大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)

名作漫画の紹介 ・・・個人的な旅の記録

藤子不二雄(78) 「まんが道」 1

藤子不二雄作品から、今夜は「まんが道」(中央公論社刊)です。
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二人の藤子不二雄のうち、今でいうでいう藤子不二雄Ⓐ先生側の作品。
自分が何でこんなに藤子不二雄作品が好きなのかって色々理由はありますが、その一つとして確実にこの「まんが道」があるから、とは言えますね。本作とは思春期に出会って何度も何度も読み返した、愛しの作品です。
藤子不二雄Ⓐ先生の自伝的作品なので、当然漫画家を目指す若者達を描いており、これが『漫画家漫画』の金字塔のような傑作となりました。青春漫画としてあまりにも美しい傑作なので、特に漫画家を目指していない方でも関係なく楽しめると思います。

初出の連載は複数の雑誌にまたがっているのですが、まずは1970年から1972年までの週刊少年チャンピオン(秋田書店刊)。ここで「チャンピオンマンガ科」という漫画家入門の連載を始めたのですが、それが4ページあるうち後半の2ページ分だけ、この時はカタカナで「マンガ道」のタイトルでした。そう、当初はこんなオマケ漫画みたいな扱いで掲載していたのですね。
ちなみにもう1人の藤子不二雄、つまり藤子・F・不二雄側はライフワークにして1番の代表作になった「ドラえもん」もほぼ同時期に連載開始しています。
また同ジャンル、つまり『漫画家漫画』としてはこのブログで大昔に紹介した梶原一騎原作&川崎のぼる作画の「男の条件」「まんが道」より2年ほど前に登場している作品ながら、このジャンルのクラシックになる事は出来ませんでしたね...

週刊少年チャンピオン版、後に『あすなろ編』と名付けられた部分は急な打ち切りとなった内容で中途半端な部分で終わるのですが、そこから5年ほども経ってからの1977年、週刊少年キング(少年画報社刊)でついに続編の連載が開始されるのですね。時代が変わって藤子Ⓐ先生の絵もポップになり、チャンピオン版とキング版における絵の違いも比べると良いと思います。
内容も自伝的要素が強くなって人気を博すのですが、これも1982年に掲載誌が休刊したために未完で終わり...ここまでのキング版が単行本では『立志編』と『青雲編』となり、今回の画像で使っている藤子不二雄ランド(FFランド)版で全23巻になります。チャンピオン版のラストは初めての手塚治虫宅訪問の部分なのですが、キング版の最初にここは重要シーンだからか5年後の絵柄で描き直しています。この内容が重複している箇所を、FFランドの単行本だと両方収録しているのも素晴らしいです。
ちなみに最初に出た単行本はチャンピオン版が新入門百科シリーズの1冊として出た「漫画家修行 まんが道」(秋田書店刊)で全1巻、キング版がヒットコミックスの「まんが道」(少年画報社刊)で全19巻。やはり、両方が読めるFFランドの単行本が良いですよね。本編が終わった後に『藤子不二雄まんがスクール』も連載されていて、本作の内容にもピッタリだし。(もちろんさらに後には、FFランドの特徴でもある巻末マンガもあります)
さらに4年ほどの時が経ち、1986年から1988年にそのFFランドの巻末における新作連載でキング編の続きが始まるのですが、これは『春雷編』。「第二部 まんが道」として藤子不二雄ランドスペシャル(中央公論社刊)で全2巻にて単行本化もされています。ここになるともうは絵の違いが一目瞭然で、主人公2人のビジュアルすら初期の面影がありません。背の高さや頭の形に尖った口等々、変わっています。

現在では第二部までも含めて全て読める単行本も出ていて、それだと中公文庫(中央公論新社刊)版の全14巻が一般的によく普及しています。ただし私のお薦めはGAMANGA BOOKS(小学館クリエイティブ刊)版の全10巻。これは初収録のカラーページも多いし、貴重なインタビュー等を収録した決定版ですね。絶版の単行本でなく新刊で良いという方なら、これを買えば全てOKです。
私の場合は旧版も複数種揃えているというのに、GAMANGA BOOKS版は素晴らしい内容なのでまた買いましたが…購入者プレゼントなども用意されていて、例えば1巻に封入されていたのは藤子不二雄Ⓐ先生が手塚治虫先生の住む並木ハウスを訪れて撮った記念写真。昭和29年...2人共、メチャクチャ若いです。
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さらにさらにの続編!「愛…しりそめし頃に…」というのがビッグコミックオリジナル増刊(小学館刊)で読み切りにて1989年と1990年に掲載。またここで長い時間が空いて...1995年から2013年までは連載作品として続いたのですが、この藤子不二雄史上で最長連載作品となったシリーズもこれで完結。
単行本は「愛…しりそめし頃に… 満賀道雄の青春」のタイトルで全12巻。巻末に収録されている当時の貴重な資料とかも嬉しいのですが、これはまたいつかにするとして、今回と次回くらいまでかけて紹介するのは「第二部 まんが道」までにしておきましょう。

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2人の藤子不二雄の歴史書でもある本作は主人公も2人居る事になりますが、それでも描き手は藤子不二雄Ⓐ先生なので安孫子素雄...ここでは満賀道雄が中心。まんが好きで絵が得意ですが、チビで暗くて赤面恐怖症で当然ながらクラス内のヒエラルキー最下層。そんな彼が疎開先の富山県下新川郡の細野村(ここは実在するのかな?)で昭和20年の終戦を迎え、同じ富山県の高岡市にある小学校へ転校すると、そこで自分より漫画が上手い藤子・F・不二雄こと藤本弘...じゃない、才野茂に出会うのです。初期はフィクション部分も多かったのもあるし、後に実在する人物が実名で登場しまくる本作ですが、この主人公2人が本名でないのは特筆すべき所。
満賀は高岡古城公園で才野に『将来かならず まんが家になる』という夢を聞かされたり、彼の描いている物などを見せてもらって大いに触発され、意気投合するのでした。昭和21年には高岡中学校へ進学して記念に2人で84ページの同人誌(肉筆回覧誌)・マンガ少年を創刊。近所の30人以上の子供達という読者を獲得するのでした。
昭和24年、2人は県立高岡高校へ進学し、いつもの高岡古城公園の二つ山に行くと...『おれたちの場所』で先に寝ている奴がいます!そいつが顔にまんが本をかけていたので取ってみると、そこで読んだその本こそが2人の運命を決めた一冊のまんが単行本でした。そうです、となれば手塚治虫先生の「新宝島」(新寶島)ですよね。この歴史的名作とされる漫画は史実通りにいけば昭和22年の作品ですが、発表から2年も経ってから富山県という田舎に届いたのか?いや、作者の記憶違いとかもあるだろうしフィクションも交えた作品なのでその辺りの細かい部分は気にしない方が良いでしょう。
あとここで「新宝島」を持っていた人物、このデブは大阪から高岡高校へ転校してきた激河大介。彼もまんがを、いやリアル・まんが...後に劇画と呼ばれる作品を描いている男でした。となればモデルはご存知、さいとう・たかを先生でしょうね。当時の富山県で藤子先生がさいとう先生と会っていた事実は無いでしょうが、繰り返しこの「まんが道」も初期はフィクション要素が強かったのです。

手塚治虫という目標というのもおこがましい、神様の作品に出会った満賀はある日、高岡市内の本屋・書籍 文苑堂に行くと…ああ、この本屋は本作で繰り返し出てくるのですが、仲良くもなって満賀を『まんがくん』と呼ぶようになるそこのタコ顔な主人がですね、
『あー たしかあんただったね コガネ虫とかサナガ虫とかいう まんが家の本 さがしとったのは……
 そのナントカ虫ちゅうまんが家の新本が はいったよ』
と声をかけてくれました。
そうです夢にまで憧れた手塚治虫先生の新刊で、1948年の「ロストワールド 前世紀」ですね。大あわての大興奮しながらこれを入手した満賀と才野は神聖なる儀式のようにこの本のページをめくるのでした。その後、まだ見ぬ手塚先生の姿を想像して描いた似顔絵と共にファンレターを出したら、何と直筆のハガキで返事が来た!手塚キャラと共に、文字がぐるっと外から中心に近づくように書かれたハガキ、これは現存しており藤子ファンの間で現在でもメチャクチャ有名です。2人の喜ぶ様があまりにも可愛くて読者も嬉しく思いますが、高岡古城公園の二つ山でこのハガキに誓ったのが、『おれたちも まんが家に!! なろう』という事。ここで本格的に漫画家になる志を高めて、その後は人生をかけてまんが道を邁進するのです。

高岡新聞の募集に応えて別々に描いた4コマ漫画を応募したら、満賀と才野共に入選。写真入で新聞掲載されるのですが、これが2人の生まれて始めて印刷された作品になりました。
それからあの伝説の『漫画少年』が創刊されたのを文苑堂で入手し、これにも漫画作品を応募するのですが…今度は才野だけが入選して作品も掲載され、満賀は敗北感に敗北感に打ちのめされる。これで2人の間に格差や軋轢が生じるのか!?
確かに1度は溝が出来た2人の関係ですが、まぁある事から解決。こんなので別れてしまっては後の藤子不二雄も無いのだから、良かったですねぇ。
それから高岡市政新聞の佐輪剛介社長に依頼されて原稿を描く事になり、ここで高校生にして初の原稿料をもらうのですが、その中身は映画の招待券でしたが。しかもここの社長が2人の目の前で警察に逮捕されて、初めての連載の話は立ち消えになりました...
本当のデビュー作は、毎日小学生新聞(毎日新聞社刊)。手塚治虫先生の4コマ漫画連載「マァチャンの日記帳」が終了したのを機に後釜で自分達の作品「天使の玉ちゃん」を送りつけて連載され、今度こそきちんとした原稿料もゲットしたのです!
その貴重すぎるデビュー作もこの「まんが道」で見れれば良かったのですが、これは当時のオリジナルではなく藤子Ⓐ先生によるリメイクですね。よって幻の作品だった「天使の玉ちゃん」ですが、2012年に上梓された『藤子・F・不二雄大全集』版の「UTOPIA 最後の世界大戦」に併録されており、私もその全貌を見る事が出来ましたよ。そしたら、玉ちゃんの姿が全然違っていたのに驚きました。
満賀は自作が掲載された新聞を教室でわざと落として2人が本職の漫画家になったとクラスでも話題になるのですが、10回目以降は載らなくなり、あっけなく打ち切られてしまいました。

そして高校生活最後の夏、2人は大旅行を決心して兵庫県の宝塚にある手塚治虫先生の自宅まで行くのです。
その時に旅行カバンに詰め込んでいった物なども記述があるのですが、のりまきずしのおりづめだとか、おかし一箱とか、細かい。腹痛・頭痛のクスリまで持って行く用意周到さですが、実際に藤子Ⓐ先生がこれらの記録を日記に付けていたので、遠い昔の記憶でしょうが作品に活かす事が出来て本作が生まれたのだし、自身が体験した昭和史、そして手塚治虫史としても価値があって勉強になります。
『手塚治虫!!その人こそ、このふたりの少年にとっての"神"であった!いや!このふたりだけでなく、日本中のまんが少年たちにとっても神であった!』
というように、何度も神、神と崇めているのですが、現在では誰もが知る手塚先生の称号・漫画の神様というのはこの「まんが道」の影響が大きいと言われています。
その神、こと手塚先生とついに会えた満賀と才野。その緊張、喜び、感動の描写が可愛いのですが、この辺りがチャンピオン版とキング版で重要する部分。両者を比べる事にもなりますが、キング版なんて手塚先生を想う所と初めて会う所で、手塚先生の御尊顔の背景が宇宙の銀河です!
初対面は果たしますが、手塚先生が新作「ジャングル大帝」の執筆にかかっていたため忙しくて会話はほんの少しのみでしたが、その仕事場を見学させてもらって感激。またその間に「来るべき世界」の原稿を見せてもらうのですが、400ページ作品だったその作品の原稿が1000ページもある。つまり1000ページの中から凝縮して削ったからこそあの傑作が生まれたのだと...大天才の陰の努力を知りショックを受け、大いに触発された2人は他の旅程は捨ててすぐに高岡へ帰って漫画を描きまくる決心をします。その際、慌てて間に合わせて描いた「ユートピア」他で30枚の原稿を手塚先生に見せなくてよかったと反省し、列車の窓から原稿を投げ捨てるのでした。

本作はキング版に移行し、ページ数が増えたので満賀道雄の漫画を描く以外のエピソードも増えてきます。中学に入学したばかりの時に教師による心無い言葉でチビである事への劣等感に傷付き、体力の無さを笑い者にされ…だからこそ才野茂との登下校や2人で漫画の事を話したり描いたりする時間が救いだったのです。
一方の才野も、小学生時代からノッポとバカになれてクラスのボスに殴られたりしており、その悔しさは漫画を描く事で晴らしていたのです。
『おれたちには まんがってすばらしい武器がある!
 ケンカには負けても まんがを描けば だれにも負けはしないんだ!』

と意気投合する場面なんかは、毎度胸が熱くなります。
ちなみに運動オンチの満賀は弟の鉄郎とテニスボールで野球をする事だけが只1つのスポーツなのですが、かなり年下の弟よりも下手。そして、
『満賀道雄のいばれる相手は、弟の鉄郎だけだった……。』
というナレーションが悲しくも可笑しい。

この「まんが道」を語る上で、避けて通れないのはヒロインの存在。いや、もちろん恋愛だのがメインの作品ではないのでページ数は少ないし、いきなりフェイドアウトするキャラもいますが、印象的な女性は何人か登場します。
最初のヒロインといえば、やはり高岡高校の同級生・桜井涼子(後の版では何故か霧野涼子に名義変更されました)でしょう。彼女はクラスの女王的な目立つ存在の美少女であり、当然満賀とは対極にある存在なのですが、卒業間近になって急接近。最初は口を聞いてもらえただけで舞い上がっていましたが、徹夜して描いた桜井さんの似顔絵を渡そうとしてワクワクして学校へ行くと、他のイケメンと一緒に下校する彼女の姿を目の当たりにして初恋は消えてゆくのでした…
ああ、桜井涼子のエピソードはこれだけでは終わりません。普通なら、地味でモテない男をからかっただけという展開になるのでしょうが、桜井さんは恋愛対称にはなるわけもないながらも、一生をかけた夢を持つ男として満賀を尊敬していたのは確かなんですよね。それで漫画に関係するある事を薦めてくれたり、卒業試験前にはクラスのいけてるグループが酒飲んでる所にも連れてってくれて初めての酒とタバコを経験したりもするのです。満賀の応援団長になる宣言もありましたね。
でも...高岡大仏の所で桜井さんが知らない男とキスしている所を目撃した満賀は、それはショックを受けて泣いたりもして…おかげで、
『そや!おれの恋人はこれや!おれの恋人はまんがや!!』
と目覚めて机に向かう、本作屈指の名場面が生まれるきっかけにもなったのです。(たま~に、このように富山弁と思われる言葉も出てきます)
その後、桜井涼子は卒業直前にある理由から自殺してしまいます。満賀は古城公園で泣きまくり、それが『少年時代に別れをつげる涙』となるのですが…

ところで満賀が場違いな、いけてるグループの宴会に参加した件には後日談があり、その時に一緒にいた武藤四郎がある脅しをかけてお金を請求してきました。それは、学校全体の支配者で影の校長とまで言われる牙沢騎八に口止め料を払うという名目だったのですが、当の牙沢はそんな事を知らず、つまり武藤という小物が大物の名前を使って立ち回っていただけだったのですね。
この危機を回避するため奔走してくれたのは、牙沢と同じクラスの才野。
『悩みがあったらいえよ!おれとおまえは まんがだけの友だちじゃないはずだ!』
という名言が記憶に残ります。歳と共にますます涙腺が緩くなった私には、何十回と読んだ「まんが道」をこうして読み返しても落涙しちゃうシーンだらけですよ。

こういった学校内でイジメられたりの人間関係エピソードは抜群に面白いのですが、満賀と才野の2人、本題の漫画の方ではどうなっているか。
久しぶりの肉筆少年雑誌・少太陽を創刊し、また商業誌である漫画少年へ、それから稿料が出る大人向け雑誌に投稿したりしながら腕を磨いていくのですが、ある時に才野からの申し出で彼らは別々の漫画を描くのではなく2人で1つ、合作をする漫画家としてやっていこうと決めるのでした。
そして、これこそが藤子不二雄という世にも珍しい漫画家誕生の瞬間ですよね。2人で1つのペンネームでも原作と作画に分かれて作業する人達ならいくらでもいるでしょうが、2人が同じような絵柄で一緒に作業を進めて1つの作品を描くのだから...これは何十年も経った今にいたるも見当たらないレベルの珍しさであり、それが数々のドラマを生む事になるわけですね。
合作するとなったら、2人で使うペンネームも必要です。そこで彼らは1番の憧れの人(いや神か)、手塚先生の名前から手を足に換えて足塚、下の名前は2人の本名から1字ずつ取って『足塚茂道』に決定するのでした。
(これは現実世界の藤子不二雄も同じ流れで、最初は何と手塚不二雄名義で漫画を投稿していましたが、さすがに手塚は止めて足塚不二雄のペンネームで単行本まで出していますね)

それから後は漫画家としての道を突き進んで行けば良いだけなのですが、この時代の富山県という田舎で漫画家だなんて道が普通は許されるわけもない。
まして長男で学校を卒業したら家計を支えなくてはならない2人...満賀には地方新聞社ですが立山新聞の代表取締役社長である鍋河大策という伯父がいて、卒業後はその新聞社に入るように命じられるのでした。あの時の誓い通り、プロの漫画家を目指して突っ走る才野との温度差が生じる事になってしまいますが...
彼らはプロの漫画家になれるのか!?

まぁ、あの藤子不二雄をモデルにしている作品である以上隠してもしょうがない、後に日本一と言える漫画家になるのであり、様々なジャンルに様々な影響を与え続けるのです。数あるヒット作の1つかもしれませんが、この「まんが道」だけを取っても影響を受けた作品なんて私がこれまで見ただけでもどれだけあったかわかりませんよ。
そうだ、派生作品の1つとしてこれを紹介しておきましょうか。大槻ケンヂと内田雄一郎による...ユニット名もそのもの、まんが道。これがリリースされた1989年当時としてはメチャクチャ珍しかった12cmCDシングル「ボヨヨンロック」。懐かしいと同時に未だにオーケン史上でも有数の有名曲ですよね。
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大槻ケンヂと内田雄一郎の他に、ボヨヨン1号から3号というサポートメンバーが参加しているのですが、あれこのギター音って橘高さんの...ああ、もうインタビューとかでバレているので書いちゃうと、1号から3号は橘高文彦と本城聡章と太田明。それじゃあ完全に当時の筋肉少女帯そのいままじゃないですかって?その通りです。
でも今になって思う所は大槻ケンヂと内田雄一郎、中学校時代からの付き合いで未だに一緒にバンドをやっている彼らこそまんが道、満賀道雄(藤子不二雄Ⓐ)と才野茂(藤子・F・不二雄)の関係を音楽の置き換えて地で行ってる人達なのかな。
いや、何か説明説明だけで長くなってしまいましたが、大傑作「まんが道」紹介の続きは次回に持ち越します。


これは まんがの持つ 不思議な魅力にとりつかれ、まんがに自分の未来を賭けて、
まんが道という、終わりのない道へ踏み込んだ ある、ふたりの少年の物語である。



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  1. 2017/07/09(日) 23:00:25|
  2. 藤子不二雄
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BRUCEです。あだ名は大悟(DieGo)です。
大悟…つまり悟りを開くに至る道程にある事を表し、かつ神の映画「ドラゴンへの道」から頂いてのブログタイトル。同名の秘密結社も運営しています。

名作漫画紹介の形を借りて、自分の記録用に使っています。

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