大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)

名作漫画の紹介 ・・・個人的な旅の記録

月刊漫画ガロ(23) 花くまゆうさく 1 「東京ゾンビ」

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今回は花くまゆうさく先生です。

イラストレーターとしても今や大人気者で、本屋に行けば漫画雑誌以外にも、例えば温泉ガイドの雑誌だとか、そんなのにまで花くま先生のイラストが表紙に使われていたりしてビックリする事があります。
絵はヘタながらに(むろん全く上手く描こうともしてないのですが)、可愛いと思われるのでしょうね。個性も味もあります。
ちょっとお洒落な雑貨屋・宇宙百貨では商品にイラストを使われまくってます。
ハゲアフロの定番キャラクターくらいは、漫画を知らない方でも見た事があるのではないでしょうか。

そんな花くまゆうさく先生は1967年生まれ。
高校時代に初期蛭子能収先生の漫画でショックを受けた体験が、ヘタウマ系に進んだきっかけでしょうか。
私は1993年の「狂い咲きサンダーロートル」ガロ長井勝一賞に入選した時から追いかけていましたが、それ以前に他誌でデビューだけはしていたようです。
最初からガロでは"期待の大新人!"といった扱いをされていましたよ。

基本的に短編ばかり描いてて、それを集めた単行本「野良人」「サルすくい」「人生リセットボタン」「生きまーす」「大人チョップ」「労働2号」・・・
凄い事に、ほとんど外れ無く花くま節を炸裂させてるこれらの作品は必読ですが、今回紹介するのは初の長編漫画「東京ゾンビ」(青林工藝舎刊)です。
漫画雑誌マンガの鬼AX・アックス創刊と同時に連載が開始されました。

花くま先生が様々なカルト映画マニアだったり、ブラジリアン柔術を実際にやってる事も知られていますが、それらの好きな物、つまりジョージ・A・ロメロ監督のゾンビ映画や格闘技、漫画などの要素を詰め込み、さらに様々な想いを告白している大作…
つまり"花くまゆうさく集大成"といった趣もありますね。
逆に短編の時のセンスが活かせて無い所もありますが、とにかくストーリーを見てみましょう。

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アフロヘアーの若者・フジオは、勤務先の工場で先輩のハゲオヤジ・ミツオから柔術の寝技指導を受けています。
昼休みにマット敷いて仲良くやってますが、からかいに来た本社の奴(スーツ姿)を殺してしまいます。
いや、『殺してしまった』という感じではなく、あくまで自然に。
作品世界の設定自体が、ちょっとこの日常とはズレてて、殺人が特別な事ではないのです。

その死体を持って二人は"黒富士"へ。
黒富士・・・江戸川区に積み重なったゴミで出来た山で、ゴミ捨てと共に死体埋め場としてもメッカになった場所。

ちょど二人が本社の奴を殺したその日から、黒富士でゴミに埋もれていた死体が蘇り、人を襲うようになりました。
もちろん理由や意味なんか分からない(というより、無い)のですが、そこは古典となったロメロのゾンビ映画シリーズも同じですし、もちろん"ゾンビの原則"も同じ。
すなわち、噛まれた人もゾンビになる、頭を潰せば死ぬ、動きは遅い…そういった決まり事は守られてます。

無防備な世間の人たちは噛まれ、その対処が遅れた東京は、すぐにゾンビだらけになりました。
そんな中、フジオとミツオは生き延び、柔術の練習も続けてます…
が、ミツオの方がゾンビに噛まれてしまい、ゾンビ化する前にトラックから崖へ飛び降りてフジオとは分かれてしまいました。

それから5年後。
世の中のしくみはすっかり変わっていた…

ある地区で、ゾンビから人間を守る為の高い塀が張り巡らされて、その中で人間達の集落ができています。
やはりここでも貧富の差が激しく、それどころか金持ち達は支配階級者として君臨し、貧乏人達は奴隷です。
金持ち達のために働き、殺され、ゾンビファイトのコマとして使われています。
ゾンビファイト。人間とゾンビを戦わせる見世物です。

そこで、観戦している金持ち婆達に嫌われている、驚異の16連勝中ファイターが登場しますが…
クロフジー柔術(黒富士柔術?w)を使うポン・フジオ
そうです。あのアフロのフジオでした。
彼は圧倒的な強さでゾンビを倒しますが、その戦い方はもちろん柔術。
倒して寝技で関節取る等、高度な技が使われているのですが、どうしても寝技は地味に見えてしまい、高度すぎて婆達には理解不能。
だからフジオは嫌われているのです。
これは花くまゆうさく先生が、"にわか格闘技ファン"に対して持ってる思いですよね。

その後もフジオは連勝し、とにかく殺されずに生きのびてますが、いいかげん殺されないと観客の暴動もありうる。
そこで自警団150人をたった1人で倒した、サイコガンダム並みの強さという"伝説のサイコゾンビ"が相手として連れてこられるのです。
伝説のサイコゾンビ、その正体とは!

完全にゾンビ化したものの、その強さは増したハゲのミツオでした!

最終話、二人は戦います。
その戦いの地味な寝技技の応酬は、花くまゆうさく先生の下手な絵ながら、かなり上手く表現されてますよ!
フジオとミツオの最後の勝負も、客にはレベルが高すぎて理解不能。
邪魔が入って決着はうやむやになりました。

試合会場の外でも一波乱です。
「あしたのジョー」の真似して、豚のケツに鍬を刺しまくり、豚の暴走に乗って暴動を起こす男がいます。
それはともかく、「白い戦士ヤマト」に出てくるハヤテの技(後にヤマトも使う)・ネックローリングを使う犬まで出てくると、高橋よしひろ先生の犬漫画ファンである私としては嬉しい限りです。

奴隷達や、塀の外の生き残り集団も暴動に参戦してきて、金持ち達の街は壊滅。
五年前に、人間だったミツオが言ったセリフ、
『ロシアに行け
あそこには強いのがゴロゴロいる』

というのを思い出し、バイクで犬だけ連れて暴動の現場からロシアへ向かうフジオでした。

おしまい。
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作品最後の見開きページは、燃える街をバックにフジオが去って行くのですが、フラフラ歩いてるゾンビや転がってる死体が、まさにロメロ映画の雰囲気で、花くまゆうさく先生のロメロに対する愛情も感じられていいです。

あとこの単行本の装丁に使われている絵は、花くま先生自身がモデルの女体にペイントした物なのです。
カバーを取ると柔術の技で絡み合う、ヌードの女体二つの写真もいっぱい見れて、二度お得なんですよ!

最後にこの漫画「東京ゾンビ」

何と浅野忠信哀川翔を主演にして、去年実写で映画化されちゃいましたね!
そのひどいキャスティングには呆れたものでしたが、こんな人気者を使って宣伝する事によって、まだまだマイナー漫画である花くま作品が一般で知名度を上げる事になるかもしれませんので、喜ぶべき事なのでしょうか。
それに、どうせ漫画と映画は別物なんだから、全く原作のイメージと違う作品になった方がいいのかもしれません。

聞けば花くま先生が映画の柔術指導に係わっていて、しかも最強(いや、ミツオがいるから二番目か)のゾンビ・サンダ五利役で出てるのだとか。
あとは楳図かずお先生もキャストにクレジットされてるんですよね。

うーん、観てみたいです、そこのシーンだけ(笑)。
いや、冗談です。
愛する花くま漫画がくだらない俗映画になってたら耐えられませんが、次回はレンタルしてちゃんと観てみますよ!


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  1. 2006/11/30(木) 00:05:41|
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トキワ荘(6) 赤塚不二夫 2 滝沢解 1 「狂犬トロッキー」

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赤塚不二夫先生が、滝沢解先生の原作を貰って漫画化した「狂犬トロッキー」

まずこの原作者の滝沢解先生に触れておきましょうか。
1933年に東京都で生まれ、2003年に惜しくもこの世から去ってしまったのですが、この方も凄い。

ふくしま政美先生が劇画化した「聖徳太子」「女犯坊」等でもコアなファンが多いですし、かわぐちかいじ先生や池上遼一先生、ながやす巧先生らと言った劇画の名人達と組んで、70年代劇画シーンを支えたと言われてます。
扱うジャンルは幅広いのですが、内容が滅茶苦茶なのも多く、しかもそれを芸にまでしてるのです。
滝沢解先生の場合は、先を考えて書かずに行き当たりばったりな方がいい作品になるのだから面白い。

さて「狂犬トロッキー」。単行本は全1巻(曙出版刊)。
タイトルにもなっている主人公のトロッキーは犬です。
トロッキー…その名はもちろん歴史上の人物で、戦前のロシア共産党・スターリンの最大のライバルの名前ですね。
後にスターリンの部下に暗殺されたとされるトロッキーの方が、この漫画の主人公の名に使われているのです。

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この物語は、拾われた犬のトロッキーが、大学教授である飼い主の一家から毎日酷い虐待を受けている描写から始まります。
息子はトロッキーをボール代わりにしてサッカーをしたり、棒に縛り付けて叩いたり他の犬に噛ませたり…
もちろん教授自身も妻もトロッキーを虐めるのですが、ある雷の日に、屋根のアンテナに括り付けられていた所で落雷を受け、その落雷の衝撃からか突然変異が起こりました。

教授の本を全部読んだ上で口が聞けるようになり、教授を倒して家の主人になりました。
教授はただ本を読んでそれを受け売りしてるだけであって学説も思想も無いのに対して、トロッキーは犬ながらにして本を超え、思想を持ったのです!

それから家を解放区として人間の家族を追い出し、近所の犬達を集めて人間社会に反逆するのですね。
その中の同志にスターリンレーニンマルクスという、頭のいい犬仲間がいます(笑)
彼らはクーデターを起こして陸上自衛隊総監を監禁し、他の自衛隊員にも決起をうながす。
…はい、つまりこれは完全に三島由紀夫事件をなぞってるわけですね。
やはり三島と同じようにこのクーデターは失敗し、犬達は捕らえられて仲間ともバラバラになって野犬収容所に収監されました。

ここでは残酷にも犬達が順番に斧で首を切られ、牛のひき肉として売られてますよ!
立ち上がったトロッキーは他の犬達にも決起を呼びかけ、逆に人間をひき肉にして売ってしまいました。
そこから逃げたトロッキーは任侠の犬達(ヤクザ達)に命を狙われる事になり、危ない所を助けてくれた猫ヤクザの女組長・純子と愛が生まれ、『おれはいまからねこになる!!』と宣言し、結婚します。

しかし猫達の激しいシゴキに耐えられず離婚を決意したばかりに、これから純子に命を狙われる事になるのです。
今度はあの最初の飼い主である大学教授が助けてくれたかと思いきや、狂犬病の注射を打たれて言葉を忘れ、拾われた野良犬だった時の状態に戻って、最初以上に虐めぬかれます。

今度はまた純子が自身の手でトロッキーを殺すために教授の手からは救いますが…
って、反復しすぎですね。
逃げたトロッキーは人間達にも狙われ、疲れと絶望から自殺しかけてる所で、自衛隊襲撃以来の同志レーニンと再会。
いろいろ薬を注射されたトロッキーは、今度は凶暴な野犬達のリーダーとなり、人間を襲うのです。

続けて再会したかつての同志はスターリン。
彼は純子の新しい夫となり、しかもトロッキーがまとめてる以外の野犬をほぼまとめているボスになっていて、つまり対抗勢力の最大の敵として現れたのです。
執拗にトロッキーの命を狙い、復讐しようとする女・純子の顔が怖い…

物語はトロッキー軍団VSスターリン軍団の戦いも激しくなってきた所で、トロッキーの
『ちくしょうスターリンめ やるぞオレは最後まで戦ってやる!!』
というセリフを最後に幕を閉じます。
ノンストップに激しく展開してきたこの話の、結論は出ない。

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原作の滝沢解先生が滅茶苦茶な話を作ってきた事は先にも触れましたが、考えてみたら赤塚不二夫先生も漫画界の革命児。
なんだか文句の付け様が無いくらいのテンションと終わり方です。

赤塚先生は権力にいつも反対して、昔は左翼の側…でした。
『思想は難しい意し漫画にしちゃうのもよくない。だけど漫画の使命の一つには風刺がある。風刺が無い、どうでもいいような漫画って今すごく多いけど、そういうのは俺は好きじゃない。やっぱり何か言わなきゃ』
というような事を語ってた人ですし、その赤塚先生がいい時期に描いてた漫画に、滝沢先生は1968年の東大安田講堂事件やら当時の全共闘とかそういった叫んでる人達の事なんかを詰め込んでます。
これは面白くて当然ですよ。
登場キャラを虐げられる犬にしたり、インテリの教授を茶化したりしてる様も見事。

まぁ、細かい事はいいから読んでみて欲しい、そんな作品です。


  1. 2006/11/28(火) 19:57:16|
  2. トキワ荘
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SF漫画 (4) 松本零士 1 「3000年の春」

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松本零士先生。
ことSF漫画に限れば、一番の大御所と言っていいかもしれません。

1938年1月25日生まれと、石森章太郎先生と全く同じ生年月日を持つ松本先生は、もちろん「男おいどん」大山昇太と同じ福岡県出身です。

1953年に「蜜蜂の冒険」で高校生ながら漫画家デビューして、1957年に上京。宇宙が大好きな松本零士先生も、漫画家としての歴史は少女漫画家から始まりました。しかも1965年まで、松本あきらというペンネームを使っていたのでしたね。
そのうちに愛するSF漫画を描き始めましたが、当時はSFなんて人気が無くて編集者は描かせたがらないし、描けば不人気で打ち切り…
そんな状況の中、1971年から週刊少年マガジンで連載を開始した貧乏漫画の金字塔「男おいどん」です。
これが大人気を博して名前が売れてから、「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」「宇宙海賊キャプテンハーロック」「クイーン・エメラルダス」「惑星ロボ ダンガードA」・・・まだまだ数多くのSF漫画を発表し、ヒットさせるようになります。
次々アニメ化もされて、1977年から"松本零士ブーム"と呼ばれる現象も起きました。

私としては松本零士作品は、やっぱり四畳半の貧乏漫画が好きなんですけどね。
先に名前を挙げた名作「男おいどん」の他には、もっと大人向けな「元祖大四畳半大物語」がいいですし、得意のSFを四畳半と絡めた「ワダチ」、もちろん「聖凡人伝」「大純情くん」も大好きです。

松本作品にいつも登場する美人というのは、「銀河鉄道999」の"メーテル風"といえば一番通りがいいでしょうか、あのまつ毛が長くてスタイルのいい女性ですが、SF漫画でも貧乏漫画でも、青年誌で発表した漫画や高い読者層を狙った作品ではたいてい妖しいお色気シーンもあります。
私は当然そちらの方がお薦めで、「宇宙戦艦ヤマト」より「セクサロイド」「ミスティー・イブ」「男おいどん」より「元祖大四畳半大物語」といった感じですが、それは読者の年齢や好みもあるでしょう。


他にも戦記漫画、冒険漫画なんかも多く描いてますが、今回のお薦めは短い作品から選んで…
不条理漫画とも言えるSF世界の短編集「3000年の春」(日本文芸社刊)です。

全1巻に9編の短編が収録されているのですが、いつもの松本漫画のように男女の姿は、"鉄郎風"な短足・ガニマタ・ブサイク・チビの男と、"メーテル風"美人の女(この原型は松本零士先生にとって一番の思い出の映画「わが青春のマリアンヌ」より)。
それがどの話も、基本的にそのモテない男が美人相手に欲望の限りを尽くすような話で、つまり恐らくは作者の性的な願望を最もストレートに描いている作品ばかりなのだから、これは面白い。

1話目の表題作「3000年の春」では、パラレルワールドで重なって地球に来てしまったリカちゃん人形サイズの小さい美人にまでエッチな事をしてもらいますし、「ギャラクサークィーン」では、さえない美大生が地球を支配する事になる異星の女王と結婚して世界の王となる事を匂わせる。
「幽霊聖女」では、未来の美人が一生尽くしてくれるし、「ブラックホール帝国」でも異星の美人がブ男を地球最大の大富豪にしてくれて一生尽くす…

こんな具合に、勝手な妄想が炸裂しまくってます(笑)
もちろん、それは男性なら誰でも想像して嬉しい空想世界であり、娯楽作品として楽しめるわけです。
松本零士作品はどの作品も若干の設定変更だけで似たり寄ったりであるという欠点はありますが、逆に言えばこの世界が好きな人にとってはどれも外れが無いのです。

ちなみに松本零士夫人は、「恋人岬」梶原一騎先生とも組んでいる(これでポイントアップしますよね)、漫画家の牧美也子先生ですよ。

それでは、セリフのカッコよさが光る松本零士作品から、「ワダチ」の言葉で今夜の〆にしましょう。
おやすみなさい。


殺されても死なん やるだけのことをやるまでぜったい死なん
見ちょれ おいどんなにをしてでも 人を食ってでもかならず 生きのびてみせるけん
けっしてのたれ死にはせんけんね!!



  1. 2006/11/26(日) 06:59:06|
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ホラー漫画(5) 川口まどか 1 「死と彼女とぼく」

今回は1960年生れの大阪府出身、川口まどか先生の名作「死と彼女とぼく」

私は小学生時代に妹が持っていた少女向けホラー雑誌、サスペンス&ホラーに載ってたのを読んで独特の雰囲気を気に入っていたのですが、作品のスタートはその前の1988年から少女フレンド増刊にて。
実際、絵は完全に少女漫画なのですが、後世に残る名作が生まれにくい少女漫画界において、こういう作品の誕生は嬉しいものです。
この「死と彼女とぼく」は、読切の連作形態で描かれているのですがオリジナルの単行本が講談社ほらーKC(講談社刊)で全10巻の長編です。
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お話は…
死者が見える時野ゆかりと、死者の声(動植物の声も)が聞こえる松実優作の、恋愛+ホラー漫画とでも言えばいいでしょうか。
もちろんタイトルになってる彼女=ゆかり、ぼく=優作です。

二人とも、この能力は決して望んで得た物ではありません。むしろそのせいで苦しみ通しです。
川口まどか先生が描く死者達の造形も凄くて、単純に視覚だけでも楽しめます。
殺人者や自殺者等の負の感情を持ってる死者は怖いのですが、可愛い死者なんかも登場しますからね。
死者の登場の仕方も、いきなりスッと出てくる時など『上手い!』と唸ります。

少女読者を考えて恋愛を絡めたのでしょうか。
それがまさに成功していて、この二人の恋にはポーッとしてしまいます。
明らかに会う以前、子供時代から結ばれてた二人ですから。
ストーリーの中で、二人は大学生までになるのですが、死者が見え始めた幼少期から中学、高校時代とすぐに回想話になりますね。

あと、直接的な描写は無いけれども、けっこうエロいラブストーリーにもなっていて良いです。それに切ない話も多くて、泣けてしまうのですよ。
絵だけチラッと見られたら少女漫画なものですから、私のような漢(おとこ)が少女漫画で泣いてると思われたらどうしよう…そんな心配までしてしまいます(笑)

数年前に、"意外なラスト"が話題になったM・ナイト・シャマラン監督の映画「シックス・センス」ってありましたね。
あれと全く同じネタの話もありましたので、『皆ビックリしてるけど、これは「死と彼女とぼく」でもあったぞ!』なんて映画館で言っちゃいそうになりました。
もちろん「シックス・センス」は"意外なラスト"ネタだけではない名作だし、そもそもそれ以前に「恐怖の足跡」だの「ゾンゲリア」だのといった作品で、同系のラストは使われていますが。

細かくこのシーンが云々という話はしませんが、ただパッと見た時の少女漫画的な絵柄で引かないで、男性も読んで欲しい名作なのです。
全10巻と一応は完結しているこの作品は、実は現在も続編の「死と彼女とぼく ゆかり」というタイトルで絵に美しさを増して続けてます。


今後 ここには近づかないほうがいいぜ
死者の恐怖を感じとれない ドンカンなヤツは
呪い殺されても当然と ぼくは思っているからな



  1. 2006/11/24(金) 19:44:57|
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日野日出志先生のサイン会

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先週末の11月18日(土)は、銀座へ行って参りました。
あんなハイソな街に、私のような貧乏人が!?


その目的とは一体!?


それは、何故か銀座にありながら中央線沿線で人気があるような、つまりサブカルチャー好きには絶大な支持を受けているのに、一般の売れ線にはまるで乗らない絵師達を盛り立てている画廊・銀座スパンアートギャラリーへ行くためでした。
このギャラリーの奥の部屋には、丸尾末広佐伯俊男西岡兄妹宇野亜喜良トレバー・ブラウンといった、当然私も大好きな先生方の作品の原画やサイン本も売っていますよ!


今回は、画集としては初めてになる作品集「THE ART OF HIDESHI HINO」を出版した日野日出志先生の個展です。
(2006年11月13日~11月25日までの開催です)
その本に収録されている一枚絵と漫画の原画を展示していて、さらに18日限定で日野先生本人が登場し、サイン会を開いたのですよ!


日野日出志先生本人と対面できるサイン会です。
私は前夜に友達と集まって潰れるまで酒を呑んだために…
有楽町駅の便所で吐き、二日酔いで寝起き顔、頭もボーっとして回らないのが無念(バカ)でしたが、とにかく友人と二人で行きました。


原画を生で観れば、当然コピーされた本よりその色使いの素晴らしさ、グロや恐怖を芸術にまで引き上げたその力量が良く伝わります。
あとは、狂気の初期作品の原稿もいつか見せて貰いたいものですね。


あの作風ですから、本人を全く知らなければ、どんなキチ○イが出てきて包丁振り回してるのか…と心配になる所しょうが、幸い何度も雑誌のインタビュー等で御本人を拝見してるために、普通以上に常識人の人格者である事は知ってました。
雑誌で見たそのままの、武士のようなお方でしたよ。
実際居合いをやってるのですが、武道を始めたら精神が健康になってしまったのか、作品の狂い度はだんだん薄くなったのですが。


しかし子供の頃から、いや子供の頃は怖すぎてまともには読めなかったけど、思春期に『凄い凄い』と叫びながら読んでた恐怖漫画の作者・日野日出志先生に会えたわけですよ。


"当ギャラリーにて本をお買い上げの方に限り、お持ち込みの本にもサインいたします。"


というチラシの文句も見ていたので、私の蔵書の中からも「蔵六の奇病」を持って行き、買った「THE ART OF HIDESHI HINO」と両方にサインしてもらいました。


ただ、一緒にカメラのフレームに収まってもらった写真は完全にピンボケ。
ちょっと前に楳図かずお先生と偶然お会いした時と同じですよ!!
私がホラー漫画家と相対すると何か変な磁場でも発生するのでしょうか?
・・・私が今時フィルムの一眼レフカメラなんか持ち歩いてるから、人に撮ってもらうのが難しいだけですよね。
このサイズまで小さくすれば何とか見れるから、今回はそのピンボケ写真を画像に使わせてもらいました。
私の方が大きく写ってるのは申し訳ないのですが、位置の関係で仕方なかったのです。


その後はそのまま沼袋へ行き、友人のヴァイキングがやってる素晴らしいヴァイキングメタル(フォークメタル?)バンドBELLFASTのライヴを観てきました。
凄かった・・・
二日酔いも治ってきてたし、日野先生に会えた感動を胸に、私もヴァイキングの一人となって楽しんだ夜でした。

  1. 2006/11/22(水) 20:17:32|
  2. 古本 番外編
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劇画(17) 宮谷一彦 1 「青春相続人」


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宮谷一彦先生を紹介しましょう。
"劇画"のカテゴリーでこれだけ紹介してたのに、『今更やっとか!?』って感じですね。

今回は宮谷作品の内容については語る気(と時間)が無いのですが、もっと多くの方に読んでもらいたい漫画家です。
ここで名前を出し、少しは宣伝になればいいですね。
なにしろ作品が手に入りにくく、ほとんど再発もされる事が無いのですよ。
だから『読んでみて欲しい、読んだらその凄さが分かる』と、そう言いたいのですがなかなか読めないかもしれません。
今は古本屋で高い値段の付いた本を買うしか、読む手段はないですからね。

宮谷一彦先生は1944年の大阪府生まれで、1966年に上京して永島慎二先生のアシスタントを経験してます。
永島先生は宮谷先生について、『背がスラリと高く、まぁいい顔していた』と容姿について語り、さらに宮谷先生が劇画の世界でも異例の新人として売れてきた時、『正直、感心したので、何度か会って、何度か殺意をいだいて。』とまで言ってますよ。

漫画家デビューはCOMにて、1967年の「ねむりにつくとき」です。
その後「太陽への狙撃」「性蝕記」といった代表作を描き、1970年代には一部の若者から絶大な人気があったのです。

それなのに本が再発されていないと既に書きましたが、1976年にヤングコミックで連載した「肉弾時代」
これだけはクイック・ジャパン(太田出版刊)で特集され、1998年に再発もされています。
肉弾三部作の二作目である「肉弾人生」も併録してますし、これは古本屋で見つけやすいでしょう。

絵柄は、緻密で描き込みの多い"劇画"なのですが、とにかく画力が凄いです!
背景やその他細部にまでこだわった絵は、劇画の基準を変えたとまで言われています。
さらに、読んでみればいかに大友克洋先生に影響を与えているかがよく分かるのです。
スクリーントーンを加工するテクニックを確立した事でも知られてます。

あとは、はっぴいえんど「風街ろまん」でジャケ画を描いているので、お洒落系の人達でも絵は見てる方が多いはずですよ。
実際汗臭いイメージのある劇画ではありますが、扱う題材や先鋭的なこの作風は本当に洒落てますね~。
この難解さもフランス映画のようというか、味であり、やはり洒落てると感じるのです。
三島由紀夫大江健三郎五木寛之といった文学から、ローリング・ストーンズジョン・コルトレーンのような音楽ジャンルまで様々な表現で取り入れられてますよ。

とにかくマニア受け扱いだけでは勿体無い作品ばかり発表しているので、もっと再評価されて出版もされて欲しいのです。
フランスでも過去の作品が出版される話があるようですし。
まだ存命の宮谷一彦先生ですが、何しろここ20年くらいほとんど新作を描いてないのがよくないのですかね。

今回画像に使った「青春相続人」(青林堂刊)は、表題作以外は1970年から1971年にかけてCOMとプレイコックで描かれた短編を集めた作品集で、これが傑作揃いでお薦めですよ。
(でも時間が無いので、今回は作品解説をパスします。)

まだまだ私も読めていない宮谷一彦作品は多数存在するのですが、私の小さい人生のうち、かなりの力を注いで追いかけてる梶原一騎原作の作品「レーサーの喪章は赤い薔薇」「プロレス地獄変」も、共に未読なのです。
だからこそ何度も言うようですが、もっと大きな再評価と再発の波が欲しいのです!

陰毛を描いたり(「性蝕記」)、肛門オナニーを描いたのも(「穴好子の子息」)、宮谷先生が日本の漫画で初めてです。(苦笑)
他にも「太陽への狙撃」連載中に逃亡しただとか、無免許運転で事故を起こしただとか、右翼の大物の娘と結婚して夫婦でセルフヌード(しかも妊婦ヌード!)を発表したとか…
そういう奇行や変な話も付いて回る人だし、若者も面白がるのではないですかね~。

はい、それでは今夜はここまでです。おやすみなさい。


  1. 2006/11/20(月) 23:55:03|
  2. 劇画
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永井豪(5) 追悼・石川賢先生

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今夜は残念な訃報からお伝えします。

数日前の11月15日。
石川賢先生が、58歳にして急性心不全でお亡くなりになりました。

1948年に栃木県で生まれた石川賢先生は、1969年に永井豪先生のダイナミックプロに参加して以来、永井先生からは最大の信頼を得て、最盛期の名作に力を貸してきました。
そして後に石川賢先生自身の名義でもデビューして、マニア受けする作品を上梓し続けてましたね。

永井豪先生の戦友として描いてたアシスタント時代には、初期傑作「ハレンチ学園」から参加していまして、これまた名作の「ガクエン退屈男」では、かなり重要な部分まで引き受けていたようです。
その証拠に、石川賢先生がダイナミックプロを一時退社して日本一周旅行に出たため、まだ話の途中だった「ガクエン退屈男」連載は終了したのですから。

単純な絵の"上手さ"では永井豪先生より上を行く(もっとも永井先生は絵の上手さより、味で勝負してる方ですが)石川賢先生は、ダイナミックプロに入社した1969年のうちに、早くも永井先生との共作「学園番外地」でデビューします(この時は本名の石川賢一名義)。
もちろんまだアシスタント活動と並行してましたが、1970年には単独名義のデビュー作「それいけ!コンバット隊」を発表します。

それから一時ダイナミックプロから独立して自身の作品発表を続けましたが、またダイナミックプロに復帰。
やはり古巣が居心地良かったのでしょうか、以後の石川先生はずっとダイナミックプロで作品を発表する事になりますよ。

他漫画のリメイクや、映像作品や小説のコミカライズ、原作付きの漫画が得意なのですが、オリジナル作品にも凄い物がありますので、代表作については後で触れます。

さて石川賢先生の作家性とは。
ダイナミックなセックス&バイオレンスが前面に出ていて、絵も似てる事からどうしても永井豪先生の類似品扱いされる事が多いと思います。
永井豪名義の作品にも描いてるわけですししね。でも当然ながら違うのです。

作品ジャンルはロボットや宇宙が主題のSF漫画や、仁侠漫画、時代劇も多いのですが(映画そのままのパクリも多数…)、それらに哲学的な主題をくっ付けてます。それでいて読みやすくてポップ。
もちろん私が求めているのはポップさなどではないのですが、彼が描くグロテスクな異形のモノが大好きです。
その極みがドグラでしょうか。
ドグラ・・異空間からどこにでも出てくる怪物で、形は無いといえば無い、石川賢作品において恐怖のモチーフとし何度も使われている奴ですよ。

山田風太郎の小説を原作に使った作品も、原作の良さも手伝っていい出来でした。
H.R.ギーガーにも似た不安な絵が出てくると興奮しました。

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私は永井豪先生の「デビルマン」の影響を受けて描かれたという「魔獣戦線」から、石川賢作品を読み始めた覚えがありますが、いきなりこれが傑作でした。
絵柄はまだ永井先生とほとんど同じ時期、1975年から少年アクション(双葉社刊)において連載された作品で、生物科学者の父・来留間博士に実験されて、あらゆる生物と合体できる"魔獣"に改造された慎一が怒りの復讐劇を繰り広げる話です。

『ここで 生き残れたならば かならずや!! きさまたちを 八つ裂きにしてやる!!』

実は来留間博士と13人の科学者たちは、現代のイエスの使徒。
神に戦いを挑む慎一なのですが、現代の聖母マリアである真理阿と合体するため、その死骸を喰うのですよ。
その描写は当時衝撃的でした。

『お前は俺の全てだ! 俺のお袋であり!俺の体であり!俺の血、目、鼻、耳だ!』

野獣や機械と混じり、溶け合ったグロテスクな姿も魅力でしたね。

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他に「伊賀淫花忍法帳」「桃太郎地獄変」「魔空八犬伝」「ゲッターロボ號」「ドグラ戦記」「次元生物奇ドグラ」「聖魔伝」「魔界転生」…ここらへんはどれもお薦めです。

時間が無い中で、あまり丁寧に追ったり作品を読み返したりしてられませんでしたが、石川賢先生の訃報を聞いて急いで今回の文を書きました。
もう新作を読めないのは残念ですが、ダイナミックプロを大きくした立役者でもある石川賢先生の功績と、独自の名作に関しても、ずっと忘れません。
サヨウナラ・・・


  1. 2006/11/18(土) 00:07:00|
  2. 永井豪
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月刊漫画ガロ(22) 大越孝太郎 1

GARO2001-12.jpg

今回は大越孝太郎先生の紹介です。
知っている方はどのくらいいますかね…1967年生まれで神奈川出身、そして漫画家としてはガロ出身の、猟奇系漫画家です。

この二つ、"ガロ出身"と"猟奇系"なんて言葉を使ったら、すぐに丸尾末広先生と花輪和一先生の名前が浮かんでくるでしょうが、やはり大越先生の作風にも二人の影響は大きいと考えていいでしょう。
いかにもな探偵物やサービス精神旺盛なホラー物など、ことエンターテイメント性では上記の二人以上で、絵柄も奇麗ですっきりしてますよ。ストーリーだけを見たら、江戸川乱歩横溝正史夢野久作等の影響の方が強いのですが。
大越先生本人様の、『最も影響を受けたのはエロ劇画家の西江ひろあき氏』という発言を伝えておきますが…ごめんなさい、私は勉強不足でその方を知りません。

デビューは1986年でして、意外と漫画家歴も長いのですが、まだ出版した単行本は四冊のみです。
休筆してた時期もあり、そもそも寡作だったりするのですが、もう一つの原因は初期二・三年分の作品は全部捨ててしまい、本人が単行本に収録する気も無いからだそうです。
実はデビューした当初は大友克洋先生そっくりな作風でして、"猟奇"に開眼した今の大越先生としてはその時の作品を読者の目に触れさせたくないようですが…それでも、ファンならガロのバックナンバーで持っておきましょうね。
そもそもガロへ投稿したのも高校の美術教師が薦めたからだそうで、元々はガロに興味も無かったそうですが、あの素晴らしきガロと出会って作風が変わったのは嬉しい事でしょう。

単行本はどれもお薦めできるのですが、おどろおどろしさが前面に出ている処女作品「月喰ウ蟲」(青林堂刊)はもちろん猟奇趣味の貴方に。
続いて出た「フィギッシュ」(青林工藝舎刊)は、ギャグと猟奇の融合した不思議な作品もあるし、ポップな絵柄のストーリー物なんかを読んで、大越先生はいつでもメジャーに行けるなと思いました。
三冊目は男女のシャム双生児を描いた「天国に結ぶ戀 <一>」(青林堂刊)で、これもドキドキモノの傑作なのですが、 第1部が完結した所で止まっています。早く第2部、二巻が出ませんかね。
で、今の所最新なのが短編集「不思議庭園の魔物」(河出書房新社刊)で、漫画家としての実力は格段にアップし、ポップさも増して読みやすくなったこれも私は愛してやみませんよ。収録されてる作品の種類からして、怪談が大好きな個人的趣向を刺激されてもいます。

ガロ系漫画家にしては、読者を選ばず作品世界に入りやすいし、それでいてちゃんとガロ作品だなって思うので、どれでもいいから読んでみてください。
貴方もすぐに大越孝太郎先生の魅力にはまる事でしょう。



  1. 2006/11/16(木) 00:36:40|
  2. 月刊漫画ガロ
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SF漫画 (3) ジョージ秋山 1 「ザ・ムーン」

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読者にトラウマを与える"トラウマ漫画"を描き続けた事では日本一の漫画家・・・といえば、もちろんジョージ秋山先生。
今回はそのジョージ秋山先生の暗い終末SF漫画「ザ・ムーン」でいきましょう。

ジョージ秋山先生は1943年生まれの栃木県出身。
早くから貸し本界では作品を発表していましたが、メジャーデビューは1966年の別冊少年マガジンにて発表した「ガイコツくん」になります。

初期はギャグ漫画を描いていたのですが、ギャグ漫画では多少笑えても私の趣向では名作扱いしにくい。
しかし1970年の「アシュラ」
飢餓中の人肉食い描写、さらには実の母親に食われそうになり、『うまれてこなければよかったギャア』と叫ぶ主人公が、暖かい家庭を見ると皆殺しするこの漫画は、当時有害図書指定されてバッシングを受けたのですが、誰もが人間の善悪について考える事になる傑作です。

他にも問題意識の高い所で共通している代表作としては、「デロリンマン」「銭ゲバ」「日本列島蝦蟇蛙」・・・
どれも悲惨な話ですがじっくり読んでもらいたいし、私は大好きなので紹介もしたいのですが、 とにかく今回は「ザ・ムーン」

1972年より少年サンデーで連載された作品ですが、これが何と巨大ロボットものなんですよ。
やはりあのジョージ秋山先生の絵柄で巨大ロボは違和感があるし、デザインもダサい。
いや、まぁ当然巨大ロボは出るけど戦闘モノでは無く、やはり人間の性を問う作品であり、全然子供向けではないです!

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どんな話かと言うと、
『神は死んだ!!この世の悪を見よ!!悪がはびこり悪の天下だ!!神が死んだ証拠だ!!神は死んだのだ!!』
そう叫ぶ、魔魔男爵なる大金持ちが出てきて、この頭が異常に伸びてる男が2兆5000億円かけて作ったという無敵ロボットがザ・ムーンです。
それを魔魔男爵が選んだ純粋な9人の子供達(といっても全員同じ町に住む、近所のガキ共)に預けるのです。
このザ・ムーンは9人の脳波が一致したときだけしか作動しないという、わざわざピンチを作る為の意味の無い足かせ設定がありますね。

9人の子供達の名前はサンスウ、カテイカ、シャカイ、ズコウ、タイソウ、オンガク、リカ兄弟、ヨウチエンです。
それぞれが学校の教科の名前で…って、あれ?
ヨウチエンだけ違いますね。

『神は死んだ!!』と魔魔男爵は言いますが、力こそ正義であり神なのだと信じてます。
そしてザ・ムーンの力は9人が望めば神にもなれるのです。また悪魔にも。

あと、注目すべきキャラがいます。
その名も糞虫。・・・!!
子供達を危険から守るように命令され、実際いつもピンチになると出てきてくれるのですが、いつも土下座の姿勢を取ってるのに、多分人間(なのか!?)では作品中一番強い。
ピルルルルルル……と言いながら飛びます。

こんなに強い糞虫なのに、魔魔男爵の問答など、こうですよ。
『おまえは人間ですか?』
『いいえ 違います』
『サルですか!!』
『いいえ 違います』
『それではなんです?!』
『はーっ 糞でございます。この世でいちばんきたないもの それは わたくしめでございます!!』
ピルルルルルル……

糞虫…。
…とにかくサンスウをリーダーとした9人の子供達は、プレゼントされた大いなる力、ザ・ ムーンを使って怪事件に立ち向かうのです。

第1話から、"正義"の名の下に善行を行う正しい人達の集団・連合正義軍がエスカレートして水爆を使おうとするのを阻止する話なのですが、この「善と悪とは!?」を問うエピソードは、作品「ザ・ムーン」全体のテーマとして重要でしょう。
核爆弾で国を統治しという狂信集団が、"正義"のつもりで力を持つと怖いのです。
彼らは全員同じ仮面(オロカメン)を被っているのですが、見開きの2ページでバイクにまたがったオロカメンがいっぱいだったり、意味は無いけどインパクト重視のシーンなんかも必見です。

社会から見捨てられた老人問題に絡めて敵の巨大ロボットが出てくる話では、9人が全員で般若真経を唱えて精神を集中させたらザ・ムーンが空を飛ばしますよ!
ヨウチエン(幼稚園児)も般若真経って…。
いや、皆が揃って『摩訶!』と唱えだすのは、ザ・ムーンを動かす時の人差し指を伸ばした決めポーズと同じくカッコいいのですが、よりシュールでいいですね。

それにザ・ムーンのボディーにデザインされた三日月と、本物の満月をシンクロさせると最強の超音波が出るという、子供向けの(?)必殺技までありますよ。
前編通して一度しか出ませんが。

最終話にいきましょう。
宇宙の星からやってきた、ケンネル星人が最後の敵になります。
このケンネル星人、見た目は犬なんです!
貿易目的で地球人と関わろうとしてきた友好的な宇宙人なのに、犬の姿であるために、高度な知能を持っていながら地球人には内心バカにされ、見世物扱いされて仲間を殺されてしまいます。

怒った総指揮官のセント・バーナー提督は(ここ、名前で笑う所ですよ!)、地球に報復するため、カビ発生装置を仕掛けて汚染させ、壊滅させる…
当然サンスウ達9人は、ザ・ムーンを使ってその機械を壊そうとします。
だがしかし!
9人の体も既にカビ汚染されていました。確実な死の前にサンスウとカテイカは結婚を誓い合い、仲間達も祝福してくれるのですが、これがまた悲しい。
そう、ジョージ秋山先生は漫画だからって無理にハッピーエンドにしてくれる方ではありませんでした。

『あとすこし… あとすこしなのに!』という叫びも空しく、子供達は次々と死んで行き、最後にサンスウも力尽きて…
当然9人の脳波が必要なザ・ムーンはもう動かず、大量の涙を流しながら『ムーン ムーン ムーン・・・』と鳴く。

THE END
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こういう暗いラストはどうでしょう。
私は後味の悪いラストって大好きだし、だからこそここで紹介したのですが、当時少年サンデーを読んでた小学生達は…ねぇ。
主人公達は敵、それも地球人にとって敵にはなっものの"悪"ではありませんが、彼らを倒す事もなく、地球も全滅する話を読んでどう思ったでしょうか。
やはり"トラウマ漫画"として心に刻まれたのではないでしょうか。
そしてバッドエンドならではの良さとかパワーも覚え、精神的な高みに上る第一歩になったかもしれません。

単行本は、サンコミックス(朝日ソノラマ刊)だと全6巻。
小学館から文庫化(全4巻)もされているので、ジョージ秋山作品の中では比較的容易に読める方でしょう。
是非読んでみてくださいね。

「ザ・ムーン」以降は休筆やらいろいろありながらも、現在もジョージ秋山先生は第一線で活躍していますね。
内容はより哲学的になり、「博愛の人」「捨てがたき人々」のような傑作も生まれてますし、もっと近年には漫画より怖い国・中国を痛快に批判する作品を描く等、国際問題にまで手を伸ばしてます。

漫画家歴も長く、名作の多いジョージ秋山先生の作品紹介は、当然またやります。
今夜はさようなら。
ザ・ムーン!!


  1. 2006/11/14(火) 00:00:03|
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SF漫画 (2) 萩尾望都 2 「百億の昼と千億の夜」 2

senokunoyoru.jpg

こんばんは。
絵・萩尾望都、原作・広瀬龍による作品「百億の昼と千億の夜」紹介の二回目です。

前回書いてて、すぐに失敗に気付いた所があるのですが、このような内容の濃い小説をせっかく分かりやすく漫画にした作品を、さらに省略してこんな文章で紹介するなんてナンセンス!…という事です。
まぁ乗りかかった船ですので続けて完結の二巻に行きますが、今回は流し読みして萩尾望都先生の名前だけ覚えておいてくれればいいと思います。

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舞台は西暦2900年以降。
シッタータが海底での魚としての生活から目覚め、姿を変えて戦士として未来の"トーキョー・シティ"に出てきます。
前回旅に出たシッタータは、長い長い休息期間を過ごしていたのです。
その時トーキョー・シティはほぼ滅亡した後で、しぶとく生き残ったわずかな人間達に出会いました。
その中にプラトン(オリオナエ)もいます。

何百年も待っていた"シ"の使いであり、つまり悪であるナザレのイエスが現れてシッタータとプラトンを襲いますが、阿修羅王も登場してイエスと闘いを始めます。
この勝負は背後に大きな力を持つイエスが勝ったかに見えましたが、阿修羅達はイエスが去ってから平気で出てきました。
阿修羅王、シッタータ、プラトン…この三人が"シ"に対抗する存在として戦うのですね。目覚めた何人で逆に"シ"を追うのです。

彼らは弥勒伝説の未来を信じません。
プラトン=オリオナエ(まぎらわしい)は、
『神と信じ あがめていたものが われわれに与えた裁きを忘れないぞ!
神!ごう慢でわがままで いけにえを求めわれらを裁く神!従属を強いる神!
わたしは神を憎む!』

と、激しく怒ってますね。

-----
イエスを追った三人は、"ゼン・ゼン・シティー"というコンピューターが管理する国へたどり着きます。
この国は面白いですよ。市の名前もいいし。
全員がスイミンソウという名のカプセル住居で眠りながら永遠の安らぎを得ているのです。
この中では安全で楽しい夢を見ていられるのですね。
でもそれでは死んでるのと変わらないし、その物音のしない街はまるで共同墓地のようなのです。

このゼン・ゼン・シティーを管理するのは首相ただ一人であり、全個室を管制室で管理してたのですが、シッタータが『おまえも"シ"の一味か!!ナザレのイエスの仲間か!』と叫ぶと、何千年も眠っていた自己が目覚め、自分がイスカリオテのユダであったことを思い出すのです。
今まで"シ"によって操られていたのですが、『ナザレのイエス』という言葉が支配を解くキーワードだったのです。

しかし阿修羅王は一度ここで完全に捕まって絶対絶命になるし、兜卒天と四億年も戦ってる存在にしては弱い…

-----
ゼン・ゼン・シティーの壊滅後はユダも仲間になり、彼に導かれて"トバツ市"に向かいます。
トバツ市は重なり合う天上界の生命発生の原点であり、宇宙に初めて弥勒が姿を現て説教した所です。
ここでトバツ市の帝釈天と阿修羅王が対面するのですが、二人はの問答し、その中で阿修羅王は静かにボロッと右目からだけ涙を流します。
美しい!

さらに四人は、イエスが弥勒像の口から"アスタータ50"へ向かったのを追いかけますが、ここで他の三人を行かせるためにユダが犠牲になりました。

-----
次のアスタータ50(新星雲紀)・・・ここには惑星開発委員会のビルがあり、そこで見つけた光る球体は何かとイエスに問うと、衝撃的な事を言われます。
『弥勒だの ポセイドン神だの 大天使ミカエルだの 本当はいねえんだ』
と。
その光る球体で立体テレビの画像のように、人間が望む神様の姿を各地各時代に送っていたのです!

疑問が解けた阿修羅王は怒り、
『来世!浄土!救い!
そんなものはきやしない
最初から神々は人間など愛してはいなかった』

そう叫び、"シ"の手先であるイエスを説き伏せようとしてる所で、時間を超えた弥勒が出現します。

そして弥勒は阿修羅王に、誰がおまえたちを改造して使命を与えたかかと問われます。
確かに、阿修羅王もシッタータもプラトンも、何者かに命令されて弥勒に対抗していたのです。
しかもみんなの記憶はそこだけ消されている。
その正体は、弥勒に反する悪の神…夜の神です。

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三人は神の世界へと足を踏み入れます。そこは氷の世界であり、マイナス・エネルギーの世界。
シッタータとプラトンの二人は吹っ飛ばされ、かろうじて生き残った阿修羅王は、ついにその夜の神と会話します。
その神の名は転輪王
転輪王に"シ"の正体は彼岸に住む超越者だとか、われわれの存在の意味とは?とかの問答をして分かった事…、それは永遠に続く終点の無い道を、また阿修羅王が歩み続ける事…

-----------
結局何も分からないようなラストなのですが、それぞれ読者によって感じるモノがあると思いますので、実際に読んでみてもらいたい作品です。
この漫画で哲学に目覚めたりするのもいいと思いますが、物語としても面白いですよ。
仏陀(シッタータ)とイエスが戦うなど、ワクワクしますしね。

それでは物語の通り、阿修羅王の悩みと最後のナレーションで締めくくりましょう。


わたしたちはなんなのだ
どうすれば真の道へ行けるのか
この世界の外にさらに大きな世界の変転があり さらにその世界の外に世界が
そしてまたその外にも さらに 永遠の世界がつづくのなら
わたしの戦いは いつ終わるのだ……?

すでに還る道はない
また新たなる
百億と千億の日々が始まるー



  1. 2006/11/12(日) 00:28:10|
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SF漫画 (1) 萩尾望都 1 「百億の昼と千億の夜」 1

hyakuokunohiru.jpg

そろそろ萩尾望都先生に触れておきましょう。

このブログで女性漫画家は、ガロ系を除けば二人目になりますが、今まで萩尾漫画を紹介できるようなカテゴリーを作っていません。
(水野英子先生はトキワ荘でした)

それで、新しSF漫画で作り、萩尾望都先生はここにジャンル分けしましょう。
少女漫画で作っても私が詳しくないし興味も薄く、今後増えていかないでしょうから。
でもSFではない萩尾作品の時は…また考えます。

それでは萩尾望都先生。
1949年の福岡県生まれで、この名前で本名と言いますから、いい名前ですよね。
2歳から絵を書き始めて、小学生で長いストーリー漫画を描いていたという萩尾先生は、1969年になかよし「ルルとミミ」を掲載し、デビューしました。
そして確実に現在の少女漫画の様式を作り上げた重要人物の一人でしょう。
少女漫画に革新をもたらした"24年組"(※)の中でも代表的な先生であり、その中で私が一番好きなのも萩尾先生。

"花の24年組"とも言いますが、昭和24年(1949年)頃に生まれた少女漫画家の集まりです。
少年漫画のトキワ荘に相当する、練馬区大泉のアパート"大泉サロン"を拠点として活躍していた人達を中心に、萩尾先生の他には、「地球へ…」のヒットでも有名な竹宮惠子大島弓子池田理代子山岸凉子樹村みのり…彼女らを指してその名が使われます。

つい30数年ほど前までは女性漫画家なんてほとんどいなかったために、少女向けの漫画も男性漫画家が描いていました。
そこに登場した彼女たちは、女性ならではの感性を取り込みながら新しく美しい少女漫画の様式を作り上げていったのです。

しかも意外な事と言いましょうか、男性漫画家が少女向けに描く時は主人公を少女に設定している物ばかりだったのに、女性漫画家こそが美少年を主人公にしてみたり、恋愛ばかりじゃなくSFを描いたりして、少女読者に受け入れられました。
そして少女漫画が扱う範囲は広がっていき、女性漫画家が少年誌に連載を持つようにもなりましたね。

萩尾望都先生の絵を見れば、登場人物の衣装が物凄く華やかで、歌舞伎者(お洒落)な事に気が付くでしょう。
服装にそこまで気を配れる所も、自分の服装に無頓着で漫画ばかり描いてた男性漫画家には無い長所ですし、いや女性にしてもこの人は特に凄い。
もちろん人物も背景も、とにかく上手いですよ。

漫画の歴史本なんかを読んでると、萩尾先生への賛辞の言葉は何度も読む事があります。
曰く『少女漫画界の手塚治虫』だとか、『萩尾が漫画を文学にした』とか…

代表作は少女漫画史上の最高傑作とも言われる「ポーの一族」
「トーマの心臓」「11人いる!」「スターレッド」あたりも有名ですね。
ただ、現在も活躍していますが作品のレベルダウンが悲しくなってしまうので、読まなくていいでしょう。

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さて、そんな萩尾望都先生の作品の中から今回紹介したいのは、光瀬龍の小説を原作とした「百億の昼と千億の夜」
萩尾先生は他にレイ・ブラッドベリ「ウは宇宙船のウ」や、ジャン・コクトー「恐るべき子どもたち」なんかも漫画化してますが、小説を独自の世界で漫画化するのも上手いのですね。

この「百億の昼と千億の夜」はSF漫画史上に残る傑作でもあり、原作を超えたと評価される事もあります。
私は原作を読んでないので、事の真偽は分かりませんが。
オリジナルの単行本はわずか全2巻(秋田書店刊)ですが、内容ギッシリの名作ですよ。

まずスケールがバカでかいです。
時間は過去から未来。舞台は世界中、そして宇宙。
『人はなぜ生きるのか?』『なぜ世界があるのか?』…そんな事を問う、求道の物語でもあります。
(もちろんこんな問いには答えなど出ないのですが)

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アテネの哲学者プラトンが、滅亡したアトランティスを想ううちに、まだ栄えてた時代のアトランティスの責任者・司政官オリオナエになり、滅亡した経緯を目の当たりにします。
神・ポセイドンはちゃんと実体を持って現れるのですが、その姿は人間100人分くらいの大きさ(適当だけど)でしょうか。
ある時アトランティス全体を覆う大火事が起きて、意にそわない民衆をポセイドンが水の中に沈めて全滅させるのですが、ポセイドンは"シ"の命令を受けてアトランティスをある実験のために使っていたのだと言い、去っていきます。
オリオナエは『なぜ!なぜ!なぜ! 神ならば!なぜわれわれをこんな目にあわせるのだーっ!!』と叫び…
夢から覚めるとまたプラトンに戻ってます。
よく分からないと思いますが、とにかくそんな序章でした。

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場面は変わり、次の主人公はシッタータ
人生の奥義を求めて旅に出たシッタータは、世の残酷な現実を見、悲しみを経験します。
そして宇宙の果て(兜卒天)に住む、宇宙の最高の原理・梵天王(つまりブラフマン)に会いに行き、その兜卒天と四億年の長きに渡って攻撃している阿修羅王にも会いに行きます。

何故か少女のような姿をした阿修羅王。彼と問答になりますが、その中で絶対のモノだった神に対して疑いを持ち、次は阿修羅王と共に弥勒に会いに行く事を決めます。

弥勒は人天を含む全宇宙のきたるべき救い主であり、『五十六億七千万年後には人間界へ現れて人々を救う』といわれている菩薩ですよ!                  
シッタータは神々しい弥勒の姿を前にひれ伏しますが、一緒に来た阿修羅王は大笑い。
それは実は作り物の弥勒像にすぎなかったのです。人の手で、弥勒による救済の約束を忘れないように作られた物なのだと言いますが、阿修羅王の話を聞くと弥勒伝説は眉唾に思えてきました。
そして阿修羅王は戦いに戻り、シッタータは旅を続けるのです。

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また場面は変わり、次の主人公はイエス・キリスト。彼は何と悪役です。
私はこの作品でのイエス象が大好きでして、ずるがしこい小悪党なんですよ。話し方は品が無いし訛ってるし。
田舎者の大工であるナザレのイエスが神の声を聞き、神の子として最後の審判を叫んで後に十字架にかけられ…と、一応聖書でおなじみの話が進むのですが、それは全て偉大なる"シ"の命令を受けた"惑星開発委員会"が描いた計画通りだったのです。
イエスはそれを知っててそうなるように仕向け、イスカリオテのユダだけは計画に気付くものの遅すぎ、奈落の底に引き込まれました…

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この後すぐに一巻は終わりなので、今夜はここまでにしましょう。


  1. 2006/11/11(土) 09:08:33|
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ホラー漫画(4) 古賀新一 1 「ばけもの屋敷」

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今回は古賀新一先生。
やはりホラー漫画界では重要な人物です。

1936年生まれで福岡県出身の古賀先生は、小学四年の頃から江戸川乱歩横溝正史の小説に夢中になり、授業中はノートにオオカミ男やドラキュラなどの落書きばかりしている少年でした。
中卒後に生活費を稼ぎながら漫画は独学で学び、貸本漫画界にデビュー。それから怪奇漫画を発表次々と描いてひばり書房の花形になり、何と一般の漫画界に進出してヒットも飛ばして生き残ったという、カッコいい叩き上げの方なのです。

当時の怪しい貸本稼業のひばり書房はマニアには人気とはいえ、ここからメジャー作家になった例などほとんど無いだけに、これは凄い事ですね。

しかしてその実力は!?
同じひばり書房で思い出される代表的な漫画家で言うと、日野日出志先生よりも森由岐子先生というか、確実にB級でして、でもそのB級漫画のチープの中にしかない魅力満載の作品になっています。

もうどれを読んでも簡単に、安っぽく怪奇や恐怖が向こうから襲ってきます。
貸本出身という事もあって単行本一冊完結の話がほとんどなのですが、そのため激しい起承転結で場面は展開し、大げさに怖がらせようとしてきます。

安易に蛇や蜥蜴のような生物を使って怖がらせようとする、その絵はなかなかグロくていいのですけど、これで怖がるのは小学生くらいだろうという所がほとんどですね。
でもそこがまた魅力で、恐怖漫画に免疫のできた大人には、それが"笑い"となって返ってくる事があるのです。
こういうのを町の本屋で立ち読みしては怖がっていた子供時代が信じられませんが、また大人になっても別の意味で楽しませてくれる古賀新一先生は、やはり偉いのです。

1975年から週刊少年チャンピオンで掲載された代表作の「エコエコアザラク」は、さすがに作品としての完成度が高く、先ほど書いた様なB級感は薄いかもしれません。
しかしこれがまた名作。
主人公の少女・黒井ミサの周りでいつも起こる怪事件を描く作品なのですが、黒魔術好きにはたまらない、いい雰囲気がそこにあります。
後に何度も映像化されたので、漫画好きではない若い子でも知ってる人は多いかもしれませんね。

その有名な「エコエコアザラク」については後回しにして、今夜はまずB級テイスト満載なこの作品、「ばけもの屋敷」(ひばり書房刊)を紹介しましょう。

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交通事故で死んだ婚約者の美佐(おっ、「エコエコアザラク」の主人公と同じ名前)を思って悲しみの中に暮らす達也が、美佐そっくりの女を墓場で見つけるのです。

その女・魔子は、いつも背に醜い赤ん坊を背負い、
『ちいさいころからどういうわけか 美しいものにはまるで興味がなく それどころかけいべつさえ かんじるんです』と言い、体中に蛇、蜘蛛、毛虫といった嫌われ者生物を巻きつけ、しかも!
それぞれに鈴を付けて飼っているのです。

そんな女が『わたしは 寒気をおぼえるほど みにくい男性にすごく 魅力かんじるわ』なんて言ってます。
そのせいで達也は自分の体を火傷させ、硫酸をかけ、どんどん醜く改造していき…
ついに魔子は赤ん坊を置いて二人きりで会ってくれると言います。

そして・・・これからが注目ですよ・・・

手を下から顔に当てて・・・ズズッ スポッ・・・と・・・顔が首から抜けました!!

じつはその美しい顔は人形で、赤ん坊に見えた醜い顔の奴が腹話術で話してたと言うのです!!

もう『それ!いくら何でも気付くだろ!!!』っていう設定を臆面もなく使って発表してる時点でこれは名作(笑)
シュール・リアリズム漫画です。
(「エコエコアザラク」でも似たようなネタを使った、ひどい回がありましたが)

実は達也は赤ん坊時代に血を吸う習慣ができたために、過去に大きな屋敷で飼われる様に生きていた幼き記憶を持っていて、その謎がどうとか…あるのですが、この際それはどうでもいいとして、今夜は終わり。それでいいのです。

  1. 2006/11/09(木) 00:56:45|
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月刊漫画ガロ(21) 高浜寛 1

TAKAHAMA-KAN.jpg

たまにはこういう漫画も…って事で、貴方はヌーベルまんがという漫画ジャンルをご存知でしょうか。

2001年から、フランス人マンガ家であるフレデリック・ボワレ氏らが、日本漫画とフランス漫画とで交流し、刺激し合いましょうと動き出した時に使われ出した言葉で、定義は
『売り上げを重視した商業主義=出版社主体のマンガではなく、作家主義のマンガのこと』
として、進化する国際漫画のスタイルなんだそうです。
ええ。よく分かりませんね(笑)

最初はフレデリック・ボワレ作品を形容する時だけに使われてたそうなのですが、そんなのは大昔にガロCOMがやってた事じゃないかと思うでしょう。

しかしそこはフランス人の言う事ですから(?)、"オシャレ"の要素が無いと駄目みたいですね。
ヌーベルまんがに何らかの形でリンクしているという日本の漫画家の例を挙げれば、やまだないと安野モヨコ魚喃キリコ松本大洋…ちょっとおフランスっぽい感じもするじゃないですか。

おフランスだなんて、世界で唯一国名の頭に"お"を付けられちゃう国ですからね、やっぱりオシャレで上品じゃないと。
本当はオシャレ系漫画なんて言われたらむしろ私が毛嫌いする部類ですが、そう言われて真っ先に思い浮かぶ人・岡崎京子は天才だって漫画マニアにもよく言われますし(私は分からないのですが)、私は魚喃キリコが作品によってはかなり好きです(うわっ、言っちゃった。恥ずかし…)。

まぁその"ヌーベルまんが"なんていう言葉はまともに定着するのかどうかも分かりませんが、今のところ代表格とされているのが、高浜寛先生。
この名前と作品の内容では性別が分かりにくい方なのですが女性で、しかも見るからに頭の良さそうな美人ですよ!
これはペンネームで、その由来は"高浜"という漁村で育った事と、"寛"の方は中国のめでたい文字なんだとか。

高浜寛先生は、ガロの長い歴史も終わりが近づいてる頃に作品を載せていましたが、その時はコンピューターで画像をデジタル処理をしまくった世界が面白かったものの、ガロにおいてはそんなに目立つ存在では無かった。
それでも気になる存在ではあったのでしょう、ジャケもカッコいい処女短編集「イエローバックス」(青林堂刊)を買ってみて、もっと気に入りました。

デジタル処理された漫画でしか出来ない表現を良く知っていますね。
話は田舎町の日常を淡々と描く物が多いのですが、その進み方も正にフランス映画です。
きっとフランス映画大好きな方なのでしょうが、よりストーリーをしっかり作ってるし、日本的な物も取り入れていて感心してしまいます。
それでもこの絵柄ですから"雰囲気モノ"には違いないのですけど。

あと、オシャレ系漫画家と言われる人達は絵が下手で困るのですけど、高浜先生はデジタル処理で分かりにくくしてるものの絶対上手い。
内容も深い…ような気がするし。

フランス映画みたいな進み方をするとは既に書きましたが、救いが無いラストだったり、突然終わってしまうのが似合う所なんかもフランス映画っぽいでしょうか。
地味にしみじみといい話は、個人的に大好きです。
ここまで書いてきましたが、作品の内容についてはどれも何とも表現できないというか、文字だけで良さを伝えにくい漫画だと思いますよ。

そんなわけで今夜はここまでにしておきます。

画像は単行本ではなく、ガロで高浜寛先生が特集された'02/04号。「高浜寛・人々への温かな視線」でした。
おやすみなさい。


  1. 2006/11/07(火) 23:35:13|
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劇画(16) 古谷実 2 「ヒミズ」 2

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今夜は古谷実先生の「ヒミズ」紹介の続きです。

一巻ではまだ、心がちょっと痛いながらも笑える描き方だった「ヒミズ」ですが、今夜は三巻と最後の四巻。
もう淡々と、陰惨な世界が描かれてます。
大ヒットギャグ漫画を描いていた古谷先生が、こういう作品も描けるというのは脅威です。
このヤバい道に嵌っていく人間の心理描写の上手さは、ただ事ではないですよ!
それではストーリー紹介の続きです。

-------
前回は主人公の住田が、一年間のオマケ人生として自分が死ぬ前に殺すべき悪い奴を一人殺す事にして、その標的に高校生の野上ヨシヒサと決めた所からでしたね。

野上が隣に住んでいる幼馴染みの女子高生・タエの部屋に忍び込んでオナニーし、その彼氏を襲っている場面に住田は包丁を持って襲い掛かります。
しかし逃げられ、野上は警察に捕まり…失敗。

悪人探しは継続されます。
歳を偽ってパチンコ屋で働きながら、毎日毎日歩いて探します。
女彫り師を目指しているパチンコ屋の同僚・内田に刺青を入れてもらい、またひたすら歩き回る毎日でしたが、ある日49歳のホームレス・塚本とし夫と、雨宿りさせてあげた事をきっかけに知り合います。
彼は住田の貸しボート屋を手伝うようになるのですが、優しい人格者。
住田は彼に人生の先輩として質問に答えてもらいます。

『オジさんは自分で決めた自分に対するルールみたいなモノを何度も破って大人になったのか
自分が15~16歳ぐらいの頃 これをやりたいという夢か何かがあったのか
そして今 自分で自分を許せるのか』

の問いには
『オジさん そういうの苦手だったからこんなんなっちゃったのかな~』
なんてかわすのですが、後から住田が友人の話として自分の状況を話した時は塚本、
『何が無駄な命だ 何が人のタメだ カッコつけるんじゃない!
お前はスーパーマンにでもなったつもりかって
世の中にはとてつもなく苦しいハンディを背負っても明日に向かい頑張って生きている人がたくさんいるんだ
いいかい!? 地獄ってのはねそんなモンじゃないよ!一生だよ一生!!
一生つらく悲しく苦しい日々を生きていく事なんだよ!!
それを1年でさっさと逃げちゃおうなんて虫がよすぎる!! 冗談じゃないよ!
なぜ自首して刑に服し 罪を償おうと思わないんだ!?
それから人のタメに何かを始めればいい!!
どうしてそんな当たり前の事を考えられないんだ!!?』

と、いい事を言ってくれます。

この塚本こそが住田の破滅を救ってくれるのか?
そう思ったら…彼は異常性欲者で、道を歩く女子にいきなり精液をかける等の異常な行為を繰り返してた変態男でした。
住田を訪ねてきた茶沢さんにもその魔の手は及び、全裸に剥いて縛り、舐めるのです。はぁ・・・

ところで住田は夜野正造との思い出を回想するシーンで、いい事を言ってます。
『金メダルをとった人 大企業の社長さん 人の心を動かす芸術家 発明家 音楽家・・・・
とにかく強烈な才能を持った"特別な人間"は世の中にあわせなくていい・・・・・・・・免除!
なぜならそんな人達は"偉い"から
もちろんその人達も自分が偉いからといって甘えず ある程度ちゃんとしなきゃダメだぞ
そして偉くない人はなるべく世の中にあわせましょう
上辺だけでもいいから』

そして『どうしても無理なモノがある』と言い、それは"クリスマス"なのですが、続いて
『神様っていう概念も もういい加減無理があるよな・・・・・・
戦争ばっかしてやがる
それを捨てて自立するのが人類の次へのステップだと思わないか』

そう語ります。
このように近年の古谷実作品はセリフの中にメッセージ色がありますね。
そうではない所でも、ちょっとしたセリフが上手くて、ネームにはかなり力を入れてる事が窺えます。

それから中学の卒業式の日、訪ねてきた茶沢さんとセックスしますよ。
前回も書きましたが、この茶沢さんの存在は『ふざけんな!』ですね(笑)
悪い奴探しを中断して"サルのように"セックスばかりしてましたが、また再開。
そのうち金も無くなり、夜の公園で
『・・・・うどんが食べたい・・・・・・
・・・・風呂に入りたい・・・・・・
・・・・布団で寝たい・・・・・・』
そう弱音をはいてます。

ついに殺す標的となる悪い奴は見つからず、茶沢さんの通報によって住田は逮捕される事になりました。
ずっと住田を心配していた親切なお巡りさんは、『明日必ず出頭します』という住田の言葉を聞いて一日待ってくれます。
一晩は恋人の茶沢さんとの夜を過ごさせてくれるわけです。
待ってくれるなんてそんなバカなと思いますが、やはりそのせいで…

住田はあの"一つ目のバケモノ"と会話を交わします。
『やっぱり ダメなのか?
どうしても 無理か?』
そう聞く住田に、幻覚のはずのバケモノは
『決まってるんだ』
と一言。
『そうか 決まってるのか』
のセリフを最後に住田は拳銃で自殺してしまいました。

父親の借金を取立てに来て住田の頬を切ったヤクザのにられたの金子が、住田に拳銃をプレゼントしていたのですね。
銃声で起きて、小屋から出てきた茶沢さんが住田の死体を見つけてTHE END。
-------

そんな絶望的に暗いお話でしたが、だからこそ考えさせられる事があります。
それに中途半端に"救い"なんか無い所が素晴らしい、エンターテイメント作品なのです。

あとこのラストは、掲載誌である週刊ヤングマガジン(講談社刊)の連載時には、茶沢さんが住田の死体を見て
『何それ?』
と発して終わっていたのに、単行本では無くなってます。

ところでタイトルの「ヒミズ」って、何なんですかね。


この世で一番怖いものは何だ?
目が見えなくなる事か?
手や足がもぎとられる事か?
いろいろある・・・・
自分で自分をコントロールする自信をなくすってのも・・・・
けっこう怖い事だな・・・・



  1. 2006/11/05(日) 22:38:22|
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劇画(15) 古谷実 1 「ヒミズ」 1

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今回から、古谷実先生にいってみましょう。

私が現在も現役で描いてる人気漫画家を挙げると意外に思われる事が多いのですが、一般の有名漫画誌も毎週数種類読んでいるんですよ。
とても全部なんて読めたものじゃない、くだらない読み捨て週刊誌にも追うべき漫画家が一人とかはいて、その漫画家のだけを読んでる感じですけどね。
だからもちろん立ち読みで済ませます(スミマセン)。

古谷実先生は1972年生まれで埼玉県出身。
当然1993年から連載開始して大ヒットし、アニメ化もされたデビュー作「行け!稲中卓球部」で知られてますね。
もう高校生だった私はこういうギャグ漫画は読まなくなっていたのですが、妹が単行本を買ってたのでたまたま読み、くだらないけど確かに今までの漫画界に無かったセンスなのかな、なんて思ってそれなりに楽しんでました。

それで掲載誌の週刊ヤングマガジン(講談社刊)から「BE BOPーHIGHSCHOOL 」(笑)と「カイジ」以外にも古谷作品をチェックするようになったのは正解だったでしょう。
後に、正に私好みの漫画家に化けましたからね。

「行け!稲中卓球部」からしてブラックユーモア満載でしたし、2作目の「僕といっしょ」や3作目の「グリーンヒル」でも、ギャグ漫画の中に少しだけ人生の暗部を描き始めていました。
しかし今回特に紹介したいのは2001年から連載開始した4作目の「ヒミズ」で、これより古谷先生はギャグ漫画家としての地位は捨て、自らの進む道を見出したようですね。
次作「シガテラ」、そして現在連載中の「わにとかげぎす」もやはりこちら側、人間のダークな世界を描いてますから。

まだヤングマガジンでしか連載を持った事がなく、そしてまだ若い古谷先生は、これからもまだまだ作風を変えてくるのでしょうけどね。
いつか来るであろう他誌で描く時も楽しみです。

さて、そんな名作「ヒミズ」ですが、こういったストーリーにはちょうど良い長さでしょうね、全4巻(講談社刊)です。
1巻の帯には『笑いの時代は終わりました....これより、不道徳の時間を始めます』とありますよ。
この世界のすさまじい暗さは、私のようなヴィンテージ漫画好きにおなじみの漫画名を出すと、池上遼一先生の「スパイダーマン」山上たつひこ先生の「光る風」ジョージ秋山先生の「ザ・ムーン」…そういった漫画に匹敵するほどですが、現代人っぽく身近な話に思えるだけに、後味の悪さでは「ヒミズ」が上ですね。

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主人公は中学三年生の住田。(彼の下の名前は作中に一度も出てこない)

冒頭から彼の語りが始まるのですが、要約すると…
自分の乗ってる飛行機が落ちるとか、歩いてたら居眠りトラックが突っ込んでくる等の、まずありえない不幸。
そして宝クジが当たるとか、とてつもない才能があるとかの幸福。
こういうのは運の良し悪しではなく、この世を司る何かによって選ばれた「特別な人間」であって、ほとんど全部の者が「普通の人間」であると。
「自分も特別」などと思い込んでる「普通」の連中のふるまいが許せん。
普通ナメんな!普通最高!!
…そんな話を、親友の夜野正造にしているのです。

後から考えれば最初の住田の語りから暗示されているのですが、「ヒミズ」はこんな事を語る中学生が「普通」の道から外れてしまう、そんな話なのです。

語られた親友・夜野は、かつていじめられていたところを住田に助けられて親友になった奴なのですが、金にがめついしスリの常習犯。でもちょっと頭が弱くて、憎めないといったキャラですね。
『世の中金だろがぁーーーーーーーー!!!
金だ金だ金だ!!世の中金だ!!
金こそ全てだぁーーーー!!!
金は幸せを買える紙!!
この世に唯一存在する魔法!!!』

と、若くしてそんな思想を持ってる、というか真理を知ってる(笑)のが凄い。

もちろん住田だって、がめつい事はしないだけで『金で人の魂も買える』と思ってますよ。
ただ夢や野心はなく、実家の稼業であるボート貸しを一生続けられればいいそうです。
客のオッサンとできてる母親と二人暮らしなのですが、借金まみれでの父親もたまに金をせびるため現れますが、彼については住田曰く
『世の中にはよ・・・・いるんだよ 本当に死んだ方がいい人間が
生きてると人に迷惑ばかりかけるどーしようもないクズが』
です。

とにかく「普通」に生きたいだけの住田をあざ笑うように、彼の前には彼にしか見えない"一つ目のバケモノ"が現れ、彼をあざ笑います。
こいつは住田自身の心のネガティブな何かを具象化した物だと思いますが、全編通して出てくるけど結局はっきり分からない。
このバケモノの存在が作品の謎とか含みみたいな所でしょうか。

ある日、母親はオッサンと家を出ていってしまい、住田は一人残されました。
「親に捨てられる」という事実が、冒頭語った住田の「普通」じゃない側に近づいたようですね。
食べるため学校には行かなくなり、ボート貸しの他にアルバイトも始めました。

ここでもう一人、重要人物である茶沢景子という女子がいます。
彼女は何故か、こんな住田を一方的に愛し、いつも気にかけてくれるのです。
彼が人の道を踏み外そうとする時、最後まで止めようとするのは彼女だけなのですが、私は彼女の存在はいらないと思います。
だってこんな女神みたいな人が駄目中学生の前に現れるなんて、リアリティが無いですもの。
暗黒学生時代を過ごした方なら、まず『ケッ!』と思うのではないでしょうか。
今回も学校に来なくなった住田を心配し、『がんばれよ!! オイがんばれよ!! なーに大丈夫!! 私がついてる!!』と励ましてます。

一方夜野は、住田のために電車でスリ繰り返している時に飯島テル彦という、同じくスリ常習犯の男と知り合います。
スリとは言っても、このテル彦という若者は、イケメンでクラスでは一番威張ってた的なタイプ。
いきなり自分の女とヤラせて夜野の童貞を捨てさせてやり、それから簡単に一千万円ずつ奪える空き巣をしないかと持ちかけてくる。
そのターゲットは、タンス貯金してるのを調査済みのパチンコ屋店長宅。
夜野は住田が父親の借金のためにヤクザに頬を切られたのを見かねて、テル彦と一緒に空き巣する決心をします。

それを言うとテル彦は『ちょっとコンビニに』みたいな軽い感じで出かけ、夜野は付いて行くだけですが…
店長が帰ってきてしまい、誤って殺してしまいます。そして死体を山の中に埋める。
夜野、「普通」の人生から脱落です。
とにかく山分けした金を住田の父親が借金してた金融会社に返しました。

しかし住田の方は、苦しんでる時にまた金をせびりにきた父親を…

コンクリートブロックで撲殺します。
この父親殺害シーンは漫画史上類を見ないほど怖い。
『・・・・・・・・・・・・・オレがお前に』と、何か言いかけたのを最後にブロックで打たれた父。
倒れてる父に向かって無表情に打ち続ける住田。塀越しにすぐ隣の家庭では、その惨事に気づかずTVゲームをしている…。

死体は家の近くに埋め、もう生きる資格が無くなった住田は殺した日を誕生日とし、それからはオマケ人生と定めるのです。
『・・・・オレはもう普通じゃないぞ・・・・・・・・
特別な人間だ・・・・・・
気をつけろ・・・・悪い方で特別だぞ・・・・』

そう心で呟きながら、せめて死ぬ前に悪人を一人殺してから自分も死のうと決めました。
設定した期間は一年以内です。

また今度は夜野。
こっちはこっちで、夜野がしゃべるのではと不安になったテル彦に殺されかけて命からがら逃げ、住田の父親の借金を払った残りの金でヤクザを雇ってテル彦を追っ払うのです。
特筆すべきは、テル彦が夜野を追う時、夜野の顔が一瞬あの一つ目のバケモノに見えるのです。
つまり住田以外でも、こんな心理、精神状態の時にはこいつが見えた。
これでおのずとバケモノの正体も分かってきたような…でも分からないような…

街を徘徊するだけの住田は、殺すべき悪人をデパートのトイレの落書きから見つけます。
そいつは野上ヨシヒサという高校生で、やっちゃいけない時に一番やっちゃいけない事をする男。

その野上の気持ち悪い行動を描いて、二巻が終わり。
ちょうど半分なので、続きは次回にします。


  1. 2006/11/03(金) 13:02:13|
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週刊少年ジャンプ(11) ちばあきお 1 「半ちゃん」

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ちばあきお先生を憶えてますか?

1943年の満州出身であるちばあきお先生は、長男に「あしたのジョー」ちばてつや先生を始めとする、ちば4兄弟の3男です。
そんな肩書きを付けなくてもちばあきお先生自体が凄い人なのですが、1984年9月13日に自殺をしてしまいました。
事件を知ったのは後年でしたし、作品を発表していたのも私の世代ではないのですが、野球好きの友達の部屋に単行本が全部揃っていたので、読みふけった覚えがあります。
そして、こんなに暖かい漫画を描く先生が自殺したと聞いた時はショッキングでした。

もともと兄であるちばてつや先生のアシスタントをしていたのですが、1967年になかよし(講談社刊)で「サブとチビ」を発表して漫画家デビューしまし、兄の亜流じゃ嫌だと外国漫画を約二年猛勉強して、自分自身の絵柄を作り上げたそうですよ。

読切作品も多く発表していますが、何と言っても野球漫画の金字塔である名作長編「キャプテン」「プレイボール」が有名ですね。
1972年~1979年まで月刊少年ジャンプで連載が続いたのが「キャプテン」
ほぼ同時期の1973年~1978年まで週刊少年ジャンプにて連載した続編であり番外編の「プレイボール」は、「キャプテン」で出てきた最初のキャプテン・谷口が高校に進学してからを追う話でした。
単行本は前者が全26巻、後者が全22巻(共に集英社刊)の大作なわけです。

この二つの大作野球漫画は、私のような野球に何の興味も無いし、高校野球に対する人々の熱狂ぶりは冷めた目で見ている、もう野球なんて笑いのネタにしかならないような人間にも、団体競技の熱さや素晴らしさを教えてくれ、感動させてくれました。
"野球漫画"も読む私は、あくまで"漫画"好きであって"野球"好きではないので、現実の野球は未だに見れませんけどね。

ちばあきお先生の野球漫画は、とにかく地味でリアルで、単なる日常生活の描写が多いです。
キャラ達はそれぞれ得意な事や個性もありますが、全員がどこか欠点も持っていて、それが成長していく。
もちろんちば先生が描く野球一筋の男達のドラマに、可愛いヒロインなど必要ありません。
普通のテクニックや作戦についての描写も凄くて、野球が奥深い事も教えてもらえます。
作品に対して異常なまでに完璧主義を貫き、過去作品に対しても加筆・修正を繰り返していたそうで、漫画にかける時間も半端じゃなかったようですね。

上記の作品の後は三年の休筆を経て、弟である漫画原作者・七三太朗に原案を書いてもらい、絵柄も変えて動物と話せる自閉症の少年を描いた「ふしぎトーボくん」、そして絶筆となってしまったボクシング漫画の「チャンプ」と続くのですが、今回は初期作品の短編集「半ちゃん」(集英社刊)を紹介します。

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この短編集「半ちゃん」には、"少し"だけ感動できる話が四篇収録されていて、どれも地味に面白く、ほのぼのします。
こういう作風の漫画家は、もはや少なくとも少年漫画の世界からは絶滅しましたね。
描きたくても売れないから描かせてもらえないのかもしれませんが。

まず表題作の「半ちゃん」は、これが単行本の半分以上を占めるのですが、1971年に別冊少年ジャンプで発表された作品。
半ちゃんという小学生が、『少年野球チームをつくろう!!あき地に三時集合 半ちゃん』という張り紙を街に貼りまくって呼びかけ、野球チームを作る所から始まります。

しかし一番野球が好きな半ちゃんは、ド下手で才能ゼロ。
チームも駄目で、川向こうの連中のチームにからかわれ、試合をしてどれだけ下手だったかを思い知らされます。
そこで引っ越してきたばかりのイガラシという才能ある少年と出会い、彼の名コーチぶりでチームも上達していくのですが…
イガラシは何しろ厳しすぎ、メンバー達は"勝つための野球"と"楽しむための野球"の間で葛藤するのです。
ちなみにタイトルになってるので一応主人公なはずの半ちゃんは補欠です。

ついにせっかく強くなったチームは決裂して、本当に野球が好きな半ちゃんだけが無駄な練習を続けている。
そして『もういちど 少年野球チームをつくりましょう あき地三時集合 半ちゃん』のチラシを街に貼り、一人で『みんな もうぼちぼちくるころだけどな……』とつぶやいて終わり。

読んでもらえば分かるのですが、「キャプテン」以前に、しかも短編でこれほどキャラクターが個性的に描き分けられた作品があったのですね。
ちくのうで、いつも凄い量の鼻水にまみれてる少年なんか可愛いですよ~。

二話目の「ニタリくん」は私が大好きな話ですが、1970年にデラックス少年サンデーで掲載された作品。
いつも地で笑い顔(しかもニッコリじゃなくてニタリとした顔)なために他人からはいつも誤解されてる少年の話で、
同年同誌に掲載された三話目の「愛の賛歌」は好きな少女に告白した少年が、好きになられすぎて困る話。しかも相手は双子でその両方に付きまとわれるのだから羨ましいですね。

最後の四話目「みちくさ」は、わんぱく小僧のゴンちゃん&教育ママに育てられたガリ勉のデコスケという二人が、工場の跡地によりみちし、密室の地下室に閉じ込められる話。
この密室で、普段は接点の無い彼らのやりとりがいろいろあるのですが、ちばあきお先生の優しく暖かい視線にこそ泣けるのです。
1972年に別冊少年サンデーで掲載されました。

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最初に触れたとおり、ちばあきお先生は41歳で自殺してしまうのですが、酷い躁鬱病を患っていたようですね。
ちば先生の遅筆で無理して週刊ペースを続けていた事に無理があり、その時期に溜めた心労が原因だと言われますが…
クリスチャンの両親の両親を持ち、野球漫画では絶対に希望を捨てない奴らを描いていた方だけに、作品を読み直すとまた不思議な気持ちが起こります。

余談ですが、私の誕生日とちばあきお先生の命日は同じ日付でして、なので私は誕生日を祝うと同時に、密かにちば先生を追悼しているのです。合掌。


  1. 2006/11/01(水) 21:35:11|
  2. 週刊少年ジャンプ
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プロフィール

BRUCE

Author:BRUCE
BRUCEです。あだ名は大悟(DieGo)です。
大悟…つまり悟りを開くに至る道程にある事を表し、かつ神の映画「ドラゴンへの道」から頂いてのブログタイトル。同名の秘密結社も運営しています。

名作漫画紹介の形を借りて、自分の記録用に使っています。

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