大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)

名作漫画の紹介 ・・・個人的な旅の記録

手塚治虫(44) 「人間昆虫記」

手塚治虫作品より、「人間昆虫記」(大都社刊)。
TEZUKA-ningen-konchuuki-1974.jpgTEZUKA-ningen-konchuuki.jpg
(画像の本は同内容ですが、左が1974年版・右が1987年版)

1970年から翌年にかけてプレイコミック(秋田書店刊)で連載された作品で、単行本は全1巻。
手塚治虫作品としては知名度は上位に入らないかもしれませんが、2011年に美波主演で実写の連続ドラマも放映されたし、手塚先生の大人向けシリアス物が好きな人には絶対に読んでもらいたい。

十村十枝子、本名は臼場かげりという女主人公の生き様を描いた作品。
冒頭で芥川賞を取った女流作家として登場した彼女は、それ以前に女優としてある劇団で活躍していたのですが、突如デザインの分野で国際的な評価を持つニューヨーク・デザイン・アカデミー賞を取っていた…それで今度の芥川賞と、そこまで多ジャンルの全てでトップになるなんて現実的にはありえないですよね。
その秘密は、十枝子が模倣の天才である事。模倣に関してだけは本当に天才ですが、女優・デザイナー・作家、これらの作品は全て実力ある他人から要領よく盗んだ、頂き物だったのです。

目を付けた相手とは美貌を利用して寝るし(同性相手だとレズ行為も)、とにかくその才能を得るためなら手段を選ばない。偽装結婚や堕胎までするし、邪魔者は殺しもします。
模倣の天才といえば後の「七色いんこ」を思わせる主人公ですが、この女と比べたら七色いんこに失礼でしょうか。何しろ十枝子は己の利のためだけに行動するし、才能やネタをかっさらわれた者は用無しになって必ず不幸な運命を辿りますからね…
こんなの多くの人々にとって決して好きになれないヒロインに違いありませんが、一般人的なモラルを持っていないだけで本人は何の悪意も無く、ある理由から童心をそのまま持っているだけだと推測もされるのです。まぁ『悪気がない悪』というやつで、最もたちが悪いのかもしれません。

週刊誌記者・青草亀太郎、劇団の演出家・蜂須賀兵六、右翼の大物・甲雪村、アナーキストの殺し屋・蟻川平八、大企業の重役・釜石桐郎、等々の重要な男達が十枝子の周りを動きます。
私は文化人と名乗る者を軽蔑する殺し屋の、
『文化人か!フン マスコミにヒルのようにすいついて体制の中で首ったまにクサリをつけられ……
 空虚な自尊心と低劣なナルシシズムに人生を浪費する……
 それが文化人てやつさ おれが一番けいべつするやつさ』

というセリフが好きでした。

ある人のせいで十枝子が韓国にて身柄を拘束されるのですが、その時に日本人が韓国人を虐殺していたかのような描写が出てきます。うーん…本作が槍玉にあげられているのは見た事ないものの、こういう部分が所謂『ウリナラファンタジー』として大げさに広まって、現在の日韓関係にまで悪影響を及ぼしているのは周知の通り。

…と、それはともかくそういった周囲の男達の中でも最重要なのはデザイナー・水野瞭太郎。十枝子に作品を盗まれ利用された一人ですが、彼だけ特別に十枝子が本当に愛していたようです。絶対に人前で本音を出さず全てが演技の彼女が、大金を稼いだ後に母の蝋人形の前で
『空しいわ………女ひとりでせい一ぱい生きていくって こんなに空しいもんかしら
 かあちゃん あたい……水野さんがほしい!!』

と独白するシーンは印象的でした。
この水野が十枝子そっくりの妻・しじみをもらった事でまた悲しいドラマが生まれます。本作最大の悪人は意外すぎる所でしじみを水野に紹介した"金文商事"の金山社長だし、そのためにあんな事が!

最後に十枝子のターゲットにされるのは写真家・大和多磨夫。となればまた殺人騒動の後に、十枝子が今度は写真家としてギリシャで名声を得るラストへとつながるのですが、その成功し続けた彼女も結局は何も満たされず異国で一人さみしがっている…

読み終えてみて、色々と謎な部分が残る作品です。内容が難解なわけではないのですが、まずこの十枝子というヒロインで手塚先生は読者に何を感じて欲しかったのか分かりにくい。成功を求める行動力は凄いのだけど、そこまで名声を欲しがる理由も目的もよく分からないし…
正しい人間として描いてはいない、というより悪人。ここまでメチャクチャなキャラでは読者に共感も求めていないでしょう。そういう悪の天才が持つ魅力みたいな部分を描いてみた、という所ですかね。
講談社の手塚治虫漫画全集版ではあとがきに、『マキャベリアンとしてたくましく生きていく一人の女をえがいてみたいと思った』と書いていますね。
ちなみに登場人物の名前は昆虫名のパロディーになっているし、タイトルの「人間昆虫記」というのは卵から幼虫へ、そして蛹(さなぎ)から脱皮して成虫に変態する様を十村十枝子の生き方にかけているのだと思われます。


自分のものは ひとつもない
ぜんぶ 他人からすいとった借り物だ
しかし……それなりに完全無欠なものなのだ



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  1. 2015/01/20(火) 23:00:59|
  2. 手塚治虫
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
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コメント

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 一気に初見。

 とにかく興味深かったのが、彼女に群がる男たちの思い上りぶり。

 そうした中であくまで一線を引いた感じに描かれている「甲雪村」が、むしろ彼女の父親的にも見えてくるのが不思議。

 あともう一人にして対照的な存在が「しじみ」でしょうが、一人の男の愛については、むしろ彼女の方が「成功者」に見えるのも面白い。

 少なくとも彼女は死ぬ時に「さみしい」とは思わなかったはずだけに。
  1. 2015/11/28(土) 23:16:04 |
  2. URL |
  3. 陣 #XCGF5fDo
  4. [ 編集]

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BRUCEです。あだ名は大悟(DieGo)です。
大悟…つまり悟りを開くに至る道程にある事を表し、かつ神の映画「ドラゴンへの道」から頂いてのブログタイトル。同名の秘密結社も運営しています。

名作漫画紹介の形を借りて、自分の記録用に使っています。

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