大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)

名作漫画の紹介 ・・・個人的な旅の記録

梶原一騎(68) やまさき拓未 1 「英雄失格」

今夜は梶原一騎原作、やまさき拓味作画による「英雄失格」(小学館刊)。
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本作の作画担当、やまさき拓味先生もこのブログで紹介するのは初めてだったと思います。1949年生れの和歌山県出身で、1972年のデビュー作が梶原先生に次ぐ漫画原作者の巨匠・小池一夫先生を原作に迎えた「鬼輪番」
それからも代表作の一つとなった「青春動物園ズウ」を筆頭に小池一夫原作が多いのですが、私にとっては1990年代に週刊少年チャンピオンでよく見かけていた作者という印象も強いです。特に競馬漫画「優駿の門」シリーズは長く続いてました。

この「英雄失格」は1977年から翌年の週刊少年サンデーで連載していた作品で、オリジナル単行本は少年サンデーコミックスで全6巻。サブタイトルとして小さく『アンチ・ヒーローたちの詩』とあります。
梶原作品には珍しいオムニバス形式で、7つの物語が描かれます。タイトル通り英雄失格した敗者たちを、全編に登場する主人公というか狂言回し役の"オールスポーツ新聞社"記者・宇井無策の目を通して。
この宇井無策は28歳にして腹は出てフケだらけの不潔さ、黒縁メガネのブ男。しかもガキの頃からひどい運動音痴だったからこそスポーツ全般に憧れを持ち理論だけは詳しくなり、人間コンピュータと呼ばれるほどの知識を活かしてスポーツ記者になったという男。よって野球だけの担当とかにならず、全種目を受け持つほど優秀ではあります。
そんな彼が出会い、応援するも挫折していく様々なスポーツ界の男たち…

第1話は、『グラス・ジョー』。
まずはボクサーが題材です。ボクシングのフェザー級で若きKOキングとなったシャーク・南波が、全日本新人王決定戦で先天的なグラス・ジョー、つまりガラスのようにもろいアゴの持ち主だったと判明して負けてしまいます。
この弱点は致命的で、筋肉のある場所と違って下アゴの生まれつきの弱さだけは鍛えようがない。そしてアゴの防御に徹していてはせっかくの殺人パンチも活かせず、再起戦も失敗。
しかしシャーク・南波はそれでも勝てる秘策を思い付き、とんでもない訓練を始めるが?!
変則すぎる奇想天外なスタイルが見ものですが、やはり悲劇が待っています。まぁタイトルからも勝って終わりはしない事もバレてしまっていますけどね。

第2話は、『怒れるネッシー』。
プロレスラーが題材です。日本の、それも商売が下手で弱小団体である"東洋プロレス"から登場した日本人の覆面レスラー、ミスター・ネッシー。体格にも恵まれており、厳しいトレーニングで鍛えた技で圧倒的な強さを見せるその尾男には、悲劇の過去があった…。

ここでミスター・ネッシーの過去を語るため、この短い話の中で数話を使ってネッシーの父編になりますが、その父もアメリカのプロレス界で活躍した日系プロレスラーでした。太平洋戦争時にアメリカに移民していたので日系人は敵国民とされてジャップ・ハウス(日系人収容所)にブチこまれていたのですが、終戦後は体格が良いのを見込まれて反日感情を利用したヒールとしてリングに上がるようになりました。ゼネラル・トージョーのリングネームで闘う彼は、もちろん同じ梶原一騎原作の「空手バカ一代」でおなじみのグレート東郷がモデルですね。
彼の国辱プレイと『テンノーヘイカ、ばんざーーい!!』とか言ってやられる姿は少年時代のネッシーには我慢がならず、実力も無い父親に英雄レスラーになる事を求めるのですが、ゼネラル・トージョーも子供のためそれに答えてストロング・スタイル(実力派)に転向しようとしたのが悲劇の始まりでした。ボクシングのジョー・ルイス、空手家の大山倍達にコーチを受けた後に、リングの上で真剣勝負をするようになったゼネラル・トージョーは、アメリカ中のレスラーを敵に回して毎日ボコボコにやられ続け、ついには廃人になった後に淋しく死んだ。

それからミスター・ネッシーは父の遺産を全て自分を鍛えるためにつぎ込み、大山倍達の空手から始めてありとあらゆる格闘技をマスター。そして誕生した格闘の天才怪物は、プロレス界に復讐を始めたというわけです。
この後でミスター・ネッシーは敵地アメリカに乗り込んで大暴れ。プロレスの本場のレスター達を相手にも無敵の強さを見せていき、ついに史上最強のレスラーとの呼び声高きルー・テーズとも引き分けて(テーズは60歳を越えていましたが)、ブームも起こし本物のスターになったミスター・ネッシー。
しかしこれでは『英雄失格』にならない。誰も勝てない実力を持つ彼を倒した強敵は、何と女でした。アメリカ・プロレス界のギャングどもは美女を使ってターゲットを骨抜きにする手を使うそうで、少年時代からの過激な特訓で顔を打たれ続けて覆面の下は醜い怪物のような顔になっているミスター・ネッシーだからこそ女には弱く、墜ちてしまった。
金も女も、さらに鍛えた体も失くした彼はそれでもリングに戻り、今度は醜い素顔をさらしてミスター・フランケン・シュタインとして哀れにも父同様にピエロ的な悪役レスラーにおちぶれる。これはむごい…不憫すぎる結末でした。だからこそ、悲劇の傑作。

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第3話は、『壁』。
野球選手が題材です。家は貧乏な百姓で勉強もダメだったが、野球だけでは英雄になれた岩瀬勇三は甲子園で活躍してドラフト一位でプロ野球入りするも、ヒザを壊して5年間も壁(決して試合に出場したりする事はなく黙々と投手の調整の相手をつとめるだけの捕手)となっていました。
彼の登場シーンも凄いなぁ…で、その壁にもブライドや野球選手としての夢があり、ある卑怯な手段でまさかの一軍登録、試合出場を続ける事になるのです。その手段とは、5年の壁生活で自分のチームの投手陣の長所や短所を精密に記したノートを敵対チームに売り渡すぞと監督を脅迫する事!
それで足は完治していないのにまんまとレギュラーになり、また盲目の妹のために頑張っている事をマスコミに書き立てられ、岩瀬ブームまで巻き起こりますが、黒い手段でのし上がっても必ず悲劇は訪れる!
野球を愛し、野球だけしか出来ない男の野球に対する執念を描いた点でも傑作エピソードでした。

第4話は、『邪道拳』。
空手家が題材です。所かまわずケンカを売って強さを誇示する若き空手の天才は、豊島区目白に本部を置く最強の実戦空手道場"徹心会"の指導員・芦川栄光
その師匠は、かつて世界のあらゆる格闘技と戦って全勝してのけ、ついにはクマまで倒したという超人・大東徹源。おお、この人物は同じ梶原一騎原作で中城健先生が作画を担当した傑作『カラテ地獄変』シリーズからのスピン・オフですよ!もちろん大山倍達をモデルとしたキャラですが、本作ではその大山倍達本人が別エピソード(『怒れるネッシー』)で登場しているのに起用されているから驚きです。

その芦川栄光が偉大すぎる師を越えようと徹心会を飛び出し、『ケンカ十五段』を自称して自分の流派、地上最強の新格闘技"ザ・ケンカ"を立ち上げる!
しかしケンカ十五段って…ええ、するとこちら芦川栄光の方は同じ梶原一騎原作が生んだ名作「空手バカ一代」で有名になった実在の人物、芦原英幸をモデルにしている事が分かりますね。芦の字が共通しているし、しかも『ケンカ十段』を名乗った芦原英幸より五段も上乗せしている。
芦川栄光はキックボクシングやボクシングのリングにも乱入して相手を倒すケンカ狂ぶりを見せますが、ついに絶対的な強さのカリスマであった大東徹源とも決闘して勝ってしまうのです。これは、師の深い思惑があったのですが…

それでも芦川栄光は止まらなかった。これもある理由から、今まで相手してきた敵とはわけが違うマーシャル・アーツの全米ライト級チャンピオンにして45戦を全てKO勝ちしている天才、ホセ・ロザリオへ挑戦する!
マーシャル・アーツ…今度も同じ梶原一騎原作から「四角いジャングル」が思い出され、ホセ・ロザリオというキャラクターはベニー・ジェット・ユキーデがモデルになっている事が容易に予想出来るでしょう。しかし、「四角いジャングル」に関してはほぼ同時期ながら発表が本作より後の作品!エピソード『邪道拳』は「四角いジャングル」が始まった1978年の発表ですが、「英雄失格」の方で微妙に早くマーシャル・アーツ(軍隊格闘技、この解釈については梶原一騎先生の創作)について一通り説明していたのかも。
とにかく芦川栄光は最後にホセ・ロザリオと刺し違え、そして消えていったのです。

第5話は、『鬼と仏』。
柔道家が題材です。今度の主人公はダルマの異名を取る巨漢柔道家・大元辰麿。梶原先生は「柔道一直線」を始めとして柔道漫画もいくつか手がけていますが、巨体のキャラが敵じゃなくて主人公側というのは全作品を通しても珍しい。まぁ、この前に同じ少年サンデーで描いた「天下一大物伝」も、主人公は巨漢ですが…
熊本県の柔道大会であっさり優勝した彼の天才ぶりに目を付けたのが、オリンピック柔道チームの天坊周平監督。当然スカウトされ、幼い弟や妹達を養わなければいけない貧しい家庭の生活費を保証してもらう事で上京し、オリンピックに向けた強化合宿入りするのでした。
この境遇と巨体、熊本出身という所まで同じ梶原一騎原作の「巨人の星」の左門豊作と共通しますが、梶原先生は熊本県に対して貧しい農村ばかりだというイメージを持っていますよね。いや、他にも熊本出身キャラは創作していますが九州男児の姿として好意的に描いているし、祖父が熊本県出身であるのみならず自身も熊本県出身と詐称したりしていましたから、憧れもあったのでしょうが。

大元はダルマの異名通り決して転ばず、凄まじい一本背負いを持つ男。しかし仏の心を持っている、つまり優しすぎる男でした。
それがヘーシングやルスカにやられて柔道世界一の座を外国に取られていた日本チームを率いる天坊監督には許せず、鬼の心を植えつけられようとしています。
何しろ柔道発祥の国でありながら重量級で外人にやられ続けているのがトラウマになっている天坊監督、
『外人柔道家ちゅうのは、どでかいだけでのうて 肉食人種だけに性格が残忍じゃ。
 日本柔道家の"強いだけが能でない"とかちゅうバカげた精神主義が、その残忍な勝負欲に負けたのも敗因よ。』

と持論を持っています。
そこで柔道の特訓以外にも大好きな犬を今夜のうちに三匹殺してこいとか、熊本に残している家族の生活をたてにして命令するのだからひどい…私も同じ犬好きとして、そのシーンは見たくない!

ともかく迎えたメキシコオリンピック!
…って、これは1968年の話だったのか。ここで心優しい大元は、天坊監督によるある陰謀で心を鬼に仕込まれてヘーシングやルスカの後輩にあたる憎きオランダ代表・ガウストンに対しては別人のように荒っぽい柔道で戦い、相手を脳天から叩きつける形でぶっ倒して見事に重量級で金メダルを獲得しました!!
そして、そのまま翌日の無差別級にも出場した大元ですが、ここでまた仏心を出してしまってまさかの小兵に負けてしまいました。体重100キロを越える大元が70キロ程度のザコに負けたとあって、前日の金メダルのありがたみも無くなり、むしろ日本中からの笑われ者に落ちて天坊監督からも追い出されました。

でも、捨てる神あれば拾う神あり。大元は日本が生んだ世界のプロレス王、グレート・海竜に多額の契約金と共にスカウトされて、プロレス生活に入る事になりました。
そこで一度は成功を収めるのですが、グレート・海竜と戦う事となり、これが現実の世界で伝説となっている木村政彦VS力道山のいわゆる『昭和の巌流島』をトレースした結果になりました。
でも、これでいいのです。天才すぎる柔道の素質は活かせなくなるかもしれませんが、大元は熊本に帰って百姓に戻り、そこで幸せを見つけるのでしょう。

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第6話は、『キック地獄変』。
キックボクサーが題材です。オールスポーツ新聞社の宇井無策は屋台のコップ酒が専門かと思いきや、年に二度の密かな楽しみとしてボーナスが出たタイミングで一流のサパークラブで音楽、そして高価な料理とワインを楽しんでいます。一人で、なのが淋しい所ですが…で、ここでたまたま呑んでた空手界の実力派、一閃館の海道修作館長がタイ式キック・ボクシングの王者スクーム・チャイワットに蹴り殺される場面に遭遇します。
それから海道館長の一番弟子であり全日本大会で二年連続優勝している本郷光昭が、キックの本場タイに乗り込んでチャイワットへの復讐を果たすのがこのエピソードの主題。

空手の天才がキックボクサーに転向し、日本チャンピオンの座を獲得するとタイへ飛び…
と、このエピソードは過去の梶原一騎原作作品でいうと「紅の挑戦者」に近い。タイの首都バンコクの描写や、賭けで成立しているムエタイ興行について一通りの説明があり、それを利用した本郷光昭の策なども描かれるのですが、このエピソードでは何と!不通に師を殺した相手に対して復讐が成り、ある恋愛も上手くいって終わるんですよ!
いや、普通の物語なら問題なのですが本作は『英雄失格』と銘打っていますからね…まぁキックの世界で英雄になったのに自ら英雄失格して空手界に戻った、という事ではあるのですが、何だかね。

1つ前のエピソードでもある意味平和な終わり方をしましたが、ここではもうハッピーエンドですから。
主人公が破滅する事に耐えられなくなったのか?この作品においては、悲劇の度合いが無くなるとやはり凡作になっています。

でも最後、第7話は『不滅の挑戦者』。
ボクサーを題材としたこのエピソードは、本作のタイトルにふさわしい悲劇を描いてます。
オールスポーツ新聞社の創刊20周年を記念した連載記事を書くために宇井無策がどっさりと資料を渡され、調べるうちに筆者である宇井が泣きながら書き上げたのは…カール・シュミット一代記。
ヒットラーのナチスが勢力をつけた時代のドイツ、そこでケンカ屋カールと呼ばれていた浮浪児の少年がボクシングと出会って大成していくのですが、彼はヒットラーを嫌い、いかなる強大なチャンピオンよりも恐ろしい独裁者に挑戦し続けたのでした。

これまでわざわざ書いてきたように、「英雄失格」にはこれまで梶原一騎先生が生んできた様々な作品の要素が少しずつ入っているのですが、このカール・シュミットの人物設定はまさに「あしたのジョー」の主人公・矢吹丈ではないですか。
そして途中で、
『「英雄失格」は本編、「不滅の挑戦者」にかぎり実話にもとづいている!
 そして、最大の怪物ヒットラーに挑戦した浮浪児あがりの天才ボクサーは…』
と原作者の言葉が入ります。するとカールがジョーのモデルとなった人物なのか!?いやそれは梶原先生らしい所で、調べてみたらカール・シュミットなんてボクサーは実在しませんでした。

その後カールは国民のヒーローとなっていくにつれ、何度もナチスの宣伝に利用されそうになりますが、常に拒否。
しかしゲシュタポに捕まったマネージャーのクレーマーを助けるため、ついにヒットラーの演説会の壇上には上がりますが、
『クワッ………ヘドの………ヘドのでるツラだぜ…自由の敵のツラは…………』
と花束をヒットラーの目の前で落とす。
さらにユダヤ人のボクサーをブチのめすように命じられたリングで片八百長をしてわざと負ける。
かくして、ヒットラー総統に敬礼を拒否したただ一人のドイツ人、カール・シュミットはゲシュタポに逮捕されるのでした。ゲシュタポの拷問にも音をあげず抵抗し、強制収容所まで送られても反抗を続けたカールは射殺され、ようやく求め続けた自由を手に入れた。

梶原先生がずっと描いてきた、そしてまだ描きたかった格闘技・スポーツ物を、英雄失格した敗者たちに焦点を当てて描いた本作。
オムニバス形式なため1話1話が他の傑作長編のように深くはないのかもしれませんが、梶原一騎&やまさき拓未というビッグネームが残した作品であり、地味ながら名作なのに1970年代後半の少年サンデーコミックス以来、一度も復刻されていないのはどうしたわけでしょう。
現在では不適切とされる表現も、そこまでヤバそうなのは見付からないのですが。『キック地獄変』の中で、タイに乗り込んだ本郷光昭が現地のキックボクサーに『カタワになって日本へ帰るがいいッ!』と言われていますが、これはよくある事でセリフを改変すれば(私は好きではありませんが)、普通に出版出来るでしょうに。
そんなわけでもう30年何年間か絶版なままの作品なので巡り会える方は限られていると思いますが、もっと多くの方々に読んでもらいたい!
余談ですが、昔の少年サンデーコミックスってカバー紙にコーティングされてなかったじゃないですか。そのコーティングされていないとカバー紙って、すぐ痛むんですよね。そしてこの作品が順次出版されていった1978年こそがコーティングされ始めた時のようで、7月までに出ている1~3巻は無し、8月から出ている4~6巻は有り。だから私も含め、大抵の初版揃いセットで所持しているコレクターのは1~3巻の状態の悪さに悩まされているのではないでしょうか。


英雄(ヒーロー)とは一種の人食い人種、
なにしろ多くのイケニエをパクパクむさぼり食って
大きくなるんだからな。



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  1. 2016/07/31(日) 23:00:08|
  2. 梶原一騎
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梶原一騎(67) 大島やすいち 1 「天下一大物伝」

今夜は梶原一騎原作、大島やすいち作画による「天下一大物伝」(小学館刊)。
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1975年から1977年の週刊少年サンデーで連載していた作品で、オリジナル単行本は少年サンデーコミックスで全8巻。
実写でテレビドラマ化もされた作品なのですが、現在ではよほどの梶原ファン及び大島ファンでないと知らない、忘れられた作品の部類でしょうか…

そうだ大島やすいち先生は私にとって少年時代からなじみの深い漫画家ではあるのですが、このブログで紹介するのは初めてでした。1954年生れの京都府出身で、17歳でデビューして以来ずっと第一線で活躍している方ですね。
個人的には将棋好きなので初期の将棋漫画「駒が舞う」は外せませんが、一般的な代表作としては1970年代の「おやこ刑事」(林律雄原作)、1980年代の「一撃伝」「一撃拳」、そして「バツ&テリー」の名が挙がるでしょう。
私も1980年代後半からのアクション物をよく読んでいまして、月刊少年マガジンでやってた「K・O」とか名作だったと思うし大好きでしたが、周りに誰も知っている人がいないのは淋しい限り。
1990年代には既に活躍の場が青年漫画誌に移っていた印象で、しばらくリアルタイムではあまり読んでなかったのですが…2000年代に池波正太郎の「剣客商売」の漫画版を描き始めてこれが未だに続いているので、現在は「剣客商売」の人、として知られているのでしょうか。

で、この「天下一大物伝」
連載開始の1975年は大島やすいち先生が最初のヒット作「おやこ刑事」を描く直前期なのでまだこれからの時期に当たり、梶原一騎先生にとっては漫画における目立ったヒット作は書き終えて経歴の後期に差し掛かり、代わりにあの三協映画を設立して映画制作、芸能界への進出を始めた年に当たります。

物語の主人公は無双大介
九州は小倉の玄海高校で相撲部・柔道部の主将を兼任し、そして大番長で『二代目無法松』と異名を取る豪傑。体型も梶原漫画ではあまり主人公にならない巨漢タイプで、初登場時に祇園祭りで大暴れしてメチャクチャにしたのですが、2回目は…
その数日後、当代随一の人気アイドル歌手・明日香ルミのコンサート。大介も彼女の熱狂的ファンだったのですが、そのルミちゃんが小倉に来たので応援にかけつけて無理矢理に握手を求めると、これはルミちゃん怖がるしかないシチュエーションで恋人と噂される花村ヒロシが登場して大介を蹴りつける!
大介はここでヒロシをぶちのめしたところで割られた男一匹の眉間にはとうていひきあわん、として暴れず冷静に、そして宣言したのが『三年以内に明日香ルミを嫁さんにする』という事。

この時に蹴られて発奮した事が、
『日本のゴッドファーザー!日本のオナシス!!
 大物のなかの超大物・無双大介が、のちに出現するきっかけとなった』

というわけです。
よって大介がタイトル通り大物街道を突き進んで行くのであろう事はプロローグとも言える冒頭部分でもう分かっているのですね。しかし、どうやって?読者が知りたいのはそこであり、出来るなら自分もそんな大物になりたい所でしょう。

あとは無双大介が、どでかい大物、日本のオナシスと呼ばれるまでになる過程を描くのがこの「天下一大物伝」
両親は既に死別していて、祖母と二人暮らしだった小倉の生活は捨て、もちろん高校も中退して上京した大介。まずは明日香ルミのコンサートでの出来事が『世紀の珍ファン出現す』だの『精神異常者か!?』などと書かれていた事を知り、男の純情をもてあそんだ週刊芸能に乗り込んで編集長、副編集長の男女二人に対して出ました梶原作品の定番、足首掴んで窓の外に逆さ吊りです。
そのまま逮捕されて築地警察署のブタバコでは、暴力団の幹部どもを全員シメて手下にする怪物ぶり。腕力の強さだけでなく底知れぬ包容力もある男なので、1ヶ月のブタバコ暮らしが終わって出てくると暴力団たちがズラッとお出迎え。
それからルミちゃんの婚約者になった花村ヒロシが、実は財閥の令嬢と二股かけていた事を知り、ある方法で思い知らせてやるのですが…

大介は、ルミちゃんに渦巻く黒い霧を知ってしまいます。
かつて貧乏長屋のおてんば娘だったルミちゃんですが、芸能界入りした結果として母親が金に狂ってステージママとなり 家庭崩壊しています。その母親が次はその野心ゆえ"旭東興行"という芸能プロへと移籍させたのですが、この旭東興行は関東一円を支配する大暴力団の朱紋組が付いていました。そして手がけたタレントは骨までしゃぶられてみじめな末路を辿る事になる…
それを知った大介は朱紋組相手にも一歩も引かずに大暴れしますが、ついに世間に朱紋組との黒い関係がスキャンダルとして広まるようになると没落。キャバレー廻りで酔っ払いに絡まれながら歌う所まで落ちぶれましたが、大介は自分が金も力もある大物になってルミちゃんを返り咲きさせる事を誓う!

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1年ほどの時が経ち、ルミちゃんはドサ回りを続けてギャラ5,000円の村祭りで歌っていますが…歌手としてはただのアイドルを脱皮して魂を歌える本格派に成長しています。
そして無双大介。本当に事業家として成功してテレビの歌番組のスポンサーになり、最高級キャデラックでルミちゃんを迎えに来ます!
大介は小学校の時に死んだ酒飲みで船乗りだった父が残した海図から、日本海に眠る海底大油田を見つけたという事である会社の社長に就任したのですね。これで花の東京に乗り込んだ目的通り、歌手の明日香ルミを妻にする事で話が進んで…しかし、その後の調査で油田は北朝鮮の領海である事が分かって海図は紙切れに。
大介は社長の地位も失ってしまうのですが、それでもルミちゃんは恩は恩だからと無双大介と結婚する宣言をします!そこは泣いて喜びながらも、しかし力を失い役にも立てなくなった今の自分ではカムバックしたルミちゃんの将来にとって明らかに足手まとい。再び会う事もなく、黙って去ってルミちゃんの前から姿を消すのでした。
男の中の男の姿を見たルミちゃんの弟は、その背中に向かってシェーン!!カムバック!!…じゃない、無双さぁ~ん!!と声をかけて泣くのでした。

作品のエンディングみたいになりましたが、まだ無双大介はちゃんとした大物になっていない。まだまだ続いて次の挑戦、次の恋へと続きます。
気力の失った大介のアパートへ故郷から祖母がきてやり直すようにハッパをかけ、大介はまず職を探すも彼のどでかい素質・スケールに納まる仕事はそうそうない。夜の街をブラついていると、ある学生のアルバイト易者に声をかけられるのですが、そこで
『万人にひとり、いや、一億人にひとりの天下をとる相!!』
と視て大介についてくる男…デコッパチのチビな彼は孔明一郎、通称ナポレオン。IQ180の天才ですが、自分の運命は大介のような男と出会って大仕事をやる事だったそうで、自分の大将となる男・大介と出会ったからには易者も廃業し、大介と事業を始める事になります。

大介の方もパートナーに続いて、作中第二のヒロインで女医の卵・水の江洋子との出会いがありました。
ある事で大介の命の恩人にもなった彼女に惚れて、彼女を女医にするサポートをするため肉体労働に勤しみ、それから1台のダンプカーをレンタルしてそれを元手に資金を増やし、ついに自分持ちの車を買えるまで軍資金が貯まると、"有限会社 無双運輸"を立ち上げます。
大介が社長でナポレオンが専務、この2人と1台のトラックで始めたこの会社は頑張って順調に業績を伸ばし、トラックの保有台数も大介を慕う社員達も増えていくのでした…

洋子は看護婦としての激務をこなしながらも、ついに女子医大の試験に合格。入学金や寄付金が最低1千万円かかるという馬鹿げた制度も大介の資金援助でクリアしました。
しかし大介はここまで尽くしたために、逆に彼女を遠い世界にやってしまったのです。世間的にはトラック運転手と女医のカップルなどありえませんからね。で、特に美人な洋子にはこれまた女子医大の中でも生徒達の憧れの的となっている知的でハンサムな、しかも大ブルジョアの御曹司である葉山助教授が近づいていき、恩人ながら無知で粗野な大介は嫉妬に狂う…

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それでも無双大介、そんな助教授よりどでかい財産ばきずけばよか、というわけで無双運輸を踏み台にバリバリ新事業をおっぱじめる事を鎌倉の大仏の前で誓います。
新たに"株式会社 無双商事"を設立して始めた事業は、飲食業。9階建てのビルを丸々借り切って全部食堂、それも世界中の料理を大量仕入れのコスト削減でボリューム満点に出しまくる、『くいまくり会館』というアイデアを実現して大成功させるのです!

葉山助教授とはその後、水の江洋子を巡る恋争いだけでなく彼のバック、葉山財閥が商売の方でもくいまくり会館を潰すために動き出しました!
特に葉山助教授の妹・カオリというのが世界一周してユダヤ人の大富豪や実業家たちのもとで勉強してきた女。ユダヤ人という『おカネを命よりだいじにする民族』に学んだ信念で資本力を武器にぶつかってくる。
なにしろ大介のくいまくり会館の目の前に倍のスケールを持ってより安い"のみくいスーパー天国"をぶっ建てるのだから凄い。もちろん大介の方もまたある秘策で対抗し、またカオリも。
盛り上がってきたこの料理戦争の決着は、やはり飲食業の最大の命である『味』で決まる事になるのですが、ある大名人を味方につけて味を制した大介側に軍配があがりました。ちなみにこの名人が作った、ただのソーメンを称える美味さの表現が素晴らしいし、この時代には珍しい美食漫画としても楽しめるのでした。
しかし恋の争いの方は…ついに大介に惚れた洋子ですが、大介はまた洋子の将来を考えた末に自分が悪役になって身を引くのです。嗚呼、真の男の姿よ!

今回は恋には破れた(というか自ら引いた)ものの、事業では勝っています。若き食堂王と世間にも認知される存在になった無双大介の、次なる勝負の場は…!?

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ある日、無双大介が大成功させたくいまくり会館内で、プロレスラーの一行と大相撲の一行が大喧嘩をやらかします。
格闘技の王者はプロレス、天下無敵は相撲だと、どちらも譲らずに乱闘になったのですが、どの格闘技が一番強いのかは確かに誰もが気になる所。ここからヒントを得た大介が次に手がける新事業は、格闘技大会のプロモーター。
今度は"無双興行"を設立するのですが、無双が主催してやる事なので当然スケールがでかい。何と世界中の強い格闘技、それも一流どころの格闘家を集めて本当の世界一を決める『格闘技オリンピック』の開催です!!

この手の大会には共通するルールが無いため、寝技有り無しからあれが反則でなければ等々と出てきて結局はどっちが本当に強かったのかは分からず仕舞いの結果になるものです。ルールを作れば、『そのルールでは』強い者が勝つだけだし…
しかし!大介が構想するこの格闘技オリンピックは、何と『時間無制限 どちらかが完全にノビるまでのデス・マッチ』だといいます。
こんな夢の大会に乗り込んできた参加者を見ると、アメリカのプロレス、同じくボクシング、タイ国のキック、香港のカンフー、韓国のテツコンドー、アフリカのカポエラ、ソ連のサンボ、全ヨーロッパのプロ空手、トルコ相撲、イランの拳法、日本の大相撲、プロレス、講道館柔道、徹心会のケンカ空手と、怪物達を一同に集めてしまいました。
この中で当時まだ梶原漫画読者以外には無名だったのは、カポエラくらいかな。黒人ドレイ達の間で密かに発達した呪われし格闘技、云々と歴史的には事実無根ながら梶原一騎得意の例の説明が入ります。

会場は後楽園球場。
しかしすんなりチケット完売とはいかず、大介は莫大な借金を背負う事になるかという時に、あるトラブルを逆に利用してこの興行を成功させます。一世一代の大勝負に勝ったぞ大介!
でも読者はもう大介の成功より、格闘技漫画としての興味が強くなっているかな。実際のところ、どの格闘家が世界一になるのかと。しかも専門的な格闘技漫画ではない分、選手一人一人に対する掘り下げとか感情移入は全くないから、それが誰が勝つのか分からなくする効果を与えてもいますね。
そして繰り広げられる試合は壮絶。男の夢あふれる凄い光景で盛り上がるものの、ガチンコなので選手達は1試合でボロボロになっていき、総当りリーグ戦なのにリタイアして初日移行は闘えない選手が続出。

そこで助け舟とばかりに新参加の選手も来てくれますが、それが女子プロレス全米チャンピオンのマリリン・グレース。ええ、女子なのですが…これが一流の男子プロレスラーもフォールしてのけた実績を持つ実力派という事で特別に参加。
このマリリンと闘うのは、何とプロモーターである大介が覆面かぶって出てきた姿…へのへのもへじ仮面!
確かに二代目無法松と呼ばれた小倉の大番長であり、柔道と相撲も高校レベルでは敵無しだった大介ですが、どうにもみっともない試合で惨敗。
格闘技オリンピックは3日間興行のはずが2日目の試合を消化した時点でいよいよ参加選手がほとんど重傷のため中断し、優勝者も決まらないまま終わった!!(これはひどい)
それでも大儲けした無双興行、そして大介はマリリンに惚れる、と。また出ました恋の病、といわけで第三のヒロインはマリリン・グレースでした。

その後、マリリンをアメリカに帰さないために日本の女子プロレスで闘わせる興行を打ちますが、それから女子プロレス世界タイトルマッチの興行まで日本の地で実現させます。しかし、世界チャンピオンのワイルドキャット・キャロンにはマフィア系ギャングが付いていた…
この試合は真剣勝負でやらせたい大介はマフィアと交渉するも返事はノー。仕方なくマリリンに八百長破りさせて真剣勝負を実現して世界チャンピオンの座に着きましたが、試合後はすぐさま大介・ナポレオン・マリリンはマフィアに拉致されました。
大介はセメント漬けにされて海に沈められる準備が整いましたが、マリリンは痛い生き恥をかかせられる事となり、マフィアの手でムチ打ち。この金髪美女のブラがはじけ飛んでヌードになるサービスショットが続きますが…こういった拷問シーンも後期の梶原作品ではやたらと増えて行くのです。

詳細は省略しますが、マフィアに殺されかけて危機一髪の所も何とか脱した大介たち。マリリンにも愛の告白をされて両想いになったのに、やはりそれは恩や義理からの無理があるとか相手にとって足かせになるように感じて別れてしまうのでした。

はい、どんどん行って次。
大きく成長した無双関連会社ですが、さすがに大介が社員の顔も知らない規模になり、また仕事はやまとあるので悪質な者も雇ってしまい…そいつらが飲酒運転の上に12歳の少年をひき逃げする事件を起こしてしまいました。
その少年・一彦は両親も交通事故で亡くしていて小学校教師の姉・清田由美子と2人暮らしの境遇。そこへきてこの事故の影響で余命1年以内になったという。社員が犯したこの重罪を償うべく、大介は事業を全てナポレオンに任せて全てを少年の余生のため尽くすのです。

それでもやがて一彦は死にますが、臨終のベッドへ駆けつけた医者の2人のうち1人が明らかに手塚治虫先生の「ブラック・ジャック」似なのですが、同時期に連載していた他誌(少年 チャンピオン)のパロディをやっているわけですね。こういう小ネタは、さすがに梶原原作じゃなくて大島やすいち先生が独自に挿入しているのかな。
本作最後となったこの章はヒューマンドラマ仕立てで感動的な作りになっていて、第四のヒロインも既に登場していました。それは死んだ一彦の姉、由美子。一彦が残した日記でついに大介に心を許した由美子は、メガネを取ると凄い美人で、という恥ずかしめのお約束ネタですが、『かッわいかあ~~!!』と惚れた大介はこの人とはついに結ばれ、のちに結婚。

一彦の死のショックから一度は事業を捨ててもう立ち上がれないかもしれないほどに落ちた大介でしたが、慕ってくれていた一彦が日記に
『どうか、ぼくのぶんの命も生きて、でっかり事業をやりとげて………天下一の大物になってほしい!』
と書いてあった事で再び立ち上がり、無双タクシー、無双観光と新設しても業界の他者とは違うサービスで目覚しい成功を収めます。

そして由美子とアメリカ、ヨーロッパとまわった新婚旅行の帰路、間違えて覗いたエコノミークラスの乗客たちの窮屈な席で寝ている姿を見て、唖然としながら『まるでドレイ船につめこまれた、ひん死のドレイ集団ちゅうムードばい』とまで言うのですが、これがまた新しいビジネスにつながります。
無双汽船で楽しいレジャーをどっさり乗せた海外旅行を用意し、到着地では無双ホテルが待ち構えているし、海外ではおおっぴらに出来るカジノ場も作る。もう儲かってしょうがないし、すっかりカンロクも付いた無双大介は日本版ゴッド・ファーザー、日本版オナシスとして世界にその名をとどろかせた…つまり、タイトル通り天下一の大物が誕生して、物語は幕を閉じました。

冒頭で高校辞めて学生じゃなくなっているのにしばらく学ランを着ていた大介も、さすがに後半はスーツになってちょっと淋しかったな。
KAJIWARA-OSHIMA-tenkaichi-daisuke.jpg

大きく四章に分かれる「天下一大物伝」、それぞれヒロインと内容を記してみると、
第一部 明日香ルミ 芸能界
第二部 水の江洋子 グルメ
第三部 マリリン・グレース 格闘技
第四部 清田由美子 人間ドラマ
となっています。さらに全体をまとめて一人の男のサクセスストーリーになっているのだから、バラエティに富んでいますね。

梶原一騎原作には合う漫画家・合わない漫画家の差が激しい所がありますが、大島やすいち先生は梶原マンガを描くには画風が明るすぎるのかな。ちょっと違和感を感じる部分もあり、本作でプチ・ヒットしていながらこれっきりとなりました。
普通にハッピーエンドで終わる毒の少ない梶原作品が読みたいという方、そして無双大介のような大物になりたいという男にはお薦めです。


敵のでかさこわさなんぞ 眼中になかけん!! わしの異名は二代目無法松ばい!!
やるときめたらだれの力もかりず、忠告も無用、おのれの命かけてやりぬくまでたい!!



  1. 2016/07/14(木) 23:00:30|
  2. 梶原一騎
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BRUCEです。あだ名は大悟(DieGo)です。
大悟…つまり悟りを開くに至る道程にある事を表し、かつ神の映画「ドラゴンへの道」から頂いてのブログタイトル。同名の秘密結社も運営しています。

名作漫画紹介の形を借りて、自分の記録用に使っています。

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