次なる私の旅は、
東京都杉並区高円寺。
思いっきり近場で済ませてるようですが、やはり馴染みがあり、そして大好きな街から紹介しなくちゃネ!
それより漫画紹介はどうした、本当に書を捨てて街へ出てしまったのかBRUCE…
ま、ちょうど今回はこの街の名物にもなっている、年に一回の
"高円寺阿波踊り"を昨日と今日でやってたタイミングですのでね、記念でやっちゃいましょう。
さて、高円寺の地名は有名ですが、そこには本当にその名も"高円寺"という曹洞宗の寺が実在する事をご存知の方は少ないですね。もちろんこれに由来して付いた地名なわけですが、まぁそんな事はどうでもいいか。
ただ、散歩でもすればこの高円寺と呼ばれる一帯には寺院が多い事に気づくでしょう。
高円寺が舞台になった映画、本、音楽等の作品もいくつもあるし、未だにハングリーな若者達の憧れの土地でありましょう。
基本的にブルジョワ的な人達は、貧乏人の生態調査目的でくらいしか近づく事はないかもしれません。
私自身はPUNKでFUCKな学生時代に、初めて自分の金で上京した際にもここを目的地に定めて立ち寄りました。
その後ずーっとして、東京での一人暮らしを始めた土地も高円寺でした。
松本零士先生の
「男おいどん」ファンな私でもありますので、そこが風呂無しで壁の薄いボロアパートだった事は言うまでもありませんね。
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漫画に関係する所から話を進めてみると、
さいとう・たかを先生が
「ゴルゴ13」の単行本を出版するために設立した
リイド社がありますが…
「ゴルゴ13」の内容やスケール感が、庶民的な高円寺と全くもって合わなくて笑えますね。
実際に漫画の舞台に使われた作品ですぐに思い出すのは、やはり映画化もされた
みうらじゅん先生の
「アイデン&ティティ」でしょうか。映画の撮影もちゃんと高円寺でされてました。
西谷祥子先生の
「高円寺あたり」なんて、まさかの少女漫画で高円寺が使われている…これは快挙でしょう。
音楽でも、
みうらじゅん先生らがやってたバンド・
大島渚の名曲
「アイデン&ティティ」は高円寺のアパートで暮らしていた男の話でした。
フォーク好きなら
吉田拓郎の
「高円寺」を思い出すでしょうし、他にもいくつもあるでしょうが…私にとって大事なのは、やっぱり
筋肉少女帯の
「高円寺心中」ですね。

写真左の筋肉少女帯
「UFOと恋人」収録のバージョンが一般的でしょうが、写真右の
大槻ケンヂ「猫VS犬 オーケン・ソロベストR」に収録の
「高円寺心中」は、さらに膨らませて高円寺を知る者はニヤリとせずにはいられない傑作に仕上がってます。だって、
♪高円寺文庫センターで寺山修司の本を買って そのまま歩いてニューバーグでメシを食べて
現代書店に行って 桃太郎寿司に行って バービーに行って アジアンママに行って サザンアレーに行って♪…とか、続いてるんですよ。しかもライヴの即興で。
(
「筋少の大海賊 VOL.2」にも別ヴァージョンが収録されています)
ついでにその
大槻ケンヂ氏が書いた文章で、高円寺についての上手い説明をしてもらいましょう。
昨年上梓された長編小説
「縫製人間 ヌイグルマー」からですが、
『ヒッピー全盛期のカルフォルニアをグッとミニサイズにした、といったところでしょうか。自由を叫ぶ無産階級の若いやつらがたむろし、往来でギターを奏で、唄い、安い酒を飲んでは、映画や演劇の話にうつつを抜かしているのです。着る服はリサイクル、ロッカーや格闘家などをカリスマと崇め、口を聞けば自分たちの夢を語り出す始末…』
だそうです。
うん。今やポルシェと女性を乗り回す所まで出世(?)した
大槻ケンヂ氏も根底はやはり高円寺。
SF小説なのに高円寺を舞台にする冒険をした結果、小説全編を通して文章の冴えも違ってました。
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実際の街を見てみましょう。
この街の事ですから権力を象徴するようなでかいデパートとかはなく、細かい店が立ち並ぶ商店街が多くて、生活用品や食料の買物、外食するにも他の土地より安い"高円寺価格"が設定されてる感じです。
「高円寺心中」の作中で二人が出会った場所・
高円寺純情商店街。

ここを通る若者達の中に、名前の元になった
ねじめ正一先生の名著
「高円寺純情商店街」を読んでいる奴は…いないんだろうなぁ。
同じく
「高円寺心中」で"愛のパル通り"と歌われた、
パル商店街。

こんな素敵な姉妹も見つけました。

他にもどっちを向いても商店街が伸びていて、店も個性的なのが多い。
まず目立つのは若者向けでオシャレな古着屋、雑貨屋群でしょうか。有名な
元祖仲屋むげん堂を始め、激安店も多い。

しかし私が好きなのは古本屋。
中でもダントツにイイのが、パル商店街を抜けた先の
ルック商店街にある
アニマル洋子。
古着と古本を両方扱ってます。



元の店主は美人画家の
市場大介先生。
もちろん未だに
市場先生の著作や、レアな原画までアニマル洋子の店内で販売してますが…
現在の
市場先生は絵に専念するためにお店を去り、今は名作
「ドリルチンコ」(自費出版)の著者
オコノギオック先生が店を切り盛りしています。


住居が近くてしかも貧乏だった私は、お店の品揃えや値付けの確かさを見て、すぐにアニマル洋子に本を持ち込んで買い取りをお願いするようになりました。
もう何年もここで売り、時に買っている…高円寺で一番好きなお店ですね。
お互いにくるものがあったのでしょう、お店の
オコノギオック先生ともすぐに友達になり、店を閉めた後やオフの日に一緒に呑みに行ったりもしてます。
オコノギオック先生は、多ジャンルにおいて博識さと独自の洞察力を持った鋭い人物…ではありますが、物腰の柔らかさがまた魅力。
というより何にも増して面白さと人柄の素晴らしさが際立つんですよ。

彼を慕う者達が
オック先生に合わせて軍服で集まったりも。

もう一人忘れてはいけないのが、一年ちょい前からかな、ここでバイトしているK氏。
彼とはアニマル洋子で働く以前からの友人なのですが、バンドマンでもあるこのK氏がまた面白い!
音楽にメチャクチャ詳しいのもあるのですが、あの語り口調はさすが落語にも精通する彼ならではのもの。

来店してみて何か探してる本が見つからないとかあれば、その素敵な店員さんに話しかけてみてください。
さらにこの
ブログ・大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)を見て来ましたと言えば、値段も10%upくらいになるかもしれません。
この時などはアニマル洋子の両店員さんに介抱されている酔い過ぎBRUCEですが、

問題なのは私が着ているTシャツ。
ここでプリントされてるヤバ目なイイ顔親父(俳優の平やん)は、
根本敬先生監督のビデオ作品
「さむくないかい」の出演者であり、Tシャツは完成記念にガロで通信販売したもの。
こんな日本で何着売れたか分からない品を、アニマル洋子関係で知り合った全く出身地の違う三人が所持していると分かり、急遽"さむくない会"という会合を開いたものでした。

次は…ちょっと似たテイストのお店があづま通りにもありまして、ここは店主のB級、いやZ級物好きが高じてその名も
ZQというお店。
3、4年前に出来た店ですが、そうそう売れないであろうZ級のバカ本セレクト中心で、良く頑張ってるのが好感持てます。
アカデミー賞よりラジー賞。こんなサブカル人間には当たり前の感覚を、もっと一般に広めるのに一役買ってる…かも。
中古CD、ビデオとかもあります。


おっと、紹介が遅れました。
この坊主頭のイイ顔さんは、モデルとして茨城県から呼び寄せた友人・
一ツ本松氏。
次に
高円寺文庫センターですが、これは高円寺名物ですね。
サイン会もするし品揃えが豊富でイイのを選んでいる本屋ですが、最近場所を庚申商店街に移し、小さくなってしまいました。
リリー・フランキーの絵を看板に使いましたが…

そういえば私が青森県に住んでた時(約10年前)に、やたらとサブカルチャー知識を持つ女性と知り合ったので驚いて話してたら…元・高円寺文庫センターの店員さんでした。
そして仲通り商店街の
バロック。
私が学生時代から定期購読していた
ガロに毎号広告を載せていたので、始めて行った時は感激しました。
死体、猟奇殺人者等のグログッズに、エロ(それもスカトロ、妊婦、レズ等)といった変態ワールドを展開しているお店ですが(笑)
ここは新品販売なので高いし、私としては一度見たらしばらく行かなくていいお店ですが…

中古CD・レコード屋も、昔からよく行くのは
ヨーロピアンパパ、
RARE高円寺、
珍屋…他にもいっぱいあります。
こういう街なのでやはりライブハウスも数が多く、特に住んでたアパートから徒歩2、3分の
20000vによく行ってました。高円寺ではかなりベタな有名ライブハウスですが。
目当てのバンドが出る時ばかりじゃなくとも、普通に爆音聴きながら呑みに行く感覚で寄って、いいバンドに会ったりもしてたのです。
変態ライブハウスで有名なのは
無力無善寺。


うーん…ヤバイんだけど、あの
三上寛様が毎月のように出演されてます!
次は飲食店も紹介しましょう。
とはいえ、食べ物より本やCD等が好きな私がグルメ日記みたいなのを書いたらいけないと思うし、貧乏生活が長かったので…安いお店しか知らない(行かない)んですよね。
でも"食べ歩き"と言える事はしていない私も、お酒は大好きだし、友人達とのコミュニケーションの場にもなる居酒屋やBAR、それにカフェ・喫茶店なんかに行っている事は確か。
でも紹介しようにも、ここまで個性的で安くて美味しい店が揃った街の紹介でそれをやるとなると大変な労力が必要となってくるので…今回はとにかく行く数が多い店、思いついた店を少しだけ。
まず中華料理の成都。

貧乏呑みをする時にいつもお世話になっていて、私が幹事で団体を連れて行くのも大抵ここですね。
あの時もこの時もここで呑んだ…思い出たっぷりのお店です。昨夜も行ったしね。



そして!
私と言えば
喫茶プログレは外せませんね。あ、喫茶と付いてもこの店は基本的にはBARです。


音楽は幅広く聴いてるつもりの私ですが、やっぱり一番好きなのはprogressive rockことプログレと言われるジャンルなのです。
それも1960年代後半から1970年代前半くらいの、いわゆる黄金時代を中心に英国からマイナー国のバンドまで好きで追い求めて来たのです。
しかし喫茶プログレに行き始めてからは、それに加えて私が苦手だった近年のプログレや日本プログレまで随分教えてもらってきました。
好きなプログレを大音量で聴けるのが嬉しいだけでなく、ここはチャージ代もかからないし全ての値段がリーズナブルなBARなのです!
マスターを含め、ここで出会う人達も面白い。
ボカン亭はマスターが日本歌謡曲のDJもやってる方で、美味しいつまみを食べながら嬉しい音楽も楽しめる。


次の店にどんどん行くと、ラーメンが300円の
大陸は、新潟県出身の方がお店をやってて、しかも田中角栄先生の大ファン。田中角栄という名を出すと喜んで語りだします。

この
ニューバーグと、

すぐ近くにある
タブチは両方ともガテン系の飯屋と言うか、安くて量が多いけど味は二の次という高円寺の貧乏人御用達の店。
他に安い上にちゃんと美味い店がいくつもあるのに…
高円寺のラーメン屋だと私は
せい家が一番好きですが、まぁ他にもいくつか好きな店はあるし、嗚呼そういえばあの飲み屋も、いやあそこではこんな事があった…と考え出したら大変だ。
まぁ店の数からして、前回の魚沼市を紹介するようには行きませんね。
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あとは最初にちょっと触れた通り、今夜まで行われていた高円寺阿波踊り(8月最終の土日に開催)ですが、本来祭りのように人が異常に集まるところは嫌いな私も、毎年顔は出してます。

例年アニマル洋子の店先で酒呑んで観ているだけなのですが、あの日本独特にして最高の手打ちダンス・リズムが迫ってくるのが良くて、踊りは二の次で打楽器の音を聴いてしまうんですよ。
ここで、また
大槻ケンヂ「縫製人間 ヌイグルマー」から阿波踊りいついての文章を引用させてもらいましょう。
やっぱり上手い人が書いた文章が伝わりやすいですからね。
『心の奥底より湧き上がるビートを、豪傑に打ち放って、踊り子たちの動きを果てしなく盛り上げていくのだ。彼らの体をサウンドと直結させて、生けるダンスマシーンと化すまで容赦しない。ついには全員を阿呆にして見る者たちまで同類の存在に変えてしまう。踊る阿呆に見る阿呆。すなわちエクスタシーのリズムなのである。』
まさにその通りなのですが、そんなだから昨夜は音に聴き入るあまり、踊り子達の写真を撮り忘れてしまいまして…
せっかくカメラ持ってたのに終わってから気付いて確認したら、今回案内したフランスからの客を撮った写真一枚きりしか入ってませんでした…
ただし数年前の写真を出してきたので、貼っておきましょう。
写真撮らせてくれたカワイ子ちゃんと、

アニマル洋子前のラーメン屋・
天王&制服がカッコいい、祭りの警備員さん。

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はい、高円寺についてはまだいくらでも語る事があるのですが、今回はこんなもんで止めておきましょう。またそのうち面白い所を追加して紹介しますので。
あとはもっと言えば、高円寺はあの
まんだらけや
タコシェ等を擁する、オタクビルこと
中野ブロードウェイもすぐ近くだというのが大きいですね。
そんなわけで私が好きな高円寺。
いや、でも今好きか嫌いか即答は出来ない部分があります。
住んでみたら憧れと実情は違うと感じるのは当然でしょうが、地方からは文化的にレベルが高いのかと見えたこの地でも、結局いきがってるのはクラスの支配者になってた体育会系と何が違うんだろと思う輩ばかりだし。
激戦区でいばるだけ地方者よりはずっと評価できますが、やる事はタトゥー見せびらかしてでかい顔して、弱者にケンカ売っていい気になってる始末(たまに似たような場面に遭遇します)。
では彼らが、高円寺で人気な(?)のPunkでも
澁澤龍彦でも
丸尾末広先生でも、何でもいいけど好きなモノを突き詰めてるのかと思って話してみたら浅い奴らばかりじゃないか、このファッションサブカル者!
確かに奇抜な人が多いとか思われる高円寺だからって、実際に才能ある人がゴロゴロしているわけはないんだし、むしろ皆無に等しいのが世の中ですよね。
そりゃそうなんですけど、人間性のベースも出来ていないのに変な格好して変なプライドだけ持って自分を特別な人間だと思ってる奴はそら寒いと…それだけ分かって貰いたいなぁ。
…と、今日は若者の街に対してなので説教兄ちゃんぽく。
最後に、偽ミッキー…じゃない、ミニーに会いたくなったら高円寺。

街歩きをしているとこんな変なのや、電波系の家とかも出てきますよ。
人も街もまだまだこれからが面白い街なんだって事で、今夜は〆。
おやすみなさい。
- 2007/08/26(日) 23:58:03|
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新潟県魚沼市の紹介、三回目の今回で一旦終わりにしましょう。
最後にどこを紹介するかと言うと…私の部屋ですね。
正確にはそこにある物。
そう、自分だけにとっては部屋が一番素敵な空間だったりします。
ことに私のようなコレクター気質の人間は、自分の好きな物だけで囲まれてる部屋が出来てるわけですからね。
実家ですので、かつて私が住んだ足跡がそこに完全に残っています。中越地震でメチャクチャになったりもしましたが…
私の大好きな
ジョン・ウォーターズ監督作品の中でも、一般的には一番の有名作
「ピンク・フラミンゴ」(PINK FLAMINGOS)が、日本でリバイバル上映された時に手に入れたポスターが貼ってあるのですが、随分色あせてしまってます。

大好きな歌手から色紙に頂いたサインは、まず
三上寛様。
あがた森魚様。

二人ともお会いして、いろいろお話もしました。
続いて
戸川純様は、まず
「ヤプース計画」のLPサイズポスター、舞台
「羅生門」時のパンフ。


他にも
戸川純様からは写真集にもサイン貰ってるし、単行本や表紙に載ってる雑誌、CDにレコード、グッズ…とにかく
戸川純コレクションは大量にあるのですが、時間切れで今回は写真撮ってられませんでした。
これは
石ノ森章太郎先生のサイン入りポスター。

先生が亡くなられる直後のイベントポスターでありますので、これまたレアでありましょう。
もちろん他にサイン本も数点所有してます。
子供の時に使っていた、FとAの両
藤子不二雄先生キャラが共演している、こんな下敷きも今ではありえないんですよね…

それと今回発掘作業を進めていて、最も笑ったのが
原田知世ちゃん物。
彼女のファンになったきっかけはやはり代表作の
「時をかける少女」だったなぁ…
筒井康隆のSF小説を
大林宣彦監督が実写映画化したこの映画を観てない方はいますかね?
「時をかける少女」関連の物だけでこれだけありました。

この映画の公開は1983年で、
知世ちゃんは私より10歳くらい年上の世代のアイドルだというのに、後から追いかけまくりでしたよ。
大林宣彦監督も大好きですので、ほぼ全作品を観てますが…やはりいいのは
「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」の
"尾道三部作"。
これは別名
"童貞三部作"と言いまして、童貞時代に観なきゃ面白くないんじゃないかと思える鑑賞期間限定付き映画。
原田知世ちゃんのEPと本、パンフの一部だけでこれ。
映画化された文庫のジャケ違いとかがよくこれだけ存在し、そして私もインターネットが存在しない時代に自分の足でよく集めたなぁ。

他にも異常な数のグッズがあり、全部はとても写真一枚に納まりませんが…

この変態が着ている服もちゃんとオフィシャルパジャマで、つまり全てが
知世ちゃん。
今、彼女のデビュー曲
「悲しいくらいほんとの話」を聴いてますが、胸キュンの名曲ですよ。
同じく女優デビューとなったTVドラマ版
「セーラー服と機関銃」の主題歌なんですよ。ドラマの方も当然手に入れて観たものでした。
大林宣彦監督が好きで、特に"童貞三部作"ファンとなると
「時をかける少女」以外の作品に関してはどうだったか。
まず
「転校生」は作品自体が大好きなんですが、主演の
小林聡美はその後の活躍で、も一つ露出が少なくて(アイドル志向ではなかっただけでしょうが)そのうち忘れましたが…
最後の
「さびしんぼう」。
これでは、まんまと主演の
富田靖子たんにハマりました。
あの
黒澤明監督がこの作品を気に入って、黒澤組にも見るように指示したというエピソードがあるくらいの出来ですからね。


次は…私の中学生時代からの最強男アイドルはこの方、
大槻ケンヂ(
オーケン)。
思想的にも影響受けましたから(笑)
本はずっと新書版、文庫版共に初版帯付きで買ってます。
オーケンが表紙の雑誌やパンフ。

彼のバンド関係も、もちろん
筋肉少女帯を中心にこんな細かいグッズから…

他にもいろいろあるので、今回は省略(いやホント時間なくて)。
でも細かいの以外で
オーケンのメイン作品として、CDシングル、

CDアルバム…

それとビデオにレコード。

全部、東京の部屋にも少しだけ持ってってるので一箇所に集められなかったのが残念ですが、かなりコンプリートに近いでしょう。
ガロ棚や、

サヴカルチャーや幻想文学、日本や南米、欧州の文学を始めとした活字本、もちろんこだわって集めた漫画本に…
他にも大量にあるのは映画モノや音楽(ロック)モノあたりでしょうか。フランスで集めたレコードコレクションも激レアですよ。
また今度帰った時に、ゆっくりしてる時間があったら写真撮ってこようかな。
少しずつ東京に運んだり処分したりしてるので、もう東京のアパートの方が凄い事になってるんですけどね。
おっと、もちろん忘れてはいかんのが、私の歴史において最強な
BRUCE LEEグッズ。
10年くらい前の時点でこの有様でしたから、

今はどれだけあると言うのか。
はい、今回は全く魚沼市の紹介にはなってませんが、またやりますので…さらば魚沼!
- 2007/08/19(日) 21:07:36|
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前回に引き続き、
新潟県魚沼市の紹介です。
今回は帰省した際に必ず寄る、食べ物屋に絞ってみます。
東京にいると魚沼市の食べ物屋が恋しくなるんですよ…
「美味しんぼ」の
栗田ゆう子さんばりに、
『まったりとしてコクがあり、それでいてしつこくなくてジューシーで、味の広がりもある上に、シャキシャキっとしていながらシコシコしてるわ〜』みたいに書くのも面白いかなと考えたのですが、やっぱり面倒くさいなぁ。
それにグルメサイトではないので、味がどうとかは詳しく書きません。
魚沼市でも
『帰るぞ、中川!』と、
海原雄山先生ばりに席を立ちたくなる店はいくつもありますが、ここで紹介する店はどれも私の好みでは美味しいと思うお店、思い出のお店ばかりですよ。
さて、まずはラーメン屋から。
魚沼市はラーメン激戦区であり、かなりレベルが高いんです。
まずは車で小出インターを降りて国道17号線へ出るとすぐに見える、
まる井。
ここらでは凄く有名なラーメン店・
土佐屋で修行したT君(私より1歳年下)が、ついに独立して開いたお店です。

とんこつ醤油味で、チャーシューもグー。
ン・・・ン・・・

ンマーイ!!

お盆だからかちょっと昼過ぎたら閉められちゃって、今回は入れなかったのが残念な…
大善。
ここでは必ずマーボーメンと餃子を頼むのです。美味いのに混まないのがまた嬉しい。

今回は入れなかった
ちんちん亭も、よく行ってました。近年に支店を作ったのですが、店名は期待したようにまんまん亭…では無かった(笑)

さて国道を長岡市方面に走ってみましょう。
まずはまる井の店主が以前修行していた、土佐屋!
私はここの大ファンで、オープン以来ずっと行き続けてました。

味は味噌、塩、醤油…そして最近は豚骨まで始めた幅広さですが、不思議な事にどれも一級品。
今回は塩ラーメンにしました。50円増しするだけで二倍の量になる"大盛り"もお得で嬉しい。

そのまま進むと川口町の
ラーメンつり吉が出てきます。
釣り堀の隣にあるラーメン屋で、真っ黒い醤油スープの美味しい店なのですが、今回は行かなかった上に写真も撮り忘れました。まぁ店の外観はダサいからいいか。
小千谷市に入り、学生時代からよく行ってた
手打ちらーめん 勝龍。
ここは塩味が美味しいのですが、気分で醤油味を頼んでしまいました。
トッピングも種類が豊富で美味しいのですが、今回はノーマル醤油で。


長岡市にも美味しいラーメン屋はいっぱいあるのですが、さすがに腹に入らないので今回はパスして…
--------------
はい、次は魚沼市の居酒屋コーナーに行きましょう。
まずは私がかつてアルバイトしていたお店でもある、
須藤魚屋。
お店のお母さんも凄く優しくて好き。食べ物がどれも美味しい、名店ですね。



そして
そば処 富永。

ここも私の心の故郷と言うべきでしょう!
富永夫妻にも可愛がってもらってるし、常連客もやはり顔見知りが多い。

そばを食べながら酒を呑むとなると、もうちょっと大人というか、上流階級のイメージがありますが…
私のような落ちぶれても元上流家庭、貧保耐三こと
びんぼっちゃまの異名を持ち、
『落ちぶれてスマン!』を合言葉に貧乏生活している男でもOKな値段設定。
しかもセンスのいいつまみ達が素晴らしく美味い。
そば処でしすので、もちろんそばもうどんも美味しいのですが、私は完全に居酒屋として使わせていただいてます。
それと
つるや。
ここは味にうるさい父親が大昔から行ってる店ですので、私も小さいときから連れてきて貰ってました。美味しいラーメンもあるので、ここで〆ラーメンも済ますというのがオツです。

ここまでの居酒屋三軒(一軒はそば屋か)は、全身全霊込めて好きと叫べます。
こういう店があるからお金かけて里帰りする価値があるんですね。
あと今回は兄の家族がいたりして(小さい子供付き)、行く店が限られたのはあるかもしれませんが…何年ぶりかの焼き肉屋・
こあさへ行きました。


モツ焼きとか焼肉って話になると、本当は昔からいろいろお世話にもなってるし、味も好みな
一炭もめんに行かなきゃならないんだけど…今回は混みすぎてて入れなかったのだ。


この名前だと
水木しげるファンとしても貴重なお店でしょう。
あとは顔見知りでもあり、若い女子だけでやってる居酒屋・
御座敷ケンチャンもこの町では嬉しい存在でしょう。創作料理が女子っぽくていいんですよ。しかも三階建ての建物一軒まるまる居酒屋という贅沢さ。

あとはお盆だというのにちゃんと店を開いてくれてて、しかも値段も良心的でマスターの演奏も聴けるのが
Risbon。ここは昔、妹がバイトしてました。


店の外にソファーがあったので、ついでに撮影(君達モテないぞ!)。

酒を呑んでて調子良くなってきたぞ〜…となってきた時に、東京との温度差を感じるのが夜中なわけですよ。
ど田舎なので、やってる店が無くなるんです。
もっと言うと昼もランチタイム過ぎると夕方まで閉めやがる店ばかりだし、夜は7時以降街に人がいないし…
まぁそこまで呑んでるお前が悪いって話にもなるのですが、我々にも強い味方があります。
その呑み屋の名は…
セブンイレブン!(笑)

店員さんも歴代顔見知りで仲良くしてくれてるしね。
コンビニにたむろするヤンキー系(って言うんですか?)のクソと一緒にされたら心外ですが…
見つけたご当地ラーメンやおでんをつまみに買って、店外でビールを呑む。


--------------
はい、次は喫茶店紹介ですよ。私は珈琲も、喫茶店自体も好きですからね。
魚沼市(旧・小出町)では、『暑いから』と女子を連れて行ったら喫茶店なのにクーラーが効いてなかった事もあったり、痛い思い出がありますが…やっぱり好きな店はあるんですよね。
まずは
スタッフ。こんな店が東京にもあればいいのに。


そして
てくたく。
とにかく店の外にいい匂いを放ってます。
通学路でもあったので、小学一年生時代からずっとこの匂いを嗅いでたんですよね。


灰皿まで可愛い。

--------------
次は旧・広神村になりますが、今回は
広神のやなに行きました。
鮎の塩焼きや天プラ(天プラ、おまえだ、カラッポ)、他にもいろいろと昼ビールを頂きましたが、鮎は釣ってるシーンが窓外に見えるのが、またいい。



アロハシャツ着てると、たまに恐い人だと思われるのが心外ですが…私は気の弱い文化系の人間です。
ハワイ製の"ハワイアンシャツ"は、そのグッドデザインが故に好きで、軽く集めてるんです。
だいたいイメージ通りのチンピラが着てるようなシャツってもっとダサくて生地も悪い物ですし、それは見る人が見れば分かるんですよ。

ハワイ製のが好きと言っておきながら、今回もう一着持ってったこちらは日本製ですが…
HYSTERIC GLAMOUR。

ヒスでアロハと言えば、昔に"BRUCE LEE柄"のが出ていて、でもお金が無くて買えなかったのを今でも悔やんでるんです。
持ってる方がいたら誰か譲ってくれませんかね〜。
パスタとピザなら、林の中にある素敵店・
えるえる。


へぎそばは、ツルツル感とコシが最高な
いたやで、



へぎうどんだと
小松屋が好きです。

--------------
以上が帰省時に寄る、大好きなお店でした。
私が紹介するのだから、その趣味のようにマニアックな店かと思われるかも知れませんが、意外と地元では有名な店ばかりです。
魚沼市あたりに旅行に行く方がいましたら、是非行ってみてくださいね。
有名な観光地ではないですけど、本当に絵に描いたような田舎の風景で、お薦めです。
他に東京では味わえないものは…お空のお星の美しさでしょうか。
♪コズミック・サイクラー星空サイクリング
Run Run Run Run Runaway home♪と、
ヴァージンVS(
あがた森魚様がVoのニューウェーブバンド)の名曲を口ずさんでいると…
ビュンビュンと流れ星が飛んで行くんですよ!
いや飛んで行くと言うよりは、空の真ん中ぐらいから下降するお星が多かったっ!
ちょうど流星群時期だったようなのですが、こんなのは魚沼市育ちの私も今まで見た事なかったです。ビール片手に長時間立って空を見上げてました。
感動で鳥肌実!
ただしあの速さでは願い事なんぞ無理。奥歯の内側に加速装置のスイッチでもあればと、悔やんでしまいました。
ついでなので
あがた森魚様からサインしてもらった、ヴァージンVSのCD画像も載せておきましょう。
あがた様からは他にもいっぱいサイン貰ってます。
自慢しちゃうと、何度も一緒に酒呑んでますし!
はい、今夜の魚沼市紹介はここまで。
- 2007/08/18(土) 23:52:00|
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このブログでの旅紹介、二つ目の土地は
新潟県魚沼市。
日本一美味いお米・魚沼コシヒカリで全国的にも有名な土地ですね。
ここは…私の生まれ育った土地なのです。
この度のお盆墓参りで帰省したので、この魚沼市を紹介しておきましょう。
しかし今回はただの帰省ではない。私のルーツを探るための新しい旅となるであろう(何だそれ)。
"魚沼市"とか言われても私は知りません。
つまり、私は
北魚沼郡小出町で育ったんだけど、もうとっくに町を出てから合併して(三年前くらい)魚沼市になったから。
小出町と合併したのは、堀之内町、湯之谷村、広神村、守門村、入広瀬村なんだそうですが、この四つの村なんてほとんど山ばかりの面積がバカ広い所だったし、こんな日本でも有数の広い市となった魚沼市…もう魚沼市で地震だ何だってニュースを聞いても、どこの事だか全く分からなくなりました。
そんなわけで、魚沼市とは言っても私が詳しいのは旧・小出町なので、紹介も旧・小出町中心になります。
では早速…
"路上観察の世界"では非常に人気がある、マンホールの蓋。これは未だに魚沼市になっておらず、小出町標記でした。

マンホール、つまりmanhole。man(人)とhole(穴)を組み合わせた語だけど、このmanを"男"の意に解して、どこかのフェミニスト団体が抗議し、別の語が提唱された事もあったそうです。
フェミニスト団体が言う"差別"って、何でどれもこれもバカなんでしょう(ニュースで見る限りしか知らないけど)。
そもそもフェミニスト団体という存在自体がどうかと思いますしね。
そうだ、彼女達のレベルに合わせて今度私も抗議しよっと。
『男も使うのに"マン"ホールだなんておかしい!チンホールにすべきだ!!』と。
でもチンにホールは無いし、その意味にすると入るのは男だし…
って、止めときましょう。
小出公園から町並みを眺めると、そこはオモチャ箱の宝物を見るように心が洗われる。
周りが全て山で囲まれてるからそんなイメージなのでしょう、キレイだ。

そりゃタイタニックもやりたくなります。

汚してやる!

決していい少年時代を過ごしてこなかった私ですので、魚沼市には愛憎入り乱れるアンビバレントな感情を抑えきれない。
考えれば葛藤し…というより、湧き上がる怒りの方がはるかに強いのが正直な所。
でも大人になってから出会った人達は大事です。
東京でも有名(メタル界限定)なHeavy Metal Soldierの
KOZZYや、

テラヤマ君に、

KTFM和尚、

凹JI、


もちろん中身も面白い、こういった人物達と新潟で出会いました。一人以外は現在東京暮らしですが。
他にも帰省すると遊ぶのは三拓問題(拓実、拓也、拓夫のユニット)や、他にもまだ生息する変態達。女性でも面白い人はいましたよ。
大人になると、付き合う人間を選べるのが嬉しいですよね。
もうドラマ、カラオケ、J-popで、あいのりイェーイ!野球にサッカー、ヤンキー…そんな人達が幅を利かす中に入らなくていいんだ。
あとは帰省すれば必ず行く好きなお店なんかを紹介しておきましょう。
…やっぱり自分のための記録用に残しておきたいだけですけど。
さて、あの合併前の中越地震でもしぶとく生き残ったこの街を、観光客の目で改めて眺める私の旅の始まりです。
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8月11日。東京のアパートを出て、この新幹線に乗りました。

車中は駅弁とワンカップ。


新幹線では最寄り駅になる
浦佐駅では、やはり角栄先生に挨拶と、付近を通る者に
"角栄無罪"を訴える。

新幹線から乗り継いで行く、本当の最寄り駅はこれ、
小出駅。

VOWにも載った、このごみ箱は好きでした。写真はかなり昔の物で…

この
『ぼくのごみ箱です』の他に、『ぼくの喫煙所です』もあったのですが、両方とも右半分が切り取られて、ただの『ごみ箱です』と『喫煙所です』に格下げしてました。

ここから出て、日に4,5本くらいだけ走るローカル線・
只見線も隣の
薮神駅から見てきました。


T-シャツが
山野一先生の「ヒヤパカ」プリントなのが自慢。



走る速度はノロノロで、私なら走った方が速いですね。
雪国の人しか知らないであろう、
除雪車と戯れ、

魚沼市で唯一の映画館・
柳生館。

ここは小学生時代の思い出スポットですね。
「北斗の拳」や
「ドラゴンボール」、ジブリなんかの新作アニメが来ると駆けつけたものだし、
「大霊界」VS
「スウィートホーム」、
「山下少年物語」VS
「イタズ」…二本立てで観た映画が次々思い出されます。
文化的なものに弱すぎる田舎の事ですので、大人になった今の目では恥ずかしい映画しかやってない上に、お客が激少ない。
いやそれがいい所で、
「バトルロワイヤル」とか一人で観れましたよ。
「戦場のピアニスト」の時は三人くらいだったかな。
「少林サッカー」は友達と観に行って…と、帰省した時にわざわざ普通の映画を行ったりもしてます。
サブカルチャーだのモンドにカルト、そんな言葉は知らないけれど、やっぱり映画は柳生館!
パンなら
ロリアン。美味しいし、店名も可愛いでしょ。

納豆好きの私には、故郷にはこんな美味しい納豆がある事が自慢な
大力納豆。



お茶は
大勝茶舗。この日は休みでした。
しげのやが閉まると
「サザエさん」ファミリーが現れる。

川。

線路。


この如来像は、近づくとお経を唱えてくれます。


私のトラウマ、剣道をやらされてた体育館も通りかかってしまいました。
…いつの間にか体育館内に人工芝が敷かれてる!!
夜でも鍵は開けっ放しだから、記念撮影。

旧・広神村のばぁちゃんちにも行きましたよ。
行く途中に牛舎が二軒。
おっ、原子心母。


ばぁちゃんちのすぐ近くにある戸隠神社も好き。


ばぁちゃんちの犬。臆病です。

お盆ですので、若者もお墓参りに行って"お墓マイル"を貯めましょう。


安全坊や(飛び出し坊や?)。


ちなみに私が滞在した期間は、魚沼市の気温が37.8度…日本一の暑さが記録されていて、毎日射してくる強烈な太陽光から逃れるために山笠は必需品でした。

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さて、少しだけ魚沼市から出てみましょう。
だって魚沼市には
ブックオフが無いもの。
そうそう、新潟県にもブックオフがいっぱいあっていいですよ。

この六日町店は新規オープンの時に開店一時間前から並んだなぁ。
ここにもある、
ハードオフの方は新潟発祥なんだそうです。
(ブックオフは神奈川だとか)
ここも合併して南魚沼市になってました。

次は長岡市のブックオフ巡り。
ここは狭い範囲にでかいブックオフが三軒もあるんですよ。

お盆なので仏壇屋さんにも行って、小僧の手をひく。

旧日本海軍軍人の中でも傑出した名将・
山本五十六元帥は長岡市出身。
生家が未だに残り、公園になってまして…


その公園には銅像もあり。


近くに
山本五十六記念館も。
山本五十六元帥を描いた小説、映画、漫画は数多くあるでしょうが、私のお薦めは
梶原一騎原作作品の
「青春山脈」ですね。
そして彼の遺訓である
「男の修行」は、私の精神に引き継がれています。
『苦しいこともあるだろう 言い度いこともあるだろう 不満なこともあるだろう 腹の立つこともあるだろう 泣き度いこともあるだろう これらをじっとこらえてゆくのが 男の修行である』
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あと新潟に帰ると目に付くのが
くすりのコダマ。


可愛いでしょ、abubu。
今回は時期的に、主だったお祭りが無くて残念。
地方のお祭りって面白いですからね。

これは旧・堀之内町の御神輿ですが、旧・小出町にも似たような御神体が、女性のシンボルに突っ込んで行くお祭りがあります。
はい、今日はここまで。次回は好きな食べ物屋に絞って紹介してみましょう。
- 2007/08/16(木) 16:53:07|
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本宮ひろ志先生といえば、日本漫画史で…とは言えませんが、とにかく
ジャンプの歴史においては最重要人物とも言えますね。
私は
梶原一騎ファンと頻繁に公言しているからか、同じように主人公に"男"を描く名人である
本宮先生の方は好きじゃないと思われがちですが、そんな事はないです。
ジャンプ大好き小学生だった時から、
本宮作品は過去作品も含めて慣れ親しんでましたし、特にその頃読んでた作品は今読んでも面白い!
順に作品紹介も進めるとして、まず
本宮ひろ志先生の経歴です。
1947年生まれの千葉県出身で、中学卒業後に航空自衛隊の生徒隊に入隊するも、17歳で除隊(ここの同期に
「北斗の拳」の原作者・
武論尊先生がいたとか!)。
その後漫画家を目指しました。
1965年に
「遠い島影」でデビューしましたが、この時は
本宮ひろし名義。
そして1968年に週刊少年ジャンプで
「男一匹ガキ大将」の連載を開始し、大ヒットしたわけです。この名作はアニメと映画にもなりましたからね。
とにかく創刊したばかりのジャンプを躍進させた立役者なのです。
そういえば、先に挙げた
梶原一騎先生との関わりも間接的ではありますが、実はあります。
本宮先生は一度休筆宣言をした事があるのですが、それは
ビッグコミックで連載していた
「男樹」が快だった1980年。
原因は、
つのだじろう先生がオカルト漫画
「魔子」の作中において
梶原一騎先生とその弟・
真樹日佐夫先生を呪う呪文を書いた(この件については
ここで既に紹介してます)後で監禁され、各出版社や漫画家仲間宛に詫び状を書かされた事件。
この時仲裁に入るべき編集部さえも
梶原先生を恐れて弱腰の対応しかしなかったからだとか。
まぁわりとすぐに活動再開しましたが。
あ、ついでにもう一つ思い出しました!
川崎のぼる先生の
「どうどう野郎」、
JC(ジャンプコミックス)版の単行本において、巻末の応援文を
本宮先生が書いてるのですが、
川崎先生を『最も尊敬する漫画家の一人』と紹介した上で、五つのお気に入り作品を挙げています。
それは
「太平原児」「巨人の星」「男の条件」「スカイヤーズ5」「どうどう野郎」。
うち二作が
梶原一騎原作作品ですね
おそらくは他の
梶原作品も読んでて、影響も受けていると思いますよ。
…嗚呼もう、私はどこからでも
梶原一騎話にもっていき、延々と語れるという特技を持っているのですが、今回は
本宮ひろ志先生紹介ですからね、ここまでにしておきましょう。
私が好きな
本宮作品は数多いですが、誰もが知ってる代表作といえば
「男一匹ガキ大将」の他にも
「硬派銀次郎」「俺の空」「サラリーマン金太郎」あたりでしょうか。
作品の紹介はまた少しずつ進めていくとして、ごく近年では二つ驚いた事があります。
まず
週刊ヤングジャンプに掲載した
「国が燃える」にて、南京大虐殺を酷い左寄り思想の者が言うまま鵜呑みにした捏造歴史観で描いて、打ち切りになった時。
日本軍による悪辣極まる行為を"史実"として描写した後に
『これが…日本人の…正体か!!』って驚くシーンがあってですね…
他にも無知と恥をさらしまくり、そりゃ
『これが…本宮ひろ志先生の…正体か!!』
としか思えませんでしたよ。
ただこれは本人が謝罪してますし、大事な作品まで止めてしまったのですからお気の毒でした。
もう一つは、
漫☆画太郎先生の
「珍入社員金太郎」(もちろん
「サラリーマン金太郎」のパロディ)を止めさせたらしい事で、
「珍入社員金太郎」が爆笑モノの名作だっただけにこの時は
本宮先生の器の小ささに腹立たしさすら感じました。
そもそも作品もかつてのように面白くないですしねぇ…って、いや近年の
本宮先生を叩くような事を言い始めてもしょうがない。
次回から過去の
本宮ひろ志先生が生んだ名作漫画の紹介へ移りますね。
- 2007/08/12(日) 21:58:45|
- 週刊少年ジャンプ
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静岡県伊東市の旅、二回目。
今朝のニュースで、伊東市の宇佐美海水浴場でシュモクザメが出て、捕獲、処分されたと報じてました。
タイムリーに伊東市が出ていたのでびっくりしましたが、同海水浴場の遊泳禁止や警戒もあり、客足が途絶えてしまったようで同情しちゃいます…
さて。
昨夜は
"怪しい少年少女博物館"だけ別枠にして今回紹介すると書いてしまいましたね。
今また写真見直しても、正直もういいかな思ってますが…
ま、ちゃちゃっと写真アップして終わりにしましょう。
ここを発見し、行くきっかけになったのは怪人二十面相風の男が呼ぶ看板でした。
昨夜アップしたチケットにプリントされた"そいつ"ですが、いざ到着すると…いましたよ、しかもバカでかい。身長190cmの私も小さく見えてしまいます。

なんなんだこいつは。ペンギン君?何で?

"怪しい少年少女博物館"、

ここに入場する前に、まずは外堀から見学すると…
垣根の中に
百目と、こいつ。


やっと入るといきなり新品本の販売コーナーがありまして、品揃えはこんな。

展示品はというと、金かけて集めた玩具を中心とした収蔵品を所狭しと披露、自慢している館でした。
私が喜ぶのは、やはり
永井豪先生、
水木しげる先生といった偉大な漫画家のキャラクターフィギュア。
ほとんどが別にレアではない物ですが、よく集めている方でしょう。



ここのオリジナルがあるのか分かりませんが、日本人形やフリークス等もありました。


さらに妖怪グッズに
「エヴァンゲリオン」グッズ…
そして大阪グッズ、阪神タイガースグッズまであり、一同『ここでこれはいらないだろう』の声を上げました。
何が"怪しい"で"少年少女"なのか?
ここのコンセプトは?(まぁ、そんなのなくてもいいけどさ)
ちょっと見ほれてしまうのが、私も阿佐ヶ谷で何度もお会いしている、
韮沢靖先生がデザインした
「デビルマン」フィギュア。いっぱいありました。

まぁうちにもありますが。
ここの館長は本気で
韮沢靖先生好きなんでしょうね。サイン入りのポスターも大事に飾ってました。
サイコジェニーは、原作からしてデザインがメチャカッコいい。
デビルマンより強いし…好きです。
H.R.Gigerは、随分と昔から好きだったなぁ。

おおっ、いろんな物にまぎれて
BRUCE LEEも一つだけ発見(しかもオフィシャルじゃないけど)。
昨夜写真アップした通り私も伊東市に連れて来た、パンチするリーですね。

何だよこれは。

お客も呪いのわら人形を買い、呪詛を書いた札と共に打ち込む事が出来るのですが…
こんなのばかり。


小さなお化け屋敷もありました。

入り口の檻の中にはナチスやKKK、グロい水吐き人形とユダヤ人(写真)なんかがいて、毛沢東の写真まで貼ってあって…やっぱりごちゃ混ぜの寄せ集め。

同行した、やはりヲタクである友人。

彼はここ"怪しい少年少女博物館"について、
『結構狭いんですよ。 無節操な蒐集癖を晒すためだけの館で1000円取りますから人によっては怒ると思いますよw』
と評してました…
言いえて妙なり。
静岡県伊東市への旅はこれでおしまい。
そして私は、また次へと旅立ちます。
- 2007/08/07(火) 23:45:36|
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みなさま、こんばんは。いい旅してますか?
私は旅が好きで、今までに日本の各地の他、外国も10ヶ国くらい訪ねたり、実際に知らない街で生活したりもしてきました。
出身がど田舎なもので、現在の東京生活も長期旅行みたいな気分でやってます。
今も旅行中だと言えば良いのですが、東京で一人暮らしをしていると、とにかくいつも貧乏を強いられるし、そもそも東京が大好きなものだから、めっきり他の地を見てくる意欲を失くしていました…
が、最近は数年ぶりに旅への憧れが浮かび上がってきましたよ。
そ・こ・で!
この
大悟への道(旧名・名作漫画ブルース)は、漫画ブログと言っても2007年6月から個人ブログになった事だし、そこまで漫画ネタばかりにこだわらなくてもいいかと思い、こんなカテゴリーも作りました。
旅行・紀行・街全く個人的な記録用としてもこのブログを使おうと思いまして。
---------------
さて、第一回目である今回は、2007年7月の
静岡県伊東市。
一人旅好きであるはずの私が、仲良し四人組で二泊三日の青春旅行に出かけたわけです。
東京の荻窪で待ち合わせ、チャーターした車に乗り込んだ。
BGMは
BLOOD STAIN CHILDの
「EZ DO DANCE」(
TRFのカバー)だぜ!!
金曜の仕事後にでかけたので、伊東市への到着は深夜。
実はこの街は二回目の訪問ですが、寂れて静まり返った感じが好きです。
あきらかに"いなたい"であろう、お店の一軒一軒を訪ねて行きたい。
早速呑み始め、朝まで呑んでから就寝。
------
本番は二日目から。
"まつ本"の刺身定食がンマーイ!

普通の観光もしようと、伊東の海岸線を走り、一碧湖(日本で最初にブルーギルが放流された湖)を観て、やはりローカルな古本屋も行き…
うん、美味しく食べるよ魚くん。

これを受けて友人は早速
殺す → ×
食す → ○
と、
「デビルマン」のジンメン理論になぞらえていた所が流石です。
写真もこれに限らず、彼の撮影物をかなりパクって使わせて頂いてます。
そして前回に伊東市を訪れた時から気になってた
"怪しい少年少女博物館"へ。
実は伊東市には、"蝋人形館"、"野坂オートマタ美術館"、"伊豆テディベア・ミュージアム"、"アフリカンアート・ギャラリー"…他にも、田舎のわりにこういった文化的な施設が多いのです。
が、これらはパンフを見るとそれだけで冷めてしまいまして…
"怪しい少年少女博物館"はパンフを事前に見る事が出来なかったのが幸いしたのかもしれません。
それと江戸川乱歩ファンの私としては、怪人二十面相風の男が呼ぶ看板にも惹かれていたのです。
で、行きました。
しかし今夜は写真取り込んだりしてたら時間なくなったので、ここのレポだけ別枠にして、次回に回します。
今夜は問題の怪人二十面相風の男がプリントされた入館チケットだけアップ。

さてさて。
今回は青春旅行ですので、趣味を満足させるより、かつて我々の元を素通りしていった夏を味合わなくてはならないのです。
土手で友とケンカもしましたが、

戦った後はすぐに仲直り。

この後倒れたまま、『なかなかやるじゃねーか』とガッチリ握手。
夜は青春BBQさ。

LEEは旅の時だって一緒。

夏のアウトドアにはやっぱり花火。


テリー・ボガートばりにパワー・ウェイブと

パワー・ゲイザー!!!

…というらしいですが、
「牙狼伝説」はプレイした事ないので分かりません。
友人に言われるままポーズとっただけ。
でもこういうの、キャンプファイアー気分でますます青春。
そのうち光に寄せられてか、珍しいナナフシさんも来てくれて。

彼とのツーショット…は、相手が小さくて良くわからないかな。
まさに
「死亡遊戯」におけるブルース・リーVSカリーム・アブドゥール・ジャバール。

もちろん部屋に戻ってからも青春は続きます。
これは言ってしまっていいのか悩みましたが、恥を忍んで告白しますと、何と私がTVでやってた日本VSK国のサッカー中継を観た!!
一生縁が無いだろうと思っていた大衆熱狂型のスポーツを数人で観て盛り上がり…いや正直な所、盛り上がったわけではないのですが、皆がやってるのはこれかと、気分だけでも味わえた。
さらに!
深夜のJ-pop番組を立て続けに観たよ!!
それも腐りきったポピュラー音楽界を斬るわけでもなく、普通に『アユちゃんカワイ〜』とか言ってみたり。コウダクミとかナカシマミカとか、そんな奴らの顔も覚えた。
サッカーを長時間観たのは生まれて初めてだけど、J-pop番組も中学一年生の時以来って感じだね。
『今の俺らってPOPだぜ』と胸を張って言える一日だった。
♪どうせおいらはまがいもの
俺たちに明日があるなんて思った事もありゃしねえ♪
とか、
頭脳警察聴いてる場合じゃないぜ10代当時のBRUCE君。
チミもはみ出さずとも大丈夫みたいだよ。
---------------
もう三日目の日曜日、東京へ帰る日だ。
最後に
熱海に寄って、"熱海銀座"周辺を散歩…寂しい街なのがいい。




そして鰻屋
"紀の國家"へ。

『捌くところから始めるので時間が掛かりますけど』
なんて言われて40分以上待たされて来たのは…

ンマーイ!!
しかし私が鰻だなんて、前日のPOPデビューに続いてついにブルジョワになったか!?
…と思いきや、一人だけ運転しない友人が気を使ってご馳走してくれたのです。
ありがとうございました。
- 2007/08/06(月) 23:59:13|
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90年代初頭から半ばくらいまでかな、『ガロにオシャレ漫画家、二人在り』と言われた(私にね)、そのうちの一人が
JERRYでした。
JERRYなんて名前でアメコミのオシャレ部分を強調したような作風から、外人かと思いきや…長崎生まれの日本人です。
1991年に講談社アフタヌーン四季賞、1992年に双葉社アクション新人賞を受賞した実力者です。
以後、
ガロや
COMIC CUE等を中心に作品を発表していましたが、現在は見かける機会がめっきり減ってしまいました。もう漫画は描いてないのでしょうか。
最初に『ガロにオシャレ漫画家、二人在り』と書きましたが、そのもう一人は今や大人気漫画家の
魚喃キリコ先生でした。
でも私はその時期の
魚喃キリコ先生よりは、
JERRYの方を気に入ってましたよ。
当時のガロには他にもオシャレ漫画はたまに載っていましたが、この二人以外はあまり目立たず、しかもすぐにいなくなった感じでしたので、それだけこの二人は読者の支持も集めたのと、作者自身の気力もあったのでしょうね。
もっとも、私がオシャレ漫画なんか好きじゃない事は、この
大悟への道を読んでくれてる方なら当然ご存知でしょうが、アンダーグラウンド色が濃いガロの中にJERRYのイラストレーター的な漫画が載ってるのは、息抜きにもなって良かった。話は短いし。
--------------
JERRYの、初にして今のところ唯一の単行本が
「COCONUT CRUSH」(
青林堂刊)。
デビュー以来、発表数はそれほど多くない作品を頑張って集めた作品集。
帯文にあるように、
江口寿史先生も大絶賛してます!
『もっともっと! 溢れろJERRY!
そしたらこの国も少しはマシになる』
ですって。嫌ですねぇ。
ちょっとギャグ入った短い不条理話が多く、やっぱり絵柄だけじゃなくて内容もアメリカン・ジョーク的でオシャレ…って、アメリカン・ジョークがどんなのかよく分からないけど、まぁ多分そんな感じ。そう言っておけばもっともらしいかと…
どこを斬ってもオシャレ系であるのは間違いないのですが、こういうの好きな人も多いのは分かりますよ。
今回連発している"オシャレ"という言葉は、やっぱり意味はないけど便利なものですね。
こと私にとっては全く褒め言葉にならないのですが、でも
JERRYについては毛頭バカにする気も無いし、ガロで私にとって一番思いで深い、リアルタイムで毎号読んでた時期に活躍した漫画家なんだからそりゃ尊敬しますよ。
いや、だから本当ですって!
いいじゃないですか、私だってオシャレ漫画読んでも。
ノストラダムスの人類滅亡予言を五年後に控えた年の、シュールに翻弄される人々を描いた
「I'm Fine Thank You」。
そして夏の暑さから起こる狂気を描いた
「SUMMER TIME BLUES」。
この二編は特に思い出深いし、今読んでも出来がいいですね。どちらも1994年のガロに掲載された作品でした。
- 2007/08/03(金) 01:41:11|
- 月刊漫画ガロ
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前回に続いて
手塚治虫先生の
「七色いんこ」です。
手塚先生は芝居・演劇が大好きなのに、長いキャリアの中で芝居を直接描いた作品がほとんどありませんでした。
そこで自身が芝居を好きだからこそこうした漫画を描いているんだ、ということをわかって貰うために始めたのが
「七色いんこ」なのだそうです。
前回のラストで引用した
手塚先生の言葉で言われる、
"スター・システム"。
手塚漫画では
ヒゲオヤジ、
ランプ、
ハム・エッグ…漫画のキャラが役者として使われているじゃないですか。
ある作品では主役級なのに、他の漫画ではチョイ役だったりもするし、もちろん死んでもまた別の作品ではちゃんと出てくる。
そんな風に、監督が俳優を使うのと同じ使い方でキャラクターを出す所なんかは芝居好きの
手塚先生だから思いついた事で、自分の漫画の方式のルーツとして
「七色いんこ」を描いたとも語られていました。
細かなストーリー紹介はしませんが、随所に芝居好きで豊富な知識も持つ
手塚先生ならではのメッセージやアドバイスもこめられていますよ。
「電話」という話で、
七色いんこが女優志望の女の子を諭す時は、
『おれは王様からコジキまで 女もこどもも年寄りも どんなまねでもできる!!
だが…それだけじゃ 役者とは言えねえ!! インコやオウムといっしょだ』と語り、自分は人まねだけでプロにはなれないダメな役者だと言うのです。
正体を隠すために天才役者でありながら泥棒をしているのかと思いきや、本当にプロの役者にはなれないのか、七色いんこ…
「恋わずらいのなおし方」では、七色いんこが
天草モズクというスケ番に対してストレートに舞台に対する愛情を語るのですが、
『舞台はまるで異次元の世界の浜辺なのだ!!
ここへ立つと自分は異次元の世界の別の人間になりすませる
そして…別の人生をくりひろげ まるで催眠術にかかったように
客席の暗やみや 天井や奈落が 自分の思う世界に見えてくるんだ!』と、やはり芝居がかってていいですね。
ちなみにこの回では、作品のヒロインでもある女刑事・
千里万里子の胸ポケットにボタンが付いてまして、これがあれですよ。ほら…ち、乳首にしか見えないわけですよ。

正面からはこう↓

ね?そうですよね?
他のほぼ全部の回ではこんな乳首…じゃなくてボタンはついてないし、どういう狙いがあったのか
手塚先生に聞きたかったなぁ。
千里様は他の初登場の時からお乳をさらしてますが、それよりこっちの方が興奮するぞと、遊んでみたのでしょうか。
--------------
手塚先生がどれだけ天才かという事は、今更私が語る事でもないのですが、この
「七色いんこ」だけ読んでも後輩漫画家のパロディーが随所で出てくる所は特筆すべきでしょう。
自分は神様だ何だと言われてるのに、後輩のネタやキャラを使っても常に新しい物を取り入れようという姿勢を持ってるわけですからね。
「ピーター・パン」では、手塚版
「ドラえもん」のカット(これはレア!)が出てくるし、
「三文オペラ」では
吾妻ひでお先生のキャラが普通に主要人物として使われていて、その名は
吾島しでおです(笑)
他で
どおくまん先生の絵とか、珍しいのも出てきますよ。
--------------

さて最終巻の7巻です。
この巻だけは短い二話の後、他をほとんどを使った長編
「終幕」で〆になります。
そしてこれが傑作!!
私程度でも今まで読んできた
手塚作品は100を軽く超えてますが、その中でもこの
「七色いんこ」の最終回で受けた印象はトップクラスの強烈さです。
もちろん、今まで
「七色いんこ」を読んできた積み重ねがあってこそ、この最終話で感動するわけで、最終話だけが優れてるわけじゃないのですが、とにかくあまりにもいい。
こんなカタルシスを得るために私は漫画を読んでるのだとも言えます。
その
「終幕」だけは詳しく紹介してみましょう。
まず、千里万里子が七色いんこの隠れ家を見つけた所から話は始まり、留守中に忍び込んだ千里は七色いんこの日記…いや、追想録を発見します。
ずっと謎に包まれていた七色いんこ(本名・
鍬潟陽介)の過去は、最初の記憶が三歳か四歳で病院の先生のくせを真似て看護婦達を喜ばせていた事。
その後すぐに母が亡くなり、父は嘘の涙を流す…
父の言うとおりにお金だけを大事にする少年時代は、皆に嫌われながらも元は外人が住んでた空き家で化粧…いや変装をして別人になりきって楽しんでいた。
その生活も無理矢理付けられた家庭教師に壊され、悲しくなると"いんこ"に話しかけて気を慰めていたわけです。
『いんこは自分の声を持っていないのに
なぜああ 物まねがうまいんだろう
いんこになりたいなあ』
なんて思っていた少年は、家庭教師によって飼いいんこのサンドイッチを食わされ、その敵を討ち…
学校で新聞記者の娘・
朝霞モモ子と出会います。
二人は恋に落ちますが、七色いんこの父・
鍬潟隆介は汚い財界の大物。そしてモモ子の父親はそれを暴くために奔走する記者と、
「ロミオとジュリエット」並に報われるはずのない二人。
しかもモモ子の一家ががけでトビ(鳥)に襲われて転落、両親は死亡してモモ子も意識不明の重態になるという、最悪の結果になりました。
その後無理矢理海外留学させられた七色いんこは、すぐに逃げ出してこじきのような生活を始めて…
あわや野垂れ死にとい所で助けてくれたのがピエロの
トミー。
ここで重要なのは、トミーが被っているカツラ。これが、後の七色いんこがいつも被っていておなじみの物であり、その後彼から貰うのだという事が分かりますね。
このトミーが演じる芸は、七色いんこが初めて観る本物の才能。ことに物まねは神業だったと言います!
彼から厳しい指導を受けた七色いんこも一人前の芸人と認められてきて…
ここで、今までその才能に見合わない場末でしか演技してこなかったトミーが、シカゴで一番の大劇場・バーミンガム劇場での仕事を受けました。
その真意は、無理矢理ベトナム戦争に生かされて人殺しになったトミーの命がけの復讐があり、実際に武器商人を告発すると同時に自分もあの戦争の始末屋(第二次大戦で言うナチス残党狩りのようなもの)に殺されてしまいました。
最後までかっこよく、
『ときによって芝居は武器になるんだ
小説家がペンで悪事をあばくように
役者はステージの上で戦うんだということをおぼえとけ』の言葉を残してあの世へ去ったトミー。
七色いんこは、
『あのピエロのカツラをかむり トミーのマスクをして……
いつの日か日本へもどり…
わたしの父 鍬潟隆介の悪事をあばいてやる!
それがわたしの人生なんだ!!』と決意しました。
なるほど…こういういきさつがあったのか。
他にもこの最終話では素早い変身の秘密も明かされ、最後にまた朝霞モモ子の事を記して終わっています。
モモ子を愛し、探し続けた七色いんこは、あの事故で生き残ったモモ子が記憶を無くして性格も変わり、三年遅れで入った高校で巨大なスケ番グループのボスの座に付いている所までたどり着きます。もちろん会いに行きました。
今の彼女は、鳥を見るとゾ〜っとなってアレルギーが起こる…
もう正体は分かりましたね。そう、千里万里子ですよ!
かつてトビに襲われて両親を失った験から、記憶は無くなっていても鳥を見るとジンマシンが出て、さらに肉体が萎縮してあの時の大きさに縮んでしまうのだとか。
体が子供サイズに縮むだなんてギャグ漫画みたいなおかしな設定も、全てがここで必然だったと分かるようにもなっていたわけです。
『これ……あたしじゃないの!!
あたしのことを書いてるんだ
モモ子っていうのは………』
そしてこう↓

読者はそれまでずっと、役者泥棒・七色いんこと、彼を追う女刑事・千里万里子を中心にした、ミステリー&アクション色の強い作品かと思って読んでいるんですよ。
それが最終回にして、物凄く強烈なラブストーリーだったと分かるのですね。
男谷マモルという心理学者が千里の見合い相手としてたまに登場していたのですが、彼が実は七色いんこの変装だったと分かると同時に、七色いんこが最初からいかに千里を見守ってきたかという事も分かります。
千里の初登場よりずっと前から彼女の事を想っていたのです。
七色いんこ(鍬潟陽介)=男谷マモル。
千里万里子=朝霞モモ子。
かつての事故現場で二人っきりになり、何もかも思い出した千里と、カツラを取って素顔をさらした七色いんこは、ついにこう↓なって…感動。

そういえば、第1話で千里が
『あいつと顔合わせた時 急にガーンとショックがきて 心臓がすっごくドーキしたけど
なんだろう あのショック』って言ってるんですよね。普通の読者は覚えてないだろうけど、そういう意味だったんですね。
それから二人で千里の両親の仇を討つため、七色いんこの父・鍬潟隆介へ最後の戦いを挑みます。
それは鍬潟隆介の悪事を暴く一人芝居を開演する事。
今まで代役専門だった七色いんこが、初めて自分が真の主役として演じる事になり、今まで稼いだという五十億円を全部ぶちまけての大勝負です。
敵である鍬潟隆介が最後に出来る事といえば、劇場に火事でもおこすか、殺し屋を使って七色いんこを消すことぐらい。
撃たれたら『撃ったやつをきっと逮捕してくれ』と千里に言い残した七色いんこは、命をかけた名演技のために舞台へ向かい…
完。
--------------
これが名作
「七色いんこ」でした。
大の映画ファンである私ですが、演劇にも特別いい感情があるのは
「七色いんこ」の影響です。
実際にしばらく、好きな俳優が出てる演劇を中心に劇場へも足を運んでました。
でも残念ながら
「七色いんこ」ほどハマるには至らなかったのですけど。
演劇は筋も理解できないような演目を平気でやって、しかも理解できないのは観客が悪いとでも言うような風潮を感じましてね(単純に真にいい芝居には出会ってないからかも)。
実際にやった人達に会ってみると、ウチらは造る側の人間だからどうとかほざいてるアマチュアだったりでね。
ださい実験とかひねくりとか、私にはいらないんだよ!!
ドラマとかカラオケとか好きな人種と逆の意味でくだらない、レベルの低い気取り…っていや、こんな所で今それを憤ってもしょうがない(笑)
だいたい入場料が高い時点で、生活水準低い私には向かないのかな。
ちなみに、作品を読まなきゃ全く意味が分からないこの題名
「七色いんこ」ですが、手塚先生曰く
『たまたま家でインコを飼っていたので「七色いんこ」ってつけたんですがね、ただそれだけのことです』だそうです…
今夜の最後は
「じゃじゃ馬ならし」の回で、生まれながらの名優である動物が主題に使われ、芝居について考えさせられた時のセリフでお別れです。
芝居ってのはね 刑事さん…相手に生きる元気をあたえるためにあるんだぜ
- 2007/08/01(水) 23:50:53|
- 手塚治虫
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