大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)

名作漫画の紹介 ・・・個人的な旅の記録

手塚治虫(47) 「シュマリ」

手塚治虫作品より、「シュマリ」(大都社刊)。
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1974年から1976年までのビッグコミック(小学館刊)で連載された作品で、単行本はおなじみ大都社のハードコミックスでは上・中・下巻の全3巻。各巻カラー口絵付き。
明治期(1869年からスタート)に開拓されていった北海道を舞台に一人の男を、同時に追いやられて行ったアイヌ民族などの歴史背景と共に全三十一章で描いたスケールのでかい歴史叙事詩です。

「シュマリ」、この奇妙なタイトルはそのまま主人公の名前で、アイヌ語でキツネの意味です。このシュマリ自身は和人(シャモ)ですが、懇意にしていたアッサブの村(コタン)の長老(エカシ)が付けてくれたこの名を生涯に渡って使う事になります。
エゾ(北海道)とは縁もなく江戸(東京)で旗本をしていたのに、愛する妻のが…大月祥馬という男と駆け落ちしたので、それを追って海を渡ってきました。彼は右手をいつも布にくるんで隠していて、それを解くと人を殺すのだと言っています。

登場時はこの大月祥馬を斬るのが目的の全てだったので、本作は彼を探し戦う旅が描かれるのかと思いきや!
第二章にしてあっさり大月祥馬が見つかり、しかも決闘する前に死んでしまいました。ポカーンとなる展開ですが、大月祥馬という仇の存在はプロローグのネタに過ぎなかったのです。不貞の妻・妙は土地に残り、シュマリも本州に帰る事はせず北海道を一人旅に出る…

ちなみにシュマリは最初から鬼神のように強く、単体では間違いなく本作最強キャラでもあります。
元々おたずね者の殺人犯でもあったシュマリは目的を失った事だし、札幌で一度捕まって死刑部屋に入れられるのですが、五稜郭の軍用金探しで政府に利用され…ところがどっこい逆にシュマリが政府を利用してその5万両もの埋蔵金を入手するのです。
その埋蔵場所はある人物の体に刺青で記されていたのですが、これは昨年に週刊ヤングジャンプ(集英社刊)で連載開始した野田サトル先生の「ゴールデンカムイ」の発想元じゃないですかね。同じ明治時代の北海道を舞台にして、アイヌはもちろん金塊の場所を描いた刺青まで出てきます。

『おれの人生を一度白紙に戻す…これからなにが始まるかわからねえ』
と言うシュマリは、生き抜いて北海道がこれからどうなるか見届ける事にしました。物語の冒頭であっさりと目標が無くなってしまった主人公なので、ストーリー物にありがちな復讐だとか何かを達成するとかの目指している物も無いのですけどね、しかし周りでは確実にドラマが起こっていくのです。

まずはいい土地を見付けて持ち主から買い取りますが、その持ち主というのが『太財一族』。本作中の最重要人物達でもあります。
北海道の半分の土地を使って自分の王国を築くというでかい夢を持った奴らで、太財家の大黒柱である父親、それに粗野な殺人狂の長男が弥十、冷静で頭が切れる次男は弥七、そして妹のは武芸をかじって自我の強い女ですが、これがシュマリの元妻の妙にそっくり。シュマリに銃を向けて逆に犯されますが、その時の言葉は『はなしてっ この乞食っ けだもの!』でしたが…色々あって、後に最もシュマリを慕う女になり子も生むのでした。
太財家はシュマリの持つ黄金を狙って様々な手を打ってくるし、後半まで生き残った弥七とは敵対関係でありながら奇妙な友情みたいなものも生まれています。

この作品において極寒にして未開の地・北海道の厳しさを描く描写は重要ですが、最初に太財家から買った地でとんでもない数の野ネズミとも戦う…くじけないシュマリの姿は印象的。
『きびしい世界だな 寒さ 暑さ 洪水 はやりやまい 飢え…それに蚊とブヨだ!
 常識ならこんな土地に住みつこうてのは 変人か世捨て人さ
 だが そんな条件のもとで りっぱに生きぬいてる連中がいたんだ アイヌ人だ…』

というわけでシュマリは、作中通してアイヌ人やその文化に対するリスペクトの念を持ち続けます。
太財のおやじに母親が殺されたポン・ションという、アイヌ語で『小さなウンコ』の意味を持つ名で酒豪の幼子を育てるし、開拓してくる内地の明治政府よりアイヌの肩を持って『アイヌの土地の物は石ひとつでも持ちだす気にはなれん』と言っているほど。

もちろんシュマリがどう頑張ろうと、列強国が領土拡張合戦を繰り広げていた19世紀の流れに飲み込まれ、アイヌもほぼ消えた先住民族となった事は歴史に記されている通り。
アイヌのように獣を狩るために弓矢くらいは使っていたものの争いを好まず、まともな武力・軍隊を持たない国や民族が生き残っていける時代ではなかったわけです。我らの日本はチョンマゲをやめて近代産業に着手し、軍艦や戦闘機も作って軍隊を整備したから生き残れた。日露や日清の戦争で勝ったから、アジアで最初に欧米列強から同じ人間らしいと認められたのですね。まぁ彼らからしたら同じ人間までいっても白人と同等というわけではないから、日本だけが原爆のターゲットにされましたが…しかも軍事基地ではなく、一般市民の頭上にアレを落としてもアメリカは正義なんだとか!
かつて奴隷制度を持ち人種差別を差別とも思わず当たり前だったアメリカ合衆国では自国民でも黒人は戦後もずっと経ってからの1970年代まで大学に行けなかったというし、我ら黄色人種(と、あえて差別的な言い方を使いますが)はもちろんそれ以下の扱いをされていたわけですよ。それ以降の生まれである私の世代はほとんどの人が実感できていないのですが、そういう世界情勢でした。
だから「シュマリ」の世界観では侵略者となってしまう和人を一概に悪者達として見れません。伝統文化を守るのは大事かもしれませんが、それで近代化出来ないのでは生き残れない時代があった…いや今も続いているかもしれないのだし、世界一長い歴史を持つ日本もどうにか独立国として残っているけど、あの大戦での敗戦以降未だに自主防衛は出来ていないわけです。平和憲法だとか何とかだまされている人が多いけど、そのために武力で占拠された竹島も自国民の拉致事件も領土内のサンゴ荒らしも、その他諸々を放置する国になっちゃったのです。それで政府開発援助だのって名目で他国に、それも敵国にまでお金を払い続けるチョロすぎる国に。
人類の歴史は生存競争・闘争の歴史であり、力のある民族が生き残ってきた事実を考えないと我々もアイヌと同じ轍を踏んでしまいます。もう大人なんだから、理想論だけで世界は救えないしカモにされるだけだという現実を見てみませんか。

さてそれから、ややあって札幌に出来たばかりの集治監(監獄)に徒刑囚として収監されたシュマリ。
ここでは侍のはしくれだった連中のイチモツを切り落としする武士の情けを知らない変態看守と決闘し、殺した事で十兵衛という天然理心流の達人がシュマリに惚れて一生の相棒としてついてきます。後に分かる十兵衛の正体は、元新選組の土方歳三だったんですけどね、つまり土方は箱館戦争の五稜郭で戦死していなかったという新説が使われています。
あとは本作では手塚治虫先生が苦手とした、梶原一騎作品的な男気、男の世界が描かれている事を特筆しておきましょう。また手塚作品の中では地味な存在というかそこまで有名じゃない本作ですが、漫画家の古泉智浩先生は北海道出身の熊切和嘉監督と対談した時に北海道開拓の話が出て、2人とも「シュマリ」が大好きなんだと公言していました。

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太財弥七のはからいで自由の身となったシュマリと十兵衛は、ポン・ションと峰、そして生まれていたシュマリの子の弥三郎が待つ牧場に戻ります。
そしたら次は、シュマリを頼って石狩川の川上からクーチンコロというアイヌのエカシが移住して来た事で、アイヌの財宝(青琅玕…つまり青玉だの、蝦夷錦だの)を狙う野党団との争いに巻き込まれます。
この武装した無法者軍団は相手が悪すぎましたが、守るべきもののために死闘を繰り広げるしかないシュマリ達。シュマリと十兵衛の強さは鬼神のごとしですが、それでも銃を持つ大人数の前についに十兵衛墜つ。
作中最高の乱戦となったこの時のエピソードに絡んでくるのが、『みだれ髪』という疫病神で有名な雌の白馬。ついにこの馬を手なずけたシュマリでしたが、これが危険な眠り病(日本脳炎)である事から起こるピンチも同時に描かれています。

それから十年ちょっと経ち…どんどん開発、いや開拓されていく北海道でしたが、シュマリはあの戦いの後は山にこもり、たまに下山して毛皮を売って生計を立てていました。
そんな時に、結局はシュマリの心を占領している元妻の妙と再会。妙は郡書記官の華本男爵と結婚して貧乏暮らしは脱却しているのですが、無理強いされる別世界の習慣になじむ事が出来ずに苦しんでいるし、華本男爵も日本では貴族出身で自尊心が強い人なのにアメリカではジャップ、黄色い日本ザル、チビの劣等人種と嘲笑や差別を受けたのがトラウマになり、『しばしば狂気におちいる』ようになっています。そして不幸が起こる。

その後もいくつかの見所がありますが…とにかく太財弥七も倒れ、シュマリは北海道の地から消えます。
そして時は1895年、首麻里善太郎と名乗って立派な若者になっているポン・ションは日清戦争のため徴兵された先の朝鮮で、偶然にもシュマリと再会するのです。
最後まで生き残っているシュマリと峯は、きっといつか再会するであろう事を暗示して作品は終了します。
あとがきで手塚治虫先生自らが『アイヌ民族問題は、一朝一夕に理解できるほど簡単なものではなく、また漫画に取り上げられるような問題でもないことがわかった』とか、『中心テーマが骨抜きになった「シュマリ」は、その仰々しさのわりに、なんだか捉えどころのない、芯の抜けた焼きリンゴのような作品になってしまいました』などと、失敗宣言みたいなのをしているのですね。
テーマ云々でいえば確かに甘い部分は見受けられるのですが、それでも数々の名シーンと共にシュマリの生き様は楽しく賞賛したいし、北海道開拓の歴史とアイヌ民族をほんの少しでも勉強出来る貴重な作品なのでした。


おれは……おれは……なんでこんな ザコをあいてに戦わなければならねえんだ…………
おれがほんとうに斬りてえのは………………
うしろにいて てめえたちをあやつってるやつだっ!!
出てこい!この北海道をてめえたちの かってにはさせねえぞっ!!
出てこい!!卑怯者めら!!



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  1. 2015/02/26(木) 23:59:56|
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BRUCEです。あだ名は大悟(DieGo)です。
大悟…つまり悟りを開くに至る道程にある事を表し、かつ神の映画「ドラゴンへの道」から頂いてのブログタイトル。同名の秘密結社も運営しています。

名作漫画紹介の形を借りて、自分の記録用に使っています。

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