大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)

名作漫画の紹介 ・・・個人的な旅の記録

旅行・紀行・街(131) 長野県松本市 1 北安曇郡池田町 1

昨年11月に行った旅行を、今更の紹介になりますが…今回は長野県です。
地方では車が無くては旅程全ての移動が不便すぎるのが目に見えてるので、日中酒を呑めないのが悔しいけど久々に車を出して高速道路(中央自動車道)で向かいました。
途中で立ち寄った八ヶ岳パーキングエリア(山梨県北杜市)と、そこからの景色。
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で、到着したのが長野県松本市
この街といえば有名な工芸品が『松本手まり』であり、マンホールにはそれが描かれています。
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綺麗なカラー版のもあって、これまた色の種類がいくつかあるようです。
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他にも、下水のグレーチング(溝蓋)、まで松本手まり!
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街を歩いてたら、巨大な松本手まりを掲げている所もありました。
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さて、早速行きましょうか…"国宝松本城"へ!
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周りの堀では、白鳥が泳いでます。
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本多猪四郎、円谷英二という偉大な特撮映画監督によって作られたゴジラシリーズの、「三大怪獣 地球最大の決戦」は松本市内でロケが行われており、同作でキングギドラによって破壊されたはずのお城ですが…あれ?考えてみたら実際の松本城主が誰だったか知らない!有名な武将がいたのかもしれませんが、私は歴史に疎いのでした。
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夜の松本城もカッコいい。
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あと松本市といえば、郷土料理の信州そば。
そば屋さんはたくさんある中、さてどこで食べようかな…と、目に付いたのは松本城のすぐ近くにあった"和食そば処 たかぎ"
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2階へ進んで入店!
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サービスのワラビ、そして湯呑みが可愛い。
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鴨ネギそば、
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天ざるそば。
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他にも珍しい所ではイナゴ、蜂の子、ザザムシなどの一品料理もありました。

しかし料理以上にインパクトがあったのは、1階に展示していたこれ!これは道神面だ!!
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ここって…
そうだ、ササタニーチェ(笹谷遼平)監督の発行するDVDマガジン『メイコグ』の、記念すべき第1号「ファニーフェイスの哭き哥(なきうた)」で出てきていた所ですよ!
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大好きな作品ながら特に撮影ポイントを調べたりせずに来てしまったのですが、何という偶然でしょうか、数多いそば屋さんの中からたまたまここに当たるとは。
道神面てのは松本市の民芸品で、何と男女の性器の形を模したお面。こんなに大きいですよ。
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全く…いいのかこれ!と私のようなつまらない常識人は思わされてしまいますが、凄いアート!
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陰茎を大事そうに抱えている奴も可愛いですね。
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で、1階には土産物屋の"信州土産処 たかぎ"もありまして、
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私も道神面、買いました。
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道神面は12月分それぞれ意味や名前があるのですが、
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ジャーン!3月の『おさん』をゲット。別に3月生まれでもないけど、この顔に惹かれました。作者は宮田嵐村(らんそん)氏。
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たかぎの可愛いショップカードは、こちら左がそば処・右が土産処。
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さてさて松本市での安息の場、つまりは宿泊施設ですが、今回は『蔵のあるまち中町』にある"ホテル池田屋"
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松本市といえば私の大好きな漫画家・高橋ヒロシ先生が在住している事でも知られていますが、ホテルのロビーにはちゃんと代表作「クローズ」が置いてありましたよ!
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で、また読み返して しまいましたが、何度も何度も読んでるこれを…私は一体人生で何回読み返すんだ!

部屋に行きまして、
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こちらは窓からの景色。
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常々脳髄の事ばかり考えている私、今回の旅の共には首藤瓜於著でもうすぐ実写版映画が公開される予定の「脳男」を選んで持っていったのですが…すると偶然、作品の舞台で松本市が出てきた事に驚きました。
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ラドン温泉に入り、夜中には松本市で購入した地元の『信州桔梗ヶ原 井筒ワイン』などを頂きました。
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外に出て、ホテル前の川にかかる橋を渡ると…
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女鳥羽川沿いにある縄手(ナワテ)通り商店街。
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入口にいる変な奴は、『がまざむらい像』。この商店街はカエルがシンボル。
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そうだ松本市で川といえば、私の宝物の1冊でもある水木しげる作品でサンコミックスから出ている「悪魔くんの冒険」(朝日ソノラマ刊)に収録の『なんじゃもんじゃの巻』、あれで舞台になった梓川がある街でもあります。そう、上流の方に奇妙な場所があって百目の子が迷い込んだり油すましがあれこれする場所。
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この街は先の大戦で戦災を免れたために歴史的建造物や街並みが多く残る旧城下町なのですが、ここに関しては10年ほど前に全面改装して昔の町並みを再現した、人工的な所なんだそうです。
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カエル大明神、
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そして、四柱神社。
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柱といえば私、物知りの外国人と日本語における数の数え方が話題になった時に、『神様は何と数えるか知っているか』と問われて答えられず、悔しい思いをした事があります。
正解が、一柱(ひとはしら)、二柱(ふたはしら)、三柱(みはしら)、四柱(よはしら)、五柱(いつはしら)…と数えるのだそうで。
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ここは天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神、天照大神を祭神の四柱を祀っている神社。

ちょっと離れると、カエルの次はカタツムリも出てきました。いずれも雨が降ると出てくる生物ですが、この地は雨が少なくて雨乞いでもしていたのでしょうか?
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人工的なオシャレ商店街も、裏手に入るとナワテ横丁。ここは本物の古い街並みと、戦前からあると思われる建物も出てきます。オジサン達が行くスナック群は現役で営業しているようでした。
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さてコーヒーでも飲もうかと"アミジョク"(amijok)へ入店…
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しかし、あれ?いい感じの店内でしたが、待てど暮らせど店員さんが出てこないので諦めて店を出ました。

そして近所を歩いてすぐに目に付いた喫茶店、"珈琲 まるも"へ。
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渋い。雰囲気が最高のお店で、ゆったりとした時間を過ごせました。
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どこも品のあるオシャレな松本市には珍しい、下品系の店…"オバタリアン"
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ここは映画「神様のカルテ」で撮影ポイントとなった居酒屋"厨十兵衛"ですが、
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貼り紙を見ると『日本酒をお飲みにならない方の御入店は御遠慮願います』と書いてあり、厳しい店主が出てくる事が予想されます。
もちろん私は日本酒好きだし、普段から居酒屋やバーで最初からソフトドリンク頼む人ってどうなのかとも思う方なので問題ありません。このご時勢でもまだまだ喫煙者が大手を振って煙草吸えるのが居酒屋ですが、ここは禁煙。今時強気な商売出来る、絶対の自信がある店なんでしょうね。ま、いずれにしろまだ開店してなくて入れませんでしたが。
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ちなみに「神様のカルテ」松本シネマ認定作品という事で、ほぼ全編に渡って松本市で撮影されています。こちらは同じ深川栄洋監督の「白夜行」(東野圭吾原作、堀北真希主演)の撮影で使われた"アルモニービアン"
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松本市は文化を尊重する意識が高く、映画やテレビドラマなどのロケ支援を行っているので、他にも撮影ポイントだらけ。こんなロケ地マップの冊子も配布されていたので、事前に手に入れていれば作品を観ておいたりもっとピンポイントで訪れる事も出来たのですが…
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特に好きな作品では「嫌われ松子の一生」も撮られているのですが、探して訪れる時間が無くて断念。

お、遺跡調査中!
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レコ屋はあまり見かけませんでしたが、ここは"ビートニクス"(BEATNIKS)。
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複数形なので、かつて私が愛したアメリカのビートニク文学(ジャック・ケルアック、アレン・ギンズバーグ、ウィリアム・バロウズ…ら、ビート・ジェネレーション!)ではなく、高橋幸宏と鈴木慶一のユニットが屋号の元ネタでしょうか。

"松本市時計博物館"。時計好きの友人にお薦めしたい場所でしたが、私はもう15年以上も時計を持っていない人。
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さらに散歩してみましょう。
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Don't think, Feeeeeeeeeel!!ブルース・リーに遭遇して、一気に笑顔の私。
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松本市の猫。
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続いて、"あがたの森公園"。
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お分かりでしょう、この名前。我が敬愛する歌手・あがた森魚さまと名前がそっくりであり、それが縁で当地でライヴも行った事があります。
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松岡錠司監督の映画「さよなら、クロ」のロケ地でもある、旧制松本高等学校本館 、講堂…
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広い園内。
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昨年末にも書いたばかりですが、あがた森魚さまは昨年でデビュー40周年を迎え、オリジナルアルバムも40枚目の「ぐすぺり幼年期」をリリースしました!
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続いては、"松本市美術館"
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松本市はあの草間彌生の生まれ故郷であり、外にオブジェ『幻の華』が展示されています!
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水玉水玉ーー!!
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ミュージアムショップでも、多くの草間彌生グッズなどを扱っていました。
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続いては、松本市のラーメン。信州そばが有名な土地に来ていても、ラーメン好きとしては外せないので…
まず、蔵を利用した店舗の"麺匠佐蔵"にて、
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焦がし黒味噌らぅめん(キャベツトッピング)、
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魚介味噌らぅめん(味玉トッピング)。
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ショップカード。
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続いて夜中に行った"若大将"では、
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激辛ラーメン、
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味噌大将ラーメン。
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おっと、ここで私が来ているTシャツですか?
そんなに気になるなら仕方ない、お教えしますが…
筋肉少女帯人間椅子のコラボ企画で、丸尾末広先生がデザインしたTシャツ!もう私が好きな物を併せまくっているじゃないですか!!それもプレゼントで頂いてしまって、こんなに嬉しい物はありませんでした。
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さらに最近は花輪和一先生も筋少の「印度化計画」Tシャツをデザインしているので、そちらも入手しなくては。

夜の松本市も散歩しました。
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当地と縁の深い小澤征爾さまが文字を書いた時計。
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ビールが飲みたくなってきたら、"居酒屋 しんざん"へ。
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おおっ、やはり店内には道神面が飾ってある!
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つまみはどれも良かったのですが、特に付け合せのキャベツが美味くて…長野県野菜に感激!
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当地の名物モノとしては、信州サーモンのサラダ、
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そして有名な郷土料理・山賊焼。
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ちなみに城下町松本市は長野県下第二の都市。長野県の県庁所在地は長野市であり、確かに『第二の』と言ってしまうのですが、住人達は自分達が一番だと言い張り、松本市と長野市との対立関係というのは他県では見られないほど激しいものがあるのだとか。
同じ信州ながらかつては長野県と筑摩県という形で分かれていたし、文化や風土も違うのだそうです。
レトロ建築が多くてセンスの良い松本市は気に入りましたが、まぁ私は長野市に行った事がないので比べられないし、その小さい範囲の対立は部外者である私にはどうでもいい事です。

オシャレな松本市の路地とも…お別れ。
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ところで長野県は、トナカイが県獣(県を代表するものとして定められた獣)!
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立派な角を持つトナカイを愛する私にとって、北安曇郡白馬村にあるという"白馬トナカイ牧場"は行きたい場所の一つとして考えていたのですが、近くまで行っておきながら今回は覗く時間がありませんでした…

その長野県北安曇郡では、それ以上に優先順位が高かった池田町へ。
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"北アルプス展望美術館(池田町立美術館)"
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ここで開催されていた、『竹久夢二展「夢二の夢 そして恋」』…今回の旅の一番の目的もこれだったのです。
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到着。車を停めて…
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美術館へ歩く。
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池田学問所の初代師匠・杉山巣雲と。
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他の所には、巣雲の墓や寿碑などもあります。

美術館前からの景色、
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どの山が何という名前か分かるパネルもあります。
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800円の入館料を支払い、
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入館すると、館内からも落ち着いて展望を楽しめるようになっていました。
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そんなわけで竹久夢二のイベントでしたが、そこに敬愛する上村一夫先生の原画が多数展示されるとの事で、この度の旅も決行したわけです。
それも掲載誌であるコスモコミック廃刊のため未完で終わった1978年の岡崎英生原作作品「夢二 ゆめのまたゆめ」の原稿が中心という事。ただでさえレア作品なのに、描いていながら掲載されなかった、つまり完全未公開の原稿も展示されるというのですから、長野県くらいの距離なら行っちゃいますよね。
他にも一枚絵の美女画などが展示されていて、感涙…。竹久夢二と上村一夫先生の競演、結果は大成功だったと思います。

ちなみに赤塚不二夫先生の活字本、「バカボン線友録 赤塚不二夫の戦後漫画50年史」(学研刊)の中でも上村一夫先生について触れられています。
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しかもこれで、
『晩年、といってもえらく若かったけど、竹久夢二を主人公にした劇画を描いていた。文壇世界の話だけど、あれこそ上村が描きたかった作品じゃないか、と思う。』
と回想されています。
もちろんその作品こそ「夢二 ゆめのまたゆめ」であり、ついに見れて感激しました。

もうちょっと自然に癒されてから、この場を後にしました。
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この町でも信州そばを頂くべく、"そばの家 鬼無里"へ。
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お、懐かしい…いろりだ。
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かけそば、ざるそば、天プラ。美味い!!
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蕎麦団子も付いてきました。
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すぐ近くの"信州安曇野・池田町ハーブセンター"では、ハーブガーデンで南国を代表する花々をチラッと見て、
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向かいにあるハーブセンターで美味しくて感動した長野県の野菜を購入。
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最後は横にいた『てるてる地蔵尊』参りをして、この地を後にしました。
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  1. 2013/01/31(木) 23:59:17|
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劇画(160) 中沢啓治 6 「はだしのゲン」 2

昨夜に引き続き、中沢啓治漫画の最重要作品、「はだしのゲン」(汐文社刊)です。
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激しい想いを他からの混ざり物無しで完全に伝えきるため、アシスタントを一切使わずに自分の腕…そして魂で描き上げたこの傑作ですが、概要は前回の「ココ」で書いたのでストーリー紹介を進めます。

全10巻の愛蔵版(決定版)で5巻から、舞台は昭和22年(1947年)の12月からです。
主人公のゲン、こと中岡元は小学4年生になっています。クソ森(雨森頑吉)とケンカしながらも学校へ通っているゲンですが、その授業を3人の浮浪児が覗いており、教師に注意されるとナイフをちらつかせて教室に乱入してきます。そいつは何と、髪が伸びているけどあの近藤隆太でした!
まだ子供の身でヤクザを殺して逃げていた義兄弟と運命の再会したのです!!他にムスビドングリも一緒で、さらに新キャラで同じ原爆孤児の勝子も一緒です。この子は女子なのに顔の左半分と両手がピカドン(原爆)でケロイドにされて、明るいうちに町に出るとお化け扱いされている…可哀想な少女。

今は暴力団・岡内組で首切りの政に少年行動隊として仕込まれていますが、要は孤児であとくされがないからと利用されているだけの鉄砲玉。この時代の広島といえばヤクザの抗争が激しかった事もあの映画「仁義なき戦い」で描かれていますが、心配するゲンは必死で足抜けさせようとします。
そうこうするうちにドングリが殺されて隆太らは政から逃げ、偶然に知り合った元新聞記者で『原爆ブラブラ病』の平山松吉を義理の父として迎えて新しい家族を作り、自分達の家を建てるのです。この後、本当の家族もいて家(バラックですが)もあるゲンは隆太らのこの家と二重生活をしていて、子供心に羨ましかったなぁ。私は小学校の図書館で「はだしのゲン」を読み、また虐待されるのが分かっていながらあの家に帰るしかなかったから…

しかし新しい家も嗅ぎつけられて追ってきた首切りの政とその弟分・。隆太らを守るためにヤクザにも立ち向かうゲンの姿に感動しますが、やはりケンカの天才とはいえ子供の力、メチャクチャにやられている所を…
キレた隆太が拳銃を持ち出し、二人に重傷を負わせて追っ払う事に成功しました。ここで見えるのが子供と大人の力の差と、それをカバーした武器の力。どうにもならない戦力差ながら、武器があったから自分や仲間の身を守る事が出来たわけですよね。でも中沢啓治先生はあくまで武器を持つ事に反対し、ずっと後で誕生する警察予備隊(自衛隊)も痛烈に批判しています。

一難去ってまた一難、今度はゲンの大事な母親・君江が血を吐いて倒れました。原爆投下から3年後の事ですが、誰もが未体験の放射能の恐怖はいつまでも襲ってくるのです。そこで原爆症にかかった人間を標本として研究する人非人的な施設・ABCC(米国原爆被害調査委員会)についての怒りもかなりのページ数を割いて描かれ、アメリカの奴らは本当に鬼畜だという事がよく分かります。
君江を助けるために福岡県の炭鉱に出稼ぎに行ったはずの長男・浩二は音信不通で酒びたりになっているし、中岡家には金がないので病院には入院を断られて…しかし、ここで隆太です。捕まったら殺されると承知の上でションベンちびりながらも、命がけでヤクザの賭場荒らしを決行するのです。
手には拳銃、そしてダイナマイトを持っていますが、そのマイトには何とカタカナでそのまま『ダイナマイト』と書いてある!『人間あわてるとなんでも本物に見えるもんじゃ』というわけで、やっぱり紙で作った偽者なのですが…まぁ拳銃は本物でぶっ放してもいるので、ヤクザ達も信じたのでしょう。
とにかく大金を手に入れて君江を入院させ、原爆孤児の自分をかばってくれた恩返しを果たした隆太。ただし賭場の胴元だった打山組に命を狙われて、もはや逃げ場も無くなった所で一計を案じ、飯を食わせてくれて守ってもくれるからと警察へ自首しました。

それから、ある女性が自殺しようとしている所に通りかかったために助けたゲン。
その女性は何と、アメリカがピカドンで作り出した地獄の修羅場の中でも一度助けた、大原夏江でした。ゲンの姉・英子と間違えるほど後姿が似ていた踊り子志望の少女ですが、原爆孤児にされた上に大事な顔全体をケロイドでお化けのようにされた…可哀想な娘。
あの時ゲンに自殺を止められて持ち直すも、そのため生き地獄を味わい再度自殺を図ったのに、またもゲンに止められるのだから凄い運命のイタズラです。その後も自殺は図りますが、とにかく隆太らの家で共同生活する仲間の一員になり、勝子と共に洋裁店を開く夢を持つまでになりました。

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隆太は島根県の"安島感化院"で7ヶ月を過ごした後に脱走して家に帰ってきますが、そしたら義父の松吉が原爆症に倒れ病床に臥せていました。
感化院を共に脱獄したノロこと中里年男が悪い叔父へ復讐するのに協力し、取り返した財産の一部で松吉が最後の力を振り絞って書いた小説「夏のおわり」を出版すべく奔走する…

その際に協力してくれたのが朝鮮人のさん。この方は本当にゲンに親身になってくれるいい人なのですが、国や食物を日本に取られて強制連行させられて厳しい労働にリンチ…云々と、語られます。
朝日新聞が躍起になって捏造していた反日報道や在日朝鮮人の身勝手な主張をそのまま信じちゃった、こういう部分が「はだしのゲン」を反日漫画だとか左翼漫画だとか呼ばせているのだと思います。逆に戦後の在日朝鮮人が戦勝国民と自称して悪事の限りを尽くした姿はほとんど描かれませんが、一応6巻の初めで電車内にて横暴を働く奴らが出てきます。それも怒る隆太を、ゲンが日本が悪いんだから朝鮮人をバカにするなと、たしなめるシーンですけどね。
ついでに、中国に対しても朝鮮に対してと同じような贖罪意識を持っていて、後で南京虐殺の事なんかも左翼に言われたままの描写が出てきます。

ともかく紙の無い時代に松吉の「夏のおわり」を自費出版する事に成功します。その本を読む形で、再び作中でピカドン直後の凄い光景が長々と描かれますが…多くの子供達にトラウマを植え付けたこの怖い絵図も、これでもまだ中沢啓治先生は少年達が読んでくれるようにと、表現を甘くして描いたのだそうですね。
確かに私は小学1年生で単行本も、同じく図書館に置いてあった絵本版も見ていますが、意外と残酷描写は平気だった…かな?同漫画を原作とした実写映画とアニメ映画(1作目の監督は何と、劇画家としても天才だった真崎守先生!)の方が映像なだけにショックは大きかったと思うし、それは中沢先生や製作者達が原爆の悲惨さを訴えるために意図した事でもあったようです。

そんなわけで、ついに出版できた「夏のおわり」ですが、松吉は何とかその本が出た事だけ分かったようで嬉し涙を流しながらも、直後に死んで…また隆太達は孤児になりました。
また、その本を街で配布していたゲンと隆太とムスビは、突如米兵によって呉の軍政部へ連行されます。フェンスに『犬と日本人はちかよるべからず』という看板が設置してありますね。とにかく当時はGHQが占領政策として強引な報道規制をしていた時代であり、原爆の怖さを書く事は犯罪だったのです。
捕まったゲンらも負けずに
『おどれら戦争を利用して原爆の実験をした 人殺しのおそろしい犯罪者だ
 アメリカは永久にこの罪は消えないぞ わすれるな』
『広島長崎で殺した何十万人の人にあやまれっ 生きのこっていまも苦しんでいる何十万人の人にあやまれ』

と訴えます。
日系二世のアメリカ人・マイクヒロタ少尉は真珠湾攻撃の事を持ち出して正当化しますが、そんな戦艦部隊をちょこっと攻撃したのと一般人が住む街をあの規模で虐殺したのと、何も比べ物になりませんよね。ただしヒロタに正論は通じない!彼はゲンらに恐ろしい拷問をした上でスパイに仕立て上げようと画策しますが、それはちょっとユニークな事で中止して、開放してくれました。

原爆の残した恐怖はまだまだ続き…次に死ぬのは、ゲンの母・君江です。
肥え汲みをして金を稼だゲンは、九州から帰った長男の浩二、次男の昭に実子同然の隆太と共に、もはや余命が短いと知った母を最後の京都旅行に大量の血を吐き、後に息を引き取るのでした。その母を前にしたゲンが壮絶で、母の口から吐いた血を吸って『戦争とピカの血をわしの体の中で うらみの血として燃やしてやるんじゃ』と宣言。
さらに母の死体を担ぎ、東京へ行って連合国司令官マッカーサー元帥を謝らせて二度と原爆を使わないと約束させる、と言うのです。そしてもう一人…『戦争の最高責任者じゃ お母ちゃんを殺した責任者じゃ』と呼ぶ天皇にも土下座して謝らせると言うのです!
そこは浩二の当て身でゲンを失神させて阻止しますが、↑の朝鮮人描写以上に天皇批判が多く含まれています。これでは、この「はだしのゲン」が反日・左翼漫画と呼ばれてもしょうがないか…天皇が戦争を起こした『最高の殺人者』だとかって、今の読者ならそれはおかしいと分かるでしょう。ただ中沢啓治先生、というかこの世代は戦後末期の苦しい時代だけ体験し、小さいうちから洗脳教育を受けているので、同じように言う人がほとんどではないでしょうか。
ついでに、火葬された君江の遺骨は…無かった。原爆で骨までボロボロにされて、残らなかったのです。

ゲンも中学生になりました。相変わらずクソ森と同じクラスですが、新キャラも何人か登場します。
相原勝男というのがゲンや先生のきれいごとの理想論を否定し、人間は戦う動物で、自分の思想、宗教、ねたみ、あらゆる憎しみの縄張りを持っていて、戦争は絶対に無くならない…といった事を発言をする奴で確かに現状でその通り。良くないと思いながらも中沢啓治先生はそれを分かっているのでしょう。
この相原も、ピカドンで原爆孤児にされた上に重大な後遺症を残し、大好きな野球人生も奪われた一人でした…
また、生徒たちに慕われていながらもレッドパージで公職追放された太田教諭のエピソードではアカの共産主義者を肯定し、同じ8巻で右翼を叩くシーンがありますね。

両親がいなくなった中岡家の動きとしては、死んだ君江らと必死で建てた家を広島市の復興計画で新しい道路になる事になりました。
ゲンの長兄・浩二は広島市近郊の工場に技術者として再就職しているのですが、いきなり出てきた婚約者の広子と暮らすために家を出る事になり、次兄の昭は繊維問屋として成功すべく商人の都である大阪へ修行に出て…13歳のゲンは自立を誓うのでした。

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弱い物いじめの市役所による中岡家の強制撤去に対しゲンは徹底的に抵抗しますが、そのやり方が隆太と二人で屋根の上から取り壊そうとする役人に対してクソを撒き、それが無くなると小便をして、あとは地上戦で徹底抗戦。しかし力及ばず壊されて、権力の無法さを許さない事を誓うのです。
で、以前から二重生活のようにして度々お邪魔していた隆太達の家に住む事となるのですが、今度は夏江が原爆症(直腸癌と急性心臓麻痺という事ですが)の犠牲となりました。その死体を欲しがりハイエナのように寄ってきたABCCの職員を殴り倒して追い返す…

夏江の導きでしょうか、その遺骨を供養する過程で天野星雅という貧乏画家と出会い、ゲンは彼に絵を習って後に絵描きを目指す事となりました。戦争の真っ只中を生きて国同士の争いに苦しめられたゲンだからこそ、『芸術に国境はない』という星雅の言葉にも感動し、夢が見つかるという人生の中で最重要項目にも遭ったのです。作中でそれを描いた中沢啓治先生のこの作品が、世界各国で翻訳版が出て読まれる芸術作品である事も特筆すべきでしょう。

まだまだ酷い目に遭遇しながらも、ゲンは結果的に看板屋"中尾工社"に就職して絵の修行と実益を兼ねた仕事をします。その看板屋の社長・中尾重蔵というのが元大日本帝国陸軍軍曹で戦争賛美者の、ゲンにとってはいわば憎むべき敵。
9巻である事から中学校時代の制服と帽子をボロボロにされたからか、10巻(最終巻)では服装がカジュアルになっています。タイトルが「はだしのゲン」ながらほとんど下駄姿でしたが、この時は何とスニーカーを履いていますね。

全然行ってなかった"波川中学校"の卒業式に出ると、歌わされそうになった「君が代」を途中で止めて「青い山脈」を歌わせるゲン。そしてまたゲン(=作者)曰く、戦争犯罪者であるという天皇批判を始めて…日本軍はアジアの各国で3000万人以上の人を残酷に殺してきているとか『三光作戦』で云々と、またも左派系プロパガンダの作り話を始めちゃってますよ。
ゲンが学校に行かない間に中学校は少年院帰りの横道徹が番長になっていて、卒業式後は校長や教師らを集団リンチしていますが、群れていじめをする奴らを許せないゲンは横道をワンパンで倒しました。助けられたはずの教師陣にも痛烈な言葉を浴びせるゲンは、正に己を貫く強きヒーロー。

そしてついに初恋も体験するのですが、その相手が犬猿の仲である中尾社長の娘・光子だった事で苦しみ、しかし隆太が仲介的な事をしたおかげで交際するようになりました!私も彼らがデートした安芸の宮島に初めて行った時は、海の中に立つあの厳島神社大鳥居に感動したものです。もちろん「はだしのゲン」で見た鳥居だ、という理由で。
しかし…その光子も原爆症で急死!もう、この作品は漫画史上でも有数の死者を出した作品であり(ドキュメンタリー的な内容なのに。それが怖い!)、当然ゲンに関わる者達もほとんどが死ぬ、と言っていいでしょう。
光子のような頭脳明晰な女性も、医者になる夢を捨てて死ぬしかない原爆症という恐怖。ちなみに彼女は『あの貧相なつらをしたじいさんの天皇今上裕仁を神様としてありがたり』云々と批判するシーンがありますが、うん、今は不敬罪が廃止されていて良かった。

この作品の死の連鎖は続いて…最後は、いよいよムスビの番ですよ!!しかも彼は原爆症でなく、同じ日本人で"BAR マドンナ"を営む麻薬の売人によってシャブ中毒にされてしまい、皆で貯めたお金も使い果たした上でリンチされて殺されるのです。
当然隆太はキレて、マドンナに乗り込んでマスターを射殺し、愛人に胴元のヤクザを呼ばせてこれも射殺。もちろん自首する事を決意した上での仇討ちだったのですが、ゲンと勝子はそれを止め、
『おまえは原爆の恐ろしさを証言できる 大事な見本じゃ
 これからの地球上の人間を救える証言者じゃ 皇よりよっぽど役に立つ偉い人間じゃ
 おまえを刑務所に入れとくのはもったいないわい 堂々と逃げろ』

というわけで勝子と共に東京へ逃亡しました。
作品後半は設立されたばかりの広島カープキチガイとなって応援していた隆太…『人のものはワシのもの、ワシのものはワシのもの』という、もしや「ドラえもん」のジャイアンに影響を受けたのでは!?と思われる発言を頻発していた彼はゲンの次に登場シーンも多く、ムスビの仇討ちも含めて肝心な所では汚れ役をやる、ほとんど主人公ですよね。

時をほぼ同じくして、ゲンも東京の絵の世界で才能をぶつけ合う挑戦をすべく上京する感動のラストシーンで最終巻である10巻も終わりました。
最終ページには『第一部完』と書かれていますが、ご存知の通り1985年で連載終了してから現在まで、私など子供の頃から楽しみにしていた第二部という続編は描かれず、2009年に視力の問題で中沢啓治先生は漫画家引退を表明、昨年にはついに他界されました。
第二部は東京を舞台としてゲンが被爆者差別される内容で予定されており、下描きも進めているという情報は随分前からあったのだから、自分の手で描けないのならせめて原作だけ担当してもらって誰かに描かせなかったのかと、イチファンとして思います。しかし前述の通りアシスタントも一切使わなかった漫画家としては、その選択肢は無かったのでしょうね。
ゲンがフランスで絵の修業をする構想もあったと言いますが、それは見たかった…

今回も何度も書いているように、「はだしのゲン」は後半特に今で言う反日自虐プロパガンダを含む本です。
ただ、私は自分の例から見ても天皇批判が描かれているからって読者が天皇批判するようになるとは思えないし、ここまで全国の図書館に浸透した作品を撤去するよう運動している人々もいると聞いた事があります。このメチャクチャ面白いエンターテインメント作品でありながら歴史の勉強や思想的にも強く意味を持ち、戦争・風俗関係の資料としても優れている漫画(それが実は他にほとんど無いです)を、焚書しようというのですかね。
反日プロパガンダの部分が日教組に受け入れられたのだとしたら、私はそれクソみたいな狂信集団・日教組の数少ない功績じゃないかと思いますし、作品の本質を分かってない左翼教員にはそういう本だと思わせておけばいいじゃないですか。これをちゃんと読んでこの世に神も仏もいない事を学べば、クソみたいな宗教に騙される事や、他の色々な生きる力も得られると思いますよ。
とにかくこの作品は、勉強もしないで人より漫画ばかり読んできた私の中で『生涯の漫画ベスト10』ランキングに入り続ける重要作品であります。


わしゃ しょうがないとあきらめるやつはきらいじゃ
わしゃ その言葉はきらいじゃきらいじゃ
わしゃ いつもふしぎだとおもっていたんじゃ
戦争で息子やとうちゃんを殺され
ピカでみんな殺され いまも苦しんでいるのに
みんなしょうがないとあきらめて 本当のことにしらん顔じゃ

いまにまた おなじことをくりかえすわい
そしてしょうがないと泣くんじゃ…



  1. 2013/01/30(水) 23:22:19|
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劇画(159) 中沢啓治 5 「はだしのゲン」 1

ここの所続けて紹介している中沢啓治先生の作品の中でも、最高傑作でありもちろん代表作、そして世界各国で翻訳版が出ている作品「はだしのゲン」(汐文社刊)。
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1972年に月刊少年ジャンプ(集英社刊)の『漫画家自叙伝シリーズ』第1弾として掲載された短編、「おれは見た」が原型となってまして、それを見た少年ジャンプ編集長の長野規氏による熱烈な誘いにより1973年、週刊少年ジャンプにて「はだしのゲン」の連載開始!
同誌のアンケート至上主義からも外した上で望みの頁数も確保される特別待遇にて長期連載で描けるこのチャンスは、『原爆に対する思いは決められた頁数ではいつも描ききれなかった』と言う中沢啓治先生にとっても渡りに船で、一年半ほど続くものの諸事情により未完のまま連載中断。
それからは娯楽雑誌を離れてしまいますが、とにかく雑誌を移りながら…そう、1975年からオピニオン雑誌の市民、1977年からはもっと驚きますが日本共産党系の論壇誌・文化評論、そして1982年から日教組の機関紙・教育評論で描き続け、1985年に『第一部完』として実質連載終了。開始から約14年をかけて、どうにかこの長大な名作を完成させたのです。

世紀の問題作故に単行本の出版も苦難の道が有り、連載のきっかけとなったジャンプの集英社は抗議を恐れてジャンプコミックス(JC)版を作らず、ジャンプ掲載分は1975年に汐文社より全4巻で上梓されました。その後連載終了を受けて同社から出た愛蔵版が決定版であり、今回映像を載せている物で全10巻。
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全巻通して裏表紙にゲンと進次が敬礼している絵が使われている、おなじみのやつです。入手も容易なので私もこれを最初に集めたし、誰しもが学校や地域の図書館などで見かけているのはこれでしょう。他の様々な出版社からも単行本化はされているのですが、現在では差別用語とされる言葉を削られています。

少年ジャンプ以降の掲載誌を見ればまさに左翼系であり、強い天皇批判が描かれている事も有名なので、多くの人に左翼漫画として思われているでしょう。確かに日本の教育界を牛耳って反日教育をしている日教組の機関紙で連載していた、という事実は強いですよね…漫画というのに全国どこでも図書館に置かれている現状はご存知の通りです。
実は内容を読めば単純に左翼でなく、彼らが大好きな(というか親分ですか)アメリカもボロカスに叩いてる…というより激しい呪詛を投げかけてますし、第一主人公やその仲間は全然教育向けのいい子じゃない。家族を傷付ける奴には激しい暴力もふるうし、年寄りの首でも絞める、生きるために盗みもやる。主人公以外の人物も見たら、あらゆる悪徳が描写されていて、"良書"とはほど遠い漫画だと言えるでしょう。史実とはいえ残酷描写も漫画史上有数の物だし。
そんな中身なのに、日教組の偉い人は漫画なんて読まないだろうから『左派』『天皇批判』『反日』『親朝鮮』といった記号だけ切り取って全国の小学校や市町村に奨励したのではないでしょうか。
学校や教師共を憎み、『皆がせっせと勉強している時に、人より熱心に漫画を読んでいた』という事しか自慢出来ない私は、この教育委員会の能天気さに感謝したい。こんな面白すぎる漫画を、学校の休み時間に図書館で堂々と読めたのだから…自分に友達がいなくて図書館が大好きだった事もあり、本当に何度も何度も読み直した作品ですよ。
ゴチャゴチャ書きましたが、右とか左とか騒いだり、そんな事で毛嫌いする人は大人になって漫画の読み方や他の何かを失っている気もします。「はだしのゲン」は内容が重くて傷付いたり涙したりする事も含めて反戦漫画の傑作であり、感動モノでもあり、そして娯楽漫画(普通、漫画は娯楽ですが)としてとんでもなく面白い名作なのですから。


時は昭和20年(1945年)4月の広島県広島市…
主人公のゲン、こと中岡元は国民学校2年生でした。
4月なのでまだアレが落とされる前の部分から始まり、ほんの束の間ですが家族の団欒風景が描かれます。1巻の最初4ページだけカラー頁なのは、実際の少年ジャンプ連載時に巻頭カラーだったのを忠実に単行本へ収めているようですね。
中岡家の家族構成は、父親・大吉、妊娠中の母親・君江、長男・浩二、長女・英子、次男・、三男がゲンで、四男・進次
連載開始当初の戦中編では、堂々と戦争批判する大吉のせいで中岡家は『非国民』と罵られて同じ日本人からいじめぬかれ、アメリカにやられる前から十分に可哀想で読んでいて辛い。味方になってくれるのは同じく被差別である朝鮮人のさんだけ。

作中最も汚い人物と言えるのが町内会長の鮫島伝次郎で、こいつが大吉を警察に突き出したために大吉は拷問されるし、他にも数々の嫌がらせを行うのです。その息子・竜吉は父親を真似て嫌がらせしてきますが、病弱な英子はこいつに金を盗んだとでっち上げられて教師に裸にされて身体検査されるのです。
他にも非国民、及び非国民の子とする中岡家へのイジメは容赦ない激しさですが、ゲンもただやられてるタマではなく、竜吉の、そして伝次郎の指まで噛み付いて指を食い千切ってやりました。
ただの近所のガキ共もゲンや進次をからかって『うわーい 非国民がおこったぞ にげろにげろ あいつらにちかづくとキチガイになるぞ~~』とかって言ってますが…とにかくこの時代は家族に戦争反対の者がいるとこうなる、という事を描いているのですね。

警官にいくら暴力を振るわれようとも自分の生き方に誇りを持ち、戦争反対を唱え続けた大吉でしたが、長男の浩二は家族が非国民と攻め立てられるのに耐えられず、海軍へ志願していきます。それを反対しながらも最後は浩二が乗った電車を線路脇から見送る父…これは「巨人の星」でも類似シーンがありましたね。確かに中岡大吉は星一徹のような部分も見える父親、数%くらいは意識しているのでしょうか。
次兄の昭は郊外へ疎開に行き、いずれもひと波乱あるのですが、この二人はおかげでその時完成が近づいていた核兵器=原子爆弾(原爆)、ピカドンで命を落とさずにすむ事となります。

そしてこの原爆製造シーン!その過程とニューメキシコの砂漠で行った人類初の原爆実験の所でも、あの有名な天才…アルベルト・アインシュタインの顔が見られます(名前表記は無し)。その恐るべき破壊力を目の当たりにした関係者は喜んだ、とありますが、アインシュタインは当時のアメリカ海軍省兵器局顧問であったものの、実は原子爆弾製造には関与しなかったと言われています。なのでこのシーンは史実に反するわけですが、彼の理論とある手紙が原子爆弾開発を後押ししたのは歴史的事実。

非戦闘員を撃ち・焼き殺しまくるアメリカの非人道的な大空襲は続きますが、運命の8月6日には…ついに人間の生活する大都市の頭上から原爆投下。
もちろん彼らは人体に放射能の影響が現れる事も投下以前から充分に察知しており、生き残った被爆者をモルモットのように調べあげて人類初の原爆被爆者がどうなるか調べまくりました。つまり数十万人の人間を使い、計画的に壮大な人体実験をしたわけです。当時の大日本帝国では『鬼畜米英』なんて侮蔑語が使われていましたが、事実だったんですよね…いや本当、奴ら人間じゃないでしょう。
人類史上最大にして最悪の大虐殺となったこの原爆投下ですが、「はだしのゲン」では1巻の後の方で早くもされていまして、ほんの偶然から助かった(少なくとも即死は免れた)ゲンや母・君江達が戦後生きていく様を描く事にほとんどの頁が費やされているのです。
原爆で大吉・英子・進次の3人を目の前で亡くし、さらに街の人々は一瞬にして全身の皮膚がドロドロに溶けて剥け、腹が破れて腸が飛び出していたり、ガラスが全身に突き刺さったお化けのような姿で行進している…この衝撃シーンは実際に漫画で見て下さい。多くの人が公共の図書館で唯一置いてある漫画だから見てしまったためにショックを受けたと語り、「はだしのゲン」がそこらの恐怖漫画以上に人々にトラウマを与えた所以でしょう。

原爆投下後の広島を逃げ惑うゲン達ですが、あまりのショックで君江が産気付いてしまい、人間が作り出した地獄の真ん中で赤子を出産。産婆さんなんかいるわけない状況の中、取り出したのは何と小学2年生のゲンでした。赤子は女の子で、後に友子と名付けられます。
この後長崎市にも原爆が投下され、ソ連の赤軍も火事場泥棒のように不可侵条約を破って日本に襲い掛かって残虐の限りを尽くすと、大日本帝国はついに降伏。ちなみにこのソ連の行為は1コマのみで、捕虜となりシベリアに抑留された将兵についてなどは「はだしのゲン」では描かれません。まぁ、この後は燃え盛る炎の中から逃げ延びたゲン達のサバイバル物語なので、広島から見えない部分は仕方ないでしょう。

焼き尽くされて周りは黒焦げ遺骸の山となった広島ですが、続いては生き残った人間達をも苦しめまくる原爆症の始まりです。後から広島へ死体の整理などで来た健康な兵隊らも細胞が破壊されて続々と死に始めるのですが、何と小学生の主人公であるゲンも髪の毛が抜けて丸ハゲになってしまいます!
この焼け野原でも色々な事がありますが、大きいのは死んだ弟の進次にそっくりな原爆孤児・近藤隆太の登場でしょう。
こいつはムスビ、ドングリ、ラッキョウ、信平、明夫、カッチン、タヌキら原爆孤児集団のリーダー的存在で、最初は進次が生きていたと勘違いして向かって行くゲンをボコボコにのしてしまいますが、後で食糧を盗んで捕まった隆太をゲンが助けたため、本当の隆太として生活を共にする事となります。
ゲンや君江を本当の兄や母のように慕う隆太は義に厚い奴ですが、怒ると何をしでかすか分からない(悪い奴は殺しもする)、無秩序さを併せ持っています。

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原爆の被害が少なかった江波に住む君江の親友・林キヨの家を頼って新生活を始めるゲン達ですが、そこでまた邪魔者扱いするキヨの姑や子供の辰夫と竹子からのイジメを受ける…
江波の人々はことごとく冷たく、弱い物いじめをするいやらしい奴らばかりに描かれていますが、これも中沢啓治先生自身がここで受けた実体験が元になっています。

子供も働かなくては生きていけない時代なので、その江波でゲンは働きます。3巻はほとんど、ゲンが吉田家で働く数日間を描いているのですが、その仕事はピカをまともに受けて全身大火傷を負いながらも生き残った吉田政二の世話をする事。
肉親である吉田家の家族(兄の英造と、その妻ハナ、その娘で冬子と秋子)は大金持ちでありながら、火傷に大量のウジが発生し血便を流し吐血する政二の介護を放棄。ピカの毒がうつると信じ、むしろ『オバケ』『はよう死ね』と罵るのです。そこでゲンが1日3円の仕事として請け負うのです。
この林家や吉田家の話は「はだしのゲン」屈指の嫌な話でもありますが、結局は金より心を大事にするゲンに泣かされますね。
この作品は原爆を落としたアメリカや、大日本帝国軍に戦争に協力した人々…そういった奴らに対してだけでなく、ピカを受けた善良な被害者を差別する奴らに対する怒りにも満ちています。

絵が上手くて戦争が終わったらパリで絵の勉強をするはずだった画家志望の政二は、両手が使えなくなってもゲンのおかげで生きる希望も持てましたが、最後まで可哀想な目に遭って結局は死亡。
後に同じく絵で生計を立てるはずのゲンに少しの期間ながら絵を教え、未完成の絵と画材を託して亡くなりました。

そして迎えた8月15日、何と天皇陛下の肉声による玉音放送が行われ、ついに終戦を迎えました。
広島県山県郡の疎開先で放送を聞いたゲンの兄・昭とその友達は、そこで天皇が当時使っていた一人称の『朕(ちん)』を、『チンポのことかとおもったよ』なんて言ってますが!!
ともかく敗戦、それが国民にとって地獄の苦しみの幕開けです。8月30日にはダグラス・マッカサー元帥が進駐して天皇にかわった新しい権威者となり、アメリカのGHQ(General Headquarters=連合国最高司令官総司令部)による日本支配が始まりました。
原爆の恐ろしさやアメリカの戦争犯罪を隠すべく報道管制され、それどころか子供は教育で、大人はマスコミを使って洗脳するウォーギルト・インフォメーション・ プログラムを実行します。おかげで何と今でも、日本は悪い事をしたが連合軍が救ってくれて民主主義にして頂けた…とか信じてるバカ日本人が多いですよね。

鬼畜米英が我が物顔で日本へ上陸するようになったので、男は金玉を抜かれて女は犯されると噂が流れ…ゲンと隆太は自衛の為、陸軍兵舎の所へ行って武装解除で兵隊が置いてった拳銃を入手します。
ここの描写!野原に大量の武器が銃弾入りで捨てられている所は、子供心にもそりゃないだろと思いました。「はだしのゲン」は自伝的な作品であって、エピソードのほとんどが中沢啓治先生の体験でもあるのですが、こういう明らかに創作な部分も有り、特に存在自体が創作である隆太関係のエピソードがそうですね。
とにかくキチガイに刃物というか、隆太に銃器が渡った事が後の展開に大きく影響します。

昭と浩二が戻ってきて隆太を含めると6人となった中岡家ですが、突如林家を追い出されます。ゲンと隆太による仕返しは痛快で、辰夫と竹子に馬糞を喰わせてぶん殴り、ばばあはクソつぼに落ちるはめになるのでした。
中岡家はその後、防空壕跡の洞穴生活を経て、バラックを建てて生活します。

ゲン達は犬を殺して食ってる大場という男と出会います。彼の正体は暴力団であり、かつて同じ島田組にいた三次と共に浮浪児を利用しているのですが、ゲン達も利用されて騙された事を知り、講義するも返り討ちでリンチされ…キレた隆太は銃を取り、二人を射殺。
(三次は左胸を撃たれたのに次のコマでは右胸に穴が開いているのは…ご愛嬌という事で)

その隆太を警察の手から逃してくれた者が、また暴力団。大場らと対立していた岡内組の首切りの政で、隆太は中岡家と別れてこいつの舎弟となり、鉄砲玉に仕立て上げられるのでした…
ゲンは元川小学校へ行くようになり、クソ森こと雨森頑吉と原爆ドームで命がけ決闘をしたりして、たくましく成長していきます。
しかしゲンの大事な妹・友子が連れ去られる事件が有り、長く苦しんだ栄養失調のせいもあって死んでしまうのです。
途中で闇市で"朴商店"を成功させて資産家になっていた朝鮮人の朴さんとの再会があったり、あとは友子の死後、ゲンの丸ハゲ頭に毛が生えている事に気付きます。また生えるという事は、ゲンは原爆症ではなくストレスで一時的に抜けただけだったのですかね。
何十年も草木は生えないと言われた広島の地にも麦が芽を出し、父がよく言ってた『踏まれても踏まれても真っ直ぐ伸びる麦のように強くなれ』の言葉を思い出して希望を持ち、生きて生きて生き抜く事を誓うのでした…


ううう この毛唐めが アメリカの鬼畜めが!
これは下じきになって死んだじいさんのうらみじゃ
これはヤケドでズルムケになって死んだ娘のうらみじゃ
これは火であぶられて死んだ 可愛い孫のうらみじゃ……
ばかたれ アメリカのばかたれっ
わしはひとりぼっちになったじゃないか!
家をかえせ じいさんをかえせ 娘をかえせ 孫をかえせ



  1. 2013/01/29(火) 23:59:06|
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劇画(158) 中沢啓治 4 「ユーカリの木の下で」

だれかが死ぬということは
自分を失うことなんだ
なぜなら 自分もすべての人と
結びついているからだ
それゆえに 人を遣って
問わせることは やめよ
誰がために鐘は鳴るかと
鐘は おまえのために
鳴っているのだ

(ジョン・ダン)


今夜は中沢啓治先生の「ユーカリの木の下で」(汐文社刊)。
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アーネスト・ヘミングウェイの長編小説「誰がために鐘は鳴る」のタイトル元となったジョン・ダンの説教を引用して始まるこの作品は、1977年の週刊少年ジャンプ(集英社刊)にて連載されました。

主人公は本堂源二、42歳。母親が亡くなったため二十五年ぶりに、恐ろしくて嫌すぎる思い出(トラウマ)が焼きついている故郷の広島市に帰ってきました。彼は東京で原爆を受けた事がばれると手酷い差別を受けて苦労したため、息子の信二にも被爆した事は隠していました。
しかし、母親を火葬して遺骨を収めようとしたら白い灰だけで骨など残っていませんでした。原爆は母を戦後も苦しめ続けた上、骨まで食いつぶしていた…
このエピソードは中沢啓治先生の実体験であり、代表作「はだしのゲン」でも出てきた有名エピソードですね。とにかくこの母の姿に怒り、源二はピカドンからも生き残っていた思い出のユーカリの木の下で、今まで語らなかった少年時代の思い出を我が子に語る。

ところでこの主人公の名前に同じ『ゲン』が付く事から、もしやこの源二は「はだしのゲン」の中岡元が大人になった姿では!?と思ってしまいます。だから息子の名前もピカドンに殺された弟・進次の名を漢字だけ変えて付けたのでは、と。
現に、ユーカリの木の下で語られる源二の少年時代エピソードがこの作品の大部分を占めるのですが、その少年時代の源二が元と全く同じ顔!まぁ、中身を見ると似て非なる『ゲン』である事が分かりますが。

源二やその家族、いや被爆者全員に地獄を味あわせ続けたアメリカと原子爆弾ですが、今まで源二が何も語ってこなかったために信二は
『原子爆弾はすごい破壊力だから どんなになるのかな カッコイイなアトムの力は』
とか言ってる能天気なバカに育ってますが、自分が被爆二世だと宣告され、それから初めて聴く父親の過去は壮絶すぎるものでした・・・

あ、ちなみに私が所持する「ユーカリの木の下で」は中沢啓治先生の直筆サイン本です!
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さて、時は昭和二十年。本堂源二は国民学校五年生のガキ大将。
あるユーカリの木を物凄く大事にしており、それに悪戯したガキは徹底的に叩きのめしています。その理由は、その木をガダルカナル島で戦死したお父ちゃんが大好きだったからであり、木に空いてる穴の中に写真を入れて基地にしています。
この少年時代の源二は戦中の戦争肯定教育を頭から信じ込んでおり、14歳になり次第少年兵に志願しようと考えています。戦争を恐れて必死で止める母親に対して、何と『お母ちゃんは非国民じゃ』と言い放ち、大日本帝国と正義の皇軍、そしてそれを守る神様の天皇陛下さまを崇拝する軍国少年!

その源二が真実(あくまで中沢啓治史観=自虐史観での)に気付き、大日本帝国の教育による洗脳が解けるまでを描いた、というのが本作品なのです。
町内会の竹ヤリ訓練を指導している桶屋の尾形久造軍曹宅を訪ねると、南京攻略の時は中国兵を215人殺したとか自慢しながら大量の写真を見せるのですが、思わず嘔吐する源二と友達の大木順平
そこには正義の皇軍が女子供を虐殺し、村人から食料を奪って誇らしげにしている尾形軍曹らの姿が写っていました。さらに中国人を見つけると皆捕まえてハリガネで縛り、試し切りで首を落としていっただの、生き埋めにしただの、揚子江の岸壁に並べて何万人も射殺したとか、もっと残忍な殺し方についても嬉しそうに語った上で、忠実に『三光作戦』を実行したのだとか中国全土でもう二千万人近い中国人を殺したとか…大日本帝国軍は残虐でただ悪を成すために動いていたかのような左派系プロパガンダ話が続きます。
(もちろん、大日本帝国軍の功績だとか当時の現状で戦争を避けたらどうなったのか、そういった事は一切描かれず)

さらに順平の父・信造が必死で戦争に抵抗しているため特高警察に連れて行かれ、非道な拷問を受けた末に殺されるに到って源二も目覚めるのでした。
順平が父に習い、度々復唱していた平井鉄太郎のことば、
『言論の自由なき世は
 うばたまの
 心の闇の牢獄とぞ思う
 戦えば 必ず勝つと自惚れて
 いくさを好むバカな軍人
 我が力 かえりみもせで 
 ひたすらに
 強き言葉を民は喜ぶ』
が響いてきます。

そしてラスト数ページ、8月6日に広島市へ原子爆弾が投下されて突如出現したこの世の地獄!!源二は
『うわー 広島中の人間が みんなお化けになっとるのー』
と驚いて地獄の中を走るのですが、皮膚がズル剥けて全身にガラスが突き刺さった人達の行進…「はだしのゲン」で見た事の無い人はいないでしょう、あの恐ろしい光景が描かれるのです。
最後の1ページで現在(1977年)のユーカリの木の下に戻り、大人になった源二は息子の信二に戦争の本当の姿を伝え、しっかり日本の姿を見つめて戦争を喜ぶ奴らと戦っていくよう諭すのでした。おわり。

まぁ、何と言いますか…たまに「はだしのゲン」を左翼漫画だといって嫌う人がいますが、この「ユーカリの木の下で」での左向き具合はそんなもんじゃないですよ。
戦時中は誤った教育で一方向の考えしか認めなかったように描きながら、中沢啓治先生はその逆側の考え方・歴史認識しか認めません。
どの作品でも一貫して武器を持つ事を批判する姿勢がありますよね。私も戦争を憎み平和を愛す者ですが、その平和を守るために現状では確実に武力が必要ですよね。だまされて武器を捨てたりして他国に侵略されたら、それこそ原爆投下以上にとんでもない目に遭うのではないでしょうか。むろんその兵器を利用して間違った道に進む危険性を恐れるのは分かりますが。

私は中沢啓治漫画を幼少時代から愛している者。中沢啓治先生自身の体験による敗戦の深い傷を活かしたリアリティは凄いし、どのコマもとにかく絵が好きだし、メッセージ色が強すぎる真面目なストーリーの中にもユーモアを交えたエンターテイメント作品に仕上げる手法も素晴らしいと思います。
ただ「ユーカリの木の下で」ほど左側からだけ都合よく見た目線で描いた作品は、大人の読者なら自分で判断すればいいと思いますが、子供に見せて自国への誇りを失わせ反日思想に目覚めさせるのはどうかとも思います。当時の少年ジャンプ(掲載誌)読者は当然少年達だけだったので…はっきり言って左翼洗脳の書とも取れるこの作品を読んで、逆に憂国の私ですよ。
もちろんどんな漫画を読むかは自由だし、どうやってもイデオロギーなき作品だとか完全に中立的、みたいな作品を作るのは不可能だろうから難しい問題ですが。

こちらは、中沢啓治 平和マンガ作品集版の「ユーカリの木の下で」(ほるぷ出版刊)。
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『ほるぷ版中沢啓治平和マンガ作品集』の第11巻として上梓された版ですが、この表紙は汐文社版と同じ絵を使いながら別の部分を収めており、主人公(源二)の右背後にもう一人仲間が居た事がハッキリ分かりますが、逆に下部は切れているので勝吉(「はだしのゲン」の進次似)が下に居る奴の顔面に向かって放屁してる部分がカットされており、残念。
こちらは表題作である「ユーカリの木の下で」の他に、短編「チエと段平」も収録されています。

最後に一つ、「ユーカリの木の下で」では「はだしのゲン」と同じように戦時中の朝鮮人も扱われていて、ここではクラスメイトの金田次郎という存在。
それはいいのですが、どちらの作品でも出てくる"囃し歌"で子供の頃からずっとその意味を気になっていた
『朝鮮 朝鮮 ぱかにするな おなじめしくって ぬくいクソだす 日本人ととこちがう クツの先がちょっとちがう』
という歌詞。朝鮮人をからかう歌なのは理解出来ますが、その意味が全然分かりません…


人間がもっている素直な感情を表現できることは いちばん大切なことなんよ
いまの世の中は 戦争をするために人の心まで がんじがらめに押さえつけられて
ほんとうにいやな おそろしいことなんだよ
お母ちゃんは おまえだけは戦争する機械になってほしくないんよ



  1. 2013/01/18(金) 23:59:59|
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劇画(157) 中沢啓治 3 「オキナワ 劇画で描いた沖縄報告」

中沢啓治先生の「オキナワ 劇画で描いた沖縄報告」(ドーミエ書房刊)。
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中沢啓治先生が描いてきたのは自身で被爆体験した広島の問題だけじゃなく、沖縄問題を扱った事もありまして…それが1970年に週刊少年ジャンプ(集英社刊)で連載された「オキナワ」
ちなみに今作こそが中沢先生の初単行本になるはずでしたが、時の政府に反対する内容であるが故に会社上層部から圧力がかかり、集英社では単行本を出せなくなりました。JC(ジャンプコミックス)から出る中沢啓治作品は是非見たかったですが、これが商業誌の自主規制ですね。

沖縄がアメリカから日本に返還されたのは1972年だから、連載時はまだアメリカ占領下にあった時であり、作品の舞台は1968年の沖縄県那覇市。当然ながら中沢先生は取材にあたり、パスポートとビザを取り海外旅行の手続きをして、那覇空港に行ったわけですね。この当時のアメリカは、ベトナム戦争を起こしていました。
作品の主人公はグレ始めた少年・仲田三郎で、仲田家は闘牛きちがいの厳しい父親・源造と妊娠中の母親・時子、弟の明に妹の光子という家族構成。
私はこの作品で沖縄で闘牛が盛んだと知ったのですが、少なくともこの頃は26ヶ所の会場があり毎日どこかでやっていたのだとか。

若い三郎にとっては生まれた時から近くに米軍基地があり、どこへ行っても基地の金網がはりめぐらされて自由に歩けない事や、B52の爆音にも違和感を感じないのですが、息子のそんな意識の低さが父親には我慢出来ず親子は衝突してばかり。母親曰く『まるで闘牛だわ…』。
母親は飛び出していった三郎を探しに行くのですが、米軍のバートン兵士が酔っ払い運転するトラックにひき殺されてしまいます!奇跡的にお腹の赤ちゃんは助かって産まれてきましたが、アメリカが支配する軍法会議など結局茶番で…結果、バートンが無罪。
怒った三郎は父親の愛牛・青雲号に乗って米軍基地に殴りこみへ向かうのです。

銃剣で突いてきて顔を切られもした三郎ですが、
『こんなもんでおどかせば だまってひっこむと思っているのか アメリカの勝手になると思っているのか!
 こんなもので心の中をつきさせると思っているのか! やってみやがれ 突いてみやがれ』
と、引かない。
結局はポリ公に連れて行かれますが、青雲号がMP達の前に巨大なウンチを残してきてくれました。

それから敵は日本人にもおり、土地成金のハゲ・富村登場。
こいつは米軍基地のおかげで金持ちになったゼニ命の男で、戦争を喜んでいるクズ。用心棒を連れており、その用心棒に源造が刺されますが…
ケガから回復した源造、そして三郎は名誉あるコザ闘牛場にて、青雲号改め平和号で富村の闘牛・風神号に挑むのがクライマックス。

仲田三郎にはアメリカ人の親友・トムがいましたが、彼との関係や仲田家の絆、未来にかける希望を表面に出しながらも、本当に読者に知って欲しい事・訴えたい事はオキナワ(沖縄)の現状や歴史でしょう。
「ひめゆりの塔」であまりにも有名な沖縄戦。何と同胞である日本軍による住民殺害があった事も知られていますが、特に地下壕に隠れる日本軍と住人が米軍に探知されないよう、泣き叫ぶ赤ん坊を殺した…この事例は三郎が生まれる前にいた源造と時子の子供・健太(つまり三郎の兄)が刺し殺されるという形で、そのまま描かれています。
そして、あの大戦が終わって20数年も経った現在(連載当時)でも残される問題。戦時中や戦後の米兵による住民強姦は酷い物だったそうですが(あいつら本当に鬼畜米英だ)それはまだ残っているし、基地からの毒物や放射能流出、さらにはB52の墜落事故、おびえて暮らす沖縄の人々と本土に住む日本人との温度差。
それらがこの1冊にしっかりと収められています。広島や長崎に落とされた原爆の事だけでなく、沖縄の悲劇も後世に伝えるための重要な作品でした。

こちらは中沢啓治ヒューマンコミックス版の「オキナワ」(汐文社刊)。こちらはタイトルから『劇画で描いた沖縄報告』の文字が消えていますね。
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「オキナワ」は3巻目として上梓された、この『中沢啓治ヒューマンコミックス』は全10巻が刊行されていて、
1、2巻が「広島カープ誕生物語」
4、5巻が「チンチン電車の詩」
6、7巻が「あの街 この街」
8、9巻が「シリーズ平和の鐘 短編集」
10巻が「宝島」・・・と、中沢啓治先生の戦争モノ以外もいくつか収めた貴重なシリーズなので、興味のある方は是非読んで頂きたいものです。


おれは死んでもいいんだ………
おれは………おれの大好きなかあちゃんを
犬死にさせてたまるかっ
ついてみろ てめえの腹にかみついて
腹わたひきずりだしてやる



  1. 2013/01/13(日) 23:00:00|
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旅行・紀行・街(130) 新潟県魚沼市 8

あけましておめでとうございます!まめだかのんし?
今年は巳年、おいの年だんなんが、大晦日から正月は新潟県魚沼市へ帰省して親孝行してきたいやー。
今回は里帰りして地元んしょらと過ごしてたっけ、ちっと方言が移ったんが…魚沼んしょ以外はいっそ何言ってるこってらわからんろーども、あちこたねえろい。 こんつぇブログはどうせ自分の記録用だんなんがの、まぁしゃっきらもねぇごたくは抜きにして、始めるこてや。

大晦日の夜は大雪の中を歩いてそ、
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初詣てばあこ、"清水川辺神社"まで行ったこて。
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は~毎日雪でさっつぁんなって、はっこい身体にFIRE…うん、いかったてー。
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東京のたいしょらも遊びに来てくんてそ、ごーぎ積もった雪にたまげてたども…
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こっつぇんがーはまだ序の口。1,2月はまっとよーいじゃねくてそ、魚沼在住んしょらがみじょげらになるて。

"戸隠歴史自然公園"の近くにも行ったども、
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こんげん静寂は東京にはねーぞ。雪が降ってる時なん、まっと無音だの。
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夜の間雪がいっぺ降り続けた次の日は、たっぽの雪が目に見えて高くなってらんだども、
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…しゃっこい中にわざわざ入ってはしゃぐがんが、子供たちだの。まぁ昼間はええやんべでいかったのし。
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地味な新潟県の中でも地味な魚沼市だすけ…散歩しててもたまげるほど変化がねーんどー。
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実家では、おいの部屋に残されている昔集めたレコードを久々に聴いたども、はー聴かんくなったジャーマンメタルの奴らが懐かしくて良すぎだて!
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例えば写真のがんはスコーピオンズ(Scorpions)の4枚目で、名盤「狂熱の蠍団~ヴァージン・キラー」。掟ポルシェが一番好きなジャケットだとマーティ・フリードマンに語ったら、とっぺつもねく嫌な顔されたてがんだろ。少女ヌードが問題で現在はジャケット差し替えられているんなんが、現在はレア盤だの。

毎日さっつぁんなるほど酒も飲んだんなんが、当然翌日は二日酔いで…あっぱん所にとんでって嘔吐!夕方に回復してくるんが、また飲むって繰り返しだったこて。
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隣のとっつぁからは獲ったばっかのカジカもらったんが、焼いてカジカ酒も。
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子供の頃はよっぴかりになってるとおっつぁれて、くらしつけられてたども、今は毎日深夜まで飲み続けだの。
たこ焼き、モツ鍋…って、これはいっそ魚沼名物じゃねーろい。あ、おにぎりは魚沼コシヒカリ。やっぱ、こうこーかってまんま食うがんが最高かの。
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こども将棋教室を開催しゃんばんてがんで、あんま酔っ払わんようにして!
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近所に住む旧友も呼ばってみたら、集まってきた!おいもそうだども少年時代はしょったれだったしょ、しょうしがりでおとなしかったしょらが、ごーぎしゃべっちょになっててそ、たまげたいや。
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あと、南の島から姪が遊びに来てるてがんで、ドリュリュリュリューと車で駆けつけた事もあったいや。
魚沼てがんは、知ってるろーども冬は大雪で大変(スノボとかスキーってんがんをやるしょはいいども…)。で、夏は夏で盆地だんが東京以上にあっちぇしで、いっち薦めらんる季節は必然的に春か秋。そして秋の紅葉もいいども、春の方が何倍も良いと思うやの。春は雪の下から美味しい山菜がニョキニョキ生えてくるし、あとは日光のプレゼントがあるしの。これは住んでるしょにしか分からんかもしれんども、何しろ冬の間陽が射さず暗くなっている地域の事だんが、ただの日光がいかに素晴らしく感動を生むか。で、車で帰ったこの時が春でそ。
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いたいやー!背ったけもでっこくなって!
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ねら、まめだったかー…って、おいに会ったよりオープンカーに大喜びだもっさ。
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おいは姪に付きまとい、一挙一動監視しゅーストーカー叔父。
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まつ毛がごーぎ長えのし!
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記念撮影。
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ねったども、
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はー起きたいや。
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お出かけしゅーかの。
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大好物の『鹿児島の黒酢ドリンク』を大量にたがえて来てた。
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ほとんどじゃみる事ない子だてがんに、お姉ちゃんがちっと取り上げてみたら泣きそうになって立ち向かう…そんくれー好きみてーだ。

長松の墓参りへ。
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ここは先祖より先にお参りしゃんばんの…戦没者の慰霊碑だすけ。
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お姉ちゃまは、しょーしがって写真を撮らせてくれねんなんが、貴重なショットだの。
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近くのばあちゃんちで、兄弟に遭遇。
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ほんで戸隠歴史自然公園へ。
ひとっこで走って遊具に昇ってるから、たまげたて。落ったら手足がおっぽしょれておーめにあういやー!まぁ下っけたで見張ってれば、あちこたねえか…
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水着に着替えて、次は川遊びだこっつぉ。
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あばや!
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旧・小出町の所から、魚野川へも行ってみんば。
ゆきんこの像の時計台の所から、
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川原へ降りると…
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ここはいつも、鮎釣りしてるしょらがごうぎ居らんだてー。
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近くにある"カフェレストラン トライアングル"へ。
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南国育ちの少女は消雪パイプが珍しく(あっちゃくなってたこの時だんが、除雪用でなく涼しさを得る為に放水)、しばらく遊んでたの。
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実はここは同級生の家だんが、店に立つその両親と懐かしい話を!
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店んしょがこしゃってくんた、かき氷とケーキ…子供にとって至福の時でねーろっか。
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最後に家でもケーキ食い、
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HANA-BIして、この娘達とはサバラした。
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冬は小出スキー場として使われる、"小出公園"からの景色。
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ここの山のてっこに、逆さになって景色が見れる…こっけんがんが出来てた。
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ちっと山の中に入って山菜を採り、
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家で茹でて食う。美味い!
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続いて旧・堀之内町の根小屋にある、"奥只見レクリェーション都市公園 根小屋花と緑と雪の里"
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ここで芝桜まつりが開催されてたんがそ、
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赤、ピンク、白…各種シバザクラを楽しんだこてや。
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ゆるキャラもいた。
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『ここんしょ居たかえ!』とお邪魔したがんは、懐かしい"大勝茶舗"さん。お茶をごっつぉになってきたこて。
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ちっと春の間の写真が続いたども、ついこないさの雪の年末は…のめしこきにも嬉しい新幹線での帰省。
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浦佐駅に到着!
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おいはウィンタースポーツを一切やらんども、友人のリクエストもあって懐かしい"小出スキー場"へ案内した!
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ゆるキャラの日本元祖スキー漢、レルヒさんがいた。
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スキーやスノボに興味ねくても、山のてっこは景色が良くて嬉しいのー。
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スキー学校の先生に挨拶して…
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我々は人数分のスノボはねーんなんがレンタルしゅー必要があるしょもいたども、残念ながら小出スキー場には必要なサイズが無くてそ、ちっとソリで遊んで去ったいや。
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移動先は、そんまそこの"薬師スキー場"だども。
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こった必要なサイズもあったんが、レンタル完了!
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ジャーン!
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スノボ組、
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そして雪遊び組を残して去り、
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おいは入口のプレハブ小屋で経営の"ほっとふーど ゆきん子"にて月見そばを食って帰ったこて。
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麺を茹でてくれたのが高校生くらいのバイトと思われるめごい子だったんが、美味しさも30%アップしたいや!

今回の魚沼観光はこんなもんで、後は食った物記録を貼り付けて終わりにしゅーの。
まず久々の"エルエル"…お、まずここは庭に用意されているキャンプセットが楽しげだ。
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店内へ!
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まずサラダ…ホーレン草とスモークチキン、
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パスタは…あさりと木の子のスープ、
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クリーム若どりと木の子、
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グラタンは…ナスとモッツァレラチーズのミートソース。
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"道光高原そば いたや"
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ここはいつも混んでるんなんが、ビール飲みながらちっと待ち…
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来たいやー、天プラ!そしてへぎそば!うんめー!!
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"丸川屋"からは、今回は出前でへぎそば。
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ラーメンは、"まる井"にしゅーか。
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卓上には、お酢 一味 ゴマ にんにく 辛味高菜…等。
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ら~めん、
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背脂ら~めん、
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味噌ら~めん。
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丼内には焼けた石が二つ入ってるやの。
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外の喫煙所。
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魚沼市本町にある"肉清"は…
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店内にオモチャが並べてあってそ、
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これが貼紙。
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実はここは魚沼で育ったてがんに一度も行った事の無い店だったんだども、たまたま東京で点いてたTVに出てきた事があってそ。何と香取慎吾、山本耕史、ザキヤマが訪れてたんだども、食ってたがんがあんま美味そうだったんが初めて行ったこて。
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SMAPの番組なん一度もちゃんと見た事ねーども、香取慎吾といえば「NIN×NIN 忍者ハットリくん THE MOVIE」で服部カンゾウ役を演じた俳優…藤子不二雄好きのおいとしては、リスペクトの対象に成り得るんじゃねえろっか。ついでに「こちら葛飾区亀有公園前派出所 THE MOVIE」で両津勘吉役もやってるし。
山本耕史は「彼岸島」で雅役だったんが、どちらも漫画好きに嬉しい俳優…かの?

とにかく車の中でその香取と山本が食べてたみそチキンカツ、そしてメンチカツも頂いたども…こりゃうんまくてたまげたてー!
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帰省時に入る温泉として定番の"神湯温泉倶楽部"
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こないさは温泉に入った後で、ここで宴会もしてそ、
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飲んだ酒の数々だども…ビールを何本も飲んだ後、魚沼の酒である緑川、そして八海山の梅酒!これは甘さ控えめで飲みやすいがんだのー。
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さらにカジカ酒。
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料理。
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あっさりスープで〆、
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さらに部屋に帰ってからも飲み続けて潰れた感じだったろっか。
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ここもおなじみ、"割烹 うおの"
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実は大晦日の仕出しも、うおのに頼んだのである。
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ここなん10数年ぶりで行った、"銀山茶屋"
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オザケンこと、"お座敷ケンチャン"
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ここは店長が友達な上に外さない物を出してくるんが、重宝する店だの。
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"居酒屋 響"
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先日はここに、地元の秘密結社員達が結集!しゃきらもねえ話で盛り上がったて。
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"居酒屋 菊水"
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名物の煮込み!
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こんな所にいつの間にオープンしてたんか知らんかったども、とにかく初めて行った"ダイニング砂礫"
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ビールとか…だども、さっつぁ呑んだ深夜に訪れたここでの事はいっそ覚えてねーいや!
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写真を見てナポリタンが美味かったのを、何となく思い出したども…
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子供の頃から行ってるここは、最大のおなじみ店…"つるや"
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ここは春に行ったんが、色んな山菜を食いまくってそ。
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もちろん、〆ラーメン
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大雪の中を、
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"そば処富永"へ。
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お酒に合うつまみがいっぺっこある店での、
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鶏唐チーズ、
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カツ煮とトマト、
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ほんで、へぎそば&うどん。
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山かけそば…
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店主のやっちゃん。
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秘密結社「大悟への道」の面々。
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この時期帰ったらそこいらに貼ってあったポスターが、『第25回小出国際雪合戦大会』の物。魚沼で国際大会を名乗るイベントを、25年前からやってるてがんがすげーよの。
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もちろんポスターデザインは魚沼出身の漫画家・芦谷あばよ先生!
こんなのどかな農村地帯・魚沼市だども、実はブルース・リー、渡辺謙といった国際的な俳優、そして偉大な作家・山岡荘八先生の出身地…しかし漫画家は多分一人も出てねーんなんが、芦谷あばよ先生の活躍には期待がかかるこてや。

最後は、↑で何度も登場した姪っ子から届いた年賀状だの。
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子供に興味ねかったおいが初めて『子供萌え』を理解出来たほど可愛くてしょーがねー姪達だども、遠い島に住んでるんなんが、数回しか会った事ねー事実にきもやくし、せつねーいやの。

あばや!
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  1. 2013/01/08(火) 23:59:59|
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プロフィール

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Author:BRUCE
BRUCEです。あだ名は大悟(DieGo)です。
大悟…つまり悟りを開くに至る道程にある事を表し、かつ神の映画「ドラゴンへの道」から頂いてのブログタイトル。同名の秘密結社も運営しています。

名作漫画紹介の形を借りて、自分の記録用に使っています。

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