大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)

名作漫画の紹介 ・・・個人的な旅の記録

月刊漫画ガロ(20) 古泉智浩 1 「転校生 オレのあそこがあいつのアレで」

今回は古泉智浩先生。

1969年生まれの新潟県出身です。
新潟県からは赤塚不二夫寺田ヒロオ水島新司魔夜峰央柳沢きみお高橋留美子近藤ようこ小林まことえんどコイチ(懐かしい!)、魚喃キリコ
他にも数多くの漫画家を輩出している事で知られてるのですが、古泉先生の場合は売れた今も新潟県在住で漫画を描いています。

そして私・BRUCEも新潟県出身ですので、数年前に古泉先生の住む亀田町(現在は合併して新潟市)の実家である老舗の菓子屋さん"古泉"まで、訪ねて行った事もありますよ。
同じく古泉漫画ファンの友人も一人連れて行きましたが、漫画好き小学生が漫画家の先生の家を訪ねる図は微笑ましいものの、我々はもう20何歳だっただろう…
当日に突然電話でアポを取り、いきなり訪ねた我々を快く迎えてくれた古泉先生は、まず古泉キャラのバッチをプレゼントしてくれて、もちろんサインもしてくれました。まだ顔写真も見た事なかった時にいきなり本人に会ったわりには違和感は無かったですけどね。
古泉作品についてはもちろんですが、ガロの話とかも少ししてからお別れして、その周辺や新潟市の古本屋巡りを開始した覚えがあります。

菓子屋"古泉"の店内にも自身の著作を置いてましたが、この漫画を親とかに平気で見せるとはさすがです。
最初は店番していたお母様とお会いしたのですが、古泉先生はいますかと尋ねた私に、『いや~、あんなの先生ってほどじゃないから』とか仰ってました(やはり親!)。

そんな古泉智浩先生ですが、大泉月光という名義で1993年の「でもね」にてヤングマガジンの『ちばてつや賞』大賞を受賞してマンガ家デビュー。翌年には、あの月刊アフタヌーンの『アフタヌーン四季賞』で準入選を受賞しています。
その後、大泉月砂名義に変えて月刊漫画ガロの1997年2月号に「やさしい場所」で再デビューしますが、同号で福満しげゆき先生もデビューしています。ついでに書くと、その号の『4コマガロ』コーナーで私の投稿作も載っています。
古泉智浩作品がガロに載ったのはその1回だけかな?その後も同系のアックスに何度も作品を載せていましたが、最近は商業誌での活躍が目立ちます。

作風としては、現代っぽく目標を持てない若者の日常を描いた作品が多くて、当然悩んで苦しんでという描写も多くなってきますが、'60S当たりの青春モノのように暗くない。
むしろ笑いに持っていってたり、冷めているところが、やっぱりシラケ世代以降の人ですね。

こだわりのキーワードは、やっぱり『童貞』でしょうか。
この時代のダサさ、情けなさ、素晴らしさを、伝えて(思い出させて)くれるのです。


その古泉智浩作品から今回紹介するのは、「転校生 オレのあそこがあいつのアレで」です。
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ビックコミックスピリッツ(小学館刊)にてこの作品の連載が始まった時は、『ついに来た!』と思いましたよ。
何故なら、童貞漫画を得意とする古泉先生が、童貞映画の金字塔である大林宣彦監督の「転校生」を漫画化したのですから!
『SEXしている高校生なんか我々の敵』と語る(いいぞ!)古泉先生は、どのようにこの原作を仕上げるのか!?

「転校生」…もちろん大林宣彦監督の中でも重要な"尾道三部作"の一作目で、男子と女子の心が(体が)入れ替わる、あの作品です。私はあれが大好きでして、高校時代とかに何度も観てました。
(余談ですが尾道三部作では続く「時をかける少女」「さびしんぼう」は、主演の少女の可愛らしさがもっと上で、これまた何度も観てます。)

他にも「放課後」のタイトルで観月ありさいしだ壱成主演のドラマにもなってました。
普通はドラマなんて絶対観ない私も、この話なので観てしまった覚えがあります。
そもそもの原作は、山中恒の児童小説家「おれがあいつであいつがおれで」なんですけどね。

とにかくこの度の古泉先生による漫画化では、男子と女子の性器が入れ替わるというアホな設定になり、他に大きな違いは男子がイケメンのヤリチンだと言う事です。
その彼・がとある高校に転校してきて、そこにいた幼なじみの女子・梨佳とすぐにやってしまいます。

あきらかに茂はやりたいだけなんですけど、梨佳は付き合ってるつもり。
そんなある日、いつもどうり神社の階段でしている時に階段を転げ落ちて、その後お互いの性器が入れ替わっている事に気づく…

"神社の石段から転げ落ちると身体が入れ替わる"。
これは映画「転校生」と同じですが、とんでもない話にしちゃいましたね。
映画の方ではまるでセックスの匂いがしない、まぁいつもの大林宣彦監督的な童貞映画だったわけですが。

さて漫画の方のそれからです。
一応恋人の二人は、女子が"やる方"になって、まだ関係を続けています(笑)
しかし茂はメソメソとしてうざく絡む性格になってくるし、梨佳は射精した後は冷たくなったり、二人共男女の特質が逆になってるわけです。
まぁ性器が入れ替わってるという事は、生物学的には茂が女、梨佳が男ですものね。
そう。作品キャッチコピーに"我々は性器に支配されているのか!?"とあるのですが、きっと答えはYESなのでしょう。

あとは男女の性格の違いなんかを考えさせられながら、面白い学園ドラマと異常なセックスが続くのです。
あとがきでは古泉先生自身が活字で簡単に男女の違いを分析していますし、お望みならジェンダーをテーマにいろいろ考えてみるのもいいでしょう。
でもそこらへんは詳しい専門書とかいくらでもあるでしょうし、私はこういう漫画は何も考えずに『ハハハッ』と笑いながら読んでいいと思います。面白い事は確かですから。

ちなみにお話の方は、最後のセックスシーンを経て性器も元通りになるので安心してください。あと、これもサイン本でした。
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もはやこの下手な絵…とは単純に言えませんが、とにかくこの独特の絵柄とリアリティの無い動きも、自分の持ち味に仕立て上げた古泉智浩先生。
初期の「ジンバルロック」「ミルフィユ」「チェリーボーイズ」の三作も激しくオススメしますが、それ以降も基本的にどれもレベルが高いし、現在漫画アクション(双葉社刊)で連載されている「ライフ・イズ・デッド」も、ゾンビ好きの私からは目が離せない期待作品ですね。

「青春☆金属バット」は映画化までされるようですし、これからもっとメジャーな仕事が増えるでしょう。
つまり古泉智浩先生は、これからも要注目です。終わり。


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  1. 2006/10/30(月) 07:19:14|
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月刊漫画ガロ(19) 花輪和一 1

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今回は私の好きな漫画家ランキングでは確実にトップの方である、花輪和一先生です。早くこの先生を紹介したかった。
1947年生まれの花輪先生、幼少時代は床下で育てられたとインタビューで語っておられましたが、あの花輪和一作品が生まれた原因の一つに自身の虐待経験があると言うのは出来すぎな感じさえします。
その後中卒で上京し、働きながら絵を描いていた花輪先生は、イラストレーターの職を経て、1971年に月刊漫画ガロ「かんのむし」を発表して漫画家デビューしました。

初期のキャラクターは日野日出志先生に似てるのですが、それから俗に言う"エログロ漫画"の代表格までにのし上がりました。
既にこのブログでも紹介した、同じガロ出身の丸尾末広先生とはいつも同列に語られていますね。
この二人は"耽美系"というジャンルを確立した第一人者でもあります。

もちろん絵が抜群に上手いし、個性も凄いです。
病的と言えるほど緻密に描き込まれたその絵柄は、一見すると気持ち悪いと言われそうですが、実に美しいのです。
陰惨で猟奇的な作風が多いのに、いきなり『ギャグ漫画だったのか?』という描写が出てきたりして奇妙な味に仕上がってて…
狙ってポップな作風で描いた作品もありますが、花輪先生の作品に大きなハズレはありませんので、手に入りやすい本からでも、とにかく読んでみてください。

さて、そんな花輪先生ですので名作が多くて、まず今回はどれを紹介しようか悩みました。
私の趣向ではガロに掲載されてた初期の作品が好きですが、しばらくの休筆後に他誌で描き出した、中世日本を舞台に仏教的な作品群、それに御伽噺にも傑作が多いし…
銃刀法違反で捕まり、懲役3年を経てから刑務所での経験を描いて大ヒット、映画化もされた「刑務所の中」も妥当かもしれません。(それにしても、まさか花輪漫画が映画化するなんて、ガロ時代では考えられなかったですね)
悩んでいるうちに今夜はとてつもなく眠くなりまして、それにどうせ花輪作品は順番でほとんど紹介していく事になります、作品ごとの紹介はまたの機会にしましょう。

今回の画像には、花輪和一先生のイラストが表紙に使われたガロの1973年6月号を使用しましょう。この号の中に収録された漫画作品は「因果」でした。


  1. 2006/10/27(金) 00:01:46|
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ホラー漫画(3) 伊藤潤二 1

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今夜はまず、はっきり言ってしまいましょう。
私は現役で描き続けてる漫画家の中で、現在一番好きと言っても過言でないのが伊藤潤二先生なんですよ!

もっとも私は昔の漫画に好きなのが多いので、その漫画家は既に亡くなっていたり、消えていたり、かつてのレベルが地に落ちていたりする事が多く、『現役で』と言ったら限られてしまうのですが。
とにかく最近アニメ化されたりしている流行の漫画はほとんど受け付けない私にとって、伊藤潤二先生はずっと期待の星であるわけです。

そのわりには紹介するのが遅くなってしまいましたが、好きすぎて書けなかったのです。
この気持ち、わかるかなぁ?わかんねぇだろうなぁ?!描いてる作品のほとんどが名作で、近年は作品の映画化も相次いですっかりメジャー漫画家になりましたが、伊藤潤二先生は変わりませんよね。
大好きな漫画家が有名になり、しかも作品の質が下がらないのは嬉しいものです。

さて、伊藤潤二先生は1963年生まれで岐阜県出身。
読んだインタビューによると、保育園時代から<楳図かずお先生や古賀新一先生らの怪奇マンガを好きになり、小学生時代には自らも漫画を描き始めていたとの事でしたが、その歳で楳図作品を読めるなんて…怖さには強かったのですかね。

思春期には誰でもいろいろ探して揺れ動くモノでしょうが、伊藤潤二先生でさえも中学に入るとSF小説に熱中して、今度はSF小説を書き始めたのだとか。
そして高校時代に大友克洋先生の「ショートピース」に出会ったために、漫画で芸術表現が出来る事に気付いてまた漫画を描き始め、「死刑囚万歳」という作品を仕上げます。
「死刑囚万歳」…嗚呼、まだ読んだ事ない伊藤潤二作品が存在するなんて、悔しいです!

それから歯科技工士を目指して勉強し、実際に"歯医者さん"になるのですが、1986年、仕事の合い間に描いた漫画を月刊ハロウィン(朝日ソノラマ刊)の楳図賞に応募して佳作入選します!
その時の楳図先生のコメントは、
『ホラーごころがある作品だと思います。雰囲気の盛りあげかたを勉強すれば、もっと怖くなるはずです。』
に始まり、他にちょっと手厳しい事を言われながらも、最終候補作の四作の中から佳作として伊藤潤二先生の「富江」を選ぶのです。

伊藤潤二先生は、『好きな漫画ベスト3は?』と聞かれて、「漂流教室」「恐怖」「猫目小僧・千手観音」と答える楳図ファンですので、これは嬉しかったでしょうね。

この入選の次の年には「富江」で漫画家デビューしました!
しばらくは歯医者と漫画家の二足のわらじ生活でしたが、1990年には漫画に専念するのです。やった!

それからハロウィンにて「JUNJIの恐怖コレクション」という名の恐怖短編シリーズや、後にネムキ(同じく朝日ソノラマ刊)にも傑作ホラー漫画を描きまくるのですが…
描く作品のどれもが良くて、何でここまで一人で外れ無しにいい作品を描けるか、不思議に思ってたものですよ。
奇想天外なアイデアの思い付きが素晴らしいのはもちろん、絵は書き込みが多いし、スクリーントーンはあまり使わないしで、明らかに手間のかかるものですからね。
そして、これこそが私の好きな絵なのです。
視点のアングルも面白いし、盛り上げるシーンで描く絵のインパクトはもう、圧倒的ですよね。

読者が何を怖がり、不快に思うかを良く知っている伊藤潤二先生が、大袈裟なくらいに『これでもか』と最大限にやってくれるので、怖さを通り越して笑えてしまうホラー漫画もあります。
もちろん狙って描いてるギャグとは別に。

そういえば私は以前、まだインターネットが無い(もしくは知られてない)時代に、郵便上のファンクラブに入っていて、意見を出したら載った手紙に伊藤潤二先生からコメントもらった事があります。
先生もBRUCE LEEの大ファンですので、当時から使ってた私のペンネーム(というかあだ名)にも反応して頂きました。

さて、これ以降少しずつ、代表作と言われる「富江」シリーズや長編の「うずまき」「ギョ」を始め、他のあまりにも多い傑作短編を紹介していきますね。
お楽しみに!

今回の画像は、1999年にネムキ3月号別冊として発売された「伊藤潤二WORLD」
まさに伊藤潤二先生100%といった内容のスペシャル本です。
それでは、おやすみなさい。


  1. 2006/10/25(水) 00:29:49|
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月刊漫画ガロ(18) 辛酸なめ子 1 「辛酸なめ子の千年王国」

SHINSAN-NAMEKO.jpg

今回はこのブログでは異色でしょうか、辛酸なめ子先生です。

メディア・アクティビストとかいう肩書きを名乗るなめ子先生は、1974年の東京都生まれ。
別に辛酸をなめてきたからこのペンネームなのではなく、ただ語感が気に入って高校時代から使ってたのだそうです。
TVのバラエティ番組に出てくるから、どうしてもタレントとして名前が売れてしまうのでしょうけど、漫画やエッセイでも凄くセンスのいい作品を描き続けています。エッセイやアートの活動時は本名の池松江美名義でやってますよ。

そして、この人もガロ系であります!
廃刊間近の2001年、2002年くらいの時期に何度か作品を載せていたくらいですが、やはり私にとってはガロで出会った人であり、そう思うとガロファンとしては25%アップで評価できますね。

"ガーリーな毒"とやら呼ばれるその皮肉っぷりで、今や大人の女性達に大人気ですから、ガロさえまだ健在だったらOLがガロ読者という事も有り得たわけですね。
もしかしたらガロのバックナンバーを古本屋で探してるセレブも…

…いるわけないか。

漫画が注目され始めたきっかけは、1994年に渋谷パルコ主催のGOMES漫画グランプリでGOMES賞を受賞した事なんだそうですから、やっぱりお洒落系なのでしょうか。ごめんなさい、ガロ系なんて呼んで。
いや、○○系なんてつまらない分類をする必要も無いのですけどね。

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さてと、どれも面白い辛酸なめ子作品の中から今回紹介したい一冊は…
「辛酸なめ子の千年王国」(洋泉社刊)です。

これはガロの出版社である青林堂から2001年に上梓された「千年王国」のリニューアル刊行でして、そうすると当然私は青林堂版を推すと思いますよね?
だがしかし!
これはジャケが辛酸なめ子先生本人の可愛らしい顔写真となってまして、やっぱりこっちに手が伸びるのです。
青林堂版はなめ子先生が手掛けた装幀ですし、内容も若干違うから両方持ってればいいのですけど。

処女作品「ニガヨモギ」(三才ブックス刊)に続く二冊目の作品集で、00~01にかけてガロやそれ以外の雑誌等でも描いた漫画と、さらにエッセイや高校時代に書いた物も収録されてます。

私はなめ子先生の文章も読んでもらいたくて今回はこの「辛酸なめ子の千年王国」を選んだのですが、日本語が上手い!
この言葉の選び方・使い方の妙はもう、寺山修司中原中也かって位ですよ(言いすぎ?)。
とにかくオカルトや不動産屋、普通の流行も含めて、自分が詳しい情報の使い方が上手い!

もちろん漫画も素晴らしくて、見落としがちな日常に潜む笑いを発掘し、分析して表現するセンスの妙は、少し泉昌之先生にも通じるものがありますね。
下ネタやダジャレも頻繁に、しかも上手く使われてます!

一見すると絵がど下手なのに実は上手く(多分)、描き込みも多い所は初期山田花子のよう、と言えるでしょうか。

「おしゃれカフェ in&out」「動物大作戦」「Face to face」「同級生カルタ」…他にもありますが、そんな作品ではいかにもなめ子節が出ていて、何度でも笑ってしまいますよ。

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紀宮さま(現・黒田清子さん)、つまりサーヤの大ファンで、同人誌でサーヤ本を作っているのも可笑しいですよね。

単行本は今回紹介した「辛酸なめ子の千年王国」に続いて、三作目「道徳の時間」(三才ブックス刊)、「ぬめり草」(ぶんか社刊)と続けて出してまして、要はどれもオススメなのです。
貴方も是非、辛酸なめ子ワールドを味わってみてくださいね。


  1. 2006/10/23(月) 00:06:54|
  2. 月刊漫画ガロ
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楳図かずお(2) 「ウルトラマン」

ultra-man.jpg

こんばんは、BRUCEです。
先月に私が偶然会ったと、この時に報告した、楳図かずお先生。
お薦め作品を順番に紹介していかなくてはなりませんね。

今回は「ウルトラマン」
そう、あの円谷プロ製作の特撮TV番組で知られる巨大変身ヒーローのあれです。
まだ少女漫画家だった楳図先生が、1966年より週刊少年マガジン別冊少年マガジン(共に講談社刊)で連載を始めて、これにより少年誌進出のきっかけにもなった重要作品です。
単行本はサンコミックス(朝日ソノラマ刊)で全3巻。

ウメカニストの私としては、もう楳図先生ならその絵だけでどんな内容でも名作指定してしまうのですが、この「ウルトラマン」も素晴らしいです。
円谷プロの原作付きとはいえ、そのに描かれているのは完全なる楳図ワールド。
なので、これは異色ながら怪奇漫画ですね。

楳図先生は他にも怪獣漫画だと「ガモラ」「原子怪獣ドラゴン」「怪獣ギョー」があるのですが、どれも面白いですよ。
ただ正義の味方が怪獣を倒すのではなく、もっと人間の悲しさだとか悪さだとか、テーマ性を盛り込んで、なおかつ特撮モノの痛快さを損なっていないのですから。

楳図「ウルトラマン」の科学特捜隊は、ハヤタ(もちろん正体はウルトラ星人)、イデアキコらで、出てくる怪獣もバルタン星人に始まり、レッドキングメフィラス星人等、一応キャラは本家「ウルトラマン」に忠実です。

当然、フラッシュビーム(TV版ではあの装置自体の名称はベーターカプセル)が無ければウルトラマンになれない所とか、胸のカラータイマーで時間に縛られてる所も同じです。
こんな条件が無ければ楽なのにって、昔TVを見てる時にも不思議に思ってたものですけど、男はあえて困難な条件を自分に課して戦わねばならないのですよね…
な~んて、ただヒーローが強すぎては盛り上がらないからでしょう。
あと、いつまでもウルトラマンの正体に気付かない周りの人間は、どれだけ間抜けなのでしょうか。

このように大まかな設定だけTV版に忠実なのに、実は全くの別物となった楳図「ウルトラマン」は、連載も急に決まるし、資料なんかほとんどもらえなかったから怪獣の姿も楳図先生の想像で補って描いたのだとか。
だからこそ出来上がった、楳図先生の想像入り怪獣の方がいいのはファンなら当然ですけどね。
TV版には無いウルトラマンの技もありますし。

あとこの漫画で特筆すべきは、物語の初めと最後の方では絵柄が違う事です!
いや、もちろんいかにも楳図先生と分かる絵ではあるのですが、最初の方はまだ少女漫画時代の絵そのままな所が多く見受けられてたのに、最後の方は劇画タッチになるのです。
これは、編集者には当時主流だった丸っぽい絵を要求されたものの、ちょうど劇画ブームが来たために、描き込みの多い楳図先生の持ち味を発揮できるようになったからです。

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それぞれの話を紹介すると、まず一話目の「バルタン星人」は、赤いバクテリアから人間が次々とバルタン星人化してしまうのですが、心身が徐々に変化していくのが怖いです!不気味です!
あの超有名星人が、何と羽を自在に生やして飛んでしまうシーンにはビックリですよ。

交通事故で死んだ少年が最後にお絵かきで書いた怪獣が銅像になり、交通事故を起こすドライバーに怒って動き出す「怪獣ヒドラ」は、ちょっと感動狙いで、しかも『交通事故には気を付けて』というメッセージ入り。

次の「怪獣ガヴァドン」も子供の絵から怪獣が抜け出すという話なので、類似話ですね。

「怪獣ドドンゴ」は、ホラー漫画家としての楳図かずお先生が本領を発揮してますよ。
まず現代に蘇った太古のミイラ人間が登場しますが、そいつの造形が怖い。
そしてその家畜・怪獣ドドンゴが主人の死によって嘆き、怒り狂っているのを涙をのんで倒すウルトラマンの、可哀想な話でした。

「怪すい星ツイフォン」は、地球に近づく大彗星から飛び出した怪獣・ギガス、ヒマラヤの雪男・ドラコ、そしてレッドキングまで現れてウルトラマンと四つ巴になる豪華な話。
水爆を六個も飲み込んだレッドキングをウルトラマンが宇宙空間まで運ぶのですが、その時新攻撃法リング作戦とやらで、ビームで輪投げのようにしてレッドキングの動きを封じたのはビックリしました。

「怪獣ジラース」の回など、一度引いたウルトラマンが敵を倒すシーンを…何とカット!最後に
『ぼくらのためにきたぞ 我らのウルトラマン
ウルトラマンがそのあと ジラースをやっつけたことは ここに書くまでもありません』

と説明書きが出て終わりですよ!
ミステリーの要素もあり、お話はけっこう面白いのですけど。

最終話である「メフィラス星人」は、地球を奪いに来た…何というか、超能力星人ですね。
『暴力でぬすむ という下品な行動をとらず 知恵で手にいれる・・・・これがメフィラスの主義なのだ』
という紳士的な(?)メフィラス星人には愛着が湧いてしまいました。
ハヤタにフラッシュビームを渡そうとするサトル少年が、メフィラス星人に心を読まれないために、
『えんぴつえんぴつえんぴつえんぴつえんぴつえんぴつえんぴつえんぴつ』
と、他の事を考える所など笑ってしまいますね。
これで最後なだけに、メフィラス星人の他にもバルタン星人・ダダ・ザラブ星人・ケムール人と、強敵が現れます。

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しかし主人公のハヤタ隊員の足を引っ張るドジなキャラ・イデ隊員の扱いは酷いな~。彼の顔だけギャグ漫画ですよ。
TV版と違い、漫画にするにあたって表現を大げさにする必要があったのでしょう。
顔に冷汗をかく貴重なウルトラマンの姿を見れるのも、この楳図かずお版だけ!
是非読んでみてください。


  1. 2006/10/21(土) 22:02:27|
  2. 楳図かずお
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月刊漫画ガロ(17) 水木しげる 1

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水木しげる先生のオモチロイ人生を、生い立ちや少年時代から現在まで追っていたら凄い長文になってしまいます。
何冊も自伝エッセイが出てるし、若いコ達にも大人気だし、水木先生の事くらいは誰でも知ってるでしょうし、何より私が面倒くさいので、要所を少しだけ書くに留めましょう。フハッ。

本名は武良茂で、1922年大阪生まれ、鳥取県境港市育ちの水木先生。
男3人兄弟の真ん中です。
あまりにのんびりした子供だったために小学校入学を一年遅らせ、通いだしてからもまともに朝の登校が出来なかったようですね。
幼少時代に武良家のお手伝いさん・のんのんばあから妖怪や地獄の話を聞かせてもらって影響を受けました。

大人になってからも知恵遅れ扱いされてすぐ会社をクビになったり、その後の受験やらいろんな面白いエピソードを経て、21歳時の1943年に徴兵されます。
そしてラバウルへ出兵し、アメリカ軍の爆撃を受けて左腕を失いました。
南方の島でマラリア発症。衰弱している所を原住民である土人(大地の民)達に助けてもらったのですが、ここでの体験も後に頻繁に語られるし、大きく影響を受けた一つでしょうね。

復員後は武蔵野美術学校に入学しますが、中退して生きるための様々な業種を経て、ついに紙芝居作家として絵の作品を描き始めますよ。
同時に水木荘というアパートの経営者になった事からペンネームの水木しげるが付けられるのですが、この時の入居者エピソードなんかもオモチロイですよ。
紙芝居もアパート経営も全く儲からず、上京して貸本漫画家に転身します。

漫画家デビュー作は東真一郎というペンネームでの、1958年の「ロケットマン」などというSF作品になるのですが、私は気合の入った水木しげるコレクターではないので、まだこれは未読です。
デビュー作も読んでないような薄いファンがここで偉そうに水木先生を紹介してたらマズイですね…すみません。フーハッ。

ここから長い貸本漫画家生活に入り、この間に結婚もします。
そして1964年、ついにガロの創刊号にて雑誌デビューですよ!
激貧生活を続けていた水木先生は、このガロで精力的に活動するのですが、同じ号に本名の武良茂名義と水木しげる名義とで同時に作品を発表したりしてました。

さらに翌年の1965年、手塚治虫先生が週刊少年マガジンと対立して(俗に言う"「W3」事件")決別したため、その後釜として水木しげる先生が呼ばれるのです。
そして既に40代になっていた水木先生がメジャー誌へ進出し、発表した「テレビくん」で講談社児童漫画賞を受賞するに至り、ようやく貧困から逃れる事となるのですね。
貸本時代の「墓場鬼太郎」「ゲゲゲの鬼太郎」としてリメイクした作品はTVアニメにもなるし、「悪魔くん」「河童の三平」といった代表作が続々と生まれて妖怪漫画ブームも作り、当然水木先生も人気者になりました!

それまで漫画に関わりながらもまともに生活すら出来ず、6歳年下の手塚治虫先生の活躍をずっと見せつけられていました。
一般の認知度では天と地の差があった手塚先生に対して、ライバルだと思ってやってきたと後に告白している水木先生でしたが、本当に成功して良かったですねぇ(泣)。
全く違うタイプの天才二人は、その人生や成功の仕方も全く違う物になる所がいいですね。

妖怪の事ばかり話す水木先生の言動だけ見てたり、代表作のタイトルだけ見てみても、いかにも"妖怪漫画家"と認識されている水木先生ですが、実は怪奇漫画、伝記漫画、戦記漫画、SF漫画…そんな物にも傑作が多いですよ!
どのジャンルでも大抵はとぼけた風刺の色合いがあるし、鬼太郎等の代表作より知名度では劣っても内容は優れている作品も数知れず。

次は絵柄を見てみましょう。
時期によって少しは違うものの、誰もが知ってるあのいい絵なので、詳しく触れる必要は無いでしょうけど。
背景は点描の多用が目立つ、書き込みだらけで細密な絵ですよね。
なのに人物は単純なのが不思議ですが、これも人より自然が好きな水木しげる先生の特徴の現れでしょうか。
特に女性を描くのが苦手だそうで、アシスタントにまかせきりだからその人物だけ全く水木キャラじゃないなんて事もあります。
つげ義春先生がアシスタントをしていた時期の作品を読むと、当然そこにつげ先生が描く女性の絵を見つけて興奮するという楽しみもありますが。

実は私は水木先生の故郷である鳥取県境港市にも行った事がありまして、水木キャラの妖怪オブジェが並ぶ水木しげるロードにはもちろん行ったのですが、その後水木しげる記念館なんていう素敵な物が開館したので、また境港市には行かなくてはと、使命に燃えています。

今回の画像は、昨年(2005年)の11月から今年1月まで川崎市で開催されていた素敵イベント・大(Oh !)水木しげる展の凄いポスターです。

アニメのおかげで子供時代からなじみが深かった水木しげる先生ですが、大人になってからまた作品を読むと、その凄さに何度も何度も驚いてしまいます。
そんな水木先生の名作紹介は、またそのうちやりますね。
もう眠さが限界LOVERESなので、今夜はここまでです。おやすみなさい。



  1. 2006/10/17(火) 23:59:59|
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月刊漫画ガロ(16) 永島慎二 1

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今回は、私にとって特に大事な漫画家である永島慎二先生を紹介しましょう。

1937年生まれの東京都出身で、小中学校であわせて十数校も転々とした末に中学を中退して家出し、またわずか半年の間に十数種類の職業を転々としたそうです。しかし天才である永島先生は1952年・14歳の時には早くも「さんしょのピリちゃん」で漫画家デビューしてしまいました。
初期は永島真一永島慎一の名前で執筆した事もありますよ!あだ名は、その旦那然とした風貌からダンさんと付けられています。

まだこのデビュー時は若かった。
その後キャリアを重ね、脚光を浴びるのは1960年代ですね。知ってる方の永島先生のイメージも"1960年代のスター"といったものでしょう。
1961年には漫画家の生活を劇画的に暗く描いた連作にして、漫画史に残る名作「漫画家残酷物語」を生み出します。
それから虫プロに勤務したり、作品を描いたりしてキャリアを重ねた後、あの時代の新宿でフーテンを2年間していた自身の体験を基に描いた「フーテン」COMで連載し、青年漫画の教祖的存在になって熱烈な支持を得ました。

同時期にガロでも傑作を次々発表。
イラストとしても味わい深くて優しい作品を高く評価されていたので、同誌のカラー表紙を年間通して描いたり、精力的に活動してましたね。
他の代表作としては「若者たち」「旅人くん」、それに小学館漫画賞を受賞した「花いちもんめ」が出てくるでしょうか。他の無名短編にも胸を打つ傑作が多いですよ。

そして何と…その作風も世界観もまるで違いますが、当時人気絶頂だった原作者・梶原一騎先生と組んだ「柔道一直線」
実はこれこそが私が触れる初めての永島慎二作品でもありました(そして梶原一騎作品にハマるきっかけでもあり)。
少年キングで連載されていたこの作品、その時はもちろん分からなかったのですが、本当に永島先生の世界とは違う。
当たり前ですね、人が投げられて空を飛んで行ったりするスポ根柔道漫画ですから。でもまだ永島先生本来の持ち味を知らない中学生の時でしたので、すぐに素直にハマる事ができたのは逆に良かったでしょうか。

これは当時既に売れっ子だった梶原先生と組めば大ヒット間違いなしだというので、永島先生らしからぬ金儲け根性を出し、自分の作風を殺してまで引き受けた仕事だったのです。
でも当然永島先生の絵は上手いし魅力的で、梶原原作も相変わらずいい出来でしたしが…何と永島先生、連載を放り投げ、
『やりたくないものを、これ以上やってもしょうがないじゃない』
とかアホな言葉を残して途中で描くのを止めて、去ってしまいました!何て無責任な…
後の言葉で、『描きながら、身売りしているような意識からどうしても逃れられなかったんです』とありますが、当然プロとは言えない我儘な行為でしょう。

その後の「柔道一直線」は、急遽斉藤ゆずるという代役を立てて続くのですが、絵が格段に落ちるし、本当に中途半端な所から唐突に絵が変わるという怪作になってしまいました。
(いや、私は好きなんですけどね)
「あしたのジョー」のように、持ち味の違う二人が組んで傑作になるという事例もあるだけに、永島先生の途中降板で中途半端な作品になったのは残念ですね。

まぁこの「柔道一直線」だけが例外中の例外ですが、では永島先生本来の持ち味という物を発揮している、あの独特のタッチで私小説的に描かれた貧乏学生やフーテン達の青春像は…
作品が発表されて30年近く経った時代の若者(つまり私)にも強い感動を与える力がありました。
20歳前後の頃に繰り返し読み耽り、その作中のセリフに勇気付けられたり感動したりもしてました。
そして単純な私は影響を受け、永島漫画の登場人物のように、だめで悩んでばかりいて…貧乏な奴に成長したのです(笑)

こんな凄い作品群は1960年代の若者たちだけの思い出にするには勿体無すぎですよ。
もっとも一般受けするとは思えませんが、その独特の雰囲気と絵柄だけでも、現在の若者だって充分に楽しめるのではないでしょうか。

藤子不二雄先生の自伝的名作漫画「まんが道」(の続編「愛…しりそめし頃に…」)において、永島先生との初対面シーンを描いてます。それが印象深いのでここでも紹介しておきましょう。

出会いの場所は手塚治虫先生の仕事場で、お互いアシスタントを頼まれた時でした。
藤子先生は日本三大大仏のある富山県高岡市育ちのため、大仏の絵を描くように頼まれたのです。しかしいざ描こうとしたら、記憶だけでは全く描けなかった。
困って悪知恵を働かせた(?)藤子先生は、後から来た永島先生にその仕事を回します。そしたら永島先生はいとも容易く描いてしまい、しかも上手かった!
それがその風貌と共に"永島慎二"の名が藤子先生に刻まれた瞬間だった、と。

そして後進の漫画家やアーティスト達にも影響を与え続けた永島慎二先生は、残念ながら昨年の2005年に慢性心不全のため世を去りました。享年67。嗚呼…

他に特筆すべきは、永島慎二先生が杉並区の阿佐ヶ谷を愛し続けた事。
私が阿佐ヶ谷と聞けばときめいたり、そして今現在は阿佐ヶ谷に住んでいるのも永島先生の影響に他なりません。ここには、永島漫画に出てきた店があり、永島先生が看板を描いた店があり、呑みに通ってた店もありますよ!
当然この阿佐ヶ谷にある我が家では、永島慎二先生の訃報を聞いた後に漫画好きの友達を集め、追悼飲み会を開催した事は言うまでもありません。

私は永島慎二先生の著作はサンコミックス(朝日ソノラマ刊)のコンプリートを始めとして、かなり集めたのですが、激レアな作品も多くてまだまだ全部は揃いません。、
全著作を揃えるのは一生かかりそうですね。

それでは今夜は、「旅人くん」のつぶやきでお別れです。


おいらはだめなだめな……だめな…人間だ!
すくいようがない!
だけどね だめでない人間になる…
可能性はまだ残されているのだよ…
だからこうして歩いている訳だけど…サ!



  1. 2006/10/14(土) 15:22:39|
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週刊少年ジャンプ(10) 小林よしのり 2 「新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論」

senso-ron.jpg

今回はよしりんこと小林よしのり先生の作品紹介として、「新ゴーマニズム宣言スペシャル・戦争論」で行きます。

まず自分の話からさせてもらいたいのですが、私はフランスに長期滞在していた時期がありまして、その時に同じように外国から来ている人達と友達になるわけです。
やはりアジア人の方が仲良くなりやすかったですね。
お互いの下手なフランス語を共通語にしながらも、かなり打ち解けてました。

そんなある日。外国人達が集まってるのだから当然ですが、それぞれの国の話をしてた時にですね、ある韓国人が『君の国は悪い事ばかりしてた悪の国だからね』なんて言い出したのです。
我が耳を疑いながらも、なお話してると『君の爺さんは極悪人だ』なんて事も言ってくる。

これは私に対する侮辱と受け取っていいのか…少なくとも血族を貶された事は確かですね。
どこの爺さんだって国民の義務で、そして家族のために(自分だけ行かなければ家族ぐるみ村八分にされたでしょう)命をかけて戦地へ行ったのでしょうが、彼らに言わせたら外国で悪事を働くために進んで行ったように思うらしいですし、100%大日本帝国軍は"悪"であるのですね。
私にも戦争で死んだ親族は当然いるし、まぁそんな事は彼らにはどうでもいいかもしれませんが、友人のまだ見ぬ祖先に対してこんな言い方できる彼らの無神経さ、礼儀知らずさには腹が立ちました。

しかも何故日本が開戦する必要があったのかとか、じゃあ戦後の日本で貴方達の祖先はどうしたかとか、もう韓国に関しては日韓基本条約で保障は済んでいるとか、そんな都合の悪い事は知らないのですから。
きちんと説明しようとしても、『素直に謝らないなんて信じられない!』という顔をされるだけでした。
楽しく呑む席でも謝る事だけを強いて、反対意見は一切認めない彼らに不信感を抱きましたが、納得させるだけのデータが無い自分の無知さにも悔しい思いをしましたよ。

韓国に造詣の深い根本敬先生の著作から、彼らは大した事は考えてなくとも枕詞として『日帝36年許すまじ』と付けるんだって笑い話を読んだ事がありましたけどね。
彼らはそれ以後もたまに話をむし返してきましたが、まだ生まれぬ我々の子孫達にも未来永劫言い続けるのでしょうね。1000年以上も清国の属国だったのに、中国様には何も言わず。

さらに何と、オランダ人支配から日本人が統治して国を栄えさせ、後に独立を助けた国・台湾の友人まで、私が日本人であるという理由から攻撃してきた事もあります。
『他の日本人はすぐに謝るぞ』とかの言葉を添えて。
もっともその友人はアメリカの大学に進学していて、思想もアメリカかぶれだったからかもしれません。
"アメリカ=正義"というその考えには何度か爆笑させてもらいましたよ。
しかし同じアジア系の日本に対して、アメリカは原爆で30万人、空襲で60万人という日本の非戦闘員、つまり民間人を大虐殺するという人類史上最大の犯罪を犯していながら謝罪は一切無い事について、『日本が悪いんだから当たり前だ』と言い放ったのは腹立つより呆れました。
おかげでこいつはアホなんだなと納得して(笑)、決裂もせずに済みました。
人の価値がそれだけで決まるわけではないので、今でもたまに連絡取り合って仲良くしてますからね。

強力な大東亜共栄圏を作ってアメリカに対抗しようとした事も、成功しなかった以上は他国からしたら侵略行為でしかなかったでしょう。
しかしねぇ…相手が強いと従ってたくせに、負けて力を失ったとみるや手のひら返して攻撃しまくる姿勢は、少なくとも私の掲げる"おとこ道"からは外れてます(笑)

-----------
とにかくそんな私の前に「新ゴーマニズム宣言スペシャル・戦争論」の登場です。
…って、1998年には発行されていたので、私がフランスに渡る前に出ていたのですけどね。
定価が高いからって古本屋に出るのを待っていたせいで、後悔するはめになりましたよ。この本には私の言いたかった事を代弁してる部分がかなりありましたから。
それにこの年の出版界においては"事件"でしたね。
世代を超えた大反響を巻き起こした事を覚えている方も多いのではないでしょうか。

内容は、かの大東亜戦争を巡って従軍慰安婦問題や南京大虐殺、歴史教科書問題…それらについてよしりんの解釈を分かりやすく説明し、扇情的に訴える物になってます。
それを思い入れたっぷりに、漫画としてはあまりに濃く描かれているのですが、一部を紹介して、後は自身で読んでもらいましょう。
ベストセラーだっただけに、ブックオフに行けば105円コーナーにありますから。
そう、こんなブログを読んでる暇があったら「戦争論」を買いに走ればいいのです(笑)

何と言うか、読んでどう思うかは自由なんですけど、現在の戦争博物館といった類の所で日本人に書かれている所感ノートなど見たら、『心から謝罪をしたいと思います』とか『過ちは繰り返しません』とか、まぁ全部このような物ですよね。全員同じ事書かざるをえない空気って気持ち悪いですが。
これこそ片方からの情報を植え付けて見るものを思考停止状態にしているからですな。

朝日新聞とかの書きかたも同じようなものですか?
とにかくそれに反対するの情報は目にする機会がほとんど無い。
だから日本人はよしりん「戦争論」なんかも読んでみる必要があるのです。
その後どう思うかは自由ですが、罪悪感だけ持ってる方の中でも、少しは誇りを取り戻すパターンもあるのではないでしょうか。
国民の義務に従って戦場へ行って国民の期待に応えただけであり、国の未来のために死んでいった我々の祖父の世代を恥じたり、誇大に罪をかぶせる必要なんて無いのですから。

『有色人種を下等なサルとしか思ってなくて 東アジアを植民地にしていた 差別主義欧米列強の白人どもに…
目にもの見せてくれた日本軍には拍手なのである』
『欧米白人帝国主義者どもとは いっぺんアジアのどこかの国が戦ってみせなきゃいけなかった
日本がそれをやったのである』

そう言って大東亜戦争を肯定するよしりんも、当時の軍部が暴走した事や、軍の駄目な因習なんかにも触れてますしね。(少しだけどw)

教科書で習った事以外の"事実"として日本人に知っておいてもらいたい事もたくさんあります。
少しは習ったかもしれないけど、確実に忘れてるだろうから思い出して欲しい事も。

大東亜戦争は単なる侵略ではなく、アジア解放の理念のもとにあった戦争だという事。
(東アジアのほぼ全土が欧米の植民地だったなかで、日本は強い独立国だったのですよ)

当時のアジア人は白人様に勝てるなんて、夢にも思ってなかった。そこで見せた日本の力が火付け役になり、その後のアジア各国は次々と独立戦争を起こして欧米の侵略軍を追い払った事。

そもそもアメリカが開戦に追い込んだのだという事。
(日本人移民を締め出し、ABCD包囲陣による経済封鎖、石油輸出禁止、そしてハルノート)

アメリカはもう日本の負けは確定してるのに、共産主義勢力を威嚇するため、そして人体実験のために広島・長崎に原爆を落として一般市民を史上空前の大虐殺した事。
(もちろん国際法違反だし、サル同然と思ってた日本人に対する人種差別意識も絡んでます)

どこでも原爆ばかりが大きく取り上げられますが、アメリカ軍は六大工業都市を狙った後、"人口の多い順に"日本全国64の都市を焼き払った事。

戦争が終わったら日本全土で思うままに暴れ回り、勝者のでっちあげリンチ裁判(東京裁判)によって日本軍幹部を中心に1068人の処刑をした事。
(アメリカは日本で行った大虐殺も、その後のベトナム戦争での蛮行も何も裁かれてはいない)

そしてアメリカGHQにより日本は占領されていて、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムという洗脳プログラムを実行されていた事。

"従軍慰安婦"という言葉は千田夏光という作家が1973年に作った言葉で、軍が女性を奴隷狩り的に強制連行したなどというのは完全なるデマだという事。

細かいのは他にもいっぱいありますが、↑くらいは情報としても頭に入れておかなくてはならないのではないでしょうか。
あとこの本は21章+最終章という構成になってまして、章ごとに見ると…

『旧日本軍悪玉史観というが…
では支那兵はどうだったか? 欧米兵はどうだったか? ソ連兵はどうだったか?』
と比較する第10章「他国の軍と残虐度を比較する」や、
日本軍の残虐行為と言われる写真で洗脳しようとするカルト宗教そっくりな手口を斬る第11章「反戦平和のニセ写真を見抜け」は特に重要ですね。

『もうそろそろ「日本人=残虐な加害者」「中国人=善良な被害者」などという虚構の公式を捨てたらどうだ!?』

それと負けた途端に豹変した日本の大衆も斬る、第18章の「軍部にだまされていたのか?」も心に響きます。

-----------
新ゴーマニズム宣言スペシャルのシリーズとしては、続いて「戦争論 2」「戦争論 3」でさらに戦争論を発展させてますし、他に「台湾論」「沖縄論」「靖国論」と出版されてまして、いずれも力作揃いなので単行本を買ってない方でも「新ゴー宣」の単行本を買ってない方でも読んでみたらいかがでしょうか。

一応嫌々ながらも触れなくてはならない事に、よしりんに対する批判の嵐についてがありますね。
この「ゴーマニズム宣言」関連は、熱狂的なファンも付くかわりにアンチも生む、要するにかつてのエンターテイメント漫画のように万人受けはしない内容なんですよね。
ヒステリックな人たちがこの作品は極右だのと誤解して叫んでます。

その真面目に批判してる人達に関して、私は『お勉強の出来る人達は大変だなぁ。』というか、痛いな~と思ってしまうのですよね。
ラジー賞とか取るような底抜けおバカ映画を真面目に語ってたり、『泣いた』とか言ってる人にも通ずる、痛さがあります。

きっと彼らはいつまでもニーチェの方が永井豪先生より偉大だと思っている輩(別に間違ってはいないけどね)でしょうし、少なくともよしりん「風雲わなげ野郎」とか「タコちゃん ザ・グレート」「メンぱっちん」のような漫画は分からない人々ですよね。
『下品なだけで何が面白いか分からない』とか言われるのが目に見えてるので、読まなくていいですけど。
そんな痛い子ちゃんとは、友達になってあげないゾ!メッ!
ウンコしてポーンと空を飛ぶ子の漫画を描いて、『へけけっ』とか言ってるよしりんが描いてるのですからね。

「ゴー宣」において、私から見ても空回りしまくってる所など、考えようによってはかなり高度なギャグ漫画ではないですか。
友好的な人物はカッコよく描いたりしてて平等性にかけるのは前回も言いましたが、そこがいいし、かわいい所じゃないですか。
漫画なんだから、分かりやすく極論で描いてる部分もそりゃありますって。

この「戦争論」においては、東南アジアの一般民衆の被害を描いてないという事でかなり攻撃されていました。
しかし他のほとんどの書物は旧・日本軍の加害事実だけを誇大に語っているのだし、完全な平等・中立な書物があるのでしょうか?
私は現在でも日本に存在する米軍基地と、その兵士達による今でも続くレイプ、犯罪事件も描いてもらいたかったくらいでしたが。基地の近くに住んでる方はご存知でしょうが、ニュースになる事件なんてほんの一部だし、もちろんアジアの人々による日本国内の凶悪犯罪についてだってそうですよね。

そういえば、戦争で片手を失った体験を持ち、戦記漫画も得意な水木しげる先生もエッセイ漫画「カランコロン漂泊記 ゲゲゲの先生大いに語る」において、
「大和民族」は勇ましいと……なんとなくキモチがいいんだ。『戦争論』で……戦争が終わって長い時間を経て 戦前の勇ましいフンイキを味あわせてもらって……とても楽しかった。
と語っておりました。

生きながらえることだけが人生の目的ではない
命は手段にすぎない
この命を使って何を成すかだ


↑こういう少年漫画の王道的な高揚する文句がよしりんに使われると危険だと思われるんですよね。
戦争については、負けた方が悪であり、勝者に良い様にされ、歴史もねじ曲げられる。
それは日本に限らず歴史が物語ってる事ですので、今更簡単にどうにかできる問題ではないでしょう。
ただ、「新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論」は漫画作品としてもやはり面白いんだという事を伝えて、終わりにします。


  1. 2006/10/12(木) 00:48:36|
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週刊少年ジャンプ(9) 小林よしのり 1

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今回は小林よしのり先生…いや、よしりんと呼んだ方がいいですかね。
「おぼっちゃまくん」の途中からその愛称が使われ出したのですが、それ以降どんな物を描いても小林よしのり先生=よしりんです。

そのよしりんは、1953年生まれの福岡県出身。
高校を出たら石森章太郎先生の弟子になる計画だったそうですが、それは中学生の時に作った同人誌"きまぐれ"に収録された作品「改造人間」を見るとまんま影響されているので、本当だと分かります。
それから教師に勧められて本ばかり読む大学生活、そして在学中の1976年に週刊少年ジャンプから「東大一直線」でデビューします。
(生い立ちから現在までは「ゴーマニズム宣言」のシリーズで何度も語られてるので、読んでくださいね)

とにかくその少年時代から漫画を描いていて、田舎では人気だったと言いますが…
よしりん自身が"インクのシミのような絵"と酷評されたなんて言ってましたが、その言い方はセンスいいなぁ(笑)
本当にこの「東大一直線」は絵が下手クソすぎて、それだけでギャグになる素晴らしい物でした。
実際にヒットして回を重ねるごとに絵が上手くなったけど、後半は面白さが少しずつ落ちてしまっていたように思います。
しかしずっと後に描いた続編の「東大快進撃」がまたとんでもない傑作でして、圧倒されそうなほどのエネルギーをぶちまけてますよ!

他にも私は少年時代から、過去の作品も含めてよしりん作品は集めてました。
「救世主 ラッキョウ」「世紀末研究所」「風雲わなげ野郎」「異能戦士」「メンぱっちん」「角栄生きる」
といった初期の方もお薦めですが、80年代も中頃になって飛ばしたヒット作「いろはにほう作」と、小学館漫画賞も受賞した「おぼっちゃまくん」は外せませんね。
その後の「厳格に訊け!」「最終フェイス」「どとーの愛」あたりも面白いですよ!

これは私にとっては嬉しい事ですが、自殺した山田花子先生もよしりんファンだった事で知られてます。
あの石井聰亙監督による名作映画「逆噴射家族」で原案と脚本を手がけているのも凄い。
そして1992年…まだ「おぼっちゃまくん」は連載中でしたが始めた、大人向けの「ゴーマニズム宣言」ですね。略して「ゴー宣」
連載がサラリーマン雑誌SPA!(扶桑社刊)でしたが、こんな雑誌はよしりんが連載してなければ未だに手に取る事もなかったでしょう。
しかし幸か不幸か一番多く新たな読者を獲得したこの「ゴー宣」のせいでよしりん自身のイメージが偏り、これしか読んでない人を中心に批判されまくるという残念な事態を生んでしまいました。

前身となった「おこっちゃまくん」の方は「おぼっちゃまくん」の単行本に入ってたので既読でしたが、それでも「ゴー宣」を最初に読んだ学生時代には、何でよしりんがこれを描きだしたのかと驚き、しかし面白くてはまった。
持ち味の下品さや下劣さはほとんど無くなったけど、少なくとも初めの方はギャグ漫画家が描く時事ネタ、政治ネタ等にゴーマンかますのが中心でしたし、くだらない日常の話もウケました。過去のキャリアと全く違うやり口でこんなに面白い漫画を描くのだから、よしりんはどれだけ才能あるのかと思ったものです。まぁ、それ以前にも作品内容、絵柄共に何度か変わってるのですけどね。

以前から"情報量が多い"と言われてた、よしりん漫画の本領を発揮したとも言えるでしょう。
梶原一騎作品の「四角いジャングル」に代表される、一連の現実と同時進行するノンフィクション漫画の面白さがあるだけではなく、今までの漫画には無かった新しいやり方も取り入れていきましたね。

音楽界では日本語ラップ史上最高の1枚でしょう…キングギドラの「空からの力」を作る時に「ゴーマニズム宣言」の影響を受けたとZEEBRAが語っていたし、その他各方面に大きな波紋を起こしました。
言論界にも漫画としてはかつてなかったほどの影響を与え、若者にも社会問題を考えさせました。
小難しい論壇誌全部の発行部数より「ゴー宣」一冊の発行部数の方が上だったそうですから、影響力の違いは歴然でしょう。
社会悪を叩くだけではなく、いろんな人々とのトラブルや喧嘩を起こし(読者にはそれが面白いのですが)、その模様をつぶさに描写してました。
薬害エイズ問題、自主規制による言葉狩り、部落差別・・・等々で戦い、さらに天皇家について批判的に描いた回はSPA!では掲載してもらえず、ガロに持ち込んだ事があります。
ジャンプ出身の漫画家がガロに作品を載せるなんて、史上初の快挙ですよ!

そして1989年坂本弁護士一家殺害事件。
犯人を早くからオウム真理教と見抜いたよしりんは、それを漫画にしたためにVXガスで殺されかけ(これにより"世界初の暗殺されかかった漫画家"という肩書きも増えた)、そのオウムを好意的に取り上げたSPA!編集者と争い、ここでの「ゴー宣」連載を終わらせました。

それから1995年より発表の場をSAPIO(小学館刊)に移して「新・ゴーマニズム宣言」として連載再開されました。
この「新・ゴー宣」では、芸能ネタとかは無くなってほとんどが政治ネタになってしまいましたが、注目されすぎて初期のように自由にできなくなったのでしょう。政治だけでも描きたい事は尽きないでしょうし。

そして学校で教える自虐的な歴史教科書や、従軍慰安婦問題への疑問提起ですよ。
これまで何度も騒ぎを起こしてきたこの漫画でも、かつてない激しい抗議と、もう一方からの支持を受けるのです。
これに関しては新しい歴史教科書をつくる会に参加して、広報活動を展開するものの決裂。

その後も「台湾論」を描いて大好きな台湾から入国禁止処置を受けたり、自ら編集長として雑誌「わしズム」を創刊して活動範囲を広げたり…
追ってて面白い漫画家ですね。

「ゴー宣」において、よしりん自身を始め、味方とか好きな人物は美化して描いてるのに、敵や嫌いな人物は極端に醜く描いてるので公平さに欠けるとか、よく言われますよね。そりゃいくらノンフィクションとはいえ漫画なんだから…
って、そんな事をいちいち言わなくてはならないほど、普段漫画を読んでないのに批判するためによしりん作品だけを読んでる人が多いのでしょうね。
だいたいタイトルがこれで、自ら傲慢な人間って言ってるのですから。

「ゴー宣」のせいで"思想家"のようにとらわれてますが、やっぱり私にとってよしりんは未だにギャグ漫画家で、だから偉大なのです。
このブログを読んでくれてる方なら当然、私は偉い学者よりも漫画家の方をはるかに愛してる事はご存知でしょうし、"先生"なんて漫画家にしか付けませんよ。学校の教師!?冗談じゃない!!

かく言う私も、よしりんの型破りなギャグ漫画の面白さもアピールしたかったのに、「ゴー宣」のネタで長くなってしまいました。
次回はどれか作品を個別に紹介したいのですが、それも最初から「ゴーマニズム宣言」関連になるかなぁ。

今回の画像は、今年7月16日(日)に靖国神社のみたままつりへ行き、よしりんの献灯を撮った物です。
拝殿の前ではしっかりニ礼・ニ拍手・一礼して英霊の魂に祈りましたよ。 へけっ。
(ちなみにこの日は、つのだ☆ひろ氏とすれ違いました)

「ゴーマニズム」とは

「傲慢主義」ともいうべき著者の造語。
自分の直感と常識をたよりに「傲慢だとわかているが、それでも敢えて言っておかねばならない」という思いを思想化したもの、それがゴーマニズム宣言である。



  1. 2006/10/11(水) 01:01:15|
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劇画(14) 大友克洋 1 「ショート・ピース」

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大友克洋先生を紹介してないのでは、この名作漫画紹介のブログは片手落ちというものでしょう。
そんなわけでやっと登場した大友先生は、1954年生まれの宮城県出身。

宮城県出身で偉大な漫画家と言えば、すぐに石森章太郎先生と荒木飛呂彦先生を思い浮かべるでしょうが、特に石森先生とは出身の町まで同じで、同高校の卒業生です。
その高校の名は佐沼高校…凄い!

もしかすると漫画家としてより、アニメーション映画の監督としての方が一般には有名だったりするのでしょうか。
何しろあの、自らの漫画を映画化して世界中から絶賛された「AKIRA」の監督ですからね。
「AKIRA」は当時凄い衝撃的な作品でしたが、もちろんこのブログでは漫画の方を紹介していきます。

大友克洋先生が初めてアニメに関わったのは1983年「幻魔大戦」ですが、漫画家としてはその10年前、1973年にプロスペル・メリメ原作の「銃声」でデビューしています。
それから次々と発表されていった作品群は、絵がバカ上手い上に細部まで緻密だし、リアルだけど今までの劇画とは全く違う、まさに革新的なものでした。

日本のストーリー漫画は、革命とも言える手塚治虫先生の登場以来、何度か転機を迎えてますが、大友先生の登場も確実にその転機でした。
大友登場以前とか以後とか、よくそんな区切りをされるほどですから!
当然手塚治虫先生による嫉妬も並大抵では無かったようですし、その"大友登場以後"、どれだけ多くの亜流漫画家が現れたかはご存知の方も多いでしょう。

1982年から連載された漫画史上有数の名作「AKIRA」だとか、1983年の傑作「童夢」とかになると、フランスのバンド・デシネを日本漫画のペンで描いたようなと言いましょうか、とにかく一コマごとが"絵"であるわけです。
実際にバンド・デシネの巨匠・メビウスからの影響をよく指摘されてますね。

しかし今回偉大なる大友克洋先生の漫画作品の中からピックアップして紹介したいのは、1979年に処女短編集「ショート・ピース」です。
まだオシャレさは薄くて、泥臭い絵で学生の日常を描いたりしてた初期作品こそ、私の好きなものなのです。

これは奇想天外社から発行されていましたが、会社自体が潰れたために現在では双葉社から再刊されています。
後者はジャケも少し変更されて「夢の蒼穹」追加収録、その他にも修正されていますが(しかし"あとがき"が削られてる)、もちろん漫画コレクターならオリジナルの奇想天外社版で持ってなくてはなりませんね。
いや、好きなら両方持ってるのはもちろんですが。

---------
裏表紙にまで自らの優れたコラージュ・デザインを施したこの単行本。
収録されている短編を個別に見てみると、現在のイメージとは全く違って、まずSFが一本しかありません。
いきなり出てくる「宇宙パトロール・シゲマ」がそれですが、これはSFと言うよりナンセンス物とか、そっちの匂いが漂う作品です。
しかしこれが名作!代表作と言ってもいいでしょうか?

いかにも時間を持て余した駄目な若い男たち四人が、新年会で自分の秘密を語り合う事になる話です。
それぞれが、実は金星人、水星人、火星人なんだと順に告白していき、一人残った茂正は…何と"宇宙パトロール・シゲマ"であり、不良宇宙人達を捕らえるのが指名だと言う。
シゲマをバカにしながら皆で海に行き、本当に円盤を呼んで"力"を証明するのですが、結局『面白い新年会だったなぁ』と皆で笑って帰るだけの、そういうオチです。

他にも七話収録されていて、ブルー・フィルムを作ろうとする映研の高校生三人組の「任侠シネマクラブ」や、貧乏学生が大麻でこずかい稼ぎを企む「大麻境」、受験生がコジキに弟子入りする「WISKY-GO-GO」等、傑作が揃っているのですが、私が好きなのは単行本の後ろから数えて二つの話。

「NOTHING WILL BE AS IT WAS」は、あくまで明るくコミカルに殺人とカニバリズムを描いてますし、「犯す」は訛りの抜けない田舎者の工員が都会の女子高生を強姦しようとする話で、ラストが怖い…。

--------
初期作品は誰でも喜ぶエンターテイメント的な要素は薄いものの、少なくともこのズバ抜けた絵の上手さは誰が見ても明らかですので、そこだけでも楽しんでみてもらいたいですね。

余談ですが、その後出版される単行本のうち、「GOOD WEATHER」「ヘンゼルとグレーテル」「BOOGIE WOOGIE WALTZ」の三冊は有名なレア本でありますので、安く見つけた方は即買いですよ!

1996年に「SOS大東京探検隊」が出版されているのですが、大友克洋先生個人の単行本としては今の所これが最新になってしまうのですね。
もう10年経ってしまいましたよ!

10年空けばさすがに私も大友漫画熱は冷めてますが、やはり一時代を築いた大友先生です。
金と時間ばかりかけて「スチームボーイ」みたいなどうでもいいアニメを作るのなら、何故漫画に戻ってきてくれないのでしょう!?

もう「AKIRA」は作れないんだから…
しかしみんな大好きなアニメ映画「AKIRA」は本当に凄いし、幸運な事に正しい評価もされてますよね。
ミーは、おフランス帰りざーますので、実際にヨーロッパでも「AKIRA」人気の高さを実感してきました。
しかも私が滞在した時は既に製作年からもう10数年経っていたのにですよ!

日本人は、日本映画が海外で賞とか取るとすぐに"世界の○○"とか言って持ちあげたがるけど、黒澤明小津安二郎溝口健二、それにもちろん近年の監督なんて海外では一部の映画マニアしか知らないですよ。

しかし「AKIRA」は本当に有名でした。
私が付き合ってた人々が若者層だったというのも理由の一つでしょうけどね。
それでも一般の知名度で言ったら「ドラゴンボール」のように、TV放送を続けていたアニメの方が上でしょうが、やはり尊敬のされ方は違います。

それだけ「AKIRA」だけは良かった…
いろんな分野に才能があるというのもいい事でしょうが、近年のアニメ制作での失敗から、また大友克洋先生にはペンを取って欲しいという願いと持って、今夜は終わりです。


  1. 2006/10/09(月) 00:11:33|
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月刊漫画ガロ(15) 福満しげゆき 1 「10年たって彼らはまた何故ここにいるのか・・・」

HUKUMITU-SHIGEYUKI.jpg

福満しげゆき先生。1976年生まれ、東京都出身。

この漫画家を私が知ったのは、リアルタイムで取り寄せて熱心に読んでいた時の月刊漫画ガロ誌上においてでした。
その時のガロには、読者が葉書に4コマ漫画を描いて投稿するコーナー"4コマガロ"(略して4ガロ)があり、そこで福満先生は常連当選者だったのですね。しかもかなり長い期間、連続で大判(一番優秀な漫画はサイズ大きく載せられた)の位置を獲得してました。
素人の投稿ページとはいえ、それはガロ読者が送るのですからね、画力云々よりも、とにかくセンスのいい漫画が載っていてレベルは高く、他の人の作品も含めて毎月楽しみにしていたものです。
(絵が下手クソすぎな私もふざけて描いて送ったら何度か載ってしまいましたが、これはやはりマグレです。)

そして、あきらかに4ガロ内で群を抜いて上手かった福満先生は、ついに月刊漫画ガロ本誌1997年2月号にて「娘味」で入選デビューします。ちなみにこの号にも私、4コマガロで載っていますね。
出てきた当初から読んでいて、何より好きな作風です。思い入れを持って応援していきたい、現役漫画家の登場は嬉しいものでした。何作かガロに作品を掲載した後でガロは休刊してしまいますが、福満先生はエロ漫画誌等にも作品を載せ、ガロの意志を継ぐ漫画雑誌アックスで傑作を連載。
現在は三冊の単行本を青林工藝舎から上梓しております。

ただ今回はその三冊ではなく、福満先生の原点という意味でも重要な作品
「10年たって彼らはまた何故ここにいるのか・・・」
を紹介しましょう。
福満先生が19歳の時に描き、そして今年に入って何と限定500部で出版された本です。
福満作品が限定500部なんて厳しい…でも結局また増刷されるという宣伝を見た事がありましたけど、実現したのでしょうか。

これはガロに初めて持ち込みした作品だそうですが、ここで限定とはいえ単行本として日の目を見たのは嬉しいですね。
画力は現在に比べれば未熟なものの(当たり前だ)、既に福満漫画におなじみのキャラは登場するし、その世界は確立されている事にビックリしますよ。

少年がロボットと二人でレンガ壁を背にして座り込んで話をしていると、空想妄想、夢のような世界が通り過ぎて行く…そんな話なんですけど(全然分かりませんねw)、短編集がきちんとまとまって連作として終結してます。
今回はエピソードごとの細かい説明はしないでおきますが。

19歳の時のこの作品に、ちょうど作品タイトルのように"10年たって"続きを書き下ろした一話も収録されていまして、その新作の出来も素晴らしい。
かみ合わない会話の妙がユーモラスで見事なのですね。

リアルな心理描写や会話が優れているから、ファンタジー風なのに感情移入して泣ける…まさに隠れた名作でした。

ついでのように「「猟奇とは何だ」と青年は想い、そして走った…」という、川崎ゆきお先生に捧げたような作品が収録されているのですが、これを読めば『上手い』と唸り、この福満しげゆき先生の実力も分かるというものです。

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今度福満しげゆき先生の作品を紹介する時は、間違いなく代表作、そして大名作の「僕の小規模な失敗」で行くと思いますが、その前置きとして今回のこの原点作品を紹介しました。
それでは、おやすみなさい。


  1. 2006/10/07(土) 00:04:01|
  2. 月刊漫画ガロ
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日野日出志(5) 「日野日出志の銅鑼衛門」

HINO-doraemon.jpg

今回は、まず画像を見てください。
『なんだ、漢・BRUCEが紹介するのに、この可愛くてぬるいジャケの本は?
男気が感じられない…』
そう思った方もおられる事でしょう。

今回紹介するのはオムニバスの企画本「パロディ・マンガ大全集 マンガ奇想天外=臨時増刊号」(奇想天外社刊)です。
いろんな漫画家にパロディ漫画を描いてもらい、それを一冊に集めるという1981年に行なわれた企画なのですが、その中から私の大好きな日野日出志先生が描いた傑作「日野日出志の銅鑼衛門」を紹介したいのです。

銅羅衛門…難しい字ですね。もちろんこれもパロディ漫画であるのわけですが、何と読むのでしょう。
えーっと、ド・・・ラ・・・
はっ!まさか!
そう、あの藤子不二雄先生の「ドラえもん」ではないですか!!

この日本一有名なキャラクターを、狂気のホラー漫画家が描いているのですよ。
しかもこれは版権の問題で単行本にも絶対入らないし、今後復刻もされる事は無いでしょうから、この
「パロディ・マンガ大全集 マンガ奇想天外=臨時増刊号」
を古本屋で見つけた方は、即刻ゲットする必要がありますよ。

そんなわけで貴重なこの作品。
わずか8ページと短いのですが、日野先生の魅力が全開です。
「ドラえもん」が良い子の漫画と分かってて、思いっきり不気味に描いて遊んでるのですよ。
ジャイアンにいじめられたのび太が、ドラえもんの道具を借りて仕返しするという…いわゆる通常の「ドラえもん」パターンなんですけどね。
あ、一応登場人物の名前は少しだけ変えてあります。

まず扉絵がヤバすぎですって!
ジャイアン(シャイアン)の生首の上に、逆立ちして眼を血走らせてるドラえもん(銅羅衛門)と、陰から覗いてるのび太(のぶた)という構図ですから!!

ストーリーを紹介しましょう。

いつものようにいじめられて帰ってきたのぶたは、いじめっ子のシャイアンの似顔絵に鉛筆を突き刺して暗い気晴らしをしています。
ヨダレたらして『ひひひ……』と言ってるその顔は有りなのでしょうか!?
それを見た銅羅衛門が、"ミニ地獄マシン"を未来の国から買ってきました。
ポケットから秘密道具を出すんじゃないのですね。
しかものぶたの貯金箱からお金を払ったようです。

その機械は、憎い相手の写真を入れるとその人間が豆つぶぐらいの大きさになって出てくるので、そいつをミニチュア地獄でいじめ返す事ができるのです。
未来社会ではすごく流行っているとか(笑)
我々も欲しいですね~。ヒヒヒ…。

針の山や火の池等の責め道具を使われると、豆つぶぐらいになったシャイアンとソネ夫は、ちゃんと叫び声を上げて苦しみます。
ノコギリで切り刻まれるシャイアン、石うすで粉々にされるソネ夫…
それを見て笑みを浮かべ、毎日毎日楽しむ銅羅衛門とのぶた。
顔は日野キャラのようにギョロ目が血走り、黒目の大きさも左右違いますよ。

一応オリジナルの「ドラえもん」だと、最後は調子に乗りすぎたのび太は自分が痛い目にあう事になってますが、こちらでもさすがに復讐するだけでは終わりません。

1ヵ月後。
ドジなのぶたは、お小遣いを水洗トイレに流してしまいます。
しかし実は、銅羅衛門が未来の国から持ち帰った"ミニ地獄マシーン"は、のぶたの小遣いを当てにしてローンで買った物だったのです!
すぐさま地獄の鬼が現れて二人は捕まり、罰として自分達も地獄で責め苦を受けるのでした…。

『あ…あついよ~っ!!』
『た…助けて~っ!!』
このラスト一コマの、ドラえもんの苦しむ顔が可愛い!

こういう漫画において、はっきり言えばストーリーはどうでもいいですね。
そんな事は関係無く面白すぎですよ~。
もちろん良い子の漫画「ドラえもん」の知名度があってこそ、恐怖の日野先生の意外なパロディは面白くなるわけです。
それを納得してもらうには絵を見なくてはしょうがないのですが、このブログでは著作権の関係上、本の中身を載せられないのです。

それに今回は日野日出志先生だけを紹介しましたが、この本には他にも赤塚不二夫先生、泉昌之先生、吾妻ひでお先生、夏目房之介いしかわじゅん高信太郎渡辺和博
他、たくさんの漫画家達が有名漫画のパロディをやってますので、そちらも興味がある方もいるかもしれません。

なので重ねて言いますが、「パロディ・マンガ大全集 マンガ奇想天外=臨時増刊号」…これはゲットすべきですよ!
  1. 2006/10/05(木) 00:16:49|
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週刊少年ジャンプ(8) 小室孝太郎 2 「ワースト」 2

WORST34.jpg

今夜は「ワースト」の三巻からです。

戦車も仕入れてついに東京脱出計画を実行しますが、ワーストマンだらけの所を襲われ続けながら行く苦難の道です。
それに片腕としてを助けていた主要人物・遠崎が…彼もワーストマンに噛まれてしまいます!
もちろん遠崎ほどの男は、ワーストマンになるよりも死を選びます。
その死に方の描写は壮絶で、フラフラとみんなの近くから去って手榴弾で自爆するのです。涙モノですね。

ついに犠牲者を出しながらも東京から脱出した後、ワーストマンの手に渡すよりはと、東京はヘリからガソリンと爆弾が落とされて火の海。
見開きの二ページを使って、思い入れたっぷりに燃える東京を描写して、どこかの島へ向かって船で去る人間達…

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ここからまた急展開なのですが、何と次は最高責任者になった卓が一気に60歳過ぎ!
髭モジャでハゲの爺さんになってて、『どくされめが』が口癖です。
つまり40数年は経ってるわけで、この漫画が三世代に渡って描かれる大作だった事が分かりましたね。

三人目の主人公は卓の孫・で、こいつは人間達のルールを破りまくる問題児として登場します。

一方爺さんになった卓は、数十年研究を続けて(!?)ついに対ワーストマン最初の武器を開発します。
燃やして灰にするしか完全に殺す方法はないワーストマンに対してですので、人間には害が無いほど微弱な放射能を含み、一瞬ですが六千度を超えるという弾丸です。
名つけて核弾丸。

しかし今やワーストマンの進化も知能・体型共に凄い所まできています。
陸海空それぞれにワーストマンが住んでますが、特に陸に住む直立ワーストマンは頭脳が発達し、人間から奪った銃も撃つし、道具を使って羽が生えてる流線型のワーストマンを狩で獲って喰う…これは陸型のを人間の進化の過程になぞらえてますね。

そんな事は関係なく、生まれた時からワーストマンの脅威にさらされて生きてきた世代の力。
彼は人間内での決闘騒ぎを起こし、それを汚した卑怯者の頭を撃ち抜くという殺人を犯してしまいます。
生き残り数の少ない人間同士での殺人というのは、タブー中のタブーであり、この殺人事件はワーストマンの出現以来始めてという事になります。

そして裁判となるのですが、ここで今やヨボヨボ爺さんになったハリーも登場して、最後に力を死刑から助けて息絶えます。
結果、力は仲間の四人と共にワーストマンの天下となっている日本へ追放。

今更ですが卓は、『ワーストマンの正体が新種のウィルスに犯された人間だった』と発見しました!!
オープニングのあの連日続いた雨は、地上のワーストウィルスが舞い上がって雨雲の中で繁殖作用をおこし、雨とともに地球上に襲いかかった物だったのでした。

一方、恐ろしい土地に姿を変えている日本でも生きのびている力達は、奇妙な光景を目の当たりにします。
凄い数のワーストマン達が並んで行進し、次々火山の中に飛び込んでいるのです。
一匹捕まえてみて分かったのですが、こいつらは伝染病にかかっていて、他のワーストマンへうつさないために自殺する、死の行進だったのです。

ワーストマンに伝染病が存在する!
これを卓に教えてやると、ついにワーストマンウィルスを食い殺している新種のウィルスを発見します。
つまり、完全なるワーストマン全滅の可能性を持つ細菌ですね。

…しかし!
環境や生態系を破壊した人間への警告でしょう、異常気象から氷河期に入る事が分かります。
『我々人間は間違った道を歩んできたのではないか!?』って、この時代の作品では頻繁にこういう考えが出てきますね。
ともかく最大のワースト、それは氷河期でした!
ここまで何十年もワーストマンと戦いながら生き延びてきたのに、もはや終わりです。

もはやどちらにしろ人類に生きる望みは無いと知りながら、卓はワーストマン絶滅のための培養ウィルスを全世界中にまく事を命じます。
たとえ人間達が滅びたとしても、その誇りと威信にかけて一度はやらねばならんのだと言い聞かせて。

新種ウィルスを引き渡す条件に、仲間を他の人間達の下へ帰しておきながら、一人日本に残った力でしたが、そこへ力を愛する女・百合が一緒に死ぬためにやってきました。
大雪の中、こんな土地で互いの名を呼び、走る二人の姿には感動します。

もうラストは、急激な終末モードが作られてますね。
泣きましょう。
静かに服毒心中した二人の枕元に転がる、"ドクロマークの瓶"が少し笑えますが…

さらに20万年後…
雪が溶けた地球で、まだ動いてる生物がいます!
人間か、ワーストマンか、それともどちらでもないのか…それは誰にも分かりません。
-------------The End


ふーっ、やっぱりいい漫画だった~。
…あれ?
卓が爺ちゃんになった40数年後の世界になってから、最初の主人公・鋭二の子供で、普通なら後の救世主かと考える所であろう、が出てこなかったのですが!?
忘れられたのか、大した奴に成長しなかったのか…謎です。

とにかくこの「ワースト」はストーリーの進行具合が優れていて、驚きあり感動ありの話に読みやすい絵なので、必ず引き込まれます。
単行本は、JC版だけ小室孝太郎先生がジャンプを離れたためにすぐ絶版になっていて激レアですが、以降何度か再発されてますので是非読んでみてくださいね。

さて、「ワースト」のストーリーを紹介してみて、多分知ってる方なら誰もが思い出されるのは、ゾンビ映画の古典中の古典となったジョージ・A・ロメロ監督のゾンビ三部作ではないでしょうか。
私が愛してやまない映画でもあるのですが、これは「ワースト」と非常によく似てます。

「ワースト」の方も、実は三部作だと分かりましたし、だんだん人間が研究を重ねたり、知能を持ったゾンビが現れたり、そんな過程も似ててリンクするのです。
ちなみに「ワースト」の連載開始が1969年で、ロメロの映画は一作目の「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」が1968年の公開ですね。
しかしゾンビ三部作と言っても、二作目と三作目はずっと後ですし、小室先生の漫画を参考にくらいはした…かもしれません。

せっかく話が出たので、ここでついでにロメロ監督のゾンビ三部作を、私は大推薦しておきますよ!
デザインや他に作り上げた要素でもロメロの映画は群を抜いてます。
ただ注意して欲しいのは、「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」は"最終版"とかカラーのリメイク版では無く、1968年のオリジナル版から観てくださいね。
続いて 「ゾンビ」「死霊のえじき」と、三部作だけ観れば合格!それ以降のは好き者だけが観ればいいでしょう。

それでは、またいつか小室孝太郎先生の別作品を紹介する事もあるかもしれません。
とにかく今夜はここまでです。おやすみなさい。


  1. 2006/10/03(火) 00:02:17|
  2. 週刊少年ジャンプ
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週刊少年ジャンプ(7) 小室孝太郎 1 「ワースト」 1

WORST12.jpg

貴方は不幸な漫画家として有名な、小室孝太郎先生をご存知でしょうか。
何が不幸なのかと言うと、この時に紹介したジャンプ専属システムの犠牲者として、マニアの間では名高いのです。

1943年生まれで茨城県出身。
手塚治虫先生のアシスタントをしていた小室先生は、1968年に独立して週刊少年ジャンプから「トワイライトゾーン」でデビューしています。
今回紹介したいのが1969年に始まった「ワースト」で、これが凄い傑作!

続いて1972年に学園心霊物「ミステリオス」、1973年にコンピューターVS人間のSF物「アウターレック」が共に打ち切りのような終わり方をした後、5年間もの空白期間を経て掲載された「命〈MIKOTO〉」が、これまたすぐに打ち切り。
以後ジャンプに登場してません…

それもこれらの打ち切り理由が、人気が無かったわけではなく、小室先生とジャンプ編集部とのトラブルがあったためと言われてるのです。

問題の原因は「アウターレック」
人気投票は上位をキープしていたのに、当時の編集部は『SF漫画は一つでいい』と、「アウターレック」を打ち切ったのです。
意欲作を上からの力で途中打ち切りでは小室先生も納得できるはずはなく、不信感をあらわに編集部と対立したのですね。
ちなみに"一つ"残された方のSF漫画は永井豪先生の「マジンガーZ」
人気は「アウターレック」の方が勝っていたのに、「マジンガーZ」はアニメ化が決定したから生き残ったという話ですよ。

それに加えて梶原一騎先生の力でアニメ化が決定した「侍ジャイアンツ」が、人気がイマイチだったのに続行されたのでページ数が取れなくなったのも原因だったそうです。

ジャンプ編集部とケンカして去った小室先生は、他誌での連載に挑戦しようとしますが、ここでジャンプの専属システムです。
圧力をかけて他誌では描かせてもらえずに飼い殺しのような期間を持たされ、既に言った「命〈MIKOTO〉」の打ち切り後は、どこかで宗教漫画を描いてたのを見たとか、小室先生本人が宗教に走ったとかって噂を聞きました。
とにかく現在は漫画界から姿を消しています。
まさにジャンプによる漫画家つぶしの犠牲となったわけですね。

他にも絵柄が手塚先生の一時期の少年漫画そのままそっくりな所が、個性を出さなくてはいけない漫画界においてマイナスだったようにも思えますが。

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さて、そんなジャンプが生んだ名作漫画「ワースト」です。
私が持ってるのはJCではなく、サンコミックス(朝日ソノラマ刊)版で全4巻。

週刊少年ジャンプ創刊から1年ほど経った1970年より掲載されたこの作品は、侵略者と地球人が種の存続をかけて争う、規模も年数も壮大な話で、俗に言う"終末SF"の先駆的な作品ですね。

あらすじを紹介しましょう。

1960年代の地球全土に、数日間に渡り雨が降り続きました。
その雨の直前に嫌な予感から身を隠したのは動物達と、一人の少年・カミソリ鋭二

雨が止んでから街に出た鋭二は、その雨に濡れた人々が死んでいて、その死体が生き残った人間を襲っている景色を目の当たりにします。
死体はひび割れが入っていて、中にはギョロ目で昆虫のような二つの歯が生えた化け物が入っています。
数日でカラ(人体の姿)は取れるので、これ以降は出て来た時からこの姿になってますが。

こいつらが物語全編に渡って敵となるのですが、その風貌が怖くない…というか何だか可愛い。
作者はもっと恐怖の存在として敵を描かなければならなかったでしょうに。
とはいえ見た目の可愛さとはうらはらに、確かに人類にとって恐ろしい存在です。

名前は地球の最悪(ワースト)という事からワーストマンと名付けられますが、人間を見れば無条件に襲いかかってくるし、刃物や銃での攻撃はおろか爆弾でふっ飛ばしても、傷口は再生するのです!
ばらばらになった体が引っ付いて生き返るほどの生命力の強さに、人間の武器ごときで歯がたつのでしょうか!?

しかも数はどんどん増えます。
体を分裂させて繁殖しますし、後で分かるのですがワーストマンに噛まれた人間も、伝染してワーストマンになってしまうのです。
羽が生えて飛ぶ奴が出たり、あまりにも早く生態も進化してますし!
ただ日光が苦手なので昼間は出てこない所が救いでしょうか。

初めは無人の鉄砲店から盗んだ銃を手に一人で戦う鋭二でしたが、生き残りの人間達に会い始めますので、彼らを紹介しましょう。

まずは横浜で、まだ子供だけど度胸のあるバンソウコウの卓…目の間にバンソウコウを貼ってるのでこのあだ名です。度が過ぎるいたずらっ子の卓は、隣の犬を電柱に吊るして皮を剥いだために(!)、オヤジに押入れに閉じ込められたおかげで雨を浴びず、ワーストマンにならずにすみました。

ジェット機で現れたのはアメリカ人のハリー・ジェームス…ベトナム戦線からの脱走兵です。戦争の時の回想シーンでは、ベトナム戦争とアメリカ批判のメッセージが感じられましたよ。

ヘリでビラを撒き、生き残りの人間探しをしているうちに、新潟市立病院で美人看護婦(名前はとうとう出なかった…)を見つけて救出するのですが、この時鋭二は彼女と一夜を過ごし、後に子供・が生まれます。

ヤッパの遠崎…はじめはただのチンピラ学生で鋭二に喧嘩を売るのですが、やられてからは頼もしい仲間です。
他にも名前は付けられませんが意外といた生き残りの人間達を集めて霞ヶ関ビルの36階に、"日本ワーストマン対策本部"を結成します!

しかし、ワーストマンにさらわれた女の子を救うために、リーダーの鋭二は…死にます!
って、えーっ!
最初から一人で頑張ってた主人公だし、これは少年ジャンプ掲載漫画ですよ!!「カムイ伝」じゃないんだから…
首の骨が折れてる鋭二は、せめてワーストマンを道連れにと、ダイナマイトで自爆し、ここで一巻は終わり。
こんな風に驚くべき展開は、この後もまだまだあります。

とにかく生きてる間、鋭二はグレて学校で勉強していなかった事を後悔していて、勉強する事、そして知識の重要さを訴えます。
これはジャンプ読者へのメッセージとしたら親は喜ぶかもしれませんが、学校で勉強する知識なんてこんな非常時に役立ちませんって!
仮に科学者や生物学者並みの知識があったとしても、こんな新種の生物にどう対抗するべきかなんて分かるのでしょうか!?

とにかく一巻の最後で、卓は鋭二の意思を継いで科学者並みの知識を得る事を誓います。
二巻はこの六年後から。

ワーストマンは進化を続けてますが、人間も頑張って生き残ってますよ。
バンソウコウも取って大人に近づいた卓がリーダー格として頑張り、鋭二の意思を継いで研究を続けています。
これからは彼が主人公ですね。

鋭二の残し種である子供の渉はヤンチャすぎて迷惑かけまくり、母親は彼をかばうためにワーストマンに噛まれてワーストマンになっていまいますよ。
変わリ果てた姿を見て母親だとは全く知らずに『へんな顔』とか言って笑ってる渉…ひどい。

不完全さ世界一の都市だった東京は、人間がほとんどいなくなって巨大キノコが生えまくってます。
そのせいで日陰だらけになって昼夜の区別なくワーストマンが出てきますし、水道管が割られてしまい…
ついに卓達人間は、東京を捨てる事になります。

日本人には特別な思いのある東京を侵略者によって追い出されるのは苦しいですが、そのための大変な苦難の準備をしながら、二巻は終わり。
ちょうど物語の半分なので、今夜はここまでにしておきましょう。


  1. 2006/10/02(月) 00:00:43|
  2. 週刊少年ジャンプ
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プロフィール

BRUCE

Author:BRUCE
BRUCEです。あだ名は大悟(DieGo)です。
大悟…つまり悟りを開くに至る道程にある事を表し、かつ神の映画「ドラゴンへの道」から頂いてのブログタイトル。同名の秘密結社も運営しています。

名作漫画紹介の形を借りて、自分の記録用に使っています。

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