大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)

名作漫画の紹介 ・・・個人的な旅の記録

手塚治虫(49) 「アドルフに告ぐ」

手塚治虫作品より、「アドルフに告ぐ」(文藝春秋刊)。
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初出は1983年から1985年までの週刊文春なので手塚治虫作品としては後期にあたり、漫画主体でない週刊誌にて長期連載したのですね。単行本は、恐らくは一番出回っている文春コミックスで全5巻。
どこの図書館でも置いてる漫画としても、中沢啓治先生の「はだしのゲン」に次ぐ多さじゃないでしょうか。かくいう私も町の図書館に置いてあったおかげでかなり若い時に読めて、確か小学校の高学年だったと思いますが…まだ子供ながらに、本作の綿密な構成力や伏線の回収など、設定の凄さに驚いて感激したものです。
そのように不特定多数の目に触れる図書館で置いてある漫画のわりには、殺人にレイプに人種差別、拷問に陰謀等々と、人間の持つ負の側面がしっかり描かれたダークな内容ではありますが…それでもこれは広く読まれるべき名作だと識者が判断したのでしょう。
残念ながらゲンと同様に本作でも、日本軍の蛮行として何千何万もの一般市民を串刺しや試し斬りで惨殺していったとか、証拠も無い左翼の宣伝を事実のように決め付けるている描写があるので、そこが利用されただけだったら悲しいですが。

物語は第二次世界大戦前に始まり、狂言回しの日本人…ほとんど主役と言ってもいい峠草平がとして加わり、タイトルにある『アドルフ』の名を持つ三人を描いた作品。
現実の歴史と共に架空の人物を絡めて進む形式の物語なので、となると当然そのうち一人は世界一有名なアドルフ、つまりアドルフ・ヒットラー。ただしヒトラーは中心にはほとんど出てこなくて、主となるのはアドルフ・カウフマンと、アドルフ・カミル。手塚先生が創作した人物で、当初は日本の神戸に住む少年。
カウフマンはドイツ人外交官でナチス党員の父と日本人の母・由季江の間に生まれた子で、カミルは亡命して神戸に来たユダヤ人の両親を持つパン屋の子…二人は親友ですが、このナチスとユダヤ人、そしてこの時代では当然事件が起こるわけです。

作中一番のキーとなる一つの大きな秘密が、『ヒットラー総統はユダヤ人』だというもの。
強固な反ユダヤ主義を唱え、『ユダヤ人を地上から抹殺することが優れた人類社会を築く原則だ』などと演説し、もちろん本気で信じていたヒットラーがまさか…!?
その証拠となる機密文書は冒頭で峠草平の弟・勲がベルリンで入手したためにゲシュタポに殺されたのですが、それが日本に渡ったためにそれを巡って様々な事が起こるのです。

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成長したカウフマンはドイツのアドルフ・ヒットラー・シューレ(AHS)…つまりヒットラー学校へ入れられてナチ党の思想を叩き込まれ、ヒットラー・ユーゲント パトロール隊に編入されてユダヤ人の家や住人にマークを付け、さらには破壊や処刑までしています。そこでユダヤ商人の娘であるエリザ・ゲルトハイマーに一目ぼれするのは、日本育ちだからでしょうか。その後、日本へ亡命させます。
一方のカミルは小学校の恩師である小城典子先生から例のナチスの機密文書を預かる事となります。
この小城先生は特高からアカの疑いをかけられて、女性ながら何度も拷問されたりして作中で一番酷い目に遭ってたんじゃないですかね。全然美人じゃない地味な顔立ちな所がまた健気さを誘いますが…小城先生の事は省略しましょう。
そしてますます、機密文書を巡った陰謀が激しさを増してきます。

ここで一つ特筆しておくと、ナチスの思想(ナチズム)は当時の同盟国の事ながら日本人には理解出来ない所が多いじゃないですか。これを読んだ当時の私も反ユダヤ主義どころか、何で人種差別する人がいるのか全く分からなかったのですが、本作で最初に教えてもらいましたね。
正しかは分からないまでも、とにかくアーリア人種とは正反対の最低であるユダヤ人はドイツ国内に堕落と退廃を持ち込み、スパイをやってドイツを敵国に売って破壊を狙うとか信じていたのです。しかもその攻撃手段は堂々たる戦いではなく、ウソと中傷という卑劣な武器で大きくなる悪魔だとか。あとは以前の第一次世界大戦を引き起こし、ドイツを混乱に陥れた黒幕だとも思われていたようだし、ユダヤ人を世界から抹殺するのが正義だと信じていたのです。
いずれも、あまり他民族の脅威にさらされる歴史を歩まなかった島国・日本とはかけはなれ過ぎている感覚ですね。

そのナチズムの洗礼を受けてカウフマンは何と、ドイツで巡り会ったユダヤ人の親友・カミルの父親をその手で撃ち殺したりして、もう引き返せない所へ行っちゃってますが…ある活躍がヒットラー総統の耳に入って何と、謁見して一緒に食事、それからヒットラーの秘書に取り立てられて近くで仕えるのです。
その際にヒットラーのいい所を少しだけ見て、そして彼を精神異常者じゃないのかと疑わざるを得ない場面にも多々遭遇します!
カウフマンが秘書の見習いになってすぐに日本のママに宛てた手紙の中では、『総統は偉大すぎます あの方は世界最大の革命家で…偉人で天才で…近寄りにくい所があります』等々と書いてますね。恋人のエヴァ・ブラウンの事も普通に手紙で書いてますが、いいんですかね。彼女の存在はドイツ国民も大戦が終わるまで知らなかったと言われています。
それからカウフマンの手引きで無事に亡命して日本の神戸に到着したエリザは、同じユダヤ人のカミル一家が世話する事になります。そしてすぐにカミルとエリザは惹かれあうようになり、それが元で後にカウフマンとカミルの間にも確執が生まれる、と。

あとは細かい事は省略しますが本多大佐や息子の芳男、仁川三重子の事などドラマチックに話は進み、現実の歴史方面でもゾルゲ事件も発覚して、アメリカは日本人資産の凍結と石油の対日輸出禁止していわば兵糧攻めにし、日本を戦争に突き進めるよう操作しています。
それでいよいよ、1941年12月の歴史的な真珠湾攻撃です。ちなみにここでは真珠湾攻撃に関してはいわゆる陰謀説が採用されていて、つまりアメリカに日本の動きが全て察知されていたので、真珠湾はあえて奇襲攻撃をさせるためおとりの艦船をルーズベルトの命令で置いていた事になっています。
それを言ったら物語の核であるヒットラーのユダヤ人説もそうだし、議論されてる余地がある…真偽が定かでない謎の部分を、確証は無くともどれか使わなくては作品として成立しないのでしょう。

そのうちに峠草平とカウフマンの母・由季江が惹かれ合い、神戸のカウフマン宅で"ドイツ料理店ズッペ"をオープン。後に二人は再婚するのですが、そこに今やナチスに忠誠を誓って反逆者を狩りまくったので中尉にまで出世している息子、アドルフ・カウフマンが日本に帰ってきます。
しかもその目的は例のヒットラーの秘密文書を持っている峠草平だったのですが、まさか自分の義父になっているとは何という運命のいたずらででしょう。

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かつて親友だった2人のアドルフ少年…もう青年になっていますが、歴史の流れの犠牲となった彼らは神戸で劇的な再会を果たすも、かつてのような立場ではない。やはりナチスとユダヤ人、しかも2人共が愛するエリザをカウフマンが犯すに至り、もはや憎み合い殺し合う関係になってしまいました。

彼らは知りませんが、カウフマンが日本に帰った1945年(昭和20年)は終戦の年。アメリカ軍の爆撃機が日本本土を飛び回るようになり、一般市民達を無差別に虐殺しまくっています。
神戸も当然空襲を受けて、カミル家のパン屋"ブレーメン"は壊された上に母親も殺されてしまいました。アドルフ・カミルは叫ぶ、
『アメ公!! おまえらン中にもユダヤ人がおるやろ おったら聞け!! ようも同じユダヤ人を殺したな 最後に地獄の火で焼かれるのは おまえらやぞッ』
と。

もはや枢軸国の運命は風前の灯。
ナチスの最後も描かれますが、世界史における重要事項でもあるアドルフ・ヒットラー総統の最後に何と手塚治虫先生は脚色を加えていて、手塚スターシステムでおなじみのあのキャラが殺した事になっています!まぁこれはご愛嬌で、ちゃんと自殺に見せかけているので変化ないのですが。
「はだしのゲン」のようにページ数はかけずに淡白に終わっているものの、日本も連日爆撃されまくって国民が的にされて焼き尽くされている描写もあります。峠草平は崩れたカウフマン邸から由季江を救い出しましたが、隣人の焼死体を見て『お…となりの奥さん! よく焼けたなあ…』とか言ってますね。

物語の登場人物達を散々翻弄し殺してきたヒットラーの秘密文書は絶妙なタイミングでただの紙切れとなり、世界史上でも人類が犯した最大の罪業でしょう…アメリカ軍は日本へ原子爆弾を投下!
中心的に描かれた日本やドイツはもちろん敗戦国としての戦後が待っているのですが、全36章からなる本作の最後の2章はパレスチナに舞台を移します。パレスチナといえばナチス崩壊後にユダヤ人難民達が自分達の祖国だとしてイスラエル共和国を建国した地…そしてその地には既にアラブ人という全く異なる民族がいたために、これから長い長い紛争が始まる。
それは歴史の通りでご存知でしょうが、ここで問題はまだ生き残っている2人のアドルフ。アドルフ・カウフマンはナチの残党狩りから逃れてパレスチナ解放戦線に加わり、アドルフ・カミルはイスラエル側の将校になっていて、お互いが肉親を殺された憎しみを持って最終決着の場に向かうのです!

…三人のアドルフは全員死んで最後に峠草平が残っている事は、実はオープニングの時点でも分かっています。彼らの劇的な最後を見届けると、エンディングで1巻冒頭の墓参りに戻る構成でした。
今回はこれでも短めにまとめまたので書き足りない所も多いのですが、改めて「アドルフに告ぐ」は凄い作品だと思います。実は一度、この人物の背景にはこの生い立ちがあって云々とか心理描写がどうとか峠草平のロマンスについてとか、細かく書いたのを全部削除しました。作品が凄すぎるので、私のつたない文章で表現出来るわけもなく余計な事は書かなくていいな、と。

作中ずっとナチスの非道な迫害を受けてきた可哀相な被害者としてのユダヤ人が、戦後はパレスチナで『今じゃナチス以上に残虐行為をくり返し』ている事を書いているのもさすがです。『ユダヤ兵は笑いながら一人一人女を撃ち殺していったそうだ』とかね。ナチス残党狩りについても有名ですが、彼らも決してよく流されるイメージのような弱者ではない。

最後にタイトルの『アドルフに告ぐ』ですが、この言葉はラスト近くなってようやく2回出てきます。
まずはカウフマンがカミルとの最終決戦を呼びかけるビラで。2回目は、峠草平が執筆している彼らの思い出についての本のタイトルとして。その本で、『正義ってものの正体』を考えてもらいたいと。


たいがいの人間はいいヤツなんだよ 南洋の土人だってつきあってみると なかなか話せるっていうじゃないか
どの人種が劣等だとか どの民族が高級だとか…
あおりたてるのは ほんのわずかなひとにぎりのオエライさんさ…



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  1. 2015/03/06(金) 23:59:21|
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BRUCEです。あだ名は大悟(DieGo)です。
大悟…つまり悟りを開くに至る道程にある事を表し、かつ神の映画「ドラゴンへの道」から頂いてのブログタイトル。同名の秘密結社も運営しています。

名作漫画紹介の形を借りて、自分の記録用に使っています。

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