大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)

名作漫画の紹介 ・・・個人的な旅の記録

旅行・紀行・街(188) 青森県三沢市 1 青森市 1

2014年内最後の投稿となりました。
今回は今年最後の旅行として今月行った、青森県です。まずは思い出の三沢市

けっこう根無し草でいくつかの土地で生活してきた私ですが、実は三沢市は20歳の頃からしばらく住んでいました。多感な時に暮らした事に加えて、故郷の新潟県と現在住んでる東京都に次いで3番目に長い期間住んだ土地でもあります。
いわば第三の故郷と呼んでもいいでしょうか…
それでもあれから一度も再訪する事が無かったので、今回は16年ぶりくらいの三沢。
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三沢空港は航空自衛隊とアメリカ空軍も使用している飛行場なので、戦闘機もビュンビュン飛んでいます。
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はい、三沢市に上陸。
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懐かしい…と言いたい所ですが、全然覚えてる光景が出てこないな~。
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ところで前述のように第三の故郷、かつて住んでいた三沢市ですがここが好きかと聞かれると本当の故郷と同じくアンビバレントな感情が巻き起こって一概には言えません。
そう、私はこの地に配属されたのが嫌で、年に3回のボーナスを含む給料はまぁまぁ良い上に寮生活だから食費や光熱費などの生活費までタダ、仕事は楽な上に安定していたのを辞めて去ったのだから…
そもそもですよ、田舎が嫌で故郷を出たのに、もっと田舎に強制的に住まわされるって!当時から古本とかレコードやあるグッズなどの蒐集家であり、インターネットも普及していない時代には絶対に必要だった大都市(もしくはその近郊)から遠く離れ、怒りや絶望感にさいなまれて胃を壊したものでした。当時は私も繊細すぎる神経を持っていたものです。
『人間到る処青山あり』、そんな風には思えなかった若き日。この地に来るきっかけとなった仕事は、航空自衛隊。航空自衛官として三沢基地に配属されたのですね。先輩のオジサン達を見て全く憧れを持てず、もちろん自分が将来なりたい姿とかけ離れていたのも良くなかった。

特別職国家公務員として国の庇護の下にあったまま、田舎暮らしに我慢していれば後の色々な苦労や今後の将来への不安もほとんど無かったかとは思いますが、やっぱり自衛隊にずっと所属していた自分ってのは想像つかないです。
三沢じゃなくて希望していた関東の基地に配属されていたら、けっこう怠け者気質の私はきっとまだ自衛官であり、楽で給料良くて辞められない感じになっていたのかもしれません。(あ、よく自衛官はいつも訓練していて死ぬほど大変だと誤解している人がいるけどね)
休日は古本屋とレコ屋と映画館などを回って夜は酒呑んでる惰性だけの生活をしていたのだろうな。それは幸せな事だったかもしれませんが…今は辞めるきっかけをくれた三沢基地への配属に感謝しています。辞めた後は稼いだ金を持ってフランスに渡り1年間生活したり、東京などで色々な事を経験を出来たのだから。
他の仕事ならまず訪れる事すらなかったであろう三沢市での生活体験も、あのくらいの期間ならば良かった。
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さてまずは、空港内の三沢市観光PRコーナーで冊子を貰って最近の三沢情報を仕入れます。
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ほっき貝は三沢の代表的な冬の味覚みたいで、ほっき丼をかなり推してましたがかつて住んでいた時にも食べた覚えが無い。この冊子には30店舗以上のお店で載ってましたが、結果は…行くの忘れてました。
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そして、かつて三沢に住んだ偉人・寺山修司のパネルがありました。
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三沢市に住んでた当時の私は、寺山修司を崇拝していましたからね…
彼の詩、エッセイや小説、作詞した歌謡曲に映画、その他全ての寺山修司を追い求めてました。その寺山修司記念館も、後ほど再訪するとします。
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そして私が歌手で崇拝していたのは三上寛さま。この方もやはり青森県出身で、偉大すぎる二人が育った土地で住めたのは貴重な体験でしたが、この二人は共に『東京へ出よ』と訴えている方でもあるのです。
寺山修司が「家出のすすめ」その他で訴えていた事は超ロングセラー本なので皆さんもご存じでしょうが、私が地方でくすぶっている若者達にお薦めするなら三上寛さまの「上京入門 東京で図太く生きる法」(KKロングセラーズ刊)ですね。ちょっとタイトルは恥ずかしいですが…泉晴紀先生の挿画もグッドな名著です。
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三沢市のマンホールは、マツ(市の木)の周囲にサツキ(市の花)。
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では懐かしい三沢の街を歩いてみましょう。それにしても雪なんか降っているし、さ…寒い…そしてどんより暗い、当地の空気を思い出してきました!
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ようやく市街にたどり着き、まずはシンガーソングライター・ももさんが若女将を務める"ふく田"へ。
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目当ては現在三沢市で推し進めている『寺山食堂』という企画。昨年の寺山修司没後30年の節目にスタートしたそうで、ふく田もそれに参加しているのですね。
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寺山仮面の下に、認定店の証明書。
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寺山食堂というネーミングは、寺山修司の伯父(寺山義人)が経営していた食堂の屋号をそのまま使用しています。三沢特産の農産物を使い、寺山修司が好んだ食べ物を逸話と共に紹介する…
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協賛している市内5店舗で六種類のメニューを作ったようですが、この店で出しているのは『寺山定食』『寺山セット』『天井桟敷ラーメン』の三種類。
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私がいただいたのはまず寺山定食で、
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寺山修司が最めて上京した時に上野駅の食堂で食べて以来大好物になり、家でも大量に作って食べていた…という、餃子。
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汁物は私が苦手な長芋を使っているというので、内容を郷土料理のせんべい汁に変えてくれました。
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それに、天井桟敷ラーメン。麺がパスタのラーメンです。
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演劇実験室 天井桟敷のヨーロッパ遠征時にラーメンを食べたくなり、しかし中華麺が手に入らなかったので代わりにパスタで作って食べたのだそうで。

あとは、三沢名物のパイカ料理で…パイカトマト煮。
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パイカとは豚バラ肉の周辺の肉付き軟骨の事で、体重100kg以上ある豚1頭からたったの500gしか取れない貴重なお肉。無類のコラーゲン好きである私にはたまらないトロトロ!
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青森県南部地方のご当地グルメで有名なバラ焼きは三沢市が発祥ですが、目の前にあった"赤のれん"が元祖らしいです。せっかくなので行こうかと思いましたが、定休日じゃないのに何故か昼も夜も開かず、食べられませんでした。
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続いてはタクシーに乗り…ああ、3,090円もかかりましたが!
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"三沢市寺山修司記念館"へ。ついに戻ってきましたよ!
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全然変わってないなぁ。平成9年7月に開館したのですが、私はちょうどオープンして一年未満の年からここに居ました。この30cmの長い冊子も見覚えあるので、当時から同じの置いてたと思います。
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入場料は現在、530円(常設展入館料+企画展入館料)。
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現在の企画展は、
追悼!九條今日子展「きみが歌うクロッカスの歌」 ~寺山修司と九條映子のラブレター~
でした。

20歳くらいの時に私は、ここへ何度も来ていた…
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中も常設展示は相変わらず素晴らしいの一言でしたが、この撮影コーナーは当時あったかなぁ。一人で行ってたから写真撮ってないのもあって覚えてませんが、寺山修司顔ハメですよ!
この写真はおなじみ、寺山修司の長編小説「あゝ、荒野」の表紙になった森山大道撮影の物ですね。
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寺山修司の胸にポッカリ空いた穴を、貴方の顔で埋めましょう。
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外に立つ寺山修司。
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建物の側面、
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このステージでもう一人の青森県を象徴する偉人、三上寛さまのライヴを初めて観たものでした。うーん…自身が詩人でもある三上寛さまですが、「冬の螢」という寺山修司が作詞した曲も歌っているので、今日はそれをリピートして聴こう。
寺山修司記念館1周年のイベントでは他に福島泰樹氏による短歌絶叫コンサートもあり、筋肉少女帯の名曲「スラッシュ禅問答」で聴いたあの声を生で味わう体験も出来ました。
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その三上寛&福島泰樹の両氏に加えて、これまた大好きだった音楽家のJ・A・シーザーさまや、天井桟敷の制作担当にしてかつて寺山修司夫人でもあった九條今日子(九條映子)さまなどが集まってトークイベントもありました。
イベントの最後は天井桟敷の演劇終演後みたいに、観客も含めてこのステージ上で記念撮影したのを覚えています。どこかの新聞の記者が撮っていたと思いますが、その写真がどこかに現存するのなら20歳くらいの私が写っているはずですが、はたして!?
寺山修司記念館1周年に絡めたイベントは別日に別の会場でも行っていて、山崎ハコが来て歌ったり…色々と思い出してきました。

そして記念館の裏口を出て森の中、
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寺山修司の歌碑兼案内看板の通りに進むと、
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丘の上から小川原湖を見下ろす位置、
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ここに寺山修司文学碑があるのです。短歌3首が書かれています。
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寺山修司のお気に入りだった、ビクター犬のニッパーがいます。
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本の形した文学碑の上には、繰り返し作品のモチーフに使って強いこだわりを見せた人力飛行機。
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本の背表紙には、『田園に死す』の文字。
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もちろん寺山修司監督のATG映画タイトルですが、ジャケ画を花輪和一先生が描いているのもあってビデオを大事に持っていた好きな作品。しかし自衛隊時代の先輩にお薦め映画として貸したら、『退屈ですぐ止めた』とか言われて返されたのを思い出します。やはりザ・体育会系の職場…うちの隊には活字の本を読む人がほとんどいなくて、寺山修司を知らない人までいましたからね。

しかし夜の三沢で呑んでいたら、そこで知り合った兄ちゃんが何と寺山修司記念館で働いていて、私が熱狂的な寺山修司ファンであるのをえらく喜んでくれて、記念館で流しているJ・A・シーザー作曲のBGMをテープに録音してくれたんですよね。これは飛び上がるほど嬉しかった。
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こんな素敵な施設・三沢市寺山修司記念館がある街に送り込んでくれた航空自衛隊に、改めて感謝します。

さぁまた長い帰路ですがタクシーはあの値段だし、受付で聞いたら平日には何とバスは通ってないと言う!
でもそういえば昔は、かなりの距離を歩いて往復した事がありました。そんなのを懐かしみながら、のんびり自然を味わいながら徒歩で帰るか…と、進んだらすぐに受付の兄ちゃんがマイカーで追ってきて、市街まで送ってくれました!バスが無くて落胆したのを気にかけてくれたのですね。
ちなみに私がいる間ずっと寺山修司記念館は他の集客ゼロでしたし、ちょうど休み時間だとは言っていましたが、あまりにも嬉しい人の情け。
また別の時には、街で地図を広げて調べていたら自転車に乗ったおじさんがわざわざ止まり、道を教えようとしてくる場面もありましたし、三沢の人々は素晴らしい!!ありがとうございました。

こちらは、夜の商店街を歩いた時に見つけた寺山シャッター。
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ところで懐かしいはずの三沢市街…たしかよく使う基地のゲートを出た所に一方通行の商店街があったんですよね。そこにショボいながらも古本屋とか行ってた店がいくつかあったので再訪したかったのですが、その道自体が分からなかった!これは残念でしたが、一体何故?

そして元職場、寺山修司の母親も勤めていた…"航空自衛隊 三沢基地"の正面ゲート!
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今や三沢基地内に一人も連絡先を知っている人が居ないので、中には入れず。

同じく、夜の正面ゲート。
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ここが様変わりしていたのに驚きました!
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ええー!?よく行ってたアメリカン・バーとか、建物ごとごっそり無くなっていますよ!
"SkyPlazaMISAWA"(スカイプラザミサワ)なんていう明らかに巨大資本が作ったチェーン店だらけの施設も出来ていて、
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夜はライトアップされてました。
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真樹日佐夫原作、荘司としお漫画による青森県を舞台とした1970年のバイオレンス・サッカー作品「雲をけとばせ!」で出る三沢の街は、靴磨きがズラッと並んでいてゴーゴークラブがあって外人の愚連隊が幅をきかせていていました。
私が知っている時代の三沢でもそんなの見る影も無かったし、これが時代の流れってやつですね。
有名な「三沢の犬」などの写真を撮った森山大道は、最近の三沢を見てつまらなくなったとガッカリしていたと聞きましたが、それも仕方ないでしょう。

おっと、こちらが前述の森山大道写真が表紙で1966年刊行の本、寺山修司「あゝ、荒野」(現代評論社刊)。
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PARCO出版より2005年に出たのは、森山大道の写真作品を加えた新編集の版。
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2011年の「戯曲 あゝ、荒野」
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ついでに紹介しておくと、こちらは1993年の河出文庫版。
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2009年の角川文庫版。
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おお、三沢飛行場に隣接して"青森県立三沢航空科学館"なんてのがオープンしてました。
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人類初の太平洋無着陸横断飛行で有名なミス・ビードル号とそのパイロット像がありました。
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あと三沢市大空ひろばを、車窓からチラッと見た程度ですが…
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ところで青森県は大別すると西側の津軽地方と東側の南部地方に分けられますが、これが正に犬猿の仲なんですよね。隣接した都市同士で対抗意識を持っているのはどこもあるかもしれませんが、青森のこれはガチで憎しみ合いレベル。
歴史的にも対立してきた地方同士が廃藩置県で一緒になっても争いを続けているようで、片方の地方の方と話すと必ずもう片方を悪く言っていたのに驚いた覚えがあります。どうやらそれは現在も変わってないようですが…
そんな中、三沢市だけは広大な米軍基地の敷地があるからか、三沢だけ津軽と南部とか関係ない独自の地方という考えで、青森県という意識すら低い印象です。

そんな三沢の飲屋街を、思い出に浸りながら散歩すると…
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やっぱり、異常にスナックが多い。ほとんど自衛官が金を落としていくのかな。私も当時はこういう店をハシゴしてたわけだし。
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よく覚えてるスナックで現存していたのは、"銭泥棒"くらいかな…
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あったあった、狸小路。
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あとはユタカ街に、
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こちら、ニューユタカ街。
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そこに"居酒屋 北条"があって、ここもよく来てました。
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うん、全然変わってない!
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目の前のアナゴを見ながら、
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呑んだ酒。
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青森県はニンニクの生産でも有名なので揚げてもらい、
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刺身、串カツ、天プラなど戴きましたが、相変わらず美味い。
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そして大好物の…ナマコ!
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あと三沢に行ったら、アメリカンバーに行かなくては話になりません。かつてわりと通ってた店は無くなってましたが、この"Carbs"(キャブス)、
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そして隣の"MY PLACE"(マイプレイス)も、あの時からあったような気がします。入ってみると…
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まずアメリカ人の店主が凄いフレンドリー!
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飲んだビールはイギリス産ですが、ニューキャッスル・ブラウンエール(NEWCASTLE BROWN ALE)、
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世界一売れているサイダー(シードル)、ストロングボウも頂きました。
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シェーキも、でかい。
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フードは、チキンケサディア。美味いな~。
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そしてアメリカンバーはチャージ無しで、支払い方法がキャッシュオンなのも良い。日本の居酒屋は強制『お通し』と、レシート無くて金額の計算は不明なのが暗黙の了解になってますからね…

もうちょっと夜の三沢を散歩してみると、中央町ポケットパークがライトアップされていました。
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宿泊は、"三沢プリンセスホテル"
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安いビジネスホテルなので、窓からの景色もどうでもいい感じですが…
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明け方の雪が積もった様子は、雪国育ちの私には懐かしい光景で郷愁を誘います。
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朝食バイキング。
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朝に散歩すると、薄く積もった雪が綺麗です。
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三沢市役所。
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この"大三沢教会"は、昔に来た事あるのを思い出しました。若い時は本当に何にでも興味があって宗教についても考えていたし、日曜の説教を聞いてみたり洗礼の儀式見たりとかしたのです。
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あそこに見えるのは、"三沢教会"。
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木々に雪が降りかかり、正に冬の花だ。
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おお!あそこは"古間木保育園"。古間木小学校の方は寺山修司が転校していった学校であり、後に校歌の作詞もしているはずです。
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え?これは…
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少しでもロック好きなら絶っっっっ対に通っている、セックス・ピストルズ(Sex Pistols)の偉大なアルバム「勝手にしやがれ!!」(Never Mind the Bollocks)のデザインを流用していますね。
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そりゃ日本共産党もパンク好きくらいいるだろうけど、今回のデザインはピストルズ風で!いやー、やっぱ俺は反キリスト(日本人だから反神道、天皇か)でアナーキスト!シド・ヴィシャスの生き様に憧れるよね!とか何とか言ってるんですかね…怖い。
とにかく全国のロック好きがこの色合いを見て『あっ』と思っているのでしょう。党がどうでも、このため投票しちゃう人もいるかも…で、実際に先日の選挙では、このポスターを使って議席を大幅に増やしました!共産党の躍進かぁ、日本の左傾化が深刻です。

三沢駅。
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三沢市はアメリカをだ~いすき!沖縄の米軍基地反対運動とか見ると別世界のように感じますが(もっともあれは現地人じゃなくて本土の極左活動家が行ってやってるみたいですが)、当地では米軍が住人に愛されているようだし、日米交流も盛んです。
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最後にここは外せません。横溝正史モノの映画に出てきそうなレトロすぎる旧駅舎で営業しているのが、"三沢駅食堂"
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入店し、
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かけそば、
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天ぷらそば。
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温泉も行ってないし、食堂も観光スポットや寺山修司スポットもまだまだありますが…
今回はこれにて、思い出の三沢市を出ました。
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乗っているこの列車は青い森鉄道線、下りの青森方面です。
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よくできた安ビールのホワイトベルグを飲みながら雪景色を見て…
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清水川駅、西平内駅などを通り過ぎ、一面真っ白な風景をドンドン進みます。
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そのうち青森市に入りました。青森の奥座敷こと浅虫温泉、そして浅虫水族館が見えます。
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ここも懐かしい、青森駅に到着です。三沢から片道で1,800円もしたけど、こんなに高かったかな~。一人でよく来ていたものですが、当時はもうちょっと安かったにしても往復でけっこう電車賃かけてたんですね。
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ありがとう、モーリー。
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東北新幹線なら東京でもカッコいいE5系はやぶさをよく見かけてましたが、今回は利用せず。
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青森は、やはりねぶたの街。
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東陽片岡先生の単行本「ほどよい男たちのバラード」(秋田書店刊)収録の『たそがれ北海未練酒』では東京の新橋サラリーマンが東北新幹線でフラっと青森の海を見に行く話がありますが、正に日本の場末というかそんな感じがあります。
私にとってはここも16年ぶり…町並みを思い出しながら歩いてみましょう。
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あれ、全然覚えてる所がなくて、懐かしさすら湧いてこない!
こちら、"Festival City AUGA"(アウガ)前に立つ銀の彫刻。「ダイの大冒険」でオリハルコン製のチェスより生まれた親衛騎団みたいでカッコいいですね。
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そのアウガ、
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地階には新鮮市場がありました。
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こんな所があっていいなと思いますが、食べる所はほとんどなくて魚介類の販売ばかり。つまり地元の人用ですね。旅行者が魚買ってもしょうがないですから!
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"焼き立てパン レコルト"(recolte)は、あまりにもいい匂いを放っていたので、
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せんとくんみたいでカッコいい角を付けた店員さんから、
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青森のリンゴを使ったパンを中心に購入。
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アウガに隣接する"ミッドライフタワー青森駅前"には、可愛い子供のナース壁画が描かれています。
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街を歩いていたら"ろばた鎌蔵のらくろ"という、看板にのらくろを使った店を発見。
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何だあれは!見事な三角形の建物がありますが、フリーメイソンの施設!?
きっとどこかにプロビデンスの目も隠されて…いや、"青森県観光物産館アスパム"という観光施設で青森の頭文字『A』をかたどったのだそうです。
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ポストの上には、ねぶた。
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入ってみると、
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2階にねぶたの実物が展示してありますが、凄い迫力。本物の青森ねぶた祭も、いつか見てみたいです。
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窓の外にはルーヴル・ピラミッドみたいなのが見えます。
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1階の"センチュリー"で軽く食事しましたが、
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三代目 庄いラーメン。これが焼干し・煮干しスープにちぢれ麺をからめた醤油ラーメンで、
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またも三角形の、パムパムちまき。
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おみやげコーナーで豚汁(何と100円)も頂きました。
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お店で売ってる、長イモがたっぷり入ってましたよ。私はとろろが苦手なので長芋も山芋も避けているのですが、生食じゃなくよく煮込んであったので、多分20年ぶりくらいに挑戦し、結果美味しく頂けました。
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その隣の店ではそばもやしを購入し、
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津軽三味線の生演奏もタダで聴けました。激テク!演奏の見せ場は、ハードロックのギター早弾きと通じるものがありますね。
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この奏者は『竹山会』の方で、目はつむっていますが見えている方です。瞽女(ごぜ)の話やATG映画の名作「津軽じょんがら節」の影響で盲目の方が弾く楽器という印象がありますが、そのイメージはもう古い。
曲の合間にステージから話しかけてくるのですが、川崎市在住なのだとか。ものすごい津軽訛りで話す方でしたが、きっと関東ではいわゆる標準語に直すのでしょう。私もそうですが、地方出身者はバイリンガルですから。

それから次の目的地へ進むべく、青森県と北海道を結ぶ特急列車の白鳥へ。
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青森駅で、ちゃんと『イギリストースト』も入手しました。青森県民は工藤パン製のこれを愛しており、東京で会う青森出身者は必ずこれが無い事を嘆いています。
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他にもいくつかお菓子などや、
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リンゴジュースと、六花酒造による青森の地酒・じょっぱり。津軽人の気質そのままに凄い辛口の酒です。
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駅弁は十和田バラ焼きゼミナール監修のご当地グルメ弁当で、十和田バラ焼き重。
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そうだ青森の駅弁といえば、八戸市の会社ですが"吉田屋"のが私の大好物。実は東京駅や上野駅でも買えるし!これは『とろサーモン炙り寿司』です。
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さらに青森で買った物に、マルちゃんの『青森津軽煮干しラーメン 激にぼ』があります。
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もちろん、リンゴも。青森県に住んでた当時、ここの名物であるリンゴの美味さに衝撃を受けた事もあります。
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こちらは「水曜どうでしょう」の『対決列島』で青森対決に使用された、ラグノオささきの…気になるリンゴ!
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嗚呼、青森県を故郷に持つリンゴガール…そうだミドリカワ書房の歌う「リンゴガール」は良かった。ジャケットを本秀康先生が描いていて、しかも歌詞カードまで本先生の漫画という凄い仕様なんですよね。しかも歌がまた良くて。未聴の方は、是非とも聴いてください。
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今回の青森県は祭りなども無いし寒い冬、つまりシーズン外れで観光客がまるで居ない時期に行きましたが、冬こそが東北や北海道のイメージ通りであり、土地の本当の姿です。
特急列車・白鳥は津軽海峡を目指し、そのまま世界最長の海底トンネル…つまり青函トンネルを抜け、北海道入りする事となります。
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それでは皆様、良いお年をお迎えください。


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  1. 2014/12/31(水) 12:31:00|
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BRUCEです。あだ名は大悟(DieGo)です。
大悟…つまり悟りを開くに至る道程にある事を表し、かつ神の映画「ドラゴンへの道」から頂いてのブログタイトル。同名の秘密結社も運営しています。

名作漫画紹介の形を借りて、自分の記録用に使っています。

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