大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)

名作漫画の紹介 ・・・個人的な旅の記録

藤子不二雄(64) 「藤子不二雄異色短編集」

藤子不二雄作品から短編集紹介で続けて、今回は「藤子不二雄異色短編集」(小学館刊)。
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1977年から1987年までにゴールデン・コミックスで全6巻にて上梓された、今で言う藤子・F・不二雄側の短編集です。
前回『ココ』で紹介した、てんとう虫コミックスの「藤子不二雄少年SF短編集」によって小学生時代から藤子不二雄先生は短編がメチャクチャ面白い漫画家であると認識はしていましたが、今回のゴールデン・コミックスの「藤子不二雄異色短編集」で10代後半くらいの頃に度肝を抜かれたといった感じでしょうか。
こちらはビッグコミックS-Fマガジンで掲載された作品が中心と、より大人向け雑誌で発表された異色短編を収録しています。当然内容も大人向けになるとブラックなネタにシュールなネタ、風刺的でメッセージ色も強くなっているし、表紙画を随分前に紹介した短編集「超兵器ガ壱號」と同じく福田隆義(1巻だけ神田隆義と誤植しています)が手がけているのも、児童漫画家のイメージから遠ざける役割をしています。もちろん収録されている藤子漫画の内容とリンクした、素晴らしいイラストです。
後に異色短編集は繰り返し出版される事となりますが、ほとんどがこの本で単行本初収録になったのです。

第1巻・第1話目は1977年の「オヤジ・ロック」
日本の家庭から失われた『権威あるオヤジ』の代用品を売るセールスマンと時間旅行出来るタイム・トラベルトを売るセールスマンが手を組むと…日本人の国民性まで描きつつ、お得意のタイムパラドックスを扱った見事なユーモア短編。

1970年の「じじぬき」
家族のために骨身に働いてきたのに、歳をとって息子夫婦や孫達に邪魔者扱いされている老人が主人公。ようやく死んで天国へ行きますが、下界テレビにて家族を見ると恋しくなり、生き返るのですが…
楳図かずお先生の「アゲイン」以前に描かれた老人問題漫画の傑作。
常に人間が死んだらどうなるかばかり考えている私にとって本作における天国、つまり霊界の描写も興味深いし、スター・システムで孫娘として「パーマン」のガン子が出ているのも嬉しい。

1972年の「自分会議」
自分史の重要事項となったある事件をどうすれば良いのか、過去のみに行けるタイムマシンで将来の自分が続々と集まってきて言い争うが…やはり藤子F先生はタイムパラドックス物の名手。

1974年の「間引き」
コインロッカー・ベイビーズな1970年代、人口爆発と同時に親が子に対する愛情を失っていき、大した理由なき殺人事件が増大していた社会問題を受け、それを疫病・飢饉・戦争が激減した時代の人口調節であり自然の摂理であるとする記者の木地角三…つまりは作者・藤子F先生による仮説が興味深い。

1975年の「3万3千平米」
広い土地とマイホームに憧れる主人公の前に、奇妙な男が現れてある話を持ちかける…
多くのサラリーマンと同じく、30年働いて24坪の土地を持つのがやっとな男に降ってきた楽しい夢の話か。

1973年の「劇画・オバQ」
あの「オバケのQ太郎」の15年後という後日譚にしてエピローグとなった物語。
あのオバQをまさかのリアルな劇画タッチで描いた絵柄も素晴らしいのですが、正ちゃんこと大原正太や、ゴジラにキザオにハカセによっちゃんら、おなじみメンバーも当然ながら大人になっていた(「ドラえもん」にも出てたあの神成さんがは亡くなっているそうです)。そこにあの時のままのQちゃんが帰ってきたらどうなるか。ギャグ漫画が元ネタですが笑えない…大人になる事の寂しさを描いた、辛く哀しすぎる作品。 しかし何度読んでも、凄い人間観察の視点を持った大傑作。

1970年の「ドジ田ドジ郎の幸運」
ツキに見放されている男・ドジ田ドジ郎が、なるロボットと出会って恩人となった事から『偶然』を操作してもらってバカヅキになる話。例えば、満員電車でも偶然誰も座ろうと思わなかった席が目の前に来て、座れば目の前に立っている美女が押されて顔に乳が押し付けられる、等。
ちなみに偶然係長のゴンスケサンは、「21エモン」からスター・システムで登場したゴンスケ!

1976年の「T・Mは絶対に」
現代の技術では可能なのに絶対に完成しないタイムマシン、その理由を描いたブラックユーモア作品。

1969年の「ミノタウロスの皿」
実はこれこそが藤子F先生にとって初の大人向け短編、そして最高傑作レベルの有名作品。この作品が成功した事で、以降の大人向け漫画を描き続けるきっかけになったわけですね。
主人公の地球人・オレは、宇宙船が故障して不時着したイノックス星でミノアという美女に助けられて仲良くなるのですが、この星には恐ろしい習慣があった…
ちなみにオレは「21エモン」からスター・システムで登場した21エモン!念願だった宇宙パイロットになった後の姿でしょうか。


第2巻に進み、1976年の「一千年後の再会」。これは初出誌が奇想天外
冒頭で『盲亀浮木』の諺が説明され、それ以上に凄い偶然を、壮大な宇宙と時間をまたにかけた奇蹟の物語が描かれます。SF雑誌で描き下ろしたからでもあるのでしょう、ウラシマ効果などを使ったいかにもSFらしい作品でもあります。

1971年の「ヒョンヒョロ」
藤子F先生渾身のメチャクチャ可愛い絵柄で描く、ダークな物語。幼いマーちゃんの言う常識外れの事を信じようとしない大人・両親は、目の前に姿を現した人の言葉を話す大ウサギ型の生物を見てすらもその存在を信じようとしない…
家族の食卓に上がりこんで一緒に座ってマーちゃんと話しているのに、それを大人脳で子供のひとりごとだと変換して『しらないひとがきいたら気ちがいかと思うよ』とか言って注意するしまつ。さらには『ぼくの家系に精神病の血統はないんだけどな』とか言っちゃって自分の頭より子供の方を心配して、あくまで理性のある誠実な人間はこんな幻覚にとらわれたらいけないということか、見えても否定するんですね。ここら辺はまぁギャグ漫画的でしたが、大ウサギがしつこく『ヒョンヒョロ』を要求して脅迫を続けてくると雲行きが怪しくなり、そしてオチで恐怖漫画だった事が判明する見事な構成。

1972年の「わが子・スーパーマン」
前に紹介した事がある「中年スーパーマン左江内氏」と同様に突如スーパーマン能力を得た人の事を描いているのですが、本作でその力を得るのは、何と小学生のタダシ。まぁ「パーマン」の須羽ミツ夫も小学生ですが、こちらはさらに幼く『正義感』を持っているからこそ正義だと信じて大変な事をやらかしてしまうのです。怖い…いや本当に現実世界でも、しかも大人でも自分の主義主張を正しいと信じて疑わず行動している者であふれていますからね。

1974年の「コロリころげた木の根っ子」
怖い作品が続きます。家庭内で横暴に振る舞い女房を飼いならしている小説家ですが、その女房にもある考えがあった…
作品を読むと北原白秋の「待ちぼうけ」より一節使ったタイトルの意味も分かります。

1973年の「ミラクルマン」
密かに天上の神によって願いを実現させる奇跡の力を与えられた男、つまりミラクルマンが、人間的な合理主義が邪魔をして自分でもその力を信じなくなる話。「ヒョンヒョロ」の両親と同じく、理屈で説明できない事はありえない事としてしまう現代人を批判しているのだと思います。

1976年の「大予言」
凄すぎる…親が子に薦められる国民的いい子漫画「ドラえもん」の作者が、こんな絶望的な話を描いている事もちゃんと知るべき。
タロット占いで有名だった先生が未来の恐るべき事を予知してノイローゼになったらしいというので訪ねたノストラタンマが、先生が恐れている事は予知でも何でもなく、世界中の皆が知っているくせに騒ぎもしなければ対策もないまま耳を塞いでいる事象ばかりだと知る。つまりエネルギー危機や汚染に地震、人口爆発や飢饉に核兵器等々で、社会派マンガなこの短い話を締めくくるラストの一コマが凄い。
これは映画ファンなら思い出さずにはいられないのが、このずっと前の1955年に発表された黒澤明監督・三船敏郎主演のあの名作「生き物の記録」ではないでしょうか。軽く世界中の人類を滅亡させる量の核兵器が存在していながら核の恐怖から行動する事は暴走・被害妄想とされて精神病者扱いされ、現実の問題を見ぬふりをして笑っている世間の奴ら…テーマは驚くほど似ています。

1976年の「老雄大いに語る」
宇宙局長まで登りつめた老宇宙飛行士が、自ら命がけの大冒険に志願した…その理由が爆笑モノです。

1976年の「光陰」
歳を取れば取るほど時間の流れが早く加速してるのを誰もが感じていると思いますが、その感覚を用いて描いた作品。

1976年の「幸運児」
『キリ番』ってやたら気にする人がいますが、その感覚を用いて描いた作品。暗い取っ掛かりですが、読んで幸せな気分になります。

1974年の「やすらぎの館」
大企業の社長が権力闘争や部下の乗っ取り計画に遭い、さらに自分は癌ではないかと思う…しかしそこは主題ではなく、こういったお偉いさんが童心に返れる、会員制クラブの『やすらぎの館』を紹介されると!?
藤子F先生の『SF(すこし・ふしぎ)』ネタはいつもよく思い付く物だと感心しますが、意外とこれこそが現実化したら需要がありそうな気もします。

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第3巻は、1973年の「定年退食」
国民の高齢化が進む近未来の社会で食料不足等の問題が深刻になりすぎ、政府はついに高齢者に対する国家の保障を打ち切る…
↑の「じじぬき」と並ぶ老人問題漫画の傑作で、一見明るい作風で描かれる暗い未来が見事。

1977年の「宇宙人レポート サンプルAとB」
これは別冊問題小説なる雑誌の夏期特別号で掲載されており、この異色短編集の中でも異色作。何と作画を少女漫画絵の小森麻美先生(誰!?)に依頼しており、つまり藤子F先生は原作者としての参加です。
タイトル通り宇宙人が地球を見つけ、そこに住む生命体である人類をレポートするのですが、サンプルする個体として選ばれた者をAとBとして追うのですが…この人達、「ロミオとジュリエット」じゃないですか!
地球人より高度な知能を持った外部の生命体から客観的で学術的に見るレポートが非常に面白く、また男女の性器とそれが結合する様を描いているのも特筆すべき所。これは子供が見たらセックスってこうやるんだと学べる事になりますね。で、有名なシェイクスピアのこの物語に宇宙人が手を加えたオチが待っています。
余談ながらこの作品と共に、戸川純率いるヤプーズに「サンプルA」という名曲があったのを思い出しました。

1973年の「休日のガンマン」
西部の荒野を舞台に活躍する男…それはただの現代サラリーマン、ジェシイ・ジェイムズを名乗るが本名は鈴木!当時は日本でも人気が高かった西部劇のガンマンになりきれるのは、今で言うテーマパークの『ウエスタン・ランド』。ここで過ごす人々が日常生活での人間関係を持ち込まれたりとコミカルに描いた作品。
でもこれって、アメリカのネバダ州に全く同じコンセプトのカウボーイ村が実在するんじゃなかったでしたっけ。それで自分の持つ映像ライブラリから確認しましたよ、思い出しながら探したグァルティエロ・ ヤコペッティ監督の「世界女族物語」で!ヤコペッティ映画なので本当かどうかは微妙なのと、ウエスタンのブームはとっくに去った現在は無い可能性は高いと思いますが、1962年公開のこの映画では『ツインレーク・ロッジ』なるテーマパークが撮影されていました!

1975年の「分岐点」
誰しもあの時にこちらを選んでいればという分岐点はあったと思いますが、本作の主人公は満たされない生活を過去に嫁の選択を誤ったからと認識し、『やりなおしコンサルタント』の男と出会った事でその分岐点に戻らせて貰うが…
オチも良いしパラレルワールドの描き方も見事で、好きな作品です。あまり真面目な人が読むと、結婚は地獄(所謂、人生の墓場)と思い込んでしまいそうな作品ですけどね。

1972年の「換身」
換身(かんしん)、つまり藤子F先生が何度も描いている体の入れ替え話ですが、ファンにとっては「パーマン」でおなじみ(既に紹介した短編「倍速」にもでています)のマッドサイエンティスト・魔土災炎が登場するだけで嬉しく思うのではないでしょうか。
『学会からは きちがいとかペテン師とかいわれてきたが、暴力団の親分をだますほど命しらずじゃないわい。』
と言う奴、魔土災炎の薬で無理矢理に親分と体の入れ替えさせられた若者・海野五郎が体を取り戻そうと奮闘する話…ですが、なかなか変態的なオチが付いています。でも想像すると、それも面白いかも。

1972年の「気楽に殺ろうよ」
我々の生活から『常識』が一部入れ替わってしまった世界に紛れ込んだ人間の話…これも上手い!細かい設定は書かずにおきますが、狂気のパラレルワールドを描いた傑作。

1976年の「ウルトラ・スーパー・デラックスマン」
これは藤子作品を代表するスター・システムのキャラ、藤子・F・不二雄作品と藤子不二雄Ⓐ作品の垣根を越えて出てくる天然パーマでラーメン大好きな小池さんですが、本作では名前が句楽兼人と変えられています。もちろん、「スーパーマン」の人間名であるクラーク・ケントを日本名化したものですね。ギャグで使われる事の多い彼が主人公ですが、あの顔をブラックすぎるこの短編で採用しているのが凄い。
ただのサラリーマンだった彼が強すぎる正義感から超人能力に目覚め、正義の味方ウルトラ・スーパー・デラックスマンとしてこの世の悪を根絶するほどの活躍を見せるのですが、残ったのは『正義』の名の元に力を振るう最大の『悪』でした…うん、正義なんてこの世にあるのか分かりませんが、そこに疑問を投げかける作品で↑の「わが子・スーパーマン」と同テーマと言えます。
結局、この不死身の怪物を始末したのは何だったのか!?H・G・ウェルズ作のSF小説不朽の名作「宇宙戦争」的なオチだったとだけ書いておきましょう。
実は本作は過去作品のリメイク物でもあり、元になった作品は1970年の「カイケツ小池さん」。これは私が20代の頃なんか容易に読めないレア作品でしたが、藤子F先生のSF短編、実に112話を全8巻で完全収録した「藤子・F・不二雄SF短編PERFECT版」の1巻に収録されたので、現在は簡単に読む事が出来ます。


第4巻は、まず1974年の「箱舟はいっぱい」
カレー彗星の地球に接近に伴い人類滅亡説が囁かれる中、生き残りたい人間達と各国政府は…一ひねりあるオチを用意したSFで、現在は特に政府の公式発表とか信じない人が増えているからより面白いのではないですかね。時代の流れに風化されない藤子作品は、さらにどこか予言的である。

1973年の「権敷無妾付き」
要は若い女性で幸せを与えて見返りに儲けたいセカンドワイフの斡旋業者と、カタブツな朴念仁のやり取りを描いた作品。マジメ部長の精神の揺らぎを見て、読者はどう思うか…これこそ大人向け漫画。

1973年の「イヤなイヤなイヤな奴」
宇宙船内で長時間を限られた空間とメンバーで過ごす時代、共同生活を送るのに必要な人材とは…確かに、こいつだろう!

1975年の「どことなくなんとなく」
主人公が持つのは、まぁデカルトの哲学を例に出すまでもなく多分みなさんが持っている意識の問題。この世界は自分が中心で死ねば終わるんじゃないかとか、自分の妄想なんじゃないかとか…そんな思いを描いた作品ですが、ここでは本当に地球が終末を迎えて、というもの。

1977年の「カンビュセスの籤」。これも「宇宙人レポート サンプルAとB」と同じ別冊問題小説が初出。
紀元前500年代にペルシア王カンビュセス軍の兵士だった男が、クジで仲間に喰われる役が当たってしまったため逃亡し、追っ手を撒くとそこはタイム・トンネル効果でやってきた23万年後の地球でした。そこは終末戦争後で世界で、最後の最後に生き残っていた女と出会うのですが、ここでまたも当たった相手を喰ってどちらかが生き残るためのクジをひく事になるのでした…
全ての生命体の目的は種の存続だけだという真理から、この選択は絶対に正しいと信じて疑わない最後の人類を描いて生きる意味を問うた名作。

1976年の「俺と俺と俺」。何と初出誌があのGOROで、藤子漫画史でも唯一の事であります。
突如自宅に訪ねて来た男(また同時に自宅へ帰った男)は、自分だった…全く同じ自分がもう一人、そしてもう一人。この現象を受け入れ、幸せな結論を導き出す話でした。ちなみに男は、新潟県三島郡寺泊町の出身。

1974年の「ノスタル爺」
本作の主人公・浦島太吉は、日本敗戦で迎えた戦後の30年をジャングルに潜伏した後に里帰りしてきた最後の日本兵。といえば当然横井庄一さんや小野田寛郎さんのエピソードをモデルにしたのだと思いますが、その名の通り浦島太郎状態の太吉の故郷・立宮村はダムの底に沈んでいた。
若き日の思い出に浸っていると、土蔵に閉じ込められていた『気ぶりの爺さま』の事も思い出す…
これはもう藤子漫画でというより、日本の漫画史上有数の名作短編でしょう。しかし藤子F先生は大人向きシリアス物でそのような評価がされにくい、この点では「ドラえもん」の作者である事が足を引っ張っているのかもしれません。

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第5巻は、1982年の「タイムマシンを作ろう」から。
タイムマシンを発明した未来の自分が会いに来て、今すぐそのタイムマシンを作るように示唆してくるのですが、その理由とは…友情というものを考えさせるコミカルな物語。

1981年の「タイムカメラ」
未来から来たセールスマンのヨドバが現代で困る事態に陥り、持っていた商品である未来のカメラを現代人(ヨドバにとっては過去人)に販売する短編ですが、これはシリーズ化されていくつもの作品登場するようになり、果ては実写ドラマ化もされています。
その最初の作品が本作ですが、今回売るタイトルの品は『時間をあわせるだけで写るバカチョン高級機』という事で、時間を合わせた過去の光景を撮る事が出来る物。「ドラえもん」のひみつ道具と同じようなもんですけどね、それを利用するシチュエーションは大人向けそのもの。
ほとんど自分が主人公としては登場しない未来人のヨドバ、つまりヨドバ氏…ええ、ヨドバシカメラが名前の由来になっています。その後のシリーズ数話は内容説明を省略しますが、
1981年の「ミニチュア製造カメラ」「値ぶみカメラ」「同録スチール」
1982年の「夢カメラ」「懐古の客」「コラージュ・カメラ」「四海鏡」
1983年の「丑の刻禍冥羅(カメラ)」
が、この短編集の5・6巻で収録されています。

1978年の「あのバカは荒野をめざす」
御曹司に生れて恵まれた境遇だったのに若気の至りでバーの女給と恋に落ちたため、その後は落ちぶれる道を進む事になったおじさんが、あのバカ、つまり過去の自分に会いに行ってその道を進まないように説得するのですが、逆にある事を教えられる…
お得意のタイムトラベルを道具に使って描いた、熱い人間ドラマの傑作ですね。

1980年の「クレオパトラだぞ」
現世ではただのさえない男が、自分はあのクレオパトラの生まれ変わりだと気付くのですが…
絵柄などはギャグタッチで描かれているのですが、自殺して来世はアレでって暗すぎるオチです。ブラックな輪廻転生モノ。

1976年の「女には売るものがある」
男がストリートで娼婦を買いラブホテルへ…ただの売春風景かと思いきや、あるオチが待っているSF作品でした。

1978年の「並平家の一日」。これは初出誌がSFファンタジア 風刺編という、全然知らない雑誌。
日本人の平均化、画一化は以前から指摘されていたものの、度が過ぎるほどピッタリ平均な一般庶民家庭・並平家を見つけた企業がある調査に利用する。平凡もここまでくると凄い利用価値がある、と。


第6巻は、1982年の「親子とりかえばや」から。
世代間ギャップで相互に相手を理解出来ないでいる親子、この二人の身体が入れ替わる珍事を描いた作品。男と女で入れ替わってドキドキとかはありがちですが、これは男同士、しかも親子でだから気持ち悪い(笑)
しかし結果的に全て上手くいくハッピーエンド物。やはり、同年に大林宣彦監督が映画化した「転校生」がインスパイア元ですかね。

1979年の「パラレル同窓会」
金持ちになって安泰、人生ゲームの勝利者という部類の高根望彦社長だが、どこか一つ満たされぬ思いがあった…
そんな折に、手紙で『パラレル同窓会』の案内が届いた。それが『あの時こうしていれば』の選択で枝分かれしていった自分達が一堂に会する、つまりパラレルワールドの自分達との同窓会。一生に一度、亡くなった者や来たがらない者以外は全員が集まるというのだから、楽しそうですね。社長になって成功している主人公以外は、まぁ色々いますがテロリストや死刑囚になっている自分までいます。もちろん全員が素質は同じなのだから、いつ何かのきっかけで殺人鬼になるか分からなかったわけです。
社長の主人公はただ満たされぬ思いの原因だった、作家になった自分と世界を交換するのですが!?
ちなみに、パラレルワールドと接触する時はミシミシ、パキパキと硬い膜がひび割れる音がします。

1980年の「かわい子くん」。これはマンガ少年が初出です。
主人公が顔もいけてなくて劣等感のかたまりみたいな浪人生で、名前は何と茂手内。道ですれ違う凄い美人な女学生に思いを寄せますが、どうにもなるわけがない。そんな時に、同じアパートへ引っ越してきた松戸彩子がパプアニューギニアで魔法医(ウィッチドクター)から貰った秘伝の貴重薬で茂手内を世界一のかわい子ちゃん…いやかわい子くんにしてくれるのです。
彩子が説明してくれる『可愛さ』についての考察も興味深いし、物語の方は意外な形でのハッピーエンドを迎えます。

1982年の「ある日……」。これは初出誌がマンガ奇想天外
↑の「大予言」とテーマは似ていて、世界で凄い数の核ミサイルが存在している事に対する恐怖と人類の終末を、ある方法で描いています。

そしてこの全6巻、52編もの作品を収録したこの短編集を締めくくるのが…
1983年の「鉄人をひろったよ」
ある偶然から、かつて旧帝国陸軍が極秘裏に開発して今はCIA、KGB、モサドらが狙っているらしい巨大な鉄人を託された男。これが「鉄人28号」みたいに少年探偵の正太郎なんかではなく、ただの平凡なサラリーマン、それもかなり年配のさえないおっさんなんですよ。それが嬉しいですね。
私も含めてダメなおっさん達に、まだ鉄人をひろったりする夢を見てもいいと言ってくれているのでしょうか。超有名になった児童漫画の数々を描き続けて子供達に夢を与え続けた藤子F先生は、そんな漫画読んでたせいで現実を見ずに成長してヒーローになるどころか社会的にもダメな大人になった読者達へのフォローも忘れていないのです。
物語の方は、現実の現代社会において巨大ロボなんか必要ないという皮肉な答えを描くもの悲しいラストに仕上げています。


この「愛」なんてものは種の存続のための機能のひとつにすぎないんだね。
だから、これがじゃまになれば取っぱらってしまえということですよ。
自然の摂理というか大いなる宇宙意思が介入してきたんですよ。



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BRUCEです。あだ名は大悟(DieGo)です。
大悟…つまり悟りを開くに至る道程にある事を表し、かつ神の映画「ドラゴンへの道」から頂いてのブログタイトル。同名の秘密結社も運営しています。

名作漫画紹介の形を借りて、自分の記録用に使っています。

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