
今回は
早見純先生。
いよいよこの異常な天才劇画家を紹介する日が来ました。
生年月日で広島生まれの
早見先生は、その時は別名でしたが1978年に
「週刊少年サンデー」新人賞の佳作に入選しています。
それから何といきなり5年間も沈黙しておりまして、その間に何があったのかは全くの謎ですが…
何と
エロ劇画誌にて
「うずく年頃」でデビューしました!
それ以降は早いペースで作品を発表し続けてコアなファンを獲得しまして、"80年代エロ劇画"のスターになりました。
…あくまでアンダーグラウンドなシーンですし、当然、当時まだ幼い
ジャンプっ子だった私に、そんな事は知る由もなかったわけですが。
その作風は、まさに親に見せられない漫画No.1です!!
バラバラになった女の死体とそれに興奮する男、目鼻耳を針金で縫いつけられた少女と教師、女性器を持ち歩く男…
そんな背徳的でインパクトの強い、毒まみれの作品ばかりですからね。
普通のハレンチでも眉をしかめる親達に、こんな変態性欲の世界が許されるわけがありません。
子供は隠れて読みましょう。
さて、そんな
早見先生も80年代後半にはほとんど作品を描かなくなり、90年代に入っても少しだけ発表するものの、断筆してしまいます。
そしてサラリーマンをやってたと言うから驚きです。
この変態が、正体を隠して一般の会社に紛れ込むとは…(笑)
しかしこれで終わる人ではありませんでした。
1999年に突如、傑作選集
「血まみれ天使」(
久保書店刊)が出版されて再評価されます。
それから相次ぐ再発、そしてついに
早見純先生復活!!
大抵こういう復活しても最盛期の勢いは失われているものですが、新作単行本
「卑しく下品に」(
一水社刊)を読めば、
早見先生は例外だと分かるでしょう。
早見先生の"新作"が読めるのですからね…
これは事件であり、昔からのファンも大喜びでしょう。
いや、当時の若者も今は大抵家庭持ちでしょうから、こんな本を子供が居る家に置いておけないでしょうか!?
でも安心してください。
この度の再評価で今やオシャレ気取りのお店に平積みにされ、女子達に読まれてるのですから。時代は変わったものです。
それでは今夜は↑でも挙げた、再評価の最初のきっかけとなった短編集
「血まみれ天使」を紹介しましょう。
とはいえ、この
早見作品を一話一話を文章で紹介していったら酷い事になりそうだし、時間も無いので、どれかをピックアップしようかな…
うわー、どれもやっぱり酷い(笑)
坊主頭の変態学生、その名も早見純が登場する話は痛笑いできますが、今回は
「のど奥深く」。これにしましょう。
これを好きと言ったら人間性を誤解されそうな作品ですけどね。やはりこれはいい!
娘を探してある男のアパートに来た父親は、娘からのひどい言葉を聞かされて帰り、その後電車に轢かれてグチャグチャになるのですが…
実は娘は人間腹話術人形にされていて(!)、とっくに殺されて背中に穴を開けられ、そこから手を突っ込んだ男がしゃべっていたのですね。
もう、極悪非道もここまでありえないと気持ちがいい(笑)
--------
こんな内容で、発表された時代もあの
有害コミック排斥運動(※)のあたりですので、既に発表されていた
早見純作品もいいターゲットになって、一度全部が絶版になったんじゃなかったでしょうか。
※1990年、和歌山県から飛び火して全国的、国政レベルに展開した運動で、エロを描く内容のマンガ(肌が黒いとか、差別用語、暴力表現だとかもついでに)を
有害図書として、"狩り"が行われました。
三年に渡って自民党や朝日新聞でもキャンペーンを展開していたんですよ。
それから出版社の自主規制が激しくなって沈静化したようですけど、編集者から内容修正要求ばかりじゃ作家の表現は著しく制限される上にやる気は萎えますよね。
その前に
宮崎勤の連続幼女誘拐殺人事件があり、世のおたく全員が叩かれた事もありましたね。
TBSレポーターは公衆の面前(テレビ中継)で、コミケ会場前から『皆さん、ここに10万人の宮崎勤がいます!』とか叫んだらしいですけど、これは怒っていいのか間抜けぶりを笑えばいいのか分からないくらいですね。
この時有害指定された本の作者は、
山本直樹、
ジョージ秋山(えー!)、
弓月光、
遊人、
上村純子、
桂正和、
畑中純…
マイナー作家も入れるととんでもない数になりますし、このせいで消えていった漫画家も数知れません。
しかし昔も今も、そういう事を騒ぐ連中は、例外なく作品の一部分だけを取り上げて抗議するんですよね。
当時から考えたら規制は緩くなってますが、まだアホな事言ってる所はいっぱいありますよ。
そうそう、私が頼まれてやってる(無料でw)、こんな漫画ブログでさえも運営者から検閲が入って直しを入れられた事もあったのでした。有名文学作品や映画のタイトルにもなってる普通の日本語や、日常使ってる言葉で!
それでは、
早見純先生の
「ねじこまれる」から名言を取り出して、今日はお別れです。
次は誰の番だ!?
片っぱしから股ぐらを ぶっ壊してやるぜ!!
- 2006/09/30(土) 09:56:13|
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さぁ今夜は
水野英子先生の
「ファイヤー!」を、3巻から完結の4巻まで紹介してしまいますよ!
まずは3巻のカバーにある紹介文を読んでみましょう。
『ロックは六つの苦。喜・怒・哀・楽・愛・悪の感情からわき出ずる苦。苦しくても、もうアロンには待つだけの時間がない。ウルフの幻を追って想いの速度はつのる。生き急ぐアロンは"生のスピード違反者"だ!!』とありまして、いいですね〜。真面目に書いてるのに、ちょっと笑えるキャッチコピーで気に入りました。
それはさておき、前巻で同棲を始めた
アロンと
ダイアンです。
何だかずっとすれ違ったり嫉妬したりの描写がしばらく続き、恋愛物が苦手な私にはちょっときついです…
いろいろあって、愛していながらもダイアンは、
『お食事だけはちゃんとしてね
タオルはおふろのそばの戸だなだし シャツは2番めのひきだしよ』
などと生活の心配をしながら去りました。
そしてアロンのバンド・
ファイヤーは、ライバルのブラック・ブラッドと乱闘して両バンド共に逮捕されます。
注目すべきは、その時世界中の一流アーティスト達が拘留に抗議して運動して、その顔ぶれが…
ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ブラインド・フェイス、ジョン・メイオール、ジミー・ヘンドリックス、アル・クーパー、ジェフ・べックなどですよ!おいおい!!
水野先生は、ここでこういったバンドを実名で出した事でファイヤーの凄さを伝えると同時に、現実とリンクさせてリアル感を出そうとしたのでしょうか。
その直後には、ファイヤーが黒んぼの味方をしたとの理由からライフルで撃たれ、しかし弾はバンドのメンバーである
リフの姉、
マリーナの目に当たって両目とも失明…
キレたリフは、犯人と目されるブタども全員を盲にしてやるのですが、自分も刺され、さらに警官から撃たれて息絶えます。
追い討ちをかけるようにアロンのもとから去ったダイアンは、持病の心臓病が悪化し、15歳にして世を去るのです。
傷心のアロンはバンドから離れて一人、東へ流れて
サンフランシスコへ着きます。
そこで懐かしい初恋の相手・
マージ・キャンベルと会うのですが、その日のうちにやっちゃうのだから、あれだけ愛し合ったダイアンの立場は…ねぇ!
結局マージからも振られたと思ったアロンは、乞食のようになって街をふらつくのですが、いつの間にか…やっと陰部を隠せるだけのボロボロズボンを見にまとうだけの姿です!(笑)
それでも
ファイヤー・ウルフのギターを持って駆けつけたメンバーに会い、バンドも始動してニューヨークでライヴをやりますが、アロンは悩み続けます。
そして行きずりの女とやった挙句にホテルに置き去りにして、16歳の家なし少女・
リタを拾って
デトロイトへ戻るのです。
追ってきたメンバー達に殴られ、さらにボロボロになったアロンですが、何だかいろいろと哲学的な事を言い出し、山で歌っていると…
謎の女・
ジプシーとその一団との宴になるのですが、彼らはアロンにしか見えない。
ここに至っては、もう周りからは狂人にしか見えません。
しかしインディアンやジプシーをはじめ、ヒッピーとかビート文化の全盛期ならではの描写が多い所を見ると、
水野先生も当時の思想や自然崇拝にかぶれていたのでしょうか。
ラブ&ピースだとか、今の若者からしたら寒いなぁと思うでしょうが、この時代は本気で皆が熱狂してたんですよね。
その上ウッドストックのような商業主義イベントを批判しまくり、似たような金もうけロックフェスティバルの会場に現れたアロンは
『みんな こんなコンサートなんか聞くな 音楽は商品じゃないはずだ
きみたちは なぜ金をだすんだ アーチストたちは なぜ高い報酬をとるんだ
そんなところで 音楽は生まれやしない』と言ってファン達をその場から引き連れて移動しようとし、警官隊と衝突して皆が拘留されます。
ブタ箱を出てからは、アロンに感銘を受けて集まってきた若者達を率いて、舞台も柵も無いコンサートで歌うために、集団生活をしながら各地を巡礼して無料コンサートを開くのです。
金が第一であるファイヤーのメンバー達とはついに別離してしまいますが(ファイヤーはここまでで解散!)、この集団はすぐに300名ものメンバーにふくれあがりました。
アロンのファン…というよりは信者と言った方がいいような若者達を引き連れて、こうなるとアロンは完全に教祖様ですね。
この集団をさして人々は
フリーダム(自由たち)と呼ぶようになります。
けっして金を取らずに演奏をするという理想を追いますが…
もちろん生活費が必要だし、演奏は無料だけど若者達の自発的なカンパで生活してます。
うーんやっぱり食事は取らなきゃ生きていけないのが人間なので、理想だけでは矛盾が生じますね。
フリーダムとか言われても、保守派にとっては
乞食どもですからね。
もはやアロンは、ダイアンと同棲してウジウジしてた頃とは別人のようになってます。
アロンが拾ってきた娘・リタは、追いかけてきてやっと再会したアロンの目の前で飛び降り自殺します。
その死体を川に流したアロンをビンタで叩きまくった
ジュールが、結局アロンの最後の女になりました。
このジュールは、感化院を出て
デトロイト生活を始めたアロンが最初に出会った女性で、以後アロンをストイックに追い続けてたのですから、やっと想いが報われたのかもしれません。
その後フリーダムは、1967年の"オルタモントの悲劇"(※)の犯人と全く同じ名前の集団・ヘルスエンジェルに襲われて車や楽器を破壊され、リーダーであるアロンの右手が潰されます。
※ローリング・ストーンズのコンサート中、警備してた暴走族・ヘルスエンジェルの一人が18歳の黒人少年を刺殺した事件。
『なぜ……手がつぶれたくらいで ギターが弾けなくなるんだ!
なぜ楽器が壊れたくらいで 演奏できなくなるんだ
なぜ車がなければ 移動できないんだ』悩むミュージシャンで哲学者で教祖様のアロン率いるフリーダムは、限界に来てる上に街の大人に乞食扱いされてついに強盗を働いてしまいますよ。
アロンのその悩みは
『なぜ人間くわなきゃ 生きてられないんだ
なぜこのからだがなければ うたうことも話すこともできないんだ』という所まで往きつき、アロンの精神は……
壊れました。
最後は大切にしていたファイヤー・ウルフのギターを燃やし、母の元へ帰りました。
また子供のようになって遊びながら、母に養ってもらうのでしょう。
-----END
うーん、傑作です。
この時代の少女漫画に、これだけメッセージ色が強くて面白い漫画があったのは驚きですしね。
このラストで狂うアロン。人間としては不幸かもしれませんが、ロッカーとしてはいい最後ですよね。
この時代にロック好きだったであろう
水野英子先生がこういう物語を作ったのは、よく分かる気がします。
世間でも"狂ったダイヤモンド"こと
PINK FLOYDの
Syd Barrettのように、カリスマとして後世まで崇められるのかもしれません。
ただ、読み直してみた今の私の精神状態では、数年前とは読後感も違いますね。
まず駄々っ子のようなアロンが腹立たしすぎるのは、私も世間の波に揉まれたからでしょうか。
だいたいアロンの純粋で無垢な所をアピールしまくりますけど、"純粋"とか"無垢"って良い事だけでは無いですよね。
現在なら宗教とかにすぐだまされる人はほとんど純粋だとも言えるでしょうし、『傷付いちゃった』みたいな被害者ぶりが甘いんですよ!
しかし現実に、昔も今も変わらずそれがミュージシャンだと美徳のように受け取るのだから世間も甘いですよね(笑)
だって皆、かつてドラッグで死にまくったジャンキーのミュージシャン達や、近年でも猟銃自殺した
NIRVANAの
Kurt Cobainを大好きで、崇めてるじゃないですか。
まさか
『死んだのは関係ない。音楽がいいから崇拝するんだ。まだ生きていても同じような存在だった。』
なんて言う人はいないでしょうね?
生きてればずっとあの姿じゃないのですから。
大槻ケンヂ氏は初期の
筋肉少女帯で、そんなロックシーンを揶揄して
『狂えばカリスマか!? 吠えれば天才か!? 死んだら神様か!? 何もしなけりゃ生き仏か!?』
と、歌ってました。
「ファイヤー!」においては、最後に狂ったカリスマになってしまったアロンに対して反感も覚えますが、それは単なるひねくれ者の意見ですし、これがロック漫画として成功した、数少ない例だという事実に変わりはありません。
作品後半は特に鬼気迫るものがありますし、絵も劇画みたいになってきたり、女性らしい美しさで"挿絵"のようなページが挿入されている所もあって好きでした。
伏線を張るだけで終わったような所や、『あいつは結局何だったの?』という人物とか、いくつか疑問は残りますが、それは読者の考えに委ねるという事でしょうか。
水野英子作品
「ファイヤー!」。これは少女漫画好きのみならず、男性にもオススメできる名作です。
今夜の最後は、発狂したアロンのそばでジュールが叫ぶセリフを引用してお別れにしましょう。
いまの世の中で狂わない人間たちのほうがよっぽど異常よ
そのほうがおかしいわ
わたしたちよく生きてるわ
正常なのはアロンだけよ
あなたたちも わたしも 全部狂ってるのよ!
- 2006/09/28(木) 00:15:58|
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前回予告した通り、今回紹介する作品は
水野英子先生の代表作
「ファイヤー!」です。
単純に絵柄だけ観ても、この時が最盛期ではないでしょうか。丁寧にいい絵で描かれています。
その名作漫画
「ファイヤー!」は、1969年から
週刊セブンティーンにて連載開始され、次の年に
第15回小学館漫画賞を受賞。大ヒットして1971年まで続き、ミュージカル化もされていますよ。
単行本はいろんな装丁で何度も再発されているのですが、私が持っているのは1973年初版発行のサンコミックス(
朝日ソノラマ刊)版で、全4巻です。
一巻のカバーについている紹介文が、
『ロックは火打石。アロンの「肉声」が「楽器」とぶつかりあう時、燃え上がる炎は"ファイヤー!"』なんて、何だかハイトーンボイスでシャウトしまくるヘヴィ・メタルを想像しちゃいましたが…
とにかく、あらすじを紹介してみましょう。
----------
登場人物は主人公の
アロン・ブラウニングを始めとしてアメリカ人で、まず舞台はアメリカ、オハイオ州のレイク・ウッドです。
母子家庭のアロンは、母に帽子を買ってあげたい一心で働き、やっとお金が貯まったものの、無法の限りをつくしながら街で暴れる
ファイヤー・ウルフの一味と鉢合わせたうえに警察から間違えられ、感化院に入れられます。
その感化院で、入れられるきっかけとなった張本人のウルフに出会うのですが、最初は憎い存在だった彼を、そのカリスマ的な魅力によって次第に慕うようになったアロン。
しかしこのファイヤー・ウルフという男は、アロンに音楽を教え、生き方にも影響を与えておきながら、ベトナムへの徴兵礼状を破り捨て、最後まで権力に抵抗して自由を求めながらバイクで暴走し、警官隊に射たれて爆発…死体も残らないほどの死に方をしてしまいました。
感化院で4年を過ごし、18歳で出所したアロンはデトロイトの工場で働き、初めてのライヴハウスで観る生の音楽や、
ジョンを始めとするバンドマン仲間との出会いがあります。
そして炎の舌を持った美人歌手、
マージ・キャンベルへの初恋も経験します。
このマージは毎夜違う男と遊び、誰にも縛られず自由奔放な生き方で男達を惑わせる女なのですが、これが後にアロンの人生に影響を及ぼしてきます。
アロンがライヴハウスで歌ってみると、早速実力を認められますが、それと同時に敵キャラみたいな奴も登場しますよ。
アロンのせいで契約を解約されたバンド・キラーズのリーダーである、
ジュリアンです。
彼はロックなんてやってますが物凄い大金持ちでして、
十歳の時からヒマラヤ山中で三年間、ネパールのラマ僧から教えを受けたとかで(笑)、喧嘩もメチャクチャ強いです。
…こんな非現実的な設定をすんなり受け入れる事のできるのが、少女漫画の良い所ですよね。
むしろ昔の少女漫画は生活観なんか感じさせたら終わりで、現実逃避できる方が良かった。
だから舞台もヨーロッパやアメリカが多かったのですね。
さらにこのジュリアンは、母から『自分だけが真実』、そして『自分自身に対する信仰』という事を教え込まれて育ってますので、ジュリアン自身も
『神とはなんだろう それは人間の心の窮極がひとつの形をとったものだ
神に祈ることは 自分に祈ることに ほかならない』なんて言っちゃってますよ。いいですねぇ。
とにかくアロンは、自ら歌いだしてすぐに才能を認められ、仲間にも恵まれてバンドでやっていく事に決めました。
バンド名は作品タイトルと同じ、
ファイヤー。
『ぼくの中で なにかが燃えている どろどろと溶岩のように 出口をさがして…』だから歌いたいというアロンはすでに、バンドのメンバーに個性的なバンドを作らなきゃと言われれば
『個性はひとりでに生まれるさ
ぼくが歌う ぼくの歌はだれのまねでもない!』と、自信たっぷりに宣言してますよ。
メンバーはボーカルのアロン、リードギターのジョン、ドラムの
ネロ、オルガンの
エンジェル、こそ泥だった
リフをベースギターに加えて、ついにバンドも完成です。
レコーディングした直後にレコード会社が潰れてしまいましたが、一枚だけ録音した視聴用レコードを放送された事から人気に火が付き、その放送局のDJ
ロージーがマネージャーとして加わり、進んで行きます。
アロンは、好きになったリフの姉・
マリーナがギターのジョンとできてる事を知ったり、リフがチンピラとのいさかいで右手を潰されたり…何かと悶着がありますが、今度はシカゴで開かれた全米の音楽コンテストに参加し、ライバルになるハングリーな黒人バンドのブラック・ブラッド、そして心臓病の美少女歌手
ダイアナ・ショウと出会います。
そして優勝するのですが、それは開催者の思惑が絡んだ、実力だけではない勝利でした。
純粋なアロンは傷付き、次のTV出演は止めようとしますが、まともに飯も食えないのに今まで音楽にしがみついてきた他のメンバーは、そのチャンスを逃せないと言って衝突。
ここではもちろん『生きることが まず先だ』と言うメンバーが正しいと思いますが、こういった少女漫画らしからぬ、奇麗事で終わらない現実の厳しさを見せてくれるのがこの作品です。
その後のファイヤーは順調に進み、レコードがついにミリオンセラーを出してトップバンドに登りつめるのです。
もちろん恋愛も無くては少女漫画は成立しません。
何度か失恋しているアロンですが、ダイアナとはついに両思いで、二人とも人気絶頂の中なのに同棲を決めます。
まだ10代の二人には早いと言われますが、生活はどうするとか、そういった事は
『明日考えよう……』なんて言って二人で去って行きました。
-----------
まだ単行本の二巻まで、つまり半分しか紹介してないのですが、長くなりましたので話の続きは次回に持ち越しますね。
他に特筆すべきは、これは
ロック漫画ですので当然全編に渡って何度も歌うシーンがあります。
その時に歌詞が出てくるのですが、その絡め方が上手くてセリフと同じく重要な役割を果たしてますよ。
アメリカ人達のお話ですが、もちろん日本語詞ですので安心してください(笑)
しかし
水野先生が描く女の子は可愛いなぁ。
最後に、ファイヤーの人気はガキどもの物だとぬかし、美だけを求める金持ちに対して、アロンが放った言葉を紹介してお別れにしましょう。
あなたはいずれ世の中から とりのこされる人だ
若者が なぜ叫んでいるのか 知ろうとはせず 目に美しい 美しかわかろうとしない
ぼくたちは ごみために捨てられた 真実をさがして苦しんでるんだ!
- 2006/09/27(水) 00:01:31|
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水野英子先生にも触れなくてはなりませんね。
少女漫画の歴史上ではかなり重要な方ですが、残念ながら私は少女漫画はあまり好きではない。
しかし、唯一女性にしてあの時代の
トキワ荘に住んでいたとなると、私の中でも重要度が違ってきます。
そんな
水野先生は、1939年生まれの山口県出身。
中学生の時から漫画少年に作品を投稿していて、卒業後は一応魚網工場で働きながら、
手塚治虫先生に紹介された
少女クラブに投稿をはじめます。
そして同誌で
「赤っ毛子馬(ポニー)」を発表し、これがデビュー作になりました。
おっと、一応カットや一コマ漫画は既に前年に載せていたようですけどね。
時に1956年、まだ17歳くらいですね。
未だ現役で描き続けているわけですから、既にその漫画家キャリアは50年を超えています!
デビュー後にトキワ荘の住人となりまして、この時代は、特に
赤塚不二夫先生と
石森章太郎先生に常時くっついて行動してたそうですが、それは漫画のみならず人間としてもネタが増えて成長するというものですよね。
両先生は近くのコーヒー屋"エデン"のウェイトレスにモーションをかけに行こうとしても、水野先生が付いてきちゃってマズイもんだから、こっそり二階の窓から出て行き、夜遅く帰ると
水野先生はオカンムリで蹴っ飛ばしてきたりした、なんて話も
赤塚先生の文章で読んだ事がありますよ。
実は当時女性漫画家などほとんど存在しなかったため、少女漫画という物さえも
手塚先生等の男性漫画家が描き始めたのですが、
水野先生はそこに挑戦し、成功します。
「星のたてごと」で男女のラブロマンスを初めて描いたとか、
「白いトロイカ」で本格的な歴史物を初めて描いたとか、とにかく少女漫画の先駆者としてよく語られるわけですが、
少女の瞳に輝く星を入れたのも
水野先生が最初だと言われてますよ。
一昔前までの少女漫画では、ほとんど全ての漫画で星が輝いてましたからね。
まさしく少女漫画の典型を築いたと言うにふさわしいのかもしれません。
次回詳しく紹介したい作品は、
水野英子先生の代表作にして最高傑作、そしてロック漫画としても不朽の名作扱いの
「ファイヤー!」です。
お楽しみに!!
- 2006/09/26(火) 18:39:34|
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今回は
つげ義春先生。
もう20年近く漫画は描いてないし、作品数も少ないのに相変わらず凄い人気漫画家です。
ガロを知らない人でもかなり読んでるし、漫画界一とも言えるカリスマ的な存在になってますよね。
そんな
つげ先生は1937年の東京都葛飾区生まれで、いくつかの土地を転々とした後で、結局また葛飾区で育ちました。
戦時中は新潟県の赤倉温泉に疎開してまして、それだけで新潟出身の私は誇らしかったものです。
名作
「ほんやら洞のべんさん」では、私の実家の近くである新潟県十日町市が舞台にされてますし。
この時は、今よりずっと豪雪だった当時の冬の魚沼まで取材に来たそうですが、大雪で山の方まで入れずに十日町の旅館でずっと寝ていたのだとか。
…なんて、新潟育ちの私が勝手に喜ぶ個人的な事を嬉しげに書いてしまうのも、それだけ私は
つげ先生を別格扱いをしているからでしょう。
5歳で父を亡くして母子家庭になり、小学卒業後はメッキ工になったのですが、母の再婚相手と仲が悪かったとか、そこら辺は自身の漫画でも何度かでてきています。
つげ先生が対人恐怖症なのは有名ですが、その兆候は幼少時から既に表れていたらしく、漫画家を志したのも人とほとんど会わなくていいからなんだとか。
1955年には早くも貸本の
若木書房からデビューしていますが、初期のそれは生活の為に描いた作品であり、
手塚治虫先生の影響そのままなので、それほど面白いものではありませんでした。
もちろん、貸本漫画も10年ほど描いてますので、その間に作風の変化は何度か見られます。
だんだん暗くなってくるし、後に完成する
つげ漫画の片鱗は見えてきてます。
わりと最近まで読めなかったこれらの作品が、
「つげ義春全集」(
筑摩書房刊)の出版によって順を追って読めるようになったのは嬉しいかぎりです。
「全集」とは言っても、正確にはまだ一部読めないのですが。
この時は時代劇と推理物が多いのですが、ジャンルもだんだん広がってきてSFや、何と恋愛物みたいなのもあります。
「おばけ煙突」「ある一夜」「不思議な手紙」…これらの短編は元から何度も復刻されてますが、名作ですよね。
リアルな
旅漫画と、シュールな
夢漫画の両方で大家になるのは、まだ先の話ですが。
とにかく貸本時代は、お金にはなりませんでした。
つげ義春先生=
貧乏みたいなイメージも拭えませんが、とにかくこの頃の生活は酷いものだったようで、下宿代を2年分溜めたために便所を改造した一畳の部屋に幽閉され、なんと8年間もここで過ごしたんだとか…
ずっと自閉症に苦しみ続け、自殺未遂を起こした事もあります。
そうだ、
つげ先生が漫画界の梁山泊・
トキワ荘に出入りしていた事はご存知でしょうか?
映画
「トキワ荘の青春」でも、
つげ先生役が少し出てましたね。暗いだけの役で。
テラさんや
赤塚不二夫先生とは仲良かったらしいですよ。
そして1965年。
その才能を見抜いていた
長井勝一編集長が、ガロ内の尋ね人欄にて
つげ先生を呼び寄せ、ついにガロに登場です。
まずは
「噂の武士」を発表し、これ以降
つげ先生の才能が開花します。
あの
「沼」の発表は当時問題になったようですね。
その夢のような不安な世界は、よく分からない前衛的な物を有難がりだした当時の風潮にマッチしたのでしょうか。
もちろんそれだけの作品ではなく、何故か印象に残る切ない系の作品です。
ただ当時のガロは
白土三平先生の
「カムイ伝」があるから売れていたわけで、その読者層からは無視されていたとも聞いた事があります。
それから
「李さん一家」「紅い花」「海辺の叙景」「オンドル小屋」「ほんやら洞のべんさん」…これらの名作が毎月のように新作として読めたとは、当時の読者に嫉妬を覚えてしまいますね。
寡作なイメージの
つげ先生ですから、この辺りの数年が間違いなく絶頂期でした。
さらに1968年…
「ねじ式」と
「ゲンセンカン主人」の発表ですよ!
どちらも後に
石井輝男監督によって映画化された時のタイトルにもなってますね。
シュールな世界なのもそのはずで、
つげ先生が見た夢が基になっているというのが定説ですから。
それは本人がそのように発言していたからなのですが、いや実際はストーリーを作る事に疑問を持ち出した
つげ先生が意図的にこの世界を創作したのだとか、もうずっと議論されたり、研究本も多く出ています。
とにかく芸術好きの若者達にも驚かれ、絶賛された
「ねじ式」は、30数年経った今の読者にも影響を与え続けています。
私にも"意味"は分かりませんが(そもそも意味なんてないのか)、どのコマもセリフも印象深くてずっと覚えてますからね。
こんな漫画は他に無いかもしれません。
そんな所に、
つげ作品がいろんな作品でも漫画マニアの日常会話でもパロディされまくっている理由があるのでしょうね。
こんな作品を描きまくっていたら当然でしょう、1970年代前半には
つげ義春作品が大ブームと呼んでもいいくらいの状態になりました。
絵柄はだんだん劇画調になっていましたが、その集大成
「やなぎ屋主人」を最後にガロを去ってしまいます…(泣)
以降の活躍で目立つのは、
「夢の散歩」「夜が掴む」「外のふくらみ」「ヨシボーの犯罪」等、夢漫画の傑作でしょうか。
「必殺するめ固め」で描かれる不安感には、本当に背筋が寒くなったものでした。
1980年代以降の
つげ先生といえば、資本主義社会から見たらクズでしかない主人公が、世捨て人に憧れて石を売る話で知られる
「無能の人」が有名で、
竹中直人が映画化もしましたね。
しかしその直後に描いた
「別離」以来、今まで新作漫画は発表されていません。
「別離」自体、ラストに主人公が自殺未遂事件をする絶望的な作品でしたが…大丈夫なのでしょうか、
つげ先生。
私は今更、
つげ先生の新作なんか求めてません。
ただ、もうぺンを置いてから20年近くが経とうとしてますが、いつまでも次の世代に新しい読者を獲得して、本の再発もされまくっている
つげ作品ですので、今頃は精神病にも別れを告げ、悠々と印税生活でもしていて欲しいですね…。
今回は
つげ義春先生の、その偉大なる経歴を流して追ってきただけで長くなってしまいましたので(全然書き足りないですが…)、作品の紹介を細かくするのは、またいつかにしましょう。
-----
つげ先生の本は内容ダブりばかりで装丁変えてたくさん出版されていて、そのほとんどを買ってた私ですので、今回の画像は何を使おうか迷ったのですが…
結局1968年と1971年に出たガロの
「つげ義春特集号」二回分を、1991年にオリジナルサイズで忠実に復刻された物にしました。
これはその復刻ガロ二冊と、付録冊子(
つげ先生の最新エッセイや作品リスト等、内容は豪華)、それに箱付きで定価3800円(
青林堂刊)です。
もちろん収録漫画は全部持ってる作品なだけに、当時痛い出費ではありましたが、やはり大きいサイズで読むつげ作品は格別で満足したものでした。
では ごきげんよう
達者でなァ
- 2006/09/22(金) 00:46:31|
- 月刊漫画ガロ
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私はBRUCE。
週に三度は
中野ブロードウェイをパトロールし、本やCD,DVD等の売買を繰り返す漢であります。
中野ブロードウェイ…東京都中野区にある商業ビルで、サブカルやアニメ、フィギア等を扱うマニアックな店舗が半数以上を占める
オタクビルでありますが、漫画の古本なら
まんだらけ、中古CDやDVDなら
recomintsが、もはや中古市場の相場を作ってるほどの有名店ですが、他にも文庫本ならこことか、雑誌なら、フィギアなら…と、それぞれの専門店が並んでいます。
もちろん今日も仕事帰りにそれぞれの店へ寄って、
平田弘史先生の漫画やら、
GOTHIC METALのCDやらといろいろ買物しすぎたのですが…
これまた大好きなお店
タコシェでは、期間ごとにイベントとかフェアを開催してまして、今は
丸尾末広フェアなるものをやっとるわけです。
熱狂的な
丸尾末広ファンである私は、もちろんこれにも寄っておるのですが、今回のフェアでは激レアな原画を展示や販売してるわけでもないので、ちょっとイベントとしては弱いです。
しかし!
丸尾先生私物のビデオにサイン入りで売っていたりしまして、まぁこんなのも珍しいかなと思い、今回の紹介(自慢)に至りました。
私が今日買ったのは、画像にアップしてます
「悪魔スヴェンガリ」のビデオ。
ジョン・バリモア主演(もちろんドリュー・バリモアの爺ちゃんです)による1931年制作映画で、もちろん名画です。
私も
丸尾先生も
怪奇映画が大好きでして。へへっ。
今回の私物ビデオ放出理由はDVDでの買い直しが済んだからかもしれませんが、ずっと
丸尾先生の自宅に保存されていた物に直筆サインが入って、今は私の元にある…たまりませんなぁ。
他にもレアな怪奇映画のビデオや、ここでしか買えないグッズが数点残ってましたが、この
丸尾末広フェアは明後日9月22日まで。
興味のある方は急いでくださいね。
- 2006/09/20(水) 22:52:37|
- 古本 番外編
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そろそろ
赤塚不二夫先生を紹介しましょう。
1935年満州生まれの
赤塚先生は、本名が赤塚藤雄で、奈良県→新潟県育ちです。
もちろん
手塚治虫先生に憧れる少年時代を過ごしたようですね。
上京してからは住み込みの工場から、作品を偉大な漫画雑誌
漫画少年に投稿していたのですが、訪ねて来た…何と
つげ義春先生に独立を勧められたのだとか。
デビュー作は少女漫画
「嵐をこえて」で、その後しばらくは売れない漫画家だったのですが、
「ナマちゃん」「おハナちゃん」といったギャグ漫画を発表した事により全てが好転します。
それから凄い勢いで描かれまくった作品群は、
赤塚先生登場以前のギャグ漫画がほとんど価値の無い物となったくらいに革命的だったのです。
その内容から、次第に大人にも興味を持たれて青年雑誌にもブラックな味の作品を数多く発表してます。
「ひみつのアッコちゃん」「天才バカボン」「おそ松くん」「もーれつア太郎」あたりはアニメの影響もあって今でも有名ですし、他の代表作
「レッツラゴン」「ギャグゲリラ」もやっぱり面白いですよ!
キャラクターではバカボンのパパ、イヤミ、ニャロメ、レレレのおじさん、ウナギイヌあたりは誰でも知ってますよね。
とにかく作品を読んでみたら、そのギャグセンスがどれだけ凄いか分かるでしょう。
読むべし。(べし…
「もーれつア太郎」のベシガエルが言ってます)
他にも重要なのは、トキワ荘で
石森章太郎先生や
藤子不二雄先生らと共同生活をしていた事ですね。
彼らは、締め切りに間に合わない漫画をお互いに手伝い合い、まさに漫画漬け生活を続ける事によってセンスも磨かれていったんでやんす。(やんす…同じく
「もーれつア太郎」の、ケムンパスも登場!)
さらにTVの司会などもやっていて、おそらくは漫画界で一番文化人や芸能人との深い交流があったのではないでしょうか。
大分県から
タモリを上京させ、芸能界に入れたという話も聞いた事があります。
そんな作者の人物自体が魅力的な
赤塚先生も、数年前に脳内出血で倒れ、それから新作は発表されていない…というより、今は意識があるのでしょうか?
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さて、今回特に紹介したい漫画は、
「ミスターイヤミ」と
「名人」(共に
曙出版刊)。
まずは画像左の
「ミスターイヤミ」ですが、もちろん主人公は
「おそ松くん」に出ていたあの人気キャラの
イヤミで、おフランス帰りにして自分の事を『ミー』と言う、そして彼の
シェーのポーズは有名すぎますね。
私は
ジョン・レノンがシェーをしている写真を見た事がありますよ。
そのイヤミが主人公として出ているこの作品は、青年雑誌で発表された事もあり、ブラックで奇妙な大人の笑いがあります。
ナンセンス漫画ってやつですか。
決して大口開けて笑うシーンなどありませんが、ニヤリと笑ってしまうのですね。
この単行本で二話収録されていて、最初の
「ミスターイヤミ」は童貞のイヤミが女にたぶらかされて気がふれる話ですし(その最後のコマは圧巻です)、次の
「ミスター・イヤミ氏 あしたの朝」は立ち退きを命じられた男が首吊り自殺して、その家の地下室には人喰い虎と、誘された娘達の骨が転がっていた!という話。
この単行本に併録されている他の7作品も、大人向けのブラックギャグが多いし、かなり貴重な初期作品もありますよ。
ちなみにこの本。
数日前に女友達に見せた所、この表紙、そしてめくって出てきた一話目の扉・イヤミのとぼけた顔で『カワイイカワイイ』と騒いで萌えまくられ、次回会った時にあげる事になってしまいました。
けっこうレアな本なんですけどね…
次に画像右の
「名人」ですが、洪水のように溢れる、アホな思いつきの連続には圧倒されます。
さらにこちらの本では
「ニャロメ」が併録されていて、この二作は'71年から'73に
リイドコミックで連載されていた、全て4ページの連作です。
短いから46点もの作品数になってますが、毎回題字のデザインも変えていますよ。
「ニャロメ」は、もちろん
「もーれつア太郎」のあの
ニャロメが主人公。
ニャロメは美人を見ると、すぐに『やらせろ』とか『結婚してくれ』とか言ってるスケベな猫ですね。
『命は尊い物だ』とか言ってる次のページで、自分の子供が出来ちゃったと分かると
『いかん!! いかん!! すぐ堕すんニャ!!』
とか言ってますし。
いや〜、
赤塚不二夫先生の漫画って本当にアホですね〜。
と、こんな〆でいいのでしょうか?
これでいいのだ!西から 昇ったお日様が 東へしぃずーむぅー♪
- 2006/09/19(火) 23:21:58|
- トキワ荘
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今回は
楠勝平先生です。
今まで紹介してきた
ガロ作家の中でも、特に知名度は低いでしょうか。
1944年生まれですからその生きた時代も昔なのに、1974年には30歳で心臓の病気が原因で亡くなってますからね。
デビューは貸本マンガで15歳だか16歳の時と早いのですが、単行本は没後に上梓された物しかないのですが、近年(2001年)になって、何と23年振りで出版された
「彩雪に舞う・・・」(
青林工藝舎刊)を入れてもわずかに3冊。
私のように全く同じ時代に生きていない人は、いくら昔の漫画を発掘して集めているとはいえ、やはりある程度の知名度がある漫画家でなくては知り得ませんよね。
私の場合はたまたまガロを読んでいたので
楠勝平先生の作品と出会えましたが、これは幸運だったと思いますし、ガロには感謝したいですね。
90年代のガロには"名作劇場"という、過去の名作を紹介するコーナーがありまして、
楠先生の傑作短編
「おせん」が完全再録されていたのでした。
こんな漫画もあるんだと思い、胸が震えましたよ。
そこのガロによる解説で、
楠勝平先生はこれまた私が大好きだった
白土三平先生のアシスタントをしながら自作を発表していたのだとか、ガロや
COMから一般の商業誌でも作品を発表して活動の場を広げ、その作品は高く評価されながらもその頃に病が悪化してしまい、夭逝したとか知りました。
この不世出の漫画家は、病のために満足に描けない事もあっでしょうし、何より若死にしてるわけなのですが、ただその病ゆえに常に死を意識し、その死生観を基にした傑作を生んでいた事は事実でしょう。
さて、今回紹介するのは短編集
「おせん」(
青林堂刊)ですが、どれも江戸時代を舞台に市井の人々の生活を鋭く描いていて、死と向かい合わせた
楠先生の、美しく研ぎ澄まされた人生観や思想を感じる事ができます。
とはいえ、別にネガティブでも暗くもないですよ。悲しい話は多いですが。
もちろん絵もいいです。
それは短い命と知って表現を続けた
楠先生ですから、一コマたりとも手など抜かずに集中して描いた事でしょう。そんな事も感じます。
"人情漫画"とでも言うべきでしょうか、漫画にもこういう表現があり、それをここまで成功させた例があるのかと感心してしまうのですが、実は娯楽性も持ち合わせているので読みやすいですし。
短編集
「おせん」に収録された作品を久々にじっくり読んでみて、こういう地味だけどグッとくる作品を、もっと多くの人々に読んでもらいたいと思う気持ちがますます強くなってます。
みんなが何かしら罪の意識を持っている事を、少しユーモラスに描いた
「いざかや」。
職人として一人前の腕になったつむぎが、女は結婚して家庭を守るのが当たり前という世間の常識に痛めつけられる話
「茎」は、ラストの1ページで反物が転がって広がる美しい終わり方まで、流れも完璧ですね。
死にかけた病気の母を、怨んで幽霊になって出てきてもらいたいために刺し殺す少年の話
「ゴセの流れ」は涙無しには読めません。
「彩雪に舞う・・・」は、人の心も、詩のような構成と絵柄も、何て美しいものなかと感じる作品。
雪と暗黒に飲まれていく少年は悲しすぎます。
他のも傑作ばかりなのですがここでは省略して、あとは
「おせん」。
これこそが、確か10代終わりくらいだった私に衝撃を与えた作品。
とはいえ地味だし、だからこそ本物の大人漫画に触れた感じがしたものです。
悲しい話と美しい絵に感動しました。まさしく真の名作。
下町気質で気風が良く、しかも優しい女・おせんに惚れた、大工の棟梁で金持ちの若旦那・安。
彼はついにおせんを自宅に招いて、父親に紹介するが…
おせんは安とふざけあってるうちに、高価な壺を割ってしまう。
そして
『わたしじゃない わたしがこわしたんじゃない
あんたがわたしを つきとばしたからよっ
あんたが あんたがやったんだ
わたしは なにもしなかった!』と言って去るのです。
これにショックを受ける安ですが、おせんは働き続けてギリギリで祖母と弟を養っている暮らし。
つまり優しさなんかは役に立たないほどの貧乏ゆえにそう言ってしまったのですが、坊ちゃん育ちの安にはそれが分からず、呑んだくれて
『いやちがう!
あの女は ああいうきたねえ女なんだ!
貧乏がなんでいー』なんて叫んで
雨花の園(大雨が道路ではじいて花が咲いたように見える事)の中でつぶれる。
安を探していたのでしょうか、それをこっそり見ていて、やはり雨の中で泣き崩れるおせん…
こういった、人に感動の余韻を与える名人芸を堪能できる漫画が、もっともっと増えてくれたら嬉しいのですよね。
でも商業主義が当たり前、内容はどうでも儲かる本・売れる本しか出版したくないという今日の出版業界では、逆に火が消えるだけですね。
もちろん出版社に勤める人だって食いぶちを稼ぎ、生活を守る必要があるので(おせんのように)仕方ない事でしょう。
誰か、生活には一生何の心配もない大金持ちが、道楽でこういう志の高い漫画作品を次々と出版してくれればいいのですが…
- 2006/09/17(日) 13:45:11|
- 月刊漫画ガロ
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今回は紹介する
上村一夫先生は、私の中でBEST 3には入るくらい好きな漫画家です。
なので今更という気はしますが、重要な
上村作品を少しずつ紹介していきますね。
1940年生まれの
上村先生は、もちろん戦後の貧しい時代に育ったものの武蔵野美術大学を卒業してますよ。
神奈川県横須賀市出身。
(
上村先生の半生については、自伝的漫画
「関東平野」を読みましょう。これは必読の名作です。)
そして数年のイラストレーター時代を経て、1967年には
「カワイコ小百合ちゃんの堕落」でデビュー。
この時はまだ、明るく軽快な青年向け漫画でした。絵にも全然その後のような
上村色が無く、しかも風刺漫画だから読みにくいのですよ。
その後は
阿久悠と組んだり、もちろん単独でも描き続けるうちに、暗くドロドロした情念や怨念を描く作風を確立していきます。
その世界こそが
上村先生の持ち味であり、凄まじい迫力を感じるのです。
変態性欲、差別、殺人、狂気…あらゆるタブーが描かれているのに、どれも美しい。
それは、とにかく
上村先生は絵が凄いからですね。
一目で上村先生だと分かるその独特の絵によって
昭和の絵師と称される事が多いのですが、なるほど1コマ1コマが"絵"としての完成度も高いし、雑誌の素晴らしい表紙絵も当時から評価が高く、そのスタイルは時に変化しながらも多くの青年誌で長年続けられました。
未見の方は、まず今回の画像に使った
「上村一夫美人画集」あたりで絵師としての力量を観て感じてみてはいかがでしょうか。
話の内容は今の時代とは明らかに合わない部分も多いのですが、全く風化しているわけではなく、古典を読むように楽しめる事もあります。
セックス一つが、こんなに禁断のモノで、また重苦しい物なのかと。
それを知らしめるためにも若者にこそ、この世界を読んでもらいたいですね。
30年とか前に描かれた作品なのに、現代の一般人にも未だタブー視される
上村作品は、まだまだオリジナルの形で復刻されていなかったり、単行本化されていない作品も多いのが現状ですが。
80年代あたり以降はポップさを増してきて、私の好みから若干外れてきましたが…
とにかくもっと作品を描いて欲しかった!
1986年1月、下咽頭腫瘍のため逝去してしまいます。享年45歳!!
惜しい…あまりに惜しい才能でしょう。
「同棲時代」「狂人関係」「大江戸浮世絵異聞・アモン」「怨獄紅」「修羅雪姫」「関東平野」…他、残した作品群は唯一無二の物として輝き続けるでしょうが、フォロワーでも
上村一夫先生に匹敵する漫画家が出てきて欲しいものですね。
- 2006/09/15(金) 19:21:56|
- 劇画
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こんばんは。
名作漫画ブルースへようこそ。
いきなりですが今日(
9月13日)は何の日でしたっけ?
そう、このブログを書いてる私・BRUCEの誕生日。
(『そう、』とか言われても困るって!?)
まぁ今更めでたいのかめでたくないのか良く分からない日ですが、掲載回数も既に100回を超えた事ですし、過去に自分が書いた文を読み直したわけです。
そしたら誤字脱字は見つかるし、そもそも書いてる事が恥ずかしいし…
嫌ですねぇ、恥さらし人生。
でもやるんだよ!
って事で、今回は
諸星大二郎先生を紹介しましょう。
やっとこの時が来ました。
この先生も私が必死になって全著作を集めていた(すみません。近年のは買ってないので過去形です)、大事な漫画家です。
諸星先生は、1949年の長野県で生まれ東京育ちです。
東京都庁に勤めながら描いた火曜サスペンス劇場みたいな漫画
「ジュンコ・恐喝」がCOMに載り、その後1974年には傑作短編
「生物都市」で
第7回手塚賞入選して、華々しくデビューしました。
それから
週刊少年ジャンプでの連載開始と、人気漫画家の王道を歩んで来たとも言えるでしょう。
しかし、このジャンプでの連載が少々まずかった。
まずは
「妖怪ハンター」を連載するのですが、内容は素晴らしくとも、そのあまりにも個性的な絵柄と暗い世界はジャンプ向けではなかったのでしょう、打ち切られました。
かろうじて
JC(ジャンプコミックス)一冊分にはなりましたが。
その次に描いたのは、日本神話の世界を基にした
「暗黒神話」。
壮大な構想を練って始めたこの作品は更にマニアックさを増していて、当然すぐに打ち切り。これもJC一冊分です。
それではと次は何を連載するのかと思えば、中国神話の世界を基にした
「孔子暗黒伝」…(笑)
どれも一様に暗い世界ですし、ジャンプ読者のガキンチョが神話や他国の伝記になんて興味があるわけがない!
考古学や歴史学等の膨大な資料を使って綿密な考察をし、小難しい事を描いてるので必然的に字が多くなるし、この絵柄もジャンプでは異色すぎましたよね。
それでも
「孔子暗黒伝」は頑張ってJC二冊分を描き上げているってのは、凄い功績と言えるでしょうか。
この後も異色マンガ家としてジャンプやヤングジャンプで頑張るのですが、そのうち他社の青年誌にと活動の幅を広げて、ジャンルも現代物、SF、伝説、幻想、怪奇、ホラー、古代史、辺境の国…そして近年にはユーモア少女漫画まで、描きたい事をマニアックにやり続け、今や大御所の
諸星先生ですね。
その独創的で歪んだ絵柄は、あの
手塚治虫先生をして
『僕は描こうと思えば誰の絵でも描けるが、諸星大二郎だけは描けない』と言わしめた話が有名ですね。
未だにフォロワーすら生まれ得ないほどの独自の世界を構成し続けてますが、その後の傑作についてはまた今度にして…
今回は初期作品
「妖怪ハンター」の紹介でいきましょう。
既に打ち切りになった事は書きましたが、これは未だに私を始め多くのファンから根強い支持を受けています。
古史の伝奇資料をふんだんに使って、創作したSF話と混ぜ合わせたようなこの作品は、子供向けでは無いけどエンターテイメント作品としても優れていますし、衝撃的な作品と言えるでしょう。
こんな初期作品から、
諸星ワールドで定評のある"日常の不安を形にする事"を既に完成しています。
この名作
「妖怪ハンター」シリーズは、10年以上経って
「稗田礼次郎のフィールドノート」のタイトルで再び現在でも描かれているのが嬉しいのですが、今回は一番最初のJCを紹介しましょう。1978年初版発行です。
おっと、便宜上
JC(ジャンプコミックス)と言ってますが、本当は当時まだあった
JSC(ジャンプスーパーコミックス)で、サイズは同じものです。
出版社も
集英社でなく
創美社の時なのですが、そこらへんの話は詳しくしなくていいでしょう。
質の高いこの単行本の収録作品は、まず
「黒い探究者」。
九州はF県(つまり福岡県)の
ヒルコ伝説を基にした気味の悪い話で、この妖怪ハンター・
稗田礼二郎の登場する記念すべき第一作目です。
稗田礼二郎とは、古事記の
稗田阿礼から名前を取っているのですが、長身長髪に黒スーツの老古学教授で、日本老古学会からは追放されて自ら異端の道を歩み続けている男なのです。
そんな彼を上手く紹介しながら、黄泉の国の化け物であるヒルコの事件を解決しました。
このシリーズが日本各地の遺跡等で起きる怪事件を解決する物なのだと、読者に分からせる導入話としても優れてますね。
世界の
塚本晋也監督が過去に
「妖怪ハンター」を映画化してるのですが、それは同シリーズの他の話も混ぜ合わせた上に、原作ぶち壊しのとんでもない稗田礼二郎象、そしてこの
「黒い探究者」を一番大事にしていて、その時のタイトルは
「妖怪ハンター ヒルコ」でしたね。
原作とは別物と考えれば、私の波長にピッタリのとてもいい映画でした。
次の
「赤いくちびる」は、普通の中学校を舞台にしているのが今思えば新鮮な、朱唇観音という魔物に心を支配されて変身する少女の話。
学校が舞台だけに、日常にも存在する"神話"の存在を浮き立たせる事に成功しています。
続いて有名な
「生命の木」となるわけですが、これがもう
「妖怪ハンター」シリーズ中というより、
諸星大二郎先生の全作品で、いや日本漫画史上でもなかなか類を見ない名作です。
かつて隠れキリシタン達が多く処刑された東北のとある寒村の、さらに"はなれ"に住む人達がいるのですが、彼らは近親婚を繰り返しているからか、全員が知恵おくれという酷い環境。
その人達は実は事故や病気以外では誰一人死なず(この理由は聖書の伝説に絡めてるのですが、面倒なので説明は省きます)、地獄(いんへるの)という名の穴倉で死ぬ事もできずに蠢いていて…
そこへ
善次という、三日前に殺されて十字架にかけられた男が復活して登場。
そして救世主として村びと全員を地獄から救いだし、天国に導く話なのです。
もちろん絵も凄い。
『みんな ぱらいそさ いくだ!
おらといっしょに ぱらいそさ いくだ!!』と東北弁で叫び、ぱらいそ(天国)に導く善次をまだ見てない方、そして見たい方は、すぐに古本屋に走りましょう。
いや、セリフは変えられながらも何度も再発を繰り返してるので、普通の本屋で今でも現行されてる本で読むこともできますから!
この次は短い話ですが、
トコイ…トコイ…の呪詛が印象深い
「闇の中の仮面の顔」。
そして私なんかはいい作品jだと思うのに
諸星先生自身が気に入らなくて再発時には外された話ですが、近畿地方のW県(つまり和歌山県)に伝わる"反魂の術"というので死者を蘇らせる
「死人帰り」。
さらに単行本の最後には
「妖怪ハンター」シリーズではありませんが、第7回手塚賞に入選した
「生物都市」も収録されてますよ。
これもまた傑作でして、人間や他の生物が金属と溶け合う不思議な話です。
手塚治虫先生や他の審査員達も大絶賛で受賞したこの作品は、発想があまりに奇抜で強烈だったために、これは何か(例えばまだ翻訳されてない海外のSF小説等)のパクリだったりしないか討議されたと聞いた事があります。
「生物都市」……近未来の日本で有機物と無機物の融合現象が起こる話で、体の一部が機械と
くっついた人間の、不自然な姿は不気味です。
結局、生き延びるために機械と融合して不死となる事を選ぶ人類。
対称的に自然の姿で生きたい人達は、機械や金属を捨てて原始生活を選ぶという結末も印象深かった。
『この新しい世界で 科学文明は人類と完全に合体する
人類にはじめて 争いも支配も労働もない世界がおとずれるのだ』『夢のようだ…新しい世界がくる…理想世界(ユートピア)が……』----------
諸星先生の作品は、名作が多いけどそのキャリアに比べて作品数が少ないからでしょうか、
つげ義春先生並に、装丁を変えて何度も何度も同内容の漫画が出版され続けていていますね。
新刊出たと思って買ってから、『読んだ事ある』『またこれが収録されてる』と気付いた事がある方も多いのではないでしょうか。
しかも再発本にも未収録の作品が入っていたりするから、マニアはまたそれも買わねばならず…大変です。
それでは、またそのうち
諸星大二郎先生の作品を紹介したいと思います。
そしてBRUCE、誕生日おめでとう!
おめでとう、自分!
- 2006/09/13(水) 23:49:36|
- 週刊少年ジャンプ
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今回紹介する漫画は
「こちら葛飾区亀有公園前派出所」。
タイトルも長いけど、それよりとにかく連載してる期間が長すぎるので有名ですね。
はい、ここで『なにー!BRUCEが
「こち亀」だと!?』とか『裏切られた!』等の声が上がってきそうですが、作者名を見てください。
貴方は本名の
秋本治名義ではなく、
山止たつひこ名義だった時代を知っていますか?
その時代、つまり単行本では6巻までを、私は持っているわけです(7巻からは初版でも
秋本治)。
「こち亀」の連載100回を記念して名義変更してから、現在では
山止名義で刊行されていた時代の単行本も増刷の際に
秋本治と改められておりまして、だからこそ
山止たつひこ名義は古本としてもちょっとレアですよ。
一応これも言っておくと、
山止たつひこという名前は、
「がきデカ」や
「光る風」等の名作を描き、現在では小説家になっている奇才・
山上たつひこ先生のパロディです。
よく見ると、漢字の棒が一本増えてますね。
それも親戚だとかアシスタントだったわけではなく、ただ単に
山上たつひこ先生のファンだったから使ったペンネームだったそうです。
プロ入りのきっかけは、やはり
「こち亀」で
月例ヤングジャンプ賞を獲った事なのですが、その時のペンネームは
岩森章太郎改め山止たつひこだったそうですし、かなりふざけた人ですね(笑)
さてその
山止たつひこ先生は、
(私は絶版漫画コレクター&初期
「こち亀」ファンなので、このブログでは
秋本治ではなく、
山止たつひこで通させて下さい)
もちろん
「こち亀」の舞台と同じ、東京都葛飾区出身です。
タツノコプロで2年間アニメを作っていたのですが、退社後に漫画家生活へ入りました。
「こち亀」のスタートは、まず1976年に上記の賞を取った作品を読み切りとして
週刊少年ジャンプ誌上に発表する事から始まってます。
昔からジャンプでありがちなパターンですが、読み切りが好評だったら連載開始を決定するっていうあれで、その後連載が始まったわけですね。
それから出版された単行本第1巻の初版発行でさえ1977年7月31日。
1977年といえば私、BRUCEが生まれた年です。この発売日にはまだ私は生まれてませんよ!
それから現在まで、何とジャンプ初掲載から約30年間というもの1度も休載していません。
しかも原稿は必ず期限前に仕上げているという噂も聞いた事があります。
週間連載なのに!?
この偉業はもう、それだけである意味"名作"です。
まぁ長いだけって言われても仕方ない内容の時期もありますが…
もちろん少年誌の最高連載記録を継続中で、ギネスの記録も保持してます。
これは抜かれる事はあるのですかね、もうあのジャンプでさえも打ち切りには出来ない作品でしょうし。
ちなみに今現在の単行本(
集英社刊)は151巻まで出版されてます。
アニメにもなっているので、お話はお茶の間でもおなじみでしょうが…
主人公は亀有公園前派出所に勤務する、八方破れな不良警察官・
両津勘吉で、中川コンッツエルンの御曹司・
中川圭一、秋本貿易の社長令嬢・
秋本麗子、他に
大原部長やらのおなじみキャラ達と、ドタバタを繰り広げるものですね。
私は初期に良く出ていて、勤務中に両津と一緒に酒飲んだり暴れたりしていた
戸塚金次が好きでした。
顔はゴルゴ13似で、右目の所に切り傷があり、紋々をしょってるというモロにヤクザ風の男ですが、知ってますか?
開始当初の作者の言葉で、
『きびしい警察社会に、ひとりくらいはこのような人物がいても……と思って描きはじめたのが、この作品なのです』とあります。
やはりこんな警察官達は現実ではありえないでしょうが(当たり前です)、初期のこの両津と周りの変な人達のやり取りに、ギャグ漫画の面白さがいっぱい詰まってます。
もちろん30年間も続けてますし、時期によって内容や質はばらつきがありまして、私は初期の
山止たつひこ時代が好きなわけです。
けっこうブラックなネタもあって、ピストルも乱射しまくってますしね。
ちょうど私がジャンプで読んでた時でしたが、SFばりにロボット警官とかが出てる時期もあって、そのあたりが黄金期なんて言われますが私にはやっぱり初期なのです。
何と、同期で親友の
よしりん(
小林よしのり)先生本人が、
「こち亀」の背景に自身のキャラである
東大通を描いてたりしてますし!
第一話目からして、中川が配属されてきた時に前任の警官に触れ、両津が
『ロシアンルーレットであそんでいて 即死してしまったが…
じつにおもしろい野郎だった アハハハ』とか言っちゃってます。警察官がロシアンルーレット(笑)
しかしそのセリフも現在では、
『マヨネーズの一気飲みが得意だった』
に変えられてるんですよ!つまんないの。
そういった例はあまりに多く、訂正されたセリフは他にもいっぱいありますし、吹き出し以外の背景の文字、作品のサブタイトルまで変えられ、さらに単行本から丸々カットされた話すらあります。
その幻となった作品は、4巻に収録されていた
「派出所自慢の巻」で、両津と中川が旧大日本帝国軍かぶれの派出所へ行く話なのですが、別に旧軍を美化してるわけでもないし(むしろこっけいに描いてます)、この程度のギャグを問題視して自主規制してしまう集英社に、しっかりしろよって言いたいですね。
大してヤバイ内容でもないのに作品を第三者に修正されまくる…
これは
「こち亀」が、
「ドラえもん」並みの国民的作品になってしまった故のリスクですね。
(
藤子作品も
「ドラえもん」の作者だからって、全く同じようにされてますし)
何と
改訂箇所は数百に及ぶと言いますから、ただのギャグ漫画に対しての扱いとしては異常な事態と言えるでしょう。
まぁ作者名からしてそうですが、こんな風に修正されてる部分が多いからこそ古本の価値が上がって面白いのですけどね。
もう一つ、これも修正されたので近年に発行された版では読めないのが申し訳ないですが、私が
「こち亀」で好きな部分を伝えておきましょう。
それは幾度も出てくる地方出身の、おのぼりさん描写。
この漫画にはよく田舎者が出てくるわけですが、それがどいつもステレオタイプで笑えます。
第1話目から、私・BRUCEと同じ新潟から上京した人が両津に道を尋ねてますよ。
ひどい方言を使ってますが、これは決して新潟弁ではないぞ!
それを競馬で大損をした直後の両津が八つ当たりして追い返すのですが、その時
『東京はてめえみてえな百姓が来る所じゃねえ さっさと帰りやがれ!
ふん! 新潟で米でも作ってろ!』なんて言ってます(笑)
それが現行の単行本では"新潟"の部分を削除したセリフにされていますが、こんな事に目くじら立てて抗議する、心の狭い人がいるって事がいるのでしょうね。
それで作品を変えてしまう事には何にも思わず。
私なんか実際に田舎で育ったんだし田舎者の自覚もありますから、東京で"田舎屋"だとか"いなかっぺ"なんて店があると、『私に言ってるのか!』って怒ったふりしたり、ネタにしてますけどね。
外国映画のアホなチョンマゲ日本人とか見るのも好きですし。
ギャグ漫画に対して『蔑視感情が感じられた!傷ついた!』とか抗議し、言論弾圧みたいな事までする方が恥ずかしいとは思わないのでしょうかね。
山止たつひこ時代以降、マンネリを防ぐためか何度も変貌を繰り返してきた
「こち亀」ですが、頻繁に作者自身のおたく知識を披露するのは変わりませんよね。
各種メカ、おもちゃ、武器、戦車、ラジコン、バイク、車…
いい大人がこういうのに熱中して自慢する、要はおたくの正しい姿なのですが、それは微笑ましく思えます。
ただ私がジャンプを読んでた90年代初頭から、多分今でもそうですが時事ネタが多くなりすぎて、しかもすぐに古くなる最新情報なんかを詰め込みすぎるからつまらなくなっていきました。
こういうのは"知識"ではなく"情報"を得るだけですし、漫画の面白さとはかけ離れて行ってますから。
でもとにかく長い歴史を持つこの
「こち亀」の中では、女性登場人物が異常に巨乳だった時期や、他にも注目すべき時期があると思いますので、みなさんそれぞれで、どの辺りが好きか探ってみてくださいね。
- 2006/09/12(火) 18:39:49|
- 週刊少年ジャンプ
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こんばんは、BRUCEです。
何とこの
ブログ名作漫画ブルースも、今回で
第100回目の掲載らしいですよ。
おめでとう!ワー!!パチパチ!!!
そんな今夜に紹介するのは
石森章太郎先生。
いわゆる少年漫画の王道と呼ばれる物を多く作ってきた
石森先生ですし、私もずっと作品を集めている大好きな
萬画家(※)であります。
なので本当はもっと早く紹介しなくてはならなかったのですけどね。
さて、このブログでは"カテゴリー"(ジャンル)ごとに見る事ができて、現時点で既に
『梶原一騎』『手塚治虫』『藤子不二雄』『永井豪』『ガロ』『ホラー漫画』『劇画』『海外の漫画』『週刊少年ジャンプ』『古本 番外編』を作ってあるのですが、これからどんどん増えすぎていくのが目に見えてるため、
石森先生は新たに
『トキワ荘』というジャンルを作らせていただき、他に
寺田ヒロオ先生、
赤塚不二夫先生、
水野英子先生らと一緒にここに入れさせてもらいましょう。
ついでに、トキワ荘に住んではいませんでしたが、グループに参加していた漫画家の
つのだじろう先生や
園山俊二先生もここに入れていきますね。
既に"カテゴリー"になっている、
手塚治虫先生や
藤子不二雄先生もトキワ荘関連だろう、という意見もあるでしょうが、そこは先の事など考えずにやってきたので…見逃してくださいね。
もちろん、決して
石森先生らは上記の二名より扱いが低くていいと思っている訳ではない事はお断りしておきます。
こうなりますと、トキワ荘の紹介もおさらいしておかなくてはなりませんね。
まぁ日本一有名なアパートなわけですが、ちょうど私が
藤子不二雄先生の所で既に書いてましたので、まずはそれをコピーしてみましょう。
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トキワ荘とは、かつて東京都豊島区に存在したアパートで、後に大人気を博す事になる漫画らが集まってきて寝食を共にしたため、
"漫画界の梁山泊"などと呼ばれた聖地です。
手塚治虫を始めとして、
藤本弘と
安孫子素雄の両
藤子不二雄、
寺田ヒロオ、
石森章太郎、
赤塚不二夫、
水野英子、
森安なおや…etcという、とんでもないメンバーがいたのです。
ちなみに最後に名前を出した
森安なおや。こんなメンバーと一緒にいながら、彼だけは全く成功できずに土方になった、味わい深い人物なのです。
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今回はこれに補足すると、トキワ荘は1982年に解体されており、現在は豊島区椎名町5-2253の駐車場がその跡地なんだそうです。
1952〜1982年という、たった30年だけの命でしたが、住んでた漫画家の多くがその後成功したために漫画ファンにとっては聖地的な扱いとなったのですね。
やはり最初に入居した漫画家は
手塚治虫先生でした。
解体が決定した1981年に、かつての居住者たちが集結して同窓会を開いた時の模様がNHKから放映されましたが、私もそれを再放送で見た事があり、とても興味深かったですよ。
特に不参加だった
テラさん(
寺田ヒロオ先生)の、実物と
藤子先生の作品
「まんが道」で描かれた像とのギャップにはビックリしたものです。
トキワ荘に関してはこんなものでいいでしょう。
今後少しずつ、ここに関わった漫画家達の作品も少しずつ紹介していきますね。
それでは、今回は
石森章太郎先生。
画業30周年を期に、"ノ"の字を付けて
石ノ森章太郎に改名したのはご存知でしょうが、それ以降の作品に名作は生まれてませんので、この
名作漫画ブルースでは、あくまで"石森"で通させてもらいます。
1938年1月25日生まれで(つまり
松本零士先生とと生年月日が全く同じ!)、宮城県石森町(現在は登米市中田町石森)出身の
石森先生は、本名・小野寺章太郎。
地元で学生をしている時から漫画誌に投稿して頭角を現し、天才の呼び声が高かったようですね。
デビューも順調でしたし、少女漫画も含む様々なジャンルですぐに売れっ子になってます。
代表作
「サイボーグ009」のような面白い傑作漫画から、実験的でいて詩的な美しさを持つ問題作
「ジュン」、
「仮面ライダー」シリーズに代表される実写特撮番組とのメディアミックス…
晩年の
「漫画・日本の歴史」シリーズのような面白くない作品も、幅広い活動をしたという事では評価できるでしょう。
その作品数は、短編と長編を合わせて700タイトルを越えるとの事です。
しかし、1998年1月28日没。享年60歳。
実はこの約3ヶ月前の1997年10月に、群馬県高崎市で
石ノ森萬画館という展示会をやっておりまして、特に10月12日には石森先生本人も来てサイン会をしてくれるとの事で、当時埼玉県熊谷市に住んでいた私は駆けつけました。
午前中に展示品を楽しんだ後、もちろんサインを貰う気でレア本を持って行ったのですが…
先生の体調悪化のためサイン会は中止になりました。
代わりにサイン入りポスターを先着100名に配られたので今も私の実家に飾ってありますが、その直後に亡くなったのですから、会える最後のチャンスだったのにと悔やまれます。
今回の画像に使った、資料やレア物満載の本
「石ノ森萬画館」は会場限定の装丁で(かえって地味ですが)、サインも入ってたので買いましたけどね。
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※
石森先生は、
漫画や
劇画や
コミックという呼び名はそれぞれの一ジャンルを呼称するに過ぎず、さらに多数の表現が可能になった現代では日本語による総称が必要として、
"萬画"を提唱してました。
そして
萬画宣言を発表し、自らの職業のを
萬画家と称していたのです。
その萬画宣言を読んで、今夜はお別れしましょう。
[萬画宣言]
1、萬画は万画(よろずが)です。あらゆる事象を表現できるからです。
2、萬画は万人の嗜好にあう(愛されるし、親しみやすい)メディアです。
3、萬画は一から万(無限大の意も含む)のコマによる表現です。
4、従って萬画は、無限大の可能性を持つメディアである、とも言えるでしょう。
5、萬画を英語風に言えば・・・Million Art。Millionは百万ですが、日本語の万と同じく「たくさん」の意味があるからです。頭文字を継げれば、M・Aです。
6、M・Aは即ち“MA”NGAの意。
- 2006/09/10(日) 22:02:23|
- トキワ荘
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私ことBRUCE、先週の9月2日に吉祥寺にて
楳図かずお先生と偶然お会いし、一緒に写真を撮らせて頂きました。
9月2日…つまりそれは
楳図先生誕生日の一日前でありましたが。
(おっ、
楳図先生は
ドラえもんと同じ誕生日だ。)
その時私は、故郷の新潟時代からの古本巡りの戦友にして
大友克洋コレクターの男友達(画像で
楳図先生の隣にいるガイ)と、
根本敬先生ファンの女友達とで吉祥寺駅近くを歩いていたわけです。
そしたら向こうから
楳図先生が歩いてきて、真っ先に気づいた私は連れの二人にも教えたのですが、もちろん声などかけれずに生き神様を見る心境ですれ違い…
数秒のうちにいろいろ考えて、やっぱり追いかけました。
そして声をかけたのです!
いや、正確には友達(しかも女性の方)に頼んで声をかけてもらいました。
その女友達は物怖じしなそうな明るい性格だったのもありますが、新潟出身の男二人の、何と意気地の無い事でしょう。
実は二人共、今までに何度か吉祥寺で
楳図先生を見かけてるけど、話しかけた事は無かったわけですし。
自分で頼んでおきながら、内心
『早く!早く声かけろよ!』なんて思ってました(笑)
梶原一騎先生の漫画を読みまくって、『やはり男気だ!』とか何だって言ってる私がこれかと、我ながら情けない小心者っぷりでしたね。
まぁ本当の"豪快さん"なら、わざわざ男気漫画なんて読みませんしね。
今回の画像はその証拠写真を使う予定で、もちろん私はきれいに
ぐわしを出来るので、ポーズに使わせてもらって撮ったのですが…
見事に私が一緒にフレームに収まった写真はピンボケ。
バックの
ユザワヤにピントが合ってました(泣)
それで今回の画像は一緒にいた友人のを使わせてもらいました。(撮影・BRUCE)
ちなみに、
楳図かずお先生も
ぐわしは出来ないんだっておっしゃってましたよ。
とにかく、こうして
楳図先生との記念写真と、少しの会話もできたのです。
話の内容は、ただ乙女のように『好きです』と伝えただけなのですけどね。
好きな作品として、幻の貸本漫画
「底のない町」とかの岬一郎シリーズ、
楳図先生が14歳の時に仕上げた作品
「森の兄妹」、他のカルト作品が好きですなんて言ってみたら喜んでくれたでしょうか。
まぁ街中でそんなに奇をてらった意見を言わなくても、
「イアラ」や
「漂流教室」をいかに好きかくらいは伝えたかったかな。
感慨にふけるに思うのは、これっていろんな偶然が重なって起こるわけじゃないですか。
それまでに寄ったカフェ、DISK UNIONとブックオフ、それらを出るタイミング一つ違ったら会えなかったのですよ。
加えて、ちょうど新潟のメタルバンド
VARIANTのヴォーカリスト・
KOZZYという人物が上京していまして、私は彼のファンクラブを営んでるものですから、彼を撮るために一眼レフカメラを持ってたと。
う〜ん、すごい。
そしてこんなミーハーなファンにも優しく接してくれた、大好きな
楳図先生に
胸いっぱいの愛を捧げたいと思います。
それから、この後は別れるだけだったこの日のメンバーは近くの天下寿司に入り、乾杯しましたとさ。
- 2006/09/07(木) 03:37:09|
- 古本 番外編
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みんなっ、
泉昌之作品を読んでますか〜!
泉昌之とは、
久住昌之原作+
泉晴紀作画という二人のコンビです。
この二人は、それぞれが個人でも出版してたり、別の原作者・別の漫画家と組み、別名義でも作品を多数出版してるのですが、ここではやはり二人の原点でもある
泉昌之を紹介する必要があるでしょう。
その1983年に出版された処女作品集
「かっこいいスキヤキ」(
青林堂刊)を名作指定です。
今回の画像(左)では、1996年に再発された
「改訂版・かっこいいスキヤキ」を使わせてもらいました。
こちらの方は、二冊目の単行本
「プロレスの鬼」からも作品を抜き出して持ってきてます。
私は特に原作の
久住昌之先生が大好きでして、活字本を含めて数十冊持ってます。
マンガ原作者としては本当にいろんな漫画家と組んでいて、
"誰とでもやる男"などと呼ばれますが(多分)、
谷口ジロー先生のような渋い大物実力者ともやってるのが、
ガロファンとしては嬉しい限りですよ。
一時期TVにも出ていたので、作品を知らなくても
久住先生の顔を知ってる方はいるのではないでしょうか。
実弟の
久住卓也先生と組んだ
QBBという名義で、ガロに掲載していた傑作
「中学生日記」は、第45回文藝春秋漫画賞を受賞しました。
いつまでもアンダーグラウンドなイメージのガロ作品に対する、その正当な評価にもまた嬉しく思ったものです。
さて
「かっこいいスキヤキ」。
この短編集は、
泉昌之の二人が1981年にガロへ持ち込んでデビューした
「夜行」で幕を開けます。
「夜行」…それはトレンチコートに帽子姿の、ハンフリー・ボガートのようなハードボイルド男が電車で駅弁を喰う話。
細かい情景描写でアホな事を真剣に考察し、最後は旅に出た事を後悔するだけなのですが、笑えますよ〜。
これ以上内容には触れたくない!読んでみてください。
他に注目すべき短編は、まず
「アームジョー」…最後の1ページでとんでもない事が分かっておとす作品。最高すぎますよ。
「最後の晩餐」…スキヤキにまつわる悲しい過去を思い出す男の話。
もう、細かい所まで面白すぎ。今の所ギャグ漫画としては私が一番好きな作品かもしれません。
皆さんもスキヤキを食べる時は、まず周りの人が何から箸をつけるか確認して(ほぼ全員が肉のはず)、最後に『オレは…ネギ』とやりましょう。
この間の取り方、心理描写、顔…あー、バカだなぁ。
他にも、
「ロボット」「耳掘り」あたりは外せませんね。
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普通ギャグ漫画なんて、バカなキャラがドタバタ走り回ったりアホな事やってればいいのかって作品が多いですよね。
確かに、それで子供達は喜ぶでしょう。
しかしいろんな漫画を読みなれた大人の読者にはそうはいかないし、まして私はギャグ漫画をあまり好きではない。
やはりこういう、ギャグ漫画というよりはセンスの妙を楽しむ笑いがいいですね。
何度呼んでも吹き出しますから!
普通の人は流すだけの日常の細事をいちいち作品にされて、しかもそんなもので感服するってのは気持ちいいものですね。
ただ、この短編集にしてからがそうなのですが、はっきり言って多作である泉昌之作品には駄作も多いです。
今回挙げた数編レベルの作品だけで一冊にしてたら、もう家宝にするしかないのにと、わずかな物足りなさが残ります。
でもこれは久住先生の事。もしかしたら、
『完全に満足させてしまったら次から読者は読んでくれない。わずかな物足りなさがあるからこそ、また次を期待して買ってくれるんだ』
という、あたかも和食の極意のような思想があっての事かもしれませんね。
ちなみに画像(こちらは右側)にあげた類似本
「かっこいいスキモノ」(
イースト・プレス刊)には、
「63衛門」「扉の中」「俺はやらしくなんかない!」といった傑作が収録されてますし、
筋肉少女帯ファンだった私としては、メンバー全員が出演する
「豪快さんに訊け!!」は重要ですね。
皆さんにも読んでもらいたいな〜。
でも今夜はここまでです。おやすみなさい。
- 2006/09/05(火) 00:53:41|
- 月刊漫画ガロ
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長く続いた、名作漫画
「あしたのジョー」のストーリー紹介は前回で終わりました。
少しだけアニメ版
「あしたのジョー」についても触れておきましょう。
そうそう、TVアニメ版とか劇場アニメ版の
「あしたのジョー」を観た事がある方は、漫画を読んでない方の中にも多いのではないでしょうからね。
私は漫画マニアであって、決してアニメマニアではないし、子供の頃はTVを見せてもらえなかったのですが、さすがにこれは再放送で観ています。
とはいえ、'80と'81に劇場用に作り直された二作はDVDも持っていますが、TVシリーズの方は飛び飛びで観たような状態でして、全く恥ずかしい限りです。
アニメ全般において全く詳しくない私ですが、やはり
「あしたのジョー」くらいは全話を観直して、漫画版と比べて考察もしたいのですね。
豚の大群と共に、豚の背に乗って脱走を試みるシーンでは、『これが本当のトンズラ(豚ズラ)ってんだ〜』とかいうセリフが入るとか、違う部分がやっぱり面白いですよね。
そのアニメはバージョンが二種類あって、評価の高い最初の方は
虫プロ製作で、原作漫画開始の約2年後にアニメ化されたのでしたっけ。
しかし原作に話が追いついてしまったので、最初のアニメはカーロス戦までで打ち切られたのでした…よね?
そして「2」が、その数年後に作られたのですが、こちらは力石の死から始まってました。
どうせアニメは漫画とは別物なのだから、アニメ版
「巨人の星」のように一つの試合を引き延ばしまくって作るか、またはオリジナルなエピソードを作りまくっても面白かったと思いますけど。
そうそう、裏話になりますが、このTVアニメは
「あしたのジョー」「あしたのジョー2」共に韓国でも放映された事はご存知でしょうか。
それをヲタク友達に教えてもらって以来、私はこれが観てみたいのですよ。
かの国では、著作権意識など全く無くてパクリが蔓延してるわけですが、凄いのは自分達の都合のいいように、作品に手を加えて作り変えてしまう事ですね。
例えば日本の国旗を胸に付けて試合してる漫画は、その部分だけ韓国の国旗に挿げ替えられてたり、他の日本的なもの(例えば土間で食事してるシーンとか)なんかも同じ。
普通に日本のアニメとして吹き替えで放映すればいいのに、完全に自分達の物としてやるもんだから、日本に来た旅行者が
「ドラえもん」や
「ガンダム」を見て、『韓国アニメをこっちでもやってるんだ〜』とか言ったり、『キャラクターをパクってる』とか怒ってみたりするのも、良く聞く話です(笑)
さて問題の韓国放映版
「あしたのジョー」ですが、もちろんジョーを初めとする日本人の登場人物は、韓国人という設定になり、原作で韓国人だった金竜飛や玄曹達はベトナム人になっているそうです!
そしてその時の朝鮮戦争に関するエピソードは、ベトナム戦争下のものに変えられているのだとか・・・
これは観たい!
あとあれです、アニメのテレビ化と同じ年に
石橋正次主演の実写版映画
「あしたのジョー」も封切らたのは、当時を知らない世代には意外と知られてないようですね。
私は後から観たのですが、この映画も好きです。
もちろん…バカ映画として。
実写の丹下段平なんて、貴方も観てみたいでしょう。
今夜は
「あしたのジョー」のおまけ話でしたが、またいつかジョーについて語りたいものですよ、あしたのために。
それでは、またいつか!
- 2006/09/03(日) 01:13:42|
- 梶原一騎
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いよいよ
「あしたのジョー」の最終巻です。
この20巻だけ、前巻の最終ページをそのまま1ページ目に使ってます。
日本武道館の控室の
矢吹ジョーと
白木葉子です。
あの葉子が涙まで見せて愛の告白をしてジョーを止めますが、それでも
『リングには世界一の男 ホセ・メンドーサが おれをまっているんだ
だから・・・・いかなくっちゃ』と言うジョーは、葉子の肩をつかんで
『ありがとう・・・・』とだけ言い、ドアの前をふさぐ葉子をどかして呼びに来た
段平と共に、バンタム級世界タイトルマッチの場へ向かいます。
葉子は無人の控室で泣き崩れる…
満員の観客席には、
ウルフ金串、
カーロス・リベラ、
ゴロマキ権藤、それに少年院時代以来の
青山達や、ドサまわり時代の草拳闘ボクサー達までいますよ!
青山はやはりジョーと同じ髪型で、しかもジョーと同じく髪の長さも伸びてます。
こんな懐かしいメンバーを出しておきながら、今までジョーを応援し続けた、
西と
紀子、それにドヤ街の連中も来てないのですが…
(何故だか分かりますか?考えてみましょう。)
かつてはジョーを追っかけまわした警察の楽隊が、今はジョーのために国家を演奏してます。
そして試合前の読み上げで分かりますが、この時のジョーは世界バンタム級四位。
カァーン!
いよいよ世紀の15回戦のゴングが鳴りました!
ついにここまで来ました。しかし既に自分の体は壊れている。
そんなジョーは、スタミナを温存しろという段平の作戦など右耳から左耳に通り抜けさせ、初回から猛ラッシュで打ちまくる。
それも、ただ単純な攻撃を繰り返してかわされては打たれ、耐えるだけの試合です。
やはりジョーは既に廃人なのでしょうか。コーナーに戻ってきたジョーの顔を見て段平は
『な・・・・なんてえ 覇気のねえ つらをしてやがるんだ・・・・こんな・・・・
リング上で こんなジョーの顔を見るのは はじめてだ・・・・』なんて言ってます。
ゴングが鳴り、またホセの精密な攻防テクニックを見せられて倒されるジョー。
『立て・・・・立つんだジョー!』
のセリフで有名な段平も(これは本当はアニメ版の影響なのですが)、全く逆の
『寝ていろジョーッ もう立つんじゃねえっ 殺されちまうぞおっ』という叫びをあげるほど、戦う二人の力の差は歴然です。
しかし次のラウンド、いつの間にかリングサイドに来てたカーロス・リベラを見つけたホセが目を離したスキに、ジョーのパンチが初めて顔面に炸裂!
すぐに逆襲されますが…
次は右目がかすんで目測が狂うものの、その遠近感がとれないジョーの攻撃はホコ先が妙にずれ、それが幸いして完璧な防御をほこるホセを、まともにとらえ続けます。
そして…ホセの長い選手生活中でも初めてとなるダウンを奪って形勢逆転ですよ!!
ジョーが打たれまくると読者も痛くてしょうがないのですが、逆は嬉しいですね。
さらにこの試合中に、ジョーもホセの得意パンチである
コーク・スクリュー・パンチを開眼。
しかし、通算四度もあのホセからダウンを取った後で、ジョーの右目が死角と気づいたホセのペースになり…
淡々とボクシングそのものを描くシーンが続きますが、観ている誰もがホセの強さに戦慄し、段平もやめたがりますが、只一人、ジョー自身は
『おれは・・・・まだまっ白に なりきっていねえんだぜ』と言い、あの
紀子との会話を思い出す。
それからもひたすら殴り合い、ホセは優勢なのにいつまでも立ち上がってくるジョーを恐れます。
『ジョー・ヤブキハ・・・・
カタワニナッタリ・・・・死ンダリスルコトガ オソロシクナイノカ・・・・?
彼ニハ悲シム人間ガ ヒトリモイナイノカ・・・・?
ワタシハ・・・・チガウゾ カバレロ(←注・セコンドの名前です)・・・・!
ワタシハ オソロシイ
故国ニハ 愛スル家族ガ ワタシノカエリヲ マッテイルノダ
ジ・・・・ジョー・ヤブキハ・・・・
アノ男ハ ワタシトハ マルデベツノタイプノ人間ダ・・・・!!』と読みにくいカタカナで、"あした"など見ていないジョーを恐れるのです。
この漫画のタイトルは
「あしたのジョー」であり、実際にドヤ街から"あしたのために"のし上がる話だったのに、後半のジョーはパンチ・ドランカーの体を承知で戦っているように、むしろ『明日(あした)はいらない!』という叫びが聞こえるような生き様ですよね。
もう見るのが辛くて、『よろけたらタオルを投げる』と言う段平からジョーはタオルを奪ってリング下に放ると、そこに一度は見るに絶えずに会場から逃げ出した葉子の姿が。
そして葉子もそのタオルを段平に渡さずに落とし、ジョーに駆け寄ってこう言います。
『も・・・・もうすこしじゃないの矢吹くん・・・・がんばるのよ
あなたが・・・・あの世界一強い男と どこまでりっぱに戦いぬくか
リングの下から 最後までしっかりと 見とどけさせてもらうわ!
さあいいわね 力いっぱい打つのよ!
渾身の力をふりしぼって・・・・悔いのないように しっかり打つのよ!』…試合前の葉子の態度と、ジョーを愛する気持ちを考えてこのセリフを読むと、私などは涙が出てくるのです。
それから残りの三ラウンドですが、いくら打っても立ち続けるジョーを、ますます恐れたホセは悪質な反則までしてきて、完全に正気を失ってます。
いよいよ最終ラウンドでは、ジョーは少年院で青山がやったコンニャク戦法から、得意のクロス・カウンターに続き、
ビッ バキッ グワシャッと音だけのコマが入ってトリプル・クロス・カウンター!
最後までホセを激しく殴り続け、試合終了のゴングです。
勝負は判定となりましたが、もう
『燃えたよ・・・・まっ白に・・・・燃えつきた・・・・
まっ白な灰に・・・・・・・・』と、目的を果たしたジョーには勝敗は関係ありませんね。
このセリフがジョーの最後の言葉になるのですが、
『このグローブ・・・・もらってくれ
あんたに・・・・もらってほしいんだ』と、戦い抜いたグラブを葉子に渡します。
さて、もうどっちでもいいですが、判定は…
段平も『ジ・・・・ジョーに・・・・・・・・』と願ってますが、ホセの勝ち。
手を上げられたホセは、白髪の爺のようになってましたが。
おしかったとジョーを慰める段平の声は、もうジョーには届きません。
椅子に座り、まっ白に燃え尽きたジョーの姿をうつして…
あしたのジョー 完------------------------------------
いかがでしたでしょうか。
「あしたのジョー」とは、こういう話でした。
ストーリーのネタバレごときでその輝きが失せるような作品ではないので、かなり丁寧に紹介しましたが、それでも本当はまだまだ語りたい部分もカットしながらだったのですよ!
とにかく、まだ未読の方は是非とも実際に読んでみてくださいね。
一番よく語り草になるのが、
『このラストシーンでジョーは死んだのか!?』
という事ですね。
貴方はどう思いますか?
有名な話で、実は原作の
高森(
梶原)先生が作った最終回の原稿では、判定で敗れたジョーに段平が
『お前は試合では負けたが、ケンカには勝ったんだ』と声をかけ、その後白木邸で余生を送るジョーと、それを見守る葉子の姿を描写して終わりだった…というのがあります。
カーロスと廃人同士、公園で蝶々を追いかけるシーンもあったという説もありました。
それを
ちば先生が反対してこのラストにしたのだそうですが、ジョーが生きてるか死んでるかは明らかにしてませんよね。
作者がはっきりさせてない事は、読者が勝手に想像すればいいでしょう。
しかし廃人になったならともかく、実はダメージも回復して暖かい家庭でもきずいてたらどうでしょう。
オヤジになって腹も出て、ビールでも飲みながら部屋で野球かサッカーの観戦でもしているジョー…
そんな想像するより、死んだと思うのがベストだと思いますが。
それに私は
「サ○エさん」や
「ちびま○こちゃん」のように、終わり無き日常を延々と描く漫画が大嫌いでして、最後まで突き進み、燃えつきて終わるなんて、ストーリー漫画として完璧なエンディングだと思いますよ。
上記の漫画は、まさにジョーの言う『ブスブスとくすぶりながら 不完全燃焼』しているもので、
「あしたのジョー」の対極にあると言えますね。
「あしたのジョー」連載以降、現実のボクシング人気も異常に高まりましたが、もちろんボクシング漫画は増え、それはジャンルとしても確立されました。
現在までどのボクシング漫画にも、必ず
「あしたのジョー」の影が見えるのだから恐るべき作品だったのですよね。
どの作品で、どのように影響されてるのか?
そんな特集もしてみたいですが、今は資料が足りません。
そんなわけで今日はここまで。
次回はアニメにも少しだけ触れて、
「あしたのジョー」特集はひとまず終わりにしましょう。
- 2006/09/01(金) 23:54:28|
- 梶原一騎
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