
こんばんは、BRUCEです。
何とこの
ブログ名作漫画ブルースも、今回で
第100回目の掲載らしいですよ。
おめでとう!ワー!!パチパチ!!!
そんな今夜に紹介するのは
石森章太郎先生。
いわゆる少年漫画の王道と呼ばれる物を多く作ってきた
石森先生ですし、私もずっと作品を集めている大好きな
萬画家(※)であります。
なので本当はもっと早く紹介しなくてはならなかったのですけどね。
さて、このブログでは"カテゴリー"(ジャンル)ごとに見る事ができて、現時点で既に
『梶原一騎』『手塚治虫』『藤子不二雄』『永井豪』『ガロ』『ホラー漫画』『劇画』『海外の漫画』『週刊少年ジャンプ』『古本 番外編』を作ってあるのですが、これからどんどん増えすぎていくのが目に見えてるため、
石森先生は新たに
『トキワ荘』というジャンルを作らせていただき、他に
寺田ヒロオ先生、
赤塚不二夫先生、
水野英子先生らと一緒にここに入れさせてもらいましょう。
ついでに、トキワ荘に住んではいませんでしたが、グループに参加していた漫画家の
つのだじろう先生や
園山俊二先生もここに入れていきますね。
既に"カテゴリー"になっている、
手塚治虫先生や
藤子不二雄先生もトキワ荘関連だろう、という意見もあるでしょうが、そこは先の事など考えずにやってきたので…見逃してくださいね。
もちろん、決して
石森先生らは上記の二名より扱いが低くていいと思っている訳ではない事はお断りしておきます。
こうなりますと、トキワ荘の紹介もおさらいしておかなくてはなりませんね。
まぁ日本一有名なアパートなわけですが、ちょうど私が
藤子不二雄先生の所で既に書いてましたので、まずはそれをコピーしてみましょう。
--------------------------------------
トキワ荘とは、かつて東京都豊島区に存在したアパートで、後に大人気を博す事になる漫画らが集まってきて寝食を共にしたため、
"漫画界の梁山泊"などと呼ばれた聖地です。
手塚治虫を始めとして、
藤本弘と
安孫子素雄の両
藤子不二雄、
寺田ヒロオ、
石森章太郎、
赤塚不二夫、
水野英子、
森安なおや…etcという、とんでもないメンバーがいたのです。
ちなみに最後に名前を出した
森安なおや。こんなメンバーと一緒にいながら、彼だけは全く成功できずに土方になった、味わい深い人物なのです。
--------------------------------------
今回はこれに補足すると、トキワ荘は1982年に解体されており、現在は豊島区椎名町5-2253の駐車場がその跡地なんだそうです。
1952〜1982年という、たった30年だけの命でしたが、住んでた漫画家の多くがその後成功したために漫画ファンにとっては聖地的な扱いとなったのですね。
やはり最初に入居した漫画家は
手塚治虫先生でした。
解体が決定した1981年に、かつての居住者たちが集結して同窓会を開いた時の模様がNHKから放映されましたが、私もそれを再放送で見た事があり、とても興味深かったですよ。
特に不参加だった
テラさん(
寺田ヒロオ先生)の、実物と
藤子先生の作品
「まんが道」で描かれた像とのギャップにはビックリしたものです。
トキワ荘に関してはこんなものでいいでしょう。
今後少しずつ、ここに関わった漫画家達の作品も少しずつ紹介していきますね。
それでは、今回は
石森章太郎先生。
画業30周年を期に、"ノ"の字を付けて
石ノ森章太郎に改名したのはご存知でしょうが、それ以降の作品に名作は生まれてませんので、この
名作漫画ブルースでは、あくまで"石森"で通させてもらいます。
1938年1月25日生まれで(つまり
松本零士先生とと生年月日が全く同じ!)、宮城県石森町(現在は登米市中田町石森)出身の
石森先生は、本名・小野寺章太郎。
地元で学生をしている時から漫画誌に投稿して頭角を現し、天才の呼び声が高かったようですね。
デビューも順調でしたし、少女漫画も含む様々なジャンルですぐに売れっ子になってます。
代表作
「サイボーグ009」のような面白い傑作漫画から、実験的でいて詩的な美しさを持つ問題作
「ジュン」、
「仮面ライダー」シリーズに代表される実写特撮番組とのメディアミックス…
晩年の
「漫画・日本の歴史」シリーズのような面白くない作品も、幅広い活動をしたという事では評価できるでしょう。
その作品数は、短編と長編を合わせて700タイトルを越えるとの事です。
しかし、1998年1月28日没。享年60歳。
実はこの約3ヶ月前の1997年10月に、群馬県高崎市で
石ノ森萬画館という展示会をやっておりまして、特に10月12日には石森先生本人も来てサイン会をしてくれるとの事で、当時埼玉県熊谷市に住んでいた私は駆けつけました。
午前中に展示品を楽しんだ後、もちろんサインを貰う気でレア本を持って行ったのですが…
先生の体調悪化のためサイン会は中止になりました。
代わりにサイン入りポスターを先着100名に配られたので今も私の実家に飾ってありますが、その直後に亡くなったのですから、会える最後のチャンスだったのにと悔やまれます。
今回の画像に使った、資料やレア物満載の本
「石ノ森萬画館」は会場限定の装丁で(かえって地味ですが)、サインも入ってたので買いましたけどね。
-------------------
※
石森先生は、
漫画や
劇画や
コミックという呼び名はそれぞれの一ジャンルを呼称するに過ぎず、さらに多数の表現が可能になった現代では日本語による総称が必要として、
"萬画"を提唱してました。
そして
萬画宣言を発表し、自らの職業のを
萬画家と称していたのです。
その萬画宣言を読んで、今夜はお別れしましょう。
[萬画宣言]
1、萬画は万画(よろずが)です。あらゆる事象を表現できるからです。
2、萬画は万人の嗜好にあう(愛されるし、親しみやすい)メディアです。
3、萬画は一から万(無限大の意も含む)のコマによる表現です。
4、従って萬画は、無限大の可能性を持つメディアである、とも言えるでしょう。
5、萬画を英語風に言えば・・・Million Art。Millionは百万ですが、日本語の万と同じく「たくさん」の意味があるからです。頭文字を継げれば、M・Aです。
6、M・Aは即ち“MA”NGAの意。
- 2006/09/10(日) 22:02:23|
- トキワ荘
-
| トラックバック:0
-
| コメント:3
きたー!石森章太郎!
これから次々と石森作品を世に紹介していって欲しいものです。
もちろん他のトキワ荘関係とか永井豪とか、昭和の楽しい少年漫画を期待してます。
- 2007/06/29(金) 01:30:10 |
- URL |
- ジャッキー #-
- [ 編集]
>ジャッキーさん
いつも書き込みありがとうございます。
ジャッキーさんはそういった一昔前の漫画家からちゃんと読んでるのがいいですね。
「北斗の拳」「ドラゴンボール」「スラムダンク」…ってこれら自体もう古いか。
でもこういうヒット作も手塚、藤子、石森、永井…こういった大先生の活躍があった上で生まれた物だというのに、ほぼみんなが興味無いらしく漫画の歴史を遡りはしないのですよね。
このブログでそこらへんも少しは改められたらと思うのですが…無理だろなぁw
>uppy-nzさん
ありがとうございます!
それでは次は1000000回…
うん。一日一回アップすれば、たったの2740年で達成できるではないですか。うーん、楽勝。
え?10000回でいいんですか?
…原稿料ください。
- 2007/06/29(金) 01:30:54 |
- URL |
- BRUCE #-
- [ 編集]