります。
個人的な思い入れはとても深い漫画家であり、だから思い出すと悲しくなる日なのです。

そんなわけで、ガロ系と呼ばれる漫画家の特集一人目は、山田花子先生です。
簡単にですが、プロフィールから紹介しましょう。

何度かペンネームを変えている山田花子は本名・高市由美で、昭和42年6月10日生まれの東京育ち。
内気で漫画を描くのと読むのが好きな少女だったようで、中学時代にいじめに遭ってリストカットを繰り返す。ガス自殺を図って救急車に助けられた事もあります。

漫画家デビューは1982年。
15歳と、早咲きのメジャー誌デビューを飾ったわけですが、学校で持て人気者になったという事は無かったようですね。
その時期に全くなじめない学校への登校拒否もしてます。

デビューしたとは言っても、後に激しく憧れる事になる月刊漫画ガロで描くようになるのはまだ先の話。
ではどこでデビューしたのかと言えば、なかよしデラックス(講談社刊)です。

最初のペンネームは裏町かもめで、短編を二作載せた後に初連載「人間シンボーだ」を開始し、連載中にペンネームを山田ゆう子に変えてます(近くなってきた!)。

私生活では高校中退→通信講座を受講しながらバイトと、絵本学校にも通います。
根本敬にファンレターを出し、交流を持てた事をきっかけに、いよいよガロへの投稿を開始、しかしここではボツ続き。

ガロは難しいと見たか、ヤングマガジンへの投稿を始めたら、何とちばてつや賞(おおっ!「あしたのジョー」ちば先生!!)に佳作入選し、しかもここで!
ついに山田花子の名前を使ってます。
そしてそのヤングマガジン誌上にて、名作「神の悪フザケ」連載開始!

さらに自作の歌とキーボードで自主制作テープを作ったり、妹との二人バンドグラジオラスで一度だけライヴをやったり…いい感じの時期だったのですね。
(※山田花子名義以前の漫画作品と、ライヴと宅録の音源は、限定BOX「魂のアソコ」(青林堂刊)で味わえますよ!)

1989年には初の単行本「神の悪フザケ」(講談社刊)を上梓し、さらに念願のガロで連載を始めます。
この連載を中心とした単行本はどれも素晴らしい。
自らの被いじめ経験、クラスの馬鹿観察、糞みたいな恋人や同僚、差別、偏見、疎外感…そういったネガティヴな感情や出来事をリアルに描く作風を完全に確立しています。
他の様々な雑誌でも漫画や、活字の仕事も発表できて順調、TVや映画へ出演なんていう仕事もありました。

しかし…1992年。
ついに精神が壊れてしまい、通院や入院。駅で警察に保護されたり。
そして運命の5月24日(退院の翌日)、マンションから飛び降り自殺

死んでしまいました。
作品はずっとファンに愛され続けてるけど、惜しい!そして悲しい・・・

それから彼女の幅広い趣味の面を見ると、当時のアンダーグラウンドな文化に詳しく、映画では悪趣味大王ジョン・ウォーターズから、ルイス・ブニュエル小津安二郎等のヨーロッパや日本映画の古典も好きだった。

音楽では戸川純を崇め、他にアングラなフォークや、ナゴム(有頂天のケラが作ったインディーレーベルで、大槻ケンヂ石野卓球もここ出身)だとかも真っ先に聴いてたようですね。

もちろん漫画も小説も大好きでしたが、彼女は古典や基本を愛する傾向があったようですね。
それでいてガロ系市場大介までもを読んでいた。

思春期に↑みたいな、一般の流行とは関係無い物を、自らの意思で探索しだすという事。
それは精神的に一歩進んだという事なのですが、世間からはのけ者にされるのですよね。
たとえサブカルチャー・シーンでは超王道の物でも、そんなのは世間の人に関係ありませんから。
当然オリンピックやスポーツの国際試合なんかには興味無かったはずですし。

山田花子は、その悔しさなんかも作品にしてたわけです。
それにしても多くの作品が、
『分かってる。分かってる事だけど、それは口に出して言わないでくれ!』
と頼みたくなるような事を、ずけずけと言ってくるのです。
この世の嫌な部分を見せられて、心が痛くなるのです。

苦悩する若者に読書を薦める時、
『若者よ、本を読め。しかし太宰はまだ読むなよ。死にたくなるから。』
などと半ばギャグで言われる事がありますが、山田花子の作品は太宰以上に嫌な気分になりますよ(笑)

吉本新喜劇の同名芸人は、彼女の漫画に傷付いたトラウマから、せめてその名を使って人を笑わせてやろうと、その芸名を付けたのでしょうか??
当然そんなのは単なる妄想でしょうが、あの人気者も、同名の漫画家がいたという事実くらいは知っていて欲しいものですね。

私の友人は、ネクラとかビョーキ、そんな言葉が流行った'80sという時代に青春時代を送ったのが彼女の不幸だ、と語ってましたが、この世界のどこからも受け入れられなかったからこそ、その悔しさを描き、それが支持されて完成した漫画家なのですよね・・・
"幸せ"になどなっていたら、漫画がつまらなくなっていたのかもしれません。なんと悲しい宿命でしょう。
何も好き好んでの事ではないでしょうが、まさに生まれてから死ぬまで少数派。
そしてその中でも、悲しい事に本当に信頼できる友達はついに出来なかったのかもしれないのです。

思春期特有とも言える人間関係の、悲痛な悩みを叫ぶ作風なだけに、悩める若者だけに訴える漫画なのかといえば、そうではありません。
山田が憧れ、目標にした月刊漫画ガロ
その初代編集長・長井勝一氏は、数々の天才漫画家を発掘した事でも有名ですが、晩年に漫画持ち込みに来た漫画家の卵達に、

『こういうのを読んでおきなさい』

と、山田花子漫画を渡していた時期があると聞いた事があります。
何十年も良質な漫画を読み続けてきたお爺ちゃんが、そこまで山田花子を評価してたという事実は、いちファンとして嬉しく思います。

私は彼女の著作とは、クソ高校時代に出会っていて忘れられないし、これからもたまには本を開くのだと思います。
当時新品で買って初版じゃ無かった本も古本屋で買いなおし、全て初版で持ってますよ。
出版社やジャケの装丁も変わって再発されたのも全部買ったし、ガロで通販専門販売した高価な限定商品や、一時期中野のマニアックなお店で売っていた、彼女の小学校時代からの宅録テープ「海と百合のアリア」、ポストカードセット「休みの国」まで持っている。
(自慢しちゃいました)

次は彼女の絵について。
初期はほとんどスクリーントーンなども使っておらず、見ずらい絵柄でしたが、後期はかなりすっきりしてます。
個性的ではあるし、時期によって変化が激しいから一概には言えないのですけど、絵の上手さだけを見たら標準レベルにも達していないかもしれません。
それがここまで訴えてくる作品なのだから、漫画において絵の上手さなんて重要じゃないな~、なんて思わされたりします。

長くなりましたが今夜の最後に、私が愛する作家・三島由紀夫先生の、切腹自殺の一年前に刊行された本より、"ほんとうの文学"についての言葉を引用しましょう。

『ほんとうの文学は、人間というものがいかにおそろしい宿命に満ちたものであるかを、何ら歯に衣着せずにズバズバと見せてくれる。』

『この人生には何もなく人間性の底には救いがたい悪がひそんでいることを教えてくれるのである。そして文学はよいものであればあるほど人間は救われないということを丹念にしつこく教えてくれるのである。』

と、書いていました。
作者の意志とは違うのかもしれませんが、これってそのまま、100%山田花子漫画の解説に使えると思いましたよ。

それでは、次回は彼女の作品をどれか一つ読んでみましょう。


  1. 2006/05/23(火) 01:01:00|
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日野日出志(4) 「恐怖!!ブタの町」

今回は「悪魔が町にやってくる 恐怖!!ブタの町」です。
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これは単行本一冊丸々使って完結なので、日野日出志作品としては長編の部類と言えますね。
この位の長さの本なら他にもいくつもあるのですが、残念ながら既に紹介した短編群ほど完成度を高く作りこんでる作品はほとんどありません。
それでもやはり愛すべき作品はあり、これもそんな一つです。

お話は・・・
町が静まり返った赤い満月の夜に、いきなりどこかから馬に乗り、斧や槍を持ってやってきた悪魔の集団。
彼らは不条理にも、町中の人間を檻に収容して、どこかへ運んで行きます。逆らう人の首は刎ねて殺し。
主人公のけん一少年だけが命からがら逃げ出せたのですが、町は廃墟にされ、捕まった人々といえば檻の中でブタのエサみたいなのを犬食いさせられてます。
けん一はそのブタのエサを、見張りの目を盗んでガツガツ盗み食いするあたり、普通の少年漫画の主人公とは違いますね。
そんな時に檻の中にいる両親と弟に声をかけられ、"皆ブタにされる"のだと聞かされる。

『ブタになることを拒否すれば殺される!!
ブタになれば寿命がくるまで生きのびることもできるかもしれないんだ。
なあにかんたんさブヒ~ッと三回鳴けば
あっという間にブタになれるんだ。』


という父親のセリフには、何だか社会に対してとかの意味深な物を感じますが、何でもないのかもしれません。
定番の残酷描写シーンは今作品でも輝いてますが、日野先生はもう、これがやりたくて漫画描いてるのではないですかね。

ここでは、悪魔達がブタになる事を拒否する人間を処刑する場面。
ムチ、水、お湯、火、針の山を使った攻め。
さらに!
頭だけ出して土に埋められた人は、生きながら耳をそがれ、頭の皮をはがされ、目玉をくり抜かれ・・・
何ページも使ってこれだもの。ギャッ!
さらにページを進めると出てくる、バラバラ死体の山にカラスが集り、さらし首には蛆が湧いてる、その見開きページは、まさにおぞましい。
残りの人間は本物のブタにされて、奴隷となります。
(何故ブタにしてから働かせるのかといえは、多分服従の証みたいなもんでしょう。)

人がブタになるといえば、まさに世界中(私以外)の人々が感動した、有名な宮崎駿監督のアニメ映画「千と千尋の神隠し」がありますね。
宮崎も、この漫画を読んでしまったトラウマから、あのネタを使ったのでしょう。
…って、そんなわけないか。
あんな子供映画(失礼)と違って、ここでのブタは、働けなくなるとすぐにつぶしにされるのですが、そのブタ解体シーンなんかも残酷ですよ~。

たった一人で逃げ続けていたけん一少年も、ついに追い詰められ、悪魔達が建てた教会みたいな巨大な建物に逃げ込みます。
その建物のてっぺんでそびえる銅像は・・・
何と、けん一の姿をしていたのです!
そしてラスト、ずっと黒い影の姿で登場していた悪魔の覆面を暴くと、そいつもけん一の顔。
さらに他の悪魔達も覆面を剥ぎ、やはりけん一の顔で笑ってる!

『ああ…そうだったのか!!
ぼくにはわかった!!
今こそなにもかもすべてがわかった!!
今までの出来事が何だったのか…
やつらの正体が何だったのか…
このぼくの銅像がなぜあんな所にあったのかも…
すべてがわかったんだ!!』


などと勝手に納得し、銅像と一体になり・・・
我々読者には何の説明も無いまま終わってしまいます!

『ウェ~??何がすべてがわかったんだ!!だよ、こっちは訳がわからないよ!』
なんて思った物でしたが、読者の想像にまかせて逃げるあたり、さすがは日野先生!

・・・で、いいのですかね。

今回読み返してみたら、巻末に他雑誌に掲載された日野の記事がおまけについていて、その記事の中で
戸川純丸尾末広も、日野日出志の名を聞くやさっと目を輝かせた」
とあります。

二人とも、この「悪魔が町にやってくる 恐怖!!ブタの町」を購入した当時(約10年前?)に大好きで、作品も頑張ってコンプリートしてた人達だったので、その事実を知り、喜んだのを思い出しました。

淡い記憶・・・
この戸川丸尾、もちろん日野先生も(ここらへんはどれもサブカル好き人間の必ず通る道ですね)、もっと他にもいますが、思春期に徹底的に好きだった物や人っていうのはやはり格別で、いつまでも特別な存在ですよね。
私など、世間一般で言うところの不特定大多数の青春からは落ちこぼれ、いわゆる明るい青春時代など無かったですが…
本を読みまくり、映画を観まくり、音楽聴きまくった、オタク街道まっしぐらに歩んでた時に取った栄養が、今の自分の重要な所を形作ってるのだなぁと感じる事があります。
もっとも、それが生きる糧になっているだけではなく、時に足かせになってもいるのですが。

社会人になると、自分の生活費や食いぶちは、自分で稼がなくてはなりません。
そして特別な才能の発揮できない人間は、くだらない世間(こういう青臭い言い方をあえてしてみる)と、上手く馴染まなくてはならないのです。悔しいですが・・
いや、私は表向きはどこでも上手く馴染めて、どんな会社でも働けるようになりました!
しかし未だに「カラオケ(ボーリングetcもね)行こう」だとか言われたり、野球等のスポーツ話をされたり、その他くだらない流行物の話・・・
とにかくそんな文化系おたくの生態とはかけ離れた話題になると、酷い疎外感を受けるのです。
結論を言うとそれはもう、どうにもならないし仕方ない事なのですが…ハッ!
気づいたら脱線して、直接漫画とは関係無い話をしてました。

とにかく今は無理矢理でも、そんな自分も誇らしく思う事にして、今宵も私は日野日出志漫画を読むのです。ヒヒヒ・・


  1. 2006/05/20(土) 13:44:14|
  2. 日野日出志
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日野日出志(3) 「地獄の子守唄」

前回、日野日出志先生の「蔵六の奇病」を紹介してからというもの、今までに無く
「凄く面白そう!」「読んでみたくなった!」
等の意見を頂戴してます。
気を良くした私は、しばらく日野特集を続ける事にしましたよ!

もちろん、元々傑作揃いであるひばり書房刊行の日野作品集では、
『これについて語れば、こっちはやらなくていいよ』
とは言えないですから…本当に、それほどどれもが凄いのです。

最近、仕事以外ではパソコンに向かう時間をほとんど取れない現状ですが…でも書き始めれば、いつもその夜のうちに書いちゃってるのでね、しばらくブログ更新の目標は週一、二回くらいでいきます。

さてと、作品を紹介しなくては。
まだ若き日の私は、この時期の日野日出志先生の作品群を読むにつけ、本気で頭が狂っている漫画家が描いたとしか思えず、単行本のカバーに載ってる著者近影の写真(小太りで色白、眼鏡かけてる)には違和感を覚えたものでした。

今回はそんな日野作品の中でも、狂い度では最大級の短編集「地獄の子守唄」を紹介します。
komoriuta.jpg

いい時期に描かれた、とてつもなく優れた短編集なのです。

ひばり書房版には、表題作の前に5編の短編、そして
"らくがきコーナー"
という、日野作のショートショートやら雑談が収録されてますよ。

まずは表題作前の短編を観てみましょう。

「蝶の家」・・・前回少しだけ紹介した「水の中」と同じく、醜い奇形児になってしまった蝶マニアの少年は、やはり脳もやられてパーになってます。
他国のみやげに蝶を買ってきてくれる父親に、作中で唯一話しかけるシーンは、『蝶・・・蝶・・・』です(笑)。
そんな彼の無残でグロテスクな死に様と、その対極である美しい蝶に転化する様を描いた作品。

次の「七色の毒蜘蛛」は、私が大好きでたまらない作品なのですが、これの美しさはただ事じゃ無いですよ!
痩せこけた顔に、例の血走ったギョロ目、部屋にはどぶ六と、そして漫画家…もちろん日野自身であろう男が、登場。

漫画を描きながら背中がチクチクと痛む時、恐るべき記憶を思い起こす。
日の丸を描いた紙を吊るし、それを(実際に先生が大好きな)日本刀で、『ちぇ~すとっ』と一刀両断にすると、その切れ目から、鬼畜米英の操る巨大な空飛ぶ怪物どもが、日本民族の一般人大虐殺をしてる光景が現れます。

それから日野少年見てきた地獄とも言える光景が続くのですが…
少年の目の前で父の背中に日が付いた時や、目の前で白鬼と黒鬼に強姦されて、どぶ川に身を投げた母の死体を父が引き上げた時、そんな時に必ず父の背中の大きな蜘蛛の刺青が蠢く。

その蜘蛛のために頭がおかしくなったのか、少年にも暴力を振るうようになった父。
その折檻シーンで、素っ裸にされてる少年が紐にしばられて横たわっている場面があるのですが、これは一体何をしたのでしょうか…(笑)

さておき、その父は雪の中でこえだめに顔を突っ込んで死んでいるのが発見されますが、そこの2ページ使った雪世界が、また美しい!
それまでの黒っぽいページから、急に白く輝く世界が登場するのです。
そして、父の背からはあの蜘蛛の刺青が消えていた…

日の丸の下半分が落ちて回想シーンが終わると、鬼の形相で日本刀を振った後の日野先生。

大人になってあの父の背の蜘蛛の思い出がますます強くなると、自分の背にあの蜘蛛を発見する、そんなお話でした。

次の「白い世界」も、美と醜の対比が上手く、どのコマも絵が素晴らしいのです。
恐怖童話といったタッチで進む、純粋な少女が母親に捨てられてネズミに喰われて消える話ですね。

「博士の地下室」は、"美しい動物"を作るという名目の元に動物の品種改良実験を繰り返し、それがまたどれもおぞましい生物しか誕生しあいのですが…
ラスト2ページのキ○ガイ描写はまずいです!
自分の赤ちゃんにも醜い変種が生まれてしまい、夫婦は狂って『美しい動物が生まれた……美しい動物が ヒヒヒ………』で終わりますからね。

次は「泥人形」
これは公害問題に対する、日野流の告発ですね。
公害の七色の煙玉をポコポコ流し、住人全員が奇形の街。
ここで奇形の子供達は、工場のわきで泥人形を作り、完成したそいつを公害工場や巨悪に見立てて、恨みをこめた攻撃を加える…

それにしてもこの作品は特に奇形児の描写がひどすぎです!
「はだしのゲン」のケロイドの比じゃないですよ!
顔が溶けて何も無い子とかも酷いのですが、最後の方で向こうから駆けて来る少女なんて、目玉飛び出したガイコツにしか見えない顔ですから!

その生物が、普通に『あら・・・また泥人形あそびをやってたのね』『こんどねえ この空地にまた工場がたつんですって!』とか普通にしゃべってるのは、これはもう、笑っていいのでしょうか??

ちなみにこの女の子は、私の所有する雑誌ガロ(1968年5月号)への掲載時は、こんな化物では無かったので、単行本収録時にわざわざこう変えたのですね。

奇形児やグロい死体ばかりのページを繰り返しめくっていたら何やらドッと疲れてきましたが…(笑)

ラストはいよいよ、表題作である「地獄の子守唄」です。

いきなり漫画家が登場します。
そしてご丁寧にも、
『これを見て気分が悪くなったり あなたの身の上にかにがおこったとしても わたしは一切責任をもたない』
と、注意してくれるのです。

続いて『わたしの名は日野日出志 怪奇と恐怖にとりつかれた まんが家である』
で、確実に本人だとなり、少年時代にさかのぼる。
つまりこれはドキュメンタリーですね。

♪お~ちよ お~ちよ 地獄の底へ おちてこい♪
と歌い、日野少年を鬼だと言って折檻する、狂った母親。

それと遠い存在の父、ヤクザの兄という家族構成の後、少年の趣味も紹介される。
それがですね、、、
生きた犬を縛り付けてナイフで切り、ハラワタを取り出してコレクションしてたり、夢の中では地獄の怪物や鬼どもの支配者となって、おぞましい殺人を命じていたり…

(すでに冒頭の注意書きの必要性が分かってきましたね!)

そして現実にも、自分を虐めた者を絵の中で残虐に殺してやったら、それが現実になるという能力にも開眼する。
それからというもの、家族、まんがのライバル、まんがをコケにした編集者らを、殺し続けます。

『うふふふ・・・そして こんどは・・・・・』
さあ、最後のページをめくってみましょう。

ギャッ!!

『きみが 死ぬ番だ!』
と、恐ろしい形相の日野がこっちを指してます!

発表当時、ひばり書房の漫画なんて子供しか読んで無かったんですよ?
これは子供が楽しめるっていう怖さの範囲を超えています。

こちらは、アメリカ版の「地獄の子守唄」。表題作の他、内容は当地独自の短編集になっています。
HINO-jigoku-no-komoriuta1.jpgHINO-jigoku-no-komoriuta2.jpg

さて当時読んだ多くの人達が、昔のトラウマ漫画としてこの作品を挙げる原因は、ラストのこの2ページにあるのですね。
こんなやり方で直接読者を怖がらせるなんて…何と言っても、この絵自体の怖さが半端じゃ無いですし…
コマごとにだんだんアップになってきて呪詛を吐いて終わる、この伝説の漫画のセリフをラスト1ページそのまま使って、今夜は終わりましょう。


きみは このまんがを見てから 3日後 かならず死ぬ!
その死に方は わたしの胸の中にしまってある・・・
ふふふ・・・ だが
いままでの どの殺人よりも一番残酷な くるしい死に方をするだろう!
ふふふ 3日後をたのしみに・・・
まっていてくれたまえ・・・・・・

死ね 死ね!
おちろ おちろ!
地獄の底へおちろ!
おちてしまえ!!



  1. 2006/05/16(火) 00:55:48|
  2. 日野日出志
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日野日出志(2) 「蔵六の奇病」

こんばんは。10日以上も間を空けてしまいましたが、久々の更新です。

家族サービスだとかバカンスなんて言葉が溢れるGWの間、私の体は腐って落ちてました。
ただれた皮膚の下では蛆虫が蠢き、その狂気の乱舞を眺めながら私は目を血走らせ、『ヒヒヒヒ・・・』と笑ってたのです。
その醜く歪んだ体では、パソコンに向かうのには耐えられなかったのです。
よし、これで日野作品を読むための気分作りと、更新が遅れた言い訳もできた!


それでは始めましょう。
まず初めに読んで行きたい日野作品は「蔵六の奇病」です。
zouroku.jpg


前回書いたように、この作品は悩める時代の日野先生が起死回生をかけて、描き直しに描き直しを重ねて、ついに完成させた作品です。
何とこの作品だけのために一年間をかけたとの事ですよ!

1970年の発表以来、地下で(?)愛好家達に読み継がれてきた作品なのですが、幾度かの絶版や復刻を繰り返しながらも、その完成度の高さは三十数年の歳月を経た現在、そうです、今や女の子にも可愛いと評判の(笑)、蔵六フィギュアなんてのも登場してるほどです。

お話に行きましょう。

"むかし さる国のあるところ"を舞台に、頭の弱い主人公の蔵六が登場します。
彼は絵が好きで、色とりどりの生物や植物を本物そっくりの色で描きたいと願っていました。
もともとばかだ、ばかだ、と子供からも石を投げられながら農村で地味な生活を送ってたわけですが、ある日、顔一面に気味の悪い七色の吹き出物が出てきて、さらに生活は変わります。

そのでき物は体中に広がり、完全に村八分にされるのを恐れた家族により蔵六は、ある森に追いやられます。
そこは、動物達の死霊が集まるねむり沼があるために、人が近づかない恐ろしい森なのです。
おっかあが食料だけは運んでるものの、蔵六の病状は悪化し、村人やおっかあ以外の家族にも疎まれ続けます。

やがて 雨がふりつづく季節になると 全身のでき物から七色のウミがジクジクとながれだし 下腹部が異常にふくらんできた・・・・・・
蔵六は くる日も くる日も 激痛になんどとなく気をうしないながら 小刀で全身のウミをだして くすりをぬり そのウミを別々の容器にためて絵を書くことを考えついた


このあたりグロい描写が続き、気味の悪い動物や虫、毒キノコにカビ類まで集まってくるわけですが、こうして好きな絵を描くための、夢の絵具を手に入れたのですね。
しかし、暑さが続く季節になると、今度はウジ虫がわきまくっている蔵六の臭気が村まで達し、おっかあが食料を運ぶために森に入る事さえ禁止されます。

引き離されて行くおっかあを見た蔵六が、心配して村人の前にその怪物と化した姿を見せる、感動の別離シーン。
村人達はご丁寧に細かいコマ割りで
「ぞ」「ぞ」「う」「ろ」「く」「じゃっ」
と驚くのですが、こんな所も私は大好きです。

それからの蔵六は、ミミズをつるつるとすすり、ウジのわいた動物の死体を喰らい、腐ってこぼれ落ちた我が目玉までも喰らいます…
『あは…あう…あは…もがぁ…』と。
ここまでして生き続け、全身から出る膿で絵を描く事も続けていた蔵六には、本当に鬼気迫るものがあるのですが、村の男達はついに討伐隊を出して蔵六を殺す事に決める・・・

それから数ページ、どうなるのかは自分で読んでください。
とにかく凄いです。

グロ描写のイメージが先行しがちな日野先生ですが、ちゃんと読めば蔵六に対する優しい愛情、作品に潜む悲しみ、絵柄の芸術性の高さにも気付くでしょう。

この「蔵六の奇病」は、あまりに密度の濃い絵柄ではあるものの、わずか40Pの世界。
天才が、情熱と時間をかけてここまで描ききったという結果を、是非みなさんにも読んでもらいたい。

もちろん、、芸術だ何だとか言わなくたって、とにかく読んでもらえれば確実にインパクトを与えるはずです。
『ギャー!気持ち悪い!』だけだって、立派なその人の評価ですからね。

このひばり書房刊行の単行本「蔵六の奇病」で他に収録されている短編は…

事故で手足を無くし、顔は化物になった少年と、彼を世話し、暴力を振るうようになった母親との話「水の中」
新しい家に引っ越してきた一家が、飼い始めた凶暴なはつかねずみ(後に巨大化もする)に家を占領され、赤ちゃんも食われる「はつかねずみ」
飢饉の戦国時代、野党に家族を殺され、子供の兄弟達だけで生きていかなくてはならなくなり、強くて巨大なあんちゃんが死んで、自分の肉を下の子達に食わせて冬を越させる「百貫目」

といった、どれも代表作と言ってもいいほどの傑作4作が揃って収録されております。
しかしどれも奇形児、人肉食い、発狂、といったヤバいテーマのオンパレードなのがさすがですね。

それでは今夜はここまで。またお会いましょう。


  1. 2006/05/11(木) 23:21:41|
  2. 日野日出志
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Author:BRUCE
BRUCEです。あだ名は大悟(DieGo)です。
大悟…つまり悟りを開くに至る道程にある事を表し、かつ神の映画「ドラゴンへの道」から頂いてのブログタイトル。同名の秘密結社も運営しています。

名作漫画紹介の形を借りて、自分の記録用に使っています。

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