大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)

名作漫画の紹介 ・・・個人的な旅の記録

梶原一騎(66) 中城けんたろう 6 「キックの鬼」

梶原一騎原作、中城けんたろう絵の「キックの鬼」(道出版刊)。
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かつて一世を風靡した実在のキックボクサー・沢村忠を描いた作品で、少年画報(少年画報社刊)にて1969年から1971年まで連載されました。
当時大ヒットして選手として現役のままテレビアニメ化もされているので、これも多くのヒット作を持つ梶原一騎作品の中でも代表作の一つと言えるでしょう。いやしかし連載が少年画報で単行本も長らく絶版だったので、今では知名度がちょっと低いでしょうか。アニメも沢村忠自身が歌う主題化でオープニングの「キックの鬼」、エンディング「キックのあけぼの」共に名曲でもあるのですが、これまた観れる機会が少ないし。
作画者は本作では中城けんたろう名義ですが他にもいくつものペンネームを使い分けていた方で、中城健名義で梶原一騎原作も多く手がけています。「紅の挑戦者」「カラテ地獄変」シリーズに…私は既に「四角いジャングル」
を紹介していましたね。

また本作は原作者名を「あしたのジョー」などでも使っている高森朝雄でスタートしておきながら途中で梶原一騎に変更しているので、最初に出た単行本・少年画報社のヒットコミックスだと1巻だけ『原作 高森朝雄』となっています。
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このヒットコミックスが全6巻なのですが、私はまだヴィンテージ コミックを集め慣れていない昔に最初の方だけ買ってしまい、他の多くの古い続き本と同じく後半が手に入らず揃わない状態に陥っていました。そう、レア本を集め慣れている人には言うまでもない常識ですが、この手の絶版本で続き物を買う時は決してバラで前半を買ってはいけないのです。今に至るも我が家には、最終巻だけ手に入っていない本がどれだけある事か。

で、最初に画像を使った道出版の高森敦子監修版ですよ。これが分厚い本で全3巻の形で2001年に復刻された時は嬉しかったですね~。ついに最後まで読めました。
高森敦子さまといえばもちろん原作者夫人であり、「妻の道 梶原一騎と私の二十五年」(JICC出版刊)や「スタートは四畳半、卓袱台一つ 漫画原作者梶原一騎物語」(講談社刊)の著者でもありますが、著作権を管理している遺族の方が積極的に復刻活動をしてくれると本当にありがたい。
ちなみに「キックの鬼」は『梶原一騎原作漫画傑作選』の3~5巻目として出たのですが、記念すべき1,2巻目はあの名作「おとこ道」でしたね。

さて偉大なキックボクサーとなった沢村忠ですが、昭和18年生まれで本名は白羽秀樹といいます。
雪深い満州の新京出身である生い立ちから語られる事になりますが、敗戦直後の満州で育っているので『満人』に家に踏み込まれて
『日本人 戦争ニ負ケタノニ アタタカク火ヲモヤシテイル ナマイキアルネッ 石炭ヲ ワレワレニ ワタスヨロシイ!!』
などと言われて家の物を強奪されて殴られるという幼年期を送っています。家族には中国唐手流師範だったという母方の祖父・吉田秀之助さんが居るのですが、何故日本が戦争に負けたら威張って暴力を振るい出した満人にやりたいようにやらせているのか。
その心を知る事にもなるのですが、この祖父の手で5歳の時より手ほどきを受けて強くなった空手以上に精神性を学びます。この後、キックの鬼と呼ばれるまでに成長する沢村忠も、ピンチになると祖父との思い出や習った事が脳裏に浮かんで危機を脱するのが基本パターンになりますからね。
ちなみにこの祖父の腕前はどのくらいかというと、空手界広しといえども素手で牛を殺したのは大山倍達と祖父くらい、というほど。もちろん、この祖父も実在した人物なのです。

ついに日本への帰国が許されて引き上げると、東京の青山で学校生活を送りますが、誇り高き少年です。注進軍のアメ公達がトラックの上からガムやチョコレートを投げてよこしたのを、いくら腹ペコでも蹴って捨てて
『なげあたえられたものを しっぽをふってひろうなんざ イヌかこじきのようなやつがやるこったい!!
 戦争に負けたからって日本人がイヌやこじきになってたまるかあーっ』

と吼えて自分に勝つ男になっています。
学生時代に祖父譲りの唐手流に加えて『アメリカへ渡って向こうの一流レスラーを相手に実に700戦にのぼる真剣勝負を全て勝った大山倍達8段』と同じ剛柔流空手道も習得し、敵無しの大学空手界チャンピオンとして持て囃される若き天才へと成長しています。

そんなおりに出会ったのが、野口修
プロボクシング界の関係者出身ですが、今では誰でも知っている『キックボクシング』の名称を考えてタイ式ボクシング(ムエタイ)の日本版として広めた張本人。日本版として改良するにあたりルールをちょっと変えて投げもOKとしたりしているので、呼ばれたタイ人選手達はそれに対応出来ず負けていたとも言われていますね。
ともかくこのキックボクシング生みの親は、旗揚げした"日本キックボクシング協会"を成功させるため、そしてキックボクシングを日本で育てるのに必要不可欠な人物として、空手界の若きプリンス・白羽秀樹をスカウトして沢村忠と命名し、スターに仕上げた方でもあります。
地上最強の格闘技はタイ式ボクシングだと断言して空手こそ最強と信じる沢村忠をあおって戦わせる作戦に出るとそれが成功。時は昭和41年…空手VS.ムエタイと銘打たれたデビュー戦こそあっさりKO勝ちした沢村でしたが、もう一戦だけのつもりで戦ったのが今度は一流選手でサマン・ソー・アジソン。この勝負は何とダウンしまくりボコボコにやられ、4ラウンドでKO負けでした。折れた歯・5本、出血個所・13ヶ所、打撲傷・34ヶ所!
これによりタイ式の強さ素晴らしさに惚れて命をかけてやる決意をした沢村忠。キックボクサーへの転身です。

ちなみに野口が白羽秀樹に与えた『沢村忠』の名前ですが、この「キックの鬼」の作中では、
野口『ところで お客がおぼえやすいように きみのリングネームは"沢村忠"これでどうかね』
白羽『いいようにしてください』
…と、ただこれだけ。その後も何の説明も無いのですが、格闘技ファンならその名前が空手家の中村忠から一文字変えて取っている事をご存知でしょう。中村忠といえばかつては大山倍達を支えた極真会館の猛者で、野口修は自身がプロモートした『大山道場VSムエタイ』対決でKO勝ちした中村忠に心酔していたのですね。

さて、敗北によってキックボクシングに目覚めた沢村忠は長野県の八ヶ岳山中にこもって特訓を開始するのですが、高所に吊るした大石を蹴るために失敗したら焚き火の中に落ちるような仕掛けで、自分を追い詰める狂気の訓練。
そして深夜の孤独との戦い。人恋しさに打ち勝つため、何と片眉をそり落として人前に出れない顔にする事を思い付いて実行、目的の能力に達するまでただ一人の八ヶ岳で頑張りました!
…って、これは「キックの鬼」よりはるかに有名になった後の名作「空手バカ一代」における大山倍達総裁の行動として知られていますね。どちらも題材になった実在する人物の談話もはさみながらリアリティを持たせる手法で描いた自称・ノンフィクション作品ですが、沢村忠と大山倍達のどちらが先にこれをしたのか、または単に原作者の創作なのか、ここら辺も調べると面白いと思います。
ちなみに1巻末には沢村忠本人が書いた漫画『キックの鬼』にこめられていたものというあとがきがあり、そこで
『この漫画の中で披瀝されている逸話の数々は紛れもなく私が経験した事実であり、脚色はない』
と豪語しています。

山篭り修行で基本作りを終えて東京・目黒の野口ジムを訪ねた沢村忠は、野口会長に伸びたヒゲを剃る時に鼻ヒゲだけ残すようアドバイスされ、以降は沢村のトレードマークとなった鼻ヒゲ有りの風貌になります。このヒゲは見た目のカッコよさだけでなく、試合中に出た鼻血が口の中に流れ込むのを防ぐ効果があるのだとか。
野口ジムでも想像を絶する訓練で鍛え上げ、これはもはや肉体改造…人間凶器に生まれ変わった沢村忠。いよいよ日本におけるタイ式ボクシングをキックボクシングの名のもとに旗揚げする日が決定しますが、その第一戦を東洋ミドル級王座決定戦として行い、これをKO勝ちで飾った沢村は東洋チャンピオンとなりました。

この後は梶原一騎原作によく見られる王道方程式通り進むのですが(ゆえにワンパターンだのマンネリだのと批判する人も多い)、つまり必殺技・真空とびひざげり開眼までの特訓を描いて強敵を下し、また現れる強敵を倒すために修行して…のあれを大時代的かつ浪花節的に描くわけですね。
元々は無かった競技・キックボクシングが題材という事もあり、本作はチャンピオンになるまでを描く漫画ではなく、チャンピオンになってからその王座を守る様を描く漫画なのが少し変わってますか。チャンピオンの座を守る苦しみは挑戦者の苦しみに数倍する、とか言われていますがそれはもっともだと思います。
しかし『ニュートンの引力の法則に逆らって』完成させた必殺技の真空とびひざげり、これは今に至るも超有名な単語になっていると思いますが、その開眼までの苦労は大変なものでした。近所の住人に狂人扱いされながら屋根の上から飛び降り、腕を鳥みたいにバタバタさせたりしてますよ!

とにかく、会長だけでなく遠藤マネージャー、斉藤天心、西川純、藤本勲ら野口ジムの初期メンバーは沢村忠に強力して頑張り、タイ人の選手相手に連勝を続ける沢村のスター性も認められて…
ようやく試合会場は客足も増え、不定期ながらTV放送も始まりました。しかしタイ本国からも次々送り込まれる刺客を倒しているのに、沢村は勝ちすぎるし新進のキックボクシング自体が信用無いのもあって、そのタイ選手は三流なんじゃないかと疑う声もあるのが事実。そこでついに沢村の側からもタイに乗り込み、何と本場タイ国のライト級チャンピオンである燃えるトカゲことポンチャイ・チャイスリアとの対決を実現する運びとなりました!
そして昭和43年9月13日の夜、ルンピニー・スタジアムで歴史は動く。タイ国王も観戦する中、現地でも不敗の大物を相手にかつてない死闘を繰り広げ、血まみれの中でこんな素晴らしい好敵手と力の限り戦える事を幸せに感じ…結果は、引き分け。現地の国家的英雄との戦いが報じられて、ようやく日本のマスコミも毎週月曜の夜7時というゴールデンアワーにキックボクシングを放映する事が決定し、真空とびひざげりでキックの人気が爆発、一大ブームを巻き起こします。

『見たまえ!!
なにかがのびてゆく 成長してゆくときは こういうものなのだ
もうだれがおさえようとしても おさえようがないのだ』


さて次なる、そして一番の強敵は…ハードスケジュールでした。
スターになった沢村忠はキックボクシングのような激しい格闘技にあるまじき前人未踏のハードスケジュールで試合を行いながら、テレビドラマやバラエティ番組へのゲスト出演、歌手の仕事なんかもこなしていますからね。
どうしたんだキックの鬼よ、というわけでボロボロの体で臨んだカンワンプライ戦で敗北を喫してしまいました。とはいえここでまた祖父がくれた教訓を思い出して再起し、敗北を逆にバネとして乗り越えた後も沢村はまた更に連勝記録を伸ばすのだから心配いりません。

復帰第一戦は相手が本場タイ国のミドル級チャンピオンである黄金のライオンことタノンスク・キットヨーテンなので苦戦しますが、第二の必殺技『フライング・ドロップ まわしげり』の開眼で勝利!
しかしこの必殺技はこの時限りで忘れ去られて、後で開眼する『垂直2段げり』が第二の必殺技と呼ばれています。作者も編集者も忘れちゃったとでも言うのでしょうか?

沖縄に遠征すれば当地では日本の空手のようにスポーツ化しておらず(当時の沖縄は返還前なので日本じゃなかった)、一撃必殺の殺人術を持つ彼らが待ち構えていますが、ここで『なぜ沖縄の空手が日本の空手に比べて恐ろしいのか』が長々と梶原節で紹介されます。
中でも沖縄最強の"濤風館空手"とキックボクシング勢が戦いますが、その対抗戦はキックボクシング側の圧勝!沖縄で超人扱いされているという館長の真名島堅城をも沢村忠が当然のように倒すと、沖縄でもキックの入門者が殺到する結果になりました。
この時以外にも本作では何度か空手家と戦い、キックボクシングこそ空手より強い地上最強の格闘技であると断じているのですが…すぐ後に梶原先生は「空手バカ一代」で空手最強を描くのだからさすがです。

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もはや押しも押されぬスターになっているために剣の達人に襲われて路上で異種格闘技戦をさせられたりしますが、常に勝つ沢村忠に降りかかった次なる地獄は…
沢村をして『やつ………気ちがいのように燃えている!』と言わしめたモンコントーン・スイートクンとの対決で起こりました。リング生涯で最大のすさまじい激痛だったという肋骨二本の骨折と、そのため余儀なくされた休養。ここでブランクを空けた事が勝負師の勘を狂わせ、嵐の試練を受ける事となるのです!

そのタイミングを逃さずにタイ式ボクシング界を支配する大興業師のラジャマハーが刺客を送ってくるのですが、彼は今まで次々と送ったタイ選手がことごとく沢村忠に敗れて連戦連勝されている状況に怒っており、密かにジャングルで秘密特訓キャンプで殺しの教育をして選手を鍛えています。
沢村の試合映像も研究史、さらにプロレスラーで前オール・アジアのチャンピオンだった超巨体のキング・コングを特別コーチに招きました。今までルールで日本ではタイ式には無い投げが許されていたから圧倒的に日本人が有利だったのですが、キング・コングの手で徹底的に受け身の極意を教えたどころか投げ技も覚えさせました。
最初の刺客となったダウソン・バンカーロップが全く無名の選手ながら沢村と大接戦を演じましたが結局破れ、今度こそ本気になったキング・コングは次の刺客にはプロレスの秘密兵器『ココパット』、また次の刺客にはとんでもない反則技を仕込んで日本に送り込む!

これがいかに恐ろしいかを原作者が大仰な解説でしていますが、本作の後半…特にラジャマハー登場以降は現実味が薄い梶原一騎の世界になってますね。タイの秘密特訓キャンプは、ほとんど"虎の穴"だし。それがまた面白いわけですが。
しかしどんな刺客が来ても沢村忠は負けません。連勝は続き、ついに100連勝、しかも全てKO勝ちという前人未到の偉業を達成して作品は幕を閉じます。100連続KO勝ちって普通は漫画の世界だけのようですが、実在する沢村はやり遂げた。ここまでで本作は終了しますが、もちろん現実世界の沢村はまだまだ戦い、勝利記録も増やしていくのでした。

ところでムエタイを基にした新競技キックボクシングを題材にしている作品の性質上、敵キャラはほとんど黒い肌のタイ人ばかり。タイ人は名前を覚えにくいのも難点でしたね。
あと、この漫画やアニメも含めてここまで人気が高かった沢村忠ですが、他の偉大なスポーツ選手などに比べて現在語られる機会がまるで無いように見えるのは、どうしてなのでしょうか。

キックの鬼・沢村忠の当時の人気を思わせる事実としては、ほぼ同時期に同じ梶原一騎原作で南波健二先生を画に起用した「キック魂(ガッツ)」という作品も連載されていた事も見逃せません。こちらは週刊少年キング連載なので、何と同じ少年画報社の雑誌です!
(ややこしいことに、やはり梶原一騎原作で振り仮名付けなければ全く同じタイトルになる「キック魂(だましい)」という古城武司・画の短編も存在するのですが、これは単行本していない幻の作品なので知っている人もほとんどいないでしょう)
同じ梶原一騎原作のとんでもない名作「夕やけ番長」でも沢村忠はテレビの中で登場し、それが元で木曽中学校最初のスポーツ部はキックボクシング部を設立する事にするのでした。

そんなわけで凄い男・沢村忠の戦いぶりを読める「キックの鬼」は必読。
その兄弟作品とも言える作品「キック魂(ガッツ)」も、より事実に基づくノンフィクション風で沢村を描いた傑作。こちらもそのうち紹介したいと思います。


やめろといわれて やめるくらいなら
はじめからキックに命をかけたりしませんよ
命………そうキックは ぼくの命そのものです
命をやめろ つまり死ぬということじゃないですか



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  1. 2014/11/08(土) 23:59:40|
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BRUCEです。あだ名は大悟(DieGo)です。
大悟…つまり悟りを開くに至る道程にある事を表し、かつ神の映画「ドラゴンへの道」から頂いてのブログタイトル。同名の秘密結社も運営しています。

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