大悟への道 (旧名・名作漫画ブルース)

名作漫画の紹介 ・・・個人的な旅の記録

手塚治虫(48) 「双子の騎士」

手塚治虫作品より、「双子の騎士」(虫プロ商事刊)。
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なかよし(講談社刊)にて1958年から翌年まで連載された作品で、単行本は虫コミックスで全1巻。
少女漫画に疎い私も、その黎明期に描かれた手塚治虫作品は一生懸命集めて読んでました。
この「双子の騎士」は手塚先生の代表作の一つでもある「リボンの騎士」の続編で、初出誌での連載中はタイトルもそのまま「リボンの騎士」でした。

その「リボンの騎士」。1953年連載スタートの少女クラブ版と、その10年後に連載スタートのなかよし版がよく知られていますが、その間に描かれている「双子の騎士」は、当然ながら少女クラブ版の続編。
前作で結ばれたサファイアとフランツですが、二人の国、つまりシルバーランドとゴールドランドが併合して生まれた国の名前は『シルバーランド国』になっていますね。
本作ではここを統治する二人の間に子供が生まれると、それが男女の双子だった事で争いの種になってしまいます。どちらが王位を継承するのかで周りが王子派と王女派に分かれて戦うのです。冒頭から『やったなこの きちがいめ』とか言って家臣達が殺し合いをしています…

生まれた男の子はデージィ王子、女の子はビオレッタ姫と名付けられ、天使のチンクによる神託でデージィの方が後継者に決まるのですが、反対派の家臣であるダリア公爵夫妻がまだ赤ん坊のデージィをさらってズボラという森の主が棲む森に捨てると、次は王位も我が物にすべく画策する。
デージィが居なくなった事を隠したいフランツ国王は、ビオレッタを一日おきに着替えさせて王子と姫の二役を務めさせるのですが、かつて自分も男装させて育てられたサファイアは悲しみの涙を流します。

一方の森に捨てられたデージィは、優しいシカのパピに育てられて生きのびます。パピは女神さまによって夜の間だけ人間の姿にしてもらって姉としてデージィを育てているのですが、夜間にシカ姿ので会ってしまった時、姉だと気付かないデージィに弓矢で狙われ、後に捕らえられて皮を剥がされそうになるのだから…人間は残酷です。

それから東のバラの館に住む白い王子黒い王子の兄弟の登場。彼らはヒーロー役とラスボス役を担う事になります。
秘密を握ったダリア公爵夫妻は国王夫妻、そして15歳になったビオレッタ姫を北の塔に幽閉してしまいました。しかしここで、久しぶりにリボンの騎士姿になったサファイア王女がビオレッタに剣を仕込み、ビオレッタは二代目リボンの騎士として活躍する事になるのです。
兄・デージィの存在を知ったビオレッタは北の塔を抜け出し、ジプシーの女王・エメラルドら協力者と共に冒険する事になるのですが、双子の騎士が再会して力を合わせて国を取り戻す事は出来るのか!?

ビオレッタは綺麗なドレスを着て久しぶりに女の子の姿に戻れた時に不幸な運命を嘆いて涙したりと悲しい描写もありますが、ジャングルでの戦いや魔女の魔法などファンタジーも有り…と、楽しめる痛快な冒険活劇です。
綺麗で可愛い絵は明らかに対象読者である少女向けですが、女性漫画家ばかりになった現在の少女漫画からはこのような、長編で冒険とかアクションを楽しむ作品は排除されてしまったのではないでしょうか。


おにいさま!! あたしのほんとのおにいさま!!
あたしずいぶん さがしましたのよ
おにいさまをさがして男のなりをして
ずーっとたびにでていたのよ!!



  1. 2015/02/28(土) 23:59:42|
  2. 手塚治虫
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手塚治虫(47) 「シュマリ」

手塚治虫作品より、「シュマリ」(大都社刊)。
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1974年から1976年までのビッグコミック(小学館刊)で連載された作品で、単行本はおなじみ大都社のハードコミックスでは上・中・下巻の全3巻。各巻カラー口絵付き。
明治期(1869年からスタート)に開拓されていった北海道を舞台に一人の男を、同時に追いやられて行ったアイヌ民族などの歴史背景と共に全三十一章で描いたスケールのでかい歴史叙事詩です。

「シュマリ」、この奇妙なタイトルはそのまま主人公の名前で、アイヌ語でキツネの意味です。このシュマリ自身は和人(シャモ)ですが、懇意にしていたアッサブの村(コタン)の長老(エカシ)が付けてくれたこの名を生涯に渡って使う事になります。
エゾ(北海道)とは縁もなく江戸(東京)で旗本をしていたのに、愛する妻のが…大月祥馬という男と駆け落ちしたので、それを追って海を渡ってきました。彼は右手をいつも布にくるんで隠していて、それを解くと人を殺すのだと言っています。

登場時はこの大月祥馬を斬るのが目的の全てだったので、本作は彼を探し戦う旅が描かれるのかと思いきや!
第二章にしてあっさり大月祥馬が見つかり、しかも決闘する前に死んでしまいました。ポカーンとなる展開ですが、大月祥馬という仇の存在はプロローグのネタに過ぎなかったのです。不貞の妻・妙は土地に残り、シュマリも本州に帰る事はせず北海道を一人旅に出る…

ちなみにシュマリは最初から鬼神のように強く、単体では間違いなく本作最強キャラでもあります。
元々おたずね者の殺人犯でもあったシュマリは目的を失った事だし、札幌で一度捕まって死刑部屋に入れられるのですが、五稜郭の軍用金探しで政府に利用され…ところがどっこい逆にシュマリが政府を利用してその5万両もの埋蔵金を入手するのです。
その埋蔵場所はある人物の体に刺青で記されていたのですが、これは昨年に週刊ヤングジャンプ(集英社刊)で連載開始した野田サトル先生の「ゴールデンカムイ」の発想元じゃないですかね。同じ明治時代の北海道を舞台にして、アイヌはもちろん金塊の場所を描いた刺青まで出てきます。

『おれの人生を一度白紙に戻す…これからなにが始まるかわからねえ』
と言うシュマリは、生き抜いて北海道がこれからどうなるか見届ける事にしました。物語の冒頭であっさりと目標が無くなってしまった主人公なので、ストーリー物にありがちな復讐だとか何かを達成するとかの目指している物も無いのですけどね、しかし周りでは確実にドラマが起こっていくのです。

まずはいい土地を見付けて持ち主から買い取りますが、その持ち主というのが『太財一族』。本作中の最重要人物達でもあります。
北海道の半分の土地を使って自分の王国を築くというでかい夢を持った奴らで、太財家の大黒柱である父親、それに粗野な殺人狂の長男が弥十、冷静で頭が切れる次男は弥七、そして妹のは武芸をかじって自我の強い女ですが、これがシュマリの元妻の妙にそっくり。シュマリに銃を向けて逆に犯されますが、その時の言葉は『はなしてっ この乞食っ けだもの!』でしたが…色々あって、後に最もシュマリを慕う女になり子も生むのでした。
太財家はシュマリの持つ黄金を狙って様々な手を打ってくるし、後半まで生き残った弥七とは敵対関係でありながら奇妙な友情みたいなものも生まれています。

この作品において極寒にして未開の地・北海道の厳しさを描く描写は重要ですが、最初に太財家から買った地でとんでもない数の野ネズミとも戦う…くじけないシュマリの姿は印象的。
『きびしい世界だな 寒さ 暑さ 洪水 はやりやまい 飢え…それに蚊とブヨだ!
 常識ならこんな土地に住みつこうてのは 変人か世捨て人さ
 だが そんな条件のもとで りっぱに生きぬいてる連中がいたんだ アイヌ人だ…』

というわけでシュマリは、作中通してアイヌ人やその文化に対するリスペクトの念を持ち続けます。
太財のおやじに母親が殺されたポン・ションという、アイヌ語で『小さなウンコ』の意味を持つ名で酒豪の幼子を育てるし、開拓してくる内地の明治政府よりアイヌの肩を持って『アイヌの土地の物は石ひとつでも持ちだす気にはなれん』と言っているほど。

もちろんシュマリがどう頑張ろうと、列強国が領土拡張合戦を繰り広げていた19世紀の流れに飲み込まれ、アイヌもほぼ消えた先住民族となった事は歴史に記されている通り。
アイヌのように獣を狩るために弓矢くらいは使っていたものの争いを好まず、まともな武力・軍隊を持たない国や民族が生き残っていける時代ではなかったわけです。我らの日本はチョンマゲをやめて近代産業に着手し、軍艦や戦闘機も作って軍隊を整備したから生き残れた。日露や日清の戦争で勝ったから、アジアで最初に欧米列強から同じ人間らしいと認められたのですね。まぁ彼らからしたら同じ人間までいっても白人と同等というわけではないから、日本だけが原爆のターゲットにされましたが…しかも軍事基地ではなく、一般市民の頭上にアレを落としてもアメリカは正義なんだとか!
かつて奴隷制度を持ち人種差別を差別とも思わず当たり前だったアメリカ合衆国では自国民でも黒人は戦後もずっと経ってからの1970年代まで大学に行けなかったというし、我ら黄色人種(と、あえて差別的な言い方を使いますが)はもちろんそれ以下の扱いをされていたわけですよ。それ以降の生まれである私の世代はほとんどの人が実感できていないのですが、そういう世界情勢でした。
だから「シュマリ」の世界観では侵略者となってしまう和人を一概に悪者達として見れません。伝統文化を守るのは大事かもしれませんが、それで近代化出来ないのでは生き残れない時代があった…いや今も続いているかもしれないのだし、世界一長い歴史を持つ日本もどうにか独立国として残っているけど、あの大戦での敗戦以降未だに自主防衛は出来ていないわけです。平和憲法だとか何とかだまされている人が多いけど、そのために武力で占拠された竹島も自国民の拉致事件も領土内のサンゴ荒らしも、その他諸々を放置する国になっちゃったのです。それで政府開発援助だのって名目で他国に、それも敵国にまでお金を払い続けるチョロすぎる国に。
人類の歴史は生存競争・闘争の歴史であり、力のある民族が生き残ってきた事実を考えないと我々もアイヌと同じ轍を踏んでしまいます。もう大人なんだから、理想論だけで世界は救えないしカモにされるだけだという現実を見てみませんか。

さてそれから、ややあって札幌に出来たばかりの集治監(監獄)に徒刑囚として収監されたシュマリ。
ここでは侍のはしくれだった連中のイチモツを切り落としする武士の情けを知らない変態看守と決闘し、殺した事で十兵衛という天然理心流の達人がシュマリに惚れて一生の相棒としてついてきます。後に分かる十兵衛の正体は、元新選組の土方歳三だったんですけどね、つまり土方は箱館戦争の五稜郭で戦死していなかったという新説が使われています。
あとは本作では手塚治虫先生が苦手とした、梶原一騎作品的な男気、男の世界が描かれている事を特筆しておきましょう。また手塚作品の中では地味な存在というかそこまで有名じゃない本作ですが、漫画家の古泉智浩先生は北海道出身の熊切和嘉監督と対談した時に北海道開拓の話が出て、2人とも「シュマリ」が大好きなんだと公言していました。

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太財弥七のはからいで自由の身となったシュマリと十兵衛は、ポン・ションと峰、そして生まれていたシュマリの子の弥三郎が待つ牧場に戻ります。
そしたら次は、シュマリを頼って石狩川の川上からクーチンコロというアイヌのエカシが移住して来た事で、アイヌの財宝(青琅玕…つまり青玉だの、蝦夷錦だの)を狙う野党団との争いに巻き込まれます。
この武装した無法者軍団は相手が悪すぎましたが、守るべきもののために死闘を繰り広げるしかないシュマリ達。シュマリと十兵衛の強さは鬼神のごとしですが、それでも銃を持つ大人数の前についに十兵衛墜つ。
作中最高の乱戦となったこの時のエピソードに絡んでくるのが、『みだれ髪』という疫病神で有名な雌の白馬。ついにこの馬を手なずけたシュマリでしたが、これが危険な眠り病(日本脳炎)である事から起こるピンチも同時に描かれています。

それから十年ちょっと経ち…どんどん開発、いや開拓されていく北海道でしたが、シュマリはあの戦いの後は山にこもり、たまに下山して毛皮を売って生計を立てていました。
そんな時に、結局はシュマリの心を占領している元妻の妙と再会。妙は郡書記官の華本男爵と結婚して貧乏暮らしは脱却しているのですが、無理強いされる別世界の習慣になじむ事が出来ずに苦しんでいるし、華本男爵も日本では貴族出身で自尊心が強い人なのにアメリカではジャップ、黄色い日本ザル、チビの劣等人種と嘲笑や差別を受けたのがトラウマになり、『しばしば狂気におちいる』ようになっています。そして不幸が起こる。

その後もいくつかの見所がありますが…とにかく太財弥七も倒れ、シュマリは北海道の地から消えます。
そして時は1895年、首麻里善太郎と名乗って立派な若者になっているポン・ションは日清戦争のため徴兵された先の朝鮮で、偶然にもシュマリと再会するのです。
最後まで生き残っているシュマリと峯は、きっといつか再会するであろう事を暗示して作品は終了します。
あとがきで手塚治虫先生自らが『アイヌ民族問題は、一朝一夕に理解できるほど簡単なものではなく、また漫画に取り上げられるような問題でもないことがわかった』とか、『中心テーマが骨抜きになった「シュマリ」は、その仰々しさのわりに、なんだか捉えどころのない、芯の抜けた焼きリンゴのような作品になってしまいました』などと、失敗宣言みたいなのをしているのですね。
テーマ云々でいえば確かに甘い部分は見受けられるのですが、それでも数々の名シーンと共にシュマリの生き様は楽しく賞賛したいし、北海道開拓の歴史とアイヌ民族をほんの少しでも勉強出来る貴重な作品なのでした。


おれは……おれは……なんでこんな ザコをあいてに戦わなければならねえんだ…………
おれがほんとうに斬りてえのは………………
うしろにいて てめえたちをあやつってるやつだっ!!
出てこい!この北海道をてめえたちの かってにはさせねえぞっ!!
出てこい!!卑怯者めら!!



  1. 2015/02/26(木) 23:59:56|
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手塚治虫(46) 「山楝蛇」

手塚治虫作品より、「山楝蛇」(大都社刊)。
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(画像の本は左が1980年版・右が1991年版。それぞれ別の口絵付き)

上記の版で1編だけ差し代わっているのですが、どちらも7作品を収録した短編集。
最初の2編は「刑事もどき -エムレット-」「刑事もどき -鹿の角-」と、たった2編で終わってしまったミステリー短編シリーズ。初出は1973年と翌年のコミック&コミック(徳間書店刊)。
犯人を護送中の船が沈没事故を起こしますが、手錠がつながっていた段袋刑事と護送されていたスリ師の大枚田助五郎は助かります。大枚田は死んだ事にしてもらって段袋刑事に一生ついていく事にする…というわけで生まれた刑事と元スリ師のコンビが、殺人事件を解決する。

次の「ステロタイプ」は1973年の漫画サンデー(実業之日本社刊)が初出で、男なのに女性歌手・森陽子に顔がそっくりなためある理由からヤクザに付け狙われる主人公の受難を描いた作品。
セックス&バイオレンスにドラッグ…そしてユーモア有りの短編で、クライマックスに部屋で自分を狙う組織同士が鉢合わせして三つ巴になる展開は、後のアメリカ映画の名作「トゥルー・ロマンス」みたいでもありますが、手塚作品においては地味な扱いというか、まるで知られていない印象ですね。

そして表題作の「山棟蛇」、これは1972年の漫画サンデーが初出。ふと気になって、試しに近くに居た者にこのタイトル、山棟蛇(やまかがし)を知ってるか聞いたら知らなかった。そう、やっぱり都会者はこういうの知らないか。山では注意するよう言われる危険な毒ヘビ。
いや、私なんかはそう習っていたのですが…手塚治虫先生の認識では『無毒だが毒ヘビと間違えられる』としていて、ヘビの話ではないけどその特徴からこのタイトルを使っているのです!そこで調べてみると、やっぱり毒ヘビなのですが、当時は死亡事故が起きてなくて毒ヘビとも思われていなかったようです。これがまた面白い事にこの作品を描いた1972年に初めて山棟蛇に噛まれて死亡した人が出たらしいです。
話の内容は、貧困の古畑村に東京都知事襲撃の容疑者で全国指名手配されている男が来た事で巻き起こるミステリー物。村長はこれを村おこしに利用しようと企んで、捜査を長引かせるため逃げ出そうとする指名手配犯を縛って監禁までします。しかし真犯人が逮捕されたとニュースが流れると、この事件を終わらせないために腹黒い村長らが取った行動は…!?

「帰還者」は1973年のプレイコミック(秋田書店刊)が初出で、気軽にレンタ・ロケットで宇宙旅行へ行ける未来が舞台のSF。
宇宙空間で異星人達のSOS信号を受けた地球人の若者…宇宙ヒッピー達が、水を求める彼らを殺して金を奪って地球へ帰ると、将来ある方法で『宇宙からの性病』を感染させられて復讐されていく。かなり変態的な描写も見ものな作品でした。

「もの憂げな夜」は1973年のサンデー毎日(毎日新聞社刊)が初出で、世界中で大成功して金をばらまいていた数十年前の日本人が、ある発展途上国で千人斬り(セックスの方)の相手として何十年も歳をとってないという噂のベッピンさんを手に入れたとする所から始まります。
その相手の美女は『太平洋戦争のはじめ村へきた日本兵が村の男全部徴用した』ことで愛人とも二度と会えなくなったために、日本人に深い恨みを持っているため、いやらしい奴だとはいえその時の兵隊とは関係ない千人斬りの日本人に対してある復讐を成す話。
…出ましたね、大日本帝国軍による『強制連行』が。戦時中に少年期を過ごした手塚治虫先生は戦勝国側からのウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)を強烈に食らい過ぎて、ことさらに戦争に行った自分の親達を貶め続けた世代なので仕方ないし、これはまぁあくまでフィクション。

ラストは1980年版と1991年版で別作品が収録されているのですが、まず1980年版の方には「悪魔の開幕」
1973年のヤングコミック(少年画報社刊)、増刊号が初出で、戒厳令が敷かれた架空の日本を舞台とした政治色が強い作品です。
自衛隊を軍隊にして核兵器の製造にも踏み切った丹波内閣ですが、それに反対する思想家の本を読んで奮い立った岡重明は電気科の秀才だったため、その技術を使って丹波首相を暗殺するよう尊敬する思想家から直々に要請された…
仕掛けは成功したものの、何故か暗殺計画は失敗。 岡はその理由、つまり思想家と政府の汚い密約があった事に気付いて自分の命も狙われるのです。ラストは全員穴だらけの血生臭い短編でした。

そして1991年版ではラストが差し代わって、収録されたのは「レボリューション」
1973年の漫画サンデーが初出のレボリューション、Revolution…つまり『革命』の意を持つこの短編、夫立会いの下で難産の末に出産した女が昏睡状態におちいり、意識を取り戻すと別人格になっていた話。全く別の名前を名乗り、その人生の記憶もあるのでついに二人は別人格の故郷まで訪ねると!?
例えば前世の記憶があるとか蘇ったとか、スピリチュアルの世界への認識が広まっている現在では全然珍しくないネタですが、これはネタをばらせば自分に関係ある未来のある人の記憶だったみたいです。この発想を使ったポリティカル・フィクションである事も分かりますが、ラブストーリーとしての完成度も高い名作でした。


いきさらせ この死にぞこない!!
勝手に生きのびやがれーーッ



  1. 2015/02/19(木) 23:40:27|
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手塚治虫(45) 「I.L」

手塚治虫作品より、「I.L」(大都社刊)。
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(画像の本は同内容ですが、左が1977年版・右が1987年版)

ビッグコミック(小学館刊)にて1969年から翌年まで連載された作品で、単行本はハードコミックスで全1巻。
この変なタイトルは『アイエル』と読むのですが、これは当初「I'LL」(もちろんI WILLの短縮形)としたつもりだったのに、雑誌の予告編で間違って「I.L」と載ってしまったので、それに合わせてタイトルもヒロインの名前もI.L」に変えてしまったのだとか。手塚治虫先生の懐が深い部分を見た気がします。

かつては映画界で名監督として名を上げた伊万里大作、『ロマンチックでほのぼのとした郷愁がある』作風で夢中になるファンがたくさんいたそうですが、人類が幻想と夢の世界だった月に足を踏み入れた日から、人の心から空想も瞬く間に消え去り、同時に映画ファンは現実的でやたらと理屈をこねるようになりました。
よっておとぎ話や伝説や怪奇や夢物語を撮っていた伊万里監督は出る幕が無くなり、家まで追い立てられている状態の時に易者が導かれて行った屋敷でモンスターチックな人々から、そういった世の傾向に抵抗するレジスタンスをやってもらいたい、理屈で割り切れない事件をうんとでっち上げてくれと頼まれます。つまり
『現実の世界の監督です。つまりこの世を演出するんですな』
という事です。その依頼主の中心人物はアルカード伯爵。アルカード、ALUCARD…つまりDRACULA(ドラキュラ)を反対に読んでいるだけですね。そのアルカード伯爵が女優として棺桶ごと渡してきた女性がI.L(アイエル)

アイエルは後半でアルカード伯爵の姪だと明かしますが、能力は変身。棺に入ると伊万里大作監督の思うままに誰にでも、どのような姿にでもなれます。
ただ従順なだけで性格とかもよくわからないアイエルいわく、
『女というものは どんな運命や境遇にあっても それに応じて身をかえるすべを持っているものでしょう
 あたしはそれを からだで表現できますの』

というわけです。

往年の名監督と誰にでもなれる女優、そんな二人が組んでする事は!?
何か事件解決屋さんというか、『I・Lからまいりました』とか言って顧客の所に行って変身能力を利用したビジネスでトラブルを解決するにすぎない感じでしょうか。
1話完結の連作形式なので読みやすいし、それぞれの話がファンタジックだったりサスペンス風だったりでレベルも低くはないのですが、最初に言ってた『この世を演出する』という主題はどこに行ったのかよくわからない。ただ変わった人達の中に入って事件を解決していれば良かったのか?

だんだん目立ってくるのは誰にでもなれるしどんな事だってやり通せるアイエルの、しかし自分自身のものがなく姿や性格も借り物である悩みでしょうか。これは前回紹介した「人間昆虫記」の十村十枝子と共通する部分でもありますね。
何でも出来るアイエルが、恋を意識した時に初めて自我に目覚めたように悩み、大作からは
『アイエル おまえはどんな女にも変われるし どんな相手の心にもなれる
 だが自分自身のものがないんだ おまえの今の姿や性格だって どこか借りものなんだ
 もしおまえが だれかを愛したとしても それはかりそめの恋でしかない……いや恋の演技をしているにすぎないんだ
 おまえに同情するよ』

と残酷な事を言われるシーンが初見時から印象深いです。

まぁそう言った伊万里大作自身が…別れた女房・加世子の面影をずっと追う女々しさがありましたが、アイエルを愛しているのだと気付いて結ばれ、いや結ばれたかと思われたその時にある事件が起こって永久に別れる事となる。
ラブストーリーとしてはあまりにも悲しい結末でした。


この女はね まだ生娘なんです
いや まだ生まれていないといっていい
そんな女がお望みか あなたの意思次第で彼女は誕生します
しかもあなたには絶対服従する



  1. 2015/01/24(土) 23:00:08|
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手塚治虫(44) 「人間昆虫記」

手塚治虫作品より、「人間昆虫記」(大都社刊)。
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(画像の本は同内容ですが、左が1974年版・右が1987年版)

1970年から翌年にかけてプレイコミック(秋田書店刊)で連載された作品で、単行本は全1巻。
手塚治虫作品としては知名度は上位に入らないかもしれませんが、2011年に美波主演で実写の連続ドラマも放映されたし、手塚先生の大人向けシリアス物が好きな人には絶対に読んでもらいたい。

十村十枝子、本名は臼場かげりという女主人公の生き様を描いた作品。
冒頭で芥川賞を取った女流作家として登場した彼女は、それ以前に女優としてある劇団で活躍していたのですが、突如デザインの分野で国際的な評価を持つニューヨーク・デザイン・アカデミー賞を取っていた…それで今度の芥川賞と、そこまで多ジャンルの全てでトップになるなんて現実的にはありえないですよね。
その秘密は、十枝子が模倣の天才である事。模倣に関してだけは本当に天才ですが、女優・デザイナー・作家、これらの作品は全て実力ある他人から要領よく盗んだ、頂き物だったのです。

目を付けた相手とは美貌を利用して寝るし(同性相手だとレズ行為も)、とにかくその才能を得るためなら手段を選ばない。偽装結婚や堕胎までするし、邪魔者は殺しもします。
模倣の天才といえば後の「七色いんこ」を思わせる主人公ですが、この女と比べたら七色いんこに失礼でしょうか。何しろ十枝子は己の利のためだけに行動するし、才能やネタをかっさらわれた者は用無しになって必ず不幸な運命を辿りますからね…
こんなの多くの人々にとって決して好きになれないヒロインに違いありませんが、一般人的なモラルを持っていないだけで本人は何の悪意も無く、ある理由から童心をそのまま持っているだけだと推測もされるのです。まぁ『悪気がない悪』というやつで、最もたちが悪いのかもしれません。

週刊誌記者・青草亀太郎、劇団の演出家・蜂須賀兵六、右翼の大物・甲雪村、アナーキストの殺し屋・蟻川平八、大企業の重役・釜石桐郎、等々の重要な男達が十枝子の周りを動きます。
私は文化人と名乗る者を軽蔑する殺し屋の、
『文化人か!フン マスコミにヒルのようにすいついて体制の中で首ったまにクサリをつけられ……
 空虚な自尊心と低劣なナルシシズムに人生を浪費する……
 それが文化人てやつさ おれが一番けいべつするやつさ』

というセリフが好きでした。

ある人のせいで十枝子が韓国にて身柄を拘束されるのですが、その時に日本人が韓国人を虐殺していたかのような描写が出てきます。うーん…本作が槍玉にあげられているのは見た事ないものの、こういう部分が所謂『ウリナラファンタジー』として大げさに広まって、現在の日韓関係にまで悪影響を及ぼしているのは周知の通り。

…と、それはともかくそういった周囲の男達の中でも最重要なのはデザイナー・水野瞭太郎。十枝子に作品を盗まれ利用された一人ですが、彼だけ特別に十枝子が本当に愛していたようです。絶対に人前で本音を出さず全てが演技の彼女が、大金を稼いだ後に母の蝋人形の前で
『空しいわ………女ひとりでせい一ぱい生きていくって こんなに空しいもんかしら
 かあちゃん あたい……水野さんがほしい!!』

と独白するシーンは印象的でした。
この水野が十枝子そっくりの妻・しじみをもらった事でまた悲しいドラマが生まれます。本作最大の悪人は意外すぎる所でしじみを水野に紹介した"金文商事"の金山社長だし、そのためにあんな事が!

最後に十枝子のターゲットにされるのは写真家・大和多磨夫。となればまた殺人騒動の後に、十枝子が今度は写真家としてギリシャで名声を得るラストへとつながるのですが、その成功し続けた彼女も結局は何も満たされず異国で一人さみしがっている…

読み終えてみて、色々と謎な部分が残る作品です。内容が難解なわけではないのですが、まずこの十枝子というヒロインで手塚先生は読者に何を感じて欲しかったのか分かりにくい。成功を求める行動力は凄いのだけど、そこまで名声を欲しがる理由も目的もよく分からないし…
正しい人間として描いてはいない、というより悪人。ここまでメチャクチャなキャラでは読者に共感も求めていないでしょう。そういう悪の天才が持つ魅力みたいな部分を描いてみた、という所ですかね。
講談社の手塚治虫漫画全集版ではあとがきに、『マキャベリアンとしてたくましく生きていく一人の女をえがいてみたいと思った』と書いていますね。
ちなみに登場人物の名前は昆虫名のパロディーになっているし、タイトルの「人間昆虫記」というのは卵から幼虫へ、そして蛹(さなぎ)から脱皮して成虫に変態する様を十村十枝子の生き方にかけているのだと思われます。


自分のものは ひとつもない
ぜんぶ 他人からすいとった借り物だ
しかし……それなりに完全無欠なものなのだ



  1. 2015/01/20(火) 23:00:59|
  2. 手塚治虫
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プロフィール

BRUCE

Author:BRUCE
BRUCEです。あだ名は大悟(DieGo)です。
大悟…つまり悟りを開くに至る道程にある事を表し、かつ神の映画「ドラゴンへの道」から頂いてのブログタイトル。同名の秘密結社も運営しています。

名作漫画紹介の形を借りて、自分の記録用に使っています。

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