大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)

名作漫画の紹介 ・・・個人的な旅の記録

藤子不二雄(79) 「まんが道」 2

藤子不二雄作品から、今夜は「まんが道」(中央公論社刊)の続きです。
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どういう作品かは前回の「ココ」で書きましたが、漫画家を目指す若者達を描いた『漫画家漫画』で、藤子不二雄Ⓐ先生の自伝的な青春漫画。
続きのストーリーを追っていきましょう。主人公である満賀道雄(=藤子不二雄Ⓐ、安孫子素雄)と才野茂(藤子・F・不二雄、藤本弘)の2人は富山県高岡市で高校卒業を間近に迎え、今後は2人で合作して『足塚茂道』のペンネームで漫画を描いていく事にした所から。

いよいよ学生生活最後となる卒業試験が終わり、2人でSF漫画「ユートピア」の100ページ原稿を完成させると、夜行列車で東京へと旅立ちました。9時間かかって上野駅に着き、西郷隆盛像の所で記念撮影していると浮浪者風のおじさんにカメラを盗まれそうになったりして、怖い所...東京の洗礼を受けるのでした。
次は飯田橋駅から少年画報社を目指し、今回の上京の目的である原稿の持ち込みに行くのですが、途中で最初で最後の福井英一先生との邂逅。到着した社内では馬場のぼる先生にも会っています。肝心の原稿を持ち込んだ結果は、編集長に作品の出来を感心されながらも雑誌に載せる漫画じゃないと言われ、プロとしての心得などを教えてもらいます。
さらに学童社を訪ねるのですが、学童社といえば2人の作品が載った唯一の雑誌である漫画少年を発行している所。今度は車内で永田竹丸、山根青鬼&山根赤鬼という同世代の少年漫画家達と会って。それからここの編集者に連れられて行ったのは豊島区椎名町...といえばそう、あのトキワ荘です!
ここで手塚治虫先生の部屋を訪れて、この神様に殺人的スケジュールの合間をぬって真剣に「ユートピア」の原稿を読んで頂けた上に、『とってもいいよ!!』と評されて感激の涙を流す2人。さらに単行本の出版社へ紹介してくれるとの言葉を頂くのですが、それが後に「UTOPIA 最後の世界大戦」として鶴書房より刊行されて、彼ら初の単行本となる事は藤子不二雄ファンには有名な話。

さて県立高岡高校を卒業した満賀と才野。漫画ばかり描いていた少年達がいよいよ社会に出るのですが、プロの漫画家になる夢を持ちながらも満賀は伯父の紹介で富山市の立山新聞に、そして才野も高岡市内にある製菓会社に入社するのです。しかし才野の方は、何と入社初日にその1日だけで自分は勤め人には向いていないとハッキリ分かって辞めてきたのでした!
ここからしばらくは、本作では貴重な満賀道雄のサラリーマン編です。初めての列車通勤と働く事の不安、同世代のイジワルな先輩、初日から取り残されて1人で立って涙を浮かべ...それでも変木という先輩と2人きりの図案部に回されると、一応は漫画にも関係ある図案の仕事なので実力を発揮し始めるのでした。

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満賀道雄は行く先々で女性に惚れているので、環境が変わるごとにヒロインが登場するのですが、この立山新聞時代のヒロイン1人目は同僚の芳野君江。満賀より1つ年下ですが、中卒で働いているので新聞社では先輩の、元気良くて優しく可愛い娘です。
仕事も徐々に任されるようになって自分が描いた広告カットが新聞に載るし、変木さんにも気に入られて初めての飲み屋街、そしえいきつけの"ふくや"にも連れて行かれて酒も覚えるのでした。まだ背広は抵抗あるようで学生服で通勤していますが、すっかりサラリーマン。図案の仕事は順調に上達していますが、一方で漫画専門で頑張っている才野とでは漫画にかける熱意の差が出てしまうです。

それでも電車内で自分を応援してくれていたのに死んでしまった桜井涼子に似た人を見かけたり、色々あって漫画の方でも才野だけに負担をかけてはいられないと休前日である土曜日の夜は徹夜してこの時期に仕上げた作品の1つが、「西部のどこかで」。これは冒険王(秋田書店刊)で採用されて、2人の記念すべき少年雑誌デビューとなりました。その後は冒険王の方から原稿依頼があって描いた「三人兄弟と人間砲弾」(三人きょうだいとにんげん砲弾)は、初めての長編読み切り別冊として発行されました。
それからついに、連載作品として「四万年漂流」が開始される流れになるのですが...そうそう、この「まんが道」は単行本化されていなかった初期の藤子不二雄作品を読む事が出来るのも嬉しいポイントです。

さて立山新聞の図案部で漫画の才能を活かして順調に働いていた満賀ですが、学芸部へ移る社命が下ります。
今度は賑やかな部署で、新たな先輩達との仕事…ここでまた色々とありますね。ラジオ欄を担当すると、初めて自分の書いた漫画でない原稿も新聞に載るようになりますが、この仕事で大ミスをしてギュウギュウにしぼられて泣いたり。
でも明るい方では、ここ立山新聞時代のヒロイン2人目・竹葉美子の登場!新入社員として学芸部へ来たのですが、稲妻走る背景に続いて入るナレーションから、この娘が満賀の初めての恋人にでもなるのか!?という盛り上げぶりです。高岡市を案内する初デートみたいな事もして舞い上がりますが、しょせんはチビでメガネの満賀道雄...後に、立山新聞社を辞めてもう一度勉強すべく早稲田大学に入学した竹葉さんが恋人にしたのは、同じく早稲田に通うため上京していた満賀の高校時代の同級生でしかも嫌な奴・武藤四郎でした。こりゃきついわ…

あとこの時期のヒロインといえば電車で見かけていた桜井涼子に似た人。彼女が車内に忘れて行ったヘルマン・ヘッセの短編集「旋風」(高橋健二が訳した新潮文庫版)に名前が書いてあった事から、名前は榊原良子である事が分かりました。同じ『リョウコ』とも読める彼女に運命的な出会いを感じる満賀だったのですが…
この女性は、いつの間にか物語からフェイドアウト。

学芸部ではラジオ欄の仕事を竹葉さんに引き継いだ満賀、今度は映画記者になります。映画を観て感想を書く、映画好きな満賀には嬉しい仕事ですね。私もクラシック映画(もちろん「まんが道」の当時は新作)が大好きなので、本作における楽しみの1つに映画紹介部分もあるのです。私も若い時に、ここで紹介される映画で知らない作品は探して観てました。
「駅馬車」「第三の男」といった映画史上の名作がどれだけ重要だったかとかはさすがに誰でも知っているでしょうが、今ではB級SFのカルト映画的な扱いになっている「遊星よりの物体X」が当時はこんなに扱い良くて傑作扱いされていたんだ…とか、勉強にもなります。

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さて、足塚茂道初の連載マンガとして「四万年漂流」を冒険王で掲載し、定期収入も得るプロの漫画家になった2人ですが...
満賀道雄が東京まで呼び出されて担当編集者の東山に会った所、人気がない事を理由に連載打ち切りを宣言されてしまいました!
この時の上京でまたトキワ荘の手塚治虫先生に会えて、そこからついに運命の出会いともいうべきテラさん、こと寺田ヒロオも紹介されるのです。このテラさんは、本作で満賀らの良き兄貴分として導いてくれる大切な存在。漫画家としてのテラさん自身の作品は現在では漫画マニアにしか知られていませんが、1950年代の「背番号0」「スポーツマン金太郎」等を連載していた当時は大人気の売れてる漫画家だったようです。
ちなみに「背番号0」は少年野球を初めて漫画に取り入れた記念すべき作品だと本作で説明されていますが、あれ?日本で最初の野球漫画といえば1947年から描かれていた井上一雄先生の「バット君」であると言われているし、後でテラさんの口から同作に大きな影響を受けている事が語られていますけどね。

それから才野と共に、漫画に専念するため地元の大新聞社である立山新聞社を退社。仕事に不満もないどころかやりがいもあったのに、安定した収入や大好きな女性よりも『まんが道』を選んだわけですね。
"ふくや"で送別会をしてもらって盛大に送り出された満賀、今度は今までサラリーマンとして使っていた時間を漫画に費やす事が出来るようになりました。年齢的には社会人ですが、才野と高岡古城公園で雪玉をぶつけあったりしてキャッキャキャッキャと騒いでる姿は子供そのもの...この童心が漫画家にとっては大事なんですかね。

で、次の段階としては上京です。やはり出版社の集中する東京へ行って勝負しなくてはなりません。そのために当面の住居として母・文子の親戚である両国の家…と、言っていますが住所は江東区森下町2-6。普通は両国といえば墨田区なのですが、区の堺で近いし森下より両国の方がメジャーな土地なのでそう呼んでいたのでしょう。当時は両国駅から、路面電車(都電)で森下へ行っていますが、あそこら辺に路面電車など今はありませんよね!
下宿代は2人で3食付き1月に1万円。漫画を描きながら新生活の準備も進め、昭和29年1月…いよいよ高岡から上野行きの列車へ乗り込みました。朝に東京へ着いた2人がまず向かったのは椎名町のトキワ荘で、早速テラさんに会って『フランスパンのメンチカツはさみ』をご馳走になりながら、有望な新人が次々と出てきているこの漫画維新の時代について語り合うのでした。(このフランスパンにはさむ具は、後に出る時はコロッケだったりもします)

この満賀と才野の上京を機に、テラさんは漫画少年に作品を載せている若手漫画家達を集めて『新漫画党』を結成!
最初のメンバーは寺田ヒロオの他に永田竹丸、坂本三郎、森安なおや、そして足塚茂道(満賀道雄+才野茂)で総勢6人。しかしノンフィクションに近い作品なで実在の人物が次々と登場してくるので、主人公の藤子不二雄(安孫子素雄+藤本弘)だけ本名でない事にだんだん違和感も生まれてきますが、まぁ気にしないでください。

訪ねたその日にトキワ荘のテラさんの部屋で頼まれた漫画の仕事を進めていると、目の前の"松葉"から出前のラーメンが届きました。彼らは東京のラーメンを大絶賛するのですが、今後この松葉のラーメンは何度も出てくるし、『ンマーイ!』と喜ぶ姿は、まんが道ファン以外にまで知れ渡っていますね。
『ここのラーメン いつ食べてもうまいなあ』『うん!ラーメンは松葉にかぎる!』とか、いつもベタ褒めなので椎名町に現存するお店にとって相当な宣伝効果があるのではないでしょうか。未だに再発され続けている名作に登場するという事は、何十年もず~っとタダで宣伝してもらえているようなもんですからね。
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そういえば、未だに腑に落ちない部分として新漫画党のメンバー達が松葉のラーメンを食べた後で腹ごなしにとトキワ荘(椎名町)から中野の哲学堂公園に散歩に行く話があります。でもこの距離は、軽く歩けるものじゃないと思うのです!
この時はメンバーが足りない野球チームに誘われて試合をすると、新潟で野球やってたテラさんが時速130キロの剛速球を投げたりしてメチャクチャ上手い事を紹介しているのですが...そこが気になってしょうがない。

トキワ荘で手塚先生にも会えて、そのまま池袋駅前の映画館に誘われてロバート・アルドリッチ監督の西部劇「ヴェラクルス」を観に行った事もありました。それから足塚茂道の2人には初めての立派なレストランに連れて行かれるのですが、この"WHITE BEAR"という店で漫画の神様と映画談義をしながら、出された料理が…まさかのビフテキ!肉と魚が全く食べられない満賀ですが、手塚先生にも馳走してもらった料理を残すわけにはいかないと、初めて飲み込むのでした。
手塚先生の部屋で1泊してから、ようやく向かった下宿先となる両国の家。そこで案内されたのは何と2人で2畳の部屋!この2畳の小さい城が、東京生活の出発点になるのですね。机に向かって座るともう背中が壁にくっつきそうになるので、ひっくり返って寝てしまう心配はありません。本当に寝る時は、机を廊下に出して布団を敷いて並んで寝るという塩梅ですね。
料理の話もまだありまして、この下宿で初めて出された朝食でアサリの味噌汁と納豆が出された事で衝撃を受ける2人。アサリも納豆も富山県では食べた事が無かったのですね…本作は藤子不二雄先生が過ごした昭和史を学べる書でもあるのですが、こういった歴史の影、流通が悪かった当時の食事事情なんかも楽しく知る事が出来ます。
この家の辺りは地盤が低くて大雨が振ると道路が水没していた、とかは下水道の発達以前だからでしょうか。

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順調に漫画家としての仕事を重ねて成長している足塚茂道。ついに当時の少年誌で最も古くて伝統があり、満賀と才野にとっても最高の権威と栄光ある憧れの少年クラブ(講談社刊)の編集部からも声がかかって漫画を描きます!
この少年クラブと漫画絵本の仕事依頼が急ぎでかぶった時に、上京以来初めて2人が別作品を分担して描くのですが…これが後に藤子不二雄が2つに分裂した小さなきっかけではあったかもしれません。

夏は蒸し風呂のようになる2畳の部屋で仲良く漫画を描き続ける2人ですが、ある時にトキワ荘を訪ねてテラさんにチューダー(ショーチューのサイダー割り)をご馳走になっていると、手塚治虫先生が暮らしていた部屋を出るという話を聞きます。
そして、その手塚先生が引っ越した後の4畳半、『トキワ荘14号室』に藤子不二雄先生が入れ替わりで入居する事になるのは有名な話ですね。(手塚先生は雑司ヶ谷の鬼子母神の近くにある"並木ハウス"に行きます)
お金が無くて敷金が払えず諦めかけた2人のために敷金をそのまま残してくれたり、漫画を描いてた愛用のテーブルもそのまま残してプレゼントしてくれたり…本作における手塚先生は人間的にも神様です。満賀は、こんな神様が自分達と同じようにパンと牛乳で食事をとる姿を見て、不思議に思うのでした。
その神様の言葉は重みのあるものが多いのですが、イメージと違い手塚先生は完徹はしない主義だと言います。
『完徹というのは長い目でみると けっして能率的じゃないんだ からだのためにもよくないしね……
 だからぼくは 2時間でも3時間でも 必ず寝るようにしているんだよ』

と仰っていて、分かっちゃいるのでしょうが満賀たちは完徹している描写が多い。

さて、5ヶ月住んだ2畳の城からトキワ荘の4畳半に引っ越して、その広さに感動する2人。
テラさんに引越しそば替わりのラーメンをご馳走してもらったら、
満賀『ンマ~イ! テラさん このラーメンどこのですか?』
テラさん『ああ これは松葉って すぐ近くの店からとったんだ 安くてうまいからラーメンは ここに決めてるんだよ』

と、またも松葉の宣伝をしているのですが...松葉のラーメンが美味い事は既出なのに、満賀道雄、というか藤子不二雄Ⓐ先生は忘れてたのかな。
トキワ荘といえば漫画界の梁山泊とかも言われて伝説になっているように、有名漫画家が数多く居住するようになるわけですが、もちろん漫画家以外の普通の住人も居て、最初の挨拶回り時点では左隣にかわいい姉妹が、右隣に水商売系のおばさんがと住んでいました。

初めての1人暮らし、いや2人暮らしネタで自炊してみたりの描写も楽しそうで良いですが、肝心の漫画の方はトキワ荘に引っ越しての初仕事が新雑誌・ぼくら(講談社刊)での連載用に描いた「海底人間 メバル」
仕事で出版社を訪れているうちにさらに仕事を呼んで、連載の他に同じ講談社の幼年クラブでは62ページ、さらには少女クラブで64ページの共に別冊マンガという大仕事も頼まれたり、もちろん今まで通り漫画少年の仕事もあるしで、売れっ子漫画家に近づいてきました。

トキワ荘の近所に菊菓堂というパン屋があって、そこでフランスパンと甘食を買った後で
満賀『さっきの菊菓堂のコ かわいかったなあ』
才野『おまえ 誰でもかわいいんだな』
なんて言ってたり、隣の部屋の姉妹ではどちらが好みだなんて話したりのほのぼのしたシーンの後で...売れっ子漫画家につき物ではありますが、かつてない締め切り地獄が2人を襲います。上記の仕事に加えてさらに増えてるし、62ページの下書きを全部書き直すように言われたりと苦難の道を歩むのですが...この状況にも負けずに『ぐわんばろう!』と2人で誓うシーン、乾杯みたいな感じでGペンをチーンと合わせています!
恐ろしい編集者の重圧に耐えながら丸3日も寝ずに漫画を描き続ける足塚茂道(満賀道雄+才野茂)は、ついに締め切りが迫った原稿を完成させるのでした。

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この頃になると、つのだじろう石森章太郎赤塚不二夫といった誰でも知ってる漫画家も作品に登場してきて楽しくなり、彼らのエピソードも興味深いですね。
しかし、こんなビッグネーム以上に鈴木伸一の印象が強い。風田朗のペンネームで漫画少年にも常連入選者だった彼が、下関から上京してきて仲間になるのですが、初対面の満賀と才野に向かってディズニーについて語りまくります。
『ぼくはディズニーのことを 好きだなんて気楽にいえないんです! ディズニーはぼくにとって神なのだから! 神様のことを気楽に好きだなんていえますか! ファンだなんてそんなミイちゃんハアちゃん的なんじゃないんです! ぼくはディズニーを崇拝してるんですよ』
といった具合です。彼も後にトキワ荘へ入居して森安なおやと同居生活をしますが、漫画を捨ててアニメーターへの道に進む事になる人物です。そして、藤子不二雄の両先生が使っているキャラクター、ご存知ラーメン大好き小池さんのモデルとなった方なので、本作でもそれっぽい顔で描かれていますね。
後にトキワ荘周辺に集まった彼ら、つまり鈴木伸一、つのだじろう、石森章太郎、赤塚不二夫、それに園山俊二も新漫画党のメンバーにも加わりました。その一方で、坂本三郎(坂本サブロー)は、漫画家を引退して新漫画党を抜けてしまいましたが。

満賀と才野が編集者に連れられ、トキワ荘を出た手塚治虫先生が住む雑司ヶ谷の並木ハウスを訪れる話があるのですが、この時に彼らが行った近くの鬼子母神・大鳥神社は、私もかつてまんが道の聖地巡礼として行ってみたら本作そのままに残っていて感動した覚えがあります。もちろんここで紹介されている参詣土産、東京では珍しい郷土玩具でもある『すすきみみずく』もありました。このように自伝的作品で実在する場所も出まくりですので、実際に行ってみるのも楽しいと思います。
ちなみに並木ハウスの手塚部屋にはピアノが置いてあって、ショパンの「雨だれの前奏曲」を弾いてくれてピアノの名手ぶりも披露していました。手塚先生が医師免許を持つ医学博士でもある事は有名な話ですが、編集者に『まんが家の余技をこえていますよ』と言われるピアノの腕前については知らない方も多いのではないでしょうか。

さて、足塚茂道として毎月の連載が5本にもなった満賀と才野ですが、1年半ぶりに田舎の高岡へ帰省する事に決めます。そう決めたそばから64ページの別冊を描く仕事まで引き受けてしまいますが、大丈夫なのか!?
上野発の急行夜行列車で10時間19分かかったという高岡に帰って懐かしがる2人。かつておなじみだった本屋の文苑堂に行くと店員さんが代替わりしていて、あのタコ顔の主人は体を壊している事が判明します。他の高岡大仏、古城公園と中にある射水神社と二つ山、銭湯の養順湯などは何も変わらず安心しますが...この帰省でネジがゆるみ、仕事が出来なくなるという現象が起きてしまいます。
各社から次々と原稿催促の電報が届くのですがどうしても間に合わず、ついに大量の原稿を落としてしまいました!自分のペースも分からず仕事を引き受けすぎた事を反省するも、時すでに遅し。もう足塚茂道は出版社から相手にされないだろうし、漫画家として終わってしまったのか。

ここでテラさんから暖かい手紙が届き、ようやく東京のトキワ荘へ戻るのでした。
もう漫画家に戻る事は出来ないだろうと諦めた2人は、テラさんに
『ばかっ!! きみたちのまんがに賭けた情熱はそんなにアマッチョロイものだったのかーっ!!
 きみたちはまんがに 命を賭けたのではなかったのかーっ!!
 それなのにたった一度の失敗で かんたんにあきらめてしまうのかーっ!!』

と説教され、励まされてどうにかふんばるのでした。

各誌の仕事を失った足塚茂道でしたが、ホームグラウンド的な存在の漫画少年がカムバック第一弾となる仕事依頼をしてくれました。依頼は漫画ではなくこの当時も既に下火だった絵物語の仕事ですが、西洋古代史(特にローマ史)に興味をもって資料を集めていた才野茂を中心とした史劇「十字架上の英雄」を描き上げるのでした。
この時、ついでに才野が高校時代に「ベン・ハー」を漫画化していた事を紹介していますが、その時の作品実物は現在"高岡市 藤子・F・不二雄ふるさとギャラリー"で公開しているので、観る事が出来ますよ。もちろん私も行きました。

もちろん本作では出来上がった「十字架上の英雄」を読む事も出来て嬉しいですが、これが漫画少年に載る事は無かった…
良心的な漫画雑誌で愛されてきた漫画少年ですが、売上げは伸び悩んで返本だらけになっており、ついに発行していた学童社が不渡りを出して倒産。漫画少年も廃刊してしまったのです!
森安なおやなど、その報を聞いて『キャバ キャバ キャバ キャバ』と狂ったように笑いますが、それもそのはず、森安氏は単行本を止めて漫画少年1本に絞ろうと決意して原稿を描いた矢先だったのです。
そして、他の新漫画党のメンバー達も...我々の世代では全く知らない漫画少年ですが、この雑誌がどれだけの存在だったのかは「まんが道」を読めばよく分かります。

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一から出直して持込をやる事にした足塚茂道、これを機にペンネームも手塚先生の影響から脱却して2人の名前から満才茂道と改名しました。
アンソニー・ホープの小説を原作にした「ゼンダ城の虜」を四年ブックに載せて再デビューし、今度こそ漫画界へカムバックしました。
ぼくらに満才茂道で連載も出来る事になり、新漫画党メンバーでの合作も頼まれて…皆でひと仕事終えた後に外へ出ると、夜中の上空に輝く飛行物体が現れて、まんが道の同志たちは驚くと、ここで藤子不二雄ランド(FFランド)版の全23巻、つまり週刊少年チャンピオン→週刊少年キングで連載した分が終了です。巻末には『まんが道 未完』と書かれているのですが、連載していた少年キングが休刊したために中途半端な所で終了した形なのですね。

この名作が、こんな所で終わってしまうのか…当時の読者はヤキモキしたでしょうが、1986年にNHKで「まんが道」が全15話の実写ドラマ化される事となり、4年ぶりの復活!
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1986年から1988年の藤子不二雄ランドの巻末連載で、「第二部 まんが道」の『春雷編』として全24話が描かれました。単行本は藤子不二雄ランドスペシャルで全2巻。
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内容はちゃんとキング編の最終回からの続きで、最後に頼まれていたぼくらの連載は「宇宙少年団」というSF作品で決まりました。当初は人気が出なかったこの連載ですが、途中からタイトルを「ロケットくん」に変えて成功するのです。
石森章太郎、赤塚不二夫の両氏と共に初めての寿司屋へ、それも銀座で行ってとんでもなく高い勘定を取られたり、いつも通り松葉にラーメンを食べに行ったらクラウディア・カルディナーレ似のグラマー・しのぶちゃんが店員になっていて憧れたり、鈴木伸一がトキワ荘を出て行くいく、等のエピソードが描かれます。

で、春雷編も終わって続きはまたずっと先の「愛…しりそめし頃に…」まで待たなくてはならないのですね。愛しりまで紹介するとまだまだかかるので今夜はここまでにします。
「第二部 まんが道」まででこれだけの巻数をかけても昭和史を丁寧にスローペースで追っているので、藤子不二雄のあれだけ数多いヒット作がまだ1つも登場していないんですよね。
あとはページ数の都合などで仕方ないポイントでもあるのですが、本作に漫画家になるための技術的な指導はありません。満賀と才野もいわば最初から絵が上手なので、どうやって画力を上達させるかとか漫画の描き方などより、漫画家がどれだけ忙しいかとかの描写が中心なんですよね。一般の読者はほとんどが漫画家を目指してるわけじゃないのだろうから、あえてそうしたのか。だからこそ、目指す夢が何の人であろうとも関係なく感動出来る、美しい青春物語になったわけです。

前回も書いたようにFFランド版の単行本だと本編の後に「藤子不二雄まんがスクール」が載っていて技術的な指導もありますが、これだけまとめて藤子不二雄ランドスペシャルから単行本化もされているので、そちらを入手するのもお薦めです。
あとFFランド特有の巻末マンガは、ここで連載の『新作まんが』が1~6、8~10、12巻で「ウルトラB」。13巻~23巻が「チンプイ」
それらは単行本で容易に読めるので、もっと嬉しいのは7巻の『特別読切 名作まんが』で「トキワ荘物語」。11巻の『スペシャル大読切!!』で「元祖 ウルトラB」ですね。

あと本作、「まんが道」はフィクションを交えた作品。
しかし藤子不二雄先生自身の手による純然たる自伝作品が活字本で存在します。それが「二人で少年漫画ばかり描いてきた 戦後児童漫画私史」(毎日新聞社刊)、これは後に文春文庫、日本図書センターからも復刊しているのですが、藤子ファンなら絶対に読んだ方が良い貴重な書です。
それと「トキワ荘青春日記」(光文社刊)、後に復刊ドットコムからも復刊した本も合わせて読むのが良いでしょう。
さらにトキワ荘関連の本は他の様々な方が書いていたりするので、それら藤子不二雄Ⓐ先生目線と違う角度から見たトキワ荘や漫画史と「まんが道」の内容を比較したりするのも楽しいと思います。

また、何故か今年(2017年)になって「まんが道大解剖」(三栄書房刊)というムック本も出ましたね。
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こちらは「まんが道」の歴史を分かりやすくまとめているだけでなく、大きなサイズでカラー絵や発掘資料に写真が見れて、藤子不二雄Ⓐ先生や本作では居ない事になってた実姉、担当編集者、さいとう・たかを先生などへの重要なインタビュー、代表作の「TOKYO TRIBE2」でテラさんというキャラを登場させている井上三太先生や他の方々によるトリビュート企画等々、さらに今まで単行本未収録だった「ぼくたちの夏休み絵日記」再録まである良い本だったので、まんが道ファンとして喜ばせて頂きました。


才野 おれたちはよかったねえ
まんがっていう こんなに熱中できるものを持てて……



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  1. 2017/07/19(水) 23:59:20|
  2. 藤子不二雄
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Author:BRUCE
BRUCEです。あだ名は大悟(DieGo)です。
大悟…つまり悟りを開くに至る道程にある事を表し、かつ神の映画「ドラゴンへの道」から頂いてのブログタイトル。同名の秘密結社も運営しています。

名作漫画紹介の形を借りて、自分の記録用に使っています。

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