大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)

名作漫画の紹介 ・・・個人的な旅の記録

劇画(27) ながやす巧 1 「その人は昔」

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今回のながやす巧先生は、1949年生まれで長崎県出身です。
漫画家デビューは1969年の「男になれ」で、近年でもメジャー誌でたまに見かけますね。
この方も貸本劇画からスタートしていて劇画らしい絵を描き、泣かせる漫画が得意ですよ。

私にとって超重要漫画家なのですが、その理由は何と言っても梶原一騎原作「愛と誠」の作画を担当してたからです。
「愛と誠」こそは、梶原マニアと呼ばれる私が今まで読んできた全梶原作品の中でもBEST3には入る…いや一番好きかもしれない作品なので何度読んだか分かりませんし、その絵を描いていたながやす巧先生をリスペクトするのは当然の事なのです。

"絵"に集中するためでしょうか、原作者付の作品が多くて、「愛と誠」の他にも史村翔原作で「牙走り」「Dr.クマひげ」があるし、若者には大友克洋原作の「沙流羅」が有名でしょうか。
浅田次郎のベストセラー小説「ラブ・レター」「鉄道員」も漫画化してましたね。

今回紹介したいのは「その人は昔」という、日本映画を漫画化した作品です。
この映画は、ながやす巧先生自身が18歳の時にたまたま入った映画館で観た後に感動して、何度も通って涙したそうで、もとになった映画のタイトルもそのまま「その人は昔」
松山善三監督が舟木一夫内藤洋子を主演に使って撮った渋い映画なのですが、ご存知の方はいますか?
この漫画では原作としてクレジットされてる松山善三監督は1925年生まれで、叙情性豊かな、地味ながら"しみじみといい"映画を撮り続けてる監督です。大女優・高峰秀子と結婚した事でも知られてますね。
「典子は、今」三上寛の主題歌が良いし、その内容から一部のフリークス映画マニアからも評価されてます(コラ!)。

漫画「その人は昔」は、ながやす巧先生が何度も映画館で涙した、その感動を伝えたくて漫画にしてくれたわけですが、本当にこういう悲しい話を描くのが上手い。
単行本はKC(講談社コミックス)で全一巻。何と普通サイズのKCで、冒頭16ページがカラーページです!!
KCでここまでカラーページを使った作品は他に見ませんし、これは出版社もながやす巧先生の美しい絵を評価してたが故でしょうね。
物語も詩のようなナレーションが入りながら進行する、美しいものです。

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最初の舞台は北海道襟裳岬の百人浜。
この美しい自然あふれる村(逆に言えば、ど田舎)で、少女洋子と青年一夫が出会いました。

この村全体が、夏は漁業に冬は農業の半農半漁で働きづめてやっと食えてる貧しさで、もちろん二人共家は貧しく、親も呑んだくれでケンカばかり。
いくら働いたって食うのが精一杯の生活で、何のために生まれてきたのは悩みだした一夫は、
『なにか……思いっきり自分ってものをぶっつけてみたいんだ!
それには いまのおれにはなんだっていい 生きているって感じを味わいたいんだ!!』

と、そう母にこぼしてますが…
長い冬が過ぎて春が来て、一夫は東京に出れば幸せになれると信じ、洋子を連れて上京します。

そしたらすぐ、渋谷駅でいきなり置き引きにあい…それを一夫が追ったために二人ははぐれていまいました。
後で見つけた時は、道路の真ん中で抱き合って号泣です。
誰も味方がいない大都会では、二人は手をつないで生きて行かなければならないのですね。
とにかく一夫は新聞社の印刷工場で工員として、洋子は一日中陽の射さない喫茶店でウェートレスとして働き、夜は二人共夜間学校で机を並べる生活になりました。
それでも日曜日は二人で楽しくデートしてますが。

一夫も酒とタバコ、マージャンに競馬も覚えて東京の人らしく(?)なってきましたが、ある日急に洋子が姿を見せなくなりました。
それから一夫は、スポーツカーの男と一緒にいる洋子を見つける事になります。
洋子の方が可愛い帽子やハンドバックを買ってもらったりして派手になり、求めていた幸せとはお金と豪華な服だと思うようになって…都会の悪い部分に染まってきたのですね。
二人はもうすれ違い、一夫が何を言っても分かってくれなかった洋子はやはり男には遊ばれただけでした。

傷ついた洋子は、荒れた後にやはり一夫と会い、また明日堤防で会う約束をします。
二人とも、その時間を待つ間にウキウキして笑いが止まらない状態なのですが…一夫が時間までもう少しだという所で、工場の機械に腕を挟まれました!!
運ばれた病院の手術室でも
『ぼくには約束があるんだ!! いかなくちゃならないんだ!!』
なんて叫んでますが、洋子は…
もう待てずにボートで羽田の沖に出て行っ身を投げ、つまり一夫は洋子が死体になるまで、もう会えませんでした。

あとは一夫が百人浜び帰って洋子に父親に謝り、叩かれまくったり…そういう悲しいシーンと、そして詩で終わります。浪花節です。

この美しい詩のような物語は、やはり随所に詩のような日記のような文章が挿入されてるのですが、例えばこんな感じで都会に呪いでもあるのかと思わされる具合なので、一つ挙げるから読んでみてください。

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きみはやつれ 遠い道を あるいてきた 人のように ぼくの前に あらわれた!!
きみは 海を 見たいと いった…
ぼくは 大森の海岸へ きみをつれていった
きみは これは海ではない! くさった沼だといった
わたしがドサンコの足を あらっていた 百人浜の海は
山のような波がはじけ しぶきをあげ
その昔 難波した船の 乗組員100人が
やっと海岸に たどりついたけれど
魔女の手のようにのびた波浪は 容赦もなく
ふたたび人びとを海中に ひきもどし その命を うばったという……
海とは そういうものだ 恐ろしいけれど 偉大なもの……
これは海ではない くさった沼だと きみはいった!!

きみは ウマを見たいといった
ぼくは競馬場へ きみをつれていった
きみは これはウマではない
飼いならされた おもちゃだといった
わたしの知ってるウマは 天にむかって いななき
ピカピカ光った 毛なみと 太い足をもっていて
どこまで走っても 口から泡など吹かず
どんなおもい荷を せおっても
まるで春風のように とんでいったわ!
これはウマ ではない
飼いならされた おもちゃだと きみはいった

きみは 人間を見たいと いった
ぼくは銀座へ きみをつれていった
きみは これは人間ではない
人間の顔をした おばけの 行列だといった!!

------

…とまぁ、こうなんですよ。
他のところでは、『東京には鳥がいないよ… 東京には季節がないよ…』とか『東京にくると人はみんなくさっていく…』とか、もっとストレートに『ぼくは東京が きらいだっ!!』で締めくくる詩もありました。
トホホ…

本当に私は、こういう田舎者の間違った東京のイメージは大嫌いなのです。
ほら、東京と言えば満員電車だとか、新宿とか原宿みたいな所ばかりだと思って『あんな所は住む所じゃない』とか、いろいろ東京の悪口を言いながら田舎から出ずに住んでる人っているじゃないですか。
それでは東京で生まれ育った人に対する逆差別が生まれますし、そもそも視野が狭すぎでしょう。
この作品もそういう偏見に溢れてるのですが、それでもながやす巧先生の筆にかかると、もう素直に作品に入って行けて感動してしまうんだから不思議です。
そもそも、この「その人は昔」ながやす先生がまだ二十歳前の時に描いた作品だと思い出してみたら、少しは絵も内容も未熟な部分があるとはいえ逆に凄すぎなんですよね。

話のついでだから私の話もしますが、私こそ生まれも育ちも正真正銘田舎なわけです。
たまに実家に帰ると、その度に会う田舎の自称・中学の頃悪かった(族やってたest)奴らの糞さに本当まいっちゃってます。 地元の有名人(ぷっw)みたいな奴らは眼中に無いけど…たまたま会って話すと、しばらく嫌な気分になりますね。
自分の人生の絶頂期が中学だったり高校だったりするから、自我も確立してないような頃の話をハッタリ多めに語りまくるのですが、今何してるとか、今どんな音楽聴いてるとかって話は出ないのです。

東京生まれヒップホップ育ちの方々でも、実は大部分が精神的に田舎物、カッペなわけですが…
同じ土地で成長したからって、大人になってみたらこうまで差が出るのだから、単純にどこ出身かでバカにしたり自慢したりしてちゃあダメ、メーなの!!
それぞれの地元話は面白いと思うけど、その人物がどうかで評価できればいいのです。

ちなみに前述の「愛と誠」で作画者としてながやす巧先生が選ばれたきっかけも、少年マガジンの編集長が今作「その人は昔」梶原一騎先生に見せた事なんだそうです。
最後にながやす巧先生は「潮騒伝説」でも松山善三原作を使っている事を明記して、今夜はおしまいです。


その人は昔、海の底の真珠だった
その人は昔、山の谷の白百合だった
その人は昔、夜空の星の輝きだった
その人は昔、ぼくの心のともしびだった……
でも その人は もういまは いない……



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  1. 2007/05/31(木) 23:37:12|
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トキワ荘(11) 赤塚不二夫 3 「ニャロメのおもしろ性教育」

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その内容なんか関係なく、ジャケだけで買わなきゃと思わされる本も、たまには…ある。
例えばそれが、今回紹介する赤塚不二夫先生の「ニャロメのおもしろ性教育」(角川書店刊)なる作品。
中身は読んでませんが(笑)、今パラパラッとページめくってみたらアッコちゃん(もちろんあの「秘密のアッコちゃん」から)のオールヌードが見れてたり、アホな絵で真面目に性教育してて、ネタとして美味しい一冊でしょう。


これは人気者のニャロメを使った教育漫画シリーズとして、性教育の他にも、数学、宇宙、コンピューター…
いろんなのが出ていたようです。
そんなもん、当然性教育だけあればいいわけですが。

  1. 2007/05/29(火) 23:29:45|
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月刊漫画ガロ(33) 白土三平 1 「赤目」

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今回でこの名作漫画ブルースは200回目を迎えます。

こんな時に何をアップしようかとは考えたのですが、ここで白土三平先生で行きましょう。
ここまで月刊漫画ガロのジャンルでガロ出身作家達を少しずつ紹介してきてるのに、白土先生を未だにちゃんと紹介していない事がずっと心に引っかかってたのですよ。

何しろガロ自体、長井勝一初代編集長が白土先生の「カムイ伝」を掲載するため1964年に創刊した雑誌であり(しかも資金面は白土先生が受け持ったらしい)、ガロという雑誌名すらも白土先生の作品名から取っているのですからね!!
水木しげる先生やつげ義春先生といった貸本漫画家をガロづてで漫画雑誌の世界に呼び込んだのも白土先生の功績ですし。

さてさて。
私も大好きな作家である故・中島らもによって『手塚治虫がビートルズなら、白土三平はローリング・ストーンズ』と評された、その白土三平先生は1932年生まれで東京都出身です。
本名は岡本登。画家の父親・岡本唐貴の活動により各地を転々とする幼少期を経て、大人になった戦後は紙芝居画家になって生活しますが、1957年に「こがらし剣士」という単行本を描き下ろして漫画家デビューしました。

その後、のちにガロを作る長井勝一氏と出会い、一緒に貸本漫画界で業界で活躍します。
長井氏がガロの青林堂以前に作った会社・三洋社から「忍者武芸帳 影丸伝」を出版するのですが、これもまさに漫画史上の傑作。

白土先生得意の忍者漫画の特徴としては、忍術一つ一つに対して科学的な説明が付くのです!!
当時は子供向けの物しかなかった漫画に、初めて『もしかしたら本当に…』と思わせるリアリティを持ち込んだのですね。実際これ、子供は信じますよ。
(もちろん「魁!男塾」民明書房ネタも白土先生の影響でしょうね)

代表作は既に名前が出た作品の他にも「忍者旋風」のシリーズや、アニメ化もした「サスケ」「ワタリ」が有名ですね。
もちろん白土作品は、他にも短編を含めてかなり良質な作品の宝庫ですよ。

さらに特筆すべきは、赤目プロダクションについてでしょう。
ガロで「カムイ伝」を連載する時に漫画でプロダクション制を初めて(多分。もしくはさいとう・たかを先生が先かも)取り入れたのですが、その設立したプロダクション名こそが赤目プロダクション(赤目プロ)。
以後は白土先生がプロットを描き、赤目プロ所属の優秀な人たちが完成させる形になったのですが、何人もの手が入るために白土作品は時期によって絵柄にバラつきが出来てしまってます。それにプロダクションが優秀すぎたからか、白土先生本人が作・構成はしても絵を自分で描かなくなってしまったのも残念な事の一つです。
(それで白土先生、千葉県富津市にて猟師をしているんですよね…)

この赤目プロに参加していたメンバーは本当に凄くて、まず白土先生の実弟である岡本鉄二は白土先生と互角と言われる絵の上手さで、現在でもアシスタントとして描き続けてます。
さらにその下の弟・岡本真は赤目プロのマネージャーにして、資料写真担当。
白土先生婦人の李春子は童話を書く才能を持ち、白土作品ではストーリーを担当。
…と、ここまでは家族ですね。

そして一番ビックネームなのは小島剛夕先生でしょう。
小池一夫先生を原作に迎えた名作「子連れ狼」で知られる小島先生ですが、私は梶原一騎原作の「斬殺者」も大好きで、これは早くこのブログでも紹介したい。
白土先生より先輩であり、与えた影響も絵を見れば明らかです。劇画らしい素晴らしい絵を描く名人ですね。
ガロでも創刊号から5回に渡って「海原の剣」を載せてましたよ。その時は諏訪栄というペンネームでしたが。

他には白土先生に唯一弟子と認められていた楠勝平先生(このブログでも以前紹介しましたね)、小山春夫先生、池内誠一先生と、まぁこういう凄い才能に支えられてあの傑作漫画群が誕生したんだなと納得できるわけです。


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それでは作品自体を紹介しましょう。
…となると当然「カムイ伝」に行くのが筋なのでしょうが、あれは「カムイ伝」だけでもかなりの長編だというのに、「カムイ外伝」「カムイ外伝第二部」「カムイ伝第二部」とあって…現在は「カムイ伝第三部」の構想が進んでいる状態と言いますから、私の労力が持ちません!

まぁ「カムイ伝」は先延ばしにして、今回は「赤目」にします。
そう、赤目プロの名前を冠した作品ですね。「カムイ伝」でもカムイの師匠として出てきた名前です。
単行本は数種類の形で出ていますが(画像は1966年発行のコダマプレス刊)、二部構成のこの作品は全1巻でちょうどいい分量。

時は永禄年間、冒頭から侍が面白半分で百姓の首を刎ねてます。
その暴君は城の若殿である伊予守信平で、
『ハハハ なんて良く斬れるんじゃ
なんだ 百姓の一匹や二匹 ハハハ まるで大根を斬るようじゃ』

なんてぬかしてます。
「カムイ伝」等でもそうですが、白土漫画における百姓の虐げられ方は本当に酷い。

信平による残虐な描写は続き、ある百姓の夫婦は妊婦の嫁だけ連れ去られ、
『子供が中でどのような具合にしているか………
前から一度見てみたいと思っていたのだ………』

などと言われ、腹を切り裂かれてます!

一揆を企てようにもことごとく敗れますが、↑で殺された妊婦の夫である松造は生き残り、たまたま忍者部隊に拾われて弟子にしてもらいます。
当然信平へ復讐する事を目標に、厳しい鍛錬に励むのですが…

師に『人にはそれぞれ天分というものがある それがなければいくら努力しても無駄じゃ』などと言われて、本当に捨てられました!
ここらへんが白土漫画の甘くない所。
所々入るナレーション(作者の解説)でも、
『猿に泳ぎを、犬に木登りを教えようとしても無駄なように、百姓松造にはまったく忍者としての素質がなかったのだ。』
なんてとどめをさしてますから。
しかも捨てられたボロボロの体で山猫の群れに襲われ、とある猟師に助けられた時には片目片足を失っていました!!

ここまでで第一部完。
続いて第二部に入ります。

やはり領主・伊予守信平の暴力と恐怖の圧政は続いてます。
いや、腹心の部下である一角という侍も出てきて百姓達を斬りまくり、残酷なやり口で処刑したり、さらに酷くなってますね。
無残にも父親を殺されてさらし首にされた、平太という子供は小刀片手に城に忍び込もうとしてますが、そこを片目片足の坊主(まぁ正体はすぐに分かりますね)に止められ、それから一緒に行動して復讐に移る時を待つのです。
その間も大規模な一揆の計画を立てた百姓達は、事前に情報が漏れたために惨殺されたりしますが、それでもじっと時期を待つ坊主と平太…

もはや泣くしかない絶望の淵に立つ百姓達の前に、ついに坊主が姿を現して『赤目様のたたりじゃ』と言い、ほどなく無知で、すがる物もなかった百姓達は祈り念仏を唱えながら練り歩くようになります。
赤目=ウサギ。
"赤目教"が立ち上げられ、今まで貴重な蛋白質の補給源だったウサギを全ての百姓が捕るのを止めて保護し始めました。
動物は敏感であり、危害を加えられないと分かると里に堂々と姿を現すようになるのですが、今や百姓達は土下座して敬ってます。

現代でも大小さまざまな宗教を本気で信じてる人達が存在しますが、ましてこの時代の、しかも人間の条件を全て奪われた最低の状態に追いつめられた人々が、赤目教のようなものにすがるのは自然の成り行きだったのでしょう。
『だがこれらの宗教を作り流行させる者はこれらの人々とまったく別の考えをもっていることは現代も昔も変わらぬことである。』
と、ナレーターはいい事言いますよ。

それからイナゴの大発生から、深刻な飢饉が発生するも、赤目教は盛んになるばかり。
ウサギの繁殖力は凄まじいそうなのですが、この人間による保護のため生態系も崩れて大繁殖してます。
食物連鎖によってウサギの増加は天敵である肉食獣の増加をもたらし、なかでもウサギを主食にする山猫の繁殖がいちじるしいのです。
ウサギの不自然な大繁殖によって食物の不足が起こり、常食としてない物にまで手を出すようになるとその結果、疫病が流行するようになる…

多くの相次ぐ伝染病の蔓延により、数週間で数百万匹のウサギ達は一掃され、ウサギに比例して増殖してきた肉食獣に恐るべきことが起こるのです。
坊主と平太は人間の死体を山猫に食わせて味を覚えさせたのですが、すると早速山猫達は人間を襲いだしました。

紅葉狩りに出かけた姫までが襲われる自体になって信平は討伐隊を繰り出すのですが、認識不足でした!
もはや彼らの常識では考えられないほどに増加した山猫によって討伐隊は続けて全滅、一角もはらわたを食い散らされて殺されてます。

百姓達も被害が出て困ってるために、領主である伊予守信平に陳情するのですが、そこで山猫退治を百姓達にやらせようと思いついた信平。
彼らなら山や野に詳しい上に、いくら死んでもかまわないと思って山猫退治用の武器を持たせると…

この時こそが坊主と平太の待ちわびた瞬間でした。
百姓達は受け取った火縄銃を侍達に向けて撃ちまくり、そのままついに城を陥落させる事に成功しました!
ここまで、いかに通常の一揆では通用しないかを描いておいて、長い長い年月をかけたこんな復讐の絵図を用意していたのですね。

肝心の信平が逃げ出していたのですが、そこを坊主、いや読者なら誰もが正体を分かっているでしょうが、最初のほうで妊婦の嫁の腹を面白半分に割かれて殺された松造が捕らえ、逆にじわじわとなぶり殺しにしてやって復讐は成りました!!
さぁこれで百姓達にはハッピーエンドが待ってるのかといえば、目的を遂げた後で発狂したらしい松造が、ヒヒヒヒ笑いながらどこかへ去っていって…

おわり
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これが「赤目」のストーリーでした。
元々何も持たず虐げられた男が片目片足にされてまで、宗教の布教から始めてとんでもなく気の長い復讐計画を果たすこの話には、かつて焦ってばかりいた自分が読んだ当時、感激したものでした。
妻を殺されて三十年後に成就した復讐話もさることながら、この「赤目」は短い中に白土三平先生のエッセンスが詰め込まれているようにも思え、かなりお薦めです。

  1. 2007/05/27(日) 23:09:31|
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古本の売買

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タイトルは"古本の売買"なんてしてしまいましたが、これはあまりに奥が深いし、今の酔っ払った勢いでこれを書いてる私が簡単に語れるような事ではありません。

ただ、今日の仕事帰りに、まぁいつものように某所で下車して某有名古本屋に寄った時の話から、少しだけ流れで語りましょう。
そのお店のガラスケースの目立つ所にですね、飾ってあったのがこの画像の本・梶原一騎「男たちの星」
これは見覚えある傷や状態の注意書きですぐに分かりましたが、間違いなく私が持っていて、お金に困って手放した本です。

私の数百冊に及ぶ梶原一騎コレクションでも多分一番レアだった本(これは活字本)なんですよ。
これを売りに行った時も、店員さん達が集まってきて『どこで買ったんですか』みたいな話からされて状態をよ~く見られたのを覚えてますが、私はこれを三万五千円で買い取ってもらいました。
その時は家賃を払うのも苦しかった時なので、本当に助けてもらった感謝の気持ちでいっぱいですが、それをお店で出す売値は八万四千円でしたよ。
まぁ日本中でもそんなに現存する本じゃないし、妥当なんでしょうね。

でもですよ、この梶原一騎「男たちの星」
これを私は奄美大島に旅行に行った時に千円でゲットしたのです(つまり三万四千円の儲け)。
一応定価よりはずっと高い千円の値を付けてるので、その古本屋さんもプレミア付けたつもりなんでしょうけど、この本の貴重さを全然分かってない!
まぁこれがあるから私のような者が転売で儲けてわけですし、ここまで行かなくても全国にあるブッ○オクの105円コーナーや地方の古本屋とかを使って、それなりに古本の知識と手間かける時間さえあれば、いくらでもこずかい稼ぎが出来るわけですよ。

ただ私のこだわりとしては、当然お金より本が好きなわけですから、転売するために買った本にしても一度読み直してから売ってます。
それでお金のために大好きな本を転がしてる罪悪感を薄めてるわけですね、『読みたくて買ったんだ』と自分の中で言えるように。

私なんかここ十数年、足を使ってどこの古本屋へでも走る生活を続けてますが、悲しい事に金だけある人にコレクションでは勝てないだよな~って思うと泣きたくなりますね。
でも、そういう人が金に糸目を付けずにレアな本を買うから儲かる人もいて。
まぁ何を集めるかがその人のセンスなんですしね。

それと言っておきたい事に、古本屋に通ってる人は集めて寝かせるだけとかは止めて欲しい。
買って売ってまた買って、この新陳代謝が無いとコレクターって面白くないんです。
もちろんそれをやりながら、好きな物(それは当然売らない)のコレクションは濃くなっていくわけですよ。
言うまでも無く古本知識のある方なら、集めてない物や自分が既に持ってる物でも、相場よりかなり安く売ってたら買って、状態の悪い方を売ったりはしてるでしょうけど。
  1. 2007/05/25(金) 01:19:15|
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大越孝太郎先生のサイン会

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今更の報告になりますが、先月(4月)の15日に私、中野ブロードウェイへ行きました。
そんなの毎週の事だろうと思われるでしょうが、その日はいつものようにブラブラ店を回って買い物するのではなく、大きな目的があったのです。


目的の店はタコシェ
ここではたまにサイン会が開催されていますが、今回サインするのは何と大越孝太郎先生だったのです!!


久々の新刊として「猟奇刑事マルサイ」(コアマガジン刊)を上梓された記念なのですが、まさかこうして人前に出てくる先生だとは思わなかったので、感激も特大でしたよ。
もちろん私など、初めてお会いする事となったわけです。


「月喰ウ蟲」の著者近影では本当に変人というか、貧乏な文豪っぽいイメージで写っていたのですが、はたして実物はどうか!
店に入るなり血走った眼を向けてきたかと思うと、飛びついてきて首筋を噛まれた私、必死で体を離すと人間の臓物らしき物を巻きつけられ、さらに火をつけられた!
…なんて事は全くなく(これは猟奇漫画家への凄い偏見でした)、ご本人は社交性あふれる好青年!


私の服(マイ・トレードマークの龍が刺繍された高級スカジャン)が凄いと突っ込んでくれた後、
『BRUCEさんにとって漫画とは何ですか?』
と質問されてしまったので、数秒だけ考えて…
『生きる指針です』
なんて答えたら、それをサインの横に書かれてしまい、つまりそんな思い付きの答えが大事な本に残ってしまい…見直すと恥ずかしいのですが。

  1. 2007/05/24(木) 00:14:24|
  2. 古本 番外編
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週刊少年ジャンプ(18) 貝塚ひろし 6 「父の魂」 6

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予定より長くなりすぎた貝塚ひろし先生「父の魂」の紹介も、今夜で終わりです。

主人公・南城隼人が山ごもり修行のため登った伊賀山中では、ライバル・東郷真樹、怪物・明智光成、けんか屋・佐野、真樹の妹・洋子タン西本秘書までが一同に会してしまったのでしたね。
さらに水流の形を授けてくれた三休老師が光成との真剣勝負に破れて死んだ所まででした。

それから隼人は、三休老師の敵を討つために光成に野球ではなくケンカで挑みますが、この水流の形をマスターしてる二人の危険すぎる対決は、真樹が体を張って止め、決着は甲子園に持ち越されました。

しかし光成は気合いが入ると、急に顔と体が黒い影になりって目だけ光り…いや、あのヨダレも激しく吹かれるのですが、前回も書いた、きち○がい光成のヨダレ撒き散らしっぷりだけは半端じゃなくて、こいつを見るためだけにでもこの本を開いて欲しいものです。

さて、昭和四十三年七月…
青春のエネルギーが爆発する野球で、隼人が投手で主将を務める中将高校野球部は甲子園大会の予選を勝ち抜いています!
この期間にデブタンの妻・令子が赤ちゃんを産んだ後に亡くなるという涙のシーンがあり、隼人は次の試合に一睡もせず遅刻までして出場しますが、巨人軍の川上哲治監督と長島茂雄選手も見に来ている球場にて、水流の形を野球に応用した素晴らしいピッチングで勝利。
この変則投法を南城流水流投法と名づけられ、当然その後も勝ち進んで地区大会に優勝。甲子園大会出場を決めました。

一方の大阪、真樹と光成がいる烈風高校も甲子園大会出場を決めているのですが、光成は明智流水流打法とやらでホームランをボカスカと打ったという情報が入ってます!

水面下では三方で隼人を欲しがっています。
まずデブタンは南城バット工場の看板を守ってもらうために。
その義父・織田大作は織田デパートを継いでもらうために。
そして川上監督が、より強力な巨人軍になるために。

甲子園大会決勝は、やはり中将高校VS烈風高校。
もうこの漫画も駆け足で終わりに向かっていくのですが、最後の対決で隼人の球は光成のバットをへし折り、その折れたバットが右腕に突き刺さった真樹は野球選手としては再起不能。
光成の兄で織田デパート大阪支店長の明智光夫は、最後までひどい悪人でしたが車の事故で死亡し、その報が入った球場で光成は崩れ落ちる…

何だか陰惨とも言えるラストを迎えましたが、とにかく隼人の中将高校は日本一に決まりました。
近頃のバットはだらしなく、簡単にポキンポキン折れてしまう様を見て(自分の重い投球が折りまくってるのですが)、隼人は野球選手生活はここまでにして、これからはバット職人として、名人だった父を超える事を誓いました。

・・・・完


---------
「父の魂」のストーリーはこんな感じでしたよ。
まだジャンプが、行き当たりばったりで毎週の人気ばかりを求める作りではなかった時代の作品なので、しっかりと設定を作って、安心してじっくり楽しめる物語になっていたのですが…
ラスト近くは急いで打ち切りにしたらしく、多少の無理を感じます。
結局バット職人として成長する隼人は描かれないまま、後半は野球漫画になってましたしね。

その理由も分かっているのですが、これは面白いので是非ここで明記しておきましょう。
この作品「父の魂」がまだ連載してるというのに、ジャンプ編集部が別の野球漫画を企画している事を知ってご立腹した貝塚ひろし先生を、サンデー編集部がさらって原作付きの柔道漫画「柔道讃歌」を描くよう依頼したため、「父の魂」の方は急いで終わらせたのです。

それでは問題のジャンプ編集部が企画していた別の野球漫画とは何かと言うと…「侍ジャイアンツ」なのですよ。
お気づきでしょうか。
「柔道讃歌」「侍ジャイアンツ」
これは両方梶原一騎先生の原作漫画ではないですか!

この事実を、最強の梶原一騎研究が詰まったノンフィクション本「夕やけを見ていた男」の著者斉藤貴男氏はこう表現してました。
『貝塚を突いた玉も、突かれた先にぶつかった玉も梶原だったのだ。』と。
梶原一騎人気絶頂時代の勢いを語るエピソードでした。
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さて、それでは途中で私のパソコン損壊騒動やらで時間のかかった「父の魂」紹介ですが、これで終わりです。
最後にもう一つだけお薦めポイントを挙げるとするならば、この作中には野球バットについての豆知識が得られて、勉強になるという事でしょうか。
貴方も教えて欲しいですか?例えば…

①バットの原料は木の密度が濃く、弾力に富むトリネコの木が最高だが日本にはもうほとんどなく、現在はメが荒い上に柔らかいタモの木が使われているから折れやすい。
②バットは注文をさばくための人工乾燥など駄目で、天然乾燥が一番だ。
③一本一本ロウで丹念に磨き上げれば木目も詰まって、上部ではじきの良いバットが生まれるのだが、近頃は樹脂塗料で塗り固めた見掛け倒しのバットが多い。

…このくらい紹介しておきますが、どうです?勉強になりましたね。
貴方もバット職人になりたいなら、これらを覚えておいてください。
それでは、おやすみなさい。


男の中の男
魂をバットにこめて死んだ 名人・南城丈太郎が
もっとも好んだ 言葉であったー



  1. 2007/05/22(火) 23:56:39|
  2. 週刊少年ジャンプ
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週刊少年ジャンプ(17) 貝塚ひろし 5 「父の魂」 5

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こんばんは、BRUCEです。
前回書いたようなわけで、しばらくパソコンから離れてましたが、この名作漫画ブルースではまだ貝塚ひろし先生「父の魂」の紹介が続いていましたね。
そう、中将高校での私設野球部VS正規野球部の二回目対決が始まった所でした。

主人公で投手の南城隼人が投げる球は、普通に打とうとしてもバットが折れてしまう思い球質。
そこで椿監督、ある古ぼけたバットを選手に持たせるのですが、それで打ってみるとなるほど折れない。
調べてみたらそのバットは南城印、つまり隼人のトウタンこと、父・南城丈太郎の手によるバットだったのです。

トウタンが作っていた、折れないはじきのよいバットまでが今や隼人の敵となり…投球は乱れます。
そこでデブ松ことデブタンが応援に走って隼人を救い…ついでに自分が慕う織田デパートの令子おじょうさまとの恋さえも上手くいってしまうのですが、ここで抱き合うデブタンと令子のトロ~ン、デレ~ンとした顔が気持ち悪い!(笑)

持ち直した隼人の豪速球で正規野球部を抑えても、なかなか逆転の点が取れません。
そこでコーチの『どうせまともな野球などできぬ おまえたちじゃっ 練習着に着がえて すきかってに野球をせいーっ』という言葉をきっかけに、それぞれの特技を生かした技法でついにチャンスを掴むのです。
野球のルールの中で使われるサッカー、陸上、空手、剣道、キックボクシングの技術・・・・
若干無理があるのもありますが、とにかく反撃開始。

隼人のライバルなのに正規野球部を裏切って私設野球部に入り、代打で同点の一打を放った東郷真樹はこう言います。
『どうだっ 中将野球めっ
打者は打てばいいんだっ タマを遠くにかっとばえばいいんだっ
さすればチームプレーなど なんの役にもたちはしないんだっ
中将のチームプレーは 実力あるものもないものも
おなじようにひとつのワクにはめこんで 選手を平均化させてしまうんだ
そんなチームプレーだから 甲子園出場はできても 優勝などできっこなかったんだっ』


その後ついに隼人が逆転ホーマーを打ち、投手としても三振を取りまくって勝利しました!
これをきっかけに真樹は転校、椿監督は勇退し、古い伝統を捨てて誕生した新しい芽を持つ野球部は片目片足の谷丘鉄心が新監督に就任し、次の段階へ進みます。

デブ松と令子はついに結婚し、貧乏長屋の連中が披露宴まであげてくれるのですが、令子を取られたそのせいで織田デパートの二代目になり損ねた大阪支店長・明智光夫
彼はいつもヨダレ飛ばして頭がおかしい所もあったのですが、ここで登場する彼の弟・明智光成がそれに輪をかけておかしい。
彼は『バカか天才かわからんような怪物』だそうですが、その光成を目当てに真樹は大阪の烈風高校へ転校しているのだから、因縁は続きますね~。

この年の古い中将高校野球部は全国高校野球大会の地区予選であっさり破れ、次の年、つまり南城隼人が二年生になった年からが本当の勝負です。
二年生にして新主将になった隼人が率いる野球部は、伊賀山中で山ごもりの特訓をしている烈風高校の光成や真樹らと戦う事になるのですね。

寺の住職である椿和尚(元監督)のいる寺に、たまたま伊賀大善寺から来ていた師匠である坊主・三休老師がこう言います。
『明智… 光成とかいうとったが……
しってる……… ようしっとるわ……
あの男…… ナミのきち○がいではないわっ
天才じゃっ 天才的狂人じゃっ!!
ちかよらんほうがよい…… あの男にはのォ』

と、まぁそれはいいのですが、この光成のきち○がい描写が凄いんですよ。
もういくら漫画でも、これは漫画史上有数の酷さ。
きち○がいがヨダレを撒き散らしてるのはまぁ定番でしょうが…
その撒き散らし方が半端じゃなく、常時吐きまくってるそのヨダレの長さだけで1mくらいあったりしてますね。
今回の画像右側(12巻)で真ん中にいる奴が光成です。

隼人は空手の達人である椿和尚が使う水流の形を野球に生かすための特訓をします。
心の目を開いて背後の敵の動きを見抜き、前方の敵に備えるー
この水流の形の極意を極めるために、隼人も三休老師に教えを乞おうと、光成と真樹らもいる伊賀山中へと向かいました!

付いてきた佐野、そして兄を呼びに行く洋子タンと西本秘書も連れて行くのですが、現地で会った光成にけんか屋である佐野さえもぶちのめされ、洋子タンは惚れられてさらわれて…
助けに行った三休老師も光成と真剣勝負をした結果、光成も使えた水流の形によって三休老師の完敗、そして死…。

という所で今夜はここまでにして、ラストは椿和尚(監督)が私設野球部のトンデモ野球に興奮して叫んだセリフで、おやすみなさい。
次回で 「父の魂」の紹介は終わりにします。この作品にまつわる面白いエピソードも教えますからね!

それぞれがことなった個性を発揮して 能力の限界に挑戦する 失敗をおそれぬ野球!
青春のエネルギーが爆発する野球!
これだ!この野球こそ わたしが求め 夢にみていた みせる野球 たたかう野球なのだっ!!



  1. 2007/05/17(木) 00:00:54|
  2. 週刊少年ジャンプ
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浦佐駅の田中角栄像

KAKUEI.jpg

お久しぶりです。

前回からブログの更新が滞る事、既に三週間近く。
この名作漫画ブルース開設以来の休み方に、ガッカリした方もいるかもしれません。
報告もできなくて心苦しかったのですが、パソコンが壊れて使えなくなってました。

今年初めに壊れた時は詳しい友人に直してもらった(データは全部消えて初期設定状態に戻ったけど)のですが、今回は液晶がおかしくなって、さすがにもう駄目だと諦めて買い直しました。
今年の秋にはフランスに行こうと、古本買うのを抑えて貯め始めたお金に手をつけましたよ(泣)
しかもXPより新しいVISTAというのがあるとの事で買ってみたら、今年製の物だってのにスピードは7,8年前に買ったパソコンよりも遅いし、他にも不便が生じてます!

パソコンが使えなかった今年のゴールデンウィークは、主にDVDで一気に借りてるTVアニメ版の「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」を観続けてました。

おっと、前半は新潟の実家にも帰ってみましたよ。
私が帰省時に使う上越新幹線の最寄り駅は浦佐駅。
そこには田中角栄の銅像がありまして、つまり新潟に帰った時、そしてまた東京に戻る時と、角栄への敬礼に始まり敬礼に終わるのですが…
そんな私が今回、私本人をモデルにして撮った写真をアップします。
T-シャツには角栄無罪という文字が書かれているのですが、この写真では良く分からないですかね。

おっと、若い子達は元首相・田中角栄を知らないかもしれませんので、軽く彼について説明しておきましょうか。
角栄は1918年に新潟県の農村で農家の子として生まれ、極貧下の幼少年時代を経て小学校を卒業して上京しました。
中央工学校土木課を出て建築技師として働き、兵役、終戦と朝鮮半島からの引き上げ、政治界への進出、ついには首相まで上り詰めたのです。
第64代、第65代と二期に渡って内閣総理大臣を務めたのですが、小学校卒で一国の首相になったカリスマですよ!

「日本列島改造論」で一世を風靡し、日中国交正常化に成功(アメリカ従属体勢からの脱却を図った)、他にもいくつもの政治課題を独自の手腕で切り抜けた功績がありますが、ロッキード事件で逮捕され自民党を離党…
しかし党内最大派閥の実質的な支配者として君臨し、絶大な影響力を持つ続けて"闇将軍"などと呼ばれたわけです。

史上初の新潟県出身の首相だとはいえ、何故生地からは少し遠い浦佐駅に銅像があるかといえば、大宮~新潟間を走る上越新幹線を開通させ、途中の浦佐なんてど田舎にも立派な駅を作ったからでしょうか。
これだけに限らず関越自動車道や融雪装置、トンネル等を作ったり、とにかく角栄は自らの選挙区・新潟県への社会基盤整備に熱心だったのですね。

私の年代では角栄を知ったのも失脚後になってしまいまして、少年時代、祖父(新潟の百姓)に『角栄って悪い人なんでしょ』とか何とか言ったら怒られたのを覚えてます。
あとはリアルタイムのTVで見た事もありますが、脳梗塞で倒れた後の言語障害が残る状態ですから、何かヤバい物を見た感じが残ってます。

娘に田中真紀子がいる事を言った方がピンとくる人もいるかと思いますが…
あれと比べられては、角栄自身の偉大さを伝えるのには逆効果ですかね。
1993年に亡くなってますが、田中角栄記念館というのも新潟県にあります。

-------
おっと、これは漫画ブログでした。

田中角栄ほどのキャラクターになると漫画にもいくつも登場していますが、皆様は何を思い出しますか?
よしりんの傑作「角栄生きる!」でしょうか。
赤塚不二夫先生の「赤塚不二夫の文学散歩」より、角栄もシェー!!をする第10話『田中角栄全視点』だとか、本宮ひろ志先生の「やぶれかぶれ」「大いなる完」を思い出す方もいますかね。
水木しげる先生は「妖怪ロッキード」という作品も描いています。

しかし私にはまず、丸尾末広先生の「カクエイ先生怒りのキン玉」ですよ、やっぱり。
作者が丸尾先生、さらにこんなタイトルなので想像はつくでしょうが、たいへんエライ政治家のカクエイ先生の元に、箱に入った処女が運ばれてきて…
ウ○コ食わせて背景に"新潟百姓鑑"なんて文字が入ってるんだから、真っ直ぐな崇拝者や真紀子なんかが見たら卒倒して怒り狂うんじゃないでしょうか。
さらに処女のウ○コも食って『これくらいできんようでは国は動かせん わっはははは!!』なんて笑ってますから。
この作品は「胎児作品集 キンランドンス」(青林堂刊)に収録されてますので、未読の方は探してみてください。

新しいパソコンから、久々に無駄話をアップできたので今夜はお別れです。
次回からまた頻繁に漫画紹介を続けていきますからね~!!


  1. 2007/05/15(火) 23:28:57|
  2. 映画、音楽、将棋、等
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プロフィール

BRUCE

Author:BRUCE
BRUCEです。あだ名は大悟(DieGo)です。
大悟…つまり悟りを開くに至る道程にある事を表し、かつ神の映画「ドラゴンへの道」から頂いてのブログタイトル。同名の秘密結社も運営しています。

名作漫画紹介の形を借りて、自分の記録用に使っています。

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