大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)

名作漫画の紹介 ・・・個人的な旅の記録

手塚治虫(41) 「奇子」

手塚治虫作品より、「奇子」(大都社刊)。
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偉大なる手塚治虫先生の世間一般で知られる代表作といえば、どうしてもアニメ化した作品などが中心になるため明るいヒーロー物になると思います。
しかし手塚先生は大人向けのダークな内容を持つ作品も精力的に描いており、それも含めてのマンガの神様。この「奇子」も、そんなシリアス部分を前面に出したもので、まずタイトルは『あやこ』と読みます。人名ですね。『いす』と読んだ友人がいましたが、それはそもそも『椅子』で漢字違いますから!
ビッグコミック(小学館刊)にて1972年から翌年まで連載されました。単行本は大人向け手塚作品の定番、大都社のハードコミックスで全2巻。
第二次世界大戦後のGHQ占領下で起きた『日本の黒い霧』を中心とした日本史に、架空の人物…というか一族を織り交ぜて練られた大作です。

最初の舞台は昭和24年、戦後すぐの混乱の中で天外仁朗が横浜港に復員してくる所から始まります。実質的には物語の主人公であるこの仁朗は、片目(眼帯)の男。また戦時中に米軍収容所で自分が助かるためアメリカの手先として日本人を売っており、復員した時点でもGHQのスパイ。
『正義だの名誉だの羞恥心だのプライドだのもいっしょに捨てちまった でなきゃこんな毛唐のスパイのお先棒なんかかつぎやしない』
と豪語する仁朗は東北(青森県淀山市)の大地主で400年続いた旧家、土地の支配者のようにふるまう天外家の次男でした。当時の事なので、この手の家では次男以下など無価値という扱いをされていたわけですが、この天外家そのものが病巣でした。

仁朗が戻ってみたら天外家の当主で絶対支配者のマキャヴェリスト・作右衛門が、その長男で仁朗の兄・市郎へ遺産を譲る引き換えに嫁のすえを差し出させ、子供まで作っていた…
そして産まれた子がタイトルの奇子で、仁朗にとっては妹であり姪である。この時点でただれた人間関係が分かりますね。さらに仁朗はスパイ絡みの仕事である共産主義者の男の殺人(淀山事件)に関わりますが、これが下山事件の予行演習の意味を兼ねていた事が分かる。松本清張のノンフィクション作品「昭和史発掘」で言及された『陸軍機密費横領問題』、あの中で起きた石田検事の変死事件を参考にしているのでしょう。
黒い霧関連について入るとまた深くなってしまいますが、それより本作ではこの淀山事件被害者の男が仁朗の妹・志子の恋人だった事で運命の皮肉ドラマが生じます!作中でレッドパージ(赤狩り)も少し描かれますが、志子はアカの手先だと決め付けられて天外家から勘当され去っています。

あとは地味ながら物語のキーパーソンが弟(天外家三男)の伺朗。登場時は12歳の小学生ですが、しっかり者で理論家。仁朗も『知恵が回りすぎる』と危惧する子供で、学校で流行っているとして『裁判ごっこ』なんてやるのですが、弁護士は全部人形。その理由は"極東裁判"(極東国際軍事裁判、つまり悪名高き東京裁判)だから『弁護団なんかあってもないのとおんなじだ、なにをいっても通らないんだ』とまで分かっている鋭さ。あの裁判というか戦勝九国側からの処刑とも言える茶番劇で日本の指導者達は罪を背負わされて殺され、パール判事の素晴らしい意見書も無駄だった無念を小学生にして理解しているのです。

前述の殺人に関わった事で仁朗はシャツに血を付けてしまい、それを洗っていた所を奇子とその遊び相手で天外家の小作人(しかもこれまた作右衛門の私生児)で白痴の女・お涼に見られたため、後で口封じのためにお涼を殺し、次は奇子という所で市郎が救助…ではない、問題に蓋をするべく捕まえて土蔵に閉じ込めてしまいました。そして天外家の権力により肺炎で死んだと死亡届を出して戸籍を失い、4歳にしてこのまま何と20年以上も幽閉される事になるのです。
仁朗に殺されかけていた事を思えば命は助かったものの、20年以上の幽閉ってドイツのカスパー・ハウザー以上ですからね!そうされる事が決まった章のサブタイトルは『窖(あなぐら)』。「ココ」で紹介したように短編集「空気の底」のサンミリオンコミックス1972年版にしか収録されていない在日朝鮮人を扱った封印作品「ながい窖」で見た漢字。
伺朗だけはその処置に反対するものの、いかんせん子供なので木に縛り付けられてどうにもなりません。あ、この時に『ばッきゃろーッ!! にいさんのキチガイーッ。ババタンゴへおっこちて死んじまえーッ。』と叫んでいるので、私は初めてババタンゴという言葉を知りました。

殺人容疑の仁朗は逃亡し、アメリカとつながりのある愛人も殺して別の土地で祐天寺富夫の名で朝鮮戦争特需で大もうけ。天外家とは縁を切った状態で"桜辰会"のボスとして、東京は銀座周辺の裏社会から権力を握る大物に成長していきます。
それでも天外家の事を忘れたわけではなく、奇子あてに大金を送り続けていますが…その奇子は土蔵に閉じ込められたまま成長し、女の体になってきています。そのうち初潮も来て15歳になった奇子は、何と会える唯一の男である兄・伺朗に迫って近親相姦の関係に。まるで汚物溜りのような天外の家系は、血縁関係同士が犬か猫のようにまざり合ってきたそうですが、そこで唯一まともだった伺朗までもが!

天外家は当主の作右衛門が脳卒中で何年も植物状態になった末に死に、遺産相続の事でまた殺人が起こり…もはやこの家は死に掛けています。
伺朗がいよいよ奇子を土蔵から出そうとした時、もはや奇子は外が怖くて出られない体になっており、土蔵でもう誰にも会わずに生きる事となるのでした。もはや伺朗しかその成長を見れない奇子は、その特殊な環境から人間ばなれした清潔さを持ったまま美しい女になっていきます。

それが土蔵が取り壊された事から奇子は幽閉生活に終止符が打たれ、天外家からも逃げ出して持っていた住所を頼りに東京の仁朗(祐天寺富夫)の元へ。
仁朗は奇子を引き受け、狂った常識を元に戻して社会復帰させようとします。東京を車で走りながら、
『どうだい?きたない空だろう。くさい空気だろう。この中に一千万人の人間がおしあいへしあい住んでいるんだ。
 何分かにひとり人間が死んでいく…人間が人間なみにあつかわれない。それでいて結構満足しているバカ者の町だ。  こんな町へなぜ来たんだ。おまえにはつらすぎるぞ。』

と説明しているのが、東京在住の者としては耳が痛い。
また、この間にも仁朗は敵対グループと戦い警察に追われ、またある組織に狙われて重傷を負いますが…物語冒頭にだけ出て、絡んだ人物や謎の伏線を回収していきます。この部分はなかなか見事なミステリー作品のよう。

あれこれと自体は進むといよいよラストの舞台は、天外家のある青森県淀山市。
ここであつらえむきにある閉所空間へ主要な登場人物達が終結し、物語は収束へ向かいます。
これだけ書いておくと、登場人物ほぼ全滅!ただし生き残る者はいるので、はたしてそれが誰か!?壮絶な結末をお確かめください。

きちっと完結している作品ですが、巻頭の手塚先生本人による解説で、実はこの物語はもっと長編になる予定だったのであり本作は『大筋のほんのプロローグ』しか描かれていない事が告白されています。
さらに発展していくはずだった部分も『ぜひ書きたい意欲があり、またタイトルをかえてあらためてどこかに発表したいと思います。』とまで書いているのですが、結局それはかなわず他界してしまったのはご存知の通り。まぁ手塚作品はそういうの多いし、後日談を語ったりする漫画家でもありませんでしたね。

またビッグコミック連載時に描かれた最終回はわりとハッピーエンドだったのですが、単行本収録時に手直しされているので読めるのは前述の通りほぼ全滅ラストになります。
初出時の最終回も、みなもと太郎先生の監修で2008年に出た「手塚治虫WORLD 青年マンガ編 これがホントの最終回だ!」(ゴマブックス刊)で、一応は読む事が出来るようになりました。
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うーん…やっぱり単行本化の際に描き直したラストをずっと読んできたので違和感があるし、完成度も単行本版の方が高いと思います。
最後に余談ですが、私も大好きな日本のヘヴィメタルバンド・陰陽座の楽曲でその名も「奇子」という本作をテーマにした曲があります(2ndアルバム「百鬼繚乱」収録)。


にいさん、おれはガキの頃 よく極東裁判のまねをやってたこと覚えてるかい?
「人道に対する罪」 たしか戦犯にそういう罪状があったっけな
なにが人道だよ 裁く方にそいつがあるというのかよ…………
あれから何年もたって極東裁判が 勝った側のご都合裁判てえことがわかってきとる。
正義てのはなにを基準にしていうんだい?罪とはなんだべ?それを裁くのはいったいどこの誰ならええ?



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  1. 2015/01/10(土) 23:00:35|
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BRUCEです。あだ名は大悟(DieGo)です。
大悟…つまり悟りを開くに至る道程にある事を表し、かつ神の映画「ドラゴンへの道」から頂いてのブログタイトル。同名の秘密結社も運営しています。

名作漫画紹介の形を借りて、自分の記録用に使っています。

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